『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』 作:丹波りん
旧市街へ入った五人は、パッチの案内に従って街の奥へ進んでいた。
道の両脇には、焼け崩れた建物が並んでいる。
黒く煤けた壁。
崩れ落ちた屋根。
その間には、朽ちた足場や瓦礫が残されていた。
「……こうして見ると酷い有様ですわね」
ルヴィアが周囲を見回す。
「ああ」
Ⅱ世も焼け跡へ目を向ける。
「火事だけでなく、その後の崩落もかなり進んでいるようだ」
「この辺りは、あっしが先日通った道ですなぁ」
パッチが前方を指差す。
「もう少し進めば、時計塔の下へ出ますよ」
五人は崩れた道を避けながら進んでいく。
やがて、建物の隙間から高い塔が見えてきた。
「あれです」
焼けた街並みの向こうに、時計塔がそびえている。
その姿を確認し、五人は時計塔を目印にして進んでいった。
崩れた建物の間を抜け、やがて塔の真下まで辿り着いた。
「ここから先は?」
獅子劫が周囲を見回す。
「確か、この辺りだったはずですがねぇ」
パッチも周囲を確認する。
塔の周囲には崩れた建物が多く、道らしい道も途中で途切れている。
しばらく探していると、ルヴィアが足元へ目を向けた。
「……あちらに降りられそうな場所がありますわ」
崩れた石壁の向こう。
細い道が、下へ向かって続いている。
だが、その途中は大きく崩れていた。
「道が途切れているな」
獅子劫が覗き込む。
「これでは、そのまま降りるのは危険そうですわね」
「そうですなぁ」
パッチが背嚢を下ろした。
「こういう時のために、用意しておいたものがありましてねぇ」
中から取り出したのは、縄梯子だった。
「準備がいいな」
獅子劫が言う。
「用心に越したことはありませんからねぇ」
パッチが笑う。
獅子劫と二人で、縄梯子を崩れた場所へ固定する。
何度か強度を確かめてから、獅子劫が先に梯子へ手を掛けた。
「俺が先に降りる」
「では、あっしは最後に行きますかねぇ」
獅子劫が慎重に下りていく。
続いて、Ⅱ世、ルヴィア、グレイ、パッチの順に梯子へ手を掛けた。
足場のない場所を越え、五人は慎重に下へ降りていく。
やがて、全員が地面へ辿り着いた。
そこから少し進むと、焼け爛れた大きな建物が姿を現した。
「……これは」
グレイが足を止める。
建物の外壁は黒く変色し、ところどころ崩れ落ちている。
残された柱や壁の形から、かつて教会として使われていたことが分かる。
「教会……ですわね」
ルヴィアが呟く。
「ここが、聖杯教会なのでしょうか?」
「そうかもしれんな」
Ⅱ世が建物を見上げる。
「記録にあった場所と一致するか、確認してみよう」
五人は崩れた入口から中へ入った。
内部にも、火災の跡が残されている。
床には焼けた木材が散らばり、壁の一部は崩れ落ちていた。
祭壇らしき場所も残っている。
だが――。
「……何もありませんなぁ」
パッチが周囲を見回す。
棚。
祭壇。
崩れた壁。
どこを探しても、聖杯らしきものは見当たらない。
「一通り調べてみましたが、目ぼしいものはなさそうですわね」
ルヴィアが言う。
「そんなぁ……」
パッチの肩が落ちる。
「せっかくここまで来たっていうのに、空振りですかい」
「まだ聖杯教会だと決まったわけでもない」
Ⅱ世が言う。
「それに、記録にある聖杯がここに残っているとも限らん」
「分かってますがねぇ……」
パッチは名残惜しそうに祭壇を眺めた。
「もう少し何かあってもよさそうなものですが」
「だったら、周囲も調べてみよう」
Ⅱ世が言った。
「建物だけで判断するのは早い」
五人は教会跡の外へ出た。
崩れた壁の裏。
建物の脇に残された通路。
瓦礫の間。
それぞれが手分けして周囲を調べていく。
しばらくして、グレイが足を止めた。
「師匠」
「どうした?」
「こちらに、道があります」
グレイの示した先には、崩れた石壁の間を縫うように、さらに下へ向かう細い道が続いていた。
Ⅱ世が近づいて確認する。
「……まだ下へ続いているな」
「教会の下にも、何かあるのでしょうか」
ルヴィアが覗き込む。
「分からん」
Ⅱ世は道の先を見つめた。
「だが、ここまで来た以上、確認する価値はある」
「では、行きますか」
パッチが先ほどの落胆から少しだけ立ち直ったように笑う。
「今度こそ、お宝が見つかるかもしれませんなぁ」
「期待しすぎるなよ」
獅子劫が呆れたように言う。
「分かってますって」
パッチは肩をすくめた。
「ただ、可能性があるなら調べるのが人情でしょう」
五人は細い道を下り始めた。
しばらく進むと、道の先が大きく開けた。
そこには、これまでとは異なる光景が広がっていた。
周囲を高い岩壁に囲まれた、旧市街の下層。
頭上を見上げても空はほとんど見えず、
周囲の建物も岩壁に押し込められるようにして並んでいる。
「……随分と低い場所まで来ましたわね」
ルヴィアが周囲を見回す。
「旧市街の底に近い場所まで下りてきたようだな」
Ⅱ世も周囲を確認する。
ここまで来ると、日の光さえほとんど届かない。
五人はそれぞれ明かりを用意し、暗闇の中へ視線を向ける。
その先には、さらに奥へと続く道があった。
「……まだ先があるようですわね」
「ああ」
Ⅱ世が頷く。
「ここまで来ても、まだ終わりではないらしい」
「いやぁ、随分と暗い街ですなぁ」
パッチが苦笑する。
五人は明かりを頼りに、下層の街並みへ足を進めていった。
周囲には崩れた建物が並び、道のあちこちには瓦礫が積み重なっている。
聞こえるのは、時折どこかから響く物音だけだった。
五人は互いの位置を確認しながら、慎重に奥へ進んでいく。
まだ、この場所に何が残されているのかは分からない。
だが――
聖杯教会へ続く手掛かりが、この先にある可能性は十分にあった。
※
五人は、下層の街並みを慎重に進んでいた。
周囲には、建物が密集している。
上層とは違い、ここにある建物には焼け跡がほとんどない。
ただ、長い年月の間に放置されていたためか、壁は傷み、屋根や足場の一部が崩れ落ちている。
「……この辺りは、火が回らなかったようですわね」
ルヴィアが周囲を見回す。
「ああ」
Ⅱ世も壁を確認する。
「上の旧市街とは、かなり様子が違うな」
「同じ街の中でも、場所によって随分と違うもんですなぁ」
パッチが辺りを見回す。
道は狭く、建物と建物の間を縫うように続いている。
時折、崩れた壁が道を塞いでいるため、五人はその都度、別の道を探さなければならなかった。
しばらく進むと、前方に大きな建物が見えてきた。
「……あそこを調べてみましょう」
グレイが指差す。
「そうですわね」
ルヴィアが頷く。
五人は建物の中へ入った。
内部は、外から見るよりも広かった。
いくつかの部屋に分かれており、壁際には古びた机や棚が残されている。
しかし、目立ったものは何もない。
「ここにも記録らしきものはありませんなぁ」
パッチが棚を覗き込む。
「もう少し奥を見てみよう」
Ⅱ世が言った。
五人は建物の奥へ進んでいく。
その時だった。
――ゴゴゴゴ……。
「……?」
床の奥から、何かが軋むような音が響いた。
「今のは……」
ルヴィアが顔を上げる。
次の瞬間。
――ドンッ!
大きな音とともに、建物の一部が崩れた。
「っ!」
天井から石材が落ちてくる。
「下がれ!」
獅子劫が叫んだ。
五人は咄嗟に散開する。
壁が大きく傾き、床にも亀裂が走った。
「先生!」
「グレイ、ルヴィア!」
Ⅱ世が声を上げる。
だが、崩れた壁と床によって視界が遮られていた。
「Ⅱ世!」
獅子劫の声が向こう側から聞こえる。
「無事か!」
「ああ!」
Ⅱ世が答える。
「こっちは大丈夫ですぜ」
「こちらも無事ですわ!」
ルヴィアの声が続く。
「拙も大丈夫です!」
グレイも返した。
全員が無事であることだけは確認できた。
だが――。
「……戻れそうにないな」
Ⅱ世が崩れた壁を見る。
先ほどまで通ってきた道は、完全に瓦礫で塞がれている。
「こちらからは無理そうですわね」
「ああ」
Ⅱ世は周囲を見回した。
すると、グレイのいる側から声が聞こえた。
「師匠」
「どうした?」
「こちらに、奥へ続く道があります」
Ⅱ世が目を凝らす。
崩れた壁の向こうに、細い通路が見えている。
「……別の出口へ繋がっている可能性がありますわね」
ルヴィアが言う。
「そうか」
Ⅱ世は少し考えた。
「グレイ、そちらは獅子劫とルヴィアがいる。先へ進めそうなら、三人で確認してくれ」
「分かりました」
「私はパッチとこちらを調べる。聖杯教会へ続く道が他にないか確認してみよう」
Ⅱ世が答える。
「どこかで合流できるかもしれん」
「分かりました」
「無理はするなよ」
「そちらも気を付けて下さいまし」
こうして、五人は一時的に二手へ分かれることになった。
Ⅱ世とパッチは崩落した建物の外から聖杯教会への道を探す。
一方、獅子劫、ルヴィア、グレイの三人は、建物の奥へ続く通路へ向かった。
※
三人は、暗い通路を進んでいた。
建物の奥へ進むにつれ、周囲は次第に狭くなっていく。
「……こちらに出口があるのでしょうか」
グレイが周囲を見回す。
「……別の場所へ繋がっている可能性がありますわね」
「なら、進むしかないな」
獅子劫が先頭に立つ。
しばらく進んだところで、前方に僅かな風を感じた。
「……外気か?」
獅子劫が足を止める。
三人は先へ進んだ。
すると、通路の先に崩れた壁が見えてきた。
外壁の一部が大きく崩れ、その向こうに空間が広がっている。
「出口ですわ!」
三人は崩れた外壁を抜けた。
その先には、これまでの街並みとは異なる、広々とした場所が広がっていた。
周囲を囲む岩壁。
その間に残された石造りの道。
建物の影が、ところどころに伸びている。
そして、広場の中央には何もない空間が広がっていた。
「……随分と開けていますね」
グレイが呟く。
「ああ」
獅子劫も周囲を見回す。
「さっきまでの狭い道とはえらく違うな」
三人は慎重に、その開けた場所を進んでいく。
足元には崩れた石材が散らばっている。
周囲の岩壁は高く、上の街並みから切り離されたような場所だった。
しばらく進むと、広場の向こう側に再び建物が見えてきた。
「……あそこへ入れそうですわ」
三人は建物へ向かった。
入口を抜ける。
内部は薄暗く、古びた石造りの建物だった。
壁に沿って道が続き、その先には階段がある。
「上へ続いています」
グレイが見上げる。
「なら、行ってみるか」
獅子劫が先に階段へ向かった。
三人は階段を上り始める。
一段。
また一段。
やがて、階段は螺旋を描くように上へ続いていった。
「……随分と高くまで上りますわね」
ルヴィアが息を整える。
「さっきまで下へ向かっていたと思ったら、今度は上か」
獅子劫が苦笑する。
「まったく、ヤーナムという街はどうなっているんだ」
三人は螺旋階段を上り続けた。
やがて、階段の先に広い空間が現れる。
「……ここは?」
グレイが足を止める。
そこには、礼拝堂を思わせる広い空間があった。
高い天井。
太い柱。
奥には祭壇らしきものが残されている。
ただし、長い年月の間に荒れ果てており、床の一部は剥がれ、壁にも大きな亀裂が入っている。
「教会……でしょうか」
「そう見えるな」
獅子劫が周囲を見回す。
ルヴィアも祭壇へ視線を向ける。
「ここも、医療教会に関係する建物なのかもしれませんわね」
グレイは、周囲を見回しながらも落ち着かない様子だった。
「……師匠たちは、大丈夫でしょうか」
「心配か」
獅子劫が尋ねる。
「・・・はい」
「崩落した時、無事なのは確認できましたが……その後、どうなったのか分かりません」
「Ⅱ世なら、そう簡単にやられたりはしないさ」
獅子劫が言った。
「パッチも一緒だ。あの男なら、危なくなれば逃げるだろ」
「ええ」
ルヴィアも頷く。
「先生はああ見えて、危険な場面では妙に慎重ですもの」
「……そうでしょうか」
グレイが少しだけ安心したように息を吐く。
「心配しすぎる必要はありませんわ」
ルヴィアが優しく言った。
「今は、私たちが進める場所を調べましょう」
「はい」
グレイが頷く。
三人は礼拝堂を抜け、さらに奥へ進んだ。
やがて、外へ通じる崩れた出入口を見つけた。
三人はそこから外へ出た。
そして――
「……ここは」
グレイが足を止めた。
目の前に広がっていたのは、これまで見てきた旧市街とは異なる街並みだった。
高く積み重なるように建物が並び、狭い道がその間を縫うように続いている。
道の先には、さらに高い建物が立ち並んでいる。
街そのものが、谷間へ押し込められるように造られていた。
旧市街の最下層とも、明らかに異なる。
建物の造りも。
道の形も。
そして――
漂う空気さえも。
「…ここも、旧市街の一部なのでしょうか」
グレイが呟く。
ルヴィアはただ、周囲を見渡している。
「少なくとも、先ほどまでの場所とは違いますわね」
獅子劫も、道の先へ目を向けた。
「……まだ街が続いている」
三人はしばらく、その光景を見つめていた。
旧市街のさらに奥に、こんな場所が隠されていた。
ここが何なのか。
そして、なぜこの場所が旧市街の奥に存在しているのか。
三人には、まだ分からなかった。