『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第三十八話 街を知る者

 獅子劫は教会の外へ出ると、周囲を警戒しながら車両へと向かった。

 霧は相変わらず濃い。少し離れれば、教会の輪郭さえ曖昧になるほどだった。

 荷台を開け、中に積んである物資を確認する。

 予備の弾薬、大振りのナイフ、携帯食料に水。

 それから、最低限の医療品。

 ここまでの事態になるとは想定していなかったため、決して十分とは言えない。

 それでも、何もないよりは遥かにましだった。

 獅子劫は必要な物をいくつか選び、教会へ運び始めた。

 その途中、入口付近にいたルヴィアの姿が目に入る。

 簡単な結界を張り終えたらしく、彼女は疲れたように息を吐いていた。

「……どうした? 何か問題でもあったか」

「……えぇ。大問題ですわ」

 ルヴィアはキャンピングカーが停めてあった場所へと目を向けた。

「あの車には食料も、これまで集めた資料も乗せていたというのに……」

 一度言葉を切る。

「…それに、シャワーもベットも使えないだなんて、あんまりですわ」

「まあ、シャワー云々はさておき、食料や水の確保が先決だな」

 獅子劫は荷物を持ち上げる。

「寝袋の予備なら積んである。今夜はこれで我慢しな」

「淑女にとって、身を清められないなんて最悪でしてよ!?」

 ルヴィアはもう一度、大きく息を吐いた。

「……はぁ」

 そして、それ以上は何も言わず、教会の中へ戻っていった。

 獅子劫はその背中を見送る。

「……いざとなったら、近場の民家から失敬するしかないか」

 咥えていた煙草から煙を吐き出すと、銃へ弾を込め、霧に覆われた街へ目を向けた。

 窓から漏れる明かりが、白い霧の向こうにぼんやりと浮かんでいる。

 人の気配はある。

 だが、先ほど見た市民たちの様子を思えば、気軽に近づけるものでもない。

 獅子劫はしばらくその街を眺めていた。

 やがて、銃を腰へ戻し、教会の中へ戻っていった。

 

 ***

 

「赤布さんは、師匠……えっと、

 黒の長い髪の男性や、頭を丸めた男の人は見かけていないでしょうか?」

 グレイは、壁際で身を縮めている赤布へ尋ねた。

 赤布はすぐには答えなかった。

 グレイの声を聞くと、その顔が僅かに持ち上がる。

 だが、その目はグレイの顔を捉えているようには見えなかった。

 声のした方へ顔を向けているだけだった。

 グレイは、そのことに気づいて僅かに眉を寄せた。

「……すまないね」

 赤布は苦笑するように口元を歪めた。

「オレは目が見えないんだ」

「……」

「お嬢ちゃんのことも、声を聴いて若い女性だってことしか分からないくらいなんだ」

 グレイは少し驚いた。

 先ほどから赤布が自分の方へ顔を向けていたため、

 普通にこちらを見ているものだと思っていた。

 けれど、よく考えてみれば、赤布はグレイが近づいた時も足音でその存在を知ったようだった。

 今も、グレイが少し横へ動いても、顔の向きは変わらない。

「……そうなのですか。すいません、言いづらいことを聞いてしまって」

「……ヒヒッ」

 赤布は小さく笑った。

「でも、安心しておくれ」

「……?」

「オレ、親切そうな狩人さんに頼んだんだ」

 赤布はグレイの声を確かめるように、僅かに顔を向けた。

「無事な人がいたら、オドン教会まで連れてきてくれって」

「狩人に……?」

 グレイの脳裏に、先ほどアリアンナから聞いた話が浮かんだ。

 自分たちがここへ来る前、彼女のもとにも狩人が訪れていた。

 同じ人物なのか、それとも別の狩人なのか。

 そこまでは分からない。

 赤布は頷くように頭を動かした。

「だから、お嬢ちゃんの仲間もきっとここまで連れてきてくれるはずさ」

 ぎこちない笑顔が浮かぶ。

 目の合わないその表情を見て、

 赤布が自分を安心させようとしていることを感じ取った。

「…きっと無事なはずさ」

「……ありがとうございます」

「ヒッ、ヒヒ……さぁ、もうお行き」

 赤布は再び襤褸へ身を縮める。

「……他の人も、本当は善い人のはずなんだ。ひどいことを言われても、気にしないようにね」

 グレイは周囲へ目を向けた。

 少し離れた場所では、先ほどの老婆がこちらを見ている。

 だが、目が合うとすぐに顔を逸らした。

 赤布が言った通り、この場所では彼に近づくこと自体を嫌う者もいるらしい。

「はい……後で、こっそり食べ物を持ってきますね」

「ヒヒッ……ありがとう」

 赤布は小さく笑った。

「…オレなんかに親切にしてくれて」

 グレイは赤布から離れ、広間へ目を向けた。

 先ほどの老婆が、少し離れた場所に座っている。

 こちらを気にしている様子はない。

 グレイは一度だけ足を止め、それから静かに近づいていった。

 

「……あの」

「……なんだい、小娘」

 老婆はグレイを見るなり、面倒そうに顔を背けた。

「あんたと話すことなんてないよ」

「……」

 グレイは困ったように俯いた。

 無理に聞き出そうとはせず、そのまま引こうとする。

 すると、老婆が小さく息を吐いた。

「……ふん」

 それから、ぶっきらぼうに続ける。

「あたしも、あんたの連れが言ってた連中は見ていないよ」

「……ありがとうございます」

 グレイは頭を下げた。

 言葉とは裏腹に、完全に追い払おうとしているわけではないらしい。

 グレイはそう感じながら、その場を離れた。

「……こんな夜に、あんな子供ほっといて、親は何してるってんだ」

 老婆が零した言葉は、すでに歩き出していたグレイには届かなかった。

 

 次にグレイが声を掛けた男は、彼女を見るなり露骨に嫌そうな顔をした。

「……何の用だ、余所者が」

 男は腕を組んだ。

「生憎と、俺はガキが嫌いなんだ。さっさと失せな」

「……」

 男の表情を見る限り、こちらの話を聞くつもりはなさそうだった。

 グレイは小さく頭を下げ、その場を離れようとした。

「……ひとつ、教えてやる」

 背中から声が掛かり、グレイが振り返る。

「……あの浮浪者には近寄るな」

 男は赤布の方へ目を向けた。

「どこから入り込んだか知らねえが、碌な奴じゃないに決まってる」

 グレイは赤布へ目を向けると

 壁際で身を縮め、こちらの様子を窺うこともなく座っている。

 先ほど聞いた話と、今の男の言葉。

 どちらが正しいのか、グレイにはまだ判断できない。

 ただ、少なくとも赤布が自分に危害を加えようとしているようには見えなかった。

 それでも、この男が自分を案じて言っている可能性もある。

「……ありがとうございます」

 グレイはそう答え、その場を後にした。

「……ヘッ」

 男は小さく鼻を鳴らした。

 

 ***

 

 それから少しして、獅子劫が荷物を抱えて教会へ戻ってくると、

 入口を抜けたところで、先ほどの男が声を掛けてくる。

「おい、余所者……何を勝手にしてやがる」

「そう目くじら立てるなよ」

 獅子劫は抱えていた荷物を見せる。

「食料や寝具を移動させてるだけだ」

「……お前ら、何しにヤーナムへ来やがった」

「さっき話しただろう?」

 獅子劫は荷物を下ろした。

「旅の途中で宿を探しに入って、巻き込まれたってな」

「……とぼけるんじゃねぇ」

 男の目が細くなる。

「嘘吐きめ。ヤーナムを探りに来たんだろう」

 その言葉に、獅子劫の表情からわずかに軽さが消えた。

「……だとしたら、どうする?」

 男はしばらく黙っていた。

 やがて、獅子劫の咥えている煙草へ目を向ける。

「……俺が知ってることを教えてやるよ」

 男が顎をしゃくった。

「だから、そいつを寄こしな」

 獅子劫は自分の煙草を見る。

「……あん?」

 そして男を見る。

「なんだよ。煙草が欲しかっただけか」

「うるせぇ」

 男は苛立ったように吐き捨てた。

「で、どうするんだ?」

 獅子劫は小さく息を吐いた。

 ポケットから煙草を数本取り出し、男へ差し出すと、

 男はすぐに一本を咥えたので、獅子劫は火を点けてやる。

 男は煙を吸い込むとしばらく黙っていた。

「……取引成立だな」

 獅子劫は苦笑する。

「俺は獅子劫だ。……あんたのことは何て呼べばいい?」

「へっ」

 男は煙を吐き出した。

「余所者に名乗る名なんてねぇよ」

「おいおい。それじゃ困るだろうが」

 獅子劫が呆れたように言う。

 男はしばらく黙っていた。

 やがて、低い声で名乗った。

「……クランクだ」

 獅子劫は一瞬だけ男を見る。

 それから苦笑した。

「まさにって感じの名前だな」

「うるせぇよ、デカブツ」

「おいおい。名前は獅子劫だって言っただろう」

「お前なんぞ、デカブツで十分だ」

 獅子劫は肩を落とした。

「……まあいい。で、何を知ってる?」

 クランクは煙草を咥えたまま、霧の向こうへ目を向けた。

 その表情から、先ほどまでの苛立ちは少しだけ消えていた。

「……聞きたいなら、教えてやるよ」

 そう言って、クランクは低い声で話し始めた。




NPC偏屈な男の名前が無いのが不便なので
偏屈→英語翻訳→crank→クランクとしました。
老婆の名前どうしよう_(:3 」∠)_
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