『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第三十九話 街に残る証言

 クランクは煙草を咥えたまま、霧の向こうへ目を向けていた。

「……お前たちもヤーナムの血の医療を調べる為に来たんだろう」

 獅子劫は否定しなかった。

 ここまで街を調べてきた以上、今さら隠す意味もない。

「最初は灰血病の症状に効果があってな。

 街の奴らも奇跡だのなんだのって、バカみたいにありがたがったものさ」

 クランクの声には、血の医療に対する嫌悪が滲んでいる。

「……だがな、俺はあの胡散臭い医療教会なんて最初から信じていなかった。

 救済だの謳っているが、あいつらが病をバラまいたに決まっている」

 獅子劫は黙って続きを促した。

「……あの輸血を受けてから住民が獣になる症状が出始めたんだ。

 そして医療教会が秘密裏に処理しているのもな」

 それは、これまでに集めてきた記録とも一致している。

 血の医療を受けた患者の変化。

 獣になった者たち。

 そして、表には出されなかった処理の記録。

 クランクの話は、今までの調査で得てきた情報を裏付けるように重なった。

「俺は見たんだ! 隣の家の奴を、あいつらが連れていくのを!」

 クランクの声が荒くなった。

「……そいつは戻ってこなかったさ」

「……お前も血の医療とやらを受けたのか?」

「バカいえ、誰が受けるかってんだ」

 即答し、クランクは吐き捨てるように煙を吐き出した。

「それなのに街の奴らは俺の話を信じなかった。

 …それどころか獣から住民を護ったとして、医療教会の狩人を英雄視する奴までいやがった」

 血の医療を疑う者がいる一方で、その奇跡を信じる民衆…

「街の連中の中からも、狩人に志願する者まで出て来る仕舞いだ」

 クランクは嘲笑するように笑った。

「……まぁ、それも旧市街を焼き払うまでだったがな」

 旧市街

 そこは、すでに自分たちが足を踏み入れた場所だ。

 焼け落ちた建物、崩れた街並み、その中に残されていた記録。

 クランクの話は、現地で見たこととも一致している。

 住民の証言も取れた以上、最早疑う余地もない。

「やっと自らの愚かさに気づいた街の奴らは、医療教会に詰めかけたさ」

 クランクは煙草を深く吸い込む。

「だがな、門は既に閉ざされていて、全員立ち往生さ」

 獅子劫は黙ったまま続きを待った。

「……そんな時に、そいつらの中から獣に変異する奴が現れた。

  《獣狩りの夜》が始まったのさ」

 教会の中に、短い沈黙が落ちた。

「民衆は大混乱さ。隣人同士で疑い、殺し合い。どいつもこいつも正気を失っていった。

 …自分が獣になったのすら気づかない始末だ」

 獅子劫の脳裏に、先ほど街で遭遇した市民たちの姿が浮かぶ。

 あれもまた、この街で繰り返されてきた獣狩りの夜の一つなのだろうか。

「で、お前さんは逃げ帰ったと?」

「……あぁそうさ、家に閉じこもったとも」

 クランクはそこで言葉を切った。

 それから、何かを思い出したように顔を上げる。

「……だがな、そんな時あいつが現れやがったんだ」

「あいつ?」

「狩人だよ。そいつは俺にヨセフカの診療所が避難所になってるって伝えやがった」

 そこは、かつて自分たちが最初の拠点として使っていた場所だ。

 院長の手記には、患者を対象にした血の実験を思わせる記録も実際に残されていた。

 あの場所を、避難所として住民に勧める狩人…

 その人物が診療所の事情を知らないだけなのか。

 あるいは、知ったうえで勧めているのか。

 どちらにしても、警戒しておく必要がある。

「だがお前さんはオドン教会に来た。そっちには行かなかったのか?」

 クランクは鼻を鳴らした。

「ふん、当たり前だ……あいつは狩人の装束を纏っていやがったが、余所者の匂いがした」

 その言葉には、相手への露骨な不信があった。

「…嘘吐きの匂いだ」

 クランクは煙草を深く吸い込む。

「ヨセフカの診療所が避難所になるなんざ、今までの獣狩りの夜でも聞いた事がねぇ

 …あの余所者が俺を騙そうとしてるんだ」

 獅子劫は答えず、クランクの話を頭の中で整理した。

 診療所のことを考えれば、クランクが警戒する理由も分からなくはない。

 だが、それだけで狩人の目的まで判断することはできない。

 実際にその人物が何者なのかも、獅子劫には分からなかった。

「……学はねぇがな、俺には特別な知恵があるんだ」

 クランクは自信ありげに口元を歪めた。

「……そうみたいだな。話をありがとよ」

 獅子劫はそれだけ告げて、その場を離れようとした。

 だが、数歩進んだところで背後から声が掛かった。

「……なぁ、あんた」

 足を止めて振り返る。

 クランクがこちらを見ていた。

「……【以前にも、こんな話をしなかったか?】」

 獅子劫は眉を顰めた。

「……おいおい、初対面だろうに。何いってやがんだ?」

 クランクはしばらく黙っていた。

「……あぁ、そうだよな……忘れろ」

 そう言って、男は煙草を静かに揉み消した。

 獅子劫は一瞬だけその姿を見つめた。

 妙な引っ掛かりは残った。

 だが、今の言葉だけで何かを判断できるほどの材料はない。

 それ以上追及せず、獅子劫は教会の奥へ向かった。

 

***

 

 教会の奥では、アデーラが倉庫の在庫を確認していた。

 棚に並ぶ食料と帳簿を見比べているところへ、ルヴィアが近づく。

「手伝いましょうか?」

「いえ……目録の在庫の数と合わないので、少し疑問になっていただけです」

 いくつかの食料が帳簿より少なくなっているらしい。

 普段なら施錠されている倉庫だったが、錠前が古く、いつの間にか外れていたという。

 誰かが日常的に食料を持ち出していた可能性もある。

「……このような状況のときに、在庫と合わないのは困りますね」

「私たちも多少なら持ち込んだ物がありますわ。こんなときくらい、助け合いましょう」

 ルヴィアがそう告げると、アデーラは小さく頭を下げた。

「感謝いたします……」

 それから、ふと窓の外へ目を向ける。

「……あぁ、いつになればこの夜は明けるのでしょう」

 その言葉に、ルヴィアも窓の外へ視線を向けた。

 霧に覆われた街は、未だ夜の中に沈んでいる。

「……《獣狩りの夜》でしたか? 夜が明けないなどということは、以前にも?」

「いえ、普段であれば、このようなことはありませんでした」

 アデーラは首を横に振った。

「今回は、あまりにも異常です。街の住人たちもほとんどが出払い…

 …そして、誰もかれもが正気を失っている」

 ルヴィアは黙って聞いていた。

 先ほど街で遭遇した市民たちの姿が思い浮かぶ。

「私も、街の騒動から隠れていたところを、狩人様に助けて頂いたのです」

「……そのお方は今も?」

「……最初は医療教会の服装をなさっていたので、関係者かと思いましたが」

 アデーラは少し考えるように視線を落とした。

「どうやら、その人物は他所から来た方だったようです」

「……医療教会の関係者ではなかった、と?」

「はい。私がこちらに避難した後も何度か立ち寄られたのですが、

 …まだお戻りにはなられていないようです」

 外から来た狩人。

 アデーラを助け、その後も何度か教会を訪れていたという。

 その人物なら、今の異常な夜について何か知っているのかもしれない。

「もう少ししたら、お食事をご用意いたします。

 皆さんもお疲れでしょうし、暖かい食事を摂れば少しは落ち着くでしょう」

「感謝いたしますわ。……後は身を清めることが出来ればよいのですが」

 ルヴィアは自分の体を見下ろした。

 この状況では無理なのも分かっている。それでも、さすがに気になる。

「…そうですよね……後ほどお湯を沸かしますので、手拭いで体を拭うくらいならできるかと」

「まあ、それなら助かりますわ」

 異常な夜の中で、二人が気にしていたのは、ひどく日常的なことだった。

 顔を見合わせると、どちらからともなく小さく苦笑した。

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