『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』 作:丹波りん
背嚢に持てるだけの物資を詰めてゆく
森がどれほど深いのかは分からない
禁域指定をされている以上、詳しい道程が記された地図などない
夜間の探索など、本来なら避けるべきだろう
だが現状では、それ以外に情報を得られそうな場所に心当たりもなかった
***
教会の隅では、赤布がグレイを引き留めるように縋っていた
「どうしても行かなきゃだめなのかい……外は危険だ。お嬢ちゃんだけでも残れないのかい?」
「……心配してくれてありがとうございます……でも、拙たちは行かなければなりません」
「……気を付けるんだよ……無事に戻ってきておくれよ……ヒヒッ」
「はい……赤布さんもお気をつけて」
まだオドン教会には獣除けの香が焚かれている
だが、それも何時までも保つわけではない
在庫が尽きれば、獣が押し寄せてくるはずだ
現状を変える手掛かりを得る為にも、進まなければならない
アリアンナや老婆ですら、心配そうな視線を向けている
「そろそろ移動するぞ」
Ⅱ世たちがオドン教会を出ようとした際、壁際にいた男から声が掛かった
「……へっ、余所者が出ていってせいせいするぜ」
相変わらず余所者への当たりが強いクランクに苦笑しながらも、
獅子劫は背に掛けていた長銃を押し付けるように渡した。
「使い方はわかるか?……丸腰じゃ不安だろ そいつで他の奴らを護ってやりな」
クランクは鼻を鳴らしながら、受け取った銃に弾を装填してゆく
口こそ悪いが、住民に警告するあたり、根は悪人ではないはずだ
「……おいデカブツ……精々気を付けるんだな」
その言葉に振り向かず、手を上げることで答えると、
獅子劫たちはオドン教会を後にした
***
道中は死体で溢れかえっていた
引き裂かれた者、火に焼かれた者、撃ち殺された者
石畳は未だに乾くこともなく、溢れた血や臓物とともに腐臭を放っている
「…ひどい有様ですわね」
Ⅱ世が通ったときよりも、明らかに死体の数が増えている
そのおかげか、襲われることもなく道程は順調だった
だが、残された傷跡を見る限り、アイリーンが使用していた大振りのナイフとも違う
『獣を狩り続けた者には、精神を病み、理性を失う者もいる』
この惨状を作り出した人物が、未だに正気だという保証もない
やがて一行は細い通路を抜け、禁域の森へ続く監視塔、
その閉ざされた扉の前に辿り着いた
獅子劫が試しに扉を押してみるが、開きそうにない
「……閉ざされているな 何か策はあるのか?」
そう言った瞬間、扉の奥から何者かの声が響いた
『……あいことばだ……』
突然聞こえた声に、一気に警戒を引き上げる
だが、Ⅱ世は一歩進み、デュラから教えられた警句を口にした
「……《かねて血を恐れたまえ》」
すると扉が独りでに開き、その奥には倒れた支柱に腰かけている人影が見えた
その人物が門番だったのだろう……だが、
「……亡くなっています」
「……」
先ほど声を掛けてきた人物は、既に亡くなっており
その場には、項垂れるように白骨化した頭蓋が残っている
空洞となった眼窩が、一行を見つめるように向けられていた
「……死霊術の一種か」
「……最後まで役目を全うしたのですね」
軽く黙祷を捧げると、下層へと続く螺旋階段を降り始めた
***
螺旋階段を降りきると、やがて石造りの通路が途切れ、
その先に鬱蒼とした森が広がっていた
木々は高く、枝葉が幾重にも重なって空を覆っている
霧も立ち込めており、森の奥はほとんど見通せない
「……ここが禁域の森か」
Ⅱ世たちは足を止め、森の奥へと視線を向ける
市街地とは違い、人の気配はほとんど感じられない
その代わり、何処からともなく獣の鳴き声が聞こえてくる
それも一つではない
遠くから響く声に混じり、近くの茂みからも何かが動く気配がする
「……気を抜かない方がよさそうですわね」
ルヴィアも周囲を警戒しながら辺りを見回し、
グレイは展開したアッドの柄を握る手に力を込めた
獅子劫も銃を手にしたまま、慎重に辺りを確認している
「この先に何がいるか分からん。さっきまでとは勝手が違いそうだな」
「……あぁ」
道は森の奥へと続いている
だが、その先に何が待ち受けているのかは分からない
「進もう ここで立ち止まっていても仕方がない」
一行は警戒を解かぬまま、森の奥へと足を踏み入れた
***
鬱蒼と生い茂った木々や、高低差の激しい道
目印代わりに、道中の木に魔術で印を施しながら進んではいたが、
逸れてしまえば合流するのは難しいだろう
「……待て」
何かに気づいた獅子劫が、足を止めるよう指示を出す
視線の先には、幾つかの松明が揺れていた。
付近には篝火も焚かれており、その周囲を武装した市民が
巡回するように歩いているのが確認できた
「……ここにもいるのか」
「迂回しましょう。なるべく戦闘は避けるべきですわ」
幸い辺りは暗く、木々に紛れるように進めば見つかりはしないだろう
不要な戦闘は避けつつも、どうしても必要な場合は、
気づかれる前に後ろから確実に処理していく
……銃は使えない。この静けさの中で発砲しようものなら、
途端に気づいた者たちが押し寄せるだろう
既に錆び付いたサーベルは半ばから折れ、今は新しく入手した手斧の具合を確かめている
「……野盗にでもなった気分だな」
獅子劫は疲れたように溜息を吐いた。
「……拙が変わりましょうか?」
「……いや、お前さんはなるべく手を汚さない方がいい」
獣と化したとはいえ、人の形を残した者を殺めるのは、
グレイには負担になるだろうとの考えからの言葉だった
「……すまない。気遣いに感謝する」
「いいってことよ。傭兵稼業なんだ。既に慣れたもんさ」
こちらに気負わせないように、あえて軽い口振りで話しているのだろう
「あなた、顔に似合わず意外と気遣いが出来るのですわね」
「ひでぇ言い草だ」
***
やがて一行は開けた場所へと辿り着いた。
道の先には石橋が架かり、その横には風車小屋が建っている
レンガ造りで建てられた小屋の扉は鉄格子になっており、
向こうから閂が掛けられているのか、中には入れそうにない
「こっちからは入れそうにねぇな」
「石橋を進むしかなさそうですわね」
付近に人の気配はない
Ⅱ世は獣除けの松明に火を灯すと、
一同は周囲を確認しながら石橋を渡り始めた
端から下を覗き込むと、深い渓谷が窺える
時折吹く風が谷間に反響し、不吉な音を奏でている
橋を渡り終えた先、道の真ん中に不自然に枝が敷き詰められている箇所があった
「……何か意味があるのか?」
Ⅱ世が疑問に思いつつ周辺を確認するも、特に変わった物はない
「師匠、あれを……」
グレイが指さす方向に視線を向けると、木々の上に固定されるように、
鋭い杭が各所に突き出た丸太が隠されるように配置されている
「よく気づいたな……原始的だが、故に見落とし易い」
あの質量が叩き付けられたらと思うとゾッとする
まず無事では済まないだろう
「事前に気づけてよかったですわ」
このような罠を仕掛ける理性もあるのか。
この先は、更に周囲に注意しながら進む必要がありそうだ
「……罠はそのままにしておこう。いざというとき使えるかもしれない」
今までの道中のルートや建物、罠の位置などを
手帳に書き加え、一同は森の奥へと進んでいく
…その後ろから何者かが付けてくることにも気づかぬままに