『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第四十六話 禁域へ

背嚢に持てるだけの物資を詰めてゆく

森がどれほど深いのかは分からない

禁域指定をされている以上、詳しい道程が記された地図などない

夜間の探索など、本来なら避けるべきだろう

だが現状では、それ以外に情報を得られそうな場所に心当たりもなかった

 

 ***

 

教会の隅では、赤布がグレイを引き留めるように縋っていた

「どうしても行かなきゃだめなのかい……外は危険だ。お嬢ちゃんだけでも残れないのかい?」

「……心配してくれてありがとうございます……でも、拙たちは行かなければなりません」

「……気を付けるんだよ……無事に戻ってきておくれよ……ヒヒッ」

「はい……赤布さんもお気をつけて」

まだオドン教会には獣除けの香が焚かれている

だが、それも何時までも保つわけではない

在庫が尽きれば、獣が押し寄せてくるはずだ

現状を変える手掛かりを得る為にも、進まなければならない

アリアンナや老婆ですら、心配そうな視線を向けている

「そろそろ移動するぞ」

Ⅱ世たちがオドン教会を出ようとした際、壁際にいた男から声が掛かった

「……へっ、余所者が出ていってせいせいするぜ」

相変わらず余所者への当たりが強いクランクに苦笑しながらも、

獅子劫は背に掛けていた長銃を押し付けるように渡した。

「使い方はわかるか?……丸腰じゃ不安だろ そいつで他の奴らを護ってやりな」

クランクは鼻を鳴らしながら、受け取った銃に弾を装填してゆく

口こそ悪いが、住民に警告するあたり、根は悪人ではないはずだ

「……おいデカブツ……精々気を付けるんだな」

その言葉に振り向かず、手を上げることで答えると、

獅子劫たちはオドン教会を後にした

 

 ***

 

道中は死体で溢れかえっていた

引き裂かれた者、火に焼かれた者、撃ち殺された者

石畳は未だに乾くこともなく、溢れた血や臓物とともに腐臭を放っている

「…ひどい有様ですわね」

Ⅱ世が通ったときよりも、明らかに死体の数が増えている

そのおかげか、襲われることもなく道程は順調だった

だが、残された傷跡を見る限り、アイリーンが使用していた大振りのナイフとも違う

『獣を狩り続けた者には、精神を病み、理性を失う者もいる』

この惨状を作り出した人物が、未だに正気だという保証もない

やがて一行は細い通路を抜け、禁域の森へ続く監視塔、

その閉ざされた扉の前に辿り着いた

獅子劫が試しに扉を押してみるが、開きそうにない

「……閉ざされているな 何か策はあるのか?」

そう言った瞬間、扉の奥から何者かの声が響いた

 

『……あいことばだ……』

 

突然聞こえた声に、一気に警戒を引き上げる

だが、Ⅱ世は一歩進み、デュラから教えられた警句を口にした

「……《かねて血を恐れたまえ》」

すると扉が独りでに開き、その奥には倒れた支柱に腰かけている人影が見えた

その人物が門番だったのだろう……だが、

「……亡くなっています」

「……」

先ほど声を掛けてきた人物は、既に亡くなっており

その場には、項垂れるように白骨化した頭蓋が残っている

空洞となった眼窩が、一行を見つめるように向けられていた

「……死霊術の一種か」

「……最後まで役目を全うしたのですね」

軽く黙祷を捧げると、下層へと続く螺旋階段を降り始めた

 

 ***

 

螺旋階段を降りきると、やがて石造りの通路が途切れ、

その先に鬱蒼とした森が広がっていた

木々は高く、枝葉が幾重にも重なって空を覆っている

霧も立ち込めており、森の奥はほとんど見通せない

「……ここが禁域の森か」

Ⅱ世たちは足を止め、森の奥へと視線を向ける

市街地とは違い、人の気配はほとんど感じられない

その代わり、何処からともなく獣の鳴き声が聞こえてくる

それも一つではない

遠くから響く声に混じり、近くの茂みからも何かが動く気配がする

「……気を抜かない方がよさそうですわね」

ルヴィアも周囲を警戒しながら辺りを見回し、

グレイは展開したアッドの柄を握る手に力を込めた

獅子劫も銃を手にしたまま、慎重に辺りを確認している

「この先に何がいるか分からん。さっきまでとは勝手が違いそうだな」

「……あぁ」

道は森の奥へと続いている

だが、その先に何が待ち受けているのかは分からない

「進もう ここで立ち止まっていても仕方がない」

一行は警戒を解かぬまま、森の奥へと足を踏み入れた

 

 ***

 

鬱蒼と生い茂った木々や、高低差の激しい道

目印代わりに、道中の木に魔術で印を施しながら進んではいたが、

逸れてしまえば合流するのは難しいだろう

「……待て」

何かに気づいた獅子劫が、足を止めるよう指示を出す

視線の先には、幾つかの松明が揺れていた。

付近には篝火も焚かれており、その周囲を武装した市民が

巡回するように歩いているのが確認できた

「……ここにもいるのか」

「迂回しましょう。なるべく戦闘は避けるべきですわ」

幸い辺りは暗く、木々に紛れるように進めば見つかりはしないだろう

不要な戦闘は避けつつも、どうしても必要な場合は、

気づかれる前に後ろから確実に処理していく

……銃は使えない。この静けさの中で発砲しようものなら、

途端に気づいた者たちが押し寄せるだろう

既に錆び付いたサーベルは半ばから折れ、今は新しく入手した手斧の具合を確かめている

「……野盗にでもなった気分だな」

 獅子劫は疲れたように溜息を吐いた。

「……拙が変わりましょうか?」

「……いや、お前さんはなるべく手を汚さない方がいい」

獣と化したとはいえ、人の形を残した者を殺めるのは、

グレイには負担になるだろうとの考えからの言葉だった

「……すまない。気遣いに感謝する」

「いいってことよ。傭兵稼業なんだ。既に慣れたもんさ」

こちらに気負わせないように、あえて軽い口振りで話しているのだろう

「あなた、顔に似合わず意外と気遣いが出来るのですわね」

「ひでぇ言い草だ」 

 

 ***

 

やがて一行は開けた場所へと辿り着いた。

道の先には石橋が架かり、その横には風車小屋が建っている

レンガ造りで建てられた小屋の扉は鉄格子になっており、

向こうから閂が掛けられているのか、中には入れそうにない

「こっちからは入れそうにねぇな」

「石橋を進むしかなさそうですわね」

付近に人の気配はない

Ⅱ世は獣除けの松明に火を灯すと、

一同は周囲を確認しながら石橋を渡り始めた

端から下を覗き込むと、深い渓谷が窺える

時折吹く風が谷間に反響し、不吉な音を奏でている

橋を渡り終えた先、道の真ん中に不自然に枝が敷き詰められている箇所があった

「……何か意味があるのか?」

Ⅱ世が疑問に思いつつ周辺を確認するも、特に変わった物はない

「師匠、あれを……」

グレイが指さす方向に視線を向けると、木々の上に固定されるように、

鋭い杭が各所に突き出た丸太が隠されるように配置されている

「よく気づいたな……原始的だが、故に見落とし易い」

あの質量が叩き付けられたらと思うとゾッとする

まず無事では済まないだろう

「事前に気づけてよかったですわ」

このような罠を仕掛ける理性もあるのか。

この先は、更に周囲に注意しながら進む必要がありそうだ

「……罠はそのままにしておこう。いざというとき使えるかもしれない」

今までの道中のルートや建物、罠の位置などを

手帳に書き加え、一同は森の奥へと進んでいく

 

 …その後ろから何者かが付けてくることにも気づかぬままに

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