『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』 作:丹波りん
洞窟の位置を記録した一行は、そこからさらに森の奥へ進んだ。
木々の間に残された道は次第に傾斜を増し、
湿った土の上に張り出した根や岩を避けながら斜面を下っていく。
枝葉の隙間から見える景色も少しずつ変わり、
鬱蒼とした木立の向こうに、僅かな開けが見え始めた。
やがて、その先に木組みの橋が現れた。
森の中を横切るように架けられた橋は、何本もの木材を渡して造られていた。
長く風雨に晒された板は黒ずみ、ところどころ傷んでいるものの、
人が渡るには十分な幅が残されていた。
一行が橋へ近づくと、その下に広がる窪地も視界に入ってきた。
「……あれは」
Ⅱ世が足を止め、橋の下へ目を向けた。
木々の隙間から覗く黒い液体。
光をほとんど返さず、地面を覆うように広がっている。
村の奥で見つけたものと同じだった。
「先ほどの泥濘ですわね」
ルヴィアの視線も自然と下へ向かう。
「ここまで続いていたのか」
Ⅱ世は橋の下をしばらく眺め、それから周囲へ目を巡らせた。
「これならあの中を進む必要はなさそうだ」
あの泥は可燃性の危険がある。松明やランタンを使用するのは躊躇われる。
かといって、暗闇の中を進めば別の危険が増える。
「この橋を使えるなら、その方がいい
少なくとも、火気を気にしながら泥濘の中を進むよりは安全だ」
ルヴィアも橋の先へ目を向けた。
ほんの僅かに張っていた肩の力が抜け、先ほどまでより足取りも軽くなる。
「それなら、参りましょう」
橋板へ足を乗せると、乾いた木の軋む音が返ってくる。
一行はそのまま橋を渡り、眼下に黒い泥濘を残して奥へと進んでいった。
***
橋を渡ると目の前に開けた道が広り、両脇には古びた家々が立ち並んでいる。
崩れた壁の向こうには荒れた室内が覗き、屋根を失った建物には、
周囲の木々が覆い被さるように枝を伸ばしていた。
かつて人々が暮らしていた痕跡は残っているものの、
今となっては生活の気配など微塵もない。
一行は警戒を緩めることなく、道の奥へと進んでいく。
その先に見えてきたのは、周囲の家々とは趣の異なる石造りの建物だった。
円筒形の壁に、風車小屋を思わせる構造。
古びたその建物の傍らには、一門の大砲が据えられていた。
Ⅱ世はそちらへ歩み寄り、砲身を見上げた。
風雨に晒されていたらしく、表面には相応の傷みが見られる。
それでも、砲身も台座も形を保っており、ただ放置された残骸というわけではなさそうだった。
「……ずいぶんと大掛かりなものを置いているな」
獣化した住民を相手にするためだけなら、ここまでの火力は必要とは思えない。
実際に彼らと戦った獅子劫たちの話を聞く限り、通常の武器でも対処は可能だったはずだ。
「獣を相手にするにしては、少々物々しすぎるな」
隣で大砲を眺めていた獅子劫も、腑に落ちない様子で顎に手をやった。
「こいつを使わなきゃならない相手がいるってことか?」
ルヴィアは砲身を一瞥し、森の奥へと視線を移した。
「この森が禁域と呼ばれていることとも、無関係ではないのかもしれませんわ」
「……森の奥には、私たちがまだ知らない何かがいるのでしょうか」
グレイの問いに、誰もすぐには答えなかった。
Ⅱ世は改めて大砲を見やった。
もしこの大砲が森の奥から迫る何かを防ぐために設置されたものだとすれば――
獣化した住民を相手にするだけでは済まない、別の脅威が存在することになる。