『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第五十話 森に潜む異形

獅子劫たちの報告を聞き終えたⅡ世は、難しい顔で森の奥を見つめていた。

ビルゲンワースの所在を突き止められたのは、大きな前進だ。

だが、そこへ至るには無数の蛇が絡み合った怪物の徘徊する森を抜けなければならない。

木々の向こうに垣間見えた姿だけでも、その脅威は十分に伝わってきた。

全容は把握できず、どれほどの速さで移動するのか、

何を頼りに獲物を見つけるのかも分からない。

森の道筋さえ定かでない以上、姿を隠して進んだところで、

無事に通り抜けられる保証はなかった。

「……どうするべきか」

思案するⅡ世の視線が、傍らの大砲へ移る。

「いざとなれば、こいつを使うってのはどうだ?」

獅子劫が砲身を軽く叩いた。

台座の両側には車輪が取り付けられている。

地面に固定されたものではなく、台座ごと動かせる造りらしい。

風車小屋の下層まで運び、森から戻る道を押さえれば、怪物を迎え撃つこともできる。

相手の大きさを考えると、一撃で仕留められるかは怪しいが、

ほかに有効な手段がない以上、試す価値はあった。

「……随分と古い品ですが、使用できるのでしょうか?」

ルヴィアは砲身から台座へと目を移し、状態を確かめるように眺めた。

「ああ。見たところ、砲身に致命的な損傷はなさそうだ。

  実際に撃ってみなけりゃ分からんが、使う分には問題ないはずだ」

「砲弾も見つかりました。崩れた倉庫の中に残されていたものです」

グレイが差し出したのは、埃を被った砲弾だった。

獅子劫たちが風車小屋を調べている間に見つけたらしい。

「使わずに済むなら、それに越したことはないが……とりあえず移動させるか」

獅子劫が台座の後部に回り、Ⅱ世も反対側へ手を掛けた。

二人で大砲を支え、風車小屋の下層へ続く坂道へと向かう。

内部は暗く、頭上には木組みの足場が幾重にも重なっていた。

下層へ続く坂は建物の内側に設けられ、緩やかなカーブを描きながら下へと伸びている。

先行したグレイとルヴィアが周囲の安全を確かめていたおかげで、

襲撃を警戒する必要はなさそうだったが、足元まで見通せるわけではない。

車輪を傾斜に乗せた途端、大砲の重みが二人の腕にのしかかった。

ひとりでも手を緩めれば、車輪は坂を下って勝手に転がりかねない。

獅子劫とⅡ世は互いの動きを確かめながら、少しずつ大砲を押し進めた。

車輪が床板の継ぎ目を越えるたび、鈍い音が暗がりに響く。

古びた木組みは重みに耐えて軋み、二人の足音に混じって不穏な音を返した。

坂が曲がるところでは台座の向きを慎重に変え、

車輪が継ぎ目に引っ掛かれば、力を合わせて押し越える。

大砲の重さに加え、傾斜に引かれる力まで抑えなければならず、運搬は思いのほか骨が折れた。

「……床が抜けたりしないだろうな」

「そうならないことを祈ろう」

軽口を交わす声にも、力がこもる。ようやく坂の曲がり角を越え、

下層の出口が見えてきた頃には、二人ともすっかり汗ばんでいた。

大砲を所定の位置に据えると、獅子劫は壁に背を預け、その場に腰を下ろした。

「……あー、流石にきつかったな」

Ⅱ世も隣で息を整え、グレイから受け取った水筒に口をつける。

冷たい水が、熱のこもった身体をわずかに落ち着かせた。

その間も、グレイの視線は外へ通じる出口の先に向けられていた。

石橋の向こうには森へ続く道があり、その一部には石畳が残っている。

長い年月のうちに土や草木に覆われてはいたものの、

かつては人々が行き交うために整えられた道だったのだろう。

「……道沿いに進めば、迷う心配はなさそうですが」

その道がビルゲンワースまで続いているかは分からない。

それでも、目印の乏しい森の中を手探りで進むよりは、進路を見失う危険を減らせるはずだった。

問題は、道の先に何が潜んでいるかだ。

周囲を囲む木々は鬱蒼と茂り、少し先さえ見通せない。

怪物がどこから現れるか分からず、遭遇してから対応を考えていては手遅れになりかねなかった。

「大砲はここに据えておけばいいだろう。

  一本道だし、逃げ帰ってきたときに迎え撃つにはちょうどいい」

獅子劫は石橋の向こうへ目をやった。

森から風車小屋へ戻る道は狭い。怪物がその道を通ってくるなら、

進路を予測しやすく、砲撃の狙いもつけやすい。

石橋を渡るところを捉えられれば、あらかじめ整えた迎撃態勢を生かせるだろう。

「では、私も周囲に少し細工をしておきますわ」

ルヴィアは石橋の手前へ向かい、道の周囲の地面に宝石を埋め込んでいった。

指先から魔力を流し、ひとつずつ術式を組み上げる。

起動すれば、簡易的な地雷として機能する仕掛けだ。

大砲で仕留めきれなかった場合も、怪物の足を止め、追撃の機会を作れるかもしれない。

その傍らでは、獅子劫が砲弾を装填し、砲身の角度を調整していた。

石橋の向こうから戻ってくる怪物を狙えるよう、射線を確かめながら照準を定める。

やがて砲身が狙いをつけた先には、森へ続く道がまっすぐに伸びていた。

「どうする? このまま移動して、道中で遭遇するよりは、

  ここで迎え撃った方がいいんじゃねえか」

獅子劫の提案に、Ⅱ世はすぐには答えなかった。

道中で不意に襲われれば、こちらが取れる手段は限られる。

怪物の全容も能力も分からない以上、

可能ならばこちらの用意した場所へ誘い込み、迎撃する方がまだ勝算はある。

だが、そのためには誰かが森へ入り、怪物を引きつけてこなければならない。

獅子劫は大砲を扱うため、その場を離れられない。

Ⅱ世やルヴィアでは、怪物から逃げ切れるだけの速さに不安が残る。

誘導役を担うなら、身軽で、

いざというときには攻撃を凌ぐこともできる者でなければならなかった。

そう考えれば、グレイに頼るほかない。

彼女ならば怪物を引きつけながら距離を保ち、危険が迫れば自ら身を守ることも期待できる。

理屈の上では、ほかに適任者はいなかった。

それでも、相手は未知の怪物だ。

どれほどの速さで迫るのか、どのように獲物を捕らえるのかさえ分かっていない。

合理的な判断だと理解していても、弟子を危険に晒すことを、

師として簡単に割り切れるはずもなかった。

「拙が怪物をここまで誘導します」

沈黙を破ったのはグレイだった。

彼女は一歩前へ出ると、森へと視線を据えた。

Ⅱ世の迷いを察しているのか、それとも自分の役目を初めから理解していたのか。

声に気負いはなく、ただ静かな決意が感じられた。

「だが……」

言いかけたⅡ世は、続く言葉を呑み込んだ。

危険だからと止めたところで、代わりを務められる者がいるわけではない。

自分がためらっている間にも、森の奥には正体の知れない怪物が潜んでいる。

Ⅱ世は小さく息を吐き、グレイを見た。

「……すまない、グレイ。頼めるか」

「はい。お任せください」

返事に迷いはなかった。

「……気を付けるのですよ」

ルヴィアは不安を隠しきれない様子でグレイを見つめたが、

それ以上引き留めようとはしなかった。

今は成功の可能性を少しでも高めることが先決だ。

彼女は埋め込んだ宝石の位置を確かめ、術式に不備がないか、ひとつずつ確認していく。

獅子劫もまた、砲身の向きと射線を見直していた。

グレイが戻ってきたとき、怪物を確実に捉えられるようにするためだ。

「こいつを持っていけ」

差し出されたのは、獅子劫が懐から取り出した血酒の瓶だった。

「使えるかどうかは分からんが、物は試しだ。

獣を引き寄せるような効果があるなら、あの蛇の塊にも効くかもしれねえ」

血酒が怪物を誘い出すのに使えるという確証はない。

まして、あれほど異様な姿をした蛇の塊に効果があるかなど、誰にも分からなかった。

それでも、森の中で相手の注意を引く手段になり得るなら、試してみる価値はある。

グレイは瓶を受け取り、ランタンの灯りにかざした。

中で揺れる液体は暗い赤色を帯び、瓶の内側をゆっくりと伝っていく。

「……分かりました。試してみます」

瓶をしまい、手にした武器を確かめる。

準備を終えたグレイは、一度だけ仲間たちを振り返った。

獅子劫は大砲の傍らに立ち、砲身に手を添えている。

ルヴィアは術式の最終確認に余念がない。

Ⅱ世は何か言いたげな表情を浮かべていたが、やがて小さく頷いた。

その姿を目に焼きつけるようにしてから、

グレイはランタンを掲げ、石橋へと足を踏み出した。

橋を渡りきると、森の木々が灯りを囲むように迫ってくる。

わずかな光の届く範囲を確かめながら、彼女はその奥へと歩みを進めた。

背後の風車小屋は、やがて木々の陰に隠れて見えなくなる。

森の奥へ続く道は、暗闇の中へと伸びていた。

 

***

 

グレイは曲がり角の手前で足を止めた。

枝葉が幾重にも重なり、その先の道はランタンの灯りさえ届かない闇に沈んでいる。

向こう側に何が潜んでいるのか、ここからでは窺い知れない。

渡された血酒の瓶を取り出し、しばらく暗がりを見据えた後、グレイは道の奥へと投げ込んだ。

硬い音を立てて瓶が砕け、赤い液体が石畳や土の上に飛び散ると、

鼻を刺すような濃厚な血臭が湿った森の空気に混じって広がっていった。

グレイは身を低くし、茂みの様子を窺った。

しばらくは何の変化もなかった。

やがて、道脇の枯れ葉がかすかに揺れ、草木の奥から何かが這い出してくる。

複数の蛇が塊となった奇怪な生き物だった。

幾本もの蛇が絡み合ったような身体をくねらせ、地面を這っている。

さらに別の茂みからも同じ姿が現れ、血酒の飛び散った場所へと、いくつもの首を伸ばし始めた。

血酒に夢中な怪物たちは、まだグレイの存在に気づいていない。

だが、このまま放置すれば、帰路で背後から襲われるおそれがある。

森の奥に何がいるにせよ、余計な危険を残しておくわけにはいかない。

その場で静かにランタンを足元に置き、礼装へと手を添えた。

「アッド」

呼びかけに応じ、礼装が長大な大鎌へと姿を変える。

金属の刃がランタンの灯を受けて鈍く光る。

その動きに反応した怪物たちが、一斉に首をもたげた。

グレイは一気に間合いを詰め、刃を横薙ぎに振るった。

先頭の個体が伸ばしかけた首をまとめて断ち切られ、

残る怪物たちも獲物を見定めるように、幾つもの頭をこちらへ向ける。

左右から迫る首を身を翻してかわし、踏み込んだ勢いのまま大鎌を返した。

刃が胴体を捉え、蛇の群れが地面に崩れ落ちる。

最後の一匹が身をよじらせて飛びかかってきたが、

牙の届く寸前で身を引き、その頭部を斬り払った。

地面を這い回る音が途絶え、森には再び静けさが戻る。

グレイは大鎌を構えたまま周囲に目を配り、

ほかに気配がないことを確かめてから礼装を元の姿へ戻した。

足元のランタンを拾い上げ、

ひとまず道を進む妨げは取り除けたと、息を整えかけたそのときだった。

森の奥から、低く重い音が響いた。

最初は地面の下で何かが動いているようにも聞こえたが、

音は途切れることなく、こちらへ近づいてくる。

やがて前方の木々が大きく揺れ、枝がしなり、葉が激しく舞い落ちた。

何か巨大なものが、森を押し分けながら進んでいる。

グレイは礼装に手を添え、音のする方へと向き直った。

木々の隙間から、幾つもの巨大な蛇頭が現れる。

無数の首が絡み合いながら持ち上がり、それぞれ異なる方向へと伸びている。

その下から、太い胴体が幾重にも重なった異様な姿が、ゆっくりと姿を現した。

無数の大蛇が寄り集まり、一つの巨大な塊を形作っていた。

高く掲げられた頭部が枝葉の上から周囲を窺う一方で、

低い位置にある首は地面すれすれまで伸び、獲物を探るようにうごめいている。

絡み合った胴体は、進路を塞ぐ木々を押し倒しながら前進していた。

どこまでが一つの胴体で、どの首がどこにつながっているのか。

目の前にしても、その構造を見定めることは難しい。

先ほどの小柄な怪物とは、比べものにならない規模だった。

幾十もの蛇がそれぞれの姿を保ちながら、全体として一つの生き物のように蠢いている。

その異様な光景に、グレイは一瞬息を呑んだ。

そのうちの幾つかが、こちらへ顔を向けると、

次の瞬間、複数の首が一斉に伸びてきた。

横合いから迫る頭部を大鎌で斬り飛ばし、

返す刃で正面から食らいつこうとした別の蛇を切り払う。

だが、刃を振り抜いた直後には、左右から新たな頭が襲いかかっていた。

グレイは身を沈めて一方をかわし、もう一方の攻撃を柄で受け流す。

鋭い牙が空を噛み、蛇頭が地面へ叩きつけられた。

反撃に移ろうとしたところへ、別の首が素早く伸びてくる。

グレイは大鎌を引き戻してその頭を牽制し、身を翻して攻撃をかわした。

一匹の蛇であれば、動きを見極めて対処することもできる。

だが、目の前の怪物には、その常識が通用しなかった。

一つの頭に意識を向ければ、別の頭が死角から襲いかかる。

攻撃を避けた先にも次の首が待ち構え、間合いを取り直すことさえ容易ではない。

個々の頭は素早く動き、近づけば途切れることなく牙が迫ってくる。

刃を振るう隙を見つけても、

次の攻撃をかわすために身を引かざるを得ず、反撃を重ねる余裕はなかった。

このまま戦い続ければ、いずれ対応しきれなくなる。

そもそも、グレイの役目は怪物を倒すことではない。

仲間たちが待ち構える迎撃地点まで誘い出すことだ。

ここで無理に仕留めようとする必要はなかった。

迫る蛇頭を大鎌で払い、グレイは攻撃の途切れたわずかな間を縫って後退した。

怪物の正面から離れ、道の曲がり角へと向かう。

逃げる獲物を追うように、無数の首が一斉に伸びてきた。

巨体が森を押し進むたび、草木がなぎ倒され、地面を擦る重い音が背後から迫る。

グレイは足元に気を配りながら走った。

石畳の欠けた部分を踏み越え、張り出した木の根を避ける。

枝葉が頬をかすめても構ってはいられなかった。

不意に、背後で何かが地面に叩きつけられた。

土と枯れ葉が弾け飛び、伸びてきた蛇頭が、つい先ほどまでグレイのいた場所へ噛みつく。

間一髪で逃れたものの、振り返って確かめる余裕はない。

彼女は体勢を崩さぬよう足を踏み替え、曲がりくねった道を駆け抜けた。

背後では、複数の蛇頭が枝をへし折りながら追いすがってくる。

巨体が通るたびに森が揺れ、頭上から葉や小枝が降り注いだ。

やがて木々の間に、風車小屋へ続く石橋が見えてくる。

橋の向こうでは、仲間たちが迎撃の準備を整えている。

そこまで辿り着けば、あとは彼らに任せられる。

最後の曲がり角を抜けたところで、背後から蛇頭が迫った。

グレイは振り返りざまに大鎌を振るい、伸びてきた首を斬り払う。

その一瞬で生まれた距離を利用し、石橋へ向かって一気に駆けた。

だが、橋を目前にしたところで、背後から低い唸りのような音が響いた。

振り返る間もなく、毒液らしきものが飛来する。

グレイは咄嗟に横へ身を投げ、飛沫をかわした。

毒液はすぐ脇の木にぶつかり、幹の表面に広がった。

じゅう、と不気味な音が上がり、白い煙が立ちのぼる。

樹皮が泡立つように崩れ、黒ずんだ幹が熔けるように損なわれていった。

まともに浴びれば、無事では済まない。

グレイはその光景を確かめる間もなく身を起こし、石橋へ向かって駆け出した。

距離を取っても安全ではない。かといって、接近すれば複数の蛇頭が休みなく襲いかかってくる。

逃げ切るには、仲間たちが待つ場所まで一気に駆け抜けるしかなかった。

石橋が目前に迫る。グレイは速度を緩めることなく橋へ飛び込み、

渡りきると同時に横へ身を投げ出した。

石の上を転がり、大砲の射線から外れたところでようやく身を起こす。

直後、橋の向こうから重い地響きが押し寄せてきた。

「撃て!」

Ⅱ世の号令が響く。

砲口から火花が迸り、耳をつんざく轟音が森を震わせた。

反動で大砲が激しく後退し、台座が床を軋ませる。

放たれた砲弾は、石橋へ迫る巨大な怪物の胴体を直撃した。

凄まじい衝撃とともに、絡み合った巨体の中央が抉り取られたように吹き飛んだ。

肉片と血が飛び散り、幾つもの蛇頭が衝撃に煽られて跳ね上がる。

重なり合った胴体は大きく波打ち、その一部が崩れ落ちた。

しかし、怪物は倒れなかった。

砲撃によって穿たれた大穴の周囲で、残された蛇たちがなおも身をくねらせている。

千切れた胴体の一部が地面を這い、幾つもの頭が苦しげに持ち上がった。

巨体は大きく損なわれているにもかかわらず、動きを止める気配がない。

「……まだ生きてやがるのか!」

獅子劫が舌打ちした。

「予定どおりですわ。こちらも使わせてもらいます!」

ルヴィアは石橋の手前に仕掛けた宝石へ意識を向け、指先から魔力を流し込んだ。

地面に隠された術式が一斉に反応する。

次の瞬間、宝石を起点に爆炎が迸り、赤々とした炎が地面を走って巨体へと襲いかかった。

砲撃で抉られた傷口にも火が入り込み、絡み合った蛇の胴体を次々と包み込んでいく。

怪物の絶叫が森に響き渡る。

幾つもの蛇が同時に口を開き、森を震わせるような異様な咆哮を上げる。

蛇頭は苦しげにのたうち、燃え上がる胴体が地面を打ちつけた。

炎から逃れようとするかのように巨体がうごめくものの、

燃え広がった火は別の胴体へ、さらにその先へと移り、逃げ場を奪っていく。

やがて、持ち上がっていた首が一つ、また一つと地面へ落ち始めた。

絡み合った胴体からも力が失われ、燃え盛る巨体がゆっくりと崩れていく。

最後まで蠢いていた蛇が炎の中に沈むと、怪物の叫びも途切れた。

残ったのは、黒く焼け焦げた巨体と、周囲に立ち上る煙だけだった。

誰もすぐには動かなかった。

大砲の砲口からは煙が細く立ち上り、風車小屋の周囲には砲撃の残響がかすかに残っている。

グレイは息を整えながら立ち上がった。

礼装を大鎌の姿に保ったまま、燃え尽きた怪物を見据える。

「……動きは止まったようですが」

「まだ近づくな。念のため、しばらく様子を見る」

Ⅱ世は距離を保ったまま、焼け焦げた巨体を観察した。

残り火を受けた胴体の一部が、乾いた音を立てて崩れ落ちる。

蛇頭はどれも動かず、地面を這う気配もなかった。

それでも、あれほどの怪物が完全に息絶えたと判断するには、慎重を期す必要がある。

彼らはしばらく警戒を続け、ようやく新たな動きがないことを確かめてから、

張り詰めていた緊張を緩めた。

「……どうやら、終わったようだな」

Ⅱ世の言葉を受け、グレイも大鎌を下ろした。

「よくやった、グレイ。無事で何よりだ」

「はい、師匠」

短いやり取りを交わした後、Ⅱ世は再び怪物へと目を向けた。

ヤーナムで遭遇した獣たちとは、明らかに異なる姿だった。

獣化した市民には、元が人間であったことを窺わせる痕跡が残されていた。

だが、目の前の怪物には、そのような面影がない。

幾つもの蛇がそれぞれの姿を保ったまま絡み合い、一つの生命体のように活動していた。

「……単に蛇が集まっているだけ、というわけでもなさそうだな」

Ⅱ世は焼け焦げた巨体を見渡した。

戦闘中、幾つもの頭はばらばらに動いているようでいて、

互いの死角を補うように攻撃を繰り出してきた。

個々の蛇が偶然同じ方向へ動いただけとは考えにくい。

全体が何らかの仕組みで連動し、一つの生き物として機能していた可能性がある。

複数の蛇が何らかの要因で一体化したのか。

それとも、初めから一つの生命体として成立するように生まれた存在なのか。

あるいは、ビルゲンワースに関わる何者かが、

実験によって生み出した生物という可能性もある。

いずれにせよ、森の奥にあのような怪物が潜んでいる理由は分からない。

今ある情報だけで、その正体を断定することはできなかった。

「合成獣とも違う……いや、そもそも、あれを一つの生物として扱っていいのか?」

Ⅱ世は考え込むように呟いた。

魔術師が複数の生物を組み合わせて生み出す合成獣は、

異なる性質を持つ素材を一つの個体へ統合するものが多い。

だが、あの怪物は、幾つもの蛇がそれぞれの形を保ったまま

一つの生き物のように活動していた。

身体の構造だけでなく、生命としての成り立ちそのものが、

既知の合成獣とは異なるのかもしれない。

Ⅱ世は森の奥へ目を向けた。

怪物が動かなくなったことで、一先ずの脅威は去った。

Ⅱ世たちは周囲への警戒を怠らぬまま装備を整え、森の奥へと視線を向ける。

目指すは、木々の向こうにあるビルゲンワース。

怪物の正体をはじめ、まだ分からないことは多い。

だが、それを確かめるためにも、先へ進む必要があった。

やがて一行は、互いに目配せを交わすと、ランタンの灯りを頼りに森の奥へと歩き出した。

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