『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第六話 隠された叡智

 

 四人は、先ほど発見した武器を囲んでいた。

 

 血錆に覆われた無数の刃。

 

 杖のような姿から一変し、鞭のように連なる異形の武器。

 

 Ⅱ世はそれを記録しながら、構造を一つずつ確認していく。

 

「変形機構そのものはかなり複雑だな」

 

「これだけの仕掛けを、杖の内部に仕込んでいたということですか」

 

 グレイが尋ねる。

 

「ああ。見た目を偽装する意味もあったのだろう」

 

 ルヴィアも刃を観察している。

 

「医療協会の狩人が使用していたのだとすれば、武器そのものにも何らかの思想があるのでしょうね」

 

「そうだな」

 

 Ⅱ世は頷いた。

 

 獅子劫は煙草を取り出しながら、武器へ視線を向けた。

 

「その辺は後で考えればいいんじゃねえか?」

 

「後で?」

 

「調べるものがまだ残ってるだろ」

 

 獅子劫が部屋を見回す。

 

「ここは院長室なんだ。こんな武器一本だけってこともないだろ」

 

 その言葉に、Ⅱ世も室内を見渡した。

 

「確かに」

 

 四人は再び、手術台の周囲を中心に探索を始めた。

 

 その一方で。

 

「さて……」

 

 パッチは少し離れた場所にある隠し棚の前に座り込んでいた。

 

 先ほど見つけた仕掛け。

 

 鍵穴に細い道具を差し込み、指先の感覚だけを頼りに内部を探っていく。

 

「……これは、普通の鍵じゃありませんな」

 

 金具を僅かに動かす。

 

 カチ。

 

 反応はない。

 

「ふむ」

 

 別の道具へ持ち替える。

 

 今度は鍵穴の奥へ細い金属棒を差し込んだ。

 

 内部の構造を探る。

 

 押す。

 

 回す。

 

 僅かに戻す。

 

 また押す。

 

「……なるほど」

 

 パッチの口元に笑みが浮かんだ。

 

「こいつは、鍵を開けるんじゃない。順番を合わせる仕掛けですな」

 

 小さな金属音。

 

 一つ。

 

 また一つ。

 

 内部の機構が噛み合っていく。

 

 そして。

 

 カチン。

 

 最後の音が響いた。

 

「おや」

 

 パッチが扉へ手を掛ける。

 

 今度は、抵抗なく開いた。

 

「開きましたな」

 

 隠し棚の奥。

 

 そこには、さらに小さな空間が設けられていた。

 

 その中央に。

 

 一つの箱が置かれている。

 

 黒い。

 

 人の頭ほどの大きさ。

 

 金属とも木ともつかない、奇妙な質感をしている。

 

 長い年月を経たらしく、表面には細かな傷や変色が見られた。

 

 しかし、それでも箱そのものは厳重に作られている。

 

 何より目を引くのは、その表面だった。

 

 奇妙な印のようなものが刻まれている。

 

 文字にも見える。

 

 紋章にも見える。

 

 だが、通常の魔術刻印とはどこか違う。

 

「……ほう」

 

 パッチが身を乗り出した。

 

「これはまた……」

 

 箱へ手を伸ばす。

 

 持ち上げる。

 

 思っていたよりも重い。

 

「随分と大事にしまってあったようですな」

 

 パッチは箱を抱えたまま、振り返った。

 

「皆様!」

 

 声が院長室に響く。

 

「少々進歩がありましたぞ!」

 

 Ⅱ世たちが振り返る。

 

「何だ、パッチ」

 

「見てくださいよ」

 

 パッチが自慢げに箱を掲げる。

 

「あっしは、こんなものを見つけました」

 

「……箱?」

 

 ルヴィアが目を細める。

 

「それは、どこから?」

 

「そこの隠し棚ですな」

 

 パッチが得意げに答えた。

 

 獅子劫が近づいてくる。

 

「また妙なもんを見つけたな」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

「褒めてねえよ」

 

 パッチは気にした様子もなく笑った。

 

 そして、箱を軽く撫でる。

 

「なかなか古い。ですが、わざわざ隠し棚に仕込んであったくらいです。価値のある品かもしれませんなぁ」

 

 Ⅱ世は箱を見つめる。

 

「少し待て」

 

「おや」

 

 パッチの手が止まる。

 

 Ⅱ世が箱の表面を観察する。

 

 刻まれている印。

 

 通常の魔術刻印とは違う。

 

 しかし、何らかの意味を持っていることだけは分かる。

 

「……これは、単なる装飾ではなさそうだ」

 

「呪術的なものですか?」

 

 ルヴィアが尋ねる。

 

「可能性はある。ただ、現段階では何を意味する印なのか分からない」

 

 Ⅱ世は慎重に箱を観察した。

 

「時計塔の資料にも、こういったものはなかった」

 

「つまり、正体不明ってことですかい?」

 

 パッチが言った。

 

「今のところはな」

 

 Ⅱ世は答える。

 

 箱には蓋らしき部分がある。

 

 しかし、蝶番が見当たらない。

 

 鍵穴もない。

 

 継ぎ目すら分かりにくい。

 

「……厄介だな」

 

 ルヴィアが眉を寄せる。

 

「ですが、ここまで厳重に隠されていた以上、何か重要なものが入っている可能性は高いでしょう」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世も頷く。

 

「危険性は考慮する必要がある。しかし、危険だからという理由だけで放置するのも問題だ」

 

「重要な情報が封じられている可能性もある、ということですわね」

 

「そういうことだ」

 

 獅子劫が箱を見る。

 

「だったら、調べるしかないな」

 

「賛成ですわ」

 

 ルヴィアも頷く。

 

 グレイも箱を見つめた。

 

「……何が入っているのでしょう」

 

「それを確かめるのは、拠点に戻ってからにしよう」

 

 Ⅱ世は箱から視線を外した。

 

「ここで開ける必要はない」

 

 パッチは少し残念そうな顔をした。

 

「おや。今すぐではありませんか」

 

「慎重さという言葉を知らんのか、君は」

 

「知っておりますとも」

 

 パッチは笑う。

 

「だからこそ、楽しみは後に取っておくのも悪くありませんな」

 

 獅子劫が呆れたように肩をすくめた。

 

「結局、それが目的かよ」

 

「何が入っているか想像するくらい、いいでしょう」

 

 その時だった。

 

 割れた窓から差し込んでいた光が、いつの間にか弱くなっている。

 

 室内を照らしていた明るさが、少しずつ失われていた。

 

 獅子劫が窓の外を見る。

 

 空が赤黒く染まり始めている。

 

「……もうこんな時間か」

 

 Ⅱ世も外へ目を向けた。

 

「日が落ちるな」

 

「ですなぁ」

 

 パッチが箱を抱え直す。

 

「そろそろお開きにしませんか?」

 

「そうだな」

 

 Ⅱ世が頷く。

 

「今日のところはここまでにしよう。回収した資料と品を持って拠点へ戻る」

 

「賛成ですわ」

 

 ルヴィアが答えた。

 

 四人は院長室に残された資料を整理した。

 

 院長の手記。

 

 ヤーナムの歴史について記された資料。

 

 血の医療に関する記録。

 

 そして、先ほど発見した異形の武器。

 

 パッチが見つけた黒い箱。

 

 それぞれを慎重にまとめ、診療所内に確保していた拠点へ運ぶ。

 

 外は、すでに夕暮れを越えようとしていた。

 

 窓の向こうに見えるヤーナムの街並みが、薄暗い影へと沈んでいく。

 

 昼間とは違う。

 

 街そのものが、別の顔を見せ始めているようだった。

 

「では、私は一度キャンピングカーへ戻りますわ」

 

 ルヴィアが言った。

 

「シャワーを浴びて、簡単な夜食を用意します」

 

「拙もお手伝いします」

 

 グレイが頷く。

 

「では、行きましょう」

 

 二人は荷物を置くと、キャンピングカーへ向かった。

 

 男たちは病室に残った。

 

 獅子劫は椅子に腰を下ろし、煙草を取り出す。

 

「……今日は随分と濃い一日だったな」

 

 火を点ける。

 

 煙がゆっくりと室内へ広がった。

 

 Ⅱ世も椅子へ腰を下ろした。

 

「調査初日としては、情報が多すぎるくらいだ」

 

「そうでしょうなぁ」

 

 パッチは黒い箱を見ながら答えた。

 

「しかし、まだ一番面白そうなところが残っていますぜ」

 

「君は本当にそればかりだな」

 

 Ⅱ世がため息を吐く。

 

「おや、旦那だって気になっているでしょう?」

 

「気になっているからこそ、慎重に扱っているんだ」

 

「なるほど」

 

 パッチは笑った。

 

「では、楽しみに待つとしましょう」

 

 しばらくして。

 

 キャンピングカーでは、シャワーの音が響いていた。

 

 グレイとルヴィアは交代で身体を温め、その間に簡単な夜食を用意していく。

 

 保存の利く食材を中心に、温かい料理が作られていった。

 

 ヤーナムへ入ってから初めて、まともに落ち着ける時間だった。

 

 やがて料理が完成すると、二人はそれを病室へ運んだ。

 

「お待たせしました」

 

 グレイが料理を机へ並べる。

 

「今日は簡単なものですけれど」

 

「十分だ」

 

 Ⅱ世が答える。

 

 獅子劫も煙草を灰皿へ押しつけた。

 

「ありがたいねぇ」

 

 パッチは料理を見ると、嬉しそうに笑った。

 

「これは助かりますな」

 

 全員が席につく。

 

 簡単な夜食だった。

 

 しかし、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

 

 誰もが無言で食事を続けた。

 

 食事を終える頃には、外は完全に夜になっていた。

 

 窓の外。

 

 ヤーナムの街は暗闇に沈んでいる。

 

 遠くの尖塔だけが、月明かりの中にぼんやりと浮かんでいた。

 

 Ⅱ世が食器を片付ける。

 

「さて」

 

 その視線が、机の上へ向けられる。

 

 黒い箱。

 

「始めるとしよう」

 

 パッチが待ってましたとばかりに身を乗り出した。

 

「ようやくですな」

 

「まず、外側から調べる」

 

 Ⅱ世は箱を机の中央へ置いた。

 

 ルヴィアも隣へ座る。

 

 グレイは記録用の紙を用意した。

 

 獅子劫は少し離れた位置から見守る。

 

 箱の表面。

 

 そこに刻まれた奇妙な印。

 

「この印については、まだ何も分かっていない」

 

 Ⅱ世が言った。

 

「文字なのか、紋章なのか。それとも単なる装飾なのか」

 

「魔術的な意味を持つ可能性は?」

 

 ルヴィアが尋ねる。

 

「否定はできない。ただ、私たちが知る一般的な魔術刻印とは一致しない」

 

 Ⅱ世は箱へ手をかざした。

 

 魔力を流す。

 

 ごく微量。

 

 表面を撫でるように、慎重に魔力を通していく。

 

 何も起こらない。

 

「……反応は薄いな」

 

 Ⅱ世が呟く。

 

「私にも試させてくださいな」

 

 ルヴィアが反対側へ手を置く。

 

 彼女もまた、慎重に魔力を流した。

 

 箱の表面に刻まれた印が、僅かに魔力を弾いた。

 

「こちらですわ」

 

「どこだ?」

 

「この刻印の一部だけ、魔力の流れが不自然です」

 

 Ⅱ世が覗き込む。

 

「……確かに」

 

「ですが、単純な封印ではありませんわね」

 

「内部を閉じるためのものというより、機構そのものに組み込まれている?」

 

「その可能性があります」

 

 二人は箱を挟んで、刻印と継ぎ目を交互に確認する。

 

「ここから魔力を通してみる」

 

「では、私はこちら側から」

 

「同時に流すと反発するかもしれん」

 

「でしたら、私が先に」

 

「分かった」

 

 ルヴィアが少量の魔力を流す。

 

 Ⅱ世がその流れを追う。

 

 箱の内部へ魔力が入り、途中で行き止まった。

 

「止まった」

 

「こちらも同じですわ」

 

「なら、封印というより……」

 

 Ⅱ世が僅かに考える。

 

「鍵か」

 

「物理的な鍵ではなく、魔術的な認証のようなもの?」

 

「そう考えると、この刻印の配置にも意味がある」

 

 Ⅱ世は別の箇所へ指を移す。

 

「ここだ」

 

 ルヴィアが魔力を流す。

 

 Ⅱ世も同時に合わせる。

 

 今度は、箱の内部で小さな音がした。

 

 カチ。

 

 二人が手を止める。

 

「……開いた?」

 

 グレイが小さく尋ねる。

 

「まだだ」

 

 Ⅱ世が答える。

 

「今のは第一段階だろう」

 

「では、次はこちらですわね」

 

 ルヴィアが別の刻印へ指を添える。

 

 Ⅱ世が反対側から魔力を通す。

 

 カチ。

 

 また一つ。

 

 内部の機構が動いた。

 

「なるほど」

 

 Ⅱ世の目が細くなる。

 

「一つずつ術式を解除する構造か」

 

「それなら、焦らず進めましょう」

 

「ああ」

 

 二人は互いに確認しながら、少しずつ魔力を通していった。

 

 刻印の一つ。

 

 継ぎ目。

 

 箱の角。

 

 それぞれに僅かな魔力を流し、反応を確かめる。

 

 途中で何度か反応が途切れた。

 

 そのたびに二人は手を止め、どこで流れが変わったのかを確認した。

 

「こちらではない」

 

「では、ひとつ前へ戻しますわ」

 

「そうしてくれ」

 

 急ぐことはしなかった。

 

 危険なものが入っている可能性がある以上、無理にこじ開ける理由はない。

 

 やがて。

 

 最後の刻印へ魔力を通した瞬間。

 

 箱の内部から、低い音が響いた。

 

 ゴトリ。

 

 蓋の一部が僅かに浮く。

 

 Ⅱ世とルヴィアが顔を見合わせる。

 

「開いたな」

 

「ええ」

 

 ルヴィアが頷く。

 

「では、ゆっくり開ける」

 

 ルヴィアも身構えた。

 

 Ⅱ世が蓋へ手を掛ける。

 

 僅かに持ち上げる。

 

 中から何かが出てくる気配はない。

 

「……大丈夫そうですわ」

 

「なら、もう少し」

 

 蓋が開いていく。

 

 黒ずんだ布が見えた。

 

 その中央に、何かが包まれている。

 

 Ⅱ世はすぐには触れなかった。

 

「まず、魔力反応を確認する」

 

 ルヴィアが頷く。

 

 二人で慎重に内部を探る。

 

 強い攻撃性を示す反応はない。

 

 しかし、完全に無反応でもない。

 

「……妙ですわね」

 

「そうだな」

 

「何かがあるのは確かです」

 

「だが、術式として捉えにくい」

 

 Ⅱ世は眉を寄せた。

 

「なら、直接見るしかない」

 

 布の端を、慎重に持ち上げる。

 

 その下から。

 

 人間の頭蓋骨が現れた。

 

「……」

 

 誰も言葉を発しなかった。

 

 頭蓋骨そのものは、明らかに人間のものだった。

 

 しかし。

 

 頭頂部。

 

 脳が収まっていたはずの部分が、大きく割れている。

 

 その裂け目から。

 

 何かが、覗いていた。

 

 青白い。

 

 半透明にも見える。

 

 肉とも粘液とも判別しにくい、柔らかな質感。

 

 細長い胴体。

 

 輪郭は蛞蝓や幼虫のように見える。

 

 しかし、普通の軟体生物とは明らかに違っていた。

 

 一つではない。

 

 頭蓋の裂け目から、複数の青白いものが重なるように伸びている。

 

 互いに絡み合い、あるいは頭蓋の内部から押し出されるようにして、ゆっくりと蠢いている。

 

 表面は濡れているように光を反射していた。

 

 それらは、這い出そうとしているようにも見える。

 

 しかし、実際にどこかへ移動しようとしているのかは分からない。

 

 時折、身体を縮める。

 

 伸ばす。

 

 また縮める。

 

 まるで呼吸にも似ている。

 

 だが、呼吸器官らしきものは見当たらない。

 

 顔もない。

 

 目もない。

 

 口のようなものも確認できない。

 

 ただ、青白い軟体の塊が、頭蓋の内側で生き物めいた動きを続けている。

 

「……何ですの、これ」

 

 ルヴィアが、思わず声を落とした。

 

 グレイは息を呑んだ。

 

「……拙には、蛞蝓のように見えます」

 

「そうだな」

 

 Ⅱ世も目を細める。

 

「だが、蛞蝓と断定する理由はない」

 

 その時。

 

 青白いものの一つが、僅かに頭蓋の外へ伸びた。

 

 ぬるり、と。

 

 表面が光を反射する。

 

 グレイの肩が僅かに強張った。

 

「……動いています」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は答えた。

 

「しかし、生命活動によるものとは限らない」

 

 Ⅱ世はさらに観察する。

 

「魔術によって動かされている可能性もある。あるいは、保存された何らかの生命体かもしれない」

 

「それにしても、生物としては奇妙すぎますわ」

 

 ルヴィアが言った。

 

「ええ」

 

 グレイも頷く。

 

「拙には、呼吸をしているようには見えません」

 

「動きに規則性は?」

 

「完全にはありません」

 

 グレイは慎重に観察する。

 

「縮んだり伸びたりしています。でも、拙たちが近づいたことに反応しているのかは分かりません」

 

「触れない方がいいな」

 

 獅子劫が低く言った。

 

 彼は頭蓋を見つめながら、警戒を強めていた。

 

「俺が気になるのは、頭蓋そのものだ」

 

「頭蓋が?」

 

「ああ」

 

 獅子劫は慎重に続けた。

 

「人骨を使った魔術なら、死霊術の類を疑う」

 

 Ⅱ世が獅子劫を見る。

 

「死霊術か」

 

「頭蓋ってのは、死者を扱う術じゃそれなりに意味を持つ」

 

 獅子劫は、青白い軟体状のものへ視線を移した。

 

「だが、普通の死霊術なら、死者そのものや、その残留思念をどう扱うかが問題になる」

 

「今回は違う?」

 

「少なくとも、俺にはそう見える」

 

 獅子劫が目を細める。

 

「頭蓋の中に、死者の魂がいるようには見えない。むしろ、何か別のものが入り込んでいるように見える」

 

「別のもの……」

 

 グレイが呟く。

 

「ああ」

 

 獅子劫は頷いた。

 

「それが生物なのか、魔術的な存在なのかは分からねえ。ただ、少なくとも普通の死体じゃない」

 

 Ⅱ世も頭蓋を見つめた。

 

「つまり、頭蓋が器なのか。それとも、あの軟体状のものと一体になっているのか」

 

「そこまでは分からない」

 

 ルヴィアが慎重に言う。

 

「ですが、少なくとも自然にこうなったとは考えにくいですわ」

 

「同感だ」

 

 Ⅱ世は頷いた。

 

 グレイは記録用の紙へ目を落とした。

 

「では、どう記録しましょう」

 

「名称不明」

 

 Ⅱ世が答える。

 

「人間の頭蓋骨内部から、青白い軟体状の構造物が複数確認された。自発的な運動あり。生物であるかは不明」

 

「はい」

 

 グレイが書き留める。

 

 パッチはしばらく黙って頭蓋を見つめていた。

 

 やがて。

 

「……いやぁ」

 

 小さく息を吐く。

 

「これは、思っていたものとは随分違いますな」

 

 獅子劫が横目で見る。

 

「金貨でも期待してたのか?」

 

「せめて宝石くらいは」

 

 パッチが肩をすくめる。

 

「ですが……」

 

 再び頭蓋を覗き込む。

 

 青白い軟体状のものが、ゆっくりと蠢く。

 

「これはこれで、欲しがる好事家はいそうですな」

 

「……本気で言っているのか?」

 

 Ⅱ世が呆れたように言う。

 

「世の中には変わったものを集める御仁がいるんですよ」

 

 パッチは真顔だった。

 

「珍しい骨。

 

 呪具。

 

 正体不明の生物。

 

 そういうものを金に糸目をつけず欲しがる人間は、案外いるもんです」

 

「これは生物かどうかすら分からんぞ」

 

「だからこそ、でしょうなぁ」

 

 パッチは楽しそうに笑った。

 

 しかし、すぐに表情を引き締める。

 

「ただし……」

 

 頭蓋の内部を見つめる。

 

「これが本当に生きているのなら、扱いには気をつけた方がいい」

 

 獅子劫が意外そうにパッチを見る。

 

「珍しくまともなことを言うじゃねえか」

 

「商売人は命あっての商売ですからねぇ」

 

 パッチは肩をすくめた。

 

 ルヴィアは頭蓋を観察しながら、静かに言った。

 

「それにしても……」

 

 人間の頭蓋。

 

 そこから這い出すように伸びる、青白い軟体状のもの。

 

「これを一体、何の目的でここへ保管していたのでしょう」

 

 Ⅱ世は答えなかった。

 

 箱の内側。

 

 黒ずんだ布。

 

 頭蓋骨。

 

 そして、その内部に収められた正体不明のもの。

 

「保存状態から考えても、偶然ここへ置かれたとは考えにくい」

 

 Ⅱ世が言った。

 

「隠し棚のさらに奥へ厳重に保管されていた。つまり、これをここへ置いた人物にとって、少なくとも何らかの価値があった」

 

「院長でしょうか」

 

 グレイが尋ねる。

 

「まだ断定はできない」

 

 Ⅱ世は首を振った。

 

「しかし、この診療所に残された他の記録と無関係とも思えない」

 

 獅子劫が腕を組む。

 

「血の医療。

 

 人体実験。

 

 獣化。

 

 そして、これか」

 

「ああ」

 

 Ⅱ世は頭蓋を見つめる。

 

「すべてが繋がっている可能性はある」

 

 ルヴィアが静かに言った。

 

「逆に、別々のものを一つに見ている可能性もありますわね」

 

「その通りだ」

 

 Ⅱ世が頷く。

 

「だから、今の段階では名前すら付けられない」

 

 青白い軟体状のものが、また僅かに動いた。

 

 誰も触れていない。

 

 誰も近づいていない。

 

 それでも。

 

 ゆっくりと。

 

 確かに。

 

 それは頭蓋の内側から這い出すように蠢いていた。

 

 五人は、しばらくそれを見つめていた。

 

 まだ正体は分からない。

 

 生物なのか。

 

 魔術的な現象なのか。

 

 死体に宿った何かなのか。

 

 あるいは、そのどれでもないのか。

 

 分かっているのは、ただ一つ。

 

 この黒い箱が、単なる保管容器ではなかったということだけだった。

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