『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 封印都市ヤーナム』   作:丹波りん

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第六話 隠された叡智

 四人は、先ほど発見した武器を囲んでいた。

 血錆に覆われた無数の刃。

 杖のような姿から一変し、鞭のように連なる異形の武器。

 Ⅱ世はそれを記録しながら、構造を一つずつ確認していく。

「変形機構そのものはかなり複雑だな」

「これだけの仕掛けを、杖の内部に仕込んでいたということですか」

 グレイが尋ねる。

「ああ。見た目を偽装する意味もあったのだろう」

 ルヴィアも刃を観察している。

「医療協会の狩人が使用していたのだとすれば、

 武器そのものにも何らかの思想があるのでしょうね」

「そうだな」

 Ⅱ世は頷いた。

 獅子劫は煙草を取り出しながら、武器へ視線を向けた。

「その辺は後で考えればいいんじゃねえか?」

「後で?」

「調べるものがまだ残ってるだろ」

 獅子劫が部屋を見回す。

「ここは院長室なんだ。こんな武器一本だけってこともないだろ」

 その言葉に、Ⅱ世も室内を見渡した。

「確かに」

 四人は再び、手術台の周囲を中心に探索を始めた。

     ◆

「さて……」

 パッチは少し離れた場所にある隠し棚の前に座り込んでいた。

 先ほど見つけた仕掛け。

 鍵穴に細い道具を差し込み、指先の感覚だけを頼りに内部を探っていく。

「……これは、普通の鍵じゃありませんな」

 金具を僅かに動かす。

 カチ。

 反応はない。

「ふむ」

 別の道具へ持ち替える。

 今度は鍵穴の奥へ細い金属棒を差し込んだ。

 内部の構造を探る。

 押す。

 回す。

 僅かに戻す。

 また押す。

「……なるほど」

 パッチの口元に笑みが浮かんだ。

「こいつは、鍵を開けるんじゃない。順番を合わせる仕掛けですな」

 小さな金属音。

 一つ。

 また一つ。

 内部の機構が噛み合っていく。

 そして――。

 カチン。

 最後の音が響いた。

「おや」

 パッチが扉へ手を掛ける。

 今度は、抵抗なく開いた。

「開きましたな」

 隠し棚の奥。

 そこには、さらに小さな空間が設けられていた。

 その中央に。

 一つの箱が置かれている。

 黒い。

 人の頭ほどの大きさ。

 金属とも木ともつかない、奇妙な質感をしている。

 長い年月を経たらしく、表面には細かな傷や変色が見られた。

 しかし、それでも箱そのものは厳重に作られている。

 何より目を引くのは、その表面だった。

 奇妙な印のようなものが刻まれている。

 文字にも見える。

 紋章にも見える。

 だが、通常の魔術刻印とはどこか違う。

「……ほう」

 パッチが身を乗り出した。

「これはまた……」

 箱へ手を伸ばす。

 持ち上げる。

 思っていたよりも重い。

「随分と大事にしまってあったようですな」

 パッチは箱を抱えたまま、振り返った。

「皆様!」

 声が院長室に響く。

「少々進歩がありましたぞ!」

 Ⅱ世たちが振り返る。

「何だ、パッチ」

「見てくださいよ」

 パッチが自慢げに箱を掲げる。

「あっしは、こんなものを見つけました」

「……箱?」

 ルヴィアが目を細める。

「それは、どこから?」

「そこの隠し棚ですな」

 パッチが得意げに答えた。

 獅子劫が近づいてくる。

「また妙なもんを見つけたな」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてねえよ」

 パッチは気にした様子もなく笑った。

 そして、箱を軽く撫でる。

「なかなか古い。ですが、

 わざわざ隠し棚に仕込んであったくらいです。

 価値のある品かもしれませんなぁ」

 Ⅱ世は箱を見つめる。

「少し待て」

「おや」

 パッチの手が止まる。

 Ⅱ世が箱の表面を観察する。

 刻まれている印。

 通常の魔術刻印とは違う。

 しかし、何らかの意味を持っていることだけは分かる。

「……これは、単なる装飾ではなさそうだ」

「呪術的なものですか?」

 ルヴィアが尋ねる。

「可能性はある。ただ、現段階では何を意味する印なのか分からない」

 Ⅱ世は慎重に箱を観察した。

「時計塔の資料にも、こういったものはなかった」

「つまり、正体不明ってことですかい?」

 パッチが言った。

「今のところはな」

 Ⅱ世は答える。

 箱には蓋らしき部分がある。

 しかし、蝶番が見当たらない。

 鍵穴もない。

 継ぎ目すら分かりにくい。

「……厄介だな」

 ルヴィアが眉を寄せる。

「ですが、ここまで厳重に隠されていた以上、

 何か重要なものが入っている可能性は高いでしょう」

「ああ」

 Ⅱ世も頷く。

「危険性は考慮する必要がある。しかし、

 危険だからという理由だけで放置するのも問題だ」

「重要な情報が封じられている可能性もある、ということですわね」

「そういうことだ」

 獅子劫が箱を見る。

「だったら、調べるしかないな」

「賛成ですわ」

 ルヴィアも頷く。

 グレイも箱を見つめた。

「……何が入っているのでしょう」

「それを確かめるのは、拠点に戻ってからにしよう」

 Ⅱ世は箱から視線を外した。

「ここで開ける必要はない」

 パッチは少し残念そうな顔をした。

「おや。今すぐではありませんか」

「慎重さという言葉を知らんのか、君は」

「知っておりますとも」

 パッチは笑う。

「だからこそ、楽しみは後に取っておくのも悪くありませんな」

 獅子劫が呆れたように肩をすくめた。

「結局、それが目的かよ」

「何が入っているか想像するくらい、いいでしょう」

 その時だった。

 割れた窓から差し込んでいた光が、いつの間にか弱くなっている。

 室内を照らしていた明るさが、少しずつ失われていた。

 獅子劫が窓の外を見る。

 空が赤黒く染まり始めている。

「……もうこんな時間か」

 Ⅱ世も外へ目を向けた。

「日が落ちるな」

「ですなぁ」

 パッチが箱を抱え直す。

「そろそろお開きにしませんか?」

「そうだな」

 Ⅱ世が頷く。

「今日のところはここまでにしよう。回収した資料と品を持って拠点へ戻る」

「賛成ですわ」

 ルヴィアが答えた。

 四人は院長室に残された資料を整理した。

 院長の手記。

 ヤーナムの歴史について記された資料。

 血の医療に関する記録。

 そして、先ほど発見した異形の武器。

 パッチが見つけた黒い箱。

 それぞれを慎重にまとめ、診療所内に確保していた拠点へ運ぶ。

 外は、すでに夕暮れを越えようとしていた。

 窓の向こうに見えるヤーナムの街並みが、薄暗い影へと沈んでいく。

 昼間とは違う。

 街そのものが、別の顔を見せ始めているようだった。

「では、私は一度キャンピングカーへ戻りますわ」

 ルヴィアが言った。

「シャワーを浴びて、簡単な夜食を用意します」

「拙もお手伝いします」

 グレイが頷く。

「では、行きましょう」

 二人は荷物を置くと、キャンピングカーへ向かった。

 男たちは病室に残った。

 獅子劫は椅子に腰を下ろし、煙草を取り出す。

「……今日は随分と濃い一日だったな」

 火を点ける。

 煙がゆっくりと室内へ広がった。

 Ⅱ世も椅子へ腰を下ろした。

「調査初日としては、情報が多すぎるくらいだ」

「そうでしょうなぁ」

 パッチは黒い箱を見ながら答えた。

「しかし、まだ一番面白そうなところが残っていますぜ」

「君は本当にそればかりだな」

 Ⅱ世がため息を吐く。

「おや、旦那だって気になっているでしょう?」

「気になっているからこそ、慎重に扱っているんだ」

「なるほど」

 パッチは笑った。

「では、楽しみに待つとしましょう」

     ◆

 しばらくして。

 キャンピングカーでは、シャワーの音が響いていた。

 グレイとルヴィアは交代で身体を温め、その間に簡単な夜食を用意していく。

 保存の利く食材を中心に、温かい料理が作られていった。

 ヤーナムへ入ってから初めて、まともに落ち着ける時間だった。

 やがて料理が完成すると、二人はそれを病室へ運んだ。

「お待たせしました」

 グレイが料理を机へ並べる。

「今日は簡単なものですけれど」

「十分だ」

 Ⅱ世が答える。

 獅子劫も煙草を灰皿へ押しつけた。

「ありがたいねぇ」

 パッチは料理を見ると、嬉しそうに笑った。

「これは助かりますな」

 全員が席につく。

 簡単な夜食だった。

 しかし、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

 誰もが無言で食事を続けた。

 食事を終える頃には、外は完全に夜になっていた。

 窓の外。

 ヤーナムの街は暗闇に沈んでいる。

 遠くの尖塔だけが、月明かりの中にぼんやりと浮かんでいた。

 Ⅱ世が食器を片付ける。

「さて」

 その視線が、机の上へ向けられる。

 黒い箱。

「始めるとしよう」

 パッチが待ってましたとばかりに身を乗り出した。

「ようやくですな」

「まず、外側から調べる」

 Ⅱ世は箱を机の中央へ置いた。

 ルヴィアも隣へ座る。

 グレイは記録用の紙を用意した。

 獅子劫は少し離れた位置から見守る。

 箱の表面。

 そこに刻まれた奇妙な印。

「この印については、まだ何も分かっていない」

 Ⅱ世が言った。

「文字なのか、紋章なのか。それとも単なる装飾なのか」

「魔術的な意味を持つ可能性は?」

 ルヴィアが尋ねる。

「否定はできない。ただ、私たちが知る一般的な魔術刻印とは一致しない」

 Ⅱ世は箱へ手をかざした。

 魔力を流す。

 ごく微量。

 表面を撫でるように、慎重に魔力を通していく。

 何も起こらない。

「……反応は薄いな」

 Ⅱ世が呟く。

「私にも試させてくださいな」

 ルヴィアが反対側へ手を置く。

 彼女もまた、慎重に魔力を流した。

 箱の表面に刻まれた印が、僅かに魔力を弾いた。

「こちらですわ」

「どこだ?」

「この刻印の一部だけ、魔力の流れが不自然です」

 Ⅱ世が覗き込む。

「……確かに」

「ですが、単純な封印ではありませんわね」

「内部を閉じるためのものというより、機構そのものに組み込まれている?」

「その可能性があります」

 二人は箱を挟んで、刻印と継ぎ目を交互に確認する。

「ここから魔力を通してみる」

「では、私はこちら側から」

「同時に流すと反発するかもしれん」

「でしたら、私が先に」

「分かった」

 ルヴィアが少量の魔力を流す。

 Ⅱ世がその流れを追う。

 箱の内部へ魔力が入り、途中で行き止まった。

「止まった」

「こちらも同じですわ」

「なら、封印というより……」

 Ⅱ世が僅かに考える。

「鍵か」

「物理的な鍵ではなく、魔術的な認証のようなもの?」

「そう考えると、この刻印の配置にも意味がある」

 Ⅱ世は別の箇所へ指を移す。

「ここだ」

 ルヴィアが魔力を流す。

 Ⅱ世も同時に合わせる。

 今度は、箱の内部で小さな音がした。

 カチ。

 二人が手を止める。

「……開いた?」

 グレイが小さく尋ねる。

「まだだ」

 Ⅱ世が答える。

「今のは第一段階だろう」

「では、次はこちらですわね」

 ルヴィアが別の刻印へ指を添える。

 Ⅱ世が反対側から魔力を通す。

 カチ。

 また一つ。

 内部の機構が動いた。

「なるほど」

 Ⅱ世の目が細くなる。

「一つずつ術式を解除する構造か」

「それなら、焦らず進めましょう」

「ああ」

 二人は互いに確認しながら、少しずつ魔力を通していった。

 刻印の一つ。

 継ぎ目。

 箱の角。

 それぞれに僅かな魔力を流し、反応を確かめる。

 途中で何度か反応が途切れた。

 そのたびに二人は手を止め、どこで流れが変わったのかを確認した。

「こちらではない」

「では、ひとつ前へ戻しますわ」

「そうしてくれ」

 急ぐことはしなかった。

 危険なものが入っている可能性がある以上、無理にこじ開ける理由はない。

 やがて。

 最後の刻印へ魔力を通した瞬間。

 箱の内部から、低い音が響いた。

 ゴトリ。

 蓋の一部が僅かに浮く。

 Ⅱ世とルヴィアが顔を見合わせる。

「開いたな」

「ええ」

 ルヴィアが頷く。

「では、ゆっくり開ける」

 ルヴィアも身構えた。

 Ⅱ世が蓋へ手を掛ける。

 僅かに持ち上げる。

 中から何かが出てくる気配はない。

「……大丈夫そうですわ」

「なら、もう少し」

 蓋が開いていく。

 黒ずんだ布が見えた。

 その中央に、何かが包まれている。

 Ⅱ世はすぐには触れなかった。

「まず、魔力反応を確認する」

 ルヴィアが頷く。

 二人で慎重に内部を探る。

 強い攻撃性を示す反応はない。

 しかし、完全に無反応でもない。

「……妙ですわね」

「そうだな」

「何かがあるのは確かです」

「だが、術式として捉えにくい」

 Ⅱ世は眉を寄せた。

「なら、直接見るしかない」

 布の端を、慎重に持ち上げる。

 その下から。

 人間の頭蓋骨が現れた。

「……」

 誰も言葉を発しなかった。

 頭蓋骨そのものは、明らかに人間のものだった。

 しかし。

 頭頂部。

 脳が収まっていたはずの部分が、大きく割れている。

 その裂け目から。

 何かが、覗いていた。

 青白い。

 半透明にも見える。

 肉とも粘液とも判別しにくい、柔らかな質感。

 細長い胴体。

 輪郭は蛞蝓や幼虫のように見える。

 しかし、普通の軟体生物とは明らかに違っていた。

 一つではない。

 頭蓋の裂け目から、複数の青白いものが重なるように伸びている。

 互いに絡み合い、あるいは頭蓋の内部から押し出されるようにして、

 ゆっくりと蠢いている。

 表面は濡れているように光を反射していた。

 それらは、這い出そうとしているようにも見える。

 しかし、実際にどこかへ移動しようとしているのかは分からない。

 時折、身体を縮める。

 伸ばす。

 また縮める。

 まるで呼吸にも似ている。

 だが、呼吸器官らしきものは見当たらない。

 顔もない。

 目もない。

 口のようなものも確認できない。

 ただ、青白い軟体の塊が、頭蓋の内側で生き物めいた動きを続けている。

「……何ですの、これ」

 ルヴィアが、思わず声を落とした。

 グレイは息を呑んだ。

「……拙には、蛞蝓のように見えます」

「そうだな」

 Ⅱ世も目を細める。

「だが、蛞蝓と断定する理由はない」

 その時。

 青白いものの一つが、僅かに頭蓋の外へ伸びた。

 ぬるり、と。

 表面が光を反射する。

 グレイの肩が僅かに強張った。

「……動いています」

「ああ」

 Ⅱ世は答えた。

「しかし、生命活動によるものとは限らない」

 Ⅱ世はさらに観察する。

「魔術によって動かされている可能性もある。

 あるいは、保存された何らかの生命体かもしれない」

「それにしても、生物としては奇妙すぎますわ」

 ルヴィアが言った。

「ええ」

 グレイも頷く。

「拙には、呼吸をしているようには見えません」

「動きに規則性は?」

「完全にはありません」

 グレイは慎重に観察する。

「縮んだり伸びたりしています。でも、

 拙たちが近づいたことに反応しているのかは分かりません」

「触れない方がいいな」

 獅子劫が低く言った。

 彼は頭蓋を見つめながら、警戒を強めていた。

「俺が気になるのは、頭蓋そのものだ」

「頭蓋が?」

「ああ」

 獅子劫は慎重に続けた。

「人骨を使った魔術なら、死霊術の類を疑う」

 Ⅱ世が獅子劫を見る。

「死霊術か」

「頭蓋ってのは、死者を扱う術じゃそれなりに意味を持つ」

 獅子劫は、青白い軟体状のものへ視線を移した。

「だが、普通の死霊術なら、死者そのものや、

 その残留思念をどう扱うかが問題になる」

「今回は違う?」

「少なくとも、俺にはそう見える」

 獅子劫が目を細める。

「頭蓋の中に、死者の魂がいるようには見えない。

 むしろ、何か別のものが入り込んでいるように見える」

「別のもの……」

 グレイが呟く。

「ああ」

 獅子劫は頷いた。

「それが生物なのか、魔術的な存在なのかは分からねえ。

 ただ、少なくとも普通の死体じゃない」

 Ⅱ世も頭蓋を見つめた。

「つまり、頭蓋が器なのか。それとも、

 あの軟体状のものと一体になっているのか」

「そこまでは分からない」

 ルヴィアが慎重に言う。

「ですが、少なくとも自然にこうなったとは考えにくいですわ」

「同感だ」

 Ⅱ世は頷いた。

 グレイは記録用の紙へ目を落とした。

「では、どう記録しましょう」

「名称不明」

 Ⅱ世が答える。

「人間の頭蓋骨内部から、青白い軟体状の構造物が複数確認された。

 自発的な運動あり。生物であるかは不明」

「はい」

 グレイが書き留める。

 パッチはしばらく黙って頭蓋を見つめていた。

 やがて。

「……いやぁ」

 小さく息を吐く。

「これは、思っていたものとは随分違いますな」

 獅子劫が横目で見る。

「金貨でも期待してたのか?」

「せめて宝石くらいは」

 パッチが肩をすくめる。

「ですが……」

 再び頭蓋を覗き込む。

 青白い軟体状のものが、ゆっくりと蠢く。

「これはこれで、欲しがる好事家はいそうですな」

「……本気で言っているのか?」

 Ⅱ世が呆れたように言う。

「世の中には変わったものを集める御仁がいるんですよ」

 パッチは真顔だった。

「珍しい骨。

 呪具。

 正体不明の生物。

 そういうものを金に糸目をつけず欲しがる人間は、案外いるもんです」

「これは生物かどうかすら分からんぞ」

「だからこそ、でしょうなぁ」

 パッチは楽しそうに笑った。

 しかし、すぐに表情を引き締める。

「ただし……」

 頭蓋の内部を見つめる。

「これが本当に生きているのなら、扱いには気をつけた方がいい」

 獅子劫が意外そうにパッチを見る。

「珍しくまともなことを言うじゃねえか」

「商売人は命あっての商売ですからねぇ」

 パッチは肩をすくめた。

 ルヴィアは頭蓋を観察しながら、静かに言った。

「それにしても……」

 人間の頭蓋。

 そこから這い出すように伸びる、青白い軟体状のもの。

「これを一体、何の目的でここへ保管していたのでしょう」

 Ⅱ世は答えなかった。

 箱の内側。

 黒ずんだ布。

 頭蓋骨。

 そして、その内部に収められた正体不明のもの。

「保存状態から考えても、偶然ここへ置かれたとは考えにくい」

 Ⅱ世が言った。

「隠し棚のさらに奥へ厳重に保管されていた。

 つまり、これをここへ置いた人物にとって、少なくとも何らかの価値があった」

「院長でしょうか」

 グレイが尋ねる。

「まだ断定はできない」

 Ⅱ世は首を振った。

「しかし、この診療所に残された他の記録と無関係とも思えない」

 獅子劫が腕を組む。

「血の医療。

 人体実験。

 獣化。

 そして、これか」

「ああ」

 Ⅱ世は頭蓋を見つめる。

「すべてが繋がっている可能性はある」

 ルヴィアが静かに言った。

「逆に、別々のものを一つに見ている可能性もありますわね」

「その通りだ」

 Ⅱ世が頷く。

「だから、今の段階では名前すら付けられない」

 青白い軟体状のものが、また僅かに動いた。

 誰も触れていない。

 誰も近づいていない。

 それでも。

 ゆっくりと。

 確かに。

 それは頭蓋の内側から這い出すように蠢いていた。

 五人は、しばらくそれを見つめていた。

 まだ正体は分からない。

 生物なのか。

 魔術的な現象なのか。

 死体に宿った何かなのか。

 あるいは、そのどれでもないのか。

 分かっているのは、ただ一つ。

 この黒い箱が、単なる保管容器ではなかったということだけだった。

 

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