再び宇宙飛行士になれなかった南波六太と、ウマ娘たちが織り成す物語を、ほんの少し覗いてませんか?
※こちらは不定期&亀更新の連載となります。ご了承ください。
ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港のロビー。多くの人々が世話しなくうごめいている中、俺たち南波兄弟は黙って見つめ合っていた。
固く誓っておくが、俺にも弟の日々人にもその『気』はまったくない。ただお互いに『先に目を逸らした方の負け』とつまらない意地を張り合っているだけだ。
二人の間の重苦しい雰囲気が、俺たちだけを切り取ったようだった。まるで、ソコだけ宇宙空間であるかのように。
「じゃあな。日々人」
「うん」
結局、その雰囲気に耐えきれなくなった俺が先に音と手を上げた。足元に置いてあったキャリーバッグを引きずって搭乗ゲートに逃げる。
これ以上ここにいたら、俺は情けなくて死んでしまいそうだ。
「ムッちゃん!」
恥も外聞もかなぐり捨てて逃げようとする俺に、日々人がそれ以上の声を張り上げて叫んだ。
「待ってるからな!」
「…………」
一瞬だけ足が止まる。けどそれは本当に一瞬で、俺は手だけを振って――振り返れなかった。
「またな! ムッちゃん!」
日々人も俺とは別の搭乗ゲートに向かう。
俺たち兄弟は、ここヒューストンからそれぞれ別の道を歩むことになる。弟日々人はロシアへ。そして俺南波六太は日本へ。
「ごめんな。日々人……」
もう行ってしまったであろう日々人に向けて、聞こえないような声でポツリと謝っておく。約束ひとつ果たせなかった情けない兄貴が、今日で日本に逃げ帰るのだ。これほど弟に見せたくない姿もないだろう。
遠ざかっていっているはずの日々人の背中が、見えていないのにいやに脳裏に焼きついてきやがる。
俺こと南波六太は宇宙航空研究開発機構、通称『JAXA』に所属する宇宙飛行士だった。――そうだったのだ。
「――それが何だってこんな所に……」
俺は今、日本は東京にある、とある場所に立っている。花も恥じらう女子生徒たちが通う、花園の門の前に。
「何だね、これは?」
目の前のいかにも無骨なアメリカ人の男――バトラー室長が執務机に置かれた封筒を指で叩きながら俺を睨む。封筒には汚い英語で『
「書いてある通りです。私に、宇宙に飛ぶ資格はありません」
不機嫌そのものなバトラー室長の顔。申し訳さなで顔をみたくないので、頭を下げてやり過ごす。
「あんなにやっきになっていたのにか? 月面望遠鏡は? シャロン博士との約束はどうするつもりかね?」
「それは……」
バトラー室長の問いかけに言葉に詰まる。俺だって、できることならシャロン望遠鏡は俺の手で建設したい。
しかし、俺はその月どころか大気圏を突破することも不可能なのだ。俺の我儘で、他のクルーまで危険にさらすわけにはいかない。
「――確かに、今の君を月に飛ばすわけにはいかないな」
バトラー室長がため息混じりに認めてくれた。これでやっと――
「はい。なので――」
「だが、君にはやるべきことがある」
「俺に? やるべきこと?」
俺の疑問には目もくれず、バトラー室長がいやに真剣な眼差しでこちらを見やる。
「……私個人の気持ちを言えば、君には月に行ってもらいたいと思っている。君の発想力と困難を乗り越える力は月でも大いに活躍してくれるだろう」
「バトラー室長……」
「だが、NASAの室長としては、今の中途半端な君を宇宙船に乗せるわけにはいかない」
ごもっともだ。彼が個人的に俺を押してくれるのはありがたいが、俺がバトラー室長と同じ立場だったら――きっと同じことを言うだろう。お荷物なクルーほど、宇宙で危険なものはない。
「ゆえに、これも私が一時的に預かっておく」
「え?」
「君はNASAで訓練をしているが、JAXAの人間だ。君の進退はJAXAが決める」
「ですから、バトラー室長からもお取り計らいを」
「私にJAXAに『南波六太をクビにしろ』、と? 冗談ではない。そのくらい自分の口で言えなくてどうする」
「それは…………」
またしてもごもっともな正論。ぐぅの音も出せない。
「……そこに考えが及ばないほど、君の症状は重い、というわけか」
ため息を吐きながらバトラー室長が呟く。
「まぁいい。君の処遇についてはこちらでも考えておく。君は先ず治療に専念したまえ」
「……ありがとうございます」
バトラー室長に重い決断を迫ろうとしたことを申し訳なく思いつつ頭を下げる。そのまま部屋を出ようとしたところで、
「――そうそう」
背を向ける俺に、バトラー室長が呼びかけた。
「今朝、JAXAのMr.ホシカからメールがあった。おそらく、君にも届いているだろう」
「星加さんから?」
そんなものあったかな。頭の中がグチャグチャしてメールを確認する暇もなかった。
「君の求めるものが、そこにあるやもしれん」
それだけ言うと、バトラー室長は椅子を回転させて俺に背を向けた。そこから先は自分で考えて決めろ、ということだろう。
「……ありがとうございます」
バトラー室長の心遣いに感謝しつつ、俺は部屋を後にした。
「……まったく。
バトラー室長の最後のボヤきは聞かなかったことにした。
「えーと……。なになに――」
メールの内容は、星加さんしてはイヤに簡素なメールだった。
―ムッタ君。君の症状はこちらにも報告をもらっている。そして君が進退を決めかねていることも―
「もう決めてるんですけどね……」
資格なき者は去れ。ファンタジーのダンジョン入口の鉄板だ。
―しかし君の知っての通りNASAもJAXAも慢性的な人手不足。おいそれと貴重な人材を失うけにはいかない―
「そりゃそうだけど……」
だからって、病人を抱える余裕もないだろう。
―そこで君には一度日本に帰って自宅療養をしてもらう。ロケットの近くよりも、実家の方が君も安心するだろう―
「星加さん……」
星加さんの心遣いは、正直ありがたい。けど、別の不安もある。
―君も一度心と身体を休める時期だろう。しばらくは実家でゆっくりしたまえ。君の処遇はこちらで考えておくから―
星加さんのメールには最後に『Good Luck モジャ君』と添えられていた。
「たーいまー」
それから1週間後。日々人と別れた俺は我が家へとおめおめ逃げ帰ってきた。
「おけーりー」
母ちゃんがテレビを観ながらこちらに見向きもしない。ああ。これぞ南波家。紛うことなき我が家だ。
「これお土産。置いとくから」
「ありがとー」
そのまま土産を置いて部屋に戻ろうとすると――
「あ、そうだ」
カーチャンはレターケースから封筒を取り出した。
「はいこれ」
「か、母ちゃん! これって――」
その封筒は、ある意味よく見慣れた――JAXAからの封筒だった。
「――何だって、こんな所に……」
目の前に聳えるは旧帝国時代に建てられたと言われる荘厳な校舎。そこに通うは、花も恥じらう可憐な女子高生たち。ただし――
「南波六太さん、ですか?」
「は、はいっ」
不意に後ろから名前を呼ばれて慌てて振り返る。我ながら間抜けな声のおまけ付きで。
振り返った先には、若草色の帽子とスーツを着こなした、これまた美人の女性。ん? どこかで見たような――
「君は――」
「私、理事長秘書の『駿川たずな』と申します」
「あ、どうも。私、南波六太と……え?」
聞き覚えのある名前に、一瞬どころか数秒理解が追いつかない。
「ようこそ。『トレセン学園』へ!」
――ただし、花園に通う女子高生たちには、
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