悠介達以外にも生き残っている人間がいるのではないかと思い、菜緒は瓦礫の捜索を提案したが、椎名に反対された。曰く。
「今は姿が見えねえが、またいつ悪魔がやって来るかわからねえだろ。こんなとこでモタモタやってるような時間はねえ、諦めろ」
それは正しい。また四人の少年達も椎名の言葉に同意した為、結局それ以上の捜索は断念するしかなかった。
出発は夜が明けてからにしようという意見には、反対の声は上がらなかった。とりあえず今夜のところは保健室で寝泊まりして、交代で見張りを立てるという提案にもだ。
「――銃はこんだけか」
床に並べた小銃と弾倉を見下ろしながら、椎名がつぶやく。銃が五丁と、三十発入りの予備弾倉が十一本。自衛隊員の死体が身に着けていた防弾チョッキから、どうにか使えそうなものを回収した結果だった。
「ま、見張りの時は交代で持つにしても――明日からはどうすっかな」
椎名の言葉に、亮がばっと身を乗り出す。
「オレ! オレ持ちたい! 撃ってみたい!」
「駄目よ」
菜緒は即座に却下した。えー、と不満そうな声を上げてくるが、構わずに椎名の方を見やり、
「わたしと椎名くんと、それとあなたたち……あとひとつ、あればよかったんだけど」
「俺はこいつでいい。お前らで使え」
言って、椎名が刀を取り上げて見せる。
「……マジで言ってんの? だって、これ持てってことは……」
「悪魔と、戦えってことだよな……?」
「当たり前だろ、今更なに言ってんだ」
少年達の不満の声に、椎名が呆れたような表情を見せる。この期に及んで、とでも言いたげな様子だった。
「でも椎名くん、本当にいいの?」
「効率の問題だ。俺は別にこっちでもやれるが、お前らはできねえだろ」
それは確かにそうだった。悪魔に接近するなど、自分達にはおよそできそうにない――だからといって椎名ならば安心なのかと言えば、断じてそんなことはないのだが。
「それじゃ、決まったところで――あ」
言いかけて、しかし動きを止める。菜緒は全員の顔を見渡し、
「そういえば、まだしてなかったわね」
「なにをだ?」
「自己紹介」
告げると、あ、と何人かが声を上げた。考えてみれば、ここにいるもののうち半分近くは名前も聞いていない。
菜緒は自分の胸に手を当てて、
「わたしは相澤菜緒。一応、ここの三年生よ」
言ってから、ちらりと椎名の方を見る。が、彼は名乗りたくないのか、そっぽを向いて口を閉ざしている。菜緒は嘆息して、
「で、こっちの彼が椎名
「おい!?」
こちらの科白を遮って、椎名が抗議のような声を上げてきた。
「お前、なんで俺の名前知ってんだ!? 学校の連中にゃ言ってねえはずなのに!」
「え? いえ、だって、名簿を見たから――」
いきなり詰め寄ってきた彼に、困惑しつつ答える。
と。
「椎名……うさぎ?」
口を開いたのは亮だった。続けて明も、
「なんか……可愛い名前だな」
「うるせえ!」
笑いを堪えようともしていない亮と明に、椎名が叫ぶ。
「オレは敏樹だ、
「俺は
「……いいと思ってんのか?」
にやにやと笑みを浮かべながら言ってくる二人に、にこりともせず椎名が答える。
(……悪いことしちゃったかしら)
と思うものの、こんなにからかわれるような事態になるとは予測していなかったので仕方がない。
「アタシは
「あ、浩一です。
ぐい、と少女に肘を引っ張られ、もうひとりの少年がぺこりと頭を下げる。菜緒は残った悠介達に視線を移した。
「えっと、僕は――」
「オレ、
「オレは
「あー……
「で、こっちのさっきから喋ってねえのが」
「楠牟礼有紗な」
亮と明に紹介されても、有紗はきょとんとしているだけだった。
「あん? そのコ、どしたん?」
眉をひそめる京香に、答えたのは菜緒だった。
「その、ちょっとね……悪魔に親を殺されたショックで、記憶が」
「へー。記憶喪失ってヤツ?」
「ええ」
じろじろと無遠慮に顔を覗き込まれ、有紗は当惑しているようだった。さっと悠介の背後へと隠れてしまう。
「……終わったか? なら、俺はとっとと見張りに出るぞ」
憮然とした面持ちで椎名が銃を拾い上げ、外へ出ようとする。同じように千晴と京香も銃を拾い上げた。
「きっかり三時間しかやんねえからな。時間になったらすぐに交代しろよ」
「あーもう、マジかったりー」
言いながら、部屋を出て行く。菜緒は部屋の中に残ったもの達に向かい、
「それじゃ、わたしたちは休ませてもらいましょう。あ、ベッドは有紗ちゃんが使ってね」
「はあ? オレら床で寝んのかよ?」
こちらの言葉に、敏樹が顔を歪めて聞いてくる。
「床で寝られるだけでも、ありがたいと思わないと。……明日からはしばらく、それもできないんだから」
告げると、敏樹は不満げに舌打ちしたものの、それでも一応文句を切り上げたようだった。床に腰を下ろして横になる。
菜緒も他のものと同じように床に腰を下ろし、目を閉じた。
(……疲れた)
今日一日だけで、とにかくいろんな事がありすぎた。悪魔と対峙していた時には忘れていたはずの疲労が、目を閉じただけでどっと押し寄せてくる。
(明日からは……)
どうなるだろうか。予測などつかないが、しかし考えないということも出来ない。
だが、それらを考えようとするよりも先に。
菜緒は眠りに落ちていた。
シュバルツバースと悪魔との間に横たわる関連性を、無視することはできない。それはなぜかと言えば、単純にタイミングの問題だった。
シュバルツバース調査隊が南極で消息を絶ち、それからほどなくして悪魔がその姿を現した。これを偶然だと切って捨てることはもちろん出来るが、愚者の選択だろう。知りたいのなら疑ってかからなければならない。
真実というものは常に、疑ったものにのみその姿を現す。だから大多数の疑わなかったもの達は真実に触れることなく、その存在そのものを知り得ない。疑わない限り、真実とは単なる事実でしかないのだから。
事実の裏に潜む真実を求めるのか、あるいは事実を真実として受け止めるのか。どちらにも意味があるし、意義がある。だから疑おうとしなかったもの達を責めることはできない。真実を探求しなかったからと言って、そこに無能の烙印を押しつけることはできない。真実は真実でしかないからだ。事実に優るというものではない。
悪魔の発生にシュバルツバースが関わっているというのは、紛れもない事実として報告されていた。言うまでもなく、シュバルツバース調査隊からの報告だ。彼らが地獄にも等しい内部調査の果てにようやく届けてきたその報告は、しかし民間に対して発表されることはなかった。
これは決して首脳陣の怠慢によるものではなく、当時の情勢を鑑みれば仕方のなかったことだと言える。第一、仮に発表していたとして、それでこの事態を防ぐことが出来ただろうか? いや、解決に導くことが出来ていただろうか? それはイエスであるとも言えたし、ノーであるとも言えた。結局のところ過ぎてしまったことなので、どちらと断言することも出来ないのだ。
そう、既に過ぎてしまったことなのだ。悪魔の出現は。その是非を論ずる段階など、とっくに通り越している。
悪魔は存在する。そして、現れた。今更原因を追究したところで、状況は変わらない。公表を躊躇ったもの達のほとんどが、そう考えていた。そして、それは概ね正しい。
理由などどうでもよく、対処法をこそ論ずるべきであると。そう考えていたのだ。
シュバルツバースと、悪魔と。
この二つに存在する共通点を、人類は見落としていた。あるいは、見落としたかったのかもしれない。気付きたくなかったのかもしれない。
だがシュバルツバース調査隊からの報告をそのまま受け止めるのなら、それは決して見落とすべきものではなかったし、受け止めて、理解するべきだった。それがどうしようもなく受け入れ難い事実であったとしても、目を逸らすべきではなかった。
シュバルツバースと悪魔の共通点。単純だった。
人類の敵である、ということ。