プロローグ Ⅱ
調査隊の面々がシュバルツバース内部において悪魔と遭遇、交戦したという事実は、当然報告されていた。調査隊によれば、その報告にこそ遠大な苦労が伴ったというが、まあそれはいい。ともあれその報告によって、この世界のごく一部の人間は悪魔の存在を知るに至った――わけではない。
彼らは調査隊からの報告を受けた時点で悪魔の存在に気付いていたし、既に実害も被っていた。なんのことはない、調査隊のそれよりも先に、悪魔の出現が報告されていたからだ。タイミングで言えば、調査隊がシュバルツバースに消えてから、どうにか地上との回線を回復させるまでの間、ということになる。身も蓋もなく言えば、その時点でもう十分に手遅れだった。
悪魔の出現地域は尋常でなく広範囲に渡った、と言われている。具体的な規模は不明だし、恐らく算出することも永遠に叶わないだろう。当時の各地の混乱ぶりを思えば、それは無理からぬこととも言える。そして、悪魔という存在の性質を後になって省みても、だ。
無論、だからと言って調査隊の報告が無意味なものだったわけではない。地上の人々は突然現れた悪魔の正体をまったく把握していなかったし、わからないままその対処に追われていた。調査隊からもたらされた報告はそんな彼らにとってようやく知り得た解答の一端であり、そして解決の糸口だった。それは間違いない。
悪魔とは何か。どこから現れたのか。どう対処すべきか。そういった疑問に対して、調査隊の報告から得られた情報は決して小さくなかったのだ。ただひとつ、なぜ現れたのか、という根本的な問題に対する明答を除いて。
シュバルツバースと悪魔がなぜ現れたのか。それは両者の性質を鑑みれば答えを聞かずともある程度の予測はつく、ともされていた。つまりは両者に共通する点、人類にとっての敵であるという事実だ。
食物連鎖の頂点に立っていることをいつの間にか暗黙としていた人類に対する、霊長たらんとしていた人類に対する、カウンターとして、それは発生したのではないか。人類の敵とはつまりそういうことなのではないか――一部のもの達はそう考えていた。
ただしそれは、地球全体をひとつの生命体に見立てた場合の抗体、あるいは白血球のようなものであるという考え方であり、言うまでもなくこの場合の人類は癌細胞以外の何物でもなく、当然多くの反発を招いてもいた。ハンマーシュミット博士が予測したシュバルツバース発生という事態が現実のものになった今も尚、それを認める人間は少なかったということだ。地球が比喩ではなくひとつの生命であるという考え方も、その生命に対して人類は寄生虫でしかないという思想も。
科学が神の存在を否定したその時から、人類は祝福された存在ではなくなってしまった。高次の存在から「許し」を得た生命ではなくなってしまった。だから人類は自らを自らで肯定するしかなく、その存在が害でしかないなどと、断じて認められないというのは無理もないことだろう。人間以外のなにがか人間を肯定してくれはしないのだから、人間がそれをするしかない。
だからもし、シュバルツバースや悪魔が本当に人類の敵として、人類に対する罰として現れたのであれば。それは人間よりも高次の存在を認めてしまうことになり、またその高次の何かが人間を否定しているという結論に繋がってしまう。どちらも非科学的で、悲観的だ。科学を信奉し、極力楽観視したい人々に受け入れられないのは当然のことだったとも言えるだろう。
だが、シュバルツバース調査隊の報告は、それに近しいものをもたらしてしまった。結論と呼ぶにはまだ早すぎる段階だったが、それでも非科学的で悲観的な未来が僅かにでも見えてしまったのは事実だ。
人類は、より高次の存在により、排斥されようとしているのだ、と。
それには抗えない。高次なのだから、抗いようがない。
――とは言え、シュバルツバース調査隊による報告が決して人類にとってマイナスにしかならないものばかりだったわけではないというのは、既に述べた通りだ。
彼等の報告によって人類が得たものと言えるのは、やはり悪魔に抗し得る知識と、具体的な手段だろう。
悪魔とは何か。どこから現れたのか。どう対処すべきか。
そういった様々な疑問に対するヒントと、そして――
悪魔召喚プログラム。