プロローグ Ⅲ
なぜ発生したのかわからないというのはつまり、いつ消えてもおかしくないということだ。
誰に原因を説明するでもなく突如として発生したシュバルツバースは、現れた時と同じように唐突に消失した。少なくとも、事情を知らないものからはそう見えた。
無論、事情を知るものにとっては、知るに至ったものにとってはそうではない。それは消えるべくして消えたのであり、彼等の命懸けの探索行が実を結んだのだとも言える。それがまったくもって過ぎた表現でないのだということは、戻ってきた彼等の人数が当初よりも激減していたという事実を見れば明らかだった。
調査隊の面々がシュバルツバース内部において被った損害は、お世辞にも軽いなどと言えたものではなかったはずだ。彼等がシュバルツバース内で悪魔(のみならず、一説によれば国連ではなく民間企業の手によって送り込まれたという部隊が存在し、調査隊はその一団との接触及び交戦も余儀なくされたのだという)と交戦したという事実は帰還以前の報告の際に含まれていたことだが、その具体的な内容までは詳らかにされていない。そうすることに差し障りがあったとも、戻って来た隊員達があまり多くを語りたがらなかったとも言われており、どちらもそれなりに信憑性を帯びてはいる。十分に考えられる話だ。
彼等が何と接触し、如何なる決断を迫られ、そして選んだのか。それは今となっては知る術はないし、また彼等が持ち帰った情報に優るものでもない。彼等の報告を受けたもの達はそう捉えた。地上にも悪魔が蔓延っていたのだから、それは仕方のないことだとも言える。
地球意思なる高次の存在。その端末であり情報存在である悪魔と呼ばれるもの。そして、悪魔召喚プログラム。調査隊の持ち帰ったこれらの情報を彼等の帰還そのものよりも喜んだとして、責めることはできない。地上は決して、調査隊のもの達が願ってやまなかった(はずの)帰るべき場所とはかけ離れてしまっていたのだから。
ある意味で、彼等にとってはより悪い状況に放り込まれたとも言えるだろう。なにしろここは彼等が戻ろうとしていた地上なのだ。これ以上どこにも戻ることはできない。果たしてそれを知った時の彼等の心境が如何なるものだったのか、推し量ることなどできようか。
ともあれその帰還が諸手を挙げて歓迎されたわけではなかった――公開されていなかったのだから当然だ――調査隊だが、彼等が地上の人々にもたらした情報はやはり、その苦労に見合ったものだった(かどうかを判断できるのは彼等だけなのだろうが)。人類は直面する危機に対して明確な指針と、そして具体的な手段を得たのだ。
手に入れた以上、人類はそれを使わずにはいられないし、またその正体を確かめずにはいられない。そして使ってしまえば使いこなす。確かめてしまえば把握する。
恐らくはそれを与えたものの思惑の通りに、あるいはそれよりも早く、人類は悪魔召喚プログラムの解析に成功し、そしてその原理を突き止めた。原理を掴んだということは即ち応用できるということであり、人類の智慧というのはつまるところその一点にあると言ってもいい。
悪魔召喚プログラムとは何か。悪魔とは何か。どう御するのか。
それらを知った、知るに至った人類は、未曽有の大災害を克服しようとしていた。そして実際に、克服した。その代価が軽かったはずはないが、それでも人類は地球意思と呼ばれる大規模な情報集積体を懐柔し、制御する方法を見出したのだ。打ち勝ったのだと言っていいだろう。
悪魔召喚プログラムを生み、そして人類に与えたのがどこの誰なのか。それだけは、終ぞわからないままだったが。
いずれにせよ、こうしてシュバルツバース出現に端を発する人類の危機は回避された。完全に鎮静化したわけではなく、世界各地にその爪痕が残ってはいるが、与えられた知識と勝ち得た智慧を結集して艱難を払拭したのは事実だ。
――まあ、結論から述べると。
それが自分の脳天に銃口を突き付ける行為なのだと、大多数の人間が気付いていなかった。
頭蓋骨と脳漿を飛び散らせる弾丸に何を選ぶのかという自由は、人類にも与えられていたということだ。それを自由と呼ぶのであれば。