青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
駄文ですが暇つぶしにでもなれば幸いです。
第1話 知らない空の下で
朝。
風間翔は、目覚まし時計の音で目を覚ました。
「……あと五分」
布団の中で呟く。
そして三秒後。
「……無理だな」
鼓膜を叩くアラームの音に根負けして、諦めて身体を起こす。
高校三年生にもなって、朝に強くなる気配は一向にない。
ベッドに腰掛け軽く背伸びをして、睡眠中に固まった筋肉を伸ばして一息。
カーテンを開ける。
朝の光が部屋に差し込んだ。
窓の外には、見慣れた街並み。
通学する学生。
走っていくサラリーマン。
遠くから聞こえる車の音。
いつもと変わらない朝だった。
「……眠ぃ」
洗面所へ向かい、顔を洗う。
制服に着替え、台所へ向かった。
冷蔵庫を開ける。
「卵……あるな」
簡単な朝食を作る。
トースト。
目玉焼き。
それからインスタントのスープ。
誰かに見せるような料理ではない。
けれど、一人暮らしの高校生には十分だった。
「いただきます」
静かな部屋に、自分の声だけが響く。
返事はない。
それでも翔は、いつもそうしていた。
食べ終わった食器を洗い、鞄を手に取る。
玄関へ向かう途中、リビングに置かれた写真が目に入った。
若い頃の父親。
その隣に母親。
そして、まだ幼かった自分。
翔は一瞬だけ足を止めた。
「……行ってきます」
写真に向かって、小さく呟く。
もう何年も続けている習慣だった。
* * *
学校から帰宅した翔は、制服のままベッドに倒れ込んだ。
「疲れた……」
鞄を床に放り、スマートフォンを取り出す。
そして、いつものゲームを起動した。
画面に映し出された少女たちを見て、翔の口元が僅かに緩む。
「お、ログボ」
──『ブルーアーカイブ』。
翔がこのゲームを始めたのは、高校一年生の頃だった。
父親を亡くした直後。
何かと気を遣ってくれた友人が、
『これ、結構面白いぞ。暇つぶしになるし』
そう言って勧めてくれたのが切っ掛けだった。
最初は、本当に暇つぶしだった。
だが、気がつけば夢中になっていた。
ログインして。
イベントを走って。
ストーリーを読む。
「……またアビドス見るかな」
特に印象に残っている物語がある。
ホシノと、ユメ。
大切な人を失った少女が、その死と向き合っていく物語。
翔は、あの物語を他人事とは思えなかった。
大切な人を失ったという点では、自分も同じだったからだ。
「……俺も、ちゃんと向き合えてんのかな」
ぽつりと呟く。
警察官だった父。
一年と少し程前だろうか、その日は雨だった。
突然告げられた訃報。
静まり返った家。
誰もいなくなったリビング。
即死だったらしい。
速度無視で走る暴走車両から、幼い少女を庇って殉職したと後に聞いた。
悲しかった。
今でも悲しい。
遠方で暮らす祖父母からは、一緒に暮らさないかと何度も言われた。
けれど翔は断った。
父と母と暮らした家を離れたくなかった。
慣れ親しんだ場所で、今まで通り学生生活を送りたかった。
だから、一人でここに残った。
「……親父なら、そうするよな」
小さく笑う。
そしてゲームを閉じた。
「さて、飯作るか」
いつも通りの一日。
──そのはずだった。
* * *
夜。
風呂を済ませた翔は、ベッドに横になりながらスマートフォンを眺めていた。
「……ん?」
画面が点滅している。
「なんだこれ」
故障かと思い、電源ボタンを押す。
反応しない。
もう一度押す。
やはり反応しない。
「おいおい……」
その瞬間だった。
画面が突然、白く光った。
「うおっ!?」
光が部屋を包む。
翔は反射的に目を閉じた。
次の瞬間。
身体が落ちた。
「──っ!?」
浮遊感。
足元から感覚が消える。
まるで床そのものがなくなったようだった。
「なんだ、これ――」
言葉を最後まで発することもできない。
身体が暗闇へ投げ出される。
そして──。
ドンッ!
「痛ってぇ!」
硬い地面に叩きつけられた。
しばらく翔は動かなかった。
「…………」
やがて、ゆっくり顔を上げる。
「……何だ、ここ」
知らない場所だった。
道路。
建物。
行き交う人々。
だが──。
「…………」
翔は黙った。
何かがおかしい。
街を歩いている人々の中に、人間とは明らかに違う姿の者が混じっている。
動物のような姿。
小柄なロボット。
それらが、まるで何の違和感もなく街を歩いている。
「……夢?」
頬をつねる。
「痛っ」
夢ではない。
そして、自分自身の姿にも目を向けた。
「……ん?」
違和感。
翔は自分の服を見下ろした。
着ているのは、いつもの学生服だった。
白いシャツ。
制服のズボン。
見慣れた上着。
「……あれ?」
確か、さっきまで家にいたはずだ。
風呂から上がって、寝るつもりだった。
当然、その時は寝衣に着替えていた。
なのに今は──。
「……制服?」
翔は自分の胸元を掴んだ。
間違いない。
いつも学校へ着ていく、着慣れた制服だった。
「なんで……」
当然、答えは返ってこない。
ズボンのポケットに手を入れる。
指先に固い感触があった。
財布。
取り出して確認する。
中にはつい最近、生活費にと銀行で引き出した3万円ほどの現金が入っている。
「……財布はあるのか」
少しだけ安心する。
ただし、安心できたのはそこまでだった。
所持品はポケットに入れられた財布と直前まで手に握っていたスマートフォンのみ。
しかもスマートフォンは、電源が入らない。
そして何より──。
「……ここ、どこだよ」
翔は改めて周囲を見回した。
知らない街。
翔は立ち上がった。
「……まず、ここがどこなのか調べるか」
* * *
しばらく歩く。
街は思ったより普通だった。
店がある。
飲食店もある。
学生らしき少女たちも歩いている。
ただし──。
「……ん?」
翔は足を止めた。
少女の頭上。
そこに、奇妙な光が浮かんでいる。
「…………」
輪。
それとも、光の紋章。
頭の上に浮かんでいる。
「……何だ、あれ」
少女は気にする様子もなく歩いていく。
翔は別の少女を見る。
──あの子にもある。
また別の少女を見る。
──やっぱり、ある。
「…………」
背中に、ぞくりとしたものが走った。
「いや……」
翔は首を振った。
「……そんなわけねえだろ」
だが、頭の中には嫌でも浮かんでくる。
ゲーム画面。
少女たち。
そして、彼女たちの頭上に浮かぶもの。
『ヘイロー』
「…………」
翔は黙った。
偶然にしては出来すぎている。
だが、まだ一つ。
もう一つ違和感がある。
翔の横を歩いていた少女が、腰に銃を下げていた。
「……銃?」
思わず目で追う。
別の少女も持っている。
さらに別の少女も。
普通に。
当たり前のように。
「…………」
翔は頭を抱えた。
「待て待て待て」
ゲームなら分かる。
ゲームなら、そういう世界だ。
少女が銃を持っていても。
頭の上にヘイローが浮かんでいても。
動物みたいな住民がいても。
全部、ゲームだから。
「……でも、ここ現実だよな?」
腕をつねる。
「痛い」
もう一度。
「やっぱ痛い」
現実だった。
「…………はぁ」
翔は深く息を吐いた。
そして、近くの店へ入った。
* * *
「いらっしゃいませー」
店員は人間の少女だった。
翔は少しだけ安心する。
「あの、すみません」
「はい?」
「ここって……どこですか?」
「え?」
「俺、ちょっと道に迷ってて」
店員は不思議そうな顔をした。
「ゲヘナ自治区だけど?」
「…………」
翔の表情が止まった。
「……ゲヘナ?」
「うん。ゲヘナ学園のあるところ」
「…………そう、ですか」
それ以上聞かず、翔は店を出た。
外に出た瞬間。
「……ゲヘナ」
その名前を呟く。
頭の中で何かが繋がった。
ヘイロー。
銃を持った少女たち。
人間ではない住民。
そして──ゲヘナ。
「…………」
翔はスマートフォンを取り出した。
当然、電源は入らない。
「……確認できねえじゃん」
苦笑する。
それでも、頭の中では一つの答えが浮かび始めていた。
『キヴォトス』
『ブルーアーカイブ』の舞台。
「……いや」
翔は首を振った。
「待て」
自分に言い聞かせる。
「そんなわけないだろ」
笑えない冗談だ。
自分が何年も遊んでいたゲーム。
そこに自分が入り込むなんて。
「……ありえねえって」
そう言いながらも。
翔自身が一番分かっていた。
ありえない証拠なら、もう十分すぎるほど目の前にある。
* * *
夕方。
翔は公園のベンチに座っていた。
「……どうすっかな」
帰る方法は分からない。
ここが本当にキヴォトスなのかも、まだ完全には認められない。
ただ、もしそうなら。
自分が知っている世界とはいえ、ゲームの中と現実では全く違う。
何が起きるかなんて分からない。
「……まあ」
翔は空を見上げた。
「まずは今日寝る場所だな」
帰る方法を探すのは、その後でいい。
そんな時だった。
転がってきたボールが、翔の足元で止まった。
「ん?」
拾い上げる。
少し離れたところに子供が立っていた。
「これ、お前のか?」
「うん!」
「ほら」
「ありがとう!」
ボールを渡す。
子供は笑って走っていった。
「…………」
翔はその背中を見送る。
「……まあ」
少しだけ笑った。
「知らない場所でも、人間ってのは変わらねえか」
* * *
夜。
翔は適当に見つけた屋台へ立ち寄った。
散策の最中、鼻腔をついた匂いに誘われたからだ。
夜の暗がりのなか光る灯。何人か腰を据えている先客の姿を見える。
「いらっしゃい」
店員は、小さな動物のような姿をしていた。
「…………」
翔は数秒固まった。
「……何か?」
「いや」
翔は苦笑する。
「何でもない」
メニューを見る。
見慣れない料理ばかりだ。
「これ、何ですか?」
「今日のおすすめですよ。良ければ試食して見ます?」
「えっ、いいんですか?」
「どうぞ一口」
使い捨ての小さなトレーに乗せられた、料理が運ばれてくる。一口で食べやすいサイズで爪楊枝が添えられている。
食べる。
「……うま」
思わず声が漏れた。
「ありがとうございます」
「いや、こっちこそ」
ほんの少し。
普通の生活に戻った気がした。
だが──。
直後。
「──危ない!」
叫び声。
翔が振り返る。
道路の向こう。
制御を失った小さなトラックが突っ込んでくる。
その進路には、一人の少女。
「っ!」
身体が動いた。
「危ねえ!」
翔は走った。
少女の腕を掴み、道路脇へ引っ張る。
直後。
トラックが二人の横を通り抜け、壁に激突した。
「……っ」
翔は尻餅をついた。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
「怪我は?」
「ない……」
「そっか」
翔は立ち上がる。
周囲から人が集まってくる。
誰かが通報する。
誰かが事故の状況を確認する。
翔は少女を見る。
「もう大丈夫だ」
そう言って笑った。
その瞬間。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
父親を思い出した。
あの人も、こうして誰かを助けた。
「…………」
翔は小さく息を吐く。
そして、遠くから声が聞こえた。
「風紀委員が来たぞ!」
「早く離れろ!」
翔が振り返る。
銃を持った少女たちが走ってくる。
頭上には、やはりヘイロー。
「…………」
翔は彼女たちを見つめる。
そして、ぽつりと呟いた。
「……ゲヘナ」
ヘイロー。
銃。
風紀委員。
ゲヘナ。
ここまで揃えば、もう偶然とは思えない。
翔は目を閉じる。
頭の中に、ゲームをプレイしていた頃の記憶が蘇る。
タイトル画面。
少女たち。
キヴォトス。
「…………」
ゆっくり目を開く。
「……ブルーアーカイブ」
その名前を口にする。
そして、小さく笑った。
「……マジかよ」
信じたくない。
けれど、もう否定する材料もなかった。
翔は空を見上げた。
元の世界とは違う空。
知らない街。
だけど、自分が知っている世界。
「……本当に来ちまったのかよ」
帰りたいのか。
帰りたくないのか。
今はまだ分からない。
そもそも、帰れるのかすら分からない。
だからこそ。
「……まあ、考えるのは明日だな」
翔は歩き出す。
「今日は寝る場所探さねえと」
それだけは間違いなく必要だった。
知らない空の下。
風間翔の、キヴォトスでの生活が始まった。
主人公紹介の簡単なプロフィール
詳細なプロフィールは別欄で作りますが、ざっと頭に入れたいだけという人用に載せておきます。
風間 翔(かざま かける)。
高校三年生。
ごく普通の少年だった。
少し家事が得意で、少しお人好し。
父親から教えられた「人を助ける」という言葉を胸に、今日まで生きてきた。
そんな彼が、ある日突然、見知らぬ世界へ迷い込む。
そこで彼が見つけるのは──。
新しい日常と、新しい居場所。
そして、彼自身もまだ知らない、自分の運命だった。