青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
最高でしたー!いやー胸熱な展開で涙出るくらいには良かったです。
一言言うなら
「マコト…お前がナンバーワンだ!!」
今後の展開もかなり楽しみです!これだからブルアカはたまんねーぜ!!
そしてもう一言、この作品を見てくださった読者の皆様にも感謝を!
風間翔は、ぼんやりと目を開けた。
「……ん」
視界に入ったのは、見慣れない天井だった。
数秒ほど、何も考えられなかった。
身体を起こそうとして──止まる。
「……ああ」
昨日の出来事が、一気に蘇ってきた。
突然の光。
身体を包んだ浮遊感。
そして、見知らぬ街。
頭上に浮かぶヘイロー。
銃を持って歩く少女たち。
動物の姿をした住民。
そして──。
「キヴォトス……」
翔は小さく呟いた。
ここは昨日、途方に暮れた末に見つけた漫画喫茶だった。
個室の外から、少しずつ人の気配が聞こえてくる。
キーボードを叩く音。
誰かの話し声。
遠くで流れる店内放送。
どうやら朝になったらしい。
翔は椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。
結局、あまり眠れなかった。
目を閉じるたびに昨日の光景が蘇る。
あれが夢だったのなら、どれだけよかっただろう。
だが、目を覚ましても何も変わっていない。
財布を取り出す。
中には、見慣れた日本円。
そして、ポケットにはスマートフォン。
画面は相変わらず沈黙したままだ。
「……現実、か」
翔は小さく息を吐いた。
漫画喫茶の利用料金を確認する。
キヴォトスでは日本円が普通に使われているらしい。
昨日、店員から聞いた時は助かったと思った。
けれど、財布の中身が無限にあるわけじゃない。
このまま何もせずに過ごせば、いずれ金は尽きる。
そうなれば、本当にどうしようもなくなる。
「……仕事、探さないとな」
翔は立ち上がった。
制服の裾を整える。
鞄はない。
スマートフォンも使えない。
帰る方法も分からない。
それでも。
まずは今日を生きることから始めるしかなかった。
* * *
漫画喫茶を出る。
朝の街は、昨日の夜とはまた違った表情を見せていた。
学生たちが行き交っている。
制服姿の少女。
巨大な銃を背負った少女。
動物の姿をした住民。
小さなロボット。
それらが当たり前のように同じ街を歩いている。
翔はその光景を眺めながら歩いた。
昨日の時点では、何もかもが異常に見えた。
今も異常には違いない。
だが、一晩経ったことで少しだけ頭が冷えている。
ここがキヴォトスなのだとすれば、ゲームで知っている知識が多少は役に立つ。
とはいえ。
「ゲームの知識が、そのまま現実で通用するとは限らねえよな……」
翔は独り言のように呟いた。
何より問題なのは――。
「仕事、か」
まずはそこだった。
金を稼がなければならない。
住む場所も必要になる。
そして、そのためには身分が必要になる。
翔は求人を探し始めた。
飲食店。
清掃。
配達。
倉庫作業。
仕事そのものは、思ったより多い。
しかし――。
「所属学園?」
ある求人を見て、翔は眉をひそめた。
別の店では身分証明を求められた。
また別の場所では緊急連絡先が必要だった。
当たり前と言えば当たり前だ。
キヴォトスの学生は、基本的にどこかの学園に所属している。
しかし翔には、そのどれもない。
「高校三年生。無所属。住所なし……」
自分で口にしてみる。
「……ひでえな」
思わず苦笑した。
働く意思はある。
家事もできる。
身体だって健康だ。
なのに、「どこの誰なのか」を証明できない。
翔は街角で立ち止まり、頭を掻いた。
「さて……どうするか」
その時だった。
少し先に、小さな喫茶店が見えた。
大通りから少し外れた、静かな通り。
木製の看板。
大きすぎない窓。
店内からは、ほんのりとコーヒーの香りが漂っている。
入口には一枚の紙が貼られていた。
――アルバイト募集中。
「……喫茶店」
翔は足を止めた。
求人の内容を見る。
清掃。
調理補助。
接客。
経験者歓迎。
「これなら……」
翔は少し考えた。
飲食店で働いた経験はない。
それでも、一人暮らしをしてきたことで料理や掃除には慣れている。
少なくとも、何もできないわけではない。
「……聞くだけ聞いてみるか」
翔は店の扉へ向かった。
カラン、と小さなベルが鳴った。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から声がする。
そこにいたのは――黒猫だった。
黒い毛並み。
エプロン。
落ち着いた雰囲気。
翔は一瞬だけ目を丸くした。
昨日なら、もっと驚いていただろう。
だが、一晩のうちに色々なものを見すぎた。
「……こんにちは」
「客か?」
「あ、いや」
翔は入口の求人票を指差した。
「これを見て」
「仕事を探しているのか?」
「はい」
黒猫は翔を頭から足元まで眺めた。
「学生か?」
「高校三年です」
「どこの学園だ?」
翔の表情が僅かに固まった。
「……所属はしてません」
「そうか」
黒猫はそれ以上聞かなかった。
「なら、何ができる?」
「料理、掃除、洗濯……家事なら大体」
「接客は?」
「人と話すのは普通にできます」
「なるほど」
黒猫は少し考えた。
そして、突然問いかける。
「腹は減っているか?」
「……かなり」
「なら座れ」
「え?」
「話は何か食べてからでいい」
黒猫はカウンターの椅子を指した。
翔は戸惑いながら腰を下ろす。
しばらくすると、温かい料理と飲み物が目の前に置かれた。
「……これ、いくらですか?」
「いらん」
「いや、でも」
「仕事の話をする前に、腹を空かせた人間を放っておく趣味はない」
「……」
翔は少しだけ目を瞬かせた。
「ありがとうございます」
「食え」
「はい」
料理を一口。
「……うま」
思わず声が漏れた。
「そうか」
黒猫は淡々とカウンターを拭いている。
妙に落ち着く。
必要以上に聞いてこない。
事情を探ろうともしない。
ただ、腹が減っているなら食わせる。
それだけだった。
翔は黙々と料理を食べた。
「それで」
食事が一段落すると、黒猫が口を開いた。
「仕事を探している理由は?」
「生活費です」
「住むところは?」
「……今はないです」
「家族は?」
翔の手が一瞬だけ止まった。
「……遠くに祖父母がいます」
それだけ答える。
母親のことも。
父親のことも。
どうして一人暮らしをしているのかも。
今は話したくなかった。
黒猫は翔の表情を見て、何も言わなかった。
「そうか」
ただ、それだけだった。
翔は少し驚いた。
聞かないのか。
普通なら、もっと聞くだろう。
けれど――。
今は、その距離感がありがたかった。
「仕事ならある」
「……本当ですか?」
「ああ」
黒猫は店内を見回す。
「この店は俺一人で回している。忙しい時間帯は手が足りない」
「俺でよければ働きます」
「身分証は?」
「……ありません」
「学校は?」
「所属してません」
「そうか」
黒猫は少し考えた。
「それでも構わん」
「……え?」
「人手が必要だと言っただろう」
翔は思わず目を見開いた。
「本当に?」
「嘘をつく理由がない」
黒猫はそう言って、カウンターの下からエプロンを取り出した。
「着ろ」
翔はエプロンを受け取った。
胸元には、小さく店の名前が刺繍されている。
――ひだまり。
「……ひだまり」
「店の名前だ」
「いい名前ですね」
「そうか?」
「はい」
翔は小さく笑った。
「……じゃあ、よろしくお願いします」
「ああ」
こうして。
風間翔は、キヴォトスで初めての仕事を得た。
* * *
その日の仕事は、思った以上に忙しかった。
翔は皿を洗う。
テーブルを拭く。
床を掃除する。
厨房を手伝う。
簡単な料理を教えてもらう。
忙しい時間帯には注文を取り、料理を運ぶ。
初めての仕事にしては、意外なほど身体が動いた。
「随分手際がいいな」
「一人暮らししてたんで」
「なるほどな」
黒猫はそれ以上聞かなかった。
翔も、自分から話すことはなかった。
母親のこと。
父親のこと。
どうして一人で暮らしているのか。
今はまだ、言葉にしたくない。
だが、何も聞かれないことが心地よかった。
ここでは、無理に自分を説明しなくてもいい。
それだけで少し楽だった。
* * *
夕方。
最後の客が店を出る。
翔はテーブルを拭き、食器を片付けた。
窓の外では、夕暮れが街を赤く染めている。
「……終わった」
翔は小さく息を吐いた。
身体は疲れている。
けれど、不思議と嫌な疲れではなかった。
昨日までの翔には、この世界で何もなかった。
帰る場所もない。
知り合いもいない。
この先どうなるのかも分からない。
けれど。
今日は違った。
「……明日も、ここに来ればいいですか?」
「いや」
黒猫が答える。
「お前の部屋を用意してある」
「部屋?」
「二階だ。空いている部屋がある」
翔は目を丸くした。
「……住み込み、ってことですか?」
「嫌なら別を探してもいい」
「いやいや!」
翔はすぐに首を横に振った。
「お願いします!」
「なら、今日からお前の部屋だ」
「……ありがとうございます!」
翔は深く頭を下げた。
* * *
夜。
必要なものを買うため、翔は一度店の外へ出た。
着替えなど、最低限必要なものを揃える。
財布の中身は少し減った。
それでも、昨日までのような不安はなかった。
戻ってくる場所がある。
働く場所がある。
明日がある。
買い物を済ませ、袋を片手に店へ戻る。
扉を開ける。
カラン――。
「おかえり」
カウンターの奥から、黒猫の声が聞こえた。
「……」
翔の足が止まった。
たった一言。
それだけなのに。
胸の奥に、妙な感覚が広がった。
昔なら。
学校から帰れば「ただいま」と言った。
父親が帰ってくれば「おかえり」と返ってくる。
それが当たり前だった。
けれど。
父親がいなくなってからは、誰も待っていない家へ帰ることが当たり前になった。
今は違う。
ここには、自分の帰りを迎える人がいる。
翔はしばらく黙っていた。
そして。
「……ただいま」
自然に、その言葉が口から出た。
黒猫は何も言わない。
ただ、いつものようにカウンターを拭いている。
翔は店内を見回した。
木の温もりを感じる内装。
柔らかな照明。
コーヒーの香り。
カウンターの向こうにいる店主。
まだ一日しか過ごしていない。
それなのに、不思議と落ち着く。
ここに来る前の自分には、この世界で帰る場所なんてなかった。
明日どうするかも分からなかった。
けれど今は。
明日になれば、またここへ来ればいい。
エプロンを身につけて。
皿を洗って。
料理を手伝って。
今日と同じように、一日を過ごせばいい。
「……悪くないな」
翔は小さく呟いた。
それは、この世界へ来て初めて。
心の底から出てきた言葉だった。
窓の外では、キヴォトスの夜が静かに更けていく。
見知らぬ世界。
知らない街。
帰る方法すら分からない。
それでも――。
風間翔はこの日、初めてこの世界で「明日」を考えることができた。
その明日を迎える場所は。
小さな喫茶店――ひだまりだった。
翔「そういえばマスター」
ニャン次郎「なんだ?」
翔「まだちゃんと名前聞いてなかったんだけど」
ニャン次郎「……ニャン次郎だ」
翔「ニャン次郎?」
ニャン次郎「ああ」
翔「……そのまんまだな」
ニャン次郎「猫だからな」
翔「いや、そういう問題なのか……?」
ニャン次郎「覚えやすいだろう」
翔「まあ、それはそうだけど」
翔「あと、もう一つ気になってたんだけど」
ニャン次郎「何だ?」
翔「この店、『ひだまり』って名前だろ?」
ニャン次郎「ああ」
翔「どうしてこの名前にしたんだ?」
ニャン次郎「……」
翔「?」
ニャン次郎「俺が昼寝するのに丁度いい場所だからだ」
翔「…………」
ニャン次郎「何だ、その顔は」
翔「いや……もっとこう、人が集まる温かい場所にしたいとか、そういう由来かと思ってた」
ニャン次郎「それも間違ってはいない」
翔「絶対後付けだろ」
ニャン次郎「細かいことを気にするな」
翔「マスターがそれ言っていいのかよ……」
――というわけで、今回登場した黒猫の店主。
名前はニャン次郎です。
ただし、翔からの呼び方は今後も一貫して「マスター」。
そして喫茶店「ひだまり」の名前の由来は、本人曰く「猫が昼寝するのに丁度いい場所」。
……本当にそれだけなのかは、今後のお話で明らかになるかもしれません。
翔にとって、この小さな喫茶店がどんな場所になっていくのか。
これからの「ひだまり」にも、ぜひご注目ください。