青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
十二。
その数字が、風紀委員会本部の大型モニターに大きく表示されていた。
前日に発見された旧試験区画。そこで辛うじて焼却を免れていた検査記録から確認された、被験候補を示す番号の数だ。
ただし、それがそのまま人工メモリを使用した人数を意味するわけではない。
「現時点で、身元まで特定できたのは四名です」
アコが手元の端末を操作すると、中央の数字が縮小され、その周囲へ複数の求人情報、法人名、送金記録、連絡用アカウントが蜘蛛の巣のように展開された。
「残る八名についても照合を進めていますが、応募に使われた連絡先の大半が使い捨てです。報酬も一つの口座から直接支払われているわけではなく、複数の経路を経由しています」
「最初から追われることを考えてたってことか」
壁際に立つイオリが、険しい顔で画面を睨む。
「その可能性が高いでしょうね」
アコの返答は冷静だったが、その声にも僅かな苛立ちが混じっている。
「募集に使われた法人だけでも三つ。いずれも設立から一か月未満で、登録されている所在地は貸しオフィス。責任者として申請されていた者についても、実在を確認できていません」
「最初から使い捨てるために作った会社……」
チナツが小さく呟く。
彼女の端末には、企業情報とは別の資料が開かれていた。
医療記録。
商店街で暴走した人工メモリ使用者の検査結果と、倉庫から回収された不完全な記録。それらを一つずつ照らし合わせたものだ。
「四名のうち、実際に装置を使用したことまで確認できた人は?」
ヒナが尋ねる。
「二名です」
チナツが答えた。
「一人は先日の商店街で暴走した男性。もう一人は、最初の試験だけを受けた方です」
「その人の身体は?」
「今のところ、本人が自覚するような異常はありません。ただ、一度しか使用していないから安全だとは判断できませんので、詳しい検査を受けてもらっています」
「装置は?」
「最初の試験終了時に、担当者が回収したそうです」
ヒナは僅かに目を伏せた。
「残り二人は?」
「健康診断と適性検査を受けただけです。その後は先方から連絡が来なかったと」
つまり。
十二人全員が人工メモリを使ったとは限らない。
だが同時に、まだ身元の分からない八人の中に、既に装置を渡されている者がいないとも限らない。
使用した。
まだ使用していない。
手元に持っている。
次の連絡を待っている。
そのどれなのかすら、今の風紀委員会には分からない。
「昨日まで使われていた求人は?」
イオリが尋ねる。
「旧法人名で掲載されていたものは、全て削除されています」
「じゃあ、もう募集は――」
「いいえ」
アコが画面を切り替えた。
「代わりに、ほぼ同じ内容の求人が、別名義で複数確認されています」
「……は?」
イオリの表情が変わる。
画面に並んだ文面は、これまで確認していたものとほとんど変わらない。
『新型補助機器・短期運用試験』
『安全性確認済』
『短時間』
そして、その下に表示された報酬額を見た瞬間。
「……前より上がってるじゃないか」
イオリの声が低くなった。
以前の募集だけでも、短期の仕事としては不自然なほど高額だった。
それがさらに増えている。
「昨日の事故が広まれば、応募する人が減る。だから金額を上げた……?」
「少なくとも、その意図は考えられます」
アコが答える。
「危険性については?」
「記載されていません」
「ふざけやがって……」
イオリの尾が、苛立ちを隠さず大きく揺れた。
そんな彼女の横で、ヒナはしばらく何も言わず求人画面を見つめていた。
短時間。
安全。
高額報酬。
事情を知らなければ、好条件の仕事にしか見えない。
「見つけた人を責めないで」
静かな声だった。
イオリが振り返る。
「委員長?」
「装置を持っていても、もう使っていても。まずやるのは回収と治療」
「……分かった、委員長」
「どういう説明を受けてるのか、私たちにはまだ全部分からないから」
ヒナの視線が、高額な報酬欄へ向く。
「危ないと思っても、お金が必要で断れない人だっていると思う」
先日の男性もそうだった。
仕事を失い。
生活に困り。
一度目では目立った異常が起きなかった。
そこへ、さらに高い報酬を提示された。
本人からすれば。
危険な人体実験ではなく。
少し変わった、高収入の試験。
そう思えるように作られている。
「イオリ」
「悪い、委員長。現場だな」
「うん。類似求人が掲載された場所と、その周辺をお願い」
「分かった」
「チナツも同行して。もし既に使ってる人を見つけたら、すぐ診られるように」
「はい」
「アコは引き続き応募者の特定を」
「承知しました」
それぞれが動き始める。
大型モニターには、十二という数字が。
まだ消えずに残っていた。
* * *
「……また出てる」
同じ日の昼過ぎ。
翔は、街角に設置された公共求人端末の前で足を止めていた。
画面に映っているのは、
『新型補助機器・短期運用試験』
という募集。
短時間。
安全性確認済み。
高額報酬。
昨日、ニャン次郎と話していたものと、あまりにもよく似ている。
ただ一つ。
会社名だけが違っていた。
「こんな堂々と……」
小さく呟き、詳細を開く。
風紀委員会も動いている。
それは分かっている。
昨日の倉庫でも、彼女たちの方が遥かに多くの情報を掴んでいた。
だからといって。
自分は何もしないで店にいる。
そう割り切れるほど、翔は器用ではなかった。
午前の仕事が一段落したところでニャン次郎に頼み、少し時間をもらった。
街中の求人端末。
短期労働を扱う掲示板。
人が集まる広場。
そうした場所を順番に回っている。
出かける直前には。
『怪しい求人を見つけても、お前が応募するなよ』
『しないよ』
『……今の間は何だ』
『何もないって』
などという会話もあったが。
さすがに。
人工メモリがどういうものか知った上で、自分から実験台になるつもりはない。
「報酬……昨日のより高いな」
金額を見て、眉を寄せる。
募集元。
仕事内容。
簡単な注意事項。
それ以上を確認しようとしても、集合場所や担当者への連絡方法は応募者にしか表示されないようになっていた。
「見るだけじゃ、ここまでか」
「その仕事、気になるの?」
「え?」
不意に横から声がして、翔は顔を向けた。
そこには一人の女性が立っていた。
犬系の獣人。
成人しているように見える。
淡い茶色の毛並みに、少しくたびれた上着。肩から提げた鞄も長く使い込まれていて、縁の一部が擦れて白くなっていた。
そして。
彼女が手にしている携帯端末には、翔の目の前にあるのと同じ求人が表示されている。
「あ……いや」
一瞬迷い。
「ちょっと調べてただけ」
「調べてる?」
「この仕事について」
女性の耳が、僅かに動いた。
「受けるんじゃないの?」
「俺は違う」
「じゃあ、どうして?」
少し警戒されている。
当然だ。
見ず知らずの男に、自分が見ている求人について探りを入れられているのだから。
「昨日、この辺で事故があっただろ?」
「ああ……」
「あれと似た募集があったって聞いたから」
その瞬間。
女性の表情が僅かに固まった。
伏せられた目。
耳の動き。
ほんの一瞬だったが。
翔には十分だった。
「……何か知ってる?」
「別に」
「でも――」
「私は前にも受けたことあるから」
言ってから。
女性自身が、しまったという顔をした。
翔の表情が変わる。
「……前にも?」
女性は口を閉ざした。
だが、もう遅い。
「同じ仕事?」
「会社の名前は違うけど……たぶん」
「装置を使った?」
「…………」
「身体が、普通じゃない変わり方をするやつ」
女性の耳が、はっきりと伏せられた。
「……一回だけ」
小さな声だった。
「一回だけ使った。でも、本当に何もなかったの」
「何も?」
「ちょっと脚がおかしくなったくらい」
「脚?」
「力が入りすぎるっていうのかな。すごく速く走れる感じになって……」
女性は自分の足元を見る。
「怖くなかった?」
「最初は怖かったよ」
即答だった。
それから、少しだけ言いづらそうに続ける。
「でも、担当の人も近くにいたし、時間が来たらちゃんと元に戻った。終わった後はちょっと疲れたけど、それだけ」
「検査は?」
「受けた。問題ないって」
だから。
二回目を受けても大丈夫だと思った。
少なくとも。
そう思いたかったのだろう。
「今日も受けるの?」
女性は答えなかった。
代わりに。
視線を逸らした。
それが答えだった。
「……やめた方がいい」
翔は、ほとんど反射的に言っていた。
女性の顔が強張る。
「簡単に言わないで」
「え?」
「必要なの」
肩に掛けていた鞄を握る手へ、力が入る。
「今月の家賃、まだ全部払えてない。実家にもずっと仕送りできてないし……先月まで働いてた店も潰れた」
「…………」
「新しい仕事も探してる。でも、すぐ見つかるわけじゃない」
翔には。
返せる言葉がなかった。
「前は平気だった」
女性は自分へ言い聞かせるように続ける。
「それに、今度のは改良型なんだって」
「改良型?」
「前より安全になってるって」
その言葉を聞いた瞬間。
翔の脳裏に。
昨日の光景が蘇る。
異様に変質した右腕。
自分の意志とは関係なく振り回される力。
元へ戻った後も残っていた、痛々しい傷。
「……その説明、本当に信じられる?」
思わず。
そう聞いていた。
女性は。
少しだけ俯いた。
そして。
「じゃあ」
顔を上げる。
「あなたが家賃払ってくれるの?」
翔は。
言葉を失った。
責めるような声音ではなかった。
むしろ。
疲れた声だった。
「……ごめん」
女性の方が先に目を逸らす。
「あなたに言っても仕方ないよね」
「いや……」
「でも、私は行く」
端末を鞄へしまう。
「今日の分をもらえれば、しばらくは何とかなるから」
女性は歩き始めた。
「待って」
呼び止めても。
足は止まらない。
翔はその背中を見る。
やめろ。
危険だ。
言うのは簡単だった。
自分はあの装置がどれだけ危険か知っている。
でも。
その人が今日必要としている金を。
翔は用意できない。
明日から働ける仕事も。
家賃を払う方法も。
仕送りを再開する方法も。
何一つ。
示せない。
それなのに。
ただ「やめろ」とだけ言うことが。
ひどく無責任な言葉のようにも思えた。
けれど。
「……だからって」
危険だと分かっているものを。
そのまま見送ることもできない。
翔は少し距離を空け。
女性の後を追った。
* * *
女性が向かったのは、商業区から少し離れた旧貨物集積場だった。
以前は複数の配送業者が使用していたらしいが、今では半数近い倉庫が空き、日中でも人通りは少ない。
大型車両が通れる広い道路。
並ぶ貨物コンテナ。
使われなくなった積み込み台。
何かあったとしても。
周囲からすぐには見えない。
「……ここか」
翔は倉庫の陰から様子を窺う。
女性は第三倉庫の前で立ち止まっていた。
周囲を見る。
誰かを探しているようだった。
だが。
担当者らしい姿は見当たらない。
建物の中から人が出てくる気配もない。
嫌な感じがする。
「そこのお前!」
「!」
背後から鋭い声が飛んできた。
翔は反射的に振り返る。
こちらへ歩いてくる少女。
褐色の肌。
白い髪。
長い耳。
風紀委員会の制服。
――銀鏡イオリ。
もちろん。
翔はその名前を知っている。
ただし。
今。
目の前の彼女にとって。
風間翔は初対面の相手だ。
「ここで何してる?」
「えっと……」
「この辺りは今、風紀委員会が調査中だ。関係ないなら離れろ」
「風紀委員会?」
「見れば分かるだろ」
イオリが僅かに眉を寄せる。
その後ろから。
もう一人の少女が近づいてきた。
橙がかった茶髪。
小型の救護装備。
「イオリ、どうしました?」
「ああ、チナツ」
その呼び方を。
翔は黙って聞く。
知っている名前でも。
今の自分は。
ここで初めて聞いた。
そのように振る舞わなければならない。
「怪しい奴がいた」
「怪しいって」
「さっきから倉庫の陰から中を覗いてただろ」
「……否定しづらいな」
「だろ?」
チナツが翔へ目を向ける。
一瞬だけ。
視線が止まった。
キヴォトスでは珍しい男子。
それが目を引いたのだろう。
だが。
今はそれより優先すべきことがある。
すぐに、チナツの表情はいつもの落ち着いたものへ戻った。
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
「あ、うん」
ここで隠す理由はない。
「風間翔」
少し間を置いて。
「近くの喫茶店で働いてる」
「喫茶店?」
イオリが聞き返す。
「ひだまりっていう店」
「……知らないな」
「最近働き始めたから」
「それで、その喫茶店の店員が何でこんな所にいるんだ?」
翔は少し迷い。
第三倉庫の前を指した。
「人を追ってきた」
「人?」
「あそこにいる人」
二人の視線が向く。
犬系獣人の女性。
「さっき求人端末で会った。例の補助機器の試験を受けるって」
イオリの表情が一変した。
「何?」
「一度、同じような試験を受けたこともあるって言ってた」
「本当か?」
「本人から聞いた」
そこまで確認すると。
イオリは翔への追及をすぐ打ち切った。
通信機へ手を伸ばす。
「対象候補を確認。犬系獣人の成人女性。旧貨物集積場、第三倉庫前」
『了解』
周辺。
いくつかの物陰から。
別の風紀委員たちが動き始める。
既に配置についていたらしい。
「チナツ」
「はい」
「行くぞ」
「俺も――」
「お前は来るな」
即答だった。
「でも」
「でもじゃない」
イオリは翔へ向き直る。
「ここからは風紀委員会の仕事だ」
「あの人、装置を使うかもしれない」
「だから私たちが来てるんだろ」
「…………」
「場所を教えてくれたのは助かった。それで十分だ」
正しい。
何一つ。
間違っていない。
翔自身。
それが分かっている。
人数。
装備。
救護要員。
情報。
どれを取っても。
今の自分一人より風紀委員会の方が上だ。
だが。
倉庫の前。
女性の携帯端末が。
短く鳴った。
「あ……」
彼女が画面を見る。
その直後。
視線が。
足元へ落ちる。
何かが置かれていた。
黒い。
小さな装置。
誰が置いたのか。
いつ置いたのか。
翔にも分からない。
「……あれ」
形は。
昨日見たものと完全には同じではない。
だが。
あまりにも似ている。
「まずい!」
「待て!」
翔は走り出していた。
イオリの制止より。
ほんの僅か。
早く。
「それ使うな!」
女性が振り向く。
「え――」
けれど。
その指は。
既に装置へ触れていた。
短い電子音。
そして。
「っ……あ……!」
女性の身体が。
大きく震えた。
手から落とそうとする。
だが。
指が。
動かない。
「な、に……これ……!」
「離して!」
「離れない……!」
異変は。
まず脚に現れた。
靴の縫い目が。
内側から押し広げられる。
革が軋み。
裂ける。
その下。
元々の毛並みを押し分けるように。
灰黒色の硬質な組織が。
脛から踵へ浮かび上がっていく。
筋肉の輪郭が。
不自然に膨れる。
脚そのものが。
走るためだけの何かへ。
無理やり作り替えられていく。
「いや……何、これ……!」
女性は。
恐怖から。
一歩後ろへ下がろうとした。
ただ。
本人が意図したのは。
たった一歩。
次の瞬間。
地面が砕けた。
「――っ!」
女性の身体が。
弾かれたように後方へ飛ぶ。
十数メートル先。
積み重ねられていた空箱へ。
激突。
軽い箱が。
一斉に宙へ舞った。
「痛っ……!」
本人も。
何が起きたのか理解できていない。
何とか起き上がる。
しかし。
脚が震える。
筋肉へ。
勝手に力が入る。
「待って……!」
また。
地面を蹴った。
速い。
あまりにも。
速すぎる。
走るというより。
一歩ごとに。
身体そのものが射出されている。
「散れ!」
イオリの声が飛ぶ。
周囲に展開していた風紀委員が、一斉に射線と進路から離れる。
女性は曲がろうとした。
しかし。
速度に身体が追いつかない。
「止まって……!」
足を踏ん張ろうとする。
その踏ん張りすら。
次の加速になる。
身体が大きく横へ流れた。
進行方向。
荷台の整備をしていた猫系獣人の作業員が。
ようやく異変に気づく。
振り向く。
だが。
遅い。
「危ない!」
翔は。
考えるより早く走っていた。
「おい!」
背後から。
イオリの声。
それでも。
止まらない。
作業員の身体へ飛びつく。
「うわっ!?」
二人で地面へ転がった。
直後。
女性が貨物台車へ激突した。
耳を刺すような金属音。
台車が横転し。
積まれていた部品が。
周囲へ撒き散らされる。
「っ……!」
飛んできた薄い金属片が。
翔の肩を掠めた。
熱い痛み。
だが。
今は気にしていられない。
「大丈夫!?」
作業員を見る。
「あ、ああ……」
「立てる?」
「ああ……助かった」
その時。
「誰か!」
別方向から悲鳴。
横転した台車。
その向こう。
逃げ遅れた小柄な市民の脚が。
落下した荷物の下へ挟まれている。
「助けて!」
「今行く!」
翔はすぐに立ち上がる。
「お前!」
追いついたイオリが、声を荒らげた。
「何考えてるんだ!」
「人がいる!」
「だからって――!」
「そっち持って!」
「はぁ!?」
「一人じゃ上がらない!」
イオリが。
一瞬。
目を見開いた。
だが。
次の瞬間には。
「……くそっ!」
台車へ手を掛けている。
「チナツ!」
「はい!」
チナツが負傷した市民へ駆け寄る。
「脚の位置を確認します。急に上げないでください」
「分かった」
「準備できました」
翔とイオリが。
同時に腰を落とす。
「せーの!」
金属が軋む。
僅かに浮く。
「そのまま!」
チナツが。
挟まれていた脚を慎重に引き抜いた。
「もう大丈夫です。こちらへ」
駆けつけた風紀委員が。
市民を安全な場所へ運ぶ。
翔が台車から手を離す。
その瞬間。
掌に。
細い痛みが走った。
「……っ」
金属の縁で。
少し切ったらしい。
「お前、手」
「これくらい平気」
「そういう話じゃない!」
イオリが翔へ向き直る。
「市民があんな所に突っ込むな!」
「でも、あそこに人がいたから」
「だからって、お前まで巻き込まれたら意味ないだろ!」
「……それでも」
翔は。
救助された市民を見る。
無事だ。
意識もある。
「見えてるのに、放っておけないだろ」
「…………」
イオリの言葉が。
途切れた。
ほんの一瞬。
何かが。
引っかかった。
今の言葉。
いや。
言葉そのものではない。
こちらが怒れば。
少し困った顔はする。
けれど。
肝心なところでは。
絶対に引こうとしない。
そんな話し方。
こんなやり取りを。
以前にも。
誰かと――。
「……?」
翔が首を傾げる。
イオリは。
我に返る。
「いや」
眉を寄せたまま。
首を振った。
「何でもない」
思い当たらない。
そもそも。
目の前にいるのは。
今日初めて会った。
近くの喫茶店で働いているという男子だ。
「とにかく!」
言い直す。
「今度こそ、ここから動くな!」
「でも――」
「今度こそ聞け!」
その時。
遠くから。
再び激しい衝突音。
「いやぁっ!」
女性の悲鳴。
脚は。
まだ止まっていない。
むしろ。
先ほどよりも。
一歩ごとの力が。
強くなっている。
女性は倉庫の壁へ両手をつき。
必死に身体を押さえようとしていた。
「止まって……!」
脚が震える。
地面を。
爪先が削る。
「お願い……止まって……!」
イオリが銃を構える。
「チナツ、ここを頼む!」
「イオリ!」
「本人には当てない! 進路だけ変える!」
翔は。
女性を見る。
周囲を見る。
負傷者。
風紀委員。
イオリ。
チナツ。
一瞬だけ。
息を吐く。
「……分かった」
イオリが振り返った。
「何?」
「ここにいる」
「最初からそうしろ!」
イオリは走り出す。
翔は。
その背中を見送る。
数秒。
チナツが。
負傷者の処置へ視線を落とした。
その瞬間。
静かに。
一歩。
後ろへ。
倉庫の陰。
さらに奥へ。
誰からも見えないことを確認する。
「……ごめん」
小さく呟く。
腰へ。
ロストドライバー。
ポケットから。
ジョーカーメモリ。
迷う時間はない。
《JOKER!》
起動音。
メモリを。
スロットへ差し込む。
「変身」
ドライバーを展開する。
次の瞬間。
風間翔の姿を。
漆黒が覆う。
紫の意匠。
赤い複眼。
黒い仮面。
ジョーカーが。
倉庫の陰から。
戦場へ飛び出した。
* * *
「そっちへ行ったぞ!」
イオリの声が響く。
女性が。
コンテナの間を駆け抜ける。
否。
やはり。
あれを走るとは呼べない。
右足が地面を蹴る。
一気に加速する。
数メートル先へ着地。
その衝撃を止められず。
左足が。
次の加速を生む。
自分で走っているのではない。
脚の力に。
身体ごと。
引きずられている。
「くそっ……!」
イオリが照準を合わせる。
だが。
速すぎる。
何より。
撃ち倒すべき相手ではない。
「進路を変える!」
女性の前方。
路面へ。
数発。
反射的に女性が身体を捻る。
「きゃっ!」
進路がずれる。
しかし。
その先は。
倉庫の外壁。
「まずい!」
黒い影が。
横から割り込んだ。
ジョーカー。
「お前!」
イオリが叫ぶ。
「なんでこういう時だけ出てくるんだよ!」
「俺も探してたんだ!」
「だったら先に来い!」
「連絡手段ないだろ!」
「それはそうだけど!」
話している間にも。
女性は迫る。
翔は。
正面へは立たない。
半歩。
横。
女性の肩へ手を添える。
受け止めるのではなく。
流す。
「っ……!」
予想以上の力。
肩から。
足元まで。
衝撃が抜ける。
靴底が路面を滑る。
だが。
真正面から押し返さなかった分。
耐えられる。
女性の進路が。
壁から逸れる。
そのまま。
荷物固定用の大きなネットへ飛び込んだ。
「止まった!?」
「まだ!」
翔が叫ぶ。
網の中。
脚が。
なおも地面を蹴ろうとする。
太い繊維が。
一つ。
また一つ。
千切れていく。
「こんな……!」
女性の声。
「こんなはずじゃ……!」
意識はある。
自分が何をしているのかも。
分かっている。
なのに。
身体だけが。
止まらない。
「聞こえる!?」
翔が声を掛ける。
「……!」
「その装置、手から離せる?」
「できない!」
女性の左手。
黒い装置。
指が。
異様なほど強く握り込まれている。
「手が……開かない……!」
「分かった!」
翔は一歩近づく。
「近づくな!」
イオリが声を飛ばす。
「また動くぞ!」
「分かってる!」
直後。
ネットが。
裂けた。
「っ!」
女性が飛び出す。
今度の翔は。
追いかけない。
焦って。
自分まで同じ速度で動こうとしない。
呼吸。
足。
重心。
自分の身体を。
先に整える。
真正面から力をぶつけても。
自分ごと持っていかれる。
なら。
相手の力を。
必要な方向へ。
必要な分だけ。
ずらす。
女性の右足が。
地面へ触れる。
肩が下がる。
視線が流れる。
次にどこへ身体が飛ぶのか。
翔の目が。
追っている。
一歩。
横へ。
女性の腕を取る。
肘。
肩。
身体の向き。
そのまま。
円を描くように流す。
「っ……!」
勢いは殺し切れない。
だが。
進路は変えられる。
女性の身体が。
人のいない広い空き地へ抜けた。
「……前より」
イオリが。
思わず呟く。
あの黒い戦士。
初めて見た時は。
自分自身の力に。
振り回されていた。
けれど。
今は。
無駄に押さない。
無理に止めない。
必要な時だけ。
必要な場所へ入っている。
「何か言った?」
「何でもない!」
女性が。
また跳ぶ。
それでも。
翔の目は。
もう動きを追えていた。
ただ速さを見るのではない。
どちらの脚へ力が入る。
肩がどちらへ向く。
本人がどちらへ逃げようとしている。
その全部から。
次を読む。
「右!」
イオリの声。
ほぼ同時に。
翔も動いていた。
女性の進行方向。
積まれた貨物コンテナ。
その手前へ。
「こっち!」
「どいて!」
「止まりたいんだろ!」
「止まれないの!」
「だったら俺が止める!」
真正面。
女性が来る。
翔は腰を落とす。
だが。
力を受ける構えではない。
衝突。
その瞬間。
身体を半分ずらす。
右腕で女性の上体を支え。
左手で装置を握る腕を掴む。
「っ……!」
衝撃。
足元が。
大きく滑る。
装甲の内側。
肩へ。
鈍い痛み。
それでも。
離さない。
「手!」
「開かない……!」
「無理に開こうとしなくていい!」
女性の脚が。
また動こうとする。
「頼む!」
「分かってる!」
女性の足元。
路面へ。
銃撃。
反射的に。
踏み込みが。
一瞬止まる。
その隙。
翔は女性の左腕を。
自分の胸側へ引き寄せた。
握られた装置。
指の隙間から。
筐体の一部が露出している。
「……これだ」
「何……するの……?」
「壊す」
「でも……手が……」
「大丈夫」
翔は。
狙いを定める。
「手には当てない」
右拳を握る。
大きく振りかぶらない。
必要なのは。
破壊できるだけの。
短い一撃。
拳。
黒い筐体へ。
鈍い音。
亀裂。
だが。
まだ止まらない。
「もう一回!」
女性の脚が震える。
翔は。
もう一度。
同じ場所へ。
ほとんど同じ角度で。
拳を打ち込んだ。
乾いた破砕音。
筐体が砕ける。
電子音が。
途中で途切れた。
「――っ……!」
女性の身体から。
急に。
力が抜ける。
膝から下を覆っていた灰黒色の組織が。
ゆっくり。
崩れるように消えていく。
膨れ上がっていた輪郭も。
元へ。
「危ない!」
翔は。
崩れ落ちる身体を受け止めた。
「チナツ!」
イオリが叫ぶ。
「はい!」
橙がかった茶髪が。
こちらへ駆けてくる。
翔は女性を。
慎重に地面へ寝かせた。
「意識は?」
「あります」
チナツはすぐに脈と呼吸を確認する。
「聞こえますか?」
「……う……」
「無理に動かないでください」
女性の目が。
薄く開く。
「脚……」
「元に戻っています」
「……本当に?」
「はい」
チナツが慎重に脚へ触れる。
外見は。
確かに戻っている。
だが。
筋肉が。
細かく痙攣していた。
「痛みは?」
「……全部……痛い……」
「分かりました。すぐに処置します」
「……お金」
女性が。
掠れた声で呟いた。
「え?」
「今度のは……安全だって……」
翔の手が。
僅かに止まる。
「前より……安全だから、大丈夫って……」
女性の耳が。
力なく伏せる。
「お金……もらえるって……」
イオリの表情が険しくなる。
チナツも。
一瞬だけ。
目を伏せた。
翔は。
地面に落ちた。
壊れた装置を見る。
握り締めそうになった拳を。
途中で止める。
怒ることならできる。
でも。
今。
その怒りをぶつけても。
この人は。
何も楽にならない。
「……お願い」
女性が。
翔の方を見る。
赤い複眼。
黒い仮面。
正体も知らない戦士。
「止めて……」
「…………」
「他の人も……こんなの使うなら……」
翔は。
静かに頷いた。
「止める」
それだけを。
はっきりと答えた。
* * *
「P-10……」
回収された人工メモリの破片。
その側面。
僅かに残った箇所へ。
小さな文字が刻まれていた。
イオリが眉を寄せる。
「昨日の倉庫に残ってたケースは、P-09までだったよな」
「はい」
チナツが答える。
「これは、それより後に用意された個体と考えるのが自然です」
「つまり」
イオリの視線が鋭くなる。
「あの倉庫を見つけたくらいじゃ、何も止まってない」
ジョーカーも。
破片を見る。
P-10。
一つ。
番号が増えた。
それだけ。
ただ。
この先に。
P-11。
P-12。
さらにその先がない保証は。
どこにもない。
「他にもあるかもしれない」
翔が言う。
「分かってる」
イオリも即答した。
「アコ行政官に報告する。新しく出てる求人も全部確認してもらう」
「応募した人も」
「探す」
「……頼む」
「言われなくてもやる」
短いやり取り。
以前なら。
そこからさらに。
何かを言われたかもしれない。
けれど。
今は。
互いに。
やるべきことが少しずつ分かってきている。
その時。
イオリが。
ふと周囲を見回した。
「……あれ?」
「どうしました?」
「さっきの男」
仮面の中。
翔の身体が。
僅かに固まる。
「風間翔」
「あ……」
チナツも周囲を見る。
「いませんね」
「どこ行ったんだ?」
「戦闘が始まったので、避難したのでは?」
「私が動くなって言ったんだけど」
「安全な場所へ離れたのなら、指示には従っています」
「……まあ、そうだけど」
イオリは。
少し納得しきれないように。
周囲を見回した。
翔は。
何も言わない。
「何だ?」
「いや」
「お前、何か知ってる?」
「知らない」
「……今の間は?」
「本当に知らないって」
イオリは。
疑わしそうに。
ジョーカーの仮面を見る。
だが。
今は。
そこを追及する理由もない。
「……まあいい」
通信機へ手を伸ばしながら。
「こっちは私たちが調べる。お前も何か見つけたら、昨日言った通り――」
「教える」
「そう。それ」
そこで。
イオリは止まる。
ジョーカーも。
止まる。
「…………」
「…………」
「だから、どうやって連絡するんだよ」
「……まだ考えてない」
「お前なぁ……!」
ジョーカーの仮面の奥で。
翔は。
ほんの少しだけ苦笑した。
* * *
それから。
十数分後。
人工メモリを使用した女性は。
救護車両へ運び込まれた。
詳しい検査は必要だが。
少なくとも。
命に関わる状態ではない。
それを確認した後。
ジョーカーは。
「周りを見てくる」
そう言い残し。
貨物集積場から姿を消した。
少し離れた。
使われていない倉庫の裏。
誰の目もないことを確認する。
ロストドライバーから。
ジョーカーメモリを抜く。
黒い姿が消え。
風間翔へ。
「……ふぅ」
一度。
息を吐く。
肩。
少し痛む。
掌を見る。
さっき切った箇所から。
まだ僅かに。
血が滲んでいた。
「これは……怒られるな」
誰に。
とは。
深く考えないことにした。
数分後。
翔は。
再び貨物集積場へ戻った。
「すみません」
最初に気づいたのは。
チナツだった。
「風間さん」
その呼び方に。
翔は。
ほんの少し。
不思議な感覚を覚えた。
名前を知られて。
呼ばれただけ。
それなのに。
これまでとは。
何かが違う。
「大丈夫だった?」
「こちらの台詞です」
「え?」
「手を」
チナツの視線が。
翔の掌へ向いている。
「ああ、これ」
「見せてください」
「これくらいなら平気――」
「見せてください」
「……はい」
妙に。
逆らいづらい。
翔が素直に手を差し出す。
チナツは救護用の小さなケースから。
消毒用品を取り出した。
「深くはありませんが、汚れが入っています」
「放っといても治ると思うけど」
「治るかどうかと、処置が必要かどうかは別です」
「……似たようなこと、最近どこかで聞いたな」
「?」
「何でもない」
ニャン次郎の顔が。
一瞬だけ浮かんだ。
消毒液。
「っ」
「痛みますか?」
「ちょっと」
「我慢してください」
「はい」
少し離れた場所では。
イオリが部隊員たちへ指示を飛ばしていた。
それが終わり。
こちらへ歩いてくる。
「お前」
「うん?」
「どこ行ってたんだ」
「避難してた」
「……言うこと聞いたのか?」
「ちゃんと」
嘘ではない。
風間翔としては。
確かに。
危険な場所から一度離れている。
「ならいい」
思ったより。
あっさりしていた。
イオリは。
次に。
翔の手を見る。
「怪我してるじゃないか」
「さっき助けた時に切っただけ」
「だから言っただろ」
「これくらいなら大丈夫」
「チナツに処置されてる時点で大丈夫じゃないだろ」
「……それはそうか」
「何でそこは素直なんだよ」
「正しいから」
「…………」
イオリが。
また。
僅かに眉を寄せた。
今の。
感じ。
さっきも。
似たようなことがあった。
こちらが強く言えば。
妙に素直に引く時がある。
かと思えば。
人を助けることだけは。
どれだけ言っても。
引こうとしない。
誰か。
似た相手が。
いたような。
「……何?」
「いや」
イオリは。
その考えを振り払う。
「何でもない」
「二回目だけど」
「数えるな!」
翔が。
少しだけ笑う。
「それより」
イオリは聞く。
「あの人と知り合いだったのか?」
「今日、初めて会った」
「じゃあ、何でここまで追ってきた?」
「求人端末で話したから」
「それだけ?」
「一度、同じ試験を受けたって聞いた」
「それで?」
「危ないと思った」
「……だから?」
「うん」
イオリは。
何とも言えない顔で翔を見る。
「お前」
「何?」
「本当にそういう性格なんだな」
「どういう?」
「危ないと思ったら、自分で確認しに来る」
「悪い?」
「悪いっていうか……」
イオリが。
小さく頭を掻く。
「もう少し自分のことも考えろって言ってるんだよ」
翔は。
一瞬。
黙る。
「気をつける」
「本当か?」
「なるべく」
「全然信用できない」
「今日会ったばっかりだろ」
「今日会ったばっかりなのに分かるんだよ!」
その横で。
チナツが。
小さく息を吐いた。
「処置、終わりました」
「あ、ありがとう」
「今日はあまり濡らさないようにしてください」
「分かった」
「それと」
チナツが。
翔を見る。
「先ほどのようなことは、できれば控えてください」
「……やっぱり?」
「助けようとしたことを責めているわけではありません」
声音は。
穏やかだった。
「ですが、風間さんまで負傷すれば、助けなければならない人が一人増えます」
「うん」
「風紀委員会が近くにいる時は、まずこちらに声を掛けてください」
「分かった」
「本当に?」
今度は。
チナツまで。
同じことを聞く。
翔は。
少しだけ困ったように笑った。
「……できるだけ」
「ほらな!」
イオリが指を差す。
「やっぱり分かってないだろ!」
「努力はするよ」
「それが一番怪しいんだよ!」
張り詰めていた現場に。
ほんの僅か。
力の抜ける空気が戻る。
だが。
すぐ近く。
砕けた路面。
歪んだ貨物台車。
壁に残った衝突痕。
人工メモリが。
この場所に残した傷は。
消えていない。
翔は。
そちらを見る。
「さっきの人」
「命に関わる状態ではありません」
チナツが答える。
「ただし、脚の筋肉と神経にかなりの負担が掛かっています。詳しい検査と経過観察が必要です」
「……そっか」
翔の肩から。
少しだけ。
力が抜ける。
「知り合ったばかりなのに、随分気にするんですね」
「目の前であんなことになったから」
それだけ。
翔にとっては。
本当に。
それだけだった。
チナツは。
何も言わず。
翔の顔を見る。
昨日。
黒い戦士も。
人工メモリの使用者が無事だと聞いた時。
目に見えて。
安堵していた。
戦うより前に。
負傷者を助け。
戦いが終われば。
倒した相手の心配をする。
似ている。
ほんの少し。
そう思った。
けれど。
それだけで。
二人を結びつける理由にはならない。
人を助けようとする者が。
二人いた。
今は。
ただ。
それだけのこと。
「じゃあ」
翔が言う。
「俺、店に戻るから」
「待て」
イオリが呼び止める。
翔が振り返った。
「風間翔、だったな」
「うん」
「次にまた、こういう求人を見つけても」
一度。
言葉を選び。
「一人で危ない所まで追ってくるな」
「……分かった」
「その顔、絶対分かってないだろ」
「顔で判断するの?」
「今日だけで十分分かった」
「早くない?」
「十分だ」
イオリは腕を組む。
「何か見つけたら、風紀委員会に知らせろ」
「連絡先知らないけど」
「…………」
「…………」
「お前までそれ言うのかよ!」
「いや、本当に知らないし」
「もう……!」
イオリが額へ手を当てる。
「近くの風紀委員に言えば伝わる。本部に直接連絡してもいい」
「分かった」
「今度こそ本当だろうな?」
「これは本当」
「……ならいい」
翔は頷き。
今度こそ歩き出す。
「風間さん」
チナツの声。
もう一度。
振り返る。
「手、お大事に」
「ありがとう」
軽く手を上げ。
その場を離れる。
歩きながら。
翔は。
ポケットへ手を入れた。
指先に。
ジョーカーメモリの硬い感触。
これまで。
イオリとチナツが知っていたのは。
黒い仮面の戦士だけだった。
今日。
そこへ。
もう一人。
風間翔という名前が加わった。
まだ。
二つの姿は。
彼女たちの中で。
まったく別の存在だ。
それでいい。
今は。
それで。
背後。
イオリは。
遠ざかる翔の背中を。
少しだけ長く見ていた。
「……やっぱり」
「イオリ?」
チナツが呼ぶ。
「いや」
イオリは。
首を振った。
「何でもない」
思い出せない。
そもそも。
似ているという確信すらない。
ただ。
あんな風に。
危ないことをするなと言えば。
分かったような返事をして。
それでも。
目の前で誰かが困っていれば。
結局。
自分から走っていく。
そんな相手と。
前にも。
似たような言葉を交わしたことがあるような。
説明のつかない既視感だけが。
ほんの僅か。
胸の奥に残っていた。