青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
数日後。
喫茶店「ひだまり」の昼営業が一段落しかけた頃、翔のポケットで貸与端末が振動した。
画面に表示されたのは風紀委員会からの連絡だった。
「もしもし」
『風間さん、今から動けますか?』
「アコ? うん。どうした?」
返ってきた声は、普段より僅かに硬い。
『人工メモリに関係している可能性のある案件です。旧貨物集積場で、複数の市民が倒れているのを巡回中の委員が発見しました』
「暴れてるの?」
『いえ。発見された方々は、全員既に倒れていました』
翔の表情が変わる。
『周囲には、これまで確認されている外部装置と似た破損物も残されています。イオリとチナツが先行しています』
「分かった。場所送って」
『既に端末へ送信しています』
「すぐ行く」
通話を終える。
「マスター」
「行ってこい」
ニャン次郎は余計なことを尋ねなかった。
「ありがとう」
翔はエプロンを外し、片耳通信機を装着する。
ロストドライバーを持ち、ジョーカーとヒートが収められた腰の小型ポーチを確認してから、「ひだまり」を後にした。
* * *
旧貨物集積場は、長い間ほとんど使われていない場所だった。
巨大なコンテナが何列も並び、荷役用の設備は錆びついたまま停止している。舗装のひび割れからは雑草が伸び、ところどころに古い木箱や破損した搬送用パレットが積み上げられていた。
翔が指定された区画へ到着すると、既に風紀委員会が周辺を封鎖していた。
「翔!」
イオリがこちらに気づく。
「こっちだ」
案内された倉庫の陰では、複数の獣人の市民が地面へ横たわっていた。
犬型の男性。
熊型の女性。
ほかにも、姿の異なる獣人が何人かいる。
全員成人に見えた。
チナツと救護担当の風紀委員たちが、それぞれの状態を確認している。
「チナツ」
「風間さん」
「みんなは?」
「全員、生きています。ただ……かなり消耗しています」
チナツは犬型の男性の脈を確かめながら続けた。
「外傷だけではありません。短時間で急激に体力を消耗したような状態です。筋肉や循環器への負担も大きいですね」
翔はその周囲へ目を向ける。
胸元には、強い圧迫を受けたような痕。
別の市民には腰。
さらに別の者には背中。
何かを身体へ強く固定していた跡が、それぞれ違う位置に残っている。
そして。
少し離れた地面には、黒い装置が転がっていた。
「……これ」
「ああ」
イオリが近づく。
「今までのやつと同じ系統だと思う」
翔は一つの装置の前へ屈んだ。
外側の装甲に銃弾の痕はない。
殴られて砕かれた様子もなかった。
それなのに、内部は黒く焼け、一部が溶けて変形している。
「誰かに壊された感じじゃないな」
「私たちが着いた時には、もうこの状態だった」
少し先にも別の装置が落ちている。
胸部用。
腰部用。
背中へ固定する形。
構造には違いがあるが、どれも内部から焼けたように損傷していた。
『風間さん、聞こえますか?』
「聞こえてる」
『現場から送られた画像はこちらでも確認しています。これまで回収した人工メモリ関連装置と基本構造は近いですが、細部に変更があります』
「改良されてる?」
『その可能性はあります。現物はこちらで解析しますので、破損品も回収してください』
「了解」
「……う……」
背後から微かな声がした。
チナツがすぐに振り返る。
犬型の男性が、ゆっくりと目を開けていた。
「無理に動かないでください」
「……ここ……」
「旧貨物集積場です。あなたはここで倒れていました」
男性は焦点の定まらない目を動かした。
「仕事……は?」
翔とイオリが顔を見合わせる。
「仕事?」
チナツが聞き返した。
「何の仕事ですか?」
「試験……新しい……警備用の装備……だったかな……」
男性は一度咳き込み、浅く息を吸う。
「短い時間で……金になるって」
「誰に紹介された?」
イオリが尋ねる。
「仲介の奴がいて……詳しい名前は……知らない」
「装置については?」
「身体を強くする補助装備だって……ちょっと疲れることはあるけど……安全だって」
男性の腕から力が抜ける。
「終わったら、向こうで診てもらえて……報酬もその時に……」
「治療もすると言われたんですね?」
チナツが確認する。
「ああ……」
近くで横になっていた熊型の女性も、僅かに目を開けた。
「私も……同じ……」
掠れた声だった。
「今月……ちょっと足りなくて……短期の仕事ならって……」
周囲には雇い主の姿などない。
救護設備も。
報酬も。
残っているのは、動けなくなった市民たちと、焼けた装置だけだった。
翔の視線が黒い装置へ落ちる。
「……終わったら迎えに来るって言われた?」
「……たぶん」
男性が苦しそうに答える。
「気づいたら……ここだった」
翔の口元が僅かに固くなる。
「……最初から、帰す気あったのかよ」
イオリも何も返さなかった。
チナツは男性へ毛布を掛ける。
「今は休んでください。治療はこちらで行います」
「でも……金……」
「まずは身体です」
「家に……」
「大丈夫です」
チナツは落ち着いた声で言った。
「ここへ置いたままにはしません」
男性はそれ以上話す力も残っていないのか、再び目を閉じた。
その直後。
『全員、警戒してください』
アコの声が通信機から届く。
『集積場の東側で異常反応を確認しました。同系統と思われる反応が三つあります』
「まだいるのか?」
イオリが銃を握る。
『はい。三つとも稼働中です』
翔は立ち上がった。
「チナツ」
「こちらは任せてください」
「分かった」
「イオリ!」
「ああ!」
二人は東側の倉庫群へ向かって走り出した。
* * *
異常反応のあった区画へ入った途端、大きな衝撃音が響いた。
大型コンテナの側面が内側へへこむ。
その前には三人の獣人がいた。
一人目は非常に大柄な男性。
胸部から肩にかけて灰黒色の硬質組織が広がり、胸元には人工メモリの外部装置が取りつけられている。
ただし、その上には追加の金属装甲。
さらに異常発達した身体の組織まで重なり、外部装置を二重に守っていた。
二人目は比較的小柄な男性だった。
両脚の筋肉が異様なほど膨れ、動くたびに舗装を強く蹴る。
装置は背中。
こちらへ弱点を晒さないよう、常にコンテナや壁を背負う位置を取っている。
三人目は熊型の女性。
左肩の近くに装置がある。
しかし普段は肥大化した硬質組織が覆い、腕を大きく動かした時だけ僅かに黒い装置が見えた。
「……前より隠し方が上手いな」
「それだけじゃない」
イオリが銃を構える。
「動きも見ろ」
一人が外部装置を晒しかけると、ほかの一人が間へ入る。
背部装置を持つ者は、壁を使って徹底的に射線を切る。
偶然ではない。
三人が互いの弱点を守るように動いている。
『複数人での運用を前提に調整されている可能性があります』
アコが言う。
『これまでの使用者より連携しています。気をつけてください』
「だったら、こっちも合わせる」
翔はロストドライバーを腰へ当てた。
ベルトが展開し、腰へ巻きつく。
黒いメモリを手に取り、スイッチを押した。
《JOKER!》
「変身!」
ジョーカーメモリを差し込み、ドライバーを展開する。
黒い仮面とボディが翔を包んだ。
直後。
大柄な獣人が地面を蹴った。
巨体とは思えない速度で正面から突っ込んでくる。
翔は受け止めない。
半歩横へずれ、伸びてきた腕へ自分の腕を絡める。
勢いを殺さず、そのまま進行方向だけを変えた。
巨体がコンテナへ肩から激突する。
「イオリ!」
「見えてる!」
銃口が胸部装置へ向く。
だが、熊型の女性が横から割り込んだ。
硬化した肩で装置を隠す。
銃弾が異形化した組織へ弾かれた。
「守った!」
翔はすぐに女性へ向きを変える。
正面から拳。
相手が硬い肩で受け止める。
手応えは重い。
翔は押し合わず、すぐに拳を引いた。
女性の重心が前へ寄る。
そこへ足を差し込み、姿勢を崩す。
「っ!」
倒れまいと腕を広げた瞬間。
肩口の組織が動く。
黒い装置が覗いた。
「今!」
イオリが撃つ。
だが弾丸が届く直前、小柄な獣人が飛び込んできた。
熊型の女性を肩から押し、射線の外へ逃がす。
「速いな……!」
次の瞬間には翔の横へいる。
強烈な蹴り。
翔は前腕で受けながら身体を回し、衝撃を横へ逃がした。
そのまま脚を掴もうとする。
だが相手は壁を蹴り、翔の手が届く前に距離を取った。
「徹底して背中見せないな」
「なら壁から離すぞ!」
イオリが逆側へ走る。
翔も反対から間合いを詰めた。
二方向。
どちらへ動くか。
相手が一瞬迷う。
その隙に翔が胸元へ飛び込んだ。
「捕まえた!」
服と装具の部分を掴み、壁から引き剥がす。
背中が開く。
「イオリ!」
「ああ!」
イオリが照準を合わせる。
その瞬間。
「ぐ……っ、あ……!」
翔の手の中で、獣人の身体が激しく震えた。
「おい?」
両脚が痙攣する。
背中の装置から鋭い警告音が鳴り、黒い煙が噴き出した。
「何だこれ……!」
翔はすぐに身体を支える。
膨張していた脚部が急速に元へ戻り始め、そのまま全身から力が抜けていく。
「イオリ、カバー頼む!」
「任せろ!」
翔は倒れた獣人を抱え、コンテナの陰まで運んだ。
「チナツ!」
『救護班を向かわせています!』
背中の装置は熱を持ち、内部から焼けている。
先ほど倒れていた市民たちの装置と同じ状態だった。
『……待ってください』
アコの声色が変わる。
「何?」
『今、その装置から外部への送信反応を確認しました』
「送信?」
『ごく短時間です。停止する直前に、何らかのデータを送り出しています』
翔の目が焼けた装置へ向く。
「壊れる直前に?」
『はい』
間もなく救護班が到着した。
翔は倒れた獣人を預ける。
「お願いします」
「はい!」
残る二人は、まだ戦闘を続けている。
翔の視線が僅かに険しくなった。
「チナツ、この人は?」
『こちらで処置します。風間さんは残りの方を止めてください』
「分かった」
それだけ答え、翔は前へ向き直った。
「イオリ」
「ああ。行くぞ」
* * *
大柄な獣人の拳が振り下ろされる。
翔はジョーカーのまま懐へ入り、腹部へ拳を打ち込んだ。
続けて脇腹。
身体を壊すためではない。
息を乱し、動きを止めるための打撃。
相手が腕を振る。
翔は一歩下がり、その手を空振りさせる。
しかし胸元の装甲は厚い。
イオリが角度を変えて銃撃するが、追加された金属板が弾丸を弾いた。
「駄目だ。これ、無理やり壊したら中までいく」
「じゃあどうする?」
「やり方変える」
翔は一度大きく距離を取った。
ロストドライバーからジョーカーメモリを引き抜く。
黒い仮面とボディはそのまま。
間を置かず、赤いメモリへ持ち替える。
《HEAT!》
「なら、こっちだ」
ヒートメモリをロストドライバーへ差し込み、展開する。
熱気が走った。
黒を基調とした姿が、深い赤へ切り替わる。
大柄な獣人が再び突進してくる。
翔は横へかわした。
見るのは装甲そのものではない。
装甲を身体へ固定している場所。
「……二ヶ所」
右側面。
左下。
まず右。
すれ違いざまに指先だけを短く触れさせる。
すぐ離す。
相手が振り向く。
拳が飛んでくる。
翔は上体を沈めてかわし、今度は反対側から同じ固定具へ一瞬だけ熱を加えた。
金属が小さく軋む。
『固定部の温度が上昇しています。身体側への熱伝導は許容範囲内です』
アコの報告を聞きながら、翔は相手の次の動きを見る。
腕が横薙ぎに振られる。
その腕へ片足を掛け、勢いを利用して身体を浮かせる。
肩を越える一瞬。
もう一度だけ固定具へ触れた。
ギィッ。
金属が歪む。
装甲の片側が浮いた。
「イオリ!」
「見えてる!」
銃声。
一発目が浮いた装甲をさらに押し開き。
二発目が、その奥に露出した黒い装置へ命中した。
火花が散る。
人工装置が砕けた。
大柄な獣人の身体から、灰黒色の硬質組織が崩れるように消えていく。
「一人!」
翔は倒れかけた身体を支え、その場へゆっくり寝かせた。
「残り一人だ!」
イオリが走る。
熊型の女性は、既にコンテナ群の狭い通路へ入り込んでいた。
左肩の装置を壁側へ隠しながら移動している。
「また射線切ってる!」
イオリが舌打ちする。
翔も追う。
狭い通路へ入ると、女性が硬化した肩を前へ向けて突進してきた。
翔は真正面を外し、腕を添えて横へ流す。
女性はすぐに身体を立て直した。
肩の装置は壁側。
見えない。
「これじゃ撃てない!」
「分かってる!」
再び突進。
翔がかわす。
女性は外部装置を隠せる位置から離れようとしない。
そこで翔の目が、隣の古い貨物コンテナへ向いた。
大型の扉。
錆びた固定金具。
「……別に本人だけ狙う必要ないか」
「何?」
「イオリ、少し下がって!」
翔はコンテナへ走った。
扉を固定している金具へ指先を当てる。
短く熱を入れる。
一度。
離す。
もう一度。
錆びた金属が赤くなり、僅かに歪んだ。
「何してるんだよ!」
「道を変える!」
翔が扉を蹴る。
固定の外れた大型扉が勢いよく開いた。
突然進路へ飛び出した扉を避けようと、熊型の女性が反射的に身体を捻る。
左肩がこちらへ向く。
硬質組織の隙間から、黒い装置が露出した。
「イオリ!」
「そこだ!」
乾いた銃声。
弾丸が装置を正確に撃ち抜いた。
黒い装置から火花が散る。
肥大化していた肩の組織が元へ戻り、女性の身体から力が抜けた。
翔はすぐに駆け寄り、地面へ倒れる前に抱き止める。
「大丈夫。もう終わった」
返事はない。
だが、呼吸はある。
『救護班がそちらへ向かっています』
「頼む」
翔は女性を安全な場所へ運んだ。
* * *
それからしばらくして。
旧貨物集積場では、救護活動と証拠品の回収が並行して行われていた。
人工メモリを使用させられていた市民は全員生存。
身体への負担が大きい者もいるが、現時点で命に関わる状態の者はいない。
チナツからそう聞いた時、翔はようやく少しだけ表情を緩めた。
「よかった」
「ただ、数日は治療が必要になると思います」
「それでも助かったなら十分だよ」
翔は変身を解除し、回収された装置の前へ戻った。
焼けた装置がいくつも並べられている。
「さっき勝手に止まったやつも、最初に倒れてた人たちのも同じ壊れ方だな」
「ああ」
イオリが腕を組む。
『解析途中ですが、いくつか分かったことがあります』
アコの声。
「聞かせて」
『今回の装置には、使用者の身体状態と稼働出力を記録する機能が組み込まれています』
「試験装置なら、そこまでは分からなくもないけど」
翔が言う。
『問題は停止条件です』
アコの声が低くなる。
『使用者の身体状態が危険域へ入っても、即座には停止しません』
「……何?」
イオリの耳が立つ。
『むしろ、一定の限界値へ達するまで稼働を継続するよう設定されています。そして装置が停止する直前に、そこまで蓄積したデータを外部へ送信する』
翔が焼け焦げた装置を見る。
「さっきの人も?」
『はい。装置側は、使用者の状態が悪化していることを把握していた可能性が高いです』
「分かってて動かしてたのかよ……」
イオリが低く吐き捨てた。
「アコ行政官」
チナツが尋ねる。
「装置そのものはどうなんですか?」
『長期使用を前提にしていません』
「というと?」
『内部部品の耐久性が低い。数回の稼働で交換が必要になることを許容した設計です。修理して使い続けるより、新しいものへ交換する方が効率的だと考えているのでしょう』
「装置も……」
翔が言葉を止める。
視線の先には、搬送されていく獣人たち。
「使ってる人もか」
通信の向こうで、アコが僅かに黙った。
翔の声が低くなる。
「最初から使い捨てなんだ」
「ふざけやがって……」
イオリが拳を握る。
チナツも搬送されていく市民へ目を向けた。
「この方たちは、装置の性能を測るための部品ではありません」
誰も異論を挟まなかった。
市民が動けなくなっても、回収へ来ない。
治療もしない。
報酬も渡さない。
最後に必要なのは、装置から送られる数字だけ。
「風間さん」
救護担当の生徒が翔を呼んだ。
「先ほどの方が、少しだけ意識を取り戻しました」
「行く」
翔はすぐそちらへ向かった。
犬型の男性が毛布を掛けられたまま、薄く目を開けている。
「……あんた」
「無理して喋らなくていいよ」
「仕事……」
男性はゆっくり呼吸する。
「終わったんだよな?」
翔は一瞬だけ言葉に詰まった。
この男性にとっては。
最後まで、これはただの仕事だった。
生活のために受けた仕事。
安全だと説明された仕事。
翔は男性の傍へしゃがむ。
「うん」
声を柔らかくする。
「もう終わりだ」
「……そっか」
男性から僅かに力が抜けた。
「よかった……」
目を閉じる。
チナツが状態を確認し、問題ないと翔へ小さく頷いた。
翔は立ち上がる。
その時。
『風間さん』
「何?」
『回収した装置から、管理コードの一部が残っているのを確認しました』
「管理コード?」
『以前調査した物流倉庫で発見された梱包資材や部品と、一部の管理体系が一致しています』
翔の表情が変わる。
「あの倉庫と?」
『はい』
「じゃあ、カイザーなのか?」
『少なくとも、カイザー系の物流網と接点を持つ設備や人員が関わっている可能性は非常に高くなりました』
アコはそこで一度言葉を切った。
『ただし、これだけでカイザー全体からの指示だったと断定はできません』
「……分かった」
イオリが眉を寄せる。
「でも、もう偶然って言える数じゃないだろ」
『私もそう考えています』
アコの返答は短かった。
翔は遠ざかっていく救護車両を見る。
黒い装置も。
倒れていた人たちも。
以前見つけた倉庫も。
少しずつだが、同じ場所へ線が伸び始めていた。
* * *
窓のない研究区画。
大型モニターには、旧貨物集積場から送信された大量の数値が並んでいる。
「同時運用データの受信、完了しました」
研究員が報告する。
「三体による相互防護、外部機構の遮蔽率、装甲重量による運動性への影響、連続稼働時の限界値。必要な項目はほぼ取得できています」
報告を受けるカイザーの幹部は、モニターから目を離さない。
「途中で機能停止した個体は?」
「危険域へ入った後、二十七秒間稼働を継続しました」
「データは?」
「回収済みです」
「なら問題ない」
研究員が一瞬、口を閉じる。
幹部は画面を切り替えた。
人工装置を覆う追加装甲。
背部へ移設された外部機構。
身体の変化を利用した遮蔽。
そして、それらを撃ち抜く風紀委員会の銃弾。
「外部機構を完全に体内へ収める方法についてですが」
研究員が慎重に続ける。
「やはり現行の人工メモリでは困難です。装甲を厚くすれば重量が増える。配置を変えても、外部へ露出する構造そのものは残ります」
「分かっている」
「さらに出力を上げれば、今回のように装置より先に使用者が限界へ到達する可能性が高くなります」
「なら、この方式はここまでだ」
研究員が顔を上げる。
「人工メモリ計画を中止するのですか?」
「違う」
カイザーの幹部は椅子から立ち上がった。
「模造品で確認すべきことは確認した」
研究区画の奥。
認証を必要とする保管庫が開く。
内部に収められているのは、これまで市民へ取りつけられていた黒い人工装置ではない。
一本のガイアメモリ。
古い遺物。
それでも、何度作り直しても同じ域へ届かなかった模造品とは、根本から違う。
研究員の視線が幹部へ移る。
その襟元から、僅かに黒いものが見えていた。
「……それは」
幹部が襟をずらす。
鎖骨の下。
皮膚には、細い溝を持つ黒い刻印が刻まれている。
生体コネクター。
「設置は完了した」
「ご自身で使用するつもりですか?」
「問題があるか?」
「人工メモリとは危険性が違います。記録通りなら、本物のガイアメモリには――」
「だから何だ」
幹部は保管庫へ手を伸ばす。
「人工物では、外へ残る機構を消せなかった」
指先がガイアメモリへ触れる。
「撃たれる外部機構が弱点なら、最初からそれに頼らない方式を使えばいい」
「しかし……」
「模造品から得られるデータは、もう十分だ」
カイザーの幹部は一本のメモリを手に取った。
「次は――」
口元に薄い笑みが浮かぶ。
「本物を使う」