青の記録 ―二つの記憶が交わる時―   作:きままに投稿

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閑話① 万魔殿へようこそ?

 

 

 数日後。

 

 ゲヘナ学園、万魔殿。

 

 会議室の長机には、その日も処理を待つ書類が所狭しと積み上げられていた。

 

 商業区の復旧支援。損傷した道路や施設の修繕。カイザー側へ追加で要求する資料。各部署から上がってきた予算申請に、騒動とは無関係な普段の学園運営に関する案件まで。

 

 大きな事件が一段落したからといって、その後始末まで消えてなくなるわけではない。

 

「復旧支援の追加申請が三件。それから、カイザー側への照会文書は昨日修正した内容で問題なさそうです」

 

 チアキが資料を整理しながら、明るい調子で報告を続ける。

 

「施設管理部からも一件来てますね。これは……商業区の街灯交換についてです」

 

「そっちは私が見ます」

 

 イロハはソファへ深く腰掛けたまま、差し出された資料を受け取った。いかにも面倒そうな様子ではあるが、紙面を追う目は速い。

 

「サツキ先輩。カイザーの方は?」

 

「今のところ、大きな動きは無さそうねぇ」

 

 サツキは端末を片手に、集めた記録へ目を通していた。

 

「関係していた部署も、騒ぎの後からずいぶん静かになってるわ。表向きは、だけど」

 

「まあ、今また派手に動いたら『自分たちを調べてください』って言ってるようなものですからね」

 

「そうね。だからって、本当に何もしてないとは思わないけど」

 

「でしょうね……」

 

 イロハが小さく息を吐き、チアキがその内容を議事録へ書き込んでいく。

 

 復旧も、調査も、必要な仕事は止まっていない。

 

 万魔殿は万魔殿なりに、ゲヘナを代表する組織としてやるべきことを進めていた。

 

 少なくとも――。

 

「キキキッ……!」

 

 部屋の中央から聞こえてくる、その不穏な笑い声さえ無視すれば。

 

「…………」

 

 イロハのペンが止まった。

 

 だが、顔は上げない。

 

「マコト先輩」

 

「何だ、イロハ!」

 

「さっきから何してるんですか」

 

「見れば分かるだろう!」

 

「分からないから聞いてるんです」

 

 羽沼マコトは、自分の机いっぱいに一枚の大きな紙を広げ、先ほどから定規まで使って何かを書き込んでいた。

 

 その集中力の半分でも、横に積まれた決裁書類へ向けてくれれば、イロハの仕事はずいぶん減るのだが。

 

「ふっ……!」

 

 最後の一本を書き終えたらしい。

 

 マコトは満足そうにペンを置くと、大きく胸を張った。

 

「完成だ!」

 

「そうですか」

 

「もっと興味を持たんか!」

 

「嫌な予感しかしないので」

 

「ならば見て驚くがいい! このマコト様が直々に考案した――」

 

 ばさり、と。

 

 大きな紙が机の上いっぱいに広げられた。

 

 上部には、やたらと大仰な文字でこう記されている。

 

 《仮面ライダー歓迎計画》

 

「…………」

 

 イロハは数秒黙った。

 

「まだ返事も来てませんよね?」

 

「来てから準備を始めてどうする!」

 

「来ることが前提なんですか」

 

「当然だ!」

 

 迷いのない即答だった。

 

 先日の会議で決まったことは、仮面ライダーへ何らかの正式な招聘を行うことではない。

 

 イブキが、助けてくれた仮面ライダーへ感謝の手紙を書く。

 

 その中に「いつか万魔殿にも遊びに来てね」と添え、その手紙を風紀委員会経由で本人へ届けてもらう。

 

 そこまでだったはずだ。

 

 少なくとも、イロハの認識では。

 

「イブキが自ら万魔殿へ招いているのだぞ!」

 

 マコトが胸を張った。

 

「ならば我々は、仮面ライダーがいつ現れても万全の状態で出迎えられるよう備えておかねばなるまい!」

 

「『遊びに来てね』です」

 

「招待ではないか!」

 

「招待には違いありませんけど……」

 

「ならば問題ない!」

 

「問題だらけな気がするんですよね」

 

「見ろ!」

 

 マコトは聞く耳を持たず、紙の一番上を勢いよく指差した。

 

「まず第一部!」

 

「もう嫌な予感がします」

 

「万魔殿総出による仮面ライダー歓迎行進!」

 

「行進?」

 

 さすがにイロハも眉を上げた。

 

「うむ! 万魔殿本部から正門まで、楽隊を率いて盛大に仮面ライダーを迎える!」

 

「普通に迎えてあげてください」

 

「何を言う! 謎に包まれた戦士が初めて万魔殿へ足を踏み入れるのだぞ!? ラッパの一つも鳴らさずどうする!」

 

「静かに遊びに来たい人だったらどうするんです?」

 

「その時は静かな曲を演奏すればよい!」

 

「そういう問題ではないです」

 

「静かな歓迎行進……」

 

 チアキが何やらメモを取ろうとする。

 

「チアキ」

 

「はい?」

 

「記録しなくていいです」

 

「分かりました!」

 

 返事だけは良かった。

 

「続いて第二部!」

 

「もう続くんですね」

 

「このマコト様による歓迎演説!」

 

「何分です?」

 

「一時間!」

 

「長いです」

 

「何を言う! これでも当初案から三十分削ったのだぞ!」

 

「当初一時間半だったんですか?」

 

「万魔殿の歴史!」

 

 マコトが指を一本立てる。

 

「ゲヘナにおける我々の偉大なる功績!」

 

 二本目。

 

「このマコト様がいかに優れた議長であるか!」

 

 三本目。

 

「仮面ライダーと万魔殿が手を取り合った暁に訪れる輝かしい未来!」

 

 四本目。

 

「そしてヒナ率いる風紀委員会と我々万魔殿の比較――」

 

「最後の項目を全部消してください」

 

「何故だ!」

 

「歓迎されに来た人に、一時間も身内の対抗意識を聞かせないでください」

 

「重要な情報だぞ!」

 

「一番いらない情報です」

 

「ぬぬぬ……」

 

 マコトは少し考え込んだ。

 

「ならば三十分に圧縮する!」

 

「十分で」

 

「短すぎる!」

 

「挨拶だけしてください」

 

「この私の挨拶だけで十分など消し飛ぶわ!」

 

「だから短くしてくださいって言ってるんです」

 

 サツキがくすくすと笑いながら紙を覗き込む。

 

「あら。まだ第二部なのね」

 

「当然だ!」

 

「これ、何部まであるの?」

 

「八部!」

 

「増えてる……」

 

 イロハがぼそりと呟いた。

 

「第三部! イブキによる花束贈呈!」

 

「それはいいですね」

 

 今度はイロハも素直に頷いた。

 

「だろう!」

 

「そこだけですけど」

 

「第四部! 記念撮影!」

 

「あ、それなら」

 

 チアキがぱっと顔を上げる。

 

「もし本当に来てくれて、本人が嫌じゃなければ撮ってみたいですね!」

 

「うむ!」

 

「イブキちゃんを真ん中にして、みんなで一枚とか」

 

「良いではないか!」

 

「もちろん、本人にちゃんと許可を取ってからですよ」

 

「分かってますよ、イロハちゃん」

 

 チアキは楽しそうに頷き、それから少し考えた。

 

「その写真、許可が出たら『週刊万魔殿』の表紙にも使いたいですね!」

 

「掲載許可も別に取ってくださいね」

 

「もちろんです!」

 

「ならば表紙は、このマコト様と仮面ライダーが背中合わせで――」

 

「イブキも一緒がいい!」

 

「当然だイブキ!!」

 

 まだ本人はいないのに、マコトは即座に構図を修正した。

 

「中央にイブキ! 左右にこのマコト様と仮面ライダーだ!」

 

「いつの間にイブキちゃんがいたんですか?」

 

 チアキが会議室の入口を見る。

 

 そこには、いつから聞いていたのか、小さな封筒を両手で大切そうに持ったイブキが立っていた。

 

「みんなー!」

 

「イブキ!」

 

 マコトの表情が一瞬で明るくなる。

 

「どうしたイブキ! 何か欲しいものでもあるか!? プリンか! ジュースか! 何でもこのマコト様に言うがいい!」

 

「マコト先輩。今はそれより手に持ってるものを見てあげてください」

 

「む?」

 

「できたよ!」

 

 イブキが嬉しそうに封筒を掲げた。

 

「仮面ライダーさんへのお手紙!」

 

「おおおっ!」

 

 マコトが椅子を蹴る勢いで立ち上がった。

 

「ついに完成したか、イブキ!」

 

「うん!」

 

 前に書くと決めてから、少しずつ時間を見つけて仕上げていたらしい。

 

「途中で字を間違えちゃったから、そこは最初から書き直したんだよ」

 

「偉いですね、イブキ」

 

「えへへ」

 

 イロハも先ほどまでの気怠そうな表情を少し緩める。

 

「見せてもらってもいいですか?」

 

「いいよ!」

 

 イブキは封筒から便箋を取り出した。

 

 丁寧に書かれた文字。その横には、小さな絵も描かれている。

 

 黒い身体に赤い目。空中で片脚を大きく伸ばした姿。

 

「あっ」

 

 チアキの顔が明るくなる。

 

「これ、ライダーキックですか?」

 

「うん!」

 

「上手ですね、イブキちゃん!」

 

「ほんと?」

 

「はい!」

 

 嬉しそうに笑ったイブキは、便箋を両手で広げた。

 

「ここにね、『この前、みんなを助けてくれてありがとう』って書いたの」

 

「うむ!」

 

 マコトが満足そうに何度も頷く。

 

「それから、『ライダーキックすごくかっこよかったよ』って」

 

「素晴らしい!」

 

「最後にね」

 

 イブキの指が、一番下へ移る。

 

「『いつか万魔殿にも遊びに来てね』って書いたよ!」

 

「完璧だ!!」

 

 マコトが両腕を大きく広げた。

 

「これで歓迎計画も正式に――」

 

「歓迎計画?」

 

「む」

 

 イブキが机の上に広げられた紙へ気づいた。

 

「これ何?」

 

「よくぞ聞いた、イブキ!」

 

「マコト先輩」

 

 イロハがじろりと見る。

 

「イブキに変なこと吹き込まないでくださいよ」

 

「変なこととは何だ!」

 

 マコトは堂々と《仮面ライダー歓迎計画》を示した。

 

「仮面ライダーが万魔殿へ遊びに来た時、盛大に歓迎するための計画だ!」

 

「ほんと!?」

 

 イブキの顔がぱっと輝く。

 

「仮面ライダーさん、来てくれるの?」

 

「もちろん――」

 

「まだ分かりません」

 

 マコトより先にイロハが答えた。

 

「イロハ!」

 

「返事をもらってないでしょう」

 

「これから来る!」

 

「それは希望です」

 

「でも来てくれたら、歓迎するんだよね?」

 

「まあ、その時は」

 

「やったー!」

 

 イブキが嬉しそうに紙を覗き込む。

 

「何するの?」

 

「よくぞ聞いた!」

 

「やめておいた方がいいと思いますけど」

 

 イロハの忠告は完全に無視された。

 

「第五部!」

 

「第四部まで説明済みなんですね……」

 

「仮面ライダー質問大会!」

 

 マコトが胸を張る。

 

「質問大会?」

 

「うむ! せっかく謎に包まれた戦士が来るのだぞ! 聞きたいことは山ほどある!」

 

「正体に関する質問は禁止ですよ」

 

「分かっている!」

 

 そう言って、マコトは指折り数え始める。

 

「ライダーキックの極意!」

 

「本人が答えたければ」

 

「ジョーカーとヒートはどちらが強いのか!」

 

「それもまあ」

 

「普段何を食べているのか!」

 

「急に普通ですね」

 

「万魔殿と風紀委員会ならどちらへ入りたいか!」

 

「誘導質問を混ぜないでください」

 

「そしてヒナとこの私、どちらが――」

 

「却下です」

 

「まだ言い終わっていないぞ!」

 

「聞かなくても分かるので」

 

「横暴だ!」

 

「イブキも質問したい!」

 

「おお、何でも聞くがいい!」

 

「ライダーキックって難しいの?」

 

「良い質問だ!」

 

「赤い姿になったら熱くないの?」

 

「うむうむ!」

 

「それからね」

 

 少し考え。

 

「好きなお菓子は何?」

 

「重要だな!」

 

「何でそこだけマコト先輩も真剣なんですか」

 

「歓迎宴の献立に関わる!」

 

「歓迎宴?」

 

「第六部だ!」

 

「まだあるの!?」

 

 イブキはむしろ楽しそうだ。

 

「ゲヘナ中から選りすぐりの料理を集め、盛大な宴を開く!」

 

「誰が用意するんです?」

 

「給食部に――」

 

「勝手に決めないでください」

 

「ならば美食研究会を――」

 

「もっとやめてください」

 

「何故だ!」

 

「何が出てくるか分からなくなるでしょう」

 

「では両方へ頼めば――」

 

「最悪の組み合わせになりそうなので絶対にやめてください」

 

 サツキが口元を押さえて笑う。

 

「マコトちゃん、自分たちで用意したら?」

 

「なるほど!」

 

「余計な案を与えないでください、サツキ先輩」

 

「イブキ、プリン食べたい!」

 

「プリンか!」

 

 マコトが勢いよく振り返った。

 

「よし! 百個だ!」

 

「多いです」

 

「ならば二百個!」

 

「何で増やしたんです?」

 

「足りなかったら困るだろう!」

 

「何人招待するつもりなんですか」

 

「仮面ライダー一人だ!」

 

「二百個も食べさせる気ですか」

 

「イブキも食べるよ!」

 

「ならば二百一個!」

 

「そういう計算じゃないです」

 

 イロハが額を押さえる。

 

「そして!」

 

 マコトが紙の中央を勢いよく叩いた。

 

「第七部!」

 

「もう好きにしてください……」

 

「ここからが目玉だ!」

 

 二重線で囲まれた項目。

 

 《仮面ライダーによる記念ライダーキック実演》

 

「ライダーキック!」

 

 イブキの瞳が輝いた。

 

「また見られるの!?」

 

「その予定だ!」

 

「予定にしないでください」

 

 イロハが即座に遮った。

 

「それに、何を蹴らせる気なんですか」

 

「そこが問題なのだ」

 

「そこまで考えてなかったんですね」

 

「建物は危険だ!」

 

「当たり前です」

 

「戦車も壊れるともったいない!」

 

「虎丸を候補に入れたんですか!?」

 

「候補には入れていない! 検討しただけだ!」

 

「余計に駄目です!」

 

「ならば、巨大な記念標的を作る!」

 

「作らなくていいです」

 

「正面にヒナの似顔――」

 

「却下です」

 

「何故最後まで言わせん!」

 

「聞く必要がないからです!」

 

「ならばカイザーの社章を巨大に――」

 

「政治問題を増やさないでください!」

 

「注文が多いな貴様は!」

 

「普通のことしか言ってません!」

 

「でも……」

 

 イブキが、期待に満ちた顔でイロハを見た。

 

「イブキ、ライダーキックもう一回見たいな」

 

「…………」

 

 イロハが止まった。

 

「ほら見ろ!」

 

「マコト先輩は黙っててください」

 

「イロハ先輩、だめ?」

 

「……もし」

 

 イロハはかなり慎重に言葉を選んだ。

 

「本当に来てくれて」

 

「うん!」

 

「本人がやっても良いと言って」

 

「うん!」

 

「周りに危険がなくて」

 

「うんうん!」

 

「安全に壊せるものがちゃんと用意できて」

 

「うん!」

 

「風紀委員会にも怒られない状況なら――」

 

「最後だけ判断基準がおかしくない?」

 

 サツキが楽しげに笑う。

 

「重要なんですよ……」

 

 イロハは疲れ切った声で返した。

 

「そこまで全部揃ったら、検討するくらいなら」

 

「やったー!」

 

 イブキが両手を上げる。

 

「よし!」

 

 マコトも両手を上げた。

 

「正式決定だ!」

 

「検討です!」

 

「チアキ! 議事録!」

 

「はい!」

 

 チアキが楽しそうにペンを走らせる。

 

「『仮面ライダー来訪時、本人の希望、安全確保、周囲への被害防止を前提として、ライダーキック実演について検討』っと」

 

「完璧だ!」

 

「完璧じゃないです」

 

「そして第八部!」

 

「まだ続くんですか!?」

 

 ついにイロハが身体を起こした。

 

「当然だ!」

 

 マコトは最後の項目を指差す。

 

 そこには。

 

 《万魔殿名誉仮面ライダー任命式》

 

「…………」

 

 イロハはしばらく、その文字を見つめた。

 

「何ですか、これ」

 

「文字通りだ!」

 

「文字通りだから困ってるんです」

 

「いきなり正式加入が難しいのであれば、まずは名誉職から始めればよい!」

 

「本人は加入するなんて一言も言ってません」

 

「だから名誉職なのだ!」

 

「名誉職でも本人の同意は必要です!」

 

「専用徽章も既に考えてある!」

 

 マコトが机の下から別紙を取り出した。

 

「まだあるんですか!?」

 

「万魔殿の紋章と仮面ライダーの意匠を組み合わせた――」

 

「勝手に人の意匠を使わないでください!」

 

「ならば本人に許可を取る!」

 

「そこまでして作らなくていいです!」

 

「さらに名誉職として、『イブキ護衛特別顧問』を――」

 

「待って!」

 

 イブキが声を上げた。

 

「む?」

 

「イブキね、仮面ライダーさんとは普通に遊びたいよ?」

 

「…………」

 

 マコトが固まった。

 

「普通に……?」

 

「うん!」

 

 イブキは指折り数える。

 

「お話して」

 

「うむ」

 

「お菓子食べて」

 

「うむ」

 

「ライダーキックのこと聞いて」

 

「うむうむ」

 

「一緒に写真撮れたら、うれしい!」

 

「…………」

 

 マコトは歓迎計画を見る。

 

 イブキを見る。

 

 もう一度、歓迎計画を見る。

 

「……なるほど」

 

 少しだけ。

 

 本当に少しだけ。

 

 マコトの暴走が止まった。

 

「確かに、イブキがそう望むのであれば――」

 

 イロハがほっと息を吐く。

 

「――歓迎演説は三十分程度に短縮すべきだな!」

 

「そこだけ!?」

 

「十分って言ったでしょう!」

 

「三十分より短ければ私の偉大さを説明しきれん!」

 

「説明しなくていいです!」

 

 会議室に、イロハの声が響いた。

 

 その騒ぎがようやく一段落したところで、マコトがイブキの手紙へ視線を戻す。

 

「では、この完璧な招待状に、このマコト様からの正式な招聘文も――」

 

「だめだよ」

 

「む?」

 

 マコトの手が止まった。

 

 言ったのはイブキだった。

 

「マコト先輩?」

 

「な、何だイブキ?」

 

「これはイブキの『ありがとう』のお手紙だよ?」

 

「…………」

 

「仮面ライダーさんに、ありがとうって言いたくて書いたの」

 

「う、うむ」

 

「だから、違うお手紙は入れちゃだめだよ」

 

「…………」

 

 マコトの肩が少しだけ下がる。

 

「そうか……」

 

 イロハが意外そうに見る。

 

 マコトが素直に引いた。

 

「イブキがそう言うのであれば仕方あるまい」

 

「うん!」

 

 イブキが笑う。

 

 だが。

 

「ならば招聘状は別の封筒で――」

 

「送りません」

 

「何故だイロハ!」

 

「三秒しか持ちませんでしたね」

 

「イブキの手紙へ入れんと言っただけだ!」

 

「そういう抜け道を探さないでください」

 

「何故だ!」

 

「相手はまず遊びに来るかどうかすら返事してないんですよ」

 

「だからこそ招聘状が必要なのだ!」

 

「いりません」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 サツキが楽しそうにその様子を眺める。

 

「でも、返信できるようにはしておいた方がいいんじゃない?」

 

「返信?」

 

「ええ。相手の正体をこちらから調べないなら、本人が返事をしたいと思っても送り先が分からないでしょう?」

 

「ああ、それなら」

 

 イロハが頷く。

 

「風紀委員会への送付文に、返事がある場合はこちらへ回してもらえるよう一言添えておきます」

 

「なるほど!」

 

 マコトの目が輝いた。

 

「では返信用紙も付けよう!」

 

「必要ありません」

 

「選択肢は二つだ!」

 

「嫌な予感しかしませんね」

 

 マコトが二本の指を立てる。

 

「『喜んで万魔殿へ加入する』!」

 

「はい」

 

「『ぜひ万魔殿へ加入したい』!」

 

「同じです」

 

「どこがだ!」

 

「全部です」

 

「ならば第三案!」

 

「増やしても駄目です」

 

「貴様は先ほどから私の案を否定してばかりではないか!」

 

「否定しないとそのまま送りそうだからですよ」

 

「当然送る!」

 

「だからです」

 

 イロハが深い息を吐いた、その時。

 

 会議室の扉が軽く叩かれた。

 

「失礼します。商業区復旧支援の追加申請です」

 

「あ、こちらへお願いします」

 

 チアキが書類を受け取る。

 

 一枚目へ目を通し。

 

「あ」

 

「どうしました?」

 

「被害を受けた店舗周辺の補修費ですね。子どもたちが使っている広場も含まれてます」

 

 それまで歓迎計画に夢中だったマコトの目が、ぴたりと書類へ向いた。

 

「広場?」

 

「はい。イブキちゃんも前に遊びに行ったところですよ」

 

「何!?」

 

 マコトは即座に書類を奪うように受け取った。

 

「見せろ!」

 

「どうぞ」

 

「ふむ……道路補修、街灯、広場の柵……何だ、この完了予定日は! 遅いではないか!」

 

「通常ならこのくらいですよ」

 

「イブキがまた遊びに行くかもしれんのだぞ!」

 

「そこなんですね」

 

「当然だ!」

 

 マコトは先ほどまでとは打って変わり、真剣な顔で資料を読み込む。

 

「予備費から回せる分はないのか?」

 

「確認してみます」

 

 イロハも端末を開いた。

 

「施設管理側に作業人員の余裕があるなら、広場周辺だけ先行させてもいいかもしれませんね」

 

「では私が確認します!」

 

 チアキがすぐ連絡先を探す。

 

「サツキ先輩、周辺でまだ調査対象になってる場所は?」

 

「ちょっと待ってね」

 

 サツキが資料を切り替える。

 

「……広場そのものは問題なさそう。ただ、一本隣の道路はまだ風紀委員会が確認中みたい。作業範囲を分ければいけると思うわ」

 

「ならばそうしろ!」

 

 マコトが決裁欄を確認する。

 

「イブキが安心して遊べないなどあってはならん!」

 

「理由は相変わらずですけど、判断自体は問題なさそうですね」

 

「何だその言い方は!」

 

「褒めてますよ」

 

「聞こえん!」

 

「じゃあもういいです」

 

 それからしばらく。

 

 会議室から、仮面ライダーの話が消えた。

 

 マコトも、イロハも、サツキも、チアキも、本来の仕事へ戻っていく。

 

 イブキは皆のそばで、自分の手紙を大切そうに持ちながらその様子を眺めていた。

 

 やがて必要な確認が終わり、マコトが最後の書類へ印を入れる。

 

「よし! チアキ、なるべく早く回せ!」

 

「はい!」

 

 イロハも端末を閉じた。

 

「では、こっちも終わらせましょう」

 

「こっち?」

 

「イブキの手紙ですよ」

 

「おお!」

 

 マコトの顔へ、再び先ほどの輝きが戻った。

 

「そうだった! 歓迎計画の――」

 

「手紙を届ける話です」

 

「分かっている!」

 

「本当ですかね……」

 

 チアキが新しい封筒と、風紀委員会へ添える簡潔な文書を用意する。

 

「内容はこれでどうでしょう?」

 

 イロハが目を通した。

 

「『万魔殿所属、丹花イブキより、仮面ライダー本人宛ての私信を預かっています。本人へ渡すことが可能であれば、お取り次ぎをお願いします』……はい。これで十分ですね」

 

「相手の身元についての照会は無し?」

 

 サツキが確認する。

 

「無しです」

 

「そうね。それでいいと思うわ」

 

 仮面ライダーの正体は、現在も外部には伏せられている。

 

 それを万魔殿側から暴く必要はない。

 

 本人が自ら明かすつもりがないのなら、その境界を越える理由もない。

 

「返事があれば、風紀委員会経由でこちらへ回してもらうよう追記しておきます」

 

「お願いします!」

 

 イブキがぺこりと頭を下げた。

 

「では、預かりますね」

 

「うん!」

 

 完成した封筒が、イブキの手からイロハへ渡る。

 

 イロハは表と裏を確認した。

 

 封も問題ない。

 

 余計なものも入っていない。

 

「…………」

 

 そこで。

 

 イロハがゆっくり横を見る。

 

 マコトが妙に静かだった。

 

「マコト先輩」

 

「何だ」

 

「後ろに何を隠してるんですか」

 

「何も」

 

「出してください」

 

「何故だ」

 

「いいから」

 

「貴様、議長であるこの私を疑うのか!」

 

「はい」

 

「即答するな!」

 

「チアキ」

 

「はい!」

 

 チアキがさっと横へ回り込む。

 

「あっ」

 

「チアキ!」

 

「マコト先輩、すごく豪華な封筒を持ってますね」

 

「見つかったか!」

 

「何ですか、それ」

 

「…………」

 

 マコトが渋々、背中に隠していたものを取り出す。

 

 金色の装飾。

 

 万魔殿の紋章。

 

 そして中央には、大きく。

 

 《仮面ライダー殿 万魔殿正式招聘状》

 

「…………」

 

 イロハは無言で手を差し出した。

 

「何だ」

 

「渡してください」

 

「断る!」

 

「没収します」

 

「何故だ!」

 

「さっき送らないって言ったでしょう!」

 

「これは別便だ!」

 

「別便でも駄目です!」

 

「私が徹夜で書いたのだぞ!」

 

「仕事の書類を差し置いて!?」

 

「そこか!?」

 

「そこもです!」

 

 マコトが招聘状を抱えて後ずさった。

 

「これは万魔殿の未来に関わる重要な――」

 

 その拍子に。

 

 マコトの机の端へ積まれていた紙束が崩れた。

 

 ばさばさと床へ散らばる。

 

「……何ですか、これ」

 

「む」

 

 イロハが一枚拾う。

 

 《万魔殿名誉仮面ライダー任命状》

 

「…………」

 

 もう一枚。

 

 《歓迎式典進行台本・第六稿》

 

 さらに。

 

 《ライダーキック実演許可申請書》

 

 本人署名欄は当然、空白。

 

 その下から。

 

 《記念写真構図案》

 

 中央にイブキ。

 

 その左右に仮面ライダーとマコト。

 

 さらに後方へ、何故か小さく描かれたイロハ、サツキ、チアキ。

 

「マコト先輩」

 

「何だ」

 

「これは?」

 

「準備だ!」

 

「準備しすぎです!」

 

「備えあれば憂いなしと言うだろう!」

 

「これは憂いを自分で増やしてるだけです!」

 

「あっ」

 

 チアキが別の紙を拾う。

 

「歓迎看板案もありますよ」

 

「読むな!」

 

「『ようこそ仮面ライダー! 歓迎するぞ! 万魔殿議長・羽沼マコト』」

 

「何でマコト先輩の名前が仮面ライダーより大きいんですか!?」

 

「議長だからだ!」

 

「関係ないです!」

 

 サツキは肩を震わせて笑っていた。

 

「マコトちゃん、ずいぶん準備したのねぇ」

 

「当然だ!」

 

「サツキ先輩も感心しないでください!」

 

「でも、この記念写真案はイブキちゃんが真ん中なのね」

 

「そこは譲れん!」

 

「そこだけ妙にまともですね……」

 

「イブキ」

 

 イロハが呼んだ。

 

「なあに?」

 

「さっき言ってましたよね。まずは普通に遊びに来てもらいたいって」

 

「うん!」

 

 無邪気な即答。

 

「マコト先輩?」

 

「…………」

 

 マコトが止まった。

 

 手に持った招聘状を見る。

 

 床に散らばった任命状を見る。

 

 イブキを見る。

 

「ぐ……」

 

 しばらく葛藤した末。

 

「……仕方あるまい」

 

 がくりと肩を落とす。

 

「今回は保留だ」

 

「全部没収します」

 

「何故だ!?」

 

「保留と言いながら風紀委員会行きの便へ紛れ込ませそうなので」

 

「貴様は私を信用していないのか!」

 

「今までの流れで信用できる要素がありました?」

 

「失礼な!」

 

 結局。

 

 招聘状。

 

 任命状。

 

 歓迎式典の進行台本。

 

 ライダーキック実演許可申請書。

 

 その他、いつ作ったのかも分からない歓迎関係の資料一式は。

 

 すべてイロハがまとめて預かることになった。

 

「返せイロハ!」

 

「必要になったら返します」

 

「今必要だ!」

 

「本人から返事が来てからです」

 

「来るに決まっている!」

 

「だから、来てからです」

 

「ぐぬぬぬ……!」

 

「イロハちゃん、マコト先輩の扱い慣れてますね」

 

「慣れたくて慣れたわけじゃないですよ……」

 

 チアキが楽しそうに笑う。

 

 サツキも口元へ手を添えた。

 

「それでマコトちゃん。歓迎宴はどうするの?」

 

「サツキ先輩、煽らないでください」

 

「そうだった!」

 

「再開しないでください!」

 

「イブキ、プリン食べたい!」

 

「ならばプリン二百一個だ!」

 

「まだその数なんですか!?」

 

「足りなかったら困る!」

 

「余ります!」

 

「余ったらイブキが食べればよい!」

 

「イブキ、そんなに食べられないよ?」

 

「では残りは私が食べる!」

 

「そこまでして二百一個用意する意味が分かりません!」

 

「そうだ! 巨大歓迎看板もまだ必要だったな!」

 

「いりません!」

 

「チアキ!」

 

「はい!」

 

「万魔殿本部の正面を覆うほど巨大な――」

 

「発注しないでください!」

 

「まだ何も言ってないぞ!」

 

「聞かなくても分かります!」

 

 また。

 

 会議室が騒がしくなっていく。

 

 そんな中で。

 

 イブキはイロハの手に渡った封筒を見つめた。

 

「届くかな」

 

 小さな声だった。

 

 イロハには聞こえている。

 

「……そうですね」

 

 鞄へ入れる前に、封筒をもう一度きちんと確かめる。

 

「本人まで届けられるなら、風紀委員会が渡してくれるでしょう」

 

「そっか」

 

「はい」

 

 イブキは安心したように笑った。

 

「じゃあ、届いたらいいな」

 

「そうですね」

 

 そこに難しい思惑はない。

 

 正体を暴こうという意図も。

 

 その力を利用しようという考えも。

 

 万魔殿へ引き入れようという――少なくともイブキには――そんな思惑もない。

 

 自分たちと同じゲヘナで、誰かを助けてくれた相手に。

 

 ありがとう、と伝えたい。

 

 ただそれだけ。

 

 そのために何度も書き直して完成させた、小さな一通の手紙だった。

 

「イロハ!」

 

「今度は何です?」

 

「考え直した!」

 

「何をです?」

 

「歓迎演説だ!」

 

「まだやってたんですか」

 

「やはり三十分では短い! 四十五分――」

 

「十分です!」

 

「何故だ!」

 

「むしろ五分でもいいです!」

 

「このマコト様を五分で説明しろと言うのか!?」

 

「説明しなくていいって言ってるでしょう!」

 

 静かな時間は、長くは続かなかった。

 

 今日も万魔殿は騒がしい。

 

 議長が余計なことを思いつき。

 

 イロハが止め。

 

 サツキが面白がり。

 

 チアキが笑いながら記録し。

 

 その中心で、イブキが楽しそうにしている。

 

 それでも。

 

 そんな騒ぎとは切り離されるように。

 

 イブキの書いた「ありがとう」だけは、余計な招聘状も、名誉職の任命状も、勝手な入団申請書も、ライダーキックの実演許可書も、マコトの長大な演説原稿も添えられることなく。

 

 その日のうちに、万魔殿から風紀委員会へと送り出された。

 

 封筒の表には。

 

 イブキ自身が、一生懸命書いた文字で。

 

 ただ一言。

 

 こう記されていた。

 

 ――仮面ライダーさんへ。

 

 

 

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