青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
ここまでの章は主人公の基盤づくりと仮面ライダー要素をキヴォトスに根付かせる、本編前の下準備的な意味合いが大きかったのでね。いわゆるプロローグ、ゲーム的に言うならチュートリアルみたいたいなもんですな。
(尚、そのチュートリアルに閑話含めて30話以上使用したのが私ですが……)
ここからが実質的な本編みたいなものですな。ここまでお付き合い頂いている読者の皆様、有難うございます!
新作仮面ライダーのマイスも始まりましたが、見ていて展開がワクワクしますね。
掴みはバッチリでしょう!
クウガの荒川さん脚本ということで期待していましたがこれから1年楽しめそうです。
第26話 始まり
昼前のD.U.では、いつもと変わらない時間が流れていた。
道路沿いの店では開店準備を終えた店主が看板を出し、通学途中らしい生徒たちが友人と話しながら歩道を行き交っている。少し離れた交差点から何発か銃声が響いたものの、それを気にして足を止める者はほとんどいない。
そんな街角の大型モニターから、明るい声が流れていた。
『――続いてはこちらのニュースです!』
画面に映っているのは、クロノススクールの報道番組だった。
『連邦生徒会長の失踪以降、各地で混乱が続いている連邦生徒会ですが、本日、その庁舎周辺で少々気になる動きが確認されています!』
道端で飲み物を買っていた犬型の獣人が、何気なくモニターへ顔を向ける。近くを歩いていた生徒たちも、会話を続けながらちらりと画面を見た。
『現在、クロノス報道部が確認を進めている情報によりますと、連邦生徒会は外部からある人物を迎え入れたとのこと! しかも、その人物は生徒ではなく――』
一拍置いて。
『大人である可能性が高いとの情報が入っています!』
「大人?」
「珍しいね」
「連邦生徒会が呼んだのかな」
そんな言葉が交わされる一方で、大半の者はそのまま歩き続けている。
連邦生徒会長が姿を消してからというもの、キヴォトスでは毎日のように何かしらの事件が起きていた。正体も分からない一人の大人より、これから始まる授業や今日の昼食の方が気になる者の方が多いのだろう。
『なお、現時点ではその人物の名前、所属、連邦生徒会を訪れた目的については確認が取れていません。連邦生徒会長失踪後というこの時期に現れた人物は一体何者なのか。クロノス報道部では引き続き――』
信号が変わった。
交差点を車両が流れ始め、ニュースの声は次第に遠ざかっていく。
その道路を走る一台の車の中で、一人の女性が窓の外を眺めていた。
「……大人って、そんなに珍しいんだ」
聞こえてきた報道に対する、何気ない感想だった。
自分が話題にされているなどとは、まだ思ってもいない。
窓の外に広がるのは、彼女にとって何もかもが見慣れない街だった。
高層建築がいくつも連なり、その間を巨大な道路が縫うように走っている。街を行き交うのは制服姿の少女たちだけではなく、様々な姿をした獣人やロボットの市民たち。その中を、ごく当たり前のように銃火器を携えた生徒たちが歩いていた。
そして、少女たちの頭上には、それぞれ異なる形をした光の輪が浮かんでいる。
説明は受けていた。
ここが学園都市キヴォトスであることも、生徒たちにとって武器を持ち歩くことがそれほど特別ではないことも、頭上の光の輪がヘイローと呼ばれていることも。
だが、知識として聞かされることと、実際に自分の目で見ることはまるで違う。
視界の端で、一人の生徒が友人へ笑いながら拳銃を見せている。
「……本当に普通なんだ」
思わず漏れた言葉に答える者はいない。
女性はしばらくその光景を眺めてから、前方へ視線を戻した。
遠くに巨大な建物が見え始めている。
彼女の目的地――連邦生徒会。
なぜ自分がキヴォトスへ呼ばれたのか。
何を求められているのか。
そもそも、自分を呼んだという人物が今どこにいるのか。
今のところ、分からないことの方が圧倒的に多かった。
「……本当に、何をしに呼ばれたんだろう」
小さく呟いた直後、車両は連邦生徒会庁舎へ続く区画へ入っていった。
* * *
「お待ちしていました、先生」
庁舎へ通されて間もなく、眼鏡をかけた長身の少女がそう告げた。
呼ばれた女性は、数秒ほど相手を見つめたあと、自分自身を指差す。
「……先生?」
「はい」
「私?」
「はい」
七神リンは至って真面目な表情で頷いた。
女性は念のため自分の後ろを振り返った。
「後ろに別の先生がいたりは?」
「いません」
「そっかあ。じゃあ私かあ……」
「最初からそう申し上げています」
「いや、心の準備がね」
そう言いながら視線を戻したところで、先ほど街中で聞こえてきた報道を思い出す。
「……待って」
「何でしょう」
「もしかして、さっきニュースで言ってた大人って」
「すでに報道されていましたか」
「やっぱり私なの!?」
「現時点で連邦生徒会を訪れた外部の大人となれば、恐らくは」
「まだ何もしてないのにニュースデビューしちゃった……」
「クロノス報道部ですので」
「それで説明がつくんだ」
「ある程度は」
女性――この場所で先生と呼ばれることになった人物は、なんとも言えない顔をした。
「……変な映像とか撮られてないよね?」
「私は把握していません」
「そこは『ありません』って言ってほしかったなあ」
軽口を交わしてから、先生は改めてリンを見る。
「それで、私がここに呼ばれた理由を聞いてもいい?」
「順を追って説明します」
リンから渡された端末には、キヴォトスと連邦生徒会についての情報が表示されていた。
数多くの学園と自治区によって構成される巨大な学園都市。
それらを統括する連邦生徒会。
そして現在、その頂点にいた連邦生徒会長は行方不明になっている。
その影響で、本来なら連邦生徒会が担っていた都市管理機能の多くが正常に動作せず、各地では治安悪化が進んでいるという。
先生はしばらく画面を眺めていたが、やがて困ったように眉を下げた。
「……確認したいことが多すぎるんだけど」
「お気持ちは理解します」
「本当に?」
「少なくとも、突然この状況へ放り込まれた方が困惑するであろうことは理解しています」
「それなら十分かな」
先生は苦笑しながら端末へ視線を戻した。
そこでは、現在進行形で届き続けている報告が次々と更新されている。
D.U.各所での武装衝突。
商業区での略奪。
一部交通網の停止。
矯正局からの脱走者。
違法に流通する銃器や爆発物。
それらを追うだけでも、連邦生徒会が現在どれほどの混乱に直面しているのかは十分に伝わってきた。
「この街って、普段からこんな感じなの?」
「銃撃事件そのものを指しているのであれば、特別珍しいものではありません」
「やっぱりそこから慣れないといけないんだ……」
「ただし、現在が平常時ではないことも確かです」
「だよね。よかった」
リンがわずかに眉を動かす。
「何がでしょう」
「これが平常運転って言われたら、明日からどうしようかと思ってたところ」
「銃撃事件が珍しくない時点で、先生が想定されている平常とは異なると思われますが」
「それはもうさっき街を見て諦めたよ」
そんなやり取りをしながら資料を流していた先生の指が、ある報告の上で止まった。
「これは?」
リンもそちらへ目を向ける。
「ゲヘナ学園自治区から提出された報告ですね」
「『既存分類に該当しない兵器を使用した複数の事件を確認』……ずいぶん曖昧な書き方だね」
「詳細についてはゲヘナ風紀委員会が現在も調査中です。一部は機密指定されており、こちらへ共有されている情報にも制限があります」
「連邦生徒会にも?」
リンが一瞬黙る。
「今の連邦生徒会には、です」
先生の表情から、わずかに軽さが消えた。
「……なるほど」
その短い返答だけで、現在の連邦生徒会がどれほど弱体化しているのかは十分に伝わった。
先生は報告を閉じると、端末を持ち直す。
「じゃあ、一回整理していい?」
「どうぞ」
「私をここへ呼んだのは、今いなくなってる連邦生徒会長」
「はい」
「その人がいなくなった影響で、都市を管理するためのシステムがまともに動かなくなってる」
「概ねその通りです」
「そこへ治安悪化も重なって、連邦生徒会は対応に追われてる」
「はい」
「そして私は今日ここへ来た」
「その通りです」
先生はしばらく黙り、やがて小さく息を吐いた。
「歓迎が重いなあ」
「申し訳ありません」
「リンが謝るところじゃないよ」
軽く笑ってから、先生はすぐに続けた。
「それで、今一番急いだ方がいいのは?」
先ほどまでと口調はほとんど変わらない。
それでも、リンは先生の目が変わったことに気づいた。
「サンクトゥムタワーの制御権奪還です。現状では、連邦生徒会が本来持つ都市管理機能の多くを使用できません」
「それを取り戻せば、少なくとも今より動ける?」
「はい」
「じゃあ、まずそこからだね。そのためには?」
「連邦捜査部シャーレへ向かう必要があります」
「シャーレ?」
「詳しい説明は後ほど。ただ、その前に会っていただきたい方々がいます」
「私に?」
「現在の連邦生徒会へ、各学園から状況確認と抗議に来られている方々です」
先生は足を止めた。
「……帰っちゃ駄目?」
「駄目です」
「即答だ」
「先生に会っていただくためにお待ちいただいていますので」
「うん。分かってた。ちょっと言ってみただけ」
どこか残念そうに言いながらも、先生は素直にリンの後を追った。
* * *
「ですから! この状態をいつまで放置するつもりなんですか!」
レセプションルームへ近づくにつれて、少女の声がはっきり聞こえてきた。
先生とリンが中へ入ると、室内には四人の少女がいた。
その中でも眼鏡をかけた少女が机の前に立ち、連邦生徒会の職員へ詰め寄っている。
「都市管理システムの不具合で物流にも影響が出始めてるんですよ!? ただでさえ各地でトラブルが増えてるのに、このまま長引いたらどれだけ損害が膨らむと思ってるんですか!」
「ユウカ、少し落ち着いてください。声を荒らげても状況が改善するわけではありません」
近くにいた長身の少女が静かに制するが、その表情にも余裕はなかった。
「とはいえ、トリニティ側でも状況が深刻なのは同じです。違法な武器の流通量が増えていますし、昨日だけでも複数の自治区で武装集団による事件が確認されています」
「市街地の巡回だけでは追いついていません」
白い髪の少女も端末を確認しながら続ける。
「組織的な事件だけではなく、混乱に便乗して犯罪を始める人たちも増えています。一か所へ対応している間に、別の場所で事件が起きる状態です」
最後の一人。
橙がかった茶髪の少女が、手元の資料から顔を上げた。
「ゲヘナでも同様です。風紀委員会として警戒を強めていますが、通常の治安維持活動に加えて、最近発生している特殊な事件への対応も続いています。このまま混乱が広がれば、対応できる範囲にも限界があります」
「特殊な事件?」
先生が思わず口にすると、四人の視線が一斉にこちらへ向いた。
橙がかった茶髪の少女――火宮チナツも先生を見る。
その視線が、ほんの一瞬だけ止まった。
キヴォトスでは珍しい大人。
この場所の生徒ではない人物。
そのこと自体に、チナツは他の三人とは少し違う感覚を抱いていた。
キヴォトスの外からやって来た人物を見るのは、これが初めてではない。
ただ、目の前の女性と翔を安易に重ねる理由もなかった。
「……失礼ですが、あなたは?」
「紹介します」
リンが一歩前へ出る。
「こちらが、失踪前の連邦生徒会長によって招聘された方です」
一拍置き、
「先生です」
「……先生?」
最初に反応したのはユウカだった。
「うん。私もさっきそう言われた」
「さっき?」
「まだ先生歴、たぶん十分もないよ」
「そんな人を私たちに紹介したんですか!?」
「そこだけ聞くと私も不安になってきたなあ」
「先生まで不安にならないでください!」
ユウカの勢いに押されるように先生が一歩だけ引く。
その横では、長身の少女――羽川ハスミが先生を静かに観察していた。
「連邦生徒会長が外部から大人を招聘したという話は耳にしていましたが……この方だったのですね」
「そうみたい。本人なのに人から教えられてばっかりだけど」
白髪の少女――守月スズミも先生へ軽く頭を下げる。
「では、改めて自己紹介を」
「うん。助かるよ」
「早瀬ユウカです。ミレニアムサイエンススクール所属」
「羽川ハスミ。トリニティ総合学園、正義実現委員会所属です」
「守月スズミです。トリニティ総合学園所属です」
「ゲヘナ学園、風紀委員会所属の火宮チナツです」
先生は一人ずつ顔を見ながら頷いた。
「ユウカ、ハスミ、スズミ、チナツ……よし、覚えた」
「何でちょっと達成感があるんですか」
ユウカが呆れたように言う。
「一度で四人覚えられたから?」
「そこは普通に覚えてください!」
「頑張るよ。もし間違えたら教えてね」
「間違えないでください!」
「ユウカは覚えやすそうだから大丈夫」
「それ、どういう意味ですか!?」
初対面から勢いよく食いついてくるユウカに、先生は思わず笑った。
「でも、四人ともよろしくね」
今度はふざけずにそう言って、先生はそれぞれへ頭を下げる。
「まだここのことは分からないことだらけだから、色々教えてもらえると助かるよ」
ハスミがわずかに表情を和らげ、スズミも小さく頷いた。
チナツも一礼する。
その様子を見届けたユウカは、すぐリンへ向き直った。
「それで、この先生が来たら今起きてる問題は全部何とかなるんですか?」
「うーん、全部はちょっと荷が重いかな」
「そこは即答で否定しないでください!」
「でも、できることはちゃんとやるよ」
先ほどまでの調子のまま。
それでも、その言葉だけは軽くなかった。
ユウカが一瞬だけ口を閉じる。
リンはその間に説明を引き継いだ。
「先生には、連邦捜査部シャーレの顧問を務めていただきます」
「連邦捜査部?」
ハスミが反応する。
「特定の学園へ所属せず、キヴォトス全域で活動することを想定して設立された組織です。学園間の問題についても、必要に応じて介入する権限を持ちます」
ユウカが目を見開いた。
「そんな組織、いつの間に……」
「失踪した連邦生徒会長が準備を進めていました」
先生も少しだけ表情を引き締める。
「その組織の顧問を、私に?」
「はい」
「会った記憶もないのに、ずいぶん信用されてたみたいだね」
「私にも、会長が先生を選んだ理由までは分かりません」
「本人に聞けないのが困るなあ」
先生はそう言いながらも、話を先へ進めた。
「それで、サンクトゥムタワーの制御権とシャーレはどう繋がってるの?」
「シャーレの地下に、制御権を回復するために必要な認証装置が保管されています」
「じゃあ、そこへ行けばいいんだね」
「本来であれば」
その時、リンの端末が短く鳴った。
通知へ目を通した彼女の表情がわずかに険しくなる。
「……状況が変わりました」
「今度は何が来た?」
先生の声から、自然と冗談めいた調子が消える。
リンが卓上へ端末を置いた。
表示された地図の中央にはシャーレの施設があり、その周囲にはいくつもの赤い印が表示されている。
「シャーレ周辺で、複数の武装集団が確認されています」
「複数?」
「矯正局から脱走した者に加え、近隣の不良集団やスケバンが混乱に乗じて集まっているようです。施設そのものを占拠した一団も確認されています」
「人数は?」
「現時点で確認できているだけでも数十名。さらに増える可能性があります」
スズミの表情が険しくなる。
「それだけではありません」
地図上へ新たな記号が追加された。
「装甲車両も複数確認されています。また、現場の一部で使用されている装備にも不自然な点があります」
ハスミが画面を覗き込んだ。
「不自然?」
「通常の不良集団が用意したとは考えにくいほど状態の良い火器や、製造元を確認できない補給物資が含まれています」
別画面へ現場写真が表示された。
新しい弾薬箱。
識別番号の見当たらない装備。
統一された規格の補給品。
それを見たチナツの視線が止まる。
ゲヘナで確認してきたものと同じではない。
人工ガイアメモリ関連の事件で使用された装備とも、直接の共通点は見当たらなかった。
ただ、最近妙に増え始めた『出所のはっきりしない武装』という一点だけは気にかかる。
「チナツ?」
名前を呼ばれ、チナツが顔を上げた。
「何か気になる?」
「……いえ。今回の装備そのものについては、私にも分かりません」
チナツは画像をもう一度確認する。
「ただ、ゲヘナでも最近、出所の確認できない装備が事件現場から見つかることがあります。これが同じ経路のものかどうかは判断できませんが」
「そっか」
先生はチナツの表情を見てから、それ以上踏み込まずに頷いた。
「無理に言わなくていいよ。でも、あとで話せることがあったら教えてくれる?」
「……はい。それであれば」
「ありがとう、チナツ」
自然に名前を呼ばれ、チナツがわずかに目を瞬く。
馴れ馴れしいというほどではない。
こちらの事情へ勝手に踏み込む様子もない。
妙に距離の取り方が自然な大人だった。
「本来であれば追加戦力を編成したいところですが、現在D.U.各所で同時に事件が発生しています」
リンが続ける。
「すぐに十分な戦力をシャーレへ回すのは困難です」
「……嫌な流れね」
ユウカが呟く。
「そこで、現在この場にいる皆さんにも協力をお願いしたいと考えています」
「やっぱり!」
ユウカが即座に反応した。
「まさか私たち四人だけで、数十人と装甲車を相手にしろって言ってるんじゃないでしょうね!?」
「正面からの強行突破を求めているわけではありません」
「四人しかいない時点で似たようなものでしょ!」
もっともな反論だった。
ハスミも地図を見ながら慎重に口を開く。
「応援を待つという選択肢は?」
「増援を待てば、それだけサンクトゥムタワーの復旧も遅れます。現在の混乱がさらに拡大する可能性を考えれば、できる限り早くシャーレへ到達したいところです」
「ですが、無理に進んで全員負傷すれば同じことです」
スズミの指摘にも、リンは頷く。
「その通りです。ですから、これはあくまでお願いになります」
室内に短い沈黙が落ちた。
ハスミが先に息を吐く。
「放置できる問題ではありませんね。連邦生徒会が正常化しない限り、トリニティ側への影響も拡大するでしょう」
「市街地の治安を考えても同じです」
スズミも同意する。
チナツも静かに頷いた。
「ゲヘナ風紀委員会としても、現在の状況が長引くのは望ましくありません。可能な範囲で協力します」
三人の視線がユウカへ向いた。
「……なんで私を見るんですか」
「最後はあなたですよ、ユウカ」
「ハスミ副委員長まで……!」
ユウカはしばらく地図と三人を見比べたあと、大きくため息をついた。
「分かりましたよ! 行きます! 行けばいいんでしょう!」
「ありがとう、ユウカ」
「……何ですか」
「なんだかんだ言いながら来てくれるんだなって」
「今それ言います!?」
「褒めてるよ?」
「もっと普通に褒めてください!」
先生は笑った。
だが、その視線が再び地図へ向いた時には、すでに次のことを考えている。
「ただ、四人とも無茶はしないでね」
「……はい?」
ユウカが聞き返す。
「シャーレへ行く必要があるのは分かった。でも、そのために誰かが大怪我するようなやり方はしたくないから」
「それは当然ですけど……」
「うん。だから、その当然を守ったまま行ける方法を考えよう」
先生は地図を覗き込む。
「リン、シャーレ周辺のもっと詳しい地図を見せてもらえる?」
「用意できます」
「道路だけじゃなくて、周りの建物も見たいな。高さが分かるものと、細い路地まで載ってるのがあれば助かる」
「建物の高さまで必要なのですか?」
「現場を見てみないと分からないけど、使えるものは多い方がいいでしょ?」
リンは一瞬だけ先生を見たあと、追加資料を転送した。
「敵の最後の確認位置もある?」
「あります」
「装甲車がどっちを向いてたかも分かる?」
「確認します」
ユウカが先生の横から地図を覗き込む。
「先生、何するつもりなんです?」
「まだ決めてないよ」
「えっ」
「現場を見ないと決められないから。でも、着いてから全部調べてたら時間がもったいないし」
先生はそう言ってから、四人を見回した。
「それと、移動中にみんなのことをもう少し教えてほしいな」
「私たちのこと?」
「うん。何が得意なのかとか、使ってる武器とか。せっかく一緒に行くんだから、知っておきたいし」
その言葉を聞いたハスミが、少しだけ目を細めた。
* * *
シャーレへ向かう車両の中でも、先生は四人へ次々と話しかけていた。
「ユウカって、サブマシンガンなんだ」
「はい」
「さっき前に出て味方を守ることが多いって言ってたけど、撃たれるのに慣れてるってこと?」
「その言い方だとものすごく嫌なんですが……まあ、防御には自信があります」
「どのくらい?」
「どのくらいって言われても……」
「例えば、正面から何人かに集中して撃たれても動ける?」
ユウカが少し考える。
「相手の火力にもよりますけど、ある程度なら」
「なるほど。無理になりそうならちゃんと言ってね」
「そこはちゃんと見極めますよ」
「頼りにしてる」
「……急に素直に褒めますね」
「さっき普通に褒めてって言われたから」
「覚えてたんですか……」
先生は次にハスミへ顔を向けた。
「ハスミって遠くの相手を狙うの得意?」
「はい。長距離射撃は得意分野です」
「どのくらい遠くまで?」
ハスミが簡単に説明する。
先生は聞きながら目を丸くした。
「そんな遠くまで当てられるの?」
「状況にもよりますが」
「すごいね……ちょっと撃ってるところ見てみたい」
「先生。これから遊びに行くわけではありませんよ」
「分かってるよ。でもすごいものは見てみたいでしょ?」
「……否定はしませんが」
「高いところから撃つのは?」
「問題ありません。むしろ射線を確保しやすくなります」
「よし、覚えた」
先生の反応だけを見れば、純粋にハスミの技量へ感心しているようにしか見えない。
次にスズミへ視線を向ける。
「スズミは一人で動くの、得意?」
「市街地での警戒や巡回には慣れています」
「じゃあ、細い路地とか好きそう」
「好き嫌いで表現するものではないと思いますが……得意ではあります」
「なるほど。好きじゃなくて得意、と」
「そこを訂正する必要があったのでしょうか」
「大事だよ。たぶん」
「たぶんですか」
スズミが少し困ったような顔をする。
「知らない場所でも地図があれば動ける?」
「問題ありません」
「じゃあ、これ見ておいてもらえる?」
先生が周辺地図を表示して渡すと、スズミは素直に受け取り、路地や建物の配置を確認し始めた。
最後にチナツへ向き直る。
「チナツは治療担当なんだよね?」
「はい」
「移動しながらでもできる?」
「軽傷であれば可能です。重傷者への処置には、安全な場所を確保する必要がありますが」
「二人同時に怪我したら?」
「状態を確認し、優先順位を決めます」
「じゃあ、誰かがちょっと怪我したくらいなら、すぐ止まらなくても大丈夫?」
「程度によりますが、戦闘を継続できる状態へ戻すことは可能です」
「そっか。ありがとう」
そこで先生は地図へ視線を戻した。
ユウカがしばらく黙ってその横顔を眺めたあと、とうとう口を開く。
「……先生」
「何?」
「さっきから普通に話してるように見せて、結構細かいこと聞いてません?」
「そう?」
「そうですよ。私がどれくらい攻撃に耐えられるとか、ハスミさんの射程とか、スズミの得意な場所とか」
「チナツの治療もね」
「自分で追加しないでください」
先生が笑う。
「だって初めて一緒に動くんだよ?」
「それはそうですけど」
「みんなに何ができるか知らないまま指示を出す方が怖いでしょ」
「……指示?」
ユウカが聞き返した。
先生は何でもないことのように地図の交差点へ指を滑らせる。
「必要になったらね」
その横で、ハスミが黙って先生を観察していた。
会話そのものは雑談に近い。
けれど先生は、その短いやり取りだけで武器、射程、防御力、得意地形、単独行動能力、治療能力まで把握している。
しかも、本人たちに細かな数値を延々と説明させたわけでもない。
必要なところだけを聞き、必要な答えが得られればすぐ別の話へ移っている。
「先生」
チナツが呼びかけた。
「一つ、必ず覚えておいていただきたいことがあります」
「何?」
「現地では、私たちより前へ出ないでください」
チナツは真剣だった。
「先生は私たち生徒とは違います。銃弾を受ければ命に関わります。交戦が始まった場合は、必ず安全な位置を維持してください」
「了解。ちゃんと後ろにいるよ」
即答だった。
チナツが少し意外そうに目を瞬く。
「……随分素直ですね」
「だって撃たれたくないし」
「それは、そうですが……」
「それに、私が怪我したらチナツの仕事が増えるでしょ?」
「はい」
「じゃあ大人しくしてる」
先生はそう言ったあと、少しだけ笑う。
「ただ、必要な時はちゃんと指示するから、その時はお願いね」
「……分かりました」
チナツは小さく頷いた。
少なくとも、自分の危険を理解せず無茶をする人物ではない。
それどころか、こちらが何を心配しているのかまで分かった上で答えているように見えた。
やがて車両が減速する。
遠くから銃声が聞こえ始め、続いて低い爆発音が響いた。
先ほどまで先生と会話していた四人の表情が、一斉に引き締まる。
先生も窓の向こうへ目を向けた。
「……着いたみたいだね」
* * *
シャーレ外郭地区は、すでに平時の市街地とは呼べない状態になっていた。
大通りには車両や資材を寄せ集めた即席のバリケードが築かれ、道路脇では破損した車両から薄い煙が上がっている。商店のシャッターは閉まり、通りにいた市民のほとんどは避難したようだったが、遠くではまだ誘導を受けながら走っていく姿も見えた。
その先には、武装した生徒たちがいる。
正面の大通りだけではない。
建物の窓。
交差点。
左右の路地。
さらにその奥。
シャーレを中心に、複数の集団が別々の場所へ陣取っていた。
奥には装甲車も見える。
「……聞いてたより増えてません?」
ユウカが顔をしかめる。
「現場へ向かっている間にも集まってきたようですね」
ハスミはライフルを構えながら建物の上階を確認する。
「屋上にもいます。少なくとも四人」
「左側の路地に二集団。さらに奥にも動きがあります」
スズミも状況を確認した。
「正面だけでも二十人以上いますね」
チナツが慎重に周囲を見渡す。
「この配置では、正面突破は現実的ではありません」
「ほら!」
ユウカが先生を振り返った。
「やっぱり私たち四人だけでどうにかする人数じゃないですよ! ここは一度下がって増援を待つべきです!」
ハスミもすぐには反論しない。
「少なくとも、正面から交戦すれば相当な消耗を強いられます」
「避難できていない市民もいます。無理に戦線を広げるのは危険ですね」
スズミの意見も同じだった。
普通なら、その判断が正しい。
四人で数十人を相手にし、さらに装甲車まで突破しながら先へ進むなど、わざわざ選ぶべき手段ではない。
だが、先生から返事がない。
「先生?」
ユウカがそちらを見る。
先生は黙ったまま戦場を見ていた。
先ほどまで車内で笑いながら話していた姿と、何かが違う。
険しい顔をしているわけではない。
緊張で身体を強張らせているわけでもない。
ただ、目の前にあるものを見る密度だけが変わっていた。
正面のバリケード。
右側の交差点。
左の細い路地。
三階建ての建物。
その向こうへ続く別の道路。
装甲車の位置。
武装集団同士の距離。
それぞれが向けている視線。
正面の集団は人数こそ多いが、全員が同じ指示で動いているわけではない。右側の一団は頻繁に前へ出ている一方、中央の集団はその動きへ合わせていない。
左側の路地からは、大通り全体を見通せない。
建物の三階を取れば、正面だけではなく後方まで射線が通る。
装甲車は大通りでは脅威になるが、狭い交差点へ入れば動ける方向が限られる。
前方と後方。
右と左。
別々の集団の間には、互いを支援できない空白がいくつもある。
そして、先ほど車内で聞いた四人の能力。
それらが、先生の中で一つずつ戦場の配置へ重なっていく。
「先生?」
今度はチナツが呼んだ。
先生はようやく四人を振り返った。
「……いけるよ」
「はい?」
ユウカが聞き返す。
「この四人なら、シャーレまで行ける」
「いやいやいや!」
ユウカが即座に首を振った。
「人数ちゃんと見えてます!? こっちは四人なんですよ!?」
「見えてるよ」
「向こうは何十人もいるんですよ!?」
「うん」
「装甲車も!」
「それも見えてる」
「だったら何でそんなに落ち着いてるんですか!」
先生は少しだけ考え、それから大通りへ視線を戻した。
「人数が多いことと、その全員を一度に相手にしないといけないことは、同じじゃないから」
「……え?」
ユウカだけではなく、残る三人も先生を見る。
「正面にいる人たち、全員同じグループじゃないよね」
ハスミが改めて敵の装備を見る。
「……確かに。制服も装備も統一されていません」
「右側と中央も連携してない。右が前に出ても、中央はほとんど動いてない。それに左の路地からは正面の全部が見えない」
先生の指が、一棟の建物へ向いた。
「ハスミ、あの三階まで行けそう?」
「可能です」
「そこから正面の奥まで狙える?」
ハスミが距離を測る。
「問題ありません」
「じゃあお願い。まだ撃たなくていいよ」
「承知しました」
続いて左を見る。
「スズミはあの路地を見てきてもらえる? 二つ目の角まででいいよ。一回だけ向こうに姿を見せたら戻ってきて」
「交戦は?」
「まだしないで。見つかっても、追わせるだけでいい」
「分かりました」
「チナツは私の近くにいて。周りの市民と、私たちが戻る場合の道も見ておいてほしいな。合図したらユウカのところへ」
「はい」
最後にユウカを見る。
「ユウカは――最初はここで待ってて」
「……え?」
ユウカが自分を指差した。
「私が?」
「うん」
「この四人で一番前に出て攻撃を受けられるの、たぶん私ですよ?」
「知ってる。さっき聞いたから」
「じゃあ何で!」
「だから今は出ないでほしいんだよ」
柔らかな口調は変わらない。
だが、迷いがなかった。
先生はすでにユウカではなく、大通りの向こうを見ている。
ハスミが静かに問いかける。
「先生。何をするおつもりですか?」
「まず、向こうが人数の多さを使えないようにする」
先生は端末を開き、先ほど確認した敵の位置を地図へ重ねていく。
「今のあの人たちは、たくさん集まってるだけ。まだ一つの部隊として動けてないんだよ」
ならば。
そのまま連携させなければいい。
むしろ、互いの動きを邪魔させればいい。
「ハスミが配置についたら始めるね。スズミは私の合図まで撃たなくていい。ユウカも待ってて。チナツは周囲をお願い」
ユウカが、まだ半信半疑の表情で先生を見る。
「……本当に、これで突破できるんですか?」
「できるよ」
即答だった。
根拠のない強がりには聞こえない。
先生はもう、目の前にいる数十人だけを見てはいなかった。
敵がどう動くのか。
その時、誰をどこへ動かすのか。
さらにその次に何が起きるのか。
まだ戦闘が始まってすらいないというのに、その目にはすでに先へ続く道が映っているようだった。
「四人とも、私の声を聞いててね」
遠くで銃声が響く。
ハスミが建物へ向かい、スズミが路地へ身体を滑り込ませる。
ユウカがサブマシンガンを握り直し、チナツも周囲を確認しながら先生の傍についた。
その全員が配置についたことを確認してから、先生は戦場をもう一度見渡した。
声は変わらない。
威圧するような強さもない。
ただ、その言葉から迷いだけが完全に消えていた。
「それじゃあ――始めようか」