青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
旧工業区のさらに奥。
かつて大量の物資が行き交っていた物流施設は、長い年月を経て砂に呑まれかけていた。
広い敷地を囲んでいた金網は所々で倒れ、錆びついた支柱だけが乾いた風に晒されている。敷地内には使われなくなったコンテナや荷役用の機械が放置され、半ば砂に埋もれたタイヤ痕が古い道路の名残を示していた。
中央に建つ巨大な倉庫は、外壁の塗装がほとんど剥げ落ちている。大きな搬入口のシャッターは途中まで開いたまま止まり、その向こうには照明の届かない暗がりが広がっていた。
少し離れた廃屋の陰から、先生はその施設をじっと見つめていた。
隣にはシロコ。その後ろにノノミが控え、ホシノは三人より僅かに前へ出ている。
いつもの眠たげな雰囲気は残っているものの、片手にはショットガン、もう片方には使い込まれた大型の盾が握られている。その立ち方は自然で、特別な構えを取っているようには見えない。
それでも、盾の位置も、銃口の向きも、施設へ踏み込むために必要な位置へすでに収まっていた。
『こちらアヤネです。通信は問題ありません』
耳元の通信機からアヤネの声が届く。
彼女は戦闘区域から少し離れた場所に留まり、周辺の監視設備や施設情報の確認を担当していた。
「こっちも聞こえてるよ」
『施設の外周に少なくとも六人。二階の窓付近にも人影があります。ただ、建物の内部までは確認できません』
「十分。ありがとう」
先生はもう一度施設全体へ視線を走らせた。
正面には広い搬入口。左には細い作業用通路。右側には車両の出入りに使われていたらしい裏道があり、その先に小さな搬入口が見える。
二階部分には金属製の渡り廊下が走り、割れた窓のいくつかから人影が覗いていた。
正面へ意識を集めさせている間に、側面や高所から撃つつもりなのだろう。
その横で、シロコが携行していた小型ドローンを起動した。
低い駆動音とともに機体が浮かび上がり、廃屋の壁より僅かに高い位置で静止する。
「それ、偵察にも使える?」
「うん。ある程度なら」
「じゃあ、まだ高く上げないで。見つかる前に位置だけ確認したい」
「分かった」
シロコが短く操作すると、ドローンは建物の陰を縫うように低空を進んでいった。直接施設の上へ出ることはせず、壊れた壁やコンテナを遮蔽物に使いながら角度を変えていく。
先生はその動きを一度見ただけで、すぐに施設へ視線を戻した。
「先生」
「うん?」
ホシノが施設を見たまま声をかける。
「作戦とかある~?」
声だけなら普段とほとんど変わらない。
「あるよ」
「おお」
「まず、セリカを見つける」
先生はそう言って、一度全員を見た。
「それから、ちゃんと連れて帰る」
「敵を倒すとかは?」
「そのために必要ならね」
先生は倉庫へ視線を戻す。
「でも、今日の目的はそっちじゃないから」
「……そっか」
ホシノはそれ以上何も言わなかった。
「シロコは右側。高い位置にいる相手を優先して見てて。ドローンも自由に使っていいよ」
「分かった」
「ノノミは前に出すぎないで。敵が集まったところを動けなくしてほしい」
「はい~。お任せください」
「ホシノは正面」
「やっぱり?」
「一番向いてるから」
「まあ、そうだよねえ」
そこで先生は少し間を置いた。
「でも、行きすぎないでね」
ホシノがようやく振り返る。
「おじさん、そんなに無茶しそうに見える?」
「少し」
「先生、意外とひどいねえ」
軽く笑っている。
けれど、その目だけは最初から一度も笑っていなかった。
「それじゃあ」
先生は小さく息を吸う。
「行こう」
* * *
「来た!」
二階の窓から外を見ていた少女が声を上げた。
倉庫内にいたヘルメット姿の少女たちが、一斉に武器を手に取る。
「アビドス?」
「そう! 三人……いや、四人いる! 大人もいる!」
「大人?」
「知らない! でも一緒に来てる!」
先ほどまで重苦しい静けさに包まれていた倉庫内が、一気に慌ただしくなる。
「どうするの?」
「どうするって、守るしかないでしょ!」
「でも、本当に撃つの?」
小さな声が混じった。
何人かがそちらを見る。
「今さら何言ってるのよ」
「だって……」
「依頼は受けた。あの子を引き渡すまでここで守る。それが仕事でしょ」
「分かってるけど」
答えながらも、少女の視線は奥の区画へ向いていた。
そこには、自分たちが昨夜連れてきた少女がいる。
高額な報酬。貸し与えられた特殊な装置。言われた通りにすればいい。
そう考えて受けた仕事だった。
それでも。
「……これ以上は、怪我させないようにしよう」
「相手次第でしょ」
「でも」
「もう来るよ!」
別の少女が叫ぶ。
迷っている時間はなくなった。
* * *
その様子を、遠く離れた場所から見ている者がいた。
薄暗い監視室。
壁際に並ぶ複数のモニターには、旧物流施設の周辺や内部から送られてくる映像が映し出されている。
その中央に座るのは、一体のロボットだった。
カイザーの幹部。
かつて進めていた研究計画の失敗を重ね、理事から待機を命じられた男である。
本来なら、今の彼に重要案件の指揮権など与えられていない。
それが今回に限って戻された。
机の隅に置かれた端末には、理事から送られてきた短い通達が残っている。
『アビドス案件の現場管理を、君に一任する』
そこまで読んだ時、幹部は自分にもまだ挽回の機会が残されていると思った。
だが、その直後に続いた一文が、そうではないことを教えていた。
『これを最後の機会とする』
「…………」
機械仕掛けの指が、机の縁をゆっくりと叩く。
失敗は許されない。
今回こそ成果を持ち帰らなければ、自分に次はない。
それだけは嫌というほど理解していた。
だからこそ、今回の計画は失敗するはずがなかった。
指定された生徒の確保には成功している。
供与した特殊装置の実戦データも取れた。
そして、モニターの中では大きな盾を持った少女が施設へ近づいている。
「……小鳥遊ホシノ」
最終的に引き出すべき相手。
ここまでは予定通りだった。
幹部の指が止まる。
小鳥遊ホシノの後ろに、見覚えのない大人がいる。
「……あれは」
映像を拡大する。
ヘイローのない女性。
生徒たちの中央に立ち、何かを指示している。
「シャーレの……先生?」
想定にはなかった。
機械の胸部奥で駆動音が僅かに乱れる。
嫌な感覚だった。
自分の知らないところから、計画が崩れ始める時の感覚。
「……いや」
幹部はそれを振り払うように画面を見据えた。
「問題ない」
今回は違う。
違わなければならない。
端末に残された文字が、視界の端に入る。
最後の機会。
「……必ず成功させる」
* * *
最初の銃声は、施設まであと数十メートルというところで響いた。
見張りに立っていた少女たちが一斉に射撃を始める。
乾いた発砲音が重なり、弾丸が砂を弾き、コンクリート壁を削った。
「ホシノ!」
「はいはい~」
ホシノが一歩前へ出る。
大型の盾が正面へ向いた。
直後、集中した弾丸が盾の表面を叩き始める。何発もの着弾音が重なり、火花が連続して散った。
だが、ホシノはただ盾の陰に隠れているわけではなかった。
銃撃が最も密になる瞬間には盾の角度を僅かに変え、身体への射線を完全に切る。その一方で、射撃の間隔が開いた瞬間にはすぐに歩幅を広げる。
相手の発射音、銃口の向き、射撃のリズム。そのすべてを見ながら、最も安全な瞬間だけを選んで距離を縮めていた。
「ちょ、待って!」
「撃ってる!?」
「撃ってるって!」
「じゃあ何で近づいてくるの!?」
少女たちが慌てて後退する。
ホシノは盾を僅かに左へずらした。
相手から見れば、その瞬間だけホシノの身体が完全に盾へ隠れる。
次の瞬間、盾の右側からショットガンの銃口が現れた。
「え――」
発砲。
散弾が遮蔽物の手前へ叩き込まれ、前列の少女たちが慌てて身を伏せる。
その隙にホシノはさらに距離を詰めた。
一人が横へ回り込もうとする。
ホシノは銃口を向けない。代わりに盾をそのまま横へ押し出した。
「わっ!?」
回り込もうとした少女が進路を塞がれ、反射的に一歩下がる。
その動きを見てから、ホシノがショットガンを構える。
「近づきすぎると危ないよ~」
「そっちが来てるんでしょ!」
「そうだったねえ」
再び銃声。
防衛線が崩れていく。
その時、二階の窓から一人が身を乗り出した。
銃口がホシノの側面へ向く。
「シロコ、上!」
「うん」
シロコ自身の銃口は、すでに別の敵へ向いていた。
代わりに、施設の壁際を低く進んでいた小型ドローンが一気に高度を上げる。
「何!?」
突然現れた機体へ少女が目を向ける。
その一瞬で十分だった。
ドローンから短い火力支援が放たれ、窓枠と少女のすぐ脇へ着弾する。
「きゃっ!?」
射撃姿勢が崩れた。
そこへシロコが銃口を切り替える。
一発。
少女の持っていた銃が弾かれ、床へ転がった。
「……よし」
ドローンはその場に留まらない。
撃ち返される前に窓の下へ高度を落とし、再び遮蔽物の陰へ消えていく。
先生はその一連の動きを見ていた。
シロコは自分の銃とドローンを別々の武器として扱っているのではない。
一方で相手の注意を逸らし、もう一方で決定的な一撃を入れる。
二つの射線を一人で作っている。
そして正面では、ホシノが盾を床へ突き立てた。
即席のバリケードとなった盾へ、複数の弾丸が集中する。
「リロードするから、ちょっと待ってねえ」
「何でそんな普通なの!?」
ホシノは盾の陰で手早くショットシェルを装填していく。
敵が左右へ散ろうとする。
「シロコ、右側。ドローンは左の窓を見て」
「分かった」
シロコが右側の車両へ銃口を向ける。
同時に、ドローンが反対方向へ回った。
一人で二方向。
少女たちはどちらに注意を向けるべきか判断できない。
「車の陰、三秒後に出る」
「……うん」
三秒後。
右側の少女が顔を出した。
発砲。
銃だけが弾かれる。
ほぼ同時に、左の窓から別の敵が顔を出した。
ドローンが即座に反応し、短い連射で窓際へ火花を散らす。
「うわっ!?」
再び頭を引っ込めるしかない。
シロコの目が僅かに先生へ向く。
だが先生は、すでに別の場所を見ていた。
「ノノミ、奥の三人!」
「はい~!」
ミニガンの銃身が回転を始める。
大量の弾丸が敵の足元と遮蔽物へ叩き込まれ、移動しようとしていた少女たちが進路を失った。
「無理! 出られない!」
「右も駄目!」
『先生、左側の細い通路から二人来ます!』
「ありがとう、アヤネ」
先生はすぐに位置を確認する。
「シロコ、左をお願い。ホシノはそのまま前へ。ノノミは五秒だけ右を押さえて」
「分かった」
「了解~」
「はい~!」
シロコが左へ走りながら指を動かす。
上空のドローンも、その動きに合わせて角度を変えた。
シロコ本人は通路へ。ドローンはその上。
先に飛び出した敵がシロコへ銃口を向ける。
その直前、ドローンからの攻撃が頭上の配管へ命中し、火花が散った。
「っ!?」
反射的に視線が上を向く。
その間にシロコが一気に距離を詰めた。
二発の銃声が続き、二人の銃が連続して弾かれる。
シロコは足を止めることなく通路の角へ入り、ドローンもその後を追う。
正面ではホシノ。
高所と側面にはシロコとドローン。
まとまった敵にはノノミ。
その間を先生の視線が行き来し、離れているはずの四つの動きを一つの流れへ繋げていた。
* * *
「……何なのよ、外」
倉庫の奥。
セリカは拘束されたまま、遠くから響く銃声へ耳を澄ませていた。
さっきから明らかに騒ぎが大きくなっている。
しかも、確実に近づいている。
「来た!」
一人の少女が奥の区画へ駆け込んでくる。
「アビドスの連中!」
「……!」
セリカの顔が上がる。
「先輩たち!?」
「何で嬉しそうなのよ!」
「当たり前でしょ!」
拘束具が鳴るほど身体を前へ出す。
「覚悟しなさい! うちの先輩、本気で怒らせたら――」
遠くで重い発砲音が響き、その直後に誰かの悲鳴が続いた。
セリカは一瞬だけ黙る。
「……まあ」
口元がほんの少しだけ緩んだ。
「遅いくらいよ」
* * *
先生たちは倉庫内部へ進んでいた。
天井は高く、古い搬送設備やコンテナが視界を複雑に遮っている。照明はほとんど死んでおり、外から差し込む光と所々に残った作業灯だけが内部を照らしていた。
ここでは外より射線が短い。
その分、ホシノはさらに強かった。
角を曲がった先で、二人の少女が待ち構えている。
ホシノは盾を先に出した。
着弾を受けながら一歩、もう一歩と詰める。
片方が横へ逃げれば盾を傾けて進路を塞ぎ、反対側からショットガンを向ける。
発砲。
相手が身を伏せた瞬間、ホシノは盾の下端を床へ押しつけ、身体を低くしながら一気に距離を詰める。
再び飛んできた銃撃を盾で受け、その反動が収まるより先に、銃口が近距離から相手を捉えた。
「ごめんねえ」
発砲。
相手の武器が弾かれた。
奥の金属通路から、別の敵が狙う。
だが、その横へ小型ドローンが滑り込んだ。
「またそれ!?」
ドローンからの攻撃が手すりへ着弾する。
敵が身を引く。
直後、下からシロコのライフルが火を噴いた。
武器が弾かれる。
「クリア」
短く言って、シロコは再び前へ進む。
ドローンは天井近くの梁へ移り、シロコとは別の角度から前方を見ていた。
先生は、その戦い方を見ながら進む。
ホシノにはほとんど何もしていない時間がない。
撃っていない時は守っている。守っている時には詰めている。詰めている間に相手を動かし、動かした先へ次の攻撃を置く。
そしてシロコは、自分自身とドローンの二方向から相手を追い込む。一方を警戒すれば、もう一方が空き、そこへ精密な射撃が入る。
それぞれ強さの形は違う。
けれど、どちらも自分の武器を完全に理解した上で戦っていた。
『先生!』
アヤネの声が通信機から響く。
『この先です! 奥の大区画に複数の人影が集中しています!』
「みんな、止まって」
先生が手を上げる。
正面には大きな扉。
ホシノが左側、シロコが右、ノノミが少し後ろへつく。
シロコのドローンも高度を落とし、扉の横で静かに待機した。
「開けるよ」
「うん」
ホシノが扉へ手を掛ける。
ゆっくりと開く。
そして。
「――セリカ!」
シロコの声が響いた。
「シロコ先輩!?」
倉庫の奥。
椅子へ拘束されたセリカ。
その周囲に複数の少女。
「みんな!」
セリカの表情が一気に明るくなる。
その瞬間、ホシノから最後に残っていた眠たげな空気が消えた。
「……いた」
低い声。
盾を握る指が強くなる。
「待って!」
敵側から叫び声が飛んだ。
「それ以上来ないで!」
先生の視線がセリカの周囲へ向く。
床際と壁際に置かれた複数の特殊装置。
セリカが襲われた現場で見つけた壊れた機械と、同じ系統の構造をしている。
さらに奥には、それらより遥かに大型の装置が置かれていた。
「来たらこれ使うから!」
一人の少女が、手にした制御器を強く握り締める。
その動きに呼応するように、セリカを囲む四基の装置へ同時に淡い光が灯った。
先生の視線が鋭くなる。
一つの制御器で、四基すべてをまとめて操作している。
「出力を上げたらどうなるか、私たちも知らないから!」
「知らないのに使うの!?」
セリカが怒鳴る。
「こっちだって知らないわよ! 依頼主が渡してきたんだから!」
言い返した少女自身も怯えていた。
はったりではない。
本当に、何が起きるか分かっていない。
ホシノが一歩前へ出る。
「……今なら行けるよ」
「ホシノ」
「五秒」
盾を僅かに持ち上げた。
「たぶん、それくらいあればセリカちゃんのところまで行ける」
先生も配置を見る。
敵の数。距離。射線。
ホシノなら行ける。
正面の銃撃を盾で切り、敵を押し退けながら距離を詰めれば、五秒という見立ても決して大袈裟ではない。
「うん。行けると思う」
ホシノが僅かに振り返る。
「ホシノなら、あそこまで行ける」
「じゃあ――」
「でも、駄目」
「…………」
先生はセリカの周囲へ視線を戻した。
四基の装置には今も同じ光が灯っている。
「あの制御器を押されたら、その瞬間に四つ全部が動く」
「……」
「ホシノなら、その後でもセリカのところまで辿り着けると思う。でも、セリカがどうなるかは分からない」
ホシノの口が閉じる。
「……分かってる」
盾を握る手に力が入った。
「分かってるんだけどさ」
目の前にいるのは、助けたい後輩だ。
「あの子、うちの後輩なんだよ」
「うん」
先生は静かに答えた。
「だから止めてる」
ホシノが先生を見る。
「ホシノが弱いから止めてるんじゃないよ」
その声は柔らかかった。
「強すぎるから止めてる」
ホシノの目が僅かに見開かれる。
正面を押し切るだけなら、ホシノは間違いなく最適だった。
だからこそ、セリカのすぐそばで何が起きるか分からない装置を抱えた状況では、その強さをそのまま使わせるわけにはいかない。
先生は再び制御器を見る。
まず、あれを使わせない。
その上で、制御器を失った相手が装置そのものへ駆け寄るより早く、四基すべてを壊す必要がある。
「……シロコ」
「うん」
「あの制御器だけ、撃てる?」
シロコは少女の手元を見る。
「撃てる」
「でも、まだ撃たないで」
「分かった」
先生の視線が四基の装置へ戻る。
制御器を弾き飛ばしただけでは終わらない。
装置そのものが残っている限り、誰かが直接操作する可能性がある。
必要なのは、制御器を失わせた直後のほんの僅かな時間。
その間に敵の間を抜け、セリカを傷つけず、四基だけを正確に破壊できる誰か。
その時だった。
遠くから、低いエンジン音が聞こえた。
「……?」
シロコが振り返る。
音は急速に近づいてくる。
次の瞬間、黒い大型バイクが砂煙を上げながら姿を現した。
「……バイク?」
シロコの視線が僅かに強くなる。
黒を基調とした車体。
前傾したスポーツバイクらしい輪郭。
だが、足回りは明らかに通常の舗装路仕様ではない。
荒れた砂地を高速で走り抜けても車体は大きく乱れず、サスペンションが細かな凹凸を吸収している。後輪が砂を巻き上げながらも速度は落ちず、そのまま施設へ一直線に近づいてくる。
そして、乗っている人物を見た瞬間。
先生の目が見開かれた。
黒い装甲。
赤い複眼。
昨日、映像で見た姿。
忘れるはずがない。
「……仮面ライダー」
黒いバイクが大きく弧を描く。
後輪が砂を蹴り上げ、車体が倉庫前で横を向いた。
停止。
黒い戦士が降りる。
「……誰?」
ホシノが最初に声を出した。
盾が僅かにジョーカー側へ向く。
「味方だ!」
返ってきた声。
ホシノの目が細くなる。
「それ、こっちが決めることなんだけど」
一瞬、ジョーカーが言葉に詰まる。
「先生」
「うん?」
「あれ、知ってる?」
「昨日知った」
「昨日?」
「仮面ライダー」
「仮面……?」
ホシノの警戒は解けない。
当然だった。
突然、正体不明の戦士がバイクで戦場へ入ってきた。
信用する理由などない。
けれど、先生はジョーカーの視線を見ていた。
彼が最初に見たのは敵ではない。
セリカの周囲にある特殊装置だった。
「少なくとも」
先生が言う。
「今は敵じゃない」
「根拠は?」
「見てるところ」
ホシノがもう一度ジョーカーを見る。
「……あの装置?」
「うん。昨日も、あれと似たものを壊してた」
先生は一歩前へ出る。
「仮面ライダー!」
ジョーカーがこちらを見る。
「あの装置、壊せる?」
ジョーカーはセリカを囲む四基へ目を走らせた。
「できる」
「短い時間で全部は?」
「……どれくらいだ?」
「制御器を潰してから、向こうが装置へ直接触るまで」
ジョーカーは四基の位置と、その周囲にいる少女たちを見る。
ほんの数秒。
それで十分だと言うように構えを変えた。
「やる」
先生は頷く。
「じゃあ、その数秒はこっちで作る」
* * *
「ホシノは正面。敵を装置に近づけないで!」
「了解」
「ノノミは左右を押さえて。シロコはドローンで制御器を持ってる子の視線を外して」
「うん」
「お任せください~!」
最後に先生がジョーカーを見る。
「制御器が落ちた瞬間に行って」
「分かった」
ホシノが盾を前へ出した。
銃撃が集中する。
ただ耐えるのではない。
ホシノは盾の角度を変えながら自分へ向く射線を散らし、それと同時にジョーカーが走るための右側の空間から弾丸を遠ざけていく。
さらに一歩踏み込む。
敵側の意識がホシノへ集まった。
「来る!」
「撃って!」
銃撃が盾を叩き、火花が散る。
そのままホシノは盾を押し出し、装置に近い少女たちが前へ出られない位置まで戦線を押し込む。
反対側ではノノミのミニガンが唸った。
弾幕が左右へ広がろうとする敵の進路を断ち、遮蔽物の陰へ押し戻していく。
「シロコ」
「うん」
小型ドローンが一気に高度を上げた。
「なっ――」
制御器を握っていた少女が反射的にそちらを見る。
ドローンから放たれた短い支援射撃が少女の横の床へ着弾し、火花を散らした。
注意が僅かに逸れる。
「今」
シロコの銃声。
狙ったのは手ではない。
制御器。
弾丸が端末だけを正確に捉えた。
「っ!?」
黒い制御器が少女の手を離れ、床を滑っていく。
四基に灯っていた光が、一度消えた。
「行って!」
先生の声と同時に、ジョーカーが走り出した。
「制御器!」
「拾って!」
「無理、あいつが来る!」
「装置を直接起動して!」
やはり。
それで終わりではない。
一人が最寄りの装置へ駆けようとする。
「行かせないよ~」
その進路へホシノの盾が滑り込んだ。
「わっ!?」
ホシノは少女を撃たない。
盾を斜めに押し出し、装置へ向かう道だけを完全に塞ぐ。
少女が反対へ抜けようとする。
ホシノは盾を支点に身体を回し、そこへショットガンの銃口を置いた。
「そっちはもっと危ないよ~」
「っ……!」
少女の足が止まる。
反対側から二人目が走り出した。
だが、そちらにはノノミの弾幕が走る。
「危ないですよ~!」
「行けない!」
足元と進路を塞がれ、少女たちは近づけない。
ほんの数秒。
先生たちが作り出した時間。
その中央をジョーカーが一気に抜けていく。
一人が慌てて銃を向けた。
引き金へ指が掛かるより早く、ジョーカーは半身になる。
伸ばされた手が銃身へ軽く触れ、そのまま軌道だけを外へ流す。
銃声。
弾丸が横を抜け、床へ火花を散らす。
ジョーカーは少女の横を通り過ぎた。
殴らない。
立ち止まりもしない。
踏み込んだ右足を軸に身体を返し、その回転をそのまま蹴りへ繋げる。
狙ったのは少女ではない。
その背後にある一基目。
踵が外装を正確に捉えた。
内部から火花が弾け、駆動音が途切れる。
「一つ……!」
セリカが目を見開く。
だが、ジョーカーはすでに次を見ていた。
床際に二基目。
少し奥に三基目。
最後の一基はセリカのすぐ横。
敵の一人が別方向から装置へ手を伸ばそうとする。
「右!」
先生の声。
ジョーカーは振り返らない。
その前にドローンが急降下し、少女の足元へ支援射撃を落とした。
「きゃっ!?」
反射的に足が止まる。
その瞬間にシロコの一発が銃を弾いた。
ジョーカーは低く沈み、二基目へ掌底を叩き込む。
狙ったのは外装の中央ではない。
継ぎ目。
装甲板が僅かに浮く。
そこへ指を掛けて一気に引き剥がし、露出した内部機構へ短い拳を入れる。
乾いた破裂音。
二基目が停止した。
「あと二つ!」
敵側にも焦りが広がる。
「直接押して!」
「近づけない!」
「回り込んで!」
一人がホシノの盾を避けようと横へ走る。
ホシノはその動きを見てから、盾を床へ突き立てた。
即席の壁の陰へ身体を収めながら、ショットガンへ素早く弾を装填する。
横へ抜けようとした少女が盾の外へ出た瞬間、ホシノが身を翻した。
銃口が進路へ向く。
「だから、そっちは駄目だって」
「うぅ……!」
少女が再び後退する。
その数秒の間に、ジョーカーは三基目へ到達していた。
機械の正面へ立たず、その脇を滑り抜けるように踏み込む。
身体を起こす勢いを利用した蹴り。
装置が床から浮いた。
反対の脚が空中でそれを蹴り抜く。
壁へ叩きつけられ、三基目が完全に沈黙する。
「最後!」
残る一基。
セリカのすぐ横。
そこだけは一人の少女が自ら塞ぐように立っていた。
「来ないで!」
震える銃口がジョーカーへ向く。
ジョーカーは止まった。
「どいてくれ」
「嫌!」
「それは危険な装置だ!」
「分かってるわよ!」
「だったら――」
「こっちだって仕事なの!」
引き金へ力が入る。
ジョーカーの構えが低くなる。
殴って退かすだけなら簡単だ。
しかし、その必要はない。
先生の視線が一瞬だけ上へ向いた。
シロコもそれを追う。
「ドローン、右」
「うん」
小型ドローンがジョーカーの頭上を越え、少女の右側へ回り込む。
「なっ……」
銃口が一瞬だけドローンへ向いた。
「そのまま!」
先生の声。
次の瞬間、反対方向からシロコの弾丸が飛び込み、少女の銃が手から弾かれる。
「えっ――」
ジョーカーが一歩で距離を詰めた。
伸ばされた腕を外から内へ払い、肩へ手を添える。
「悪い」
「きゃっ!」
軽く押す。
少女の身体だけが装置から離れる。
その横を抜けたジョーカーは、最後の装置へ正面から身体を向けることすらなく、通り過ぎざまに短い拳を叩き込んだ。
火花が弾け、駆動音が消える。
数歩先でジョーカーが止まった時には、四基すべてが完全に沈黙していた。
「…………」
セリカが呆然と周囲を見る。
先生も、ようやく小さく息を吐いた。
制御器は床に転がったまま。
装置へ駆け寄ろうとした少女たちは、ホシノとノノミに阻まれて一基にも触れられていない。
安全を確認したジョーカーが振り返る。
「もう大丈夫だ」
「……あんた」
「拘束、外すぞ」
「ちょっと待って。今の何なの?」
「後にしろ」
「気になるでしょ普通!」
「こんだけ元気なら自分で外せそうだな」
「外せないから言ってんのよ!」
「じゃあじっとしてろ!」
「言い方!」
張り詰めていた空気を破るように、セリカの声が倉庫へ響いた。
* * *
ジョーカーが拘束具へ手をかける。
留め具と固定部を確認し、セリカへ無理な力が掛からない場所から一つずつ壊していく。
腕。
脚。
最後の拘束が外れる。
「よし」
セリカが立ち上がった。
一瞬だけ身体が揺れる。
ジョーカーが手を伸ばす。
「大丈夫か?」
「大丈夫!」
セリカはすぐに自分の足で踏ん張った。
「私の銃!」
「あっち」
取り上げられた銃は少し離れた場所に置かれている。
セリカはすぐに走り寄り、拾い上げると慣れた手つきで構え直した。
「……よくも」
銃口を敵側へ向ける。
「こんな目に遭わせてくれたわね!」
少し離れた場所で、ホシノの口元が僅かに緩む。
「元気そうだねえ」
「見れば分かるでしょ!」
「うん。良かった」
「…………」
「じゃあ、帰ったらお説教ね」
「何でよ!?」
その時。
『先生!』
アヤネの声が通信機へ飛び込んだ。
『奥の大型装置、反応が上がっています!』
「え?」
先生が振り返る。
倉庫奥に置かれていた大型の特殊兵器。
誰も触れていない。
それでも内部には淡い光が灯り、低い駆動音が徐々に高まっていた。
「何で!?」
ヘルメット姿の少女たちも驚いている。
「私たち触ってない!」
「止めて!」
「知らないって!」
先生の表情から笑みが消える。
「……遠隔?」
* * *
監視室。
「……失敗」
幹部の声が低くなる。
モニターには、解放されたセリカ。
アビドス。
そして、黒い仮面の戦士。
機械仕掛けの指が震えた。
「また……貴様か……!」
黒い戦士の介入で、計画が崩れていく。
視界の端には、端末に残された言葉が映っていた。
最後の機会。
「……まだだ」
幹部は操作盤へ手を伸ばす。
「まだ、終わっていない」
指が入力を続ける。
「証拠を残すな」
装置も。
設備も。
「全部……消せ」
* * *
大型兵器の内部で、駆動音が一気に跳ね上がった。
床が僅かに震える。
「みんな、下がって!」
先生が叫ぶ。
「セリカを外へ!」
「先生」
ホシノが大型兵器を見る。
さっきまでとは違う。
今度は、すぐそばに人質はいない。
「行く?」
先生もすぐに理解した。
「お願い」
「了解」
ホシノが前へ出る。
大型兵器の正面へ光が集まり始めた。
低い駆動音が次第に甲高くなり、周囲の空気まで震え始める。
次の瞬間、空気を押し潰すような衝撃波が正面へ放たれた。
「っ……!」
ホシノは盾の下端を床へ押しつけ、全身をその後ろへ収めた。
猛烈な衝撃が盾へ叩きつけられ、足元の砂埃が一気に舞い上がる。靴底が僅かに床を滑ったが、ホシノは身体を崩さない。
真正面から力を受け止めるのではなく、盾の角度を僅かに変えながら衝撃を左右へ逃がしている。
衝撃が弱まった瞬間には、すでに盾の位置を戻していた。
「先生!」
「そのまま!」
先生は大型兵器を見据える。
分厚い正面装甲。
その上部には、内部の光が僅かに漏れている細い継ぎ目があった。
「シロコ、上の光ってるところ!」
「見えてる」
「ドローンを先に!」
「分かった」
小型ドローンが一気に上昇する。
正面ではなく斜め上へ回り込み、外装の継ぎ目へ短い火力支援を集中させた。
連続した着弾。
装甲板が震え、固定部へ細かな亀裂が走る。
「今」
シロコが撃つ。
一発目が亀裂へ食い込み、続く二発目が同じ場所を正確に穿った。
耐えきれなくなった外装の一部が大きく浮き上がる。
その奥から、激しく明滅する内部機構が覗いた。
「ノノミ!」
「はい~!」
ノノミの弾幕が周囲に残っていた少女たちを大型兵器から引き離す。
誰も近づけない。
先生は開いた装甲の隙間を見つめた。
奥で光っている部分。
そこだけが、兵器の駆動に合わせるように激しく脈打っている。
「……そこ」
その直後。
大型兵器の正面へ再び光が集まり始めた。
先ほどよりも速い。
「ホシノ、離れて!」
「了解!」
ホシノが盾を構えたまま射線から跳び退く。
「仮面ライダー!」
ジョーカーが先生を見る。
先生は露出した中枢を指した。
「今!」
ジョーカーが駆け出した。
迷いはない。
床を蹴り、一気に大型兵器との距離を詰めていく。
その疾走を緩めることなく、右手が腰へ伸びた。
『JOKER!』
電子音が倉庫内へ響く。
先生の目が大きくなる。
聞き覚えがあった。
昨日、映像の中で聞いた音。
ジョーカーは走る。
速度を落とさない。
そのままマキシマムドライブを起動する。
『MAXIMUM DRIVE!』
「……!」
先生の口が僅かに開いた。
大型兵器も、迫るジョーカーを正面に捉える。
発生部へ集まる光が急激に強くなった。
空気が震え、床に散らばっていた砂や小さな金属片が押し退けられていく。
「ちょっと、あれ来るわよ!?」
セリカの声が響く。
それでもジョーカーは止まらない。
真正面から大型兵器へ向かって走り続ける。
右脚へ紫色の光が集まり始めた。
そして、十分な距離まで詰めた瞬間。
床を蹴る。
黒い身体が高く宙へ舞い上がった。
同時に。
大型兵器から最大出力の衝撃波が放たれる。
倉庫の空気が歪んだ。
床に残っていた砂埃が一斉に吹き飛び、周囲に散らばっていた金属片まで弾き上げられる。
その真正面へ。
紫の光を纏ったジョーカーが飛び込んだ。
「ライダーキック!!」
激突。
轟音が倉庫全体を震わせる。
一瞬、ジョーカーの姿が衝撃波の中へ呑み込まれた。
「……!」
先生が息を呑む。
だが。
紫の光は消えない。
押し寄せる衝撃波の中心を、一本の光が切り裂いていく。
押し返そうとする力を真正面から突き破り、さらに前へ。
そして――
シロコとドローンが開いた装甲の隙間。
その奥で激しく明滅する中枢へ、ジョーカーの右脚が突き刺さった。
轟音。
衝撃が倉庫を揺らす。
大型兵器の巨体が大きく後ろへ傾いた。
内部を走っていた光が一斉に乱れ、装甲の内側から無数の亀裂が広がっていく。
駆動音が悲鳴のように跳ね上がり――途切れた。
ジョーカーは反動を利用して身体を返し、そのまま床へ着地する。
その背後で、大型兵器が一度大きく揺れた。
内部から火花が噴き出す。
やがて重い金属音を響かせながら、その巨体が完全に沈黙した。
誰も、すぐには声を出さなかった。
立ち込める薄い煙の向こう。
黒い戦士だけが静かに立っている。
『……先生。大型兵器の停止を確認しました』
「…………」
『先生?』
「……生で見ちゃった」
『先生!?』
先生はようやく小さく息を吐いた。
視線はまだ、ジョーカーから離れていない。
昨日は、小さな画面の中で見ただけだった。
けれど今は違う。
自分たちが作り出した僅かな好機を逃さず、最大出力の衝撃波さえ真正面から突き破って、巨大な兵器を一撃で沈黙させた。
先生はそれ以上、何も言わなかった。
ただ静かに、薄い煙の向こうに立つ黒い背中を見つめていた。
* * *
戦闘が終わると、ホシノはすぐにセリカのところへ向かった。
「セリカちゃん」
「……ホシノ先輩」
先ほどまで勢いよく怒鳴っていたセリカの声が、少しだけ小さくなる。
「怪我は?」
「平気」
「本当に?」
「本当よ」
ホシノはセリカの顔、腕、脚へ順番に目を向ける。
服の乱れや傷、立ち方、歩き方。
一つずつ確かめていく。
問題ない。
そう判断してから、ようやく小さく息を吐いた。
「そっか」
その直後。
「帰ったらお説教ね」
「何で!?」
「みんな心配したからねえ」
「私、誘拐されたんだけど!?」
「それはそれ。これはこれ」
「納得いかない!」
ノノミが安心したように笑う。
『セリカちゃん!』
通信からアヤネの声が届いた。
『本当に……良かったです……!』
「アヤネ?」
『はい!』
「……心配かけたわね」
『本当ですよ!』
「ごめん」
珍しく素直な一言だった。
シロコは少し離れた場所で、セリカを見ていた。
その頭上では、役目を終えた小型ドローンがゆっくりと高度を下げ、シロコのそばへ戻ってくる。
「……良かった」
セリカがそちらを見る。
「シロコ」
「何?」
少しだけ間が空いた。
「……ありがと」
「うん」
「……それだけ?」
「セリカが無事なら、それでいい」
「…………」
セリカはしばらくシロコを見つめたあと、僅かに顔を逸らした。
「……ばか」
小さく呟く。
* * *
「ありがとう」
先生がジョーカーへ向き直る。
「助かったよ」
「……俺も、この装置を追ってただけだ」
ジョーカーは壊れた機械へ視線を向ける。
「それでも」
先生は笑った。
「助かったのは本当だから」
「…………」
ジョーカーが少し黙る。
先生はその姿をじっと見ていた。
「……何だ?」
「いや」
「さっきから見すぎだろ」
「本物だなあと思って」
「……は?」
「仮面ライダー」
「……そうだけど」
「そっかあ……」
「何なんだよ、その反応」
シッテムの箱の中から、アロナの呆れた声が聞こえる。
『先生!』
「ちゃんと真面目だよ?」
「誰と喋ってるんだ?」
「あ」
「……?」
「気にしないで」
「気になるだろ!」
少し離れた場所で、ホシノがそのやり取りを見ていた。
「……先生」
「うん?」
「知り合いじゃなかったんだよね?」
「昨日、映像で見ただけ」
「それで、あんな普通に指示したの?」
「聞いてくれたから」
ホシノがジョーカーを見る。
警戒はまだ残っている。
正体も、目的も、何も分からない。
それでも。
セリカは無事だった。
この黒い戦士は、危険な装置だけを狙って実際に壊した。
「……まあ」
ホシノは少しだけ力を抜いた。
「今日は、ありがとね」
ジョーカーがホシノを見る。
「セリカちゃん、助けてくれたから」
「……ああ」
「でも」
細めた目がジョーカーを見据える。
「正体が分からない人を信用したわけじゃないから」
「分かってる」
「ならよし」
シロコはその横で、ジョーカーではなく黒いバイクを見ていた。
「……それ」
「ん?」
「砂の上、速かった」
「まあ」
「普通の足回りじゃない?」
「……そこ見るのか?」
「気になる」
「シロコ」
セリカが呆れた声を出す。
「今そこ?」
「うん」
「うんじゃない!」
先生までバイクへ視線を向ける。
「……確かに格好いいね」
「先生まで!?」
「だってバイクで来たんだよ?」
「知らないわよ!」
張り詰めていた空気が、少しずつほどけていった。
* * *
ジョーカーは長居しなかった。
この騒ぎを聞きつけて、別の組織が来る可能性もある。
黒いバイクへ歩いていく。
「もう行くの?」
先生が尋ねる。
「用は済んだ」
「そっか」
ジョーカーが車体へ跨る。
先生はまたバイクを見る。
「……何だ?」
「いや」
「だから何なんだよ」
「バイクもあるんだなって」
「あるけど」
「そっかあ……」
「その反応やめろ!」
「格好いいなって思っただけだよ」
「…………」
ジョーカーが少し黙る。
「……じゃあな」
「うん」
先生は手を振った。
「またね、仮面ライダー」
エンジンが始動する。
低い駆動音とともに黒い車体がゆっくり動き出し、砂地へ出た瞬間に速度を上げた。
後輪が砂を大きく巻き上げても、車体はほとんど乱れない。
その姿はやがて砂煙の向こうへ小さくなっていった。
先生はしばらくその背中を見ていた。
隣ではシロコも、バイクの姿が見えなくなるまで視線を外さない。
「……やっぱり、あれ気になる?」
「うん」
「だよねえ」
「先生も?」
「うん」
「何の話してるのよ!」
セリカの声が倉庫に響く。
その声を聞いて、ホシノがほんの少し笑った。
先生はその横顔を見た。
初めて会った時、眠たげな声の奥から自分を静かに見定めていた少女。
今もまだ、完全に警戒を解いたわけではない。
けれど、少なくともさっきまでとは少し違っていた。
「先生」
「うん?」
「帰ろっか」
ホシノが盾を持ち直す。
そのすぐ横には、助け出されたセリカ。
シロコ。
ノノミ。
通信の向こうにはアヤネ。
「うん」
先生は笑った。
「帰ろう」
助け出したセリカを真ん中にして、一行はようやく帰路についた。