青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
不破さんが死んだゼロワン以外は正直かなり好きなコンテンツだったので残念ですね。
今後は、クロニクルシリーズで時期を開けて描いていく感じになるんですかね?
まぁ、予算等を絞らずにより良い形で作品化してくれる方が嬉しいので今後に期待ですね。
翌朝。
翔がアビドス高等学校の教室へ入ると、いつもとは少し違う光景が目に入った。
「おはよう」
「あ、翔さん。おはようございます」
端末へ向かっていたアヤネが顔を上げる。
その机の横には、見慣れない頑丈そうなケースがいくつも置かれていた。
何となく中身を察しながら、翔は近づく。
「それ、何だ?」
「今日が返済日なんです」
「返済……」
そこまで聞けば分かった。
「借金か」
「はい。今月分の利息です」
アヤネは端末へ表示された数字と、手元の記録をもう一度見比べる。
「788万3,250円。これで間違いありません」
「……利息だけで?」
思わず聞き返した。
「はい」
アヤネの声が少しだけ沈む。
「毎月、金利に応じて変わりますけど……大体これくらいです」
「改めて聞くと、きついな……」
九億円。
昨日、その数字自体は聞いた。
だが、残っている総額と、毎月実際に持っていかれる金を見るのでは重さが違う。
「ほんっと最悪よ」
窓際からセリカの声が飛んできた。
見ると、明らかに機嫌の悪そうな顔で腕を組んでいる。
「昨日あんな話聞いたばっかりなのに、朝からこれなんだから」
「セリカちゃん……」
ノノミが困ったように笑う。
「分かってるわよ。払わないなんて言ってないでしょ」
「ん」
シロコはケースを見つめたまま短く呟く。
「高い」
「シロコ先輩、そこは今さらでしょ」
「何度見ても高いものは高い」
「それはそうだけど……」
「おはよう」
そこへ先生も教室へ入ってきた。
「みんな早いね」
「先生が遅いだけよ」
セリカが即座に返す。
「えっ」
「何で驚くのよ」
先生は少しだけ不満そうな顔をしてから、机の横に並ぶケースへ気づいた。
「あれ。今日は何かあるの?」
「返済日です」
アヤネが答える。
「カイザーローンへの今月分の利息を払います」
先生の表情が僅かに変わった。
「今日なんだ」
「はい」
「いくら?」
「788万3,250円です」
「……利息?」
「利息です」
「毎月?」
「毎月です」
先生は数秒黙った。
「……それは大変だね」
「でしょ!?」
セリカが勢いよく振り返る。
「土地もあれだけなくなって、それでも借金が九億残ってて、さらに毎月これよ!?」
「セリカ」
アヤネが宥める。
「分かってるけど!」
怒りの向け先がないことくらい、セリカ自身が一番分かっているのだろう。
翔はそんなやり取りを聞きながら、教室の奥へ目を向けた。
ホシノはいつものように机へ頬杖をついている。
「まあまあ」
眠そうな声。
「昔から決まってることだし、今月だけ払わなくていいってわけにもいかないからねえ」
「ホシノ先輩は気楽すぎ!」
「気楽に見えるくらいがちょうどいいんだよ~」
そう言って笑う。
いつも通り。
少なくとも、見た目には。
けれど昨日、柴関でカイザーの名前が出た時。
ほんの一瞬だけ、ホシノの表情が変わったことを翔は覚えていた。
何があったのかまでは分からない。
だから今は、それ以上考えなかった。
やがて、校舎の外から車の音が近づいてくる。
「あ」
アヤネが時計を見る。
「来たみたいです」
* * *
校舎前には、一台の大型車両が停まっていた。
頑丈な車体。
厚い扉。
側面にはカイザーローンの名が入っている。
そこから降りてきた担当者は、アヤネから提出された書類を確認すると、ケースの中身を順番に数えていった。
「今月分、確かにお預かりしました」
「はい」
アヤネが署名を終える。
手続きは淡々としていた。
向こうにとっては、毎月繰り返している仕事に過ぎないのだろう。
ケースが車両へ運び込まれていく。
さっきまで教室にあった大金が、あっという間に自分たちの手元から消えていく。
先生は少し離れた場所から、その様子を静かに見ていた。
「毎月、こうやって?」
「はい」
アヤネが答える。
「現金で?」
「基本的には」
「……なるほど」
先生はそれ以上何も言わなかった。
翔も輸送車を見る。
昨日確認した土地。
その大半を所有していたカイザー系列。
そして今日、そのカイザーの金融部門へまた金が渡る。
それ自体は、借金がある以上当然のことだ。
ただ。
知ってしまった後では、前と同じようには見えない。
「それでは、また来月」
担当者が事務的に頭を下げる。
車両の扉が閉まった。
エンジン音。
砂埃を巻き上げながら、輸送車が校門を出ていく。
セリカはその後ろ姿を険しい顔で見送っていた。
「……毎月毎月、よくそんな顔で『また来月』って言えるわよね」
「仕事だから仕方ないよ~」
ホシノが言う。
「分かってるわよ!」
「ん」
シロコが、遠ざかっていく車両を見る。
「追えばまだ間に合う」
「追わないから!」
セリカが即座に振り返った。
「まだ何もしてない」
「する気だったでしょ!」
「少しだけ」
「駄目!」
先生が吹き出す。
「先生も笑わない!」
「ごめんごめん」
少しだけ空気が緩んだ。
けれど。
ホシノだけは、誰にも気づかれない程度に目を細めたまま、遠ざかる輸送車を見ていた。
昨夜から頭に残っている言葉。
借金を消す。
そう口にした黒服。
そして、今まさに金を運んでいったカイザー。
まだ何も繋がったわけではない。
だからホシノは何も言わなかった。
ただ。
輸送車が見えなくなるまで、その姿を目で追っていた。
* * *
輸送車を見送った後、一行は再び教室へ戻った。
つい先ほどまで現金の入ったケースが並んでいた場所は、もう何もない。
毎月のこととはいえ、あれだけの金額が短い手続きだけで運び出されていったせいか、空いた場所が妙に広く感じられた。
アヤネは自分の席へ戻ると端末を起動し、昨日確認した資料を表示する。
「せっかく先生と翔さんもいますし、昨日分かったことをもう一度整理しておきませんか?」
「そうだね」
先生が近くの椅子を引き寄せる。
「今朝のこともあったし、分かってることと、まだ分からないことを分けておいた方がよさそう」
「はい」
アヤネが画面へ地図を表示する。
「まず土地についてです。昨日確認した通り、柴関ラーメンの土地と建物を含めて、アビドス自治区のかなり広い範囲が現在はカイザー系列の企業に所有されています」
画面上には、所有者ごとに整理された区画が広がっている。
「アビドス高等学校の校舎と、その周辺の一部は今も学校側の所有です。ただ、それ以外には昔の返済で手放した土地がかなりあって……現在の所有者を辿ると、複数のカイザー系列会社に行き着きます」
「それで借金はまだ九億……」
セリカが腕を組んだまま眉を寄せる。
「土地をあれだけ売って、それでもこれなのよね」
「昔は今よりもっと多かったですから……」
アヤネの声も自然と重くなる。
「分かってるけどさ……」
セリカは画面を睨むように見る。
「朝から七百八十万以上持っていかれたの見た後だと、余計に腹立つのよ」
「セリカちゃん……」
ノノミが困ったように笑う。
「払わなきゃいけないのは分かってるわよ。分かってるけど、それと腹が立つかどうかは別でしょ」
「それはそうですね……」
ノノミも否定はしなかった。
翔は地図へ視線を落とす。
昨日見つかった土地の所有情報。
今朝、その場で見た返済。
どちらにもカイザーの名がある。
だが、それだけで何かを決めつけることはできない。
「土地をカイザー系列が持ってて、借金の相手がカイザーローンってだけなら、それ自体はおかしな話じゃないんだよな」
翔が言うと、セリカが振り向いた。
「そうなの?」
「借金を返すために土地を売った。その土地をカイザー系列が買った。今もカイザーローンへ返済してる。そこだけ見れば話は通る」
「……まあ、そう言われればそうだけど」
「怪しい」
シロコが短く言った。
「シロコ先輩?」
「カイザーが多すぎる」
地図へ目を向けたまま続ける。
「偶然だとしても、気になる」
「それは私もそう思うけど……」
「うん。でも、気になることと、何かをやっていると証明できることは別だね」
先生が穏やかに言った。
「今の段階なら、疑う理由はある。でも、まだ答えじゃない」
「ん」
シロコは素直に頷いた。
「まあまあ。気に入らない相手を何でも犯人にできたら楽なんだけどねえ」
少し離れた席で、ホシノが頬杖をついたままのんびりと言う。
「そんな雑なことできるわけないでしょ」
「だよねえ。世の中なかなか上手くいかないもんだね~」
「そういう話じゃない!」
セリカがすぐに返す。
ホシノはいつものように笑っていた。
その視線が一瞬だけ、端末に表示されたカイザーローンの名へ落ちる。
翔はそれに気づいたものの、口には出さなかった。
「それで……」
アヤネが翔を見る。
「翔さんが調べていた疑似メモリ兵器の方はどうでしょう?」
「ああ」
翔は椅子へ深く座り直した。
「そっちは今回の件で、前にはなかった材料が増えた」
「セリカちゃんが攫われた時に使われていた装置ですね?」
ノノミの言葉に頷く。
「そう」
セリカが僅かに顔をしかめた。
あの時の拘束装置を思い出したのだろう。
「前にも話したけど、疑似メモリ兵器についてはアビドスに来る前から風紀委員会と調べてた。ブラックマーケットに流れてる物を何度か押さえたこともある」
「その時からカイザーを疑ってたんだよね?」
先生が尋ねる。
「ああ」
翔はすぐに頷いた。
「疑似メモリ兵器が出回り始めてから、何度かカイザー系列を思わせる痕跡は出てた」
「やっぱり?」
セリカが身を乗り出す。
「でも、そこで終わってたんだ」
「終わってた?」
「カイザーが怪しい。それ自体は前から風紀委員会でも話に出てた。でも、疑ってるだけじゃ何もできない」
翔は端末に表示された資料を見る。
「ブラックマーケットで売ってる店までは分かった。そこに卸してる転売屋も追った。仲介人も何人か見つけた。その先の業者まで辿ったこともある」
「だったら、かなり近くまで行ってたんじゃない?」
セリカが聞く。
「そう思ったんだけどな」
翔は小さく肩をすくめる。
「一つ遡るたびに別の会社が出てくるんだ。そこを追えば、さらに別の業者に繋がる。名義も取引先も細かく分かれてて、書類上は疑似メモリ兵器と関係ない物を扱ってる会社になってたりもした」
「ダミー会社……でしょうか?」
アヤネが尋ねる。
「その可能性は考えた。でも、それを証明できなかった」
カイザー系列らしき影。
不自然な取引。
何重にも挟まれた仲介業者。
どれも疑うには十分だった。
だが、最後の一本がなかった。
「最終的に連絡先が消えてたり、仲介してた奴自身がその先を知らなかったりして、そこで流れが切れる」
「カイザーまで直接繋げられなかったんですね」
「ああ」
だから調査は止まった。
疑ってはいる。
しかし、カイザーが疑似メモリ兵器を製造している、あるいは流通させていると断定できる証拠はない。
風紀委員会が組織として動く以上、そこは曖昧なままにはできなかった。
「それが、今回は違う?」
先生が聞く。
「手元にある材料が増えた」
翔は答えた。
「まず、セリカを攫った連中が使ってた装置」
「あれね」
セリカの声が少し低くなる。
「あいつら、自分たちで買ったわけじゃなかっただろ?」
「ええ。依頼主から貸されたって言ってた」
「そこが一つ」
翔は続ける。
「俺が今までブラックマーケットで見てきた疑似メモリ兵器は、結構バラつきがあった。後から改造された物もあったし、整備状態もまちまちだった」
対して、旧物流施設にあった装置は違った。
「セリカを拘束した装置は、何台かを連動させることを最初から考えて作られてた。施設に置かれてた大型の方も同じだ。市場に出てた物より新しかったし、造りも揃ってた」
「それを依頼主がまとめて用意していた……」
アヤネが呟く。
「ああ。少なくとも、あいつらがブラックマーケットで適当に買い集めた物には見えない」
先生が腕を組む。
「市場に流れている物とは別の経路で渡された可能性がある」
「俺はそう見てる」
「でも、その依頼主がカイザーだって証拠はまだないのよね?」
セリカが確認する。
「ない」
翔ははっきり答えた。
「そこはまだ繋がってない」
「……やっぱりそう簡単にはいかないのね」
「だから調べる」
翔はアヤネの端末を指した。
「前の調査でカイザーを疑う材料はあった。でも、そこから先へ進めなかった。今回はそこに、アビドスで見つかった情報を重ねられる」
アヤネが画面へ視線を戻す。
「土地と、カイザーローン……」
「それに、新型の疑似メモリ兵器」
以前は、ブラックマーケットの流通だけを下から追っていた。
今は違う。
アビドス側から見えてきたカイザーの動きがある。
「前に出てきた業者や仲介人を、今ある情報と照らし直したい。あの時は意味が分からなかった会社名や取引先でも、今なら別の見え方をするかもしれない」
「前の調査を最初からやり直すわけじゃないんですね」
アヤネが言う。
「そう。止まったところを、新しい材料でもう一回見る」
先生が頷いた。
「前は点だけだったものを、今回見つかった点と繋げられるか確かめるんだ」
「そんな感じ」
翔はさらに続ける。
「あと、セリカに使われた新型と同じ部品や規格の物が、最近ブラックマーケットに流れてないかも調べたい」
「もし見つかれば……」
アヤネが考える。
「誘拐で使われた装置と、以前から出回っていた疑似メモリ兵器の間に繋がりがあるかもしれません」
「ああ。そこからもう一度上を辿れる」
教室に短い沈黙が落ちる。
「じゃあ、行き先は決まりだね」
先生が言った。
「ブラックマーケット」
翔が答える。
「ブラックマーケット……そこまで行くの?」
セリカが少し嫌そうな顔をした。
「ん。問題ない」
シロコは平然としている。
「シロコ先輩、ちょっと楽しみにしてない?」
「してない」
「ほんとに?」
「少しだけ」
「してるじゃない!」
「まあまあ。シロコちゃんだしねえ」
ホシノがのんびり口を挟む。
「それで済ませていいんですか、ホシノ先輩!」
「細かいこと気にしてると疲れるよ~」
「細かくない!」
「ふふっ」
ノノミが楽しそうに笑う。
「じゃあ、私も一緒に行くよ」
先生がそう言うと、アヤネが目を瞬いた。
「先生もですか?」
「うん。借金も土地も、まだ分からないことが多いからね。ブラックマーケットに何か手掛かりがあるなら、私も見ておきたい」
「それはそうですけど……」
アヤネは少し心配そうに先生を見る。
「かなり治安の悪い場所だと聞いています」
「そこは気をつけるよ。それに、翔も何度か行ってるんでしょう?」
「ああ。俺が知ってる範囲なら案内できる」
「じゃあ、頼りにさせてもらおうかな」
「ただし、俺が知ってるのは武器関係の区画が中心だからな。ブラックマーケット全部を知ってるわけじゃないぞ」
「うん。それで十分」
先生は頷いた。
「今は同じ場所に調べたいことがある。それなら、まずは一緒に行って、必要になったら向こうで分かれればいいよ」
「……分かりました」
アヤネも納得したように頷き、端末へ手を伸ばす。
「では、昨日確認した土地の所有情報と、カイザーローン関係の記録を持っていけるようにまとめておきます」
「助かる」
翔も立ち上がった。
以前、そこで流れは途切れた。
カイザーを疑っていても、証拠がなかった。
同じ場所へ戻ったからといって、今度は必ず先へ進めるとは限らない。
だが、あの時とは手札が違う。
アビドスの土地。
カイザーローン。
セリカ誘拐。
そして、市場を経由せず誰かの手から直接渡された可能性が高い新型の疑似メモリ兵器。
まだ一本の線にはなっていない。
だからこそ、その線が本当に存在するのかを確かめる。
「じゃあ、もう一回当たってみるか」
翔の言葉に、先生が頷いた。
何が見つかるかは分からない。それでも、止まっていた調査をもう一度動かすには十分だった。
* * *
ブラックマーケットへ足を踏み入れて間もなく、セリカは露骨に顔をしかめた。
「……何よ、ここ」
通りの両側には雑多な店が隙間なく並び、店先には銃器や弾薬、見慣れない機械部品まで当然のように積まれている。
表通りだけを見れば活気のある商業区にも思えるが、行き交う者たちの中には武装した生徒も珍しくなく、路地へ目を向ければ何を扱っているのか分からない店まで平然と営業していた。
商品の値段を巡って言い争う声。
金属部品を組み上げる音。
どこか遠くから響く銃声。
誰一人として、それを気にする様子はない。
「かなり治安が悪いとは聞いていましたけど……」
アヤネが周囲を見回しながら呟く。
「想像していた以上ですね」
「こういう場所が普通にあるんだね……」
先生も辺りを見渡す。
「普通って言っていいのか分からないけど」
「普通じゃないわよ!」
セリカが即座に返した。
「何でみんなこんな平然としてるの!?」
「ん。活気がある」
シロコが答える。
「そういう問題じゃないでしょ、シロコ先輩!」
そんな二人の少し後ろでは、ノノミも珍しそうに周囲へ視線を巡らせていた。
「色々なお店がありますね~」
「ノノミ先輩まで!」
「見るだけですよ?」
「シロコ先輩もさっき似たようなこと言ってた!」
「私はまだ何も買うとは言ってない」
「『まだ』!?」
「まあまあ、セリカちゃん」
ホシノが眠そうな声で宥める。
「来たばっかりでそんなに疲れてたら、帰る頃にはへとへとだよ~」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
早くも騒がしくなり始めた一行を横目に、翔は周囲を確認する。
以前来た時と、大きくは変わっていない。
とはいえ、店の看板が変わっている場所もあれば、以前はなかった露店が路地を塞ぐように並んでいる場所もある。
流れが早い。
それも、この場所の特徴だった。
「一応言っとくけど、俺もここ全部を知ってるわけじゃないからな」
翔が声をかける。
「前に調べたのは、ほとんど武器関係だ」
「そっちは分かるんだよね?」
先生に聞かれ、翔は頷く。
「ある程度は。こっち」
一行を連れて、人通りの多い通りから一本横へ入る。
少し進むと、並ぶ店の性質が変わった。
銃器。
交換用の部品。
防弾装備。
車両用らしい大型パーツ。
中には用途の分からない電子機器まである。
「この辺から先が、前に調べてた区域」
翔が足を緩める。
「疑似メモリ兵器が最初に見つかった店も、この近くだった」
「ここで売られてたの?」
セリカが聞く。
「ああ。ただ、その店が作ってたわけじゃない」
翔は少し先の一角を指した。
雑然と武器が並ぶ小さな店だ。
「あそこも前に当たった。仕入れた物をそのまま上乗せして売ってただけの転売屋だった」
「じゃあ、そこから仕入れ先を聞いたんですね」
「そう」
アヤネへ頷く。
「そこから卸した奴を追って、さらに仲介人を追って……ってやってた」
「それで昨日話してた、何重にも別の業者が出てきたってところに繋がるのね」
セリカが言う。
「そんな感じ」
一行はそのまま通りを進んだ。
途中、翔が別の路地へ視線を向ける。
「前はあそこにも仲介してた奴がいたんだけど……」
示した先には、全く別の商品を並べた露店が出ていた。
「もういないみたいだな」
「お店が変わったんですか?」
「たぶん。ここじゃ珍しくない」
アヤネが少し困った顔になる。
「それだと、以前の情報を追い直すのも大変ですね」
「だから全部最初から追う気はないよ」
翔は歩きながら答える。
「前に調べて、ただの転売だったところは後回しでいい。今見るなら、上の仲介に近かった奴か、新しい物を扱ってる店からだな」
「なるほど」
先生が頷く。
「知ってる場所を全部回るんじゃなくて、今ある情報で見る場所を絞るんだ」
「時間も限られてるしな」
そう話しながら歩いていると、シロコがふと足を緩めた。
「……」
「シロコ先輩?」
セリカが振り返る。
シロコの視線の先には、店頭へずらりと並べられた銃器があった。
「何見てるの?」
「見てるだけ」
「本当に?」
「ん」
数秒。
「……」
「何で黙るのよ!?」
「セリカちゃん、声が大きいよ~」
「だって!」
「今日は買い物に来たわけじゃありませんからね?」
アヤネも念を押す。
「分かってる」
シロコは名残惜しそうな様子も見せず、何事もなかったように歩き始めた。
「絶対ちょっと気になってたでしょ……」
セリカが疑いの目を向けながら後を追う。
翔は苦笑しつつ、再び前を見る。
何軒か、以前調べた店を外から確認していく。
営業を続けているところ。
別の店へ変わったところ。
看板そのものがなくなっているところ。
ブラックマーケットは以前と同じように見えて、その中身は少しずつ変わっていた。
やがて翔は一軒の武器商の前で足を止めた。
他の店と比べて特別大きいわけではない。店頭に並んでいる商品も、ぱっと見ただけなら周囲と大差はない。
「ここ?」
先生が尋ねる。
「ああ」
翔は店内へ視線を向けた。
「前の調査で何度か話を聞いた店だ。疑似メモリ兵器そのものを作ってたわけじゃないけど、流れてくる商品の種類には結構詳しい」
「じゃあ、新型について何か知ってるかもしれないんですね」
アヤネが言う。
「知ってればいいんだけどな」
翔が店へ入る。
先生たちもその後に続いた。
カウンターの奥で商品の整理をしていた店主が、物音に気づいて顔を上げる。
そして翔の姿を認めた途端、僅かに眉を寄せた。
「……あんたか」
「久しぶり」
「こっちは、できればもう来てほしくなかったんだがね」
「悪いな」
翔は苦笑した。
「また少し、聞きたいことがある」
店主は露骨に面倒そうな顔をした。
「……あんたの『少し』は信用してないんだがね」
「そんなに面倒かけたか?」
「自覚がないなら余計にたちが悪い」
「悪かったって」
翔が苦笑すると、店主はその後ろへ目を向けた。
先生をはじめ、ホシノ、シロコ、セリカ、ノノミ、アヤネ。狭い店内へこれだけの人数が入れば、目立たないはずがない。
「今日はまた随分と大所帯だな」
「まあ、ちょっと事情があって」
「なんだい。前に来た時とは随分違うじゃないか」
「今回は俺だけの調査じゃないんだ」
「なるほどね」
店主は先生たちを一度見回したものの、それ以上は聞かなかった。
以前ここへ来た時も、翔が話したのは疑似メモリ兵器の流れを調べているということくらいだった。
誰に頼まれたのか。
何のために調べているのか。
そこまでは明かしていない。
それでも、この店主は何となく察していたのだろう。
商品を見れば、普通の銃器と疑似メモリ兵器をすぐに見分ける。仕入れ先や仲介人について聞く時も、ただ興味本位で嗅ぎ回っている人間とは調べ方が違う。
一度や二度ならともかく、何度もブラックマーケットまで足を運んで同じ流れを追い続けている。
少なくとも、ただの物好きではない。
店主もそれ以上を知ろうとはしなかったし、翔も話さなかった。
互いに必要以上のことを聞かない。
必要以上に他人の事情に踏み入らない。それがこの街で長くやっていく秘訣なのだろう。
「それで?」
店主がカウンターへ肘をつく。
「今度は何を探してる」
「前に追ってたのと同じ系統だ。ただ、少し新しい」
翔は端末を取り出した。
画面に表示したのは、旧物流施設で確認した装置についてまとめた記録だった。
現場で細部まで調べる余裕はなかったが、確認できた範囲の形状や構造、複数台を連動させて使用していたことなどは残してある。
「こういうタイプ、最近見なかったか?」
店主は差し出された端末を受け取り、画面へ目を落とした。
何枚か記録を送ってから、眉を寄せる。
「……拘束用か?」
「少なくとも、こっちはそう使われてた。何台かで対象を囲んで、一斉に動かす」
「こっちのでかい方は?」
「同じ場所にあった。仕組みそのものは別かもしれないけど、使われてる技術は近いと思う」
「ふうん……」
店主はしばらく黙って記録を眺めていた。
アヤネたちも余計な口を挟まず、その様子を見守っている。
やがて店主は端末を翔へ返した。
「悪いが、こいつそのものは知らんな」
「最近入ってきた形跡もない?」
「少なくともうちにはない」
「似た部品でもいいんだ。制御系とか、前に出回ってた物より加工の揃った部品とか」
「それも心当たりはないね」
「そっか」
簡単にはいかない。
それは最初から分かっていた。
市場に流れていない装備なら、ここの店主が知らないこと自体は不自然ではない。
「ただ――」
店主がふと口を開いた。
翔が顔を上げる。
「何かある?」
「物じゃないがね」
店主は腕を組み、記憶を探るように少し視線を上げた。
「あんた、前にしつこく追ってた仲介屋がいただろ」
その一言で、翔の意識が切り替わる。
「……どの辺で切れた時の?」
「最後の方だよ。何軒かの仕入れをまとめてた奴」
覚えている。
以前、疑似メモリ兵器の流通経路を追っていた時、何度も名前が出てきた仲介人だ。
複数の転売屋へ商品を回し、その先にも別の仕入れ元があるらしいところまでは掴めていた。
だが、本人から話を聞けたのは一度だけ。
次に所在を追った時には、使っていた拠点は空になっていた。連絡先も繋がらず、それ以降どこにいるのか分からなくなった。
そこで、流れの一つが完全に途切れた。
「そいつがどうした?」
「今日見たぞ」
翔の目が僅かに見開かれる。
「……ここで?」
「ああ」
「いつ?」
「そんなに前じゃない。三十分……いや、もう少し経ったか」
「どっちに行った?」
店主は店の外を顎で示した。
「この通りを奥へ。そこから先は知らんよ」
「一人か?」
「見た時はね」
「何か持ってたか?」
「特に。うちじゃ買い物もしてない。ただ、何軒か店を見て回ってるようには見えた」
「武器屋を?」
「少なくとも、この辺じゃそうだったな」
翔は頭の中で地図を思い浮かべる。
三十分以上。
人の流れが多いブラックマーケットでは決して短い時間ではない。
すでに別の区画へ移動している可能性もある。
それでも、以前は探しても見つからなかった相手が今日ここにいた。
偶然戻ってきただけかもしれない。
疑似メモリ兵器とは無関係の仕事かもしれない。
だが、確かめる価値は十分にある。
「翔?」
先生の声に振り返る。
「前に言ってた仲介人?」
「ああ」
翔は端末に以前の記録を表示した。
「この辺りの何人かが、同じこいつを通して商品を仕入れてた。転売屋よりは一つ上にいた相手だと思う」
「その人から先が追えなかったんですね」
アヤネが尋ねる。
「そう。一度話を聞いた後に消えた」
「それが今日ここにいる……」
「まだ近くにいるかもしれない」
先生の表情から、先ほどまでの軽さが消える。
「追う?」
「追いたい」
翔は迷わなかった。
「今逃したら、次にいつ見つけられるか分からない」
「じゃあ、私たちも――」
「いや」
アヤネが言いかけたところで、翔は首を横に振った。
「ここからは俺一人で行く」
「一人で?」
セリカが眉を寄せる。
「ああ。向こうは俺の顔を知ってる」
「だったら余計に一人は危ないんじゃない?」
「大人数で追いかける方が目立つよ」
翔は後ろを見た。
先生に、アビドスの生徒が五人。
全員が武装している。
これだけの人数で一人の仲介人を追えば、やましいことがなくても身構えるだろう。
「まず見つけて話を聞く。それだけだ」
「話を聞くだけ、ねえ」
ホシノが眠たげな目を細める。
「変なところまで追いかけていったりしない?」
「しないって」
「ほんとに?」
「ホシノまで疑うのか」
「おじさん、心配性だからね~」
いつも通りの軽い声音だった。
ただ、その目は翔の返事を確かめるように向けられている。
「無茶はしない。見失ったらそこで切り上げるよ」
「ならいいけどねえ」
先生も翔を見る。
「端末は?」
「持ってる」
「連絡は取れる?」
「前に番号も聞いたし、問題ない」
「何かあったらすぐ連絡して」
「分かった」
「危ないと思ったら戻ってくること」
「……先生まで心配しすぎじゃないか?」
「ここ、危ない場所なんでしょう?」
「それはそうだけど」
さっきまでアヤネに心配されていた本人に言われると、少し複雑だった。
先生はそんな翔の顔を見て、僅かに笑う。
「自分のことと、生徒や翔のことは別だから」
「俺も生徒扱いなのか?」
「少なくとも、危ないところに一人で行かせて何も言わないほど他人ではないかな」
「……そっか」
「だから気をつけて」
「ああ」
アヤネも頷く。
「翔さん、本当に無理はしないでくださいね」
「分かってる」
「ん」
シロコが短く声を挟んだ。
「見つけても、無理に捕まえなくていい」
「別に捕まえに行くわけじゃないからな」
「それならいい」
翔は改めて店の外へ目を向ける。
「先生たちはどうする?」
「私たちは私たちで、もう少し調べてみる」
先生が答えた。
「翔は疑似メモリ兵器。私たちは借金とカイザー。もともと知りたいことは少し違うからね」
「でも、この辺り以外は翔さんも詳しくないって……」
アヤネが不安そうに周囲を見る。
「無理に奥までは行かないよ」
先生はそう言ってから、店の外へ視線を向ける。
「まずはこの周辺でもう少し話を聞いてみよう。何もなければ、その時また考える」
「……分かりました」
翔もそれなら異論はない。
先生たちが初めての場所で無闇に奥へ入り込むよりはいい。
「助かった」
翔が店主へ向き直る。
「礼ならいいから、今度こそうちの店を面倒事に巻き込むなよ」
「……努力する」
「言い切れないのかい」
店主の呆れた声を背に、翔は店を出た。
通りへ戻れば、人の流れは先ほどと変わらない。
武器を並べた露店。
荷物を運ぶ生徒。
路地へ入っていく商人。
それぞれが好き勝手に行き交い、一人の人物を探すには厄介な場所だった。
三十分以上前なら、もう近くにはいないかもしれない。
それでも――以前は何日探しても手掛かりすら得られなかった相手だ。
少なくとも、今日はここにいた。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。気をつけて」
先生の言葉に片手を上げ、翔は人混みの中へ入っていく。
行き先は、店主が示した通りの奥。
まずは見つける。
話はそれからだ。
その背中はやがて、ブラックマーケットの雑踏へ紛れて見えなくなった。
「……行っちゃいましたね」
アヤネが小さく呟く。
「ん」
シロコは翔が消えた方をもう一度だけ見てから、先生へ視線を戻す。
先生も同じ方向を一度見やり、それから五人へ向き直った。
「それじゃあ、私たちも行こうか」
その言葉を合図に、一行も再び歩き出す。
翔とは別の手掛かりを求めて、ブラックマーケットの雑踏の中へ。