青の記録 ―二つの記憶が交わる時―   作:きままに投稿

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第46話 闇銀行

 

 

 翔と別れてから、先生たちは来た道を少し戻りながら周囲の店を見て回っていた。

 

 とはいえ、疑似メモリ兵器の流通を追っていた翔と違い、こちらにはブラックマーケットで直接当たれる相手がいるわけではない。

 

 アヤネは端末に入れてきた資料と周囲の看板を見比べているが、今のところカイザーへ繋がりそうなものは見つかっていなかった。

 

「やっぱり、いきなり来て何か見つけようっていうのは難しいですね……」

 

「まあ、そうだよね」

 

 先生も周囲を見ながら頷く。

 

「カイザーって名前を出して、素直に何でも教えてくれる場所には見えないし」

 

「むしろ変に聞き回ったら警戒されそうよ」

 

 セリカが小声で言った。

 

 先ほどまでの武器流通区域から少し離れたとはいえ、周囲の雰囲気が良くなったわけではない。道端で取引をする者、物陰で何かを受け渡す者、明らかにこちらを値踏みするような視線を向けてくる者までいる。

 

「ん。視線が多い」

 

 シロコが言った。

 

「やっぱり?」

 

「でも、今のところ近づいてはこない」

 

「できればそのままでいてほしいわね……」

 

 セリカがため息をつく。

 

「みんなでいるからかもしれませんね~」

 

 ノノミが微笑む。

 

「これだけ人数がいたら、向こうも簡単には声をかけてこないでしょうし」

 

「それなら大人数で来た意味もあったかな~」

 

 ホシノは気の抜けた調子で歩いている。

 

「おじさんとしては、何事もなく帰れればそれが一番なんだけどねえ」

 

「それはそうですけど……何も分からないまま帰るのも困りますよ」

 

 アヤネが苦笑する。

 

 その時だった。

 

 少し先の路地から、慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

「――っ!」

 

 シロコが真っ先に反応し、足を止める。

 

 数秒もしないうちに、一人の少女が路地から飛び出してきた。

 

 明るい髪。

 

 アビドスとは違う制服。

 

 胸元には、トリニティ総合学園の生徒であることを示す意匠が見える。

 

 少女は後ろを気にしながら走っていたため、先生たちに気づくのが遅れた。

 

「わっ――!」

 

 危うくぶつかりそうになり、慌てて足を止める。

 

「す、すみません!」

 

「大丈夫?」

 

 先生が声をかける。

 

「は、はい! 私は――」

 

「待てぇっ!」

 

 返事の途中で、少女がびくりと肩を震わせた。

 

 彼女が飛び出してきた路地から、今度は数人の不良生徒が現れる。

 

「あっ……」

 

 少女の顔が引きつった。

 

 その反応だけで、おおよその事情は察せられた。

 

「追われてる?」

 

 シロコが尋ねる。

 

「え、えっと……その……」

 

「そいつをこっちに渡しな!」

 

 少女が答えるより先に、不良の一人が叫んだ。

 

 先生たちの視線が一斉にそちらへ向く。

 

「トリニティの生徒なんて、こんなところじゃ滅多に見ないんだ。ちょっと話をしたいだけだよ」

 

「どう見ても『ちょっと話をしたい』って雰囲気じゃないんだけど」

 

 セリカが眉をひそめる。

 

「そ、その……さっきから話はしてるんですけど、全然帰してくれなくて……」

 

 トリニティの少女が困り切った声で付け加えた。

 

「なるほどねえ」

 

 ホシノの目が僅かに細くなる。

 

「それはちょっと、感心しないかな~」

 

「何だよ。あんたらには関係ないだろ?」

 

「関係ある」

 

 シロコが即答した。

 

 いつの間にか少女の前へ一歩出ている。

 

「この子、嫌がってる」

 

「んだと?」

 

 不良たちが武器へ手を伸ばす。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 少女が慌てた。

 

「皆さんまで巻き込むつもりは――」

 

「もう巻き込まれてるみたい」

 

 先生が苦笑しながら、不良たちの動きを見る。

 

 数は多くない。

 

 周囲にも仲間が潜んでいる気配はない。

 

「アヤネ」

 

「はい。周囲に増援らしい反応はありません」

 

 端末を確認していたアヤネがすぐに答える。

 

「シロコ、正面。ホシノは前をお願い。ノノミは右側を見てて。セリカは左。追い払うだけでいいよ」

 

「ん」

 

「りょーかい」

 

「はい♪」

 

「分かったわ!」

 

 返事が重なった。

 

「え?」

 

 少女だけが状況についていけず、目を瞬いている。

 

 次の瞬間、不良の一人が銃を構えた。

 

「だったらまとめて――」

 

 最後まで言わせなかった。

 

 乾いた銃声が一つ響き、不良の手にしていた銃が大きく弾かれる。

 

「なっ!?」

 

 撃ったシロコは、すでに次の相手へ銃口を向けていた。

 

 同時にホシノが前へ出る。

 

「はいはい。危ないから下がろうね~」

 

 気の抜けた声とは裏腹に、盾を前へ出して射線を塞ぐ。続けざまに飛んできた弾丸を受け流しながら距離を詰めると、不良たちは明らかに怯んだ。

 

「な、何だこいつら!?」

 

「今さら気づいたの!?」

 

 セリカの銃撃が足元を叩き、逃げ道を限定する。

 

 反対側から回ろうとした一人にはノノミが銃口を向けた。

 

「そちらは駄目ですよ~」

 

「ひっ……!」

 

 笑顔のまま言われたせいか、かえって迫力があった。

 

「もう充分かな」

 

 先生が言う。

 

「逃げるなら追わないよ」

 

「くそっ……!」

 

 勝ち目がないと悟ったらしい。

 

 一人が後退すると、残りもそれに続いた。

 

「覚えてろよ!」

 

「もう来ない方がいい」

 

 シロコが淡々と返す。

 

 それが決定打になったのか、不良たちは一斉に路地の奥へ逃げていった。

 

「……」

 

 静かになった通りで、トリニティの少女だけが呆然としていた。

 

「大丈夫?」

 

 先生がもう一度声をかける。

 

「あ……」

 

 ようやく我に返った少女は、慌てて姿勢を正した。

 

「は、はい! 大丈夫です!」

 

 そして深々と頭を下げる。

 

「助けていただいて、本当にありがとうございます!」

 

「怪我は?」

 

「ありません。少し走ったくらいで……」

 

「よかった」

 

 先生が笑う。

 

「それにしても、トリニティの生徒がどうしてこんなところに?」

 

 アヤネが不思議そうに尋ねた。

 

「え?」

 

 少女の身体が一瞬固まった。

 

 その反応にセリカが眉を寄せる。

 

「……何か言いにくい理由なの?」

 

「い、いえ! 決して怪しいことではないんです!」

 

 ぶんぶんと首を横に振る。

 

「ただ、その……」

 

 少女は視線を泳がせた。

 

 先ほど不良に追いかけられていた時より、なぜか今の方が困っているようにも見える。

 

「実は……どうしても欲しいものがありまして」

 

「欲しいもの?」

 

 ノノミが首を傾げる。

 

「はい」

 

 少女は少しだけ頬を赤くした。

 

「ここでしか手に入らないかもしれない、限定品を探していたんです」

 

「限定品?」

 

 先生が反応する。

 

「何の?」

 

「あ……えっと……」

 

 少し躊躇ってから、少女は意を決したように口を開いた。

 

「ペロロ様です」

 

 沈黙。

 

「……ペロロ?」

 

 セリカが聞き返す。

 

「はい!」

 

 先ほどまでのおどおどした様子が嘘のように、少女の表情が明るくなった。

 

「もう販売終了になってしまった限定のペロログッズがありまして! 生産数もすごく少なくて、普通のお店ではもう全然見つからないんです。ですから、もしかしたらブラックマーケットならって――」

 

 そこまで一気に話したところで、少女ははっとした。

 

「……す、すみません。つい」

 

「ううん」

 

 ノノミが楽しそうに微笑んでいる。

 

「好きなんですね、そのペロロっていう子」

 

「はい!」

 

 今度は迷わなかった。

 

「とっても!」

 

「へえ……」

 

 先生も少し興味を引かれたように頷く。

 

 一方、セリカは何とも言えない表情で周囲を見た。

 

「限定グッズのために、一人でこんなところまで来たの……?」

 

「うっ……」

 

「セリカちゃん」

 

 アヤネが小声で窘める。

 

「だって……」

 

「じ、自分でも少し危ないかなとは思ったんですけど……どうしても諦めきれなくて……」

 

 少女が小さくなる。

 

「気持ちは分かる」

 

 シロコが言った。

 

「シロコ先輩!?」

 

「欲しいものなら仕方ない」

 

「そこで肯定しないで!」

 

 またセリカの声が響く。

 

「まあまあ」

 

 ホシノが笑った。

 

「無事だったんだから、今回はそれでいいんじゃない?」

 

「そうだけど……!」

 

 先生も小さく笑ってから、少女を見る。

 

「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね」

 

「あっ!」

 

 少女は慌てて姿勢を整えた。

 

「すみません、助けていただいたのにご挨拶もせず……」

 

 制服の裾を整え、改めて頭を下げる。

 

「トリニティ総合学園二年生、阿慈谷ヒフミです」

 

「ヒフミさんですね」

 

 アヤネも名乗り返し、それに続いて対策委員会の面々が簡単に自己紹介していく。

 

 最後に先生が自分の番を終えると、ヒフミが目を丸くした。

 

「えっ……先生?」

 

「うん」

 

「シャーレの……?」

 

「たぶん、その先生」

 

「わあ……」

 

 思わぬところで有名人に出会ったとでもいうように、ヒフミはまじまじと先生を見る。

 

 先生は少し居心地が悪そうに笑った。

 

「そんなに見られると恥ずかしいな」

 

「あっ、す、すみません!」

 

 ヒフミが慌てて視線を逸らす。

 

 先ほどまで物騒な追いかけっこが起きていたとは思えないほど、場の空気が緩んでいた。

 

 少なくとも、ヒフミが無事だったことだけは間違いない。

 

 そして先生たちはまだ知らなかった。

 

 限定グッズ一つを求めてここまで来たこの少女が、今の自分たちにとって思いのほか頼れる存在になることを。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ひと通り自己紹介を終えると、ヒフミは改めて対策委員会の面々を見回した。

 

「ところで……皆さんは、どうしてブラックマーケットに?」

 

「ああ、それはねえ」

 

 ホシノがのんびりと口を開く。

 

「おじさんたちも、ちょっと探し物があってね~」

 

「探し物、ですか?」

 

「ヒフミちゃんみたいに限定グッズを探してるわけじゃないけどねえ」

 

「あ、あはは……そうですよね」

 

 ヒフミが少し恥ずかしそうに笑う。

 

 先生はそんな二人のやり取りを見てから口を開いた。

 

「私たちは、カイザーっていう企業について少し調べてるんだ」

 

「カイザー……?」

 

「知ってる?」

 

「名前くらいなら……。色々系列の会社もある大きな企業ですよね?」

 

「うん」

 

 アヤネが端末を取り出す。

 

「私たちの学校はカイザーローンから借金をしていて、それとは別に、アビドスの土地もかなり広い範囲がカイザー系列の所有になっていることが分かったんです」

 

「そうだったんですか……」

 

 ヒフミの表情が少し真面目になる。

 

「それで、ブラックマーケットに何か手掛かりがないか調べに来たの」

 

 セリカが続ける。

 

「でも、さっきまで一緒にいた翔が別の手掛かりを追って行っちゃったから……」

 

「翔さんが知ってるのは、主に武器関係のところでしたからね」

 

 アヤネが言う。

 

「私たちは金融関係や、企業の取引について調べたいんですが……どこから見ればいいのか」

 

「それでしたら、金融関係のお店が集まっているところは、この先ですね」

 

「……え?」

 

 アヤネが顔を上げた。

 

 ヒフミもきょとんとする。

 

「えっと……この通りをまっすぐ行くと大きな交差点があるので、そこを右に曲がって、しばらく進むと金融系のお店が増えてきます。ローン会社とか、両替所とか……あとは、その……あまり表では見かけないようなところも」

 

「……」

 

 全員の視線がヒフミへ集まる。

 

「?」

 

 数秒遅れて、ヒフミがその視線に気づいた。

 

「あ、あれ?」

 

「ヒフミさん」

 

 アヤネが尋ねる。

 

「もしかして、この辺りに詳しいんですか?」

 

「えっ!?」

 

 ヒフミが慌てて両手を振った。

 

「い、いえいえ! 詳しいというほどでは!」

 

「でも今、道を全部説明したよね」

 

 先生が言う。

 

「そ、それは……」

 

「金融区域の場所まで知ってた」

 

 シロコも加わる。

 

「あう……」

 

 ヒフミが少しずつ小さくなる。

 

「何度か来たことがあるだけなんです。本当に!」

 

「何度か?」

 

 セリカが聞き返す。

 

「は、はい……」

 

 ヒフミは視線を逸らした。

 

「ペロロ様のグッズって、普通のお店ではもう手に入らないものも多くて……」

 

「ああ……」

 

 セリカの表情が何とも言えないものになる。

 

「その度にここまで?」

 

「あ、毎回というわけではありませんよ!?」

 

 ヒフミが慌てて否定する。

 

「ただ、インターネットで見つからなかったものが、こういうところの中古店や個人の露店に出ていることがありまして……」

 

「それで探し回ってたら、道を覚えた?」

 

 先生が聞く。

 

「あ、あはは……結果的には……」

 

 否定しなかった。

 

「すごいですね~」

 

 ノノミが感心したように微笑む。

 

「好きなもののためなら、こんな場所まで探しに来るなんて」

 

「そ、そんな大したことでは……!」

 

「十分大したことだと思うけど」

 

 セリカが呆れたように言う。

 

「さっき不良に追いかけられてたし」

 

「それは……返す言葉もありません……」

 

 ヒフミがしゅんと肩を落とす。

 

「でも、助かった」

 

 シロコが言った。

 

「私たちは道が分からない」

 

「それはそうだけど……」

 

 セリカも否定できない。

 

 先生は少し考えてから、ヒフミを見る。

 

「ヒフミ」

 

「はい?」

 

「もし急いでなければ、少しだけ案内をお願いしてもいい?」

 

「私が、ですか?」

 

「うん。もちろん、無理にとは言わないよ」

 

「い、いえ!」

 

 ヒフミはすぐに首を横に振った。

 

「さっき助けていただきましたし、そのくらいならぜひ!」

 

「いいの?」

 

「はい!」

 

 そこまで言ってから、ヒフミは一瞬だけ何かを思い出したように固まった。

 

「あ……」

 

「どうしたの?」

 

「限定グッズ……」

 

 小さく呟く。

 

 先生が思わず笑う。

 

「そっちを先に探してもいいよ?」

 

「い、いえ! 大丈夫です!」

 

 ヒフミはぶんぶんと首を振った。

 

「ここまで来てしまった以上、もう少しくらい後でも大丈夫ですから!」

 

「本当に?」

 

「……たぶん」

 

「そこは言い切らないのね」

 

 セリカが突っ込む。

 

「あはは……」

 

 ヒフミは困ったように笑った。

 

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 先生が言う。

 

「お願いします、ヒフミ」

 

「はい。任せてください!」

 

 そう答えたヒフミは、先ほどまで追い回されていたことが嘘のように先頭へ立った。

 

「金融関係でしたら、こっちです」

 

 一行がその後へ続く。

 

「ただ、この先はさっきの辺りとは少し雰囲気が違います」

 

「どう違うの?」

 

 アヤネが尋ねる。

 

「武器を売っているお店は減りますけど、その代わりにお金を扱うお店が多くなります。両替とか、融資とか……」

 

 ヒフミは歩きながら指で方向を示していく。

 

「あっちの通りは中古品のお店が多いです。反対側にはオークションをやっているところがあって、少し先には――」

 

 そこで自分がかなり詳しく説明していることに気づいたらしい。

 

 ヒフミの声が止まった。

 

「……」

 

「……」

 

「……あ、あはは……」

 

 ヒフミが引きつった笑みを浮かべる。

 

「本当に何度か来ただけなんです」

 

「何回なの?」

 

 セリカが尋ねる。

 

「それは……その……」

 

「覚えてないくらい?」

 

「そ、そこまでは!」

 

「怪しい」

 

 シロコが一言。

 

「シロコさんまで!?」

 

「ん」

 

「まあまあ」

 

 ホシノがいつもの調子で笑う。

 

「詳しい人が一人増えたんだから、こっちとしては助かるよ~」

 

「そ、そう言っていただけると……」

 

「翔くんとは詳しいところも違うみたいだしねえ」

 

 ホシノの言葉に、先生も頷いた。

 

 翔が知っていたのは、疑似メモリ兵器が流れていた武器商や仲介業者を中心とする区域。

 

 一方でヒフミは、限定品を探してブラックマーケット中を歩き回った結果、店舗や通りそのものを広く把握しているらしい。

 

 知っていることの種類が違う。

 

 結果として、翔と別れた直後の先生たちには都合のいい案内役だった。

 

「こっちです」

 

 ヒフミが交差点を曲がる。

 

 その先へ進むにつれて、街並みも少しずつ変わっていった。

 

 銃器を剥き出しで並べた店は減り、代わりに古びた看板を掲げた両替所や金融業者らしき店舗が目につくようになる。

 

 表通りほど騒がしくはない。

 

 だが、静かだからといって安心できる雰囲気でもなかった。

 

「……こっちはこっちで怪しいわね」

 

 セリカが小さく呟く。

 

「ん」

 

 シロコも周囲を見る。

 

「さっきより静か」

 

「でも、人は結構いますね」

 

 アヤネは端末と周囲を交互に確認している。

 

「ここが金融関係の区域?」

 

 先生が尋ねる。

 

「はい。この先から、そういうお店がかなり増えてきます」

 

 ヒフミが答える。

 

「私も全部のお店を知っているわけではないんですけど……」

 

「十分だよ」

 

 先生は前方へ目を向けた。

 

 ここまで来れば、後は自分たちで探すしかない。

 

 アビドスから毎月流れ出している金。

 

 その先に、本当に何かがあるのか。

 

 一行はヒフミの案内で、金融区域のさらに奥へと歩いていった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ヒフミの案内で金融区域へ入ってから、一行はしばらく通りを見て回った。

 

 両替所。

 

 融資を扱う店。

 

 看板すら出さず、曇ったガラスの向こうでひっそり営業している店舗。

 

 武器商が並んでいた区域とは違い、表立って物騒なものを並べている場所は少ない。それでも、だから安全そうに見えるかと言われれば、むしろ逆だった。

 

「……何というか」

 

 セリカが周囲を見回す。

 

「さっきのところより静かなのに、こっちの方が嫌な感じするんだけど」

 

「分かる」

 

 先生も小声で答えた。

 

「何をやってるのか、外から分かりにくいからかな」

 

「ん」

 

 シロコも店先を見ながら頷く。

 

「中が見えないところが多い」

 

「こういう場所ですからね……」

 

 ヒフミが困ったように笑う。

 

「私も、こっちの方は通ったことがあるくらいで……中に入ったことまではありませんよ?」

 

「先に言っておくあたりが怪しい」

 

「シ、シロコさん!?」

 

「あはは……本当ですからね?」

 

 ヒフミは慌てて念を押した。

 

 アヤネはそんなやり取りの横で端末を確認している。

 

「今のところ、持ってきた資料と一致する会社名はありませんね」

 

「系列名をそのまま出してるとも限らないしね」

 

 先生が言う。

 

「はい。ダミー会社が使われている可能性まで考えると、名前だけで探すのは難しいと思います」

 

「結局、片っ端から調べるしかないの?」

 

 セリカが嫌そうに尋ねる。

 

「さすがにそれは――」

 

 アヤネが答えかけた、その時だった。

 

「……あれ」

 

 ノノミが前方へ目を向ける。

 

「どうしたの、ノノミ先輩?」

 

「いえ、あの車……」

 

 その言葉につられて、全員が視線を向けた。

 

 通りの先。

 

 人や荷物を避けながら、ゆっくりと一台の大型車両が走ってくる。

 

 厚い車体。

 

 頑丈な扉。

 

 そして側面に記された企業名。

 

「……カイザーローン?」

 

 セリカの表情が変わった。

 

 先生も目を細める。

 

「今朝の車と同じ?」

 

「待ってください」

 

 アヤネが端末を操作する。

 

 朝の返済手続きで受け取った控えを呼び出し、そこに記された情報と前方の車両を見比べた。

 

「車両番号……」

 

 小さく呟く。

 

 輸送車が横を通り過ぎる。

 

 アヤネの目が、その車体へ記された番号を追った。

 

「……同じです」

 

「え?」

 

 セリカが振り返る。

 

「同じ車両です。今朝、学校へ返済金を回収しに来た輸送車と」

 

 一瞬、誰も口を開かなかった。

 

 シロコが走り去っていく車両へ目を向ける。

 

「追う?」

 

「待って」

 

 先生がすぐに止めた。

 

「今はまだ、普通に見よう」

 

「ん」

 

 シロコは素直に足を止める。

 

「でも、どうして……?」

 

 アヤネが戸惑ったように呟く。

 

「今朝、アビドスから回収していった車ですよね」

 

「そうよ」

 

 セリカも輸送車を目で追っている。

 

「何でそんなのがブラックマーケットにいるのよ?」

 

「別の集金があるとか?」

 

 ノノミが首を傾げる。

 

「可能性はありますね……」

 

 アヤネは頷いたものの、声に確信はない。

 

「カイザーローンほど大きな会社なら、ここに顧客がいても……おかしいとまでは言えません」

 

「でも、気になる」

 

 シロコが言う。

 

「うん」

 

 先生も否定しなかった。

 

「少なくとも、朝の返済金を積んだ車がここへ来てるのは事実だからね」

 

 その言葉に、ホシノが僅かに目を細めた。

 

 今朝。

 

 アビドスから運び出された金。

 

 カイザーローン。

 

 そしてブラックマーケット。

 

 昨夜から頭の片隅に居座っている黒服の言葉が、また浮かんでくる。

 

 ――借金を消す。

 

 それでも、ホシノは何も言わなかった。

 

 今見えているものだけで何かを決めるには、まだ早い。

 

「あ」

 

 ヒフミが声を上げた。

 

「車、あそこに入っていきます」

 

 一行が前を見る。

 

 輸送車は通りの途中で速度を落とし、周囲より一回り大きな建物の敷地へ入っていくところだった。

 

 入口には警備らしい生徒が立ち、分厚い扉の向こうへ車両を誘導している。

 

「ヒフミ、あそこは?」

 

 先生が尋ねた。

 

「えっと……」

 

 ヒフミは建物を見て、少し声を落とした。

 

「あそこは銀行です」

 

「銀行?」

 

 セリカが聞き返す。

 

「はい。ただ、普通の銀行ではなくて……」

 

 ヒフミは少し言葉を選ぶ。

 

「ブラックマーケットで使われている、いわゆる闇銀行みたいなところだと聞いたことがあります」

 

「闇銀行……」

 

 アヤネの顔が険しくなった。

 

「そんな場所に、カイザーローンの輸送車が?」

 

 車両はその間にも敷地の奥へ進み、大きな搬入口の前で停車した。

 

 扉が開く。

 

 輸送車はそのまま建物の中へ入っていった。

 

 やがて扉が閉まり、姿が完全に見えなくなる。

 

「……」

 

 一行はしばらく、閉じた扉を見つめていた。

 

「今朝、私たちが払ったお金も……あの中にあるのかな」

 

 ノノミが静かに言う。

 

「分からない」

 

 アヤネは答える。

 

「同じ車両なのは間違いありません。でも、ここへ来るまでに別の場所へ寄っているかもしれませんし、積み荷が今朝のままとも限りません」

 

「つまり、まだ証拠にはならない?」

 

 先生が確認する。

 

「はい」

 

 アヤネは悔しそうに頷いた。

 

「カイザーローンの車両がここに入った。それしか分かりません」

 

「でも」

 

 セリカが建物を睨む。

 

「何も知らなかった時ならともかく、今これを見て気にするなって方が無理でしょ」

 

「ん」

 

 シロコも頷く。

 

「調べたい」

 

「私も」

 

 先生は闇銀行へ視線を向けたまま答えた。

 

 朝、アビドスから運び出されていった金。

 

 その金を積んでいたのと同じ輸送車が、今度はブラックマーケットの闇銀行へ消えていった。

 

 偶然なのか。

 

 それとも、そこには何か流れがあるのか。

 

 今のままでは、まだ分からない。

 

「……問題は」

 

 先生が小さく息を吐く。

 

「どうやって確かめるか、だね」

 

 一行の視線が、閉ざされた銀行の扉へ集まった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 閉ざされた銀行の扉を前に、しばらく誰も口を開かなかった。

 

「……どうやって確かめるか、か」

 

 セリカが腕を組む。

 

「普通に聞いたって教えてくれるわけないわよね」

 

「たぶんね」

 

 先生も銀行を見ながら答える。

 

「『今朝アビドスから回収したお金、ここに持ってきましたか?』って聞いて、素直に『はい』って答えてくれるとは思えないかな」

 

「それはそうですけど……」

 

 アヤネは端末を操作しながら眉を寄せる。

 

「外から確認できる情報も限られています。車両が入ったことは分かっても、何を運び込んだのかまでは……」

 

「中に入れれば分かる?」

 

 シロコが尋ねた。

 

「え?」

 

「車の荷物とか、記録とか」

 

「それは……」

 

 アヤネが少し考える。

 

「もし集金記録や入出金の確認書類が残っているなら、何か分かる可能性はありますけど」

 

「なるほど」

 

 先生が頷く。

 

「今朝の返済と、あの銀行が直接繋がってるか確認できるかもしれないんだね」

 

「はい。ただ……」

 

 アヤネは改めて銀行を見る。

 

「当然ですけど、そんな書類を外部の人間に見せてくれるとは思えません」

 

「ですよね……」

 

 ヒフミも困ったように建物を見上げる。

 

「あの、もし中の記録を確認したいのでしたら……集金の確認書類とか、搬入記録みたいなものがあれば一番分かりやすいんじゃないでしょうか」

 

「やっぱりそうなるよね」

 

 先生が言う。

 

「でも、その書類は中」

 

「はい……」

 

 ヒフミが頷く。

 

「あはは……そう簡単にはいきませんね」

 

「正面から入って見せてもらう?」

 

 シロコが言った。

 

「無理でしょ」

 

 セリカが即座に返す。

 

「私たち、完全に部外者よ?」

 

「先生なら?」

 

「私?」

 

 突然振られ、先生が自分を指差す。

 

「シャーレ」

 

「いくら先生でも、ブラックマーケットの闇銀行に『帳簿見せて』で通るわけないでしょ!」

 

「だよねえ」

 

 ホシノがのんびり笑う。

 

「むしろ余計に警戒されそうだね~」

 

「それじゃあ……」

 

 シロコが銀行を見る。

 

 数秒。

 

「銀行を襲う」

 

「……はい?」

 

 ヒフミが固まった。

 

 セリカも一瞬遅れて振り返る。

 

「何でそうなるのよ!?」

 

「中に入れない」

 

「だからって銀行強盗になる!?」

 

「襲えば入れる」

 

「理屈が雑すぎる!」

 

「でも、入れる」

 

「そこじゃない!」

 

 セリカの声が金融区域に響いた。

 

「し、シロコさん!?」

 

 ヒフミも慌てている。

 

「銀行を襲うのは犯罪ですよ!?」

 

「ん」

 

「『ん』じゃありません!」

 

「シロコちゃん、相変わらず思い切りがいいねえ」

 

 ホシノが感心したように言う。

 

「ホシノ先輩も止めてください!」

 

「いやあ、おじさんも銀行強盗はちょっと……」

 

「ちょっとじゃないです!」

 

 アヤネも頭を抱える。

 

 先生はというと、銀行とシロコを交互に見ていた。

 

「……」

 

「先生?」

 

 アヤネが嫌な予感のする声で呼ぶ。

 

「いや」

 

 先生は顎に手を当てる。

 

「銀行強盗そのものは駄目なんだけど」

 

「『そのものは』って何ですか!?」

 

「アヤネ、落ち着いて」

 

「先生のせいです!」

 

「うん。ごめん」

 

 素直に謝ってから、先生は続ける。

 

「でも、シロコの言いたいことは分かるんだ」

 

「先生!?」

 

 今度はセリカまで声を上げた。

 

「違う違う。銀行を襲おうって意味じゃなくて」

 

 先生は手を振る。

 

「正規の方法で中の記録を見せてもらうのが難しいなら、別の方法で確認する必要があるってこと」

 

「それを今シロコ先輩が銀行強盗って言ったんです!」

 

「ん」

 

「シロコ先輩は黙ってて!」

 

「でも」

 

 シロコは真顔だった。

 

「お金を盗む必要はない」

 

「……え?」

 

 セリカの勢いが一瞬止まる。

 

「記録だけ見ればいい」

 

「それでも不法侵入でしょ!」

 

「銀行強盗より軽い?」

 

「比較するな!」

 

 ノノミが口元へ手を当てて笑う。

 

「でも、少し話が変わってきましたね~」

 

「ノノミ先輩まで!?」

 

「お金を奪うのが目的じゃなくて、記録を確認するのが目的なら……という意味ですよ?」

 

「それでも駄目なものは駄目でしょ!」

 

「はい。それはそうですね~」

 

 あっさり頷かれ、セリカが逆に言葉を失う。

 

 ヒフミは一連の会話を聞きながら、明らかに顔を引きつらせていた。

 

「あ、あの……」

 

「うん?」

 

 先生が振り向く。

 

「皆さん、本気で銀行を……?」

 

「まだ決めてないよ」

 

「『まだ』なんですか!?」

 

 ヒフミの声が裏返る。

 

「普通はそこで『しません』じゃないんですか!?」

 

「先生」

 

 アヤネも低い声で呼ぶ。

 

「はい」

 

「ちゃんと止めてください」

 

「止めてるよ?」

 

「止まってません!」

 

「おかしいな……」

 

 先生は本気で不思議そうな顔をした。

 

 セリカが額へ手を当てる。

 

「何で先生までこうなのよ……」

 

「でも」

 

 シロコが再び口を開く。

 

「他に方法ある?」

 

「……」

 

 その問いに、今度はすぐ返事が出なかった。

 

 正規の方法では記録を見られない。

 

 銀行へ事情を話して協力を求めるにしても、こちらにはまだ疑惑しかない。

 

 しかも相手はブラックマーケットの闇銀行だ。

 

「今すぐ決める必要はないよ」

 

 先生が言った。

 

 先ほどまでの軽さを少し引っ込める。

 

「まず、他の方法がないか考えよう。それでも中の記録を見るしかないなら――その時どうするかは、改めて考える」

 

「……それなら」

 

 アヤネが少しだけ息を吐く。

 

「ん」

 

 シロコも頷いた。

 

「銀行強盗は候補」

 

「候補から外して!」

 

 セリカの叫びがまた響いた。

 

「あ、あはは……」

 

 ヒフミは乾いた笑いを浮かべる。

 

「私、もしかして……すごいところに来てしまったんでしょうか……」

 

「今さら?」

 

 セリカが振り向く。

 

「限定グッズを探しにブラックマーケットまで来た本人が言う?」

 

「そ、それとこれとは別です!」

 

「本当に?」

 

「別です!」

 

 ヒフミは力強く言い切った。

 

 その横で、シロコはまだ銀行を見ている。

 

 どうやら「銀行を襲えばいい」という案を完全に捨てた様子はなかった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 それからしばらく、一行は銀行から少し離れた場所で他の方法を考えていた。

 

 正面から事情を話す。

 

 外から搬入記録を探す。

 

 周辺の店で輸送車について聞き込む。

 

 いくつか案は出たものの、どれも決め手に欠けていた。

 

「……駄目ですね」

 

 アヤネが端末から顔を上げる。

 

「今の私たちが外から確認できる範囲では、これ以上の情報は取れそうにありません」

 

「ん。やっぱり銀行を襲う」

 

 シロコが言う。

 

「だからって、すぐ銀行強盗に戻らないで!」

 

 セリカが即座に突っ込む。

 

「でも他にない」

 

「それは……」

 

 セリカが言葉に詰まった。

 

 実際、その通りではあった。

 

 先生も腕を組んだまま考え込んでいる。

 

「さっきも言ったけど目的はお金じゃない」

 

「先生?」

 

 アヤネが振り向く。

 

「必要なのは、今朝の輸送車が何を運び込んだのか分かる記録。それだけ確認できればいい」

 

「まさか先生まで……」

 

「私もまだ銀行強盗には反対だよ?」

 

「『まだ』って付けないでください!」

 

「ごめん」

 

 先生は素直に謝った。

 

 シロコが静かに銀行の方角を見る。

 

「入って、記録を確認して、すぐ出る」

 

「それを世間一般では襲撃って言うのよ!」

 

「お金は取らない」

 

「そういう問題じゃないってば!」

 

 セリカの声に、ホシノが肩をすくめる。

 

「まあまあ。ここでずっと悩んでても仕方ないしねえ」

 

「ホシノ先輩まで!?」

 

「おじさんも積極的に銀行強盗したいわけじゃないよ~?」

 

「その言い方だと消極的にはやるみたいに聞こえるんですけど!」

 

「うへ~」

 

「誤魔化さない!」

 

 ノノミがそんなやり取りを眺めながら、にこやかに手を合わせた。

 

「それなら、せめて顔が分からないようにした方がいいですね☆」

 

「……え?」

 

 ヒフミが首を傾げた。

 

 セリカも固まる。

 

「ノノミ先輩?」

 

「はい?」

 

「今、何て?」

 

「顔が分からないようにした方がいいかなって」

 

「何で実行する前提なの!?」

 

「でも、もしやるなら必要ですよね?」

 

「『もし』ね!?」

 

「ん。必要」

 

 シロコも頷く。

 

「シロコ先輩は黙って!」

 

 ノノミは気にした様子もなく、自分の荷物へ手を伸ばした。

 

「こういう時のために――」

 

「こういう時って何!?」

 

「はい☆」

 

 取り出されたものを見て、セリカの声が止まった。

 

「……」

 

「……」

 

 先生も目を瞬く。

 

 ノノミの手には、人数分に近い数の覆面があった。

 

「何で持ってるの!?」

 

 ようやくセリカが叫ぶ。

 

「念のためです☆」

 

「何の念よ!?」

 

「備えあれば憂いなし、です」

 

「銀行強盗への備えなんてしなくていいの!」

 

「ん」

 

 シロコは差し出された覆面を一つ受け取る。

 

「使える」

 

「受け取るな!」

 

 その横で、ホシノも一枚手に取った。

 

「へえ~。意外とちゃんとしてるねえ」

 

「ホシノ先輩まで普通に被らないで!」

 

「顔を隠すんでしょ?」

 

「そうだけど!」

 

「じゃあ必要だねえ」

 

「もうやる気じゃない!」

 

 アヤネは両手で頭を抱えていた。

 

「どうしてこうなったんでしょう……」

 

「私も聞きたい」

 

 先生も遠い目をする。

 

「先生は止める側ですよね!?」

 

「そのつもりだったんだけどなあ……」

 

「過去形にしないでください!」

 

 次々に覆面を受け取っていく対策委員会を見ながら、ヒフミは完全に置いていかれていた。

 

「あ、あの……」

 

 誰も聞いていない。

 

「あのー……?」

 

 シロコが覆面の位置を調整している。

 

 ホシノも何となく楽しそうだ。

 

 ノノミは残った覆面を確認し、セリカは文句を言いながらも結局一枚持たされている。

 

 アヤネまでいつの間にか手元に一枚あった。

 

「……」

 

 ヒフミはそっと自分の周囲を確認した。

 

 何もない。

 

 覆面も渡されていない。

 

 少しだけ肩の力が抜ける。

 

「あ、あはは……」

 

 よかった。

 

 どうやら自分は案内役としてここまで来ただけで、さすがに銀行強盗にまで参加させられるわけでは――

 

「あら?」

 

 ノノミの声がした。

 

 嫌な予感がした。

 

「ヒフミちゃんの分がありませんね」

 

「えっ」

 

 ヒフミの笑顔が固まる。

 

「い、いえ! 大丈夫です!」

 

「でも一人だけ顔が出てたら危ないですよ?」

 

「私は行きませんから!」

 

「え?」

 

「何で皆さん不思議そうな顔をするんですか!?」

 

 ヒフミが一歩後ずさる。

 

「わ、私は案内を頼まれただけですよね!? 銀行強盗まで案内するとは一言も――」

 

「大丈夫です☆」

 

 ノノミがにっこり笑う。

 

「何がですか!?」

 

 ごそごそ。

 

 ノノミが再び荷物を探り始める。

 

「ちょうどいいものがありました」

 

「待ってください。その流れ絶対に良くないです!」

 

「はい☆」

 

 差し出されたのは――紙袋だった。

 

「……」

 

 ヒフミが止まった。

 

 先生も止まった。

 

 セリカまで黙った。

 

「……紙袋?」

 

 ヒフミが恐る恐る聞く。

 

「はい」

 

「これを?」

 

「被ります☆」

 

「どうして!?」

 

 ヒフミの悲鳴じみた声が響いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! せめて普通の覆面を――」

 

「もうありません」

 

「だったら私は参加しなくていいですよね!?」

 

「大丈夫。似合うと思う」

 

 シロコが真顔で言う。

 

「そういう問題じゃありません!」

 

「うへ~。なかなか迫力ありそうだねえ」

 

「ホシノさんまで!?」

 

 逃げようとするヒフミの肩へ、ノノミが優しく手を置いた。

 

「大丈夫ですよ、ヒフミちゃん」

 

「その『大丈夫』が全然信用できません!」

 

「目のところはちゃんと開けますから☆」

 

「安全面の話をしてるんじゃないですー!」

 

 数分後。

 

 ブラックマーケットの片隅に、明らかに怪しい集団が完成していた。

 

 顔を隠したアビドス対策委員会。

 

 その横には先生。

 

 そして中央には――頭から紙袋を被せられたトリニティの少女。

 

「……どうしてこんなことに……」

 

 紙袋の奥から、ヒフミの消え入りそうな声が聞こえる。

 

「ん。完璧」

 

「どこがよ!」

 

 セリカの声が飛ぶ。

 

 ホシノはヒフミを見上げながら、何やら満足そうに頷いた。

 

「でも、せっかくだから名前もあった方がいいんじゃない?」

 

「名前?」

 

 先生が聞き返す。

 

「こういうのって、正体を隠すなら偽名とか使うものでしょ?」

 

「いや、そこまで本格的にしなくても……」

 

「ん。必要」

 

 シロコまで頷いた。

 

「必要じゃない!」

 

 セリカの反論を横に流しながら、ホシノは紙袋姿のヒフミを見る。

 

「そうだねえ……」

 

「待ってください。今ものすごく嫌な予感がします」

 

「じゃあ――」

 

 ホシノがゆるく笑った。

 

「行こうか、ファウストちゃん」

 

「誰ですかそれぇぇぇっ!?」

 

 ヒフミの叫びが、ブラックマーケットの空へ響いた。

 

 

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