青の記録 ―二つの記憶が交わる時―   作:きままに投稿

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第52話 隠されたモノ

 

 

 翌日。

 

 アビドス自治区の中心部から離れるにつれ、周囲の景色から建物が消えていった。

 

 舗装の残っていた道路も途中で途切れ、視界を埋めるのは砂と、半ばまで埋もれた古い構造物ばかりになる。

 

 その先に目的の施設があった。

 

「……あれか」

 

 岩陰から双眼鏡を覗いていた翔が、小さく呟く。

 

 遠く、砂に覆われた平地の一角だけが不自然に切り開かれていた。

 

 周囲を囲う高いフェンス。

 

 監視塔。

 

 大型車両が出入りできるゲート。

 

 その奥には低い建物がいくつも並び、さらに中央付近には大型のクレーンや掘削機らしき機械が見える。

 

 表向きに登録されていた「資源調査関連施設」という肩書きから想像するには、ずいぶん物々しい。

 

「警備、多いね」

 

 先生が隣から様子を窺う。

 

「ん。入口だけで十人以上いる」

 

 シロコも双眼鏡を構えたまま答えた。

 

「奥にもいる。監視塔が三つ。車両も残ってる」

 

「閉鎖する施設にしては、随分厳重ですね~」

 

 ノノミの言葉に、アヤネが通信越しに答える。

 

『昨日から搬出は続いています。ただ、今朝になっても施設内の電力消費はほとんど落ちていません』

 

「荷物は出してるのに?」

 

 セリカが尋ねる。

 

『はい。それどころか、地下設備と思われる区画だけを見ると、昨夜より使用量が増えています』

 

「地下?」

 

 ホシノがゆるく首を傾げる。

 

『地表の建物だけでは、この電力消費を説明できません。地下にかなり大きな設備があると思います』

 

 翔は双眼鏡を少し下げた。

 

「やっぱり、ただの倉庫じゃなさそうだな」

 

 施設の周囲には大型トラックが何台も停まっている。

 

 そのうち二台がゲートから出ていくところだった。

 

 荷台には箱形のコンテナが積まれている。

 

 翔はその一台へ視線を固定した。

 

「……あれ」

 

「何か見えた?」

 

 先生が尋ねる。

 

「荷台の横。外部電源の端子が付いてる」

 

「普通のコンテナにはないの?」

 

「付いてること自体はある。でも、あの形は見覚えがある」

 

 翔は倍率を上げる。

 

 車体が進むたびに砂煙が上がり、見えたり隠れたりする。

 

 その合間に、コンテナ側面の構造が少しずつ見えてきた。

 

 端子の周囲を三方向から固定する金属製のロック。

 

 そこから下へ伸びる、通常の電源線より明らかに太い補助ケーブル。

 

 さらに荷台下部へ回り込む二本の配管。

 

「……冷却ラインまである」

 

「冷却?」

 

「高出力で動かす装置は熱を持つ。そのための配管だと思う」

 

 翔は目を細めた。

 

「ブラックマーケットに出回ってた古い疑似メモリ兵器は、こういうのがもっと雑だった。外付けのバッテリーを無理やり繋いでたり、冷却も簡単なファンだけだったり」

 

「でも、あれは違う?」

 

「ああ」

 

 翔の脳裏に、先日の戦闘で見た装置が浮かぶ。

 

 カイザーPMCが使っていた拘束装置。

 

 凍結装置。

 

 どちらも出力源と装置本体が一体化しておらず、統一された規格の接続部を介して電力を受けていた。

 

 セリカを攫った時に使われた拘束装置にも、同じような独立した冷却ラインがあった。

 

「三点ロックの端子。補助電源の太さ。冷却ラインの位置。全部、この前カイザーが使ってた装置に近い」

 

 先生が双眼鏡を向ける。

 

「じゃあ、中に疑似メモリ兵器が?」

 

「そこまでは言えない」

 

 翔はすぐに首を振った。

 

「中身は見えないし、同じ輸送規格を別の機材にも使ってる可能性はある。ただ――」

 

 輸送車が進み、今度はコンテナの後部が見える。

 

 そこには衝撃から内部を守るための分厚いフレームと、車体側から完全に独立した電源ユニットが取り付けられていた。

 

「……あれも同じだ」

 

「何が?」

 

「ケースの作り」

 

 翔は双眼鏡を離さない。

 

「市場に出てた奴には無かった。カイザーPMCが使ってた新しい装置は、どれも本体を同じような保護ケースに収めてた。輸送して、そのまま現場で外部電源に繋いで使えるようにしてある」

 

「つまり、兵器そのものじゃなくて――」

 

 先生が言葉を継ぐ。

 

「扱い方の規格が同じ?」

 

「ああ。それが一番近い」

 

 翔は頷いた。

 

「同じ系列の設備か、少なくとも同じ運用思想で作られてる可能性が高い」

 

 セリカの顔つきが変わる。

 

「じゃあ、本当にここで……」

 

「まだ早い」

 

 翔は先回りして止めた。

 

「ここで作ってるのか、保管してただけなのか、それとも別の場所から集めてるのかは分からない。分かるのは、カイザーPMCが使ってた疑似メモリ兵器と無関係な施設には見えなくなったってことだけだ」

 

「……分かった」

 

 今度のセリカは、素直に頷いた。

 

 それだけでも、翔がここへ同行した意味は十分に出始めていた。

 

 アヤネが数字から異常を拾う。

 

 先生が施設全体の動きを見る。

 

 そして翔は、これまで実際に触れ、壊し、戦ってきた疑似メモリ兵器との共通点を拾う。

 

 それぞれ別の方向から、同じ場所へ近づいていた。

 

「アヤネ」

 

 先生が通信機へ呼びかける。

 

「施設の見取り図は?」

 

『地上部分ならある程度。公開されていた建設資料と航空写真を重ねています。ただ……』

 

 少し間が空いた。

 

『地下部分はほとんどありません』

 

「入口も?」

 

『正面から繋がる搬入口らしきものはあります。でも、そこは警備が最も厚いです』

 

「別ルートは?」

 

『探しています』

 

 先生は再び施設を見る。

 

 今すぐ正面から突っ込むこともできなくはない。

 

 だが、それでは銀行の時と同じになる。

 

 今回は戦うために来たわけではない。

 

 証拠が残っているうちに確認し、必要なものを確保して持ち帰る。

 

 騒ぎを起こすのは、その目的に反する。

 

「まず中へ入る方法を探そう」

 

「賛成」

 

 シロコが短く答えた。

 

 ホシノも盾を地面へ置き、施設を眺める。

 

「向こうさんも、もう片づけ始めてるみたいだしねえ。正面からこんにちはするより、こっそり入った方が色々残ってそうだよ~」

 

「ホシノ先輩が『こっそり』とか言うと、何か不安なんだけど」

 

「ひどいなあ、セリカちゃん」

 

「この前銀行に入ったばっかりでしょ!」

 

「それを言われると弱いねえ」

 

「二人とも」

 

 先生が止める。

 

「今日は本当に潜入調査だからね」

 

「分かってるよ~」

 

「今度こそお願いしますよ……」

 

 アヤネの疲れた声が通信から聞こえた。

 

 翔はそんなやり取りを聞きながら、再び施設へ目を向ける。

 

 気になっているものがもう一つあった。

 

 施設中央。

 

 巨大な掘削機の周辺だけ、建物の配置が妙だった。

 

「先生」

 

「うん?」

 

「あそこ見て」

 

 翔が指差す。

 

 先生が双眼鏡を向ける。

 

「クレーンの奥?」

 

「その下」

 

 砂地の一部が、大きな四角形に切り取られている。

 

 周囲には重機が並び、その中央だけが地面より大きく落ち込んでいるように見えた。

 

「穴……?」

 

「たぶん」

 

 シロコも確認する。

 

「かなり深そう」

 

「資源調査なら、掘ること自体は不自然じゃないけど……」

 

 先生が言う。

 

「問題は、何を掘ってるかですね~」

 

 ノノミが続けた。

 

 翔は黙って穴の周囲を見る。

 

 掘削現場なら土砂を運び出す車両がもっと頻繁に動いていてもいい。

 

 だが、見える範囲ではその様子が少ない。

 

 代わりに目につくのは、クレーン。

 

 大型昇降機。

 

 電源設備。

 

 照明。

 

 そして、穴の内部へ何本も伸びている太いケーブル。

 

「……採掘してるっていうより」

 

 翔が呟く。

 

「下にある何かへ入ってる感じだな」

 

「私もそう見える」

 

 先生が答える。

 

 その時だった。

 

『先生』

 

 アヤネの声が割り込む。

 

『施設の西側を見てください。フェンス沿いです』

 

 全員がそちらを見る。

 

 砂に半分埋もれた古い排水路のような構造物が、施設外から内部へ伸びている。

 

『現在は使われていない排水設備だと思います。古い地図には、そこから地上施設の保守区画へ繋がる通路が記載されています』

 

「今も通れる?」

 

『分かりません。ただ、正面より警備はかなり少ないです』

 

 シロコがすぐに双眼鏡を向ける。

 

「監視塔からも少し死角になる」

 

「入口付近に二人」

 

 ホシノも確認した。

 

「それくらいなら、騒がず通れそうだねえ」

 

「倒す?」

 

 シロコが尋ねる。

 

「できれば見つからずに」

 

 先生が即答する。

 

「相手に侵入が分かった瞬間、残ってるデータを消されるかもしれない」

 

「ん。了解」

 

 翔も立ち上がる。

 

 もう一度だけ、施設を振り返った。

 

 疑似メモリ兵器と共通する運用規格。

 

 地下へ向かう異常な電力。

 

 大量の研究設備。

 

 銀行事件の直後から始まった撤収。

 

 ここまで重なれば、偶然という言葉では片づけられない。

 

「行こう」

 

 先生の声に、全員が頷いた。

 

 砂漠の奥で、カイザーが何を隠していたのか。

 

 今度は、その中を自分たちの目で確かめる番だった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 施設西側。

 

 砂に半ば埋もれた古い排水路は、近くで見ると想像していた以上に傷んでいた。

 

 コンクリートは各所でひび割れ、金属製の格子には赤錆が浮いている。施設が建設されるよりも前から存在していた設備なのか、周囲に増設された新しいフェンスや監視塔とは明らかに年代が違っていた。

 

 ただし、完全に放置されているわけではない。

 

 排水路の入口から少し離れた場所にはPMC兵が二人。さらにフェンス上部には旋回式の監視カメラが一基あり、その横には新しく取り付けられた小型のセンサーユニットまで見える。

 

「……ちゃんと見張ってる」

 

 シロコが岩陰から覗き込み、小さく呟いた。

 

「そりゃそうよね。重要な施設なんだから」

 

 セリカも声を落とす。

 

『はい。古い地図では廃止済みの排水設備になっていますが、カイザー側も完全には捨てていないようです』

 

 アヤネの声が通信機から届く。

 

『入口の二人以外にも、七分前後の間隔で四人一組の巡回班が西側を通っています。監視塔からの視界も周期的に重なります』

 

「カメラは?」

 

 先生が尋ねる。

 

『左右に約百二十度ずつ旋回しています。一周ではなく往復式です。入口が死角になる時間は一回につき十八秒ほど』

 

「センサーは?」

 

『種類までは分かりません。ただ、設置位置から考えると人感か赤外線系だと思います。無理に近づくと反応する可能性があります』

 

「思ったよりちゃんとしてるな」

 

 翔が呟く。

 

「でも、閉鎖準備中だからかな。警備そのものは正面よりかなり薄い」

 

『はい。今確認できている限り、固定警備は二人だけです。恐らく撤収に人員を取られています』

 

 つまり、無防備なのではない。

 

 本来なら監視カメラとセンサー、巡回班を組み合わせて侵入を防ぐ場所なのだ。

 

 ただし今は施設そのものを片づけるため、人も車両も内側へ集中している。

 

 そこにわずかな隙間ができている。

 

「アヤネ。巡回班が次にここを通るのは?」

 

『四分十秒後です』

 

「その次は?」

 

『七分弱空きます。ただ、その途中で監視塔の視界が二度重なります』

 

 先生は排水路、監視塔、カメラを順番に見る。

 

「カメラの映像、止められる?」

 

『完全に切ると異常を検知されるかもしれません。ですが――』

 

 少し間が空く。

 

『直前の映像を短時間だけ繰り返すことならできると思います』

 

「どれくらい?」

 

『長くても四十秒です。それ以上続けると中央側で不自然に思われる可能性があります』

 

「十分」

 

 先生は即答した。

 

「センサーは触らない。カメラだけ誤魔化す。巡回班が抜けた直後に動く」

 

 シロコが入口付近の二人を見る。

 

「二人は?」

 

「声を出される前に無力化。ただし入口から見える位置に倒さない」

 

「ん」

 

「ホシノ、左をお願い。シロコは右」

 

「りょ~かい」

 

「先生」

 

 翔が排水路脇の地面を指差す。

 

「ここ、足跡が残る」

 

 乾いた砂の中でも、排水路の周辺だけは地面がやや締まっている。その上に新しい靴跡が残れば、巡回班が戻った時に気づかれる可能性があった。

 

 先生もすぐに理解した。

 

「入った後、シロコに消してもらおう」

 

「ん。できる」

 

 ノノミが施設側を見る。

 

「でも、倒した警備の方たちが交代時間になっても戻らなければ気づかれませんか?」

 

『交代記録を確認します』

 

 アヤネがすぐに答える。

 

『……この二人の次の交代は二十二分後です』

 

「それなら、中へ入って動ける時間はある」

 

 先生が頷く。

 

「ただし二十二分以内に、少なくとも警備網の外側からは離れよう。そこで異常が出たら、潜入が露見したと思って動く」

 

「了解」

 

 全員の表情が引き締まった。

 

 正面突破よりはずっと安全だ。

 

 だが、決して無警戒な裏口というわけではない。

 

 失敗すれば、その時点で施設全体に侵入を知られる。

 

『巡回班、通過します』

 

 アヤネの声。

 

 岩陰から四人のPMC兵が見えた。

 

 雑談することもなく、フェンス沿いを一定の間隔で歩いていく。

 

 そのまま建物の陰へ消える。

 

『カメラ、左へ旋回。あと十一秒で入口が死角に入ります』

 

 先生が手を上げる。

 

「ホシノ、シロコ。準備」

 

 二人が身体を低くする。

 

『五秒』

 

 セリカが息を潜める。

 

『三、二、一――今です』

 

 監視カメラが反対側へ向いた。

 

 同時に、ホシノとシロコが岩陰から飛び出す。

 

 二人とも銃は使わない。

 

 シロコは右側の兵士の背後へ滑り込み、口を塞ぎながら体勢を崩す。ホシノも左側の兵士の死角から一気に距離を詰め、声を上げる前に物陰へ引き込んだ。

 

 短い抵抗。

 

 鈍い物音が二度。

 

 それだけだった。

 

『カメラ映像、固定します。四十秒』

 

「今」

 

 先生の合図で残った一行が駆け出した。

 

 排水路までは一直線には進まない。

 

 センサーユニットから距離を取り、事前にアヤネが示した死角を縫う。

 

「右、もう少し外側です!」

 

 通信越しの指示に従い、ノノミとセリカが進路を僅かに変える。

 

 翔も最後尾から周囲を見る。

 

 監視塔。

 

 フェンス。

 

 建物の屋上。

 

 動きはない。

 

 排水路へ辿り着く。

 

 物陰には先ほどの二人が倒れていた。装備だけを見れば、ここが完全な穴ではないことがよく分かる。

 

「二十五秒」

 

 先生が小さく言う。

 

 シロコは排水路へ入る前に一度膝をつき、全員が残した足跡の目立つ部分を手早く崩した。

 

「終わり」

 

「入って」

 

 全員が古い排水路へ滑り込む。

 

 最後に翔が内部へ入ると、ホシノとシロコが入口近くへ古びた資材を少し寄せ、外から内部を見通しにくくした。

 

『カメラ、通常映像へ戻します』

 

 アヤネの声と同時に、全員が息を潜める。

 

 数秒。

 

 警報は鳴らない。

 

 通信にも変化はない。

 

「……抜けた?」

 

 セリカが小声で尋ねる。

 

「入口だけはね」

 

 先生が答える。

 

「ここから先の方が本番」

 

 シロコが頷く。

 

「ん」

 

 暗い通路を進み始める。

 

 使われなくなって長いらしく、足元には砂が入り込み、壁面を走っていた配管の一部は完全に腐食していた。

 

 だが、奥へ行くにつれて様子が変わっていく。

 

「……ここから新しい」

 

 翔が足を止めた。

 

 古びたコンクリート壁の途中から、補修された金属板へ切り替わっている。

 

 床の砂も減っていた。

 

 さらに壁際には、後から追加されたと思われる電線が何本も通されている。

 

「放置されてる排水路じゃなかったの?」

 

 セリカが声を潜める。

 

「入口側はな」

 

 翔は壁の配線を見る。

 

「奥は今も使ってるみたいだ」

 

『こちらでも電力線を確認しました』

 

 アヤネが答える。

 

『恐らく、地下設備へ繋がっている補助系統です』

 

「ということは、当たりかな」

 

 先生が前を見る。

 

 少し先に金属製の扉があった。

 

 ただし、その手前にも新しい設備が設置されていた。

 

 天井近くに小型カメラ。

 

 扉脇にはカード認証端末。

 

 さらに床際には細い赤外線センサーが横切っている。

 

 セリカが顔をしかめる。

 

「……まだあるじゃない」

 

「こっちはさっきより厄介だね」

 

 先生が足を止める。

 

『カメラは内部ネットワークに接続されています。ここから先は外側と同じ方法では誤魔化せません』

 

「扉も?」

 

『はい。中央システム側です』

 

「じゃあ、どうする?」

 

 シロコが尋ねる。

 

 アヤネが数秒黙る。

 

『……一つ方法があります』

 

「聞かせて」

 

『さっきの警備員の認証カードです』

 

 ホシノが背後を見る。

 

「持ってきてるよ~」

 

 気を失わせた兵士から念のため回収していた認証カードを取り出す。

 

『ただし、カードを使った記録は中央へ残ります。通った瞬間に即座に警報が鳴る可能性は低いですが、後から見れば不自然です』

 

「どのみち二十二分後には外の警備で気づかれる」

 

 翔が言う。

 

「完全に隠れ続けるのは無理だな」

 

「うん」

 

 先生も頷く。

 

「なら、ここからは時間との勝負に切り替える」

 

 アヤネへ呼びかける。

 

「カードを使った後、ログをごまかせる?」

 

『少しなら。別の巡回員が通ったように見せる程度ならできます。ただ、長時間は無理です』

 

「それでいこう」

 

 先生が全員を見る。

 

「ここから先、外の交代時間まで二十分弱。その間に証拠を探す」

 

「了解」

 

 ホシノがカードを端末へ通す。

 

 緑のランプが点灯する。

 

 同時にアヤネが赤外線センサーを短時間だけ保守モードへ切り替えた。

 

 扉が開く。

 

 その向こうには、先ほどまでとはまるで違う空間が広がっていた。

 

 白い壁。

 

 天井に等間隔で並ぶ照明。

 

 床を走る黄色い誘導線。

 

 人が二人並んでも余裕で通れる幅の廊下。

 

「……急に近代的になったわね」

 

 セリカが呟いた。

 

「外から見えてた建物より、こっちの方が新しそう」

 

 先生も周囲を確認する。

 

 翔は壁際に設置された配電盤へ目を向けた。

 

 そこから伸びる太い電線は、さらに地下へ向かっている。

 

「やっぱり電力の大半は下に送ってる」

 

「ここよりまだ下?」

 

「たぶん」

 

 一行は足音を抑えながら進んだ。

 

 周囲に人の気配は多くない。

 

 だが、それは安全という意味ではなかった。

 

 曲がり角の先から足音が聞こえるたびに立ち止まり、空になった部屋や資材置き場へ身を隠す。

 

 途中、一度だけ三人組のPMC兵が通り過ぎた。

 

 先生が全員を物陰へ入れ、シロコとホシノが念のため射線を確保する。

 

 兵士たちはこちらに気づかず、そのまま去っていった。

 

 撤収作業で人員は減っている。

 

 それでも、施設内の警備が消えているわけではない。

 

 いくつかの部屋を通り過ぎる。

 

 空になった事務室。

 

 箱だけが残された倉庫。

 

 棚からほとんどの資料が抜き取られた管理室。

 

「本当に片づけてる……」

 

 ノノミが小さく呟く。

 

「昨日来てたら、もっと残ってたかもしれないわね」

 

「でも昨日は場所すら分かってなかった」

 

 シロコが答える。

 

「今あるものを探すしかない」

 

「そうだね」

 

 先生が頷いた。

 

 さらに奥へ進む。

 

 そこで翔が足を止めた。

 

「待って」

 

 右手の扉。

 

 他の部屋とは違い、開いたままになっている。

 

 中には大型の作業台が何台も並んでいた。

 

「ここ……」

 

 翔が先に覗く。

 

 半分以上の機材はすでに持ち出されている。

 

 だが、すべてではない。

 

 壁際にはケーブルが束ねられ、作業台の上には分解途中と思われる機械部品が残されていた。

 

 翔はその一つへ近づく。

 

 金属製のフレーム。

 

 三点式の電源接続部。

 

 独立した冷却配管。

 

 そして、中央に空けられた細長い空間。

 

「……これだ」

 

「何?」

 

 先生が隣へ来る。

 

「この前の拘束装置と同じ」

 

 翔はフレームの一角を指差した。

 

「外装は外されてるけど、内部の配置がほとんど同じだ。ここに電源系、こっちが制御系。それで――」

 

 中央にある細長い空間を見る。

 

「ここに制御媒体を挿す」

 

「制御媒体?」

 

「疑似メモリだと思う」

 

 セリカたちも近づいてくる。

 

「思うって……入ってないの?」

 

「抜かれてる」

 

 翔は内部を覗く。

 

 何もない。

 

 だが、挿入口だけは残っていた。

 

 細長い媒体を固定するレールと、その先端部に並ぶ接点。

 

 何度も見た。

 

 ブラックマーケットで破壊してきた兵器にもあった構造だ。

 

「市場に出てた奴にも似た挿入口はあった。でも、こっちはこの前カイザーが使ってた新型とほぼ同じだ」

 

 先生の表情が引き締まる。

 

「じゃあ、少なくともここで整備してた?」

 

「それは言っていいと思う」

 

 翔は頷いた。

 

「保管してただけなら、こんな状態で分解して置く必要はない」

 

 シロコが別の作業台を見る。

 

「こっちにもある」

 

 そこには円筒状の部品が残っていた。

 

 表面に焦げた跡がある。

 

 翔が近づく。

 

「凍結装置の冷却部だ」

 

「分かるの?」

 

「壊した時に中が見えたからな」

 

 先日の戦闘。

 

 HEATの力で過負荷を起こした装置は、外装が裂けて内部の冷却系が露出していた。

 

 形も配管位置も一致している。

 

 さらに別の机には、防御障壁を発生させていた装置と同じ形状の投射器が残されていた。

 

 一種類ではない。

 

「……あの日の装備、ここに揃ってる」

 

 翔の声が低くなる。

 

 先生も室内を見回した。

 

「整備拠点……いや」

 

 視線が部屋の奥へ向く。

 

 そこには大型の測定器と、床へ固定された試験用フレームが残されている。

 

「調べてただけじゃなさそうだね」

 

 アヤネが通信越しに反応する。

 

『先生、部屋の端末は生きていますか?』

 

「確認する」

 

 シロコが一番近い端末へ向かう。

 

「電源は入ってる」

 

『接続します』

 

 しばらく待つ。

 

『……アクセスできました。でも、ほとんど削除されています』

 

「残ってるものは?」

 

『探します』

 

 数十秒。

 

 画面に次々と空のフォルダが表示される。

 

 消去済み。

 

 移送済み。

 

 アクセス不能。

 

 その中で、アヤネの操作が止まった。

 

『一つだけ……ログの一部が残っています』

 

「見せて」

 

 先生が言う。

 

 モニターに文字列が表示された。

 

 試験番号。

 

 出力値。

 

 稼働時間。

 

 耐久限界。

 

 そして、

 

 ――外部流通試験。

 

「外部……流通?」

 

 ノノミが読み上げる。

 

 アヤネがさらに情報を開く。

 

『対象地域……ブラックマーケット周辺。使用者……外部協力者。回収データ……』

 

 そこでデータが途切れている。

 

 セリカの表情が変わった。

 

「それって……」

 

 翔も画面を見たまま答えない。

 

 外へ流した兵器。

 

 実際に使わせた者。

 

 そこから回収したデータ。

 

 今まで考えていた一つの可能性が、急に現実味を帯びる。

 

「市場に流れてたのは……」

 

 先生がゆっくりと言う。

 

「性能を見るため?」

 

「少なくとも、この記録はそう読める」

 

 翔が答えた。

 

「全部がそうだったかは分からない。でも、カイザーが意図的に外へ出した物があったのは――」

 

『待ってください』

 

 アヤネが遮った。

 

『もう一つ復元できそうです』

 

 文字列が追加される。

 

 今度は短かった。

 

 ――外部流通試験結果を反映。

 

 ――実戦運用型、規格統合。

 

 その下に、複数の型式番号。

 

 翔には、その意味がすぐに分かった。

 

「……この前の奴だ」

 

「分かる?」

 

「型式までは知らない。でも、『規格統合』って部分」

 

 翔は作業台に残されたフレームを見る。

 

「市場に出てた奴は作りがバラバラだった。それが、カイザーPMCの新型では接続部も電源も統一されてた」

 

 先生もログと室内を見比べる。

 

「外で試した結果を使って、自分たち用の装備を作った……」

 

「その可能性がかなり高くなったな」

 

 セリカが拳を握る。

 

「やっぱりカイザーじゃない!」

 

「セリカ」

 

「分かってるわよ。まだ全部の資料を見たわけじゃないって言うんでしょ?」

 

 先生が何か言う前に、セリカは続けた。

 

「でも、今度はちゃんと証拠があるじゃない」

 

「……うん」

 

 先生は否定しなかった。

 

「少なくとも、疑似メモリ兵器の試験とカイザーが無関係だった、とはもう言えない」

 

『ログは保存しました』

 

 アヤネが告げる。

 

『消去される前にこちらへ複製します』

 

「お願い」

 

 その時、シロコが部屋の奥で何かを見つけた。

 

「先生」

 

「どうしたの?」

 

「これ」

 

 壁に貼られた作業表だった。

 

 大半は剥がされている。

 

 しかし一枚だけ残っている。

 

 資材移動予定。

 

 機材搬出。

 

 記録媒体回収。

 

 そして、その一番下。

 

 ――地下発掘区画 回収対象優先度:最上位。

 

「地下発掘区画……」

 

 ホシノが読む。

 

「やっぱり下に何かあるんだねえ」

 

 翔はその文字を見つめた。

 

「しかも、疑似メモリ兵器より優先して運び出してる」

 

「だね」

 

 先生の目つきが変わる。

 

「ここで研究していた兵器以上に、カイザーが残したくないものが地下にある」

 

 アヤネがすぐに施設図を確認する。

 

『この部屋の先に大型エレベーターがあります。ただ、公開されている図面だと地下二階までしかありません』

 

「実際は?」

 

『電力線がもっと下へ続いています』

 

 全員が黙った。

 

 昨日から気になっていた異常な電力。

 

 地上から見えた巨大な穴。

 

 地下へ降ろされた太いケーブル。

 

 そして今見つかった「地下発掘区画」。

 

「行ってみる?」

 

 シロコが尋ねる。

 

 先生はすぐには答えず、周囲を見る。

 

 ここまで侵入して、すでに重要な証拠は手に入れた。

 

 本来なら、これだけでも十分な成果だ。

 

 だが施設は今まさに撤収している。

 

 次に来た時には、地下にあるものまで消えているかもしれない。

 

「アヤネ。エレベーター周辺の警備は?」

 

『……今確認しました。妙です』

 

「何が?」

 

『地上側より多いです』

 

 先生が目を細める。

 

『しかも、今までの巡回とは違って、固定配置です。地下へ降りる区画を守っているように見えます』

 

「決まりだな」

 

 翔が呟く。

 

「カイザーが本当に隠したいのは、下だ」

 

 先生は数秒だけ考えた。

 

 それから全員を見る。

 

「ここで引き返す選択肢もある」

 

 誰も口を挟まない。

 

「もう証拠は一つ確保できた。でも地下へ進めば、見つかる可能性はかなり上がる。戦闘になるかもしれない」

 

「でも、次はないかもしれない」

 

 シロコが言った。

 

「うん」

 

 先生も頷く。

 

 ホシノが肩を竦める。

 

「ここまで来て、一番大事なところだけ見ないで帰るのもねえ」

 

「私も行く」

 

 セリカが迷わず続けた。

 

「ここまでやったんだから、何を隠してたのか確かめたい」

 

「私もです~」

 

 ノノミも頷く。

 

 先生は最後に翔を見る。

 

「翔は?」

 

「行く」

 

 答えに迷いはなかった。

 

「俺がここまで来た理由も、それを確かめるためだから」

 

 疑似メモリ兵器の出所を追ってきた。

 

 その流れは、この施設へ辿り着いた。

 

 そして今、その研究施設のさらに下に、カイザーが最優先で回収しようとしている何かがある。

 

 ここで戻るという選択は、翔にはなかった。

 

「分かった」

 

 先生が頷く。

 

「じゃあ地下へ行こう。ただし、見つかったら無理に居座らない。証拠を確保して、全員で帰る。それが最優先」

 

「了解」

 

 全員がそれぞれ装備を確認する。

 

 部屋を出る直前、翔は一度だけ作業台へ振り返った。

 

 分解された拘束装置。

 

 凍結機構。

 

 防御装置。

 

 ブラックマーケットで使われた試験品。

 

 そこから得たデータを反映して作られた実戦運用型。

 

 ずっと見えなかった線が、ここでようやく一本に繋がった。

 

 だが、その線はここで終わっていない。

 

 むしろ。

 

 その先が、地下へ伸びている。

 

 翔は先生たちの後を追い、さらに施設の奥へ進んだ。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 大型エレベーターを避け、アヤネが見つけた保守用階段を下りること十数分。

 

 周囲の景色は、途中から完全に変わっていた。

 

 金属製だった壁が途切れる。

 

 代わりに現れたのは、砂色の巨大な石壁。

 

 規則的に積まれたものではない。

 

 一枚の岩盤そのものを削り出したような壁面に、見覚えのない文様が刻まれている。

 

 その表面を、後から設置されたカイザーのケーブルと照明が這っていた。

 

「……これ」

 

 セリカが足を止める。

 

「カイザーが作った場所じゃないわよね?」

 

「どう見ても違う」

 

 翔が答える。

 

 天井も高い。

 

 懐中電灯の光を向けても、途中から闇へ溶けていくほどだった。

 

 シロコが壁へ近づく。

 

「古い」

 

「うへ~……随分掘ったと思ったら、下にこんなのがあったんだねえ」

 

 ホシノの声からも、いつもの軽さが少し消えていた。

 

 先生は巨大な空間を見回す。

 

「資源調査……か」

 

「嘘ではなかったのかもしれませんね」

 

 ノノミが言った。

 

「調べていたものが、私たちの想像していた『資源』とは違っただけで」

 

 翔は答えず、正面を見る。

 

 遺跡の内部には、カイザーが持ち込んだ研究設備が何台も設置されていた。

 

 解析機器。

 

 大型電源。

 

 照明。

 

 クレーン。

 

 そして、石造りの壁から切り出された何かを運ぶための台車。

 

 昨日アコが指摘した高出力電源が、何のために持ち込まれていたのか。

 

 その一端がようやく見えた。

 

 だが、それ以上に翔の目を引いたものがあった。

 

 遺跡の奥。

 

 巨大な石扉の前に設置された研究区画。

 

 その周囲だけ、他よりさらに厳重に隔離されている。

 

 そして扉そのものには、奇妙な形の紋様が刻まれていた。

 

 翔はその場で足を止めた。

 

「……まさか」

 

「翔?」

 

 先生が振り返る。

 

 翔は返事をしなかった。

 

 まだ分からない。

 

 確証なんてない。

 

 それでも。

 

 あの文様を見た瞬間、胸の奥に嫌な感覚が走っていた。

 

 今まで追ってきた疑似メモリ兵器。

 

 それより遥かに前から存在する、本物のガイアメモリ。

 

 そしてマスターから聞いた、古い遺物の話。

 

 もし、その始まりがここにあるのだとしたら。

 

「……先生」

 

「うん」

 

「ここ、思ってたよりずっとヤバい場所かもしれない」

 

 先生の表情が引き締まる。

 

「どういう意味?」

 

 翔が答えようとした、その時だった。

 

 遺跡の奥で。

 

 低い警報音が鳴り始めた。

 

 

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