青の記録 ―二つの記憶が交わる時―   作:きままに投稿

64 / 94
第53話 封鎖の金

 

 

 低い警報音が、古代遺跡の広大な空間へ何度も反響した。

 

 赤い非常灯が遅れて点灯し、砂色だった石壁を不規則に染めていく。

 

「……見つかった?」

 

 セリカが反射的に銃を構える。

 

『待ってください。確認します!』

 

 アヤネの声と同時に、先生は全員へ手を上げた。

 

「まだ動かないで。何が原因か分かるまで固まって」

 

「ん」

 

 シロコが周囲の通路を警戒する。

 

 ホシノも盾を前へ回し、遺跡の奥と、自分たちが降りてきた保守階段の双方へ視線を走らせた。

 

 警報は止まらない。

 

 数秒後、アヤネが息を呑む。

 

『……外です』

 

「外?」

 

『入口で無力化した二人の警備員、定時確認の時間を過ぎました。応答がないことで異常判定されています』

 

「時間切れか」

 

 翔が呟いた。

 

 施設へ入る前に確認していた交代時刻。

 

 そこから逆算すれば、確かにそろそろだった。

 

『それだけじゃありません。警備側がログを確認し始めて、保守区画で使った認証カードの履歴も拾われています』

 

「アヤネが書き換えたのは?」

 

『一時的には誤魔化せました。でも、本格的に調べられると駄目です。認証した職員が別の場所にいることまで照合されています』

 

 一つの失敗で見つかったわけではない。

 

 時間が経ったことで、それまで隠してきた小さな矛盾が一斉に繋がった。

 

「場所まで割れてる?」

 

『正確な現在地まではまだです。ただ、西側保守区画から侵入者が入ったことは把握されたと思います』

 

 その直後。

 

 遺跡の上方から、機械的な音声が響いた。

 

『――警戒レベルを第二段階へ移行。地上第二、第三ブロックを封鎖。地下区画へ通じる昇降設備を停止します』

 

 遠くで、重いものが動く音がした。

 

 続いて何かが落ちる。

 

 巨大な防護扉。

 

 ここへ来る途中で見た通路が、次々と閉じられているのだろう。

 

「帰り道、潰され始めてるわよ!」

 

「まだ全部じゃない」

 

 先生は焦らず端末を確認する。

 

「アヤネ、保守階段は?」

 

『今のところ生きています。でも上の階で隔壁が閉まり始めています。このままだと同じ道では戻れなくなる可能性があります』

 

「分かった」

 

 先生は一瞬だけ遺跡の奥を見る。

 

 ここで引き返せば、確保した疑似メモリ兵器の記録は持ち帰れる。

 

 それだけでも大きな成果だ。

 

 だが、目の前にあるのは、それ以上にカイザーが隠そうとしていた場所。

 

 しかも撤収中。

 

 次に来ても残っている保証はない。

 

「三分」

 

 先生が言った。

 

「三分だけ調べる。それ以上は残らない。持ち帰れるデータだけ取って撤退する」

 

「三分で足りる?」

 

 セリカが聞く。

 

「足りなくても終わり。調査して全員捕まりました、じゃ意味がないから」

 

「了解」

 

 シロコが即答した。

 

「アヤネ、ここの端末に入れる?」

 

『外から接続できるものを探します』

 

「ノノミとセリカは周囲の資料。持ち出せるものじゃなくていい。写真を撮って」

 

「はい~」

 

「任せて!」

 

「ホシノは入口」

 

「は~い。おじさん、見張ってるよ」

 

「翔は私と来て」

 

「ああ」

 

 二人は石扉前の研究区画へ走った。

 

 近づくほど、カイザーが後から持ち込んだ設備と、この遺跡本来の構造との差が際立つ。

 

 無骨な解析装置。

 

 大型の照明。

 

 何本ものケーブル。

 

 そのすべてが、何百年、あるいはそれ以上前から存在していたような石の構造物へ無理やり接続されている。

 

 作業台の上には、撤収途中で放置された資材箱が残っていた。

 

 中身はほとんど空。

 

 だが、緩衝材だけは残っている。

 

 翔は一つを持ち上げた。

 

「……細長い」

 

「何が?」

 

「ここに入ってた物」

 

 人差し指二本分ほどの幅。

 

 掌より少し長い。

 

 形そのものだけなら、それほど珍しくない。

 

 だが翔には嫌でも連想できた。

 

 ガイアメモリ。

 

「メモリ?」

 

 先生が声を落とす。

 

「分からない。ただ、この大きさなら入る」

 

 別の箱を見る。

 

 こちらも同じだった。

 

 一つではない。

 

 複数。

 

 箱の側面には管理番号と、カイザー側が後付けしたラベルが貼られている。

 

 ――発掘物。

 

 ――記憶媒体型。

 

 ――状態:破損。

 

「記憶媒体……」

 

 先生の目が細くなる。

 

「翔が追ってたものと関係ある?」

 

「たぶん」

 

 翔は箱を元へ戻した。

 

「でも、中身がない。これだけじゃ何が入ってたかまでは言えない」

 

「写真だけ残そう」

 

「ああ」

 

 先生が端末で記録する。

 

 その間に翔は別の机へ向かった。

 

 そこには研究員が急いで片づけたのか、端末の脇へ紙資料が数枚残っている。

 

 内容の大半は数値。

 

 材質分析。

 

 年代測定。

 

 エネルギー反応。

 

 翔にも分からない項目が多い。

 

 だが、その中に一つだけ目を引く文言があった。

 

 ――発掘個体の内部情報構造を模倣。

 

 ――完全再現には至らず。

 

 ――外部装置用制御媒体への転用を優先。

 

「……先生」

 

「何かあった?」

 

 翔は紙を差し出す。

 

 先生が読む。

 

 表情が変わった。

 

「これって……」

 

「疑似メモリのことだと思う」

 

 断定するには名称が足りない。

 

 それでも、これまで見てきたものと内容が一致する。

 

「じゃあ、疑似メモリ兵器は……」

 

「ここで発掘したものを参考に作った可能性がある」

 

『先生!』

 

 アヤネの声が飛ぶ。

 

『研究区画の端末、一台だけ生きています! 外部接続できます!』

 

「お願い!」

 

『入ります!』

 

 正面のモニターが点灯した。

 

 フォルダが次々と表示される。

 

 大半には消去済みの表示。

 

 それでも完全には間に合わなかったらしい。

 

『復旧できるものから取ります……!』

 

 アヤネが高速で操作する。

 

 そこへシロコの声が飛んできた。

 

「先生。来る」

 

 遺跡へ続く通路の向こう。

 

 複数の足音が近づいている。

 

「あとどれくらい?」

 

『一分ください!』

 

「一分ね」

 

 先生は迷わなかった。

 

「全員、出口側へ寄って。ここを取ったら撤退する」

 

 その間に、翔は巨大な石扉の横にある解析装置へ目を留めた。

 

 遺跡内部の簡易図。

 

 発掘地点。

 

 回収された物品の一覧。

 

 その中に、短い記載がある。

 

 ――真正個体。

 

「……真正?」

 

 先生も横から画面を見る。

 

 さらにその下。

 

 ――既回収数:複数。

 

 ――現地保管:なし。

 

「本物が……ここから出た?」

 

 翔が呟く。

 

『終わりました! 取れるものは全部取りました!』

 

「よし、撤収!」

 

 先生が踵を返す。

 

 翔も離れようとした、その時だった。

 

『……あれ?』

 

「どうしたの?」

 

『今コピーしたデータの中に、一つだけ他と形式の違うファイルがあります。破損していますけど、ヘッダーだけなら』

 

「開いて」

 

 モニターの隅に小さなウィンドウが開いた。

 

 本文の大半は文字化けしている。

 

 だが、上部に記された名前と印だけは残っていた。

 

 ――FOUNDATION X.

 

 翔の足が止まる。

 

「……財団X」

 

「翔?」

 

 先生の声が飛ぶ。

 

 翔は数秒だけ画面を見つめた。

 

「アヤネ。そのファイルも残して」

 

『はい。確保しました!』

 

「ありがとう。今は出よう」

 

 それだけだった。

 

 先生も今は追及しない。

 

「先生、もう来るよ」

 

 ホシノの声。

 

「行こう!」

 

 全員が走り出した。

 

 だが、来た道を数十メートル戻ったところで頭上から機械音声が響く。

 

『地下第三保守区画、封鎖』

 

 直後、前方へ巨大な隔壁が落下した。

 

「うそでしょ!?」

 

『先生! 保守階段へのルートが切られました!』

 

「別ルート!」

 

『探します!』

 

 後方から銃声が響く。

 

 ホシノが盾を立て、飛来した弾丸を受け止めた。

 

「うへ~。さすがに帰してはくれないかあ」

 

「当たり前でしょ!」

 

 セリカとノノミが応射する。

 

「前へ進む!」

 

「前!?」

 

「戻れないなら地下搬入口へ抜ける。大型車両用の出口があるはず!」

 

『あります! ただ、そちらは警備が――』

 

「多くても出口があるなら行く!」

 

 先生は即座に配置を組み替えた。

 

「シロコ先頭! ホシノは最後尾! セリカとノノミは左右! 翔は私と中央!」

 

 一行が走る。

 

 シロコが前方の敵を牽制し、セリカとノノミが左右を抑える。

 

 最後尾ではホシノが盾で射線を切り、先生の指示に合わせて全員が止まらず進んでいく。

 

『右です! その先が搬出区画!』

 

 アヤネの案内に従って通路を抜ける。

 

 視界が一気に開けた。

 

 大型車両が何台も並べるほど広い地下搬出フロア。

 

 その向こうには、地上へ続いていると思われる緩やかな坂道があった。

 

「出口!」

 

 セリカが声を上げる。

 

「待って」

 

 先生が即座に止めた。

 

 坂道の手前。

 

 一人の男が立っている。

 

 上質なスーツ姿。

 

 その背後には複数のPMC兵。

 

「侵入者がいるとは聞いていたが……」

 

 男は一行を眺める。

 

「まさかアビドスだったとはな」

 

 セリカが銃を構えた。

 

「……誰よ、あんた」

 

「ふむ?」

 

 男は僅かに眉を上げる。

 

「私のことも知らずに、ここまで入り込んできたのか?」

 

 そして鼻で笑う。

 

「まあ良い。私はカイザーコーポレーションの理事だ。現在はカイザーPMCの指揮も任されている」

 

「……カイザー」

 

 先生が一歩前へ出た。

 

「ちょうどよかった。聞きたいことがあるんだけど」

 

「ほう?」

 

「ブラックマーケットへ流していた疑似メモリ兵器。そこから回収した実戦データ。それを反映して作られたPMC用の装備」

 

 理事の表情は変わらない。

 

「それと、この地下遺跡。説明してもらえる?」

 

「説明?」

 

 理事は低く笑った。

 

「……くくっ」

 

「何がおかしいのよ」

 

 セリカが睨む。

 

「いや。勝手に我々の土地へ侵入し、職員を襲い、機密を盗み見た者から説明を求められるとはな」

 

「ここはカイザーの私有地だ。発掘も研究も、そこで得たものを利用することも我々の事業だ」

 

「ブラックマーケットに兵器を流したことも?」

 

「ああ。それがどうした?」

 

 翔が眉を寄せる。

 

「どうしたって……人に使わせて実戦データを取ってたんだろ」

 

「市場へ出した製品が、実際の環境でどの程度使えるかを確認する。当然のことではないか」

 

「人が巻き込まれてもか?」

 

「使い方まで我々が面倒を見る必要があるのか?」

 

 理事は本気で疑問だと言わんばかりに返した。

 

「必要な者が買い、好きに使った。その結果得られた情報を次の製品へ反映した。それだけだ」

 

「ふざけないで!」

 

 セリカが踏み出す。

 

「その兵器のせいで――」

 

「やれやれ。また被害者面か」

 

「なっ……!」

 

「セリカちゃん」

 

 ホシノが静かに呼ぶ。

 

 セリカは歯を食いしばりながら止まった。

 

「それで~?」

 

 ホシノは理事を見たまま続ける。

 

「理事さん本人までこんな所にいるってことは、ずいぶん大事な物があるみたいだねえ」

 

 理事の視線がホシノへ移る。

 

「……小鳥遊ホシノか」

 

「おや。おじさん、有名人?」

 

「名前くらいはな」

 

 それだけ答えると、理事は一行を見回した。

 

「もっとも、今は他人の秘密を気にしている場合ではないだろう」

 

 周囲のシャッターが一斉に開いた。

 

 左右。

 

 後方。

 

 上階。

 

 武装したPMC兵が次々と現れる。

 

「……囲まれた」

 

 シロコが呟く。

 

「最初からここへ追い込んだ?」

 

 先生が尋ねる。

 

「施設の中を走り回られるのも面倒なのでな。出口を絞れば侵入者は勝手にここへ来る」

 

「私たちをどうするつもり?」

 

「まず、持ち出した情報をすべて返してもらう」

 

「断ったら?」

 

「力ずくで取り戻す。それだけだ」

 

 理事の右手が懐へ入る。

 

 取り出されたものを見た瞬間。

 

 翔の背筋に冷たいものが走った。

 

「全員、下がれ!」

 

 先生たちが一斉に翔を見る。

 

 理事の手に握られているもの。

 

 疑似メモリではない。

 

 人工的に再現した模造品でもない。

 

 一本のガイアメモリ。

 

「……お前、それ……」

 

「やはり分かるのか」

 

 理事が笑う。

 

「面白い」

 

 親指でスイッチを押す。

 

『MONEY』

 

 電子音声が地下空間へ響いた。

 

 翔の目が見開かれる。

 

「真正の……ガイアメモリ……」

 

「真正?」

 

 先生が翔を見る。

 

「翔、あれは何?」

 

「今まで見てきた疑似メモリとは違う。模造品じゃない。本物のガイアメモリだ」

 

「本物……」

 

 先生の声が僅かに低くなる。

 

「何ができるの?」

 

「……MONEY」

 

 翔はその名を小さく繰り返した。

 

 引っ掛かる。

 

 確かに覚えがある。

 

 昔見た『仮面ライダーW』に、あの名前のドーパントが出ていたはずだ。

 

 だが、そこから先が出てこない。

 

 どんな能力だったか。どう戦っていたか。どうやって倒されたのか。

 

 記憶を探っても、肝心な部分だけがぼやけていた。

 

「名前には覚えがある。でも、能力までは思い出せない」

 

「じゃあ、何をしてくるかは分からない?」

 

「ああ」

 

 翔は理事の手元から目を離さない。

 

「ただ、本物なら今までの疑似メモリ兵器と同じつもりでは相手にしない方がいい」

 

 理事がその言葉を聞き、僅かに目を細めた。

 

「ほう。随分と詳しいな」

 

「調べてるからな」

 

 翔は短く返す。

 

 それ以上は言わない。

 

 理事も数秒だけ翔を眺めたが、やがて鼻で笑った。

 

「まあ良い」

 

 MONEYメモリを握ったまま、一歩前へ出る。

 

「君たちは我々の技術を随分と嗅ぎ回ってくれたようだが、どうやら模造品しか見たことがないらしい」

 

 理事の口元が歪む。

 

「なら、せっかくだ」

 

 MONEYメモリを掲げる。

 

「本物がどれほど違うのか――その身で知ると良い」

 

 そして。

 

 MONEYメモリを、自らの生体コネクタへ差し込んだ。

 

 異様なエネルギーが、理事の身体を包み込む。

 

 人間の輪郭が崩れ、その内側から別の姿が押し広げられていく。

 

 やがて現れたのは、硬貨を思わせる意匠を全身に纏い、異様に張り出した腹部を持つ巨大な怪人だった。

 

 太い四肢。

 

 重量をそのまま形にしたかのような、ずんぐりとした体躯。

 

 床へ足を下ろしただけで、鈍い振動が地下空間へ伝わる。

 

「……これが」

 

 翔が息を呑む。

 

 ぼやけていた記憶の奥から、その姿だけが少しずつ輪郭を取り戻していく。

 

 マネー・ドーパント。

 

 カイザー理事は、真正のガイアメモリを使うドーパントだった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 マネー・ドーパントが、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 

 床へ響く足音は重い。

 

 異様に張り出した腹部を抱えた巨体は、一見すれば俊敏に動けるようには見えなかった。だが、その手には真正のガイアメモリが生み出した力がある。

 

 翔は油断しなかった。

 

「先生」

 

「うん」

 

「能力は分からない。見た目だけで判断しない方がいい」

 

「同感」

 

 先生もすぐに答えた。

 

 その視線はマネー・ドーパントだけではなく、左右と上階へ展開したPMC兵にも向けられている。

 

「目的は理事を倒すことじゃないよ。持ち帰るものはもう持ってる。出口を開けて、全員で撤退する」

 

「ん」

 

 シロコが銃を構え直した。

 

「ホシノは正面。ただし深追いしないで。シロコは右上、ノノミは左上。セリカは搬出口側の敵を牽制。道を作るよ」

 

「は~い」

 

「了解」

 

「分かりました~」

 

「任せて!」

 

「翔は私と後ろへ。撃ち合いになったらすぐ遮蔽物に入って」

 

「ああ」

 

 翔も素直に従った。

 

 生身のまま前へ出る理由はない。

 

 変身する必要が生じても、今は全員の視界の中だ。まず状況を見る。

 

 マネー・ドーパントが低く笑った。

 

「私を前にして逃げ道の心配か」

 

「戦う必要がないなら戦わないよ」

 

「随分とつまらん答えだな」

 

「生徒を危険に晒してまで面白いことする趣味はないからね」

 

「ふん」

 

 理事が腕を持ち上げた。

 

 その周囲に、黄金色の光が生まれる。

 

「先生!」

 

「遮蔽物!」

 

 声とほぼ同時だった。

 

 硬貨を思わせる円形の光弾が、次々と射出された。

 

「っ!」

 

 ホシノが盾を前へ出す。

 

 激しい衝撃音が連続し、光弾が弾けるたびに火花が散った。

 

 一発で盾を吹き飛ばすほどではない。

 

 だが数が多い。

 

 正面へ集中するものだけでなく、角度を変えながら左右へ広がる光弾まで混ざっている。

 

「シロコ、上!」

 

「ん」

 

 先生の声に合わせ、シロコが撃つ。

 

 狙ったのはマネー・ドーパントではない。

 

 上階からこちらへ照準を合わせていたPMC兵。

 

 最初の一人が身を引いたところへノノミの射撃が重なり、左側でも敵が遮蔽物へ引っ込む。

 

「セリカ、今!」

 

「分かってる!」

 

 セリカが搬出口側へ射撃を集中させる。

 

 少しずつ。

 

 包囲の一角が薄くなる。

 

 先生は真正メモリの怪人を倒そうとしていない。

 

 理事が何者へ変わろうと、やることは変えない。

 

 脱出路を作る。

 

 翔がそれを理解した直後、マネー・ドーパントが動いた。

 

「させると思うか?」

 

 巨体が前へ出る。

 

 遅くはない。

 

「ホシノ!」

 

「来るねえ」

 

 ホシノは正面から待ち受けなかった。

 

 盾を斜めへ構え、マネー・ドーパントが伸ばした腕を受ける。

 

 鈍い音が鳴る。

 

 衝撃に靴底が滑った。

 

 それでもホシノは力比べをせず、盾の角度を変えながら巨体を横へ流す。

 

 理事の身体が僅かに泳ぐ。

 

 そこへ踏み込んだ。

 

 ショットガンが至近距離で火を噴く。

 

 巨体の肩が揺れた。

 

「ほう」

 

 さらに一発。

 

 今度は胸元。

 

 続けて盾を押し当て、マネー・ドーパントとの距離を強引にずらす。

 

「ホシノ、戻って!」

 

「はいは~い」

 

 先生に呼ばれると、ホシノは即座に離れた。

 

 追おうとした理事の足元へシロコが撃ち込み、その動きを牽制する。

 

「いいよ。そのまま! 相手しすぎないで!」

 

 誰も突出しない。

 

 ホシノが受ける。

 

 シロコたちが援護する。

 

 先生が全員の位置を調整しながら、出口側だけを削っていく。

 

 理事はしばらくそれを眺めていた。

 

「なるほど」

 

 その声から、先ほどまでの余裕が少しだけ薄れる。

 

「君たちだけでここまで統制が取れていたわけではないか」

 

 視線が先生へ向く。

 

「やはり、厄介なのは先生の方か」

 

「褒めても何も出ないよ」

 

「褒めたつもりはない」

 

 再び光が生まれた。

 

「来るよ!」

 

 先生の指示で全員が位置を変える。

 

 硬貨型の光弾が飛び交う中、ホシノは先生と翔へ向かう射線だけを盾で塞ぎ、必要以上に前へ出ない。

 

 光弾が途切れる。

 

 その瞬間を逃さず、先生が指を伸ばした。

 

「右側が薄い! シロコ、セリカ!」

 

「ん」

 

「了解!」

 

 二人の射撃が重なる。

 

 PMC兵が後退した。

 

「ノノミもそっちへ! ホシノはあと三秒だけ正面をお願い!」

 

「任されたよ~」

 

 あと少し。

 

 このままなら抜けられる。

 

 翔にもそう見えた。

 

 だからこそ。

 

 マネー・ドーパントが突然、戦いとは無関係な言葉を口にした。

 

「小鳥遊ホシノ」

 

「ん~?」

 

 ホシノは盾を下ろさない。

 

「何かな、理事さん」

 

「君は思ったより使えるようだな」

 

「そりゃどうも」

 

「少なくとも――前の生徒会長よりはな」

 

 ほんの僅か。

 

 ホシノの動きが止まった。

 

 翔は気づかなかった。

 

 だが先生は、即座に彼女を見た。

 

 理事も。

 

 見逃さなかった。

 

「……なんの話かなあ」

 

 いつもの声だった。

 

 だが、さっきまでと少しだけ違う。

 

「梔子ユメ、と言ったか」

 

 その名前が出た瞬間。

 

 ホシノから、笑みが消えた。

 

「ホシノ」

 

 先生が静かに呼ぶ。

 

「聞かなくていい」

 

「……分かってるよ、先生」

 

 盾は構えたまま。

 

 視線も正面から逸らしていない。

 

 ホシノはまだ冷静だった。

 

 理事が鼻で笑う。

 

「記録で見たが、随分と夢見がちな生徒会長だったようだな」

 

「……」

 

「現実も見ず、根拠のない希望に縋り続ける。結局、その結果が今のアビドスだ」

 

「理事」

 

 先生の声が低くなった。

 

「それ以上は戦いと関係ないでしょ」

 

「あるとも」

 

 マネー・ドーパントは答える。

 

「組織を率いる者の能力は、その組織がどうなったかを見れば分かる」

 

 そして、ホシノへ言葉を向ける。

 

「守ると言いながら、結局何一つ守れなかった」

 

 ホシノの指が、盾のグリップへ食い込んだ。

 

「それで残された後輩が、今になって尻拭いか。まったく――」

 

 一拍。

 

「実に愚かな生徒会長だったな」

 

「……その名前を」

 

 声が低かった。

 

 普段の気の抜けた調子は、もうない。

 

「ホシノ」

 

 先生がもう一度呼ぶ。

 

 ホシノは答えない。

 

「その名前を、あんたが口にするな」

 

 マネー・ドーパントが笑った。

 

「図星か?」

 

「黙れ」

 

「ホシノ、乗らないで!」

 

「……分かってる」

 

 返事はした。

 

 だが。

 

 理事は止めなかった。

 

「君も本当は分かっているのだろう?」

 

 ホシノの瞳が鋭くなる。

 

「どれだけ足掻こうと、救えないものは救えない。あの生徒会長がそうだったようにな」

 

「――黙れ!」

 

 ホシノが地面を蹴った。

 

「ホシノ!」

 

 先生の指示より、僅かに早い。

 

 ただ、それだけだった。

 

 無謀に真正面から突っ込んだわけではない。

 

 盾を構え、マネー・ドーパントの光弾を弾きながら一気に距離を詰める。

 

 撃つ。

 

 一発。

 

 身体をずらし、二発目。

 

 理事の腕が動くより先に盾を押し当て、その巨体を後ろへ押し込んだ。

 

「っ……!」

 

 マネー・ドーパントが初めて大きく姿勢を崩す。

 

 ホシノは強い。

 

 怒っていても、それは変わらない。

 

 だが。

 

「ホシノ先輩、戻って!」

 

 セリカの声。

 

 ホシノが一人だけ前へ出たことで、それまで保たれていた距離が崩れている。

 

 理事が笑った。

 

「今だ」

 

 上階から銃声が降った。

 

「っ!」

 

 シロコが即座に撃ち返す。

 

 だが一方向ではない。

 

 ホシノが空けた中央の空間へ、左右のPMC兵が一斉に射線を通してきた。

 

「ノノミ、セリカ、下がって! シロコはホシノを援護!」

 

 先生の指示が飛ぶ。

 

 マネー・ドーパントも両腕を広げた。

 

 黄金色の硬貨が、その周囲へ浮かび上がる。

 

「全員、散って!」

 

 光弾が放たれた。

 

 正面。

 

 左右。

 

 上方。

 

 広くばら撒かれた光が、先生たちの間へ次々と着弾する。

 

 ホシノは後退しようとする。

 

 だが、理事が前へ出てその進路を塞いだ。

 

「邪魔……!」

 

 盾で腕を受け流し、ショットガンを撃つ。

 

 その間にもPMCの射撃が続く。

 

「先生!」

 

 翔が声を上げた。

 

 数発の弾丸がこちらへ飛んでくる。

 

「翔、西!」

 

「え?」

 

「作業車の裏! 早く!」

 

 先生に押されるように、翔は西側へ走った。

 

 大型の整備車両の陰へ滑り込む。

 

 直後。

 

 硬貨型の光弾が、頭上の資材ラックへ命中した。

 

 金属が軋む。

 

「まず――」

 

 翔が顔を上げた時には遅かった。

 

 固定具が吹き飛び、積まれていた大型の資材コンテナが傾く。

 

「先生!」

 

「翔、離れて!」

 

 轟音。

 

 砂埃が一気に舞い上がった。

 

 倒れたラックとコンテナが搬出フロアを横切り、翔と先生たちの間へ壁のように積み重なる。

 

「くそっ……!」

 

 翔は咳き込みながら立ち上がった。

 

 完全に閉じ込められたわけではない。

 

 だが先生たちの姿は見えない。

 

 向こうから響く銃声と、セリカたちの声だけが聞こえる。

 

『ホシノ、戻って! 一人で相手しないで!』

 

「……分かってる!」

 

 先生の声。

 

 ホシノの声。

 

 まだ戦えている。

 

 それでも陣形は崩れた。

 

 理事は最初から、ホシノを怒らせるためにユメの名前を出した。

 

「……性格悪すぎだろ、あの理事」

 

 翔は吐き捨てる。

 

 横を見る。

 

 PMC兵がこちらへ回り込もうとしている。

 

 正面へ戻るには、銃撃を抜けなければならないが幸か不幸か、先ほどの光弾で倒れたコンテナのおかげで今は理事やPMCからの視線は切れている。

 

 生身で行く理由は、もうなかった。

 

 翔の手が、上着の内側へ入る。

 

 指先に触れたのは。

 

 ロストドライバーだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。