青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
倒れた資材ラックの向こうから、複数の足音が近づいてくる。
翔はコンテナの陰へ身を寄せた。
先生たちの姿は完全に見えない。向こうからこちらも見えないはずだ。砂埃もまだ収まっておらず、搬出区画では銃声とマネー・ドーパントの光弾が途切れることなく響いている。
回り込んでくるPMC兵の声が聞こえた。
「西側へ一名分断された。確保しろ」
「了解」
翔は小さく息を吐いた。
「……確保、ね」
上着の内側からロストドライバーを取り出し、腰へ装着する。
続いて取り出した黒いガイアメモリのスイッチを押した。
『JOKER』
電子音声は、周囲の銃声と警報に飲まれた。
「変身」
メモリを装填し、ドライバーを展開する。
『JOKER』
黒い装甲が翔の身体を覆った直後、コンテナの角からPMC兵が二人飛び出してきた。
「いたぞ――」
最後まで言わせなかった。
ジョーカーは一人目が構えた銃身を左手で外側へ払い、その懐へ踏み込む。腹部へ拳を一発。身体を折ったところで肩を押し、後ろから続いてきたもう一人へぶつけた。
「なっ――仮面ライダー!?」
二人目が慌てて銃を向ける。
銃口がこちらを捉えるより早く、ジョーカーは半歩内側へ入った。
手首を掴み、射線を上へ逸らす。
銃声。
弾丸が天井へ飛ぶ。
そのまま腕を引いて体勢を崩し、足を払った。倒れたところへ銃を蹴り飛ばす。
「悪いけど、今は付き合ってる暇ないんだ」
振り返る。
もう一人が起き上がろうとしていた。
ジョーカーは真正面から殴り倒すのではなく、その足元へ踏み込み、身体の軸を崩すように肩を押した。再び床へ転がったPMC兵を置き去りにし、倒れた資材ラックへ向かう。
向こうではまだ戦闘が続いている。
『ホシノ、左へ! そのまま戻って!』
先生の声。
「っ……!」
続いて響いたのはホシノの声と、重い衝突音だった。
ジョーカーは積み重なったコンテナへ足を掛けた。
一段。
二段。
そのまま上へ駆け上がり、最後の縁を蹴る。
黒い身体が資材の山を越えた。
眼下。
状況は、離れる前より悪くなっていた。
ホシノはマネー・ドーパントの正面から離脱しようとしている。だが理事がそれを許さず、巨体を使って進路を塞いでいる。
先生たちはPMCからの射撃を受け、ホシノとの間へ入れない。
「ホシノ先輩!」
セリカが叫ぶ。
「大丈夫! 来なくていい!」
ホシノはそう返しながら、振り下ろされた腕を盾で受け流した。
完全には流し切れない。
衝撃に身体が横へ押される。
そこへ二撃目。
「――っ!」
「ホシノ!」
先生の声が飛んだ。
マネー・ドーパントの腕が大きく振り上げられる。
ジョーカーはコンテナの上から飛び降りた。
「なに――」
理事が気づく。
振り下ろされる腕とホシノの間へ着地。
真正面から受ければ押し潰される。
ジョーカーは腕を受け止めなかった。
身体を半歩ずらし、振り下ろされる手首へ両腕を添える。その勢いに逆らわず、軌道だけを外側へ逸らした。
巨腕が床へ叩きつけられる。
轟音。
その隙に、ジョーカーは理事の側頭部へ蹴りを叩き込んだ。
「ぬっ……!」
巨体が傾く。
「今だ!」
ジョーカーが叫ぶ。
ホシノは一瞬だけ黒い背中を見た。
「……仮面ライダー?」
「下がれ!」
「っ……!」
我に返ったように、ホシノが地面を蹴る。
今度は理事を追わない。
盾で飛んできた光弾を弾きながら、一気に先生たちの側まで戻った。
「ホシノ!」
「先生……ごめん」
「それは後!」
先生は短く切った。
「戻ってきたならいい。シロコ、ホシノの右! セリカとノノミは左を詰めて!」
「ん」
「分かった!」
「はい!」
崩れていた対策委員会が、再び先生の指示を中心にまとまり始める。
その様子を確認してから、先生は視線を正面へ戻した。
マネー・ドーパントと向かい合う黒い戦士。
「……仮面ライダー」
先生が小さく呟いた。
また来てくれたという感謝と共に、なぜこの場所へという疑問が浮かぶ。
だが今は、その正体を考える時ではない。
「聞こえる!?」
ジョーカーが僅かに顔を向ける。
「ああ!」
「私たちは出口を開ける! 倒さなくていいから、その間だけそいつ抑えられる?」
ジョーカーは一瞬だけマネー・ドーパントを見る。
「やってみる」
「十分!」
先生はすぐ対策委員会へ向き直った。
「右側から抜けるよ! ホシノは前! シロコは高所! セリカ、ノノミ、二人で出口側を押して!」
銃声が再び重なる。
マネー・ドーパントはその様子を見た後、目の前のジョーカーへ視線を戻した。
「なるほど」
低い笑い声。
「貴様が例の仮面ライダーか」
「随分有名になったみたいだな」
「当然だ。こちらの商品を散々壊して回ってくれたからな」
「危ない物をばら撒く方が悪いだろ」
「商品に善悪などあるものか。価値があるか、利益を生むか。それだけだ」
「話が合わないわけだ」
ジョーカーは拳を構えた。
「俺はそういうの、一番嫌いなんでね」
「ふん」
理事の周囲へ硬貨型の光が浮かぶ。
「なら、嫌いな相手にどこまで通用するか試してみろ」
光弾が放たれた。
ジョーカーは走った。
一発目を頭を傾けて避ける。
二発目は身体を沈める。
三発目が肩を狙う。
踏み込む足を止めず、上体だけを捻ってかわした。
後方で光弾が床へ突き刺さる。
距離が詰まる。
「はっ!」
左の拳を腹部へ。
続けて右を胸元。
脇腹。
顎。
狙う場所を変えながら、間を空けずに打ち込む。
マネー・ドーパントの身体がわずかに揺れた。
だが。
「……硬っ」
手応えがおかしい。
効いていないわけではない。
それでも、深く入らない。
まるで分厚い塊を殴っているようだった。
「終わりか?」
太い腕が横薙ぎに振るわれる。
ジョーカーは身体を沈めた。
頭上を巨腕が通り過ぎる。
そのまま懐へ潜り、軸足を狙って低い蹴り。
続けて膝。
体勢が崩れた瞬間、胸元へ掌底を叩き込む。
「ぐっ……!」
マネー・ドーパントが半歩退いた。
ジョーカーは追う。
大振りの一撃なら避けられる。
動きも読める。
技術ならこちらが上だ。
さらに拳を振り抜いた。
しかし。
「だからどうした」
マネー・ドーパントの手が、ジョーカーの腕を掴んだ。
「な――」
「確かに速い。上手くもある」
握力が増す。
ジョーカーはすぐ腕を捻り、掴まれた方向へ自分から踏み込んだ。
拘束が緩む。
抜ける。
だが、その一瞬で理事の反対側の腕が振るわれた。
「っ!」
咄嗟に両腕で受ける。
重い。
衝撃に身体が浮いた。
数メートル後方へ飛ばされ、床へ足を着く。そのまま滑りながら体勢を戻した。
「ジョーカー!」
遠くからセリカの声が聞こえた。
「こっちはいい! 出口を開けろ!」
ジョーカーは立ち上がる。
両腕が痺れている。
まともに喰らえば厄介だ。
「それが仮面ライダーか」
理事が悠然と歩いてくる。
「期待したほどではないな」
「まだ始まったばっかだろ」
「なら、もっと見せてみろ」
ジョーカーは再び構えた。
真正面から力をぶつける必要はない。
大きい分、狙える箇所も多い。
動きを崩す。
隙を作る。
先生たちが抜ける時間さえ稼げればいい。
マネー・ドーパントが踏み込む。
ジョーカーも前へ出た。
振るわれた拳を外へかわし、脇腹へ二発。
身体を回して背後へ回り、膝裏へ蹴りを入れる。
巨体が沈む。
そこへ背中から肩へ、連続で拳を叩き込んだ。
「ぬうっ!」
初めて理事の声に苛立ちが混じる。
ジョーカーはさらに踏み込んだ。
振り向くより早く、張り出した腹部へ拳を突き込む。
鈍い手応え。
その直後。
――じゃらり。
「……?」
拳を引く。
聞き間違いかと思った。
もう一度。
今度は角度を変え、腹部へ蹴りを入れる。
衝撃に巨体が揺れた。
同時に。
――じゃら、じゃらっ。
確かに聞こえた。
硬いもの同士が、腹の奥でぶつかる音。
硬貨を袋いっぱいに詰めて揺らしたような――。
ジョーカーの動きが、ほんの僅かに止まる。
「……なんだ?」
マネー・ドーパントが笑った。
「どうした、仮面ライダー」
張り出した腹部へ手を添える。
「何か気になるか?」
その仕草。
音。
そして、MONEYという名前。
ぼやけていた翔の記憶の奥で、何かが引っ掛かった。
* * *
――じゃらり。
マネー・ドーパントの腹部から響いた音が、妙に耳へ残った。
硬貨。
MONEY。
異様に膨れた腹。
そして、その中に詰め込まれている何か。
「……待て」
ジョーカーは構えを崩さないまま、わずかに距離を取った。
頭の奥に引っ掛かっていた記憶が、少しずつ形を取り始める。
「そうだ……こいつ」
名前だけでは出てこなかった。
だが、実際に姿を見て、腹の奥からあの音を聞いたことで繋がった。
「ライフコイン……」
その言葉に、マネー・ドーパントの動きが止まった。
「ほう」
理事の声に、愉快そうな響きが混じる。
「そこまで知っているか」
ジョーカーの視線が、張り出した腹部へ落ちる。
全部を思い出したわけではない。
だが、そこだけは出てきた。
人間の生命力を取り込んだコイン。
それを腹部へ蓄えるドーパント。
「その腹の中……まさか全部……」
「察しが良いな」
理事は腹部を軽く叩いた。
じゃら、と再び音がする。
「価値を失った者から回収したものだ」
「……人の命を、金みたいに言うな」
「何を怒っている?」
理事は本気で理解できないという調子だった。
「価値とは、利用できて初めて意味を持つ。金も、土地も、技術も――人間も同じだ」
「やっぱり話が合わないな」
ジョーカーの拳が強く握られる。
「一生分かり合えそうにない」
「こちらも同感だ」
マネー・ドーパントの周囲に、再び黄金色の光が浮かんだ。
硬貨型の光弾。
ジョーカーは横へ跳ぶ。
立て続けに放たれた光が床を穿つ。
一発を潜り、二発目を身体を捻ってかわす。そのまま間合いへ入り、伸びてきた腕の外側へ回った。
脇腹へ拳。
振り向く前に背中へ二発。
膝裏を蹴り、体勢を沈ませる。
「ぐっ……!」
そこへ肩口へ回し蹴りを叩き込んだ。
巨体が横へよろめく。
だが、倒れない。
「くそ……!」
「どうした?」
理事が振り返る。
「先ほどから、軽いな」
「……何?」
「数だけは多い。だが、それだけだ」
マネー・ドーパントが腕を振るう。
ジョーカーは下がってかわした。
「貴様の拳では、私には届かん」
「言ってろ」
再び踏み込む。
顎。
胸。
肩。
同じ場所へ続けて打ち込まず、巨体の軸を崩すように攻撃を散らす。
当たる。
避けられてはいない。
理事にも衝撃は通っている。
それでも決定打にならない。
JOKERの強みは、身体能力と翔自身の動きを噛み合わせた近接戦だ。相手の動きを読み、隙へ正確に打ち込むことならできる。
だが。
目の前にいるのは、三百キロを優に超える巨体。
その上、腹には大量のライフコインを抱え込んでいる。
崩せても。
倒し切れない。
「なら――」
ジョーカーが後ろへ跳んだ。
腰へ手を伸ばす。
JOKERメモリを抜く。
変身は解除されない。
代わりに取り出したのは、赤いガイアメモリ。
理事が僅かに目を細めた。
「別のメモリだと?」
スイッチを押す。
『HEAT』
メモリをロストドライバーへ装填する。
『HEAT』
黒を基調としていた装甲が変化する。
赤を主体とした姿へ。
全身から熱気が立ち昇り、周囲の空気が揺らいだ。
仮面ライダーヒート。
「一つで足りないなら、もう一つ見せてやる」
「面白い」
理事の声が弾む。
「それも真正のメモリか!」
「教える義理はない」
ヒートが地面を蹴った。
JOKERの時とは違う。
細かく打ち分けるのではなく、真正面から距離を潰す。
マネー・ドーパントが巨腕を振り下ろした。
ヒートは避ける。
拳が床を打った瞬間、その懐へ踏み込んだ。
「はあっ!」
炎を纏った拳が胸元へ叩き込まれる。
「ぐおっ!?」
初めて。
マネー・ドーパントの巨体が、大きく後退した。
床を踏み締める音が二度、三度と響く。
理事が自分の胸を見る。
攻撃を受けた箇所から、僅かに煙が上がっていた。
「……なるほど」
先ほどまでとは違う。
ヒートなら通る。
ジョーカーには足りなかった一撃の重さと火力がある。
「これなら――!」
ヒートが追う。
次は脇腹。
炎を纏った蹴りを叩き込む。
「ぬうっ!」
巨体が傾く。
続いて拳。
今度は腕で防がれた。
それでも衝撃にマネー・ドーパントの腕が大きく弾かれる。
「さっきの余裕はどうした!」
「調子に乗るな!」
硬貨型の光弾が至近距離から放たれる。
ヒートは腕で一発を弾き、二発目を横へかわす。
三発目が肩を掠める。
火花。
だが、止まらない。
一気に距離を詰めた。
狙うのは正面。
今度こそ大きく体勢を崩す。
ヒートの右拳へ炎が集まる。
その拳が、膨れた腹部へ向かう。
「――そこを撃つか?」
理事が笑った。
ヒートの拳が止まった。
ほんの数センチ。
炎がマネー・ドーパントの腹部を照らす。
「……何?」
「忘れたのか?」
理事が自ら腹を叩いた。
じゃらり。
無数の硬貨が鳴った。
「この中に何が入っている?」
ヒートの目が腹部へ向く。
ライフコイン。
「私を倒せば、どうなると思う?」
その一言で。
記憶の最後の一片が繋がった。
「……っ」
そうだ。
原作でも。
マネー・ドーパントを力任せに倒せなかった理由。
「気づいたようだな」
理事は笑う。
「この身体と共にライフコインが砕ければ、中に保存されている生命も失われる」
ヒートの拳から炎が弱まった。
「卑怯な……!」
「卑怯?」
理事は鼻で笑う。
「自分の能力を有効に使って何が悪い」
そのまま巨腕が振るわれた。
「っ!」
攻撃を止めた直後だった。
避け切れない。
ヒートは両腕を交差させる。
衝撃。
身体が大きく吹き飛ばされた。
床を転がり、片膝を突く。
「くっ……!」
立ち上がる。
ダメージはある。
だが、それ以上に厄介なのは別のことだった。
JOKERなら、相手の動きを読み、攻撃を避けながら何度でも打ち込める。
しかし、決め手が足りない。
HEATなら、あの巨体にも明確にダメージを通せる。
だが強く打ち込めば、その内側にあるライフコインまで巻き込みかねない。
精密に攻めれば足りない。
威力を上げれば危険になる。
「……最悪だな」
ヒートが吐き捨てる。
「ようやく理解したか?」
理事が悠然と歩いてくる。
「貴様は私を倒せない」
「勝手に決めるな」
「ではどうする?」
マネー・ドーパントが両腕を広げる。
腹部から、また硬貨の音が響く。
「もっと強く殴ってみろ。貴様が守ろうとしている命ごとな」
ヒートは動かなかった。
挑発に乗れば、理事の思う壺だ。
拳へ炎を集めながらも、腹部から狙いを外す。
肩。
腕。
脚。
ライフコインから離れた場所だけを狙う。
踏み込んだ。
拳を肩へ。
マネー・ドーパントが受ける。
蹴りを脚へ。
巨体が僅かに沈む。
だが決定打にはならない。
理事はそれを理解している。
「ぬるいな!」
振り抜かれた腕をヒートがかわす。
続けて光弾。
一発が床へ。
二発目が壁へ。
三発目を腕で弾く。
後ろから銃声が重なった。
PMC兵。
理事だけではない。
先生たちもまだ包囲を突破しきれていない。
『仮面ライダー!』
先生の声が遠くから響いた。
ヒートが僅かに振り返る。
『もう少し! 出口が開く!』
「分かった!」
目的を思い出す。
ここで理事を倒す必要はない。
倒せないなら、なおさらだ。
時間を稼ぐ。
全員を逃がす。
それでいい。
ヒートは構え直した。
「なんだ。諦めたか?」
「逆だよ」
マネー・ドーパントを見る。
「お前を倒すのは後にする」
「何?」
「今日は全員で帰る。それが先だ」
理事の声から笑いが消えた。
ヒートはその反応を見ながら、拳を握る。
倒せない。
少なくとも、今の二つでは。
腹の中の命を傷つけず。
この巨体を止め。
狙った一点だけへ、十分な一撃を通す。
そんなやり方が必要だった。
「逃げるつもりか?」
「最初からそう言ってるだろ」
ヒートは構えを崩さない。
理事を倒す必要はない。
むしろ今は、倒そうとしてはいけない。
腹部に蓄えられたライフコイン。その中にどれだけの生命が封じられているのかも分からない以上、HEATの火力を無闇にぶつけるわけにはいかなかった。
ならば狙う場所を限定する。
肩。
腕。
脚。
相手を止めるための攻撃だけでいい。
「ならば、逃がさなければいいだけのことだ!」
マネー・ドーパントの周囲へ、再び硬貨型の光が浮かんだ。
狙いはヒートではない。
その向こう。
出口を押さえようとしている先生たち。
「させるか!」
ヒートが横へ走る。
放たれた光弾の一発へ拳を叩き込んだ。
炎と黄金色の光がぶつかり、爆ぜる。
一発。
二発目。
すべてを防げる数ではない。
「ホシノ!」
「任せて!」
先生の指示と同時に、ホシノが盾を構えて前へ出た。
抜けてきた光弾が盾へ連続して命中する。
その背後からシロコが狙撃。
上階で出口を押さえていたPMC兵が身を引いた。
「セリカ、今!」
「これで――!」
セリカが一気に踏み込み、サブマシンガンの射撃を集中させる。
隣からノノミの弾幕が重なった。
出口側に残っていたPMC兵たちが次々と遮蔽物へ押し込まれる。
「先生!」
シロコが呼ぶ。
「うん、見えてる!」
搬出口へ続く坂道。
そこまでの射線が、一瞬だけ途切れた。
「道が開いた! このまま抜けるよ!」
「了解!」
セリカが走り出しかける。
だが先生は動かなかった。
視線が周囲を探している。
「……翔は?」
その一言に、セリカたちの足も止まる。
「あ……」
「翔くん……!」
ホシノが振り返る。
先ほど崩れた資材ラック。
その向こうに翔が分断されてから、一度も姿を見ていない。
「先生、私――」
「ホシノ、それは今いい」
先生が遮った。
「アヤネ、翔の端末は?」
『待ってください!』
数秒。
『反応はあります! 西側区画です! ただ、さっきから位置がほとんど動いてません!』
「迎えに行く」
先生が即答する。
ヒートは思わず振り返った。
「待て!」
「待てないよ!」
先生も強く返した。
「全員で帰るって言ったでしょ!」
「……」
自分で言った言葉をそのまま返された。
何も知らない先生からすれば当然だった。
翔だけを置いて撤退する選択肢など、最初から存在していない。
だが今ここで「俺が翔だ」と言うわけにもいかない。
マネー・ドーパントが低く笑う。
「どうした、仮面ライダー。ずいぶんと余計な荷物を抱えているようだな」
「黙ってろ!」
光弾。
ヒートは横へ飛び、避ける。
着地と同時に理事へ向き直った。
「先生!」
「何!?」
「西側に分断された奴なら無事だ!」
先生の動きが止まった。
「……翔を見たの?」
「ああ。俺がここへ来る途中で見つけた」
嘘ではない。
本人なのだから当然だ。
「PMCが回り込んできてたから、奥へ逃がした。あっちは今、俺が潰してきた」
「でも――」
「俺が後で確認する」
先生は納得しきらない表情を見せた。
「本当に無事?」
「ああ」
迷わず答える。
「だから先に出ろ。ここで全員残ったら、あいつを迎えに行くどころじゃなくなる」
「……」
先生の視線が一瞬だけヒートに留まる。
その間にも出口側へPMC兵が戻り始めている。
せっかく作った突破口が閉じる。
「先生」
今度はホシノだった。
盾を構えながら、小さく言う。
「行こう」
「ホシノ?」
「翔くんを置いていくわけじゃないよ」
ホシノはヒートを見る。
「仮面ライダーが迎えに行ってくれるんでしょ?」
「ああ」
「だったら、おじさんたちは先に邪魔にならないところまで出る」
先ほど自分が陣形を崩したことを理解しているのだろう。
ホシノの声にはもう、理事へ向けていた怒気はなかった。
「ここでまた勝手なことしたら、今度こそ先生に怒られそうだしねえ」
「もう怒ってるよ」
「あはは……やっぱり?」
「でも、それも後」
「うん」
先生は一度だけ息を吐いた。
そして判断を切り替える。
「分かった。脱出する」
全員へ視線を向けた。
「ホシノ先頭! シロコは右上を警戒! セリカとノノミは左右! 一気に坂道を上がるよ!」
「了解!」
対策委員会が動き出す。
マネー・ドーパントも、それを黙って見ているつもりはなかった。
「誰が帰していいと言った?」
巨体が前へ出る。
ヒートも同時に踏み込んだ。
「お前の許可なんか取ってない!」
振り下ろされる腕を横へ避ける。
懐へ潜る。
狙いは腹部ではない。
肩。
炎を纏った拳を叩き込む。
「ぬうっ!」
巨体が横へ流れた。
さらに脚へ蹴り。
膝が僅かに沈む。
「貴様……!」
「よそ見してる暇あるのか?」
理事の意識を完全にこちらへ向ける。
背後で先生たちが走っている。
銃声。
シロコが高所を潰す。
セリカとノノミが左右から押し返す。
ホシノは今度こそ突出せず、盾で前方からの射撃を受けながら全員を坂道へ導いていた。
「右、クリア!」
「そのまま上がって!」
先生の声が遠ざかる。
理事がそれに気づく。
「逃がすか!」
硬貨型の光弾が生まれた。
ヒートは迷わず距離を詰める。
撃たせる前に右腕へ拳。
発射直前だった光が弾け、複数の光弾があらぬ方向へ飛んでいく。
「ぐっ!」
「お前の相手は俺だ!」
理事が苛立ち任せに腕を振るう。
避ける。
次も。
真正面から受けない。
ヒートには倒し切る手段がない。
だからこそ、付き合う必要もなかった。
先生たちが抜けるまで。
それだけ。
「先生!」
セリカの声が遠く響く。
「外に出た!」
ノノミ。
「シロコちゃんも来ました!」
「ホシノは!?」
「いる」
短い返答。
最後に先生の声。
『仮面ライダー!』
ヒートが僅かに顔を向ける。
『全員出た!』
「了解!」
これでいい。
役目は終わった。
マネー・ドーパントが笑う。
「なるほど。では、今度は貴様が逃げる番か?」
「そうなるな」
「逃げられると思うか!」
巨体が突進する。
ヒートは待った。
ぎりぎりまで。
真正面から巨体が迫る。
ぶつかる寸前。
ヒートは横へ飛んだ。
「何っ!?」
マネー・ドーパントが通り過ぎる。
止まり切れない。
その先には、搬出フロアを区切る巨大な支柱。
激突。
轟音が響いた。
「ぐおっ……!」
ヒートはその隙にドライバーへ手を伸ばした。
HEATメモリを抜く。
代わりに黒いメモリ。
『JOKER』
装填。
『JOKER』
赤い装甲が黒へ変わる。
「また変えたか!」
「殴り合うならヒート」
ジョーカーは腰を落とす。
「逃げるなら――こっちの方が向いてる」
地面を蹴った。
「待て!」
背後から硬貨型の光弾。
ジョーカーは振り返らない。
一発が左へ。
二発目が右。
三発目が足元へ着弾する。
爆風を利用して前へ跳ぶ。
着地。
そのまま走る。
坂道の途中に、施設の緊急隔壁を操作する制御盤があった。
ジョーカーは通り過ぎざまに拳を叩き込む。
操作パネルが火花を散らす。
『――緊急遮断』
警告音。
天井から巨大な隔壁が降下し始めた。
「小賢しい!」
マネー・ドーパントが追う。
だが、巨体では間に合わない。
ジョーカーが滑り込むように隔壁の下を抜ける。
直後。
轟音。
巨大な金属板が床へ落ちた。
向こう側から衝撃音が響く。
一度。
二度。
隔壁全体が揺れる。
長くは持たない。
「……まあ、時間稼ぎにはなるか」
ジョーカーは息を整える。
先生たちはもう外へ出た。
あとは自分もここから離れる。
そして――。
「翔として戻らないとな」
黒い戦士は、先生たちとは別の通路へ駆け出した。