青の記録 ―二つの記憶が交わる時―   作:きままに投稿

65 / 94
第54話 敗走

 

 

 倒れた資材ラックの向こうから、複数の足音が近づいてくる。

 

 翔はコンテナの陰へ身を寄せた。

 

 先生たちの姿は完全に見えない。向こうからこちらも見えないはずだ。砂埃もまだ収まっておらず、搬出区画では銃声とマネー・ドーパントの光弾が途切れることなく響いている。

 

 回り込んでくるPMC兵の声が聞こえた。

 

「西側へ一名分断された。確保しろ」

 

「了解」

 

 翔は小さく息を吐いた。

 

「……確保、ね」

 

 上着の内側からロストドライバーを取り出し、腰へ装着する。

 

 続いて取り出した黒いガイアメモリのスイッチを押した。

 

『JOKER』

 

 電子音声は、周囲の銃声と警報に飲まれた。

 

「変身」

 

 メモリを装填し、ドライバーを展開する。

 

『JOKER』

 

 黒い装甲が翔の身体を覆った直後、コンテナの角からPMC兵が二人飛び出してきた。

 

「いたぞ――」

 

 最後まで言わせなかった。

 

 ジョーカーは一人目が構えた銃身を左手で外側へ払い、その懐へ踏み込む。腹部へ拳を一発。身体を折ったところで肩を押し、後ろから続いてきたもう一人へぶつけた。

 

「なっ――仮面ライダー!?」

 

 二人目が慌てて銃を向ける。

 

 銃口がこちらを捉えるより早く、ジョーカーは半歩内側へ入った。

 

 手首を掴み、射線を上へ逸らす。

 

 銃声。

 

 弾丸が天井へ飛ぶ。

 

 そのまま腕を引いて体勢を崩し、足を払った。倒れたところへ銃を蹴り飛ばす。

 

「悪いけど、今は付き合ってる暇ないんだ」

 

 振り返る。

 

 もう一人が起き上がろうとしていた。

 

 ジョーカーは真正面から殴り倒すのではなく、その足元へ踏み込み、身体の軸を崩すように肩を押した。再び床へ転がったPMC兵を置き去りにし、倒れた資材ラックへ向かう。

 

 向こうではまだ戦闘が続いている。

 

『ホシノ、左へ! そのまま戻って!』

 

 先生の声。

 

「っ……!」

 

 続いて響いたのはホシノの声と、重い衝突音だった。

 

 ジョーカーは積み重なったコンテナへ足を掛けた。

 

 一段。

 

 二段。

 

 そのまま上へ駆け上がり、最後の縁を蹴る。

 

 黒い身体が資材の山を越えた。

 

 眼下。

 

 状況は、離れる前より悪くなっていた。

 

 ホシノはマネー・ドーパントの正面から離脱しようとしている。だが理事がそれを許さず、巨体を使って進路を塞いでいる。

 

 先生たちはPMCからの射撃を受け、ホシノとの間へ入れない。

 

「ホシノ先輩!」

 

 セリカが叫ぶ。

 

「大丈夫! 来なくていい!」

 

 ホシノはそう返しながら、振り下ろされた腕を盾で受け流した。

 

 完全には流し切れない。

 

 衝撃に身体が横へ押される。

 

 そこへ二撃目。

 

「――っ!」

 

「ホシノ!」

 

 先生の声が飛んだ。

 

 マネー・ドーパントの腕が大きく振り上げられる。

 

 ジョーカーはコンテナの上から飛び降りた。

 

「なに――」

 

 理事が気づく。

 

 振り下ろされる腕とホシノの間へ着地。

 

 真正面から受ければ押し潰される。

 

 ジョーカーは腕を受け止めなかった。

 

 身体を半歩ずらし、振り下ろされる手首へ両腕を添える。その勢いに逆らわず、軌道だけを外側へ逸らした。

 

 巨腕が床へ叩きつけられる。

 

 轟音。

 

 その隙に、ジョーカーは理事の側頭部へ蹴りを叩き込んだ。

 

「ぬっ……!」

 

 巨体が傾く。

 

「今だ!」

 

 ジョーカーが叫ぶ。

 

 ホシノは一瞬だけ黒い背中を見た。

 

「……仮面ライダー?」

 

「下がれ!」

 

「っ……!」

 

 我に返ったように、ホシノが地面を蹴る。

 

 今度は理事を追わない。

 

 盾で飛んできた光弾を弾きながら、一気に先生たちの側まで戻った。

 

「ホシノ!」

 

「先生……ごめん」

 

「それは後!」

 

 先生は短く切った。

 

「戻ってきたならいい。シロコ、ホシノの右! セリカとノノミは左を詰めて!」

 

「ん」

 

「分かった!」

 

「はい!」

 

 崩れていた対策委員会が、再び先生の指示を中心にまとまり始める。

 

 その様子を確認してから、先生は視線を正面へ戻した。

 

 マネー・ドーパントと向かい合う黒い戦士。

 

「……仮面ライダー」

 

 先生が小さく呟いた。

 

 また来てくれたという感謝と共に、なぜこの場所へという疑問が浮かぶ。

 

 だが今は、その正体を考える時ではない。

 

「聞こえる!?」

 

 ジョーカーが僅かに顔を向ける。

 

「ああ!」

 

「私たちは出口を開ける! 倒さなくていいから、その間だけそいつ抑えられる?」

 

 ジョーカーは一瞬だけマネー・ドーパントを見る。

 

「やってみる」

 

「十分!」

 

 先生はすぐ対策委員会へ向き直った。

 

「右側から抜けるよ! ホシノは前! シロコは高所! セリカ、ノノミ、二人で出口側を押して!」

 

 銃声が再び重なる。

 

 マネー・ドーパントはその様子を見た後、目の前のジョーカーへ視線を戻した。

 

「なるほど」

 

 低い笑い声。

 

「貴様が例の仮面ライダーか」

 

「随分有名になったみたいだな」

 

「当然だ。こちらの商品を散々壊して回ってくれたからな」

 

「危ない物をばら撒く方が悪いだろ」

 

「商品に善悪などあるものか。価値があるか、利益を生むか。それだけだ」

 

「話が合わないわけだ」

 

 ジョーカーは拳を構えた。

 

「俺はそういうの、一番嫌いなんでね」

 

「ふん」

 

 理事の周囲へ硬貨型の光が浮かぶ。

 

「なら、嫌いな相手にどこまで通用するか試してみろ」

 

 光弾が放たれた。

 

 ジョーカーは走った。

 

 一発目を頭を傾けて避ける。

 

 二発目は身体を沈める。

 

 三発目が肩を狙う。

 

 踏み込む足を止めず、上体だけを捻ってかわした。

 

 後方で光弾が床へ突き刺さる。

 

 距離が詰まる。

 

「はっ!」

 

 左の拳を腹部へ。

 

 続けて右を胸元。

 

 脇腹。

 

 顎。

 

 狙う場所を変えながら、間を空けずに打ち込む。

 

 マネー・ドーパントの身体がわずかに揺れた。

 

 だが。

 

「……硬っ」

 

 手応えがおかしい。

 

 効いていないわけではない。

 

 それでも、深く入らない。

 

 まるで分厚い塊を殴っているようだった。

 

「終わりか?」

 

 太い腕が横薙ぎに振るわれる。

 

 ジョーカーは身体を沈めた。

 

 頭上を巨腕が通り過ぎる。

 

 そのまま懐へ潜り、軸足を狙って低い蹴り。

 

 続けて膝。

 

 体勢が崩れた瞬間、胸元へ掌底を叩き込む。

 

「ぐっ……!」

 

 マネー・ドーパントが半歩退いた。

 

 ジョーカーは追う。

 

 大振りの一撃なら避けられる。

 

 動きも読める。

 

 技術ならこちらが上だ。

 

 さらに拳を振り抜いた。

 

 しかし。

 

「だからどうした」

 

 マネー・ドーパントの手が、ジョーカーの腕を掴んだ。

 

「な――」

 

「確かに速い。上手くもある」

 

 握力が増す。

 

 ジョーカーはすぐ腕を捻り、掴まれた方向へ自分から踏み込んだ。

 

 拘束が緩む。

 

 抜ける。

 

 だが、その一瞬で理事の反対側の腕が振るわれた。

 

「っ!」

 

 咄嗟に両腕で受ける。

 

 重い。

 

 衝撃に身体が浮いた。

 

 数メートル後方へ飛ばされ、床へ足を着く。そのまま滑りながら体勢を戻した。

 

「ジョーカー!」

 

 遠くからセリカの声が聞こえた。

 

「こっちはいい! 出口を開けろ!」

 

 ジョーカーは立ち上がる。

 

 両腕が痺れている。

 

 まともに喰らえば厄介だ。

 

「それが仮面ライダーか」

 

 理事が悠然と歩いてくる。

 

「期待したほどではないな」

 

「まだ始まったばっかだろ」

 

「なら、もっと見せてみろ」

 

 ジョーカーは再び構えた。

 

 真正面から力をぶつける必要はない。

 

 大きい分、狙える箇所も多い。

 

 動きを崩す。

 

 隙を作る。

 

 先生たちが抜ける時間さえ稼げればいい。

 

 マネー・ドーパントが踏み込む。

 

 ジョーカーも前へ出た。

 

 振るわれた拳を外へかわし、脇腹へ二発。

 

 身体を回して背後へ回り、膝裏へ蹴りを入れる。

 

 巨体が沈む。

 

 そこへ背中から肩へ、連続で拳を叩き込んだ。

 

「ぬうっ!」

 

 初めて理事の声に苛立ちが混じる。

 

 ジョーカーはさらに踏み込んだ。

 

 振り向くより早く、張り出した腹部へ拳を突き込む。

 

 鈍い手応え。

 

 その直後。

 

 ――じゃらり。

 

「……?」

 

 拳を引く。

 

 聞き間違いかと思った。

 

 もう一度。

 

 今度は角度を変え、腹部へ蹴りを入れる。

 

 衝撃に巨体が揺れた。

 

 同時に。

 

 ――じゃら、じゃらっ。

 

 確かに聞こえた。

 

 硬いもの同士が、腹の奥でぶつかる音。

 

 硬貨を袋いっぱいに詰めて揺らしたような――。

 

 ジョーカーの動きが、ほんの僅かに止まる。

 

「……なんだ?」

 

 マネー・ドーパントが笑った。

 

「どうした、仮面ライダー」

 

 張り出した腹部へ手を添える。

 

「何か気になるか?」

 

 その仕草。

 

 音。

 

 そして、MONEYという名前。

 

 ぼやけていた翔の記憶の奥で、何かが引っ掛かった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ――じゃらり。

 

 マネー・ドーパントの腹部から響いた音が、妙に耳へ残った。

 

 硬貨。

 

 MONEY。

 

 異様に膨れた腹。

 

 そして、その中に詰め込まれている何か。

 

「……待て」

 

 ジョーカーは構えを崩さないまま、わずかに距離を取った。

 

 頭の奥に引っ掛かっていた記憶が、少しずつ形を取り始める。

 

「そうだ……こいつ」

 

 名前だけでは出てこなかった。

 

 だが、実際に姿を見て、腹の奥からあの音を聞いたことで繋がった。

 

「ライフコイン……」

 

 その言葉に、マネー・ドーパントの動きが止まった。

 

「ほう」

 

 理事の声に、愉快そうな響きが混じる。

 

「そこまで知っているか」

 

 ジョーカーの視線が、張り出した腹部へ落ちる。

 

 全部を思い出したわけではない。

 

 だが、そこだけは出てきた。

 

 人間の生命力を取り込んだコイン。

 

 それを腹部へ蓄えるドーパント。

 

「その腹の中……まさか全部……」

 

「察しが良いな」

 

 理事は腹部を軽く叩いた。

 

 じゃら、と再び音がする。

 

「価値を失った者から回収したものだ」

 

「……人の命を、金みたいに言うな」

 

「何を怒っている?」

 

 理事は本気で理解できないという調子だった。

 

「価値とは、利用できて初めて意味を持つ。金も、土地も、技術も――人間も同じだ」

 

「やっぱり話が合わないな」

 

 ジョーカーの拳が強く握られる。

 

「一生分かり合えそうにない」

 

「こちらも同感だ」

 

 マネー・ドーパントの周囲に、再び黄金色の光が浮かんだ。

 

 硬貨型の光弾。

 

 ジョーカーは横へ跳ぶ。

 

 立て続けに放たれた光が床を穿つ。

 

 一発を潜り、二発目を身体を捻ってかわす。そのまま間合いへ入り、伸びてきた腕の外側へ回った。

 

 脇腹へ拳。

 

 振り向く前に背中へ二発。

 

 膝裏を蹴り、体勢を沈ませる。

 

「ぐっ……!」

 

 そこへ肩口へ回し蹴りを叩き込んだ。

 

 巨体が横へよろめく。

 

 だが、倒れない。

 

「くそ……!」

 

「どうした?」

 

 理事が振り返る。

 

「先ほどから、軽いな」

 

「……何?」

 

「数だけは多い。だが、それだけだ」

 

 マネー・ドーパントが腕を振るう。

 

 ジョーカーは下がってかわした。

 

「貴様の拳では、私には届かん」

 

「言ってろ」

 

 再び踏み込む。

 

 顎。

 

 胸。

 

 肩。

 

 同じ場所へ続けて打ち込まず、巨体の軸を崩すように攻撃を散らす。

 

 当たる。

 

 避けられてはいない。

 

 理事にも衝撃は通っている。

 

 それでも決定打にならない。

 

 JOKERの強みは、身体能力と翔自身の動きを噛み合わせた近接戦だ。相手の動きを読み、隙へ正確に打ち込むことならできる。

 

 だが。

 

 目の前にいるのは、三百キロを優に超える巨体。

 

 その上、腹には大量のライフコインを抱え込んでいる。

 

 崩せても。

 

 倒し切れない。

 

「なら――」

 

 ジョーカーが後ろへ跳んだ。

 

 腰へ手を伸ばす。

 

 JOKERメモリを抜く。

 

 変身は解除されない。

 

 代わりに取り出したのは、赤いガイアメモリ。

 

 理事が僅かに目を細めた。

 

「別のメモリだと?」

 

 スイッチを押す。

 

『HEAT』

 

 メモリをロストドライバーへ装填する。

 

『HEAT』

 

 黒を基調としていた装甲が変化する。

 

 赤を主体とした姿へ。

 

 全身から熱気が立ち昇り、周囲の空気が揺らいだ。

 

 仮面ライダーヒート。

 

「一つで足りないなら、もう一つ見せてやる」

 

「面白い」

 

 理事の声が弾む。

 

「それも真正のメモリか!」

 

「教える義理はない」

 

 ヒートが地面を蹴った。

 

 JOKERの時とは違う。

 

 細かく打ち分けるのではなく、真正面から距離を潰す。

 

 マネー・ドーパントが巨腕を振り下ろした。

 

 ヒートは避ける。

 

 拳が床を打った瞬間、その懐へ踏み込んだ。

 

「はあっ!」

 

 炎を纏った拳が胸元へ叩き込まれる。

 

「ぐおっ!?」

 

 初めて。

 

 マネー・ドーパントの巨体が、大きく後退した。

 

 床を踏み締める音が二度、三度と響く。

 

 理事が自分の胸を見る。

 

 攻撃を受けた箇所から、僅かに煙が上がっていた。

 

「……なるほど」

 

 先ほどまでとは違う。

 

 ヒートなら通る。

 

 ジョーカーには足りなかった一撃の重さと火力がある。

 

「これなら――!」

 

 ヒートが追う。

 

 次は脇腹。

 

 炎を纏った蹴りを叩き込む。

 

「ぬうっ!」

 

 巨体が傾く。

 

 続いて拳。

 

 今度は腕で防がれた。

 

 それでも衝撃にマネー・ドーパントの腕が大きく弾かれる。

 

「さっきの余裕はどうした!」

 

「調子に乗るな!」

 

 硬貨型の光弾が至近距離から放たれる。

 

 ヒートは腕で一発を弾き、二発目を横へかわす。

 

 三発目が肩を掠める。

 

 火花。

 

 だが、止まらない。

 

 一気に距離を詰めた。

 

 狙うのは正面。

 

 今度こそ大きく体勢を崩す。

 

 ヒートの右拳へ炎が集まる。

 

 その拳が、膨れた腹部へ向かう。

 

「――そこを撃つか?」

 

 理事が笑った。

 

 ヒートの拳が止まった。

 

 ほんの数センチ。

 

 炎がマネー・ドーパントの腹部を照らす。

 

「……何?」

 

「忘れたのか?」

 

 理事が自ら腹を叩いた。

 

 じゃらり。

 

 無数の硬貨が鳴った。

 

「この中に何が入っている?」

 

 ヒートの目が腹部へ向く。

 

 ライフコイン。

 

「私を倒せば、どうなると思う?」

 

 その一言で。

 

 記憶の最後の一片が繋がった。

 

「……っ」

 

 そうだ。

 

 原作でも。

 

 マネー・ドーパントを力任せに倒せなかった理由。

 

「気づいたようだな」

 

 理事は笑う。

 

「この身体と共にライフコインが砕ければ、中に保存されている生命も失われる」

 

 ヒートの拳から炎が弱まった。

 

「卑怯な……!」

 

「卑怯?」

 

 理事は鼻で笑う。

 

「自分の能力を有効に使って何が悪い」

 

 そのまま巨腕が振るわれた。

 

「っ!」

 

 攻撃を止めた直後だった。

 

 避け切れない。

 

 ヒートは両腕を交差させる。

 

 衝撃。

 

 身体が大きく吹き飛ばされた。

 

 床を転がり、片膝を突く。

 

「くっ……!」

 

 立ち上がる。

 

 ダメージはある。

 

 だが、それ以上に厄介なのは別のことだった。

 

 JOKERなら、相手の動きを読み、攻撃を避けながら何度でも打ち込める。

 

 しかし、決め手が足りない。

 

 HEATなら、あの巨体にも明確にダメージを通せる。

 

 だが強く打ち込めば、その内側にあるライフコインまで巻き込みかねない。

 

 精密に攻めれば足りない。

 

 威力を上げれば危険になる。

 

「……最悪だな」

 

 ヒートが吐き捨てる。

 

「ようやく理解したか?」

 

 理事が悠然と歩いてくる。

 

「貴様は私を倒せない」

 

「勝手に決めるな」

 

「ではどうする?」

 

 マネー・ドーパントが両腕を広げる。

 

 腹部から、また硬貨の音が響く。

 

「もっと強く殴ってみろ。貴様が守ろうとしている命ごとな」

 

 ヒートは動かなかった。

 

 挑発に乗れば、理事の思う壺だ。

 

 拳へ炎を集めながらも、腹部から狙いを外す。

 

 肩。

 

 腕。

 

 脚。

 

 ライフコインから離れた場所だけを狙う。

 

 踏み込んだ。

 

 拳を肩へ。

 

 マネー・ドーパントが受ける。

 

 蹴りを脚へ。

 

 巨体が僅かに沈む。

 

 だが決定打にはならない。

 

 理事はそれを理解している。

 

「ぬるいな!」

 

 振り抜かれた腕をヒートがかわす。

 

 続けて光弾。

 

 一発が床へ。

 

 二発目が壁へ。

 

 三発目を腕で弾く。

 

 後ろから銃声が重なった。

 

 PMC兵。

 

 理事だけではない。

 

 先生たちもまだ包囲を突破しきれていない。

 

『仮面ライダー!』

 

 先生の声が遠くから響いた。

 

 ヒートが僅かに振り返る。

 

『もう少し! 出口が開く!』

 

「分かった!」

 

 目的を思い出す。

 

 ここで理事を倒す必要はない。

 

 倒せないなら、なおさらだ。

 

 時間を稼ぐ。

 

 全員を逃がす。

 

 それでいい。

 

 ヒートは構え直した。

 

「なんだ。諦めたか?」

 

「逆だよ」

 

 マネー・ドーパントを見る。

 

「お前を倒すのは後にする」

 

「何?」

 

「今日は全員で帰る。それが先だ」

 

 理事の声から笑いが消えた。

 

 ヒートはその反応を見ながら、拳を握る。

 

 倒せない。

 

 少なくとも、今の二つでは。

 

 腹の中の命を傷つけず。

 

 この巨体を止め。

 

 狙った一点だけへ、十分な一撃を通す。

 

 そんなやり方が必要だった。

 

「逃げるつもりか?」

 

「最初からそう言ってるだろ」

 

 ヒートは構えを崩さない。

 

 理事を倒す必要はない。

 

 むしろ今は、倒そうとしてはいけない。

 

 腹部に蓄えられたライフコイン。その中にどれだけの生命が封じられているのかも分からない以上、HEATの火力を無闇にぶつけるわけにはいかなかった。

 

 ならば狙う場所を限定する。

 

 肩。

 

 腕。

 

 脚。

 

 相手を止めるための攻撃だけでいい。

 

「ならば、逃がさなければいいだけのことだ!」

 

 マネー・ドーパントの周囲へ、再び硬貨型の光が浮かんだ。

 

 狙いはヒートではない。

 

 その向こう。

 

 出口を押さえようとしている先生たち。

 

「させるか!」

 

 ヒートが横へ走る。

 

 放たれた光弾の一発へ拳を叩き込んだ。

 

 炎と黄金色の光がぶつかり、爆ぜる。

 

 一発。

 

 二発目。

 

 すべてを防げる数ではない。

 

「ホシノ!」

 

「任せて!」

 

 先生の指示と同時に、ホシノが盾を構えて前へ出た。

 

 抜けてきた光弾が盾へ連続して命中する。

 

 その背後からシロコが狙撃。

 

 上階で出口を押さえていたPMC兵が身を引いた。

 

「セリカ、今!」

 

「これで――!」

 

 セリカが一気に踏み込み、サブマシンガンの射撃を集中させる。

 

 隣からノノミの弾幕が重なった。

 

 出口側に残っていたPMC兵たちが次々と遮蔽物へ押し込まれる。

 

「先生!」

 

 シロコが呼ぶ。

 

「うん、見えてる!」

 

 搬出口へ続く坂道。

 

 そこまでの射線が、一瞬だけ途切れた。

 

「道が開いた! このまま抜けるよ!」

 

「了解!」

 

 セリカが走り出しかける。

 

 だが先生は動かなかった。

 

 視線が周囲を探している。

 

「……翔は?」

 

 その一言に、セリカたちの足も止まる。

 

「あ……」

 

「翔くん……!」

 

 ホシノが振り返る。

 

 先ほど崩れた資材ラック。

 

 その向こうに翔が分断されてから、一度も姿を見ていない。

 

「先生、私――」

 

「ホシノ、それは今いい」

 

 先生が遮った。

 

「アヤネ、翔の端末は?」

 

『待ってください!』

 

 数秒。

 

『反応はあります! 西側区画です! ただ、さっきから位置がほとんど動いてません!』

 

「迎えに行く」

 

 先生が即答する。

 

 ヒートは思わず振り返った。

 

「待て!」

 

「待てないよ!」

 

 先生も強く返した。

 

「全員で帰るって言ったでしょ!」

 

「……」

 

 自分で言った言葉をそのまま返された。

 

 何も知らない先生からすれば当然だった。

 

 翔だけを置いて撤退する選択肢など、最初から存在していない。

 

 だが今ここで「俺が翔だ」と言うわけにもいかない。

 

 マネー・ドーパントが低く笑う。

 

「どうした、仮面ライダー。ずいぶんと余計な荷物を抱えているようだな」

 

「黙ってろ!」

 

 光弾。

 

 ヒートは横へ飛び、避ける。

 

 着地と同時に理事へ向き直った。

 

「先生!」

 

「何!?」

 

「西側に分断された奴なら無事だ!」

 

 先生の動きが止まった。

 

「……翔を見たの?」

 

「ああ。俺がここへ来る途中で見つけた」

 

 嘘ではない。

 

 本人なのだから当然だ。

 

「PMCが回り込んできてたから、奥へ逃がした。あっちは今、俺が潰してきた」

 

「でも――」

 

「俺が後で確認する」

 

 先生は納得しきらない表情を見せた。

 

「本当に無事?」

 

「ああ」

 

 迷わず答える。

 

「だから先に出ろ。ここで全員残ったら、あいつを迎えに行くどころじゃなくなる」

 

「……」

 

 先生の視線が一瞬だけヒートに留まる。

 

 その間にも出口側へPMC兵が戻り始めている。

 

 せっかく作った突破口が閉じる。

 

「先生」

 

 今度はホシノだった。

 

 盾を構えながら、小さく言う。

 

「行こう」

 

「ホシノ?」

 

「翔くんを置いていくわけじゃないよ」

 

 ホシノはヒートを見る。

 

「仮面ライダーが迎えに行ってくれるんでしょ?」

 

「ああ」

 

「だったら、おじさんたちは先に邪魔にならないところまで出る」

 

 先ほど自分が陣形を崩したことを理解しているのだろう。

 

 ホシノの声にはもう、理事へ向けていた怒気はなかった。

 

「ここでまた勝手なことしたら、今度こそ先生に怒られそうだしねえ」

 

「もう怒ってるよ」

 

「あはは……やっぱり?」

 

「でも、それも後」

 

「うん」

 

 先生は一度だけ息を吐いた。

 

 そして判断を切り替える。

 

「分かった。脱出する」

 

 全員へ視線を向けた。

 

「ホシノ先頭! シロコは右上を警戒! セリカとノノミは左右! 一気に坂道を上がるよ!」

 

「了解!」

 

 対策委員会が動き出す。

 

 マネー・ドーパントも、それを黙って見ているつもりはなかった。

 

「誰が帰していいと言った?」

 

 巨体が前へ出る。

 

 ヒートも同時に踏み込んだ。

 

「お前の許可なんか取ってない!」

 

 振り下ろされる腕を横へ避ける。

 

 懐へ潜る。

 

 狙いは腹部ではない。

 

 肩。

 

 炎を纏った拳を叩き込む。

 

「ぬうっ!」

 

 巨体が横へ流れた。

 

 さらに脚へ蹴り。

 

 膝が僅かに沈む。

 

「貴様……!」

 

「よそ見してる暇あるのか?」

 

 理事の意識を完全にこちらへ向ける。

 

 背後で先生たちが走っている。

 

 銃声。

 

 シロコが高所を潰す。

 

 セリカとノノミが左右から押し返す。

 

 ホシノは今度こそ突出せず、盾で前方からの射撃を受けながら全員を坂道へ導いていた。

 

「右、クリア!」

 

「そのまま上がって!」

 

 先生の声が遠ざかる。

 

 理事がそれに気づく。

 

「逃がすか!」

 

 硬貨型の光弾が生まれた。

 

 ヒートは迷わず距離を詰める。

 

 撃たせる前に右腕へ拳。

 

 発射直前だった光が弾け、複数の光弾があらぬ方向へ飛んでいく。

 

「ぐっ!」

 

「お前の相手は俺だ!」

 

 理事が苛立ち任せに腕を振るう。

 

 避ける。

 

 次も。

 

 真正面から受けない。

 

 ヒートには倒し切る手段がない。

 

 だからこそ、付き合う必要もなかった。

 

 先生たちが抜けるまで。

 

 それだけ。

 

「先生!」

 

 セリカの声が遠く響く。

 

「外に出た!」

 

 ノノミ。

 

「シロコちゃんも来ました!」

 

「ホシノは!?」

 

「いる」

 

 短い返答。

 

 最後に先生の声。

 

『仮面ライダー!』

 

 ヒートが僅かに顔を向ける。

 

『全員出た!』

 

「了解!」

 

 これでいい。

 

 役目は終わった。

 

 マネー・ドーパントが笑う。

 

「なるほど。では、今度は貴様が逃げる番か?」

 

「そうなるな」

 

「逃げられると思うか!」

 

 巨体が突進する。

 

 ヒートは待った。

 

 ぎりぎりまで。

 

 真正面から巨体が迫る。

 

 ぶつかる寸前。

 

 ヒートは横へ飛んだ。

 

「何っ!?」

 

 マネー・ドーパントが通り過ぎる。

 

 止まり切れない。

 

 その先には、搬出フロアを区切る巨大な支柱。

 

 激突。

 

 轟音が響いた。

 

「ぐおっ……!」

 

 ヒートはその隙にドライバーへ手を伸ばした。

 

 HEATメモリを抜く。

 

 代わりに黒いメモリ。

 

『JOKER』

 

 装填。

 

『JOKER』

 

 赤い装甲が黒へ変わる。

 

「また変えたか!」

 

「殴り合うならヒート」

 

 ジョーカーは腰を落とす。

 

「逃げるなら――こっちの方が向いてる」

 

 地面を蹴った。

 

「待て!」

 

 背後から硬貨型の光弾。

 

 ジョーカーは振り返らない。

 

 一発が左へ。

 

 二発目が右。

 

 三発目が足元へ着弾する。

 

 爆風を利用して前へ跳ぶ。

 

 着地。

 

 そのまま走る。

 

 坂道の途中に、施設の緊急隔壁を操作する制御盤があった。

 

 ジョーカーは通り過ぎざまに拳を叩き込む。

 

 操作パネルが火花を散らす。

 

『――緊急遮断』

 

 警告音。

 

 天井から巨大な隔壁が降下し始めた。

 

「小賢しい!」

 

 マネー・ドーパントが追う。

 

 だが、巨体では間に合わない。

 

 ジョーカーが滑り込むように隔壁の下を抜ける。

 

 直後。

 

 轟音。

 

 巨大な金属板が床へ落ちた。

 

 向こう側から衝撃音が響く。

 

 一度。

 

 二度。

 

 隔壁全体が揺れる。

 

 長くは持たない。

 

「……まあ、時間稼ぎにはなるか」

 

 ジョーカーは息を整える。

 

 先生たちはもう外へ出た。

 

 あとは自分もここから離れる。

 

 そして――。

 

「翔として戻らないとな」

 

 黒い戦士は、先生たちとは別の通路へ駆け出した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。