青の記録 ―二つの記憶が交わる時―   作:きままに投稿

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第57話 重なる影

 

 

 奥にいた一体が床を蹴った。

 

 異形化した身体が一気に加速し、セリカへ向かって突っ込んでくる。反応したホシノがその前へ滑り込み、盾を斜めに構えた。

 

「セリカちゃん、下がって!」

 

 次の瞬間、巨大化した腕が盾へ叩きつけられた。

 

 重い衝撃音が作業区画へ響き、ホシノの身体が数歩分押し込まれる。それでも真正面から力比べをすることはせず、盾の角度をずらして勢いを横へ逃がし、相手の身体を壁側へ逸らした。

 

「っ……ずいぶん力持ちだねえ」

 

「ホシノ先輩!」

 

「こっちは大丈夫。セリカちゃんは離れてて」

 

 ホシノが体勢を立て直すより早く、もう一人が腕を持ち上げた。

 

 硬質化した表面を青白い電流が這い、指先から床へ放電が走る。

 

「散って!」

 

 先生の指示に従い、全員が左右へ分かれた。

 

 電流は床を走って先ほどまで彼女たちがいた場所を通り抜け、その先にあった金属棚へ直撃する。火花を散らして棚が倒れ、周囲へ乾いた音が響いた。

 

 ノノミは反射的に機関銃を構えたものの、すぐには撃たなかった。

 

「先生……この方たちに攻撃しても?」

 

「まだ待って」

 

 先生の視線は、前方の三人へ固定されたままだった。

 

「柴大将は私たちを認識してる。それなら、他の二人にも意識が残っている可能性がある」

 

 柴大将は壁際で、異形化した腕をもう片方の手で押さえていた。身体を震わせながらも、セリカが近づこうとするたびに首を横へ振っている。

 

「来る……な……!」

 

「でも、柴大将……!」

 

「セリカ」

 

 先生に止められ、セリカはその場に踏みとどまった。

 

「助けるためにも、今は距離を取って」

 

「……分かった」

 

 そのやり取りの横で、翔は三人の身体を注意深く見ていた。

 

 柴大将の首筋、資材業者の左腕、そしてもう一人の鎖骨近くには、それぞれ黒い生体コネクターが刻まれている。その中心へ人工ガイアメモリが差し込まれているが、外から見えているのは本体の半分ほどだけだった。残りはコネクターへ深く沈み込み、その根元を異形化した組織が覆うように固定している。

 

「……嘘だろ」

 

 思わず声が漏れた。

 

「翔?」

 

 先生が振り返る。

 

 翔は柴大将から目を離さなかった。

 

「前に見た人工メモリと違う」

 

「違う?」

 

「ああ。これまでの人工メモリは、生体コネクターなんて使ってなかった。身体の外に取り付けて、腕とか脚とか、一部分だけに力を作用させるものだったんだ」

 

 セリカが柴大将を見る。

 

「じゃあ、この姿は……?」

 

「全身に作用してる」

 

 以前の人工メモリなら、変化するのは装着した周辺に限られていた。腕へ装着すれば腕が異形化し、脚なら脚の能力が強化される。真正ガイアメモリによるドーパントを模倣していても、能力の発現は限定的だった。

 

 目の前の三人には、その制限が見えない。

 

「生体コネクターを使って、人工メモリの出力を全身へ流してるんだと思う」

 

 先生の顔が険しくなる。

 

「カイザーが改良した?」

 

「たぶん。しかも、ただ差してるだけじゃない」

 

 翔は露出している人工メモリへ目を向けた。

 

「コネクターの周りがメモリを固定してる。前みたいに外付けした装置を外せば終わり、って感じじゃない」

 

 ホシノが盾で一人を牽制しながら尋ねる。

 

「じゃあ、あのメモリを抜けば元に戻せる?」

 

「分からない」

 

 翔ははっきり答えた。

 

「人工メモリ自体が不安定なのは前と同じだ。あんな状態で無理に引っ張って、使用者側に何が起こるかも分からない。それに、そもそも簡単に抜けるのかどうかも分からない」

 

 異形化した組織は、人工メモリの根元を締め付けるように脈打っている。

 

「じゃあどうすればいいのよ」

 

 セリカの声に焦りが滲む。

 

「それを探すしかない」

 

「翔」

 

 先生が静かに呼んだ。

 

「少なくとも、この三人を助けられる可能性はある?」

 

 翔は少し考えてから答える。

 

「人工メモリで変えられたなら、解除する方法はあるはずだと思う。でも、この型は初めて見る。今ここで絶対にこうすればいい、とは言えない」

 

「分かった。それなら、まず時間を作ろう」

 

 先生はすぐに三人へ視線を戻した。

 

「全員、三人とも救助対象として扱う。解除方法が分かるまでは、必要以上に傷つけずに動きを止めることを優先するよ」

 

 ノノミとシロコが頷き、セリカも柴大将を見ながら銃を構え直した。

 

 先生はすぐに配置を組み直す。

 

「ホシノは正面で動きを抑えて。無理に倒そうとしなくていい。シロコは側面から三人の動きを観察。ノノミは広範囲への射撃を控えて、突破されそうな時だけ援護して」

 

「了解だよ」

 

「ん」

 

「はい」

 

「セリカは柴大将へ呼び掛け続けて」

 

「私が?」

 

「まだ意識が残ってる。自分から身体を止めようとしてるなら、セリカの声が助けになるかもしれない」

 

 セリカは柴大将を見る。

 

 今にも襲い掛かってきそうな異形の身体とは裏腹に、残った片目は必死にこちらを見ている。

 

「……分かった」

 

 先生は最後に翔へ目を向けた。

 

「翔は一度下がって」

 

「俺も?」

 

「人工メモリについて分かることがあったら通信で教えてほしい。でも、翔までこの距離に残る必要はないよ」

 

「先生も危ないだろ」

 

「私は指示を出すために残る」

 

「それでも――」

 

「翔」

 

 先生が真っ直ぐ見る。

 

「お願い」

 

 翔は一瞬だけ黙った。

 

 表向きの自分は戦闘要員ではない。生徒たちのように銃撃を受けても耐えられる身体ではなく、撃たれれば普通に危険だと先生も理解している。

 

「……分かった。入口側まで下がる」

 

「何か分かったらすぐ教えて」

 

「ああ」

 

 翔は来た道を戻り始めた。

 

 ホシノはその背中を一度だけ見送ったが、正面の異形が動いたことで、すぐに意識を戻した。

 

「来るよ」

 

 一体が再び突進する。

 

 今度はホシノも受け方を変えた。盾を正面へ固定せず、相手の肩へ斜めに当てて進路をずらし、その勢いを利用して壁際へ押し込む。

 

「シロコちゃん!」

 

「ん」

 

 シロコが足元へ数発撃ち込み、逃げる方向を限定した。異形が反射的に射線を避けたところで、ホシノが盾を押し当てる。

 

「しばらく大人しくしててねえ」

 

 だが、もう一人がその隙を狙って腕を掲げた。

 

 青白い電流が強くなる。

 

「ノノミ、右!」

 

「はい!」

 

 先生の指示と同時にノノミが移動し、放電がその横を通り抜ける。セリカも射線から外れた。

 

 先生は相手の攻撃ではなく、鎖骨付近に差し込まれた人工メモリを見ていた。

 

「……今」

 

「先生?」

 

「メモリの光が弱くなった」

 

 先生が目を凝らす。

 

「攻撃する前より、根元の部分も少し変わってる気がする」

 

 シロコも同じ場所を見る。

 

「締め付けが弱くなった?」

 

「そう見える。でも、それが何を意味してるかまでは分からない」

 

 先生はすぐにアヤネへ映像の確認を頼んだ。

 

『先生の言う通りです。放電直後、人工メモリの反応値が大きく低下しています。コネクター周辺の変形も少し収まっています』

 

「翔、聞こえる?」

 

『聞こえてる』

 

「攻撃の直後だけ、メモリとコネクターの反応が落ちてる」

 

 通信の向こうで短い沈黙があった。

 

『……出力を一気に使ったせいだと思う』

 

「解除に使える?」

 

『分からない。固定が弱くなってる可能性はあるけど、見ただけじゃそこまでだ。本当に外せるのか、外して安全なのかも分からない』

 

「了解。なら無理はしない」

 

 先生はすぐに判断を切り替えた。

 

「今は情報だけ覚えておこう」

 

『ああ』

 

 放電した異形が再び腕を上げる。

 

 先生は解除を試すのではなく、先ほどと同じ変化が再現されるかを確かめるために、シロコとノノミへ誘導を指示した。

 

 シロコが相手の視界へ入り、すぐに距離を取る。ノノミも短い射撃で移動できる方向を狭め、異形を開けた場所へ誘導した。

 

「シロコ、左!」

 

 放電と同時にシロコが回避する。

 

 床へ電流が走り、再び人工メモリの発光が弱くなった。

 

「やっぱり同じ」

 

 先生が呟いた、その直後だった。

 

 異形の身体が予想以上の速さで向きを変える。

 

「先生!」

 

 放電したばかりの腕が、今度は先生へ向けられた。

 

 シロコは反対側、ホシノは別の一体を押さえており、ノノミも移動直後で間に合わない。

 

 セリカが銃を構えたものの、相手の顔に残った人間の面影を見た瞬間、引き金へ掛けた指が止まった。

 

 異形が先生へ迫り、腕を振り上げる。

 

 その瞬間、横から黒い影が飛び込んだ。

 

 振り下ろされる腕を受け止め、その力へ正面から逆らわずに身体を捻る。勢いを横へ流された異形は先生の横を抜け、そのまま積まれていた空のコンテナへ衝突した。

 

 先生の前へ黒い戦士が立つ。

 

「え……」

 

 セリカが目を見開いた。

 

 黒一色を基調とした身体と紫の複眼。そして腰には、一つだけスロットを備えたドライバー。

 

「仮面ライダー……!」

 

 先生の声に、ジョーカーが僅かに振り返る。

 

「怪我は?」

 

「私は平気」

 

「ならよかった」

 

 それだけ確認すると、ジョーカーは倒れた異形へ視線を戻した。

 

「待って!」

 

 セリカが声を上げる。

 

「この人たち、敵じゃないの!」

 

「分かってる」

 

 ジョーカーは短く答え、鎖骨付近に差し込まれた人工メモリを見る。

 

 発光はまだ弱く、先ほどまで根元を覆っていた異形化した組織も僅かに緩んでいた。

 

 先生がすぐに伝える。

 

「その人、攻撃した直後だけ人工メモリとコネクターの反応が落ちるの。二回とも同じだった」

 

「攻撃の直後……」

 

 ジョーカーは露出した人工メモリと、その根元を固定しているコネクターを見比べた。

 

 その手が一度だけ腰へ向かう。

 

 マキシマムスロット。

 

 そこへJOKERメモリを挿せば、メモリブレイクで人工メモリを強制的に排出させることはできる。少なくとも、目の前の一人を助けるだけなら、その方法が最も確実だった。

 

 だが、ジョーカーの手は途中で止まった。

 

 今回だけ助ければ終わる話ではない。

 

 カイザーがこの方式を実用化したのなら、同じ人工メモリが別の場所で使われる可能性は十分にある。そのたびに仮面ライダーが間に合うとは限らない。

 

 ジョーカーは再び、半分ほど露出した人工メモリへ目を向けた。

 

「先生。一つ試したい」

 

「何を?」

 

「出力が落ちた時だけ固定が弱くなってるなら、その瞬間にメモリを外せるかもしれない」

 

 セリカが不安そうに見る。

 

「もし駄目だったら?」

 

「すぐやめる」

 

 ジョーカーは腰のマキシマムスロットへ一度触れた。

 

「その時は、俺がメモリブレイクで解除する」

 

 先生はジョーカーと倒れている男性を交互に見た。

 

「危ないと思ったら、迷わずそっちに切り替えて」

 

「ああ」

 

「それが条件」

 

「了解」

 

 異形が身体を起こそうとする。

 

「ホシノ!」

 

「はいはい!」

 

 ホシノは押さえていた一体を壁へ預けるようにして一瞬離れ、そのまま走り込んだ。起き上がりかけた異形へ盾を押し当て、床へ押さえ込む。

 

「長くは無理だよ!」

 

「充分!」

 

 ジョーカーが異形の横へ膝をつく。

 

 すぐには人工メモリを引かなかった。露出した部分へ指を掛け、固定の強さを確かめるように僅かに動かしてみる。

 

「……少し動く」

 

「本当に?」

 

「でも、まだ固い」

 

 異形の身体が大きく震え、コネクター周囲の組織が再び人工メモリを締め付け始める。

 

 ジョーカーはすぐに手を離した。

 

「今じゃない」

 

 無理をしなかったことに、先生も頷く。

 

「もう一度、出力を使わせる?」

 

「ああ。さっきより大きく落ちた瞬間を狙いたい」

 

「分かった」

 

 先生はすぐに配置を確認した。

 

「ホシノ、一度だけ自由にして。でも正面は外さないで」

 

「了解」

 

「シロコは左側へ。注意を引いて」

 

「ん」

 

「ノノミは退路を塞いで。セリカは距離を取って」

 

「はい!」

 

「……分かった」

 

 ホシノが盾の圧力を緩める。

 

 異形が起き上がったところへシロコが床へ撃ち込み、その注意を引く。青白い電流が再び腕へ集まり、放電が放たれる直前にシロコは射線から抜けた。

 

「今!」

 

 先生の声が響く。

 

 ホシノが再び踏み込み、盾で異形の身体を押さえつける。

 

 ジョーカーは同時に人工メモリへ手を伸ばした。

 

 根元を押さえ、今度は固定が緩んだ瞬間を逃さず真っ直ぐ引く。

 

 硬い抵抗が一瞬だけ返ってきた。

 

 それでも、先ほどとは違う。

 

 コネクター周辺の組織が人工メモリを掴み切れず、そのまま本体が外へ滑り出す。

 

 人工メモリが抜けた。

 

 異形の身体が大きく仰け反る。

 

「離れて!」

 

 先生の声でホシノが距離を取った。

 

 全身を覆っていた硬質な組織が揺らぎ、次第に元の身体へ戻っていく。巨大化していた腕も縮み、最後には一人の男性が力を失って床へ崩れた。

 

 ジョーカーがすぐにその身体を支える。

 

「アヤネ!」

 

『確認します!』

 

 数秒が長く感じられた。

 

『生命反応は安定しています! かなり消耗していますけど、今すぐ危険な状態ではありません!』

 

 ノノミが胸を撫で下ろし、セリカも大きく息を吐いた。

 

 ジョーカーは手の中に残った人工メモリを見る。使用者との接続が切れたことで、先ほどまでの発光は完全に消えていた。

 

「……いける」

 

 今度の言葉には、推測ではない確かな手応えがあった。

 

 先生がすぐにジョーカーを見る。

 

「同じ条件なら?」

 

「ああ。能力を大きく使った直後に出力が落ちる。その時に固定も弱くなる。そこを狙えば、人工メモリそのものを壊さなくても解除できる」

 

 ジョーカーは一度、腰のマキシマムスロットへ目を落とした。

 

 使わずに済んだ。

 

 そして、そのことには意味がある。

 

「……これなら、俺がいなくてもできる」

 

 先生はその言葉を聞いて、僅かに目を見開いた。

 

 すぐに意図を理解する。

 

「うん」

 

 先生の視線が残る二人へ向く。

 

「次に同じことが起きても、助ける方法が一つ増えた」

 

「ただし、全員がまったく同じ反応をするとは限らない」

 

 ジョーカーも気を緩めなかった。

 

「少しでもおかしかったら無理に抜かない。その時は俺がやる」

 

「了解」

 

 先生も頷く。

 

「一人目の成功をそのまま答えにしない。反応を見ながらいこう」

 

 セリカは柴大将を見る。

 

「じゃあ……柴大将も」

 

「ああ」

 

 ジョーカーが答える。

 

「助ける」

 

 その横で、ホシノは盾を構え直しながらジョーカーを横目で見た。

 

 そして一瞬だけ、彼が現れた方向を見る。

 

 翔が下がっていったのも、同じ方向だった。

 

 地下施設でも似たことがあった。翔と離れた後に仮面ライダーが現れ、今回も翔が戦場から下がった直後にジョーカーが姿を見せた。

 

 一度なら気にもしなかったかもしれない。

 

 二度目となれば、さすがに少し引っ掛かる。

 

 とはいえ、それだけだ。

 

 翔が入口付近で仮面ライダーとすれ違った可能性もある。そもそもジョーカーがどうやってここへ辿り着いたのかも、まだ何も分かっていない。

 

「……まただねえ」

 

「ホシノ?」

 

 先生に呼ばれ、ホシノは正面へ視線を戻した。

 

「ん、何でもないよ」

 

 考えるのは後でいい。

 

 目の前には、まだ二人残っている。そのうちの一人は苦しそうに身体を震わせながらも、必死にセリカたちから離れようとしていた。

 

「柴大将……」

 

 セリカが銃を握り直す。

 

 ジョーカーも柴大将へ向き直った。

 

「一人助けられた。次もやる」

 

「うん」

 

 先生は全員の位置を確認する。

 

「今度は、分かってることを使える」

 

 セリカが強く頷いた。

 

「絶対に柴大将も連れて帰るから」

 

 柴大将の残った片目が、僅かに揺れた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 一人目の男性をノノミが安全な場所まで運ぶ間にも、残された二人の異形は動きを止めていなかった。

 

 ホシノが正面で押さえていた一体は、先ほどから何度も盾を押し返そうとしている。異常に発達した両腕へ力を込めるたび、左腕の生体コネクターへ差し込まれた人工メモリの発光が強くなっていた。

 

 先生はその変化を見ながら、先ほどの解除手順を頭の中で組み直す。

 

「次はあの人をやろう」

 

「おじさんが押さえてる方?」

 

「うん。さっき助けた人と同じように、能力を大きく使った後でメモリの反応が落ちるか確かめる。ジョーカーは――」

 

「手を出さなくていいんだな」

 

 先に意図を察したジョーカーへ、先生が頷いた。

 

「できるか試したい」

 

「ああ。俺もそのつもりだ」

 

 ジョーカーは一歩下がった。

 

 何かあればすぐ介入できる位置にはいる。それでも、今度は人工メモリへ手を伸ばさない。

 

 ホシノが盾越しに振り返る。

 

「つまり、次はこっちだけでやるってことだねえ」

 

「お願いできる?」

 

「もうやる気で聞いてるでしょ、それ」

 

 口調こそ普段に近かったが、ホシノの目は真剣だった。

 

「どう動けばいい?」

 

「まず、もう一度大きく力を使わせたい。ただしホシノ一人でまともに受けないで」

 

「了解」

 

「ノノミは右側を塞いで。シロコは左から圧力を掛けて、正面へ力を出させる。セリカは柴大将から目を離さないで。こっちは私たち三人でやる」

 

「ん」

 

「はい!」

 

「分かった」

 

 指示を受けた三人が動く。

 

 ホシノが盾へ掛けていた力を僅かに緩めると、異形はすぐに身体を起こそうとした。そこへシロコが左側の床へ射撃を加え、ノノミも反対側から短く弾幕を張って逃げ道を限定する。

 

 左右へ抜けられないと判断したのか、異形は正面のホシノへ向けて両腕を振り上げた。

 

「来るよ!」

 

「ホシノ、正面で受けないで!」

 

「分かってる!」

 

 拳が振り下ろされる直前、ホシノは盾を傾けた。

 

 真正面から衝撃を受け止めるのではなく、表面を滑らせるように拳を横へ逸らす。それでも床には大きな亀裂が走り、近くの資材が衝撃で跳ね上がった。

 

 同時に、左腕の人工メモリが強く明滅する。

 

「アヤネ!」

 

『確認しています! 出力低下――来ます!』

 

 発光が落ちた。

 

 コネクターの周囲を覆っていた組織も、ほんの僅かに緩む。

 

「ホシノ、今!」

 

「はいよ!」

 

 体勢を崩した相手へホシノが踏み込み、盾で胴体を壁へ押さえつけた。

 

「シロコ!」

 

「ん」

 

 シロコは銃を背へ回し、一気に距離を詰める。

 

 露出している人工メモリへ手を掛けた。

 

 相手の身体が暴れようとする。

 

「ホシノ、あと少し!」

 

「任せて!」

 

 ホシノが重心を下げる。

 

 シロコは無理に引かず、人工メモリが僅かに動くことを確かめてから、先ほどジョーカーがやったように真っ直ぐ力を掛けた。

 

 コネクターの周囲が再び締まり始める。

 

「シロコ!」

 

「もう少し」

 

 人工メモリが少しずつ外へ滑る。

 

 そして抵抗が抜けた。

 

 シロコの手の中へ、本体が完全に抜け落ちる。

 

「取れた」

 

「離れて!」

 

 先生の声で、ホシノとシロコが同時に距離を取った。

 

 異形の身体が大きく揺らぐ。

 

 発達していた両腕が元へ戻り、全身を覆っていた変異も徐々に消えていった。やがて普通の姿へ戻った男性が膝から崩れ落ちる。

 

 今度はノノミがすぐに駆け寄った。

 

「大丈夫ですか?」

 

『生命反応を確認しました。こちらもかなり消耗していますが、安定しています!』

 

「よかった……」

 

 ノノミが安堵の息を漏らす。

 

 ホシノも盾を下ろし、シロコの手にある人工メモリへ目を向けた。

 

「ほんとに、おじさんたちだけでもできたねえ」

 

「ん」

 

 シロコも人工メモリを見つめる。

 

 その発光はすでに消えていた。

 

 少し離れた場所から見ていたジョーカーが頷く。

 

「覚えといてくれ。相手によって同じようにいくとは限らないけど、この型なら使える可能性がある」

 

「その時はちゃんと反応を見る」

 

 先生が答えた。

 

「無理そうなら止める。そこまで含めて、だね」

 

「ああ」

 

 これで二人。

 

 残る一人へ、自然と全員の視線が向いた。

 

 柴大将は先ほどから壁際で身体を震わせている。

 

 セリカへ襲い掛からないよう必死に抗っているのだろう。異形化した右腕を左手で掴み、足を踏み出しそうになるたび自分から壁へ肩を押し付けて止めていた。

 

「柴大将」

 

 セリカが呼ぶ。

 

 残った片目が僅かに動いた。

 

「もう二人とも助けたから」

 

「……」

 

「だから柴大将も助ける。そこで待ってて」

 

「セ……リカ、ちゃ……」

 

 掠れた声だった。

 

「うん。ここにいる」

 

「逃げ……ろ……」

 

「嫌よ」

 

 即答だった。

 

「二人も助けられたのに、柴大将だけ置いて帰れるわけないでしょ」

 

 柴大将の身体が大きく震えた。

 

 右腕が勝手に持ち上がり、それを左手で押さえ込む。首筋の人工メモリが強く発光し、周囲の組織が脈打った。

 

「先生」

 

 ジョーカーの声が低くなる。

 

「さっきの二人より反応が強い」

 

「アヤネ?」

 

『はい。人工メモリの出力が下がっていません。むしろ少しずつ上がっています』

 

「能力を使ってないのに?」

 

『そうなんです』

 

 先生が柴大将を見る。

 

 他の二人は人工メモリに振り回されるまま能力を使っていた。

 

 柴大将は違う。

 

 自分から力を使わないよう抵抗し続けている。

 

「もしかして……」

 

 先生が目を細めた。

 

「能力を使ってないから、出力が溜まってる?」

 

「あり得る」

 

 ジョーカーも同じ結論へ辿り着いていた。

 

 だが、それなら先ほどと同じ方法を使うには一度能力を発動させる必要がある。

 

 セリカが柴大将を見る。

 

「攻撃させるってこと?」

 

「……そうなる」

 

 先生はすぐに続けた。

 

「でも無理にやらせない。柴大将がどんな能力なのかも分からないし、今の出力を一気に使わせて身体が耐えられる保証もない」

 

 ジョーカーが柴大将の首筋を見る。

 

 人工メモリの根元は、先ほどの二人より深く異形化した組織へ覆われていた。

 

 同じ方式でも、反応には個人差がある。

 

「なら、こっちは別の方法にした方がいい」

 

 先生がジョーカーを見る。

 

「メモリブレイク?」

 

「ああ」

 

 ジョーカーはマキシマムスロットへ手を伸ばした。

 

「二人で試した方法が使えることは分かった。ここで無理に同じやり方へ合わせる必要はない」

 

「お願い」

 

「任せろ」

 

 だが、その瞬間だった。

 

 柴大将の身体が大きく仰け反る。

 

「ぐ……あああっ……!」

 

「柴大将!?」

 

 人工メモリの発光が一気に強くなった。

 

『出力急上昇!』

 

 アヤネの警告と同時に、柴大将の異形化した腕が床へ叩きつけられた。

 

 衝撃が作業区画全体へ走る。

 

「伏せて!」

 

 先生の声と同時に、ホシノが盾を広く構えて前へ出た。飛び散る破片を受け止め、その後ろへ先生とセリカを庇う。

 

 柴大将は荒い息を吐きながら立ち上がった。

 

 先ほどまで残っていた理性が、人工メモリの出力に押し流されようとしている。

 

「セ……リカ……」

 

 それでも名前を呼ぶ。

 

 セリカが盾の横から顔を出した。

 

「柴大将!」

 

「セリカ、出ないで!」

 

「でも!」

 

 柴大将の腕が持ち上がる。

 

 その先にいるのはセリカだった。

 

 異形の腕が震える。振り下ろそうとする力と、それを止めようとする本人の意思がぶつかり合い、腕は途中で止まったまま動かない。

 

「柴大将!」

 

 セリカは下がらなかった。

 

「しっかりして!」

 

「セリカ!」

 

「分かってる!」

 

 先生に返しながら、それでもセリカは一歩だけ前へ出た。

 

「こんなの、柴大将らしくないでしょ!」

 

 残った片目が僅かに揺れる。

 

「店だって、仕込みの途中のままなんだから。勝手にこんなところで終わってる場合じゃないわよ!」

 

「……」

 

「帰るわよ、柴関ラーメンに。私だって、まだ今日の仕事してないんだから!」

 

 持ち上がっていた腕の震えが、僅かに弱くなった。

 

「……セリカ、ちゃん……」

 

「そうよ。だから、ちゃんと戻ってきなさいよ!」

 

 僅かな時間だった。

 

 だが、ジョーカーには十分だった。

 

「セリカ。そのまま声を掛けててくれ」

 

「え?」

 

「柴大将が止めてる間に終わらせる」

 

 ジョーカーはJOKERメモリへ手を伸ばした。

 

 メモリをドライバーから抜き取り、腰のマキシマムスロットへ装填する。

 

『JOKER! MAXIMUM DRIVE!』

 

 電子音が廃物流センターへ響いた。

 

 セリカが息を呑む。

 

「大丈夫なの?」

 

「ああ」

 

 ジョーカーは柴大将を真っ直ぐ見る。

 

「壊すのは、この人じゃない」

 

 全身へ紫色のエネルギーが走る。

 

 柴大将の腕が再び動き始めた。

 

 ホシノが前へ出ようとする。

 

「押さえる?」

 

「いや」

 

 ジョーカーは首を振った。

 

「今は本人が止めてる。そこを信じる」

 

 ホシノは一瞬だけ柴大将を見て、それから盾を構えたまま足を止めた。

 

 セリカがもう一度呼ぶ。

 

「柴大将!」

 

 柴大将の視線がセリカへ向く。

 

「戻ったら店を開けるんでしょ!」

 

 荒い呼吸の合間に、微かな声が返った。

 

「……そう、だな……」

 

「だったらこんなのに負けないで!」

 

「……店を、開けねえとな……」

 

 その声は弱々しかったが、確かにいつもの柴大将へ繋がるものだった。

 

「そうよ!」

 

 ジョーカーが動いた。

 

 一気に距離を詰める。

 

「……ライダーパンチ!」

 

 拳に集めたエネルギーを、柴大将の身体そのものではなく、首筋の人工メモリへ繋がる力へ叩き込む。

 

「はあっ!」

 

 衝撃が走った。

 

 生体コネクター周辺から紫色の光が弾け、人工メモリが強制的に外へ押し出される。

 

 床へ落ちた人工メモリへ亀裂が走り、その発光が消えた。

 

 同時に、柴大将の身体を覆っていた異形化が崩れていく。

 

 膨れ上がった腕が元へ戻り、硬質化した組織も消えた。

 

 力を失った柴大将の身体が前へ倒れる。

 

「柴大将!」

 

 セリカが駆け出す。

 

 その前にジョーカーが身体を支え、ゆっくり床へ寝かせた。

 

「アヤネ!」

 

『確認しています……!』

 

 全員が返答を待った。

 

『生命反応、あります。呼吸も安定しています! 他のお二人より消耗が大きいですが、すぐに治療を始めれば大丈夫だと思います!』

 

「……っ」

 

 セリカは大きく息を吐き、その場へ膝をついた。

 

「ほんっと……心配させないでよ……」

 

 返事はない。

 

 柴大将は意識を失っている。

 

 それでも呼吸は続いている。

 

 ノノミが救護の準備へ動き、先生もすぐに三人の搬送についてアヤネと相談を始めた。

 

 ホシノはその様子を少し離れた場所から見ていた。

 

 三人とも助かった。

 

 その事実に安堵している。

 

 なのに、胸の奥に残ったものは消えなかった。

 

 柴大将も、他の二人も、自分たちと関わっていたから狙われた可能性が高い。

 

 昨日まで普通に生活していた人たちが攫われ、身体へ得体の知れないものを埋め込まれ、自分の意思とは関係なく戦わされた。

 

 今回は間に合った。

 

 では、次も?

 

 ホシノの手が、盾のグリップを僅かに強く握った。

 

「ホシノ?」

 

 先生に呼ばれ、顔を上げる。

 

「何?」

 

「怪我してない?」

 

「おじさんは平気だよ。いつも通り頑丈だからねえ」

 

 軽く笑ってみせる。

 

 先生は一瞬だけホシノを見たが、今はそれ以上追及しなかった。

 

 その頃にはジョーカーも柴大将から離れ、床に落ちた人工メモリを拾い上げていた。

 

 三本。

 

 どれも同じような人工物でありながら、使用者によって反応は違っていた。

 

「仮面ライダーさん」

 

 先生が呼ぶ。

 

「これ、持っていく?」

 

「いや」

 

 ジョーカーは三本の人工メモリを見る。

 

「そっちで調べてくれた方がいい。今回の解除方法も含めて、分かることがあるかもしれない」

 

「いいの?」

 

「ああ。ただ、直接触らない方がいい」

 

「了解」

 

 先生がアヤネへ保管方法の確認を頼む。

 

 ホシノはそのやり取りを聞きながら、ふと入口の方を見た。

 

 ジョーカーが現れた方向。

 

 その先には、先ほど翔が下がっていったはずだった。

 

 目の前の出来事が大きすぎて忘れかけていた疑問が、静かに戻ってくる。

 

 けれど、今ここで聞くことではない。

 

 ホシノは何も言わなかった。

 

 ただ、その違和感だけを胸の片隅へ残した。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 人工メモリの発光が完全に消えたことを確認すると、ジョーカーは三人の様子をもう一度見回した。

 

 柴大将はまだ意識を失っているものの、呼吸は落ち着いている。先に解除された二人もノノミの傍で横になっており、アヤネが通信越しに生命反応を確認し続けていた。

 

「もう大丈夫そうだな」

 

 ジョーカーが呟く。

 

 先生が顔を上げた。

 

「助かったよ。ありがとう」

 

「俺だけじゃないだろ」

 

 ジョーカーはホシノたちへ視線を向けた。

 

「二人目はあんたたちだけで助けた。それに柴大将も、本人が最後まで抵抗してくれたから間に合った」

 

「それでもだよ」

 

 先生は少し笑う。

 

「来てくれなかったら、もっと危なかった」

 

「……そうか」

 

 それ以上は何も言わず、ジョーカーは踵を返した。

 

「もう行くの?」

 

 セリカが尋ねる。

 

「ああ。三人のことは頼む」

 

「ちょっと待って」

 

 先生に呼び止められ、ジョーカーが振り返った。

 

「今回の人工メモリのこと、何か分かったら――」

 

「翔に伝えてくれ」

 

「翔?」

 

「人工メモリを追ってるんだろ。あいつなら必要なところに回せる」

 

 それだけ告げると、ジョーカーは再び歩き出した。

 

 ホシノの視線が、その背中を追う。

 

 黒い姿は作業区画の奥から通路へ入り、そのまま見えなくなった。

 

「……」

 

「ホシノ先輩?」

 

 セリカの声に、ホシノはようやく視線を戻した。

 

「ん? なあに?」

 

「さっきからそっちばっかり見てるけど」

 

「いやあ、仮面ライダーってほんと急に来て急にいなくなるなあって」

 

「それは……まあ、そうだけど」

 

 セリカは少し納得しきれない顔をしたものの、それ以上は追及しなかった。

 

 先生も救急搬送の手配へ意識を戻す。

 

「アヤネ、ここまで来られる車両は?」

 

『自治区内の医療施設へ連絡しています。道路状況を考えても、十分以内には到着できると思います』

 

「ありがとう。三人とも動かさずに待とう」

 

「はい」

 

 しばらくして、遠くからエンジン音が聞こえてきた。

 

 医療車両が到着するまでの間、シロコとホシノは周囲に残された設備を確認し、ノノミとセリカは三人の傍に残った。先生もアヤネとやり取りしながら、回収する人工メモリや実験設備の位置を記録していく。

 

 やがて搬送員が到着し、柴大将たちは一人ずつ担架へ移された。

 

 セリカは最後まで柴大将の横についていた。

 

「無理に起こさないでくださいね。あと、この人、起きたら絶対すぐ店の心配すると思うから――」

 

「セリカちゃん」

 

 ノノミが苦笑する。

 

「今はお任せしましょう?」

 

「分かってるわよ」

 

 そう言いながらも、担架が車内へ運び込まれるまでセリカの視線は離れなかった。

 

 車両が外へ出ていく。

 

 作業区画に残った空気が、ようやく少しだけ緩んだ。

 

「終わった……のかな」

 

 セリカが息を吐く。

 

「ここは、ね」

 

 先生が答える。

 

「でも、どうしてこの三人が狙われたのかは調べないといけない」

 

 その言葉で、空気が再び引き締まる。

 

 ホシノは何も言わなかった。

 

 柴大将。

 

 資材業者。

 

 物資の運搬をしていた人物。

 

 いずれもアビドスと関係がある。

 

 偶然と呼ぶには、揃いすぎている。

 

 考えているところへ、通路の向こうから足音が聞こえてきた。

 

「先生!」

 

 全員が振り向く。

 

 そこにいたのは翔だった。

 

 少し息を切らしながら、こちらへ歩いてくる。

 

「みんな無事か?」

 

「翔!」

 

 セリカが真っ先に声を上げた。

 

「あんた、どこ行ってたのよ!」

 

「先生に下がれって言われたから入口側まで戻ってたんだよ。途中ですごい音がしたから気になって戻ってきた」

 

 翔は周囲を見る。

 

 倒れた設備。

 

 床に残った亀裂。

 

 そして、すでにいなくなった三人。

 

「……柴大将たちは?」

 

「助かった」

 

 先生が答える。

 

「三人とも搬送したところ」

 

「そっか……」

 

 翔の肩から僅かに力が抜けた。

 

「よかった」

 

「仮面ライダーも来たのよ」

 

 セリカが続ける。

 

「また?」

 

 翔は少し驚いた顔を作った。

 

「先生が危なかったところを助けて、その後も人工メモリを外すの手伝ってくれた」

 

「そうだったのか」

 

「しかも最後はメモリブレイクまで使って柴大将を助けてくれたんだから」

 

「……そうか」

 

 ホシノは、そのやり取りを黙って聞いていた。

 

 翔の反応に、目立っておかしいところはない。

 

 むしろ自然だ。

 

 人工メモリについて知識がある翔なら、仮面ライダーがメモリブレイクを使ったと聞いても不自然に驚く必要はない。

 

 けれど。

 

「翔くん」

 

「ん?」

 

 ホシノが呼ぶ。

 

「戻ってくる途中で、仮面ライダーに会わなかった?」

 

 翔は少しだけ考えた。

 

「いや。会ってない」

 

「そっかあ」

 

「何で?」

 

「んー、さっきそっちの方へ行ったから」

 

 翔が通路を見る。

 

「入れ違いになったのかもな」

 

「そうかもねえ」

 

 ホシノはいつものように笑った。

 

 それだけで会話を終える。

 

 翔もそれ以上気にした様子はなく、先生の方へ向いた。

 

「回収した人工メモリは?」

 

「こっち」

 

 先生が簡易保管した三本を示す。

 

「触らない方がいいって言われたから、そのままにしてある」

 

「それでいいと思う」

 

 翔はケース越しに人工メモリを見る。

 

「ちゃんと調べた方がいい。前のやつとは構造も運用方法も違う」

 

「その辺も、後で詳しく聞かせてもらえる?」

 

「ああ。俺に分かる範囲なら」

 

 その横顔を、ホシノはまた少しだけ見ていた。

 

 地下施設の時もそうだった。

 

 翔と離れた。

 

 仮面ライダーが現れた。

 

 その後、翔と再び合流した。

 

 今回も同じ。

 

 違うのは、前よりもはっきり順番を見ていたことだった。

 

 翔が入口へ下がる。

 

 少ししてジョーカーが現れる。

 

 ジョーカーが去る。

 

 その後から翔が戻ってくる。

 

 それだけなら、まだ説明はいくらでもつく。

 

 偶然すれ違っただけかもしれない。

 

 ジョーカーがどこか別の入り口から来た可能性もある。

 

 そもそも、自分は翔が入口へ戻った後を見ていたわけではない。

 

 証拠なんて何もない。

 

 だから、今は聞かない。

 

 ただ――。

 

 ホシノの視線が、翔の腰元へほんの一瞬だけ落ちた。

 

 何もない。

 

 普段と変わらない姿だ。

 

「……ホシノ?」

 

 翔がこちらを見た。

 

「さっきからどうした?」

 

「ん?」

 

 ホシノは目を細める。

 

「何でもないよ」

 

「そう?」

 

「うん。ただ――」

 

 ほんの少しだけ間を置く。

 

「翔くんも無事でよかったなって」

 

「……なんだそれ」

 

「別にいいでしょ」

 

 ホシノは軽く笑い、それ以上は何も言わなかった。

 

 けれど。

 

 胸の中に生まれた小さな疑問だけは、もう消えなかった。

 

 翔と、黒い仮面の戦士。

 

 これまで別々に見えていた二つの影が、ほんの僅かずつ重なり始めていた。

 

 

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