青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
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「来る!」
風紀委員の一人が叫んだ。
通りの中央。
T-REXドーパントが、巨大な頭部をゆっくりと持ち上げる。
白目を剥いたティラノサウルスの顔。
大きく開かれていく顎。
その奥から、低く濁った音が漏れ始める。
「全員、散開!」
指揮を執っていた風紀委員が叫ぶ。
直後。
「ヴァァァァァァァァァッ!!」
咆哮。
それは、ただの雄叫びではなかった。
怪物を中心に空気が弾ける。
目に見えない衝撃が、通りを一直線に駆け抜けた。
バギィンッ!
道路沿いの窓ガラスが一斉に砕け散る。
店先に立てられていた看板が根元からへし折れ、路上へ転がっていた空き缶や瓦礫がまとめて吹き飛ばされた。
停車していた車両さえ、横から巨大な手で殴られたかのように大きく揺れる。
「くっ……!」
「第二班、もっと距離を取って!」
「間に合わな――きゃあっ!」
散開が遅れた数人が衝撃波に巻き込まれた。
身体が宙に浮く。
そのまま地面へ叩きつけられ、何度も転がった。
「第二班!」
「だ、大丈夫!」
一人がすぐに身体を起こす。
制服は汚れ、ところどころ擦り切れている。
それでも立てた。
キヴォトスの生徒たちが持つ頑丈な肉体がなければ、それだけで戦闘不能になっていてもおかしくない一撃だった。
「陣形を立て直して!」
「了解!」
風紀委員たちが一斉に銃を構える。
「照準!」
いくつもの銃口が、一体の怪物へ集中する。
「撃て!」
ダダダダダダダダッ――!
一斉射撃。
無数の弾丸がT-REXドーパントへ殺到した。
「ヴァァッ!」
頭部。
肩。
胸部。
脚。
次々と着弾する。
異形の身体が小刻みに揺れる。
「効いてる!」
「射撃を止めないで!」
「そのまま押し切る!」
銃声が重なる。
T-REXドーパントが、一歩後ろへ下がった。
「よし!」
さらに一歩。
「いける!」
誰かがそう叫んだ。
その瞬間。
「ヴァァァァァッ!!」
T-REXドーパントが巨大な頭部を低く構えた。
「……!」
地面を掻く脚。
「まずい、突進――!」
次の瞬間。
怪物が地面を蹴った。
ドンッ!!
アスファルトが砕ける。
「散開!」
巨体からは想像できない加速だった。
「っ!」
風紀委員たちが左右へ飛ぶ。
一瞬前まで彼女たちが立っていた場所を、T-REXドーパントが猛烈な勢いで駆け抜ける。
そして。
ドゴォォンッ!!
道路脇に停められていた車両へ激突した。
車体が大きくへこみ、そのまま横へ押し出される。
「今!」
怪物の背後。
すでに数人の風紀委員が銃を構えていた。
「撃て!」
ダダダダダッ!
「ヴァァァッ!」
背中へ弾丸を浴びる。
T-REXドーパントが勢いよく振り返った。
「ヴァッ!」
爬虫類状に変貌した左腕。
鋭い爪が横薙ぎに振るわれる。
「避けて!」
一人が身を伏せる。
ブォンッ!
頭上を巨大な爪が通過した。
その先。
道路標識へ直撃する。
ガギィンッ!
「……!」
金属製の支柱が、一撃でひしゃげた。
「当たったらまずい!」
「距離を取って!」
しかし。
怪物の攻撃は終わっていなかった。
「ヴァァッ!」
身体が大きく捻られる。
「後ろ!」
「え――」
脊椎状の長い尾。
それが鞭のようにしなった。
「っ!」
ドガッ!!
「きゃあっ!」
「うわっ!」
三人の風紀委員がまとめて薙ぎ払われる。
地面を転がり、建物の壁際まで吹き飛ばされた。
「第三班!」
「援護!」
すぐに別方向から銃撃。
ダダダダダッ!
「ヴァッ!」
T-REXドーパントの頭部が揺れる。
「今のうちに!」
二人の風紀委員が倒れた仲間へ駆け寄る。
「立てる?」
「なんとか……」
「後ろへ!」
「でも、まだ戦える!」
「ダメ! まともに尾を受けてる!」
「……っ」
「ここは私たちに任せて!」
「……了解」
負傷者を下がらせる。
その間にも。
「撃て!」
銃声。
「ヴァァッ!」
怪物が怯む。
だが。
倒れない。
「……何なのよ、こいつ」
一人の風紀委員が思わず漏らした。
銃撃は効いている。
弾丸が命中すれば身体は揺れる。
集中させれば後退もする。
決して無傷ではない。
それなのに。
――倒れない。
「これだけ撃ってるのに……!」
「撃ち続けて!」
再び銃声。
「ヴァァァァァァァァァッ!!」
「!」
巨大な顎が開いた。
「咆哮来る! 伏せて!」
だが。
遅い。
ドォォォォン――!!
「きゃあああっ!」
衝撃波。
前衛にいた風紀委員たちが一斉に吹き飛ばされた。
銃が手から離れる。
地面を跳ねる。
せっかく整えた陣形が、一瞬で崩れた。
「くっ……!」
一人の少女が地面へ手をついた。
耳鳴り。
揺れる視界。
周囲では仲間たちが倒れている。
「……まだ」
それでも。
手を伸ばす。
転がっていた銃を掴んだ。
「止め……ないと……」
顔を上げる。
そこに。
「ヴァ……」
T-REXドーパント。
一歩。
また一歩。
こちらへ近づいてくる。
少女が震える腕で銃を構えた。
ダンッ!
命中。
怪物の頭部が僅かに揺れる。
止まらない。
ダンッ!
もう一発。
「ヴァ……」
白目を剥いた巨大な頭部が、少女へ向いた。
「……っ」
巨大な顎が開く。
その奥。
鋭い牙。
逃げなければ。
頭では分かっている。
けれど。
身体が思うように動かない。
「……!」
T-REXドーパントが踏み込んだ。
その時。
ダダダダダダダダッ――!!
「ヴァァッ!?」
横合いから、猛烈な銃撃が叩き込まれた。
怪物の巨体が大きくよろめく。
「何をしているのですか!」
鋭い声。
少女が顔を上げる。
「動ける者は負傷者を後方へ! 残りはすぐに陣形を立て直しなさい!」
「……!」
聞き慣れた声だった。
「アコ行政官!」
天雨アコ。
ゲヘナ学園風紀委員会、行政官。
「まったく……!」
アコは銃口をT-REXドーパントへ向けたまま、その異形を睨みつける。
「報告以上に面倒な相手ですね!」
「行政官!」
別の風紀委員が駆け寄る。
「通常の銃撃では決定打が――」
「見れば分かります!」
即答。
そう言いながらも、アコの視線は忙しく動いていた。
負傷者。
戦える人数。
逃げ遅れた一般生徒。
怪物との距離。
周囲の建物。
使える道路。
ほんの短い時間で、状況を頭へ叩き込む。
「第一班!」
「はい!」
「正面から牽制! 無理に倒そうとしなくていいです!」
「了解!」
「第二班は右! 第三班は左!」
「はい!」
「一ヶ所に固まらないで下さい!」
アコが怪物を見る。
「咆哮の範囲にまとめて入ったら、また一撃で陣形を崩されます!」
「了解!」
風紀委員たちが走る。
正面。
右。
左。
三方向。
「第一班、射撃!」
ダダダダダッ!
「ヴァァッ!」
正面から弾丸。
怪物がそちらを向く。
「第二班!」
右。
ダダダダッ!
「ヴァッ!?」
T-REXドーパントが振り返る。
「第三班!」
左から銃撃。
「ヴァァッ!」
また頭部が動く。
「そのまま!」
アコは注意深く観察していた。
攻撃された方向へ向く。
近くにいる標的を優先する。
強大な力。
高い耐久力。
だが。
動きそのものは。
「……単純ですね」
アコが呟く。
理性を持ってこちらの戦術を読んでいるわけではない。
少なくとも今は。
目の前の刺激へ反応して暴れているだけ。
なら。
「誘導できる」
目的は撃破だけではない。
一般生徒が残っている区域から引き離す。
「第一班、少しずつ後退!」
「了解!」
「第二班、射撃!」
ダダダダッ!
「ヴァァッ!」
怪物が右を向く。
「下がりながら撃って!」
「はい!」
一歩。
また一歩。
怪物が移動する。
「第三班、もう少し右へ回り込んで!」
「了解!」
少しずつ。
少しずつ。
通りの中心から。
人気の少ない方向へ。
「……よし」
アコが小さく息を吐く。
このままなら。
少なくとも被害は――。
「ヴァ……」
T-REXドーパントが止まった。
「……?」
アコの表情が変わる。
怪物が左腕を地面へついた。
「何を……」
カタッ。
「……?」
小さな音。
道路脇。
転がっていた空き缶が震えた。
カタカタカタカタ――。
その隣。
砕けた標識の破片。
車両から外れた部品。
鉄片。
折れた支柱。
散乱していた金属が。
一斉に。
震え始めた。
「何……?」
一人の風紀委員が呟く。
空き缶が。
ふわりと。
浮いた。
「……!」
アコが目を見開く。
「全員、離れて!」
直後。
「ヴァァァァァァァァァッ!!」
T-REXドーパントが咆哮する。
ガガガガガガガガッ――!
「きゃっ!?」
周囲の金属片が、一斉に怪物へ向かって飛んだ。
「な、何!?」
「銃が引っ張られる!」
「離さないで!」
風紀委員たちが武器を必死に握る。
車体の破片。
道路標識。
鉄骨。
配管。
無数の金属がT-REXドーパントの周囲へ集まり始める。
一つ。
また一つ。
組み上がる。
それは。
まるで。
巨大なティラノサウルスの骨格を作り上げていくように。
「……冗談でしょ」
アコの顔から余裕が消えた。
まだ完成していない。
だが。
あれが完成したらどうなる。
ただでさえ通常火器では止めきれない怪物が。
さらに巨大化する。
「全員退避!」
「行政官!?」
「攻撃中止です! 一度距離を!」
ここで欲を出せば。
負傷者が増える。
「早く!」
その時。
――ドドドドドドドドッ!!
「ヴァァッ!?」
轟くような連続した銃声。
T-REXドーパントの巨体が、大きく揺れた。
一発ではない。
猛烈な勢いで叩き込まれた弾丸が、金属を集めようとしていた異形の身体へ次々と食い込んでいく。
磁場が乱れた。
浮き上がっていた金属片が、一斉に地面へ落ちていく。
「……!」
アコが振り返った。
風紀委員たちも、その方向を見る。
そこに。
一人の少女が立っていた。
小柄な身体。
長い銀髪。
頭上に浮かぶヘイロー。
そして――。
その身体には不釣り合いなほど巨大な機関銃。
ヒナの身の丈にも迫る長銃。
終幕:デストロイヤー。
大型のマズルから、まだ硝煙が細く立ち上っている。
「……委員長」
アコの肩から、ほんの僅かに力が抜けた。
「ヒナ委員長!」
空崎ヒナ。
ゲヘナ学園。
風紀委員長。
「……状況は?」
静かな声だった。
その視線は。
最初から最後まで。
T-REXドーパントから外れていない。
「正体不明の敵性存在です」
アコが即座に答える。
「極めて高い耐久力。突進、咬合、尾による薙ぎ払い。咆哮に伴う広範囲の衝撃波」
「……」
「地中を移動する能力も確認されています」
ヒナの目が僅かに細くなる。
「それと、今」
アコが散乱した金属を見る。
「周囲の金属を引き寄せ、自身の周囲へ集積させる能力を確認しました」
「そう」
「完成形は不明です。ただ――」
アコは一瞬言葉を選んだ。
「巨大な恐竜のような形を作ろうとしていたように見えました」
「分かった」
「通常部隊の火力では決定打に欠けます」
「負傷者は?」
「複数」
「重傷者は?」
「現段階では確認されていません」
「一般生徒は?」
「避難誘導中です」
「……そう」
ヒナが一歩前へ出た。
「アコ」
「はい」
「みんなを下げて」
「……委員長?」
「負傷者と一般生徒の救助を優先して」
銃を構える。
「ここは私がやる」
「…………」
アコは一瞬だけヒナを見る。
だが。
「……分かりました」
すぐに判断した。
「全員、後退! 負傷者の救護と避難誘導へ!」
「はい!」
その声を聞きながら。
ヒナは。
一人。
怪物の前へ立つ。
「ヴ……」
T-REXドーパントがヒナを見る。
先ほどまで。
自分へ攻撃を加える存在へ片っ端から襲いかかっていた異形。
だが。
今だけは。
ほんの一瞬。
動きを止めた。
「…………」
ヒナも動かない。
「ヴァ……」
巨大な頭部が下がる。
脚。
地面を掻く。
「委員長!」
「うん」
次の瞬間。
「ヴァァァァァァァァァッ!!」
突進。
地面が砕ける。
巨体が猛烈な勢いでヒナへ迫る。
道路が振動する。
距離が。
一気に消える。
それでも。
ヒナは退かない。
終幕:デストロイヤーを正面へ向ける。
銃口が怪物を捉える。
引き金。
ドドドドドドドドドドッ――!!
「ヴァァァッ!?」
猛烈な連射。
大型のマズルが発砲に合わせて唸る。
頭部。
胴体。
脚。
弾丸が途切れることなく叩き込まれる。
T-REXドーパントが一歩踏み込む。
だが。
それ以上。
前へ出られない。
「……!」
風紀委員たちが目を見開く。
自分たちが何人もかかって。
集中射撃を浴びせても。
なお前進してきた怪物。
それが。
たった一人。
ヒナが作り出す弾幕によって。
真正面から押し返されている。
「ヴァァァァッ!!」
T-REXドーパントが無理やり踏み込む。
距離を詰める。
左腕。
巨大な爪。
振り下ろす。
「委員長!」
ブォンッ!
空を切る。
「ヴァッ!?」
ヒナの姿が。
そこにはない。
ほんの僅か。
身体を横へずらしただけ。
巨大な爪が銀色の髪先を掠める。
そして。
次の瞬間には。
ヒナが怪物の懐へ入り込んでいた。
巨大な銃を抱えたまま。
その動きに鈍さはない。
「遅い」
銃口。
至近距離。
ドドドドドドドッ――!
「ヴァァァァァァッ!!」
連続射撃。
T-REXドーパントが大きく後退する。
一歩。
二歩。
三歩。
「ヴァァッ!」
爪。
ヒナが身体を沈める。
頭上を通過。
顎。
噛みつき。
半歩下がる。
牙が目の前で閉じる。
ガチンッ!
届かない。
「ヴァァァァッ!」
怪物が身体を回転させる。
「委員長、尾です!」
脊椎状の長い尾。
横薙ぎ。
ヒナが跳ぶ。
巨大なマシンガンを抱えたまま。
軽々と。
尾の上を越える。
「ヴァッ!?」
空中。
身体を捻る。
終幕:デストロイヤーの銃口が。
真下の怪物へ向く。
「そこ」
ドドドドドッ!
「ヴァァッ!」
頭部へ連続着弾。
着地。
間髪入れず。
再び銃口を上げる。
ドドドドドドッ――!
「ヴァァァァッ!」
T-REXドーパントが後退する。
「……すごい」
風紀委員の一人が呟いた。
誰も。
否定しなかった。
何人もかかって。
ようやく動きを鈍らせた。
アコの指揮で。
ようやく誘導できた。
そんな怪物を。
ヒナは。
一人で。
正面から押している。
「ヴァァァァァァァァァッ!!」
怪物が叫ぶ。
大きく顎を開く。
「委員長! 咆哮が来ます!」
アコが叫ぶ。
次の瞬間。
ドォォォォン!!
衝撃波。
真正面。
ヒナを飲み込む。
土煙が舞い上がった。
「委員長!」
アコが身を乗り出す。
風紀委員たちも銃を構える。
しかし。
ドドドドドドッ――!
「ヴァッ!?」
煙の向こうから。
猛烈な銃撃。
T-REXドーパントへ命中する。
やがて。
煙が晴れる。
「…………」
ヒナ。
立っている。
制服には埃。
長い銀髪が僅かに乱れている。
終幕:デストロイヤーも、その手から離れていない。
「……なるほど」
ヒナが静かに呟く。
「まともに受けると、痛い」
「ヴ……ァ……」
T-REXドーパントが。
一歩。
下がった。
「……え?」
一人の風紀委員が気づく。
「今……」
さらに。
半歩。
「下がった……?」
初めてだった。
どれだけ撃たれても。
吹き飛ばされても。
ただ前へ。
目についた相手へ。
襲いかかっていた怪物。
それが。
自ら。
ヒナとの距離を取った。
「…………」
ヒナが一歩進む。
「ヴ……!」
T-REXドーパントが一歩下がる。
理性による判断ではない。
もっと原始的なもの。
本能。
目の前の少女は。
――危険。
「ヴァッ!」
突然。
T-REXドーパントが左腕を地面へ突き立てた。
「委員長!」
「分かってる」
アスファルトが砕ける。
異形の巨体が。
地中へ沈んでいく。
「追跡を――」
「待って」
ヒナが止める。
静寂。
全員が息を潜める。
ゴゴゴゴゴ……。
「……!」
振動。
地面の下。
高速で何かが移動している。
「どこ……?」
風紀委員たちが周囲を見る。
ヒナだけが。
動かない。
「…………」
振動。
音。
僅かな地面の揺れ。
そして。
「……来る」
ヒナが跳んだ。
直後。
ズガァァァァン!!
ヒナが立っていた場所。
そこを突き破って。
T-REXドーパントが飛び出した。
「ヴァァァァァァッ!!」
巨大な顎が閉じる。
ガチンッ!
空振り。
「上!」
アコが叫ぶ。
T-REXドーパントが顔を上げる。
上空。
ヒナ。
巨大なマシンガン。
銃口。
真下。
「そこ」
引き金。
ドドドドドドドドドドッ――!!
「ヴァァァァァァァァァッ!!」
弾丸が雨のように降り注ぐ。
頭部。
背中。
肩。
絶え間ない連続着弾。
T-REXドーパントが。
地面へ。
叩き戻される。
ドォォォォンッ!!
道路が大きく陥没した。
土煙。
その少し先へ。
ヒナが着地する。
「ヴ……ァ……」
穴の中。
怪物が身体を起こす。
遅い。
明らかに。
動きが鈍っている。
それでも。
左腕を地面へつく。
カタカタカタ――。
周囲の金属が。
また震え始める。
「またあれを!」
アコが銃を構える。
「委員長!」
だが。
ヒナは待たない。
地面を蹴る。
「ヴァッ!?」
T-REXドーパントが顔を上げた時には。
もう。
目の前。
ヒナ。
終幕:デストロイヤーの銃口が。
巨大な頭部へ向けられる。
「……終わり」
次の瞬間。
轟音。
ドドドドドドドドドドドドッ――!!
「ヴァァァァァァァァァァッ!!」
至近距離。
猛烈な連射。
怪物の身体が激しく揺れる。
発生しかけていた磁場が途切れる。
宙へ浮き始めていた金属片が。
一斉に落下する。
それでも。
ヒナは引き金を離さない。
「ヴァ……ァ……!」
T-REXドーパントの脚が。
耐えきれず。
崩れる。
膝が落ちた。
そして。
ドォン――。
巨体が道路へ倒れ込んだ。
「…………」
静寂。
誰も動かない。
風紀委員たちは。
倒れた怪物を見つめている。
ヒナだけは。
終幕:デストロイヤーを下ろしていなかった。
「委員長……?」
「……まだ」
「え?」
「生きてる」
「!」
アコがすぐに反応する。
「拘束準備!」
「はい!」
「動ける者は――」
「ヴ……ァァ……!」
「!」
T-REXドーパントが。
突然。
左腕を地面へ突き立てた。
「まだ動く!?」
風紀委員たちが一斉に銃を構える。
「ヴァァ……!」
怪物が身体を起こす。
だが。
ヒナへは向かわなかった。
「……?」
アコが気づく。
T-REXドーパントは。
戦おうとしていない。
爪。
地面。
「逃げる気!?」
「撃って!」
ダダダダダダッ――!
「ヴァァァァァァッ!」
弾丸を浴びながら。
地面を掘る。
ヒナも。
終幕:デストロイヤーを構える。
ドドドドドドッ――!
「ヴァァッ!」
背中へ弾丸が叩き込まれる。
それでも。
怪物は振り返らない。
もう。
ヒナへ襲いかかろうとはしなかった。
戦うより。
逃げる。
その選択を。
本能が選んでいた。
土砂が舞う。
T-REXドーパントの巨体が。
地中へ消えた。
「追跡!」
「待って」
ヒナが制止する。
「ですが、委員長!」
「負傷者がいる」
「……!」
ヒナが周囲を見る。
倒れている風紀委員。
負傷した一般生徒。
砕けた道路。
割れた窓。
損壊した建物。
「追えば、また市街地のどこかで出てくるかもしれない」
「……」
「それに」
ヒナは怪物が消えた穴を見る。
「地下でどう動くのか、まだ分からない」
無理に追えば。
逆に待ち伏せを受ける可能性もある。
「今は」
静かな声。
「こっちが先」
「……分かりました」
アコが頷く。
すぐに振り返った。
「救護班を呼んで!」
「はい!」
「負傷者を優先! 動ける者は避難誘導を続行!」
「了解!」
「周辺を封鎖! あの穴にも近づかないで!」
「はい!」
アコはそこで一度。
T-REXドーパントの消えた場所を見る。
「それから」
「はい?」
「行方不明者の捜索範囲を変更します」
「変更?」
「地上だけじゃない」
アコの表情が険しくなる。
「あれが地中を自由に移動できるなら――」
視線が。
道路の下へ。
「地下区画も全部調べるわ」
「……!」
「下水道、廃棄された地下通路、工事区画。人が入り込める場所は全部」
「了解!」
風紀委員たちが動き始める。
「…………」
その中で。
ヒナだけは。
T-REXドーパントの消えた穴を見つめていた。
見たことのない怪物。
異常な耐久力。
突進。
咆哮。
地中移動。
周囲の金属を引き寄せる力。
そして。
自分の攻撃をあれだけ受けながら。
なお。
逃げるだけの力を残していた。
「…………」
ヒナの目が僅かに細くなる。
「……面倒なことになりそう」
小さな呟き。
その声は。
救護と避難誘導のために慌ただしく動き始めた風紀委員たちの声へ紛れ。
誰の耳にも届かなかった。
* * *
戦闘区域から少し離れた場所。
風紀委員会によって設けられた臨時の避難区域では、救護活動が続いていた。
通りの一角には簡易テントが並び、その周囲を風紀委員や救急医学部の生徒たちが慌ただしく行き交っている。
「軽傷者はこちらへ!」
「歩けない人は無理に動かさないでください!」
「担架、もう一つお願いします!」
負傷した生徒。
避難してきた住民。
戦闘区域から運び込まれてくる風紀委員。
その数は、時間が経つにつれて少しずつ増えていた。
そんな中。
「……いてて」
翔は避難区域の端に置かれた椅子へ腰を下ろしていた。
身体を動かすたび。
背中から鈍い痛みが広がる。
「思ったより効いてるな……」
T-REXドーパントの咆哮。
真正面から受けたわけではない。
それでも、衝撃波に巻き込まれて吹き飛ばされ。
そのまま地面を転がった。
背中。
肩。
腕。
服の下には、いくつか痣もできているだろう。
翔は右肩を軽く動かしてみる。
「っ……」
痛む。
「……まあ、折れてはなさそうだし」
少なくとも。
普通に歩くことはできる。
なら。
そこまで大した怪我ではない。
翔自身はそう考えていた。
その時。
「……あ」
少し離れた場所。
救護用のベッドに座っている少女が目に入った。
見覚えがある。
先ほど。
倒れた看板の下敷きになっていた少女だ。
足には包帯が巻かれている。
その近くには、翔がもう一人逃がした生徒の姿もあった。
二人とも。
意識はある。
重傷には見えない。
「…………」
翔の肩から、僅かに力が抜けた。
「……よかった」
自然と。
そんな言葉が漏れた。
あの時。
自分が動いた意味はあった。
少なくとも。
二人とも無事だった。
「…………」
けれど。
遠く。
戦闘区域の方からは、まだ銃声が聞こえている。
風紀委員会が。
あの怪物と戦っている。
翔は、自分の手を見る。
さっきまで。
誰かを助けるために使っていた手。
それでも。
あの怪物を止めることはできなかった。
「……」
胸の奥に。
あの時の感覚が、まだ残っている。
助けたい。
なのに。
自分では届かない。
「――そこの死体」
「……は?」
突然。
横から声がした。
翔が顔を上げる。
一人の少女が立っていた。
白い髪。
落ち着いた表情。
救護用の装備。
その手には医療用品が入ったケース。
少女は。
真顔のまま翔を見ている。
「…………」
「…………」
数秒。
翔が自分を指差した。
「……俺?」
「はい」
「今、死体って言った?」
「……」
少女が一度だけ瞬きをする。
「失礼しました」
一拍。
「負傷者です」
「訂正の落差すごくない?」
「よく言い間違えます」
「そこは直した方がいいと思うぞ……」
「検討します」
「検討なんだ」
少女は、特に悪びれた様子もなく翔の前へ移動した。
「では、状態を確認します」
「いや、俺は大丈夫だって」
「どこを負傷しましたか?」
「……聞いてないな?」
「負傷箇所を」
「背中と肩。それから腕」
「原因は?」
「あの怪物の咆哮みたいなので吹き飛ばされた」
「なるほど」
少女は淡々と頷く。
「上着を少しずらしてください」
「え?」
「背部を確認します」
「ああ」
言われた通り。
翔が上着を少しずらす。
「…………」
少女が背中を見る。
僅かに目を細めた。
「広範囲に打撲」
「そんなに?」
「擦過傷も複数あります」
「転がったからな」
「肩部にも腫れがあります」
「そこまで酷い?」
「これで大したことがないと?」
「歩けるし」
「歩行可能と治療不要は同義ではありません」
「……はい」
思わず。
翔は素直に返事をした。
「では処置します」
少女は救急用品を取り出す。
消毒液。
ガーゼ。
包帯。
冷却材。
その手に迷いはなかった。
「少し染みます」
「了解」
消毒液が傷へ触れる。
「っ!」
翔の肩が僅かに跳ねる。
「痛みますか?」
「……まあ、ちょっと」
「我慢してください」
「容赦ないな……」
「必要な処置です」
淡々とした声。
けれど。
手つきは丁寧だった。
傷を無理に押さえつけることもない。
状態を確認しながら。
必要な部分だけ。
確実に処置していく。
「……慣れてるな」
翔が呟く。
「何がですか?」
「こういうの」
「仕事ですから」
少女は手を止めない。
「ゲヘナでは負傷者が出ない日の方が珍しいので」
「……それ、普通に考えたらヤバいよな」
「日常です」
「ゲヘナ怖……」
翔が苦笑する。
「腕を上げてください」
「こう?」
「もう少し」
「っ……」
「痛みがありますね」
「ああ」
「骨折の可能性は低そうですが、念のため後で検査を受けてください」
「そこまで?」
「そこまでです」
即答だった。
「……了解」
少女が冷却材を布で包む。
それを翔の肩へ当てる。
「しばらくこれを当てておいてください」
「ありがと」
「どういたしまして」
短い返答。
「…………」
翔は改めて少女を見る。
見覚えがある。
当然だ。
この少女も。
元の世界で見たことがある。
ゲームの中で。
氷室セナ。
ゲヘナ学園。
救急医学部の部長。
翔は。
反射的に。
「……氷室セナ?」
口に出してしまった。
少女の手が止まる。
「……」
翔の表情が固まった。
――しまった。
初対面だ。
自分が。
彼女の名前を知っている理由などない。
「あ」
何か誤魔化さなければ。
そう思った時。
セナが自分の胸元へ視線を落とした。
「名札ですか?」
「……え?」
「こちらに書いてあります」
翔も視線を落とす。
救急医学部。
氷室セナ。
「…………」
「……あー」
助かった。
「それ見えた」
「そうでしたか」
セナは特に疑う様子もない。
「氷室セナです」
改めて。
淡々と名乗る。
「ゲヘナ学園救急医学部の部長をしています」
「俺は風間翔」
「風間翔さん」
「ああ」
「……」
セナが翔を見る。
ほんの少し。
視線が長い。
「何?」
「いえ」
「?」
「噂の方かと思いまして」
「噂?」
「最近、ゲヘナ周辺で聞きます」
セナは何でもないことのように続ける。
「喫茶店で働いている、珍しい男の子がいると」
「……」
翔は額へ手を当てた。
「まだ広がってんのか……」
「かなり」
「マジか……」
「何か問題が?」
「いや……もう慣れ始めてる」
「そうですか」
セナは包帯を固定する。
「処置は以上です」
「お、終わった?」
「はい」
翔が肩を動かそうとする。
「動かさないでください」
「はい」
即座に止めた。
「本日は安静にしてください」
「仕事があるんだけど」
「安静に」
「マスター、一人になるし」
「安静に」
「……」
翔が黙る。
「返事は?」
「……はい」
「よろしいです」
セナは医療用品をケースへ戻す。
その時。
翔がもう一度。
先ほどの生徒たちを見る。
「なあ」
「はい?」
「あの二人」
視線で示す。
「俺がさっき助けた子たちなんだけど」
「……」
セナが二人を見る。
「状態は?」
「命に関わる負傷ではありません」
「……そっか」
翔の肩から。
今度こそ。
はっきりと力が抜けた。
「よかった……」
その反応を。
セナは黙って見ていた。
「…………」
「何?」
「いえ」
少し間を置き。
「あなたが救助したことで、負傷が悪化する前にここへ搬送できました」
「……」
「適切な判断だったと思います」
翔が目を瞬く。
「そっか」
「はい」
「なら……」
翔は包帯の巻かれた腕を見る。
「まあ、よかったかな」
「ただし」
「……やっぱり続くのか」
「救助を行った本人が新たな負傷者になれば、救護の負担が増えます」
「それ、さっき風紀委員にも言われた」
「なら」
セナは淡々と返す。
「二人から同じことを言われる程度には無茶をしていたということです」
「……反論できない」
「する必要もありません」
「厳しいなぁ」
セナは表情を変えない。
「無茶を控えてください」
「状況が状況だったし」
「それでもです」
「……はい」
「よろしいです」
その時。
「セナ部長!」
少し離れたところから声が飛んでくる。
救急医学部の生徒だった。
「負傷者が三名追加です!」
「分かりました」
セナが立ち上がる。
「では」
「ああ」
「最後にもう一度」
「……何となく分かった」
「安静にしてください」
「やっぱりそれか」
「はい」
「分かったよ」
「信用はしていません」
「初対面なのに!?」
「先ほど聞いた行動から判断しました」
「判断早すぎない?」
「必要なので」
「……」
翔が何とも言えない顔をする。
「では」
セナはそのまま。
次の負傷者のもとへ向かっていった。
「…………」
翔はその背中を見送る。
「……氷室セナか」
ゲームで知っていた通り。
かなり独特な人物だった。
無愛想。
淡々としている。
言葉も容赦がない。
けれど。
負傷者を見る目は。
ずっと真剣だった。
「……ちゃんと助けてるんだよな」
当たり前のことかもしれない。
でも。
翔には。
その姿が少しだけ印象に残った。
「…………」
自分の手を見る。
包帯。
擦り傷。
冷却材の当たった肩。
今日。
この手で助けられた人がいた。
そして。
この手では。
届かなかったものもあった。
どちらも。
事実だった。
「…………」
遠く。
戦闘区域の方を見る。
もう。
先ほどまで続いていた激しい銃声は聞こえない。
終わったのか。
それとも。
何か別のことが起きたのか。
今の翔には分からない。
ただ。
頭から離れないものがあった。
「……T-REXドーパント」
誰にも聞こえない声で。
その名前を呟く。
なぜ。
この世界にいるのか。
どうして。
父と一緒に見ていた物語の中の怪物が。
現実として。
キヴォトスに現れたのか。
分からない。
けれど。
もう。
見なかったことにはできなかった。