青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
日が落ち始めた頃。
便利屋68の四人は、公園の片隅に張ったテントの前に集まっていた。
すぐ脇には、以前の事務所から持ち出した荷物が纏められている。カイザー絡みの仕事を打ち切られ、期待していた報酬もほとんど手に入らなかった今、新しい事務所を借りる余裕は無い。
結果として、当面の拠点になったのがこの公園だった。
「……減ってる」
ベンチへ腰掛けたアルが、財布の中身を確認しながら深刻な顔で呟いた。
「使えば減るからね」
隣に座るカヨコが淡々と返す。
「それは分かってるわよ!」
「今日の晩御飯どうする~?」
ムツキがテントから顔を出す。
「安いので済ませるしかないじゃない」
「す、すみませんアル様……! 私、食べられる草を探してきます!」
「え?」
アルが振り返った。
「ハルカ、見分けられるの?」
「は、はい! ある程度なら……!」
「そんな特技があったの!?」
「す、すみません!」
「何で謝るのよ! 今は物凄く助かるわ!」
「アル様……!」
ハルカの表情が一気に明るくなった。
「よし! これなら今日の食費を少しでも――」
「アルちゃん、完全に野草を食費へ計上し始めたね」
「うるさいわね!」
アルがムツキへ言い返した、その時だった。
荷物の上へ置いていた端末が鳴った。
「ん?」
画面には、見慣れない番号が表示されている。
「誰かしら」
「新しい依頼だったりして」
ムツキが何気なく言った。
アルの動きが止まる。
「……依頼」
次の瞬間には端末を掴んでいた。
「依頼!?」
「切り替え早いね~」
「こういう時こそ代表がしっかりしないと駄目なのよ!」
一度咳払いをしてから背筋を伸ばす。
「はい。こちら便利屋68代表、陸八魔アルよ。御依頼かしら?」
『こんばんは、アル』
「……え?」
聞き覚えのある声だった。
「せ、先生!?」
整えたばかりの声が一瞬で崩れた。
横でムツキが肩を震わせる。
「ちょっと、笑わない!」
『今、大丈夫?』
「え、ええ! 勿論よ。それで、どうしたの?」
『仕事を一つ頼みたい』
「仕事?」
アルの表情が変わり、カヨコも顔を上げた。
『連邦捜査部シャーレから、便利屋68への正式な依頼』
「シャーレから……私達に?」
『うん』
先生は一度間を置いた。
『ホシノを助けたい』
空気が変わった。
「……ホシノ?」
アルが僅かに身を乗り出す。
「ホ、ホシノさんに何かあったんですか……?」
ハルカの問いに、先生の声が低くなる。
『ホシノは今、アビドス砂漠中央部にあるカイザーPMC主要基地の地下研究区画にいる』
「地下研究区画……」
『武器も端末も持ってない。連絡も取れないし、黒服は研究対象としてホシノを手放すつもりが無い』
カヨコが僅かに目を細めた。
「本人が帰りたいと思っても、普通に帰れる状況じゃないってことだね」
『うん』
「それで、依頼は?」
アルが尋ねる。
『ホシノの救出。基地へ入って地下まで行き、ホシノを連れ出して安全な所まで戻る。それが最優先』
「基地の制圧や破壊は?」
『目的じゃない。必要以上に戦うつもりも無いよ』
先生は続ける。
『ただし、危険性は全部伝えておく』
四人の表情が引き締まった。
『主要基地だから、PMC部隊と装甲車両は当然いると思う。疑似メモリ兵器が配備されてる可能性も高い』
そこまでは便利屋68も知っている。
だが、先生の説明はそこで終わらなかった。
『それとは別に、カイザーは人工ガイアメモリも研究してる』
「人工ガイアメモリ?」
カヨコが聞き返す。
『本物のガイアメモリを再現しようとした物。最近確認された型は、生体コネクターを通して人体そのものを異形へ変貌させる』
ハルカの表情が強張った。
「それも実戦に出てるんですか……?」
『使われた人は確認してる。今回の基地にいるかは分からないけど、警戒は必要』
先生は一拍置いた。
『それと、もう一つ。本物のガイアメモリを使える人間もカイザー側にいる』
「本物……?」
『カイザーの理事本人』
四人の動きが止まった。
『ガイアメモリで、人間とは違う異形――翔がドーパントと呼んでる姿に変身する』
「仮面ライダーとは違うの?」
『違う。確認した限りでも、かなり大きくて頑丈。コインみたいな物を撃ち出すし、巨体を使った突進も危険だった』
ムツキから笑みが消える。
「それが理事本人なんだ」
『うん。ホシノがアビドスへ戻るのはカイザーにとって都合が悪い。だから救出に動けば、理事自身が止めに来る可能性も考えてる』
カヨコが腕を組む。
「つまり最悪の場合、PMCの主力と疑似メモリ兵器、人工ガイアメモリの使用者、それに理事本人まで相手にする可能性がある」
『そう』
短い沈黙が落ちた。
「……社長」
カヨコが低い声で呼んだ。
「何?」
「これは、少し考えた方が良い」
アルがカヨコを見る。
「カヨコ課長……?」
ハルカが不安そうに彼女を見る。
「小鳥遊ホシノを助けたくないって言ってる訳じゃない」
カヨコは静かに続ける。
「でも、今までの仕事とは危険度が違う」
アルは黙って聞いていた。
「今すぐ返事をしなくて良い。一回ちゃんと考えよう。私達四人が引き受けても大丈夫なのか」
「カヨコ……」
「無茶して、誰か一人でも帰って来られなくなったら意味が無い」
依頼を嫌がっている訳ではない。
アルの判断を疑っている訳でもない。
ただ、便利屋68の全員が無事に帰ることを考えている。
アルにも、それは分かった。
『カヨコの言う通りだよ』
先生も続ける。
『私も勢いだけで決めて欲しくない。それに、アル達だけに任せるつもりも無い』
「他にもいるの?」
ムツキが尋ねる。
『アビドスのみんなも行く。ゲヘナ風紀委員会にも正式に情報を上げてるし、トリニティにも協力を頼めないか動いてる』
「それでも危険なのは変わらない」
『うん。だから断っても構わない。全部知った上で決めて欲しい』
アルはしばらく黙った。
カヨコの言っていることは正しい。
自分一人の仕事ではない。
便利屋68として引き受ければ、ムツキも、カヨコも、ハルカも危険へ連れて行くことになる。
「……報酬は?」
カヨコが尋ねた。
『シャーレから正式に払う。必要経費は別。危険度も報酬に反映する』
「成功しなかったらゼロ、とか?」
『そんな条件にはしないよ』
「……!」
アルの目が僅かに輝いた。
「まともな契約……!」
「社長」
「分かってるわよ! 今それで決めるつもりは無いわ!」
「なら良いけど」
ムツキが笑う。
「アルちゃん、ちょっと危なかったね~」
「危なくない!」
アルは咳払いをして、再び端末へ向き直った。
「一つ聞いても良いかしら?」
『うん』
「どうして私達なの?」
『四人が強いから。それに、現場で自分達で判断して動ける』
アルの背筋が少し伸びる。
『カイザー側の仕事を経験してることも、今回無駄にはならないと思う』
「なるほど」
カヨコが頷く。
『それと――いざという時、人を見捨てないことも知ってる』
アルが僅かに目を見開いた。
『だから頼みたいと思った』
「……そう」
カヨコはそれだけ返した。
今度はムツキもアルを茶化さなかった。
先生が伝えた危険。
カヨコの言葉。
代表として背負う責任。
全部分かった上で答えを出す必要がある。
アルは俯き、自分の手を見つめた。
その時。
ふと、一つの言葉が脳裏に蘇った。
《助けるなら、最後までだ》
黒い仮面の戦士。
仮面ライダーが、自分達を逃がした時に口にした言葉。
《お前らを逃がす。追手を撒く。それから俺も帰る。そこまで全部やって、ようやく一件落着だ》
あの時。
仮面ライダーは、自分達を逃がすだけでは終わりだとは言わなかった。
全員が帰って、初めて一件落着。
アルはゆっくりと顔を上げた。
カヨコの言葉と、あの時の言葉。
言っていることは違うようで、根っこは同じだった。
誰かを助けるためだからといって、自分達を使い潰して良い訳ではない。
かといって諦めて途中で辞めるのも違う。
助けるなら、助ける側も含めて全員無事に帰る。
そこまでやって初めて終わる。
「……カヨコ」
「何?」
「心配してくれてるのは分かってる」
アルは真っ直ぐカヨコを見る。
「今回が、今までよりずっと危険な仕事なのもね」
「……うん」
アルは少しの間黙っていたが、やがて顔を上げた。
「でも……私、この依頼を受けたい」
カヨコが僅かに目を細める。
「本気?」
「ええ」
今度は迷わなかった。
「危険なのは分かってる。でも、それで何もしないのも違うと思うの」
「……」
「それに――」
アルはそこで一度、ムツキとハルカにも目を向けた。
三人から視線が集まる。
一瞬だけ言葉に詰まりそうになったが、アルはそれを押し隠すように胸を張った。
「相手がカイザーの大部隊だろうが、変な兵器だろうが、怪物だろうが――それを聞いただけで怖気づいてたら、便利屋68の名が廃るわ!」
勢いよく言い切る。
「私達ならやれる!」
根拠まで問われれば、完璧な答えがある訳ではない。
それでもアルは、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「だって私達、便利屋68よ!」
ムツキが一瞬目を丸くした後、楽しそうに笑う。
「おお~。アルちゃん、言うね~」
「当然よ!」
「さっきまで財布の中身見て絶望してた人と同じとは思えないね~」
「今それ関係ないでしょ!?」
思わず言い返したアルに、ムツキがくすくすと笑う。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
アルも一度息を吐いてから、改めてカヨコを見る。
「……別に、勢いだけで言ってる訳じゃないわ」
「うん」
「危険だから、みんなに無理をさせて良いとも思ってない」
先程までより、少しだけ静かな声になる。
「でも私は、小鳥遊ホシノを助けたい」
一拍。
「それで、私達も全員無事に帰ってくる」
アルは三人を見回した。
「そういう仕事なら――便利屋68で受けたいの」
カヨコはしばらくアルを見つめた。
やがて、小さく息を吐く。
「……分かった」
「社長がそこまで考えて決めたなら、私は止めない」
「カヨコ……」
「最初から、受けるなら私も行くつもりだったし」
ムツキが笑う。
「もちろん私も行くよ~」
「わ、私もです!」
ハルカも勢いよく身を乗り出す。
「アル様がお受けになる依頼なら、私も最後までお供します!」
「……みんな」
ほんの一瞬、アルの表情が緩む。
だが、すぐに咳払いをして胸を張った。
「当然よ! 便利屋68なんだから、四人揃って仕事をするわよ!」
「くふふっ、そうこなくちゃね~」
アルは端末へ向き直った。
「先生」
『何?』
「決めたわ」
その声には、もう迷いが無かった。
「その依頼、便利屋68が引き受ける」
『本当?』
「ええ」
アルは不敵に笑う。
「小鳥遊ホシノを助け出して、全員無事に帰ってくる。そこまできっちりやり遂げてあげるわ」
『……うん。ありがとう』
「感謝するのは、仕事が終わってからにしなさい」
『分かった。詳しい資料と契約条件、集合場所を送るね』
「ええ」
『よろしく、便利屋68』
「任せなさい」
通信が切れた。
暫くして、アルの端末へ資料が届き始める。
依頼主。
連邦捜査部シャーレ。
依頼内容。
小鳥遊ホシノの救出および安全圏への退避。
想定される敵戦力。
カイザーPMC警備部隊、装甲戦力、疑似メモリ兵器。
人体使用を前提とした人工ガイアメモリ。
そして真正ガイアメモリを所持するカイザー理事と、そのドーパント形態についても最大警戒対象として記載されている。
「……本当に全部書いてある」
アルが呟く。
「隠してないって言ったからね」
カヨコが資料へ目を通す。
「前とは随分違う」
「当然よ」
アルは鼻を鳴らした。
「今回の依頼主は、私達を使い捨てにするつもりの相手じゃないんだから」
ムツキがにやりとする。
「しかも報酬も出る」
「大事なところね!」
「これで公園暮らしから脱出出来るかな~?」
「だから先に使い道を決めるんじゃないわよ!」
「でも社長、家賃は?」
カヨコの一言にアルが詰まる。
「……まずは仕事を終えてから考えるわ」
「アル様!」
ハルカが勢いよく立ち上がる。
「私、テント暮らしでもアル様と御一緒なら一生――」
「一生は嫌よ!?」
アルの声が公園へ響いた。
ムツキが楽しそうに笑い、ハルカは慌て、カヨコは小さく肩を竦める。
少しだけ、いつもの便利屋68の空気が戻った。
だが、アルはすぐに端末の資料へ視線を落とす。
カイザーPMC。
以前、自分達を利用した相手。
こちらへ必要な情報を与えず、目的を果たせば簡単に切り捨てた相手でもある。
今度は違う。
誰かに知らないところで使われるのではない。
危険も目的も全て知った上で、自分達の意思で引き受けた。
「……良いじゃない」
アルが立ち上がる。
「アルちゃん?」
「相手はカイザーPMC」
その名を口にすると、表情が僅かに引き締まった。
「この前は好き勝手に使われて、そのまま切られたけど――」
拳を握る。
「今度はこっちが自分で選んだ仕事よ」
「おお~」
「小鳥遊ホシノを助ける。私達も全員帰ってくる。それで、この前の借りも返す」
ハルカも勢いよく立ち上がった。
「アル様! 何処までもお供します!」
「勿論私達も行くよ~」
カヨコは三人を見ながら、小さく息を吐いた。
それでも、その口元は僅かに緩んでいる。
「……まあ、そうなるよね」
日が沈み始めた公園。
小さなテントを仮の事務所にする四人の便利屋は、再びカイザーPMCと向き合うことになった。
ただし、今度は誰かに利用された結果ではない。
自分達で事情を聞き、危険を知り、それでも引き受けると決めた仕事だった。
小鳥遊ホシノを助ける。
そして、自分達も全員無事に帰る。
便利屋68にとって、そこまでが次の依頼だった。
* * *
同じ頃。
ゲヘナ学園、風紀委員会本部。
執務室の机上には、これまで蓄積されてきた調査記録と、つい先ほどアビドスから届いた追加報告が並べられていた。
送信者は風間翔。
さらに、その報告を確認している最中、シャーレからも正式な協力要請が届いていた。
「……同じ場所へ繋がりましたね」
アコが二つの画面を並べる。
一方には、翔が纏めた調査報告。
もう一方には、先生から届いた小鳥遊ホシノ救出への協力要請。
ヒナは暫く両方へ目を通してから口を開いた。
「翔の方から確認しよう」
「はい」
アコが資料を切り替える。
「ブラックマーケットを中心に流通していた疑似メモリ兵器については、これまでの報告通りです。ゲヘナにも複数流入しており、仲介業者やダミー企業を通した経路についても調査を続けています」
「そこは前と同じだな」
イオリが言う。
「問題は、その先です」
画面に地下施設の記録が表示された。
「翔さん達が新たに確認した施設では、人工ガイアメモリを使用した人体実験が行われていました」
チナツの表情が険しくなる。
「以前報告されていた物とは違うんですよね?」
「ええ。生体コネクターを介して人工ガイアメモリを身体へ深く挿入し、使用者の全身を変貌させる型です」
「全身を……」
「実際に異形へ変化した使用者も確認されています。ただし、翔さん達は人工メモリを取り外し、使用者の救出に成功しています」
チナツが資料へ目を落とす。
「なら、遭遇しても倒すだけでは駄目ですね」
「うん」
ヒナが答えた。
「使わされている人なら、被害者の可能性もある」
「救護側でも対応出来るよう準備しておきます」
「お願い」
アコが別の資料を表示した。
「疑似メモリ兵器と人工ガイアメモリについては、これまで確認してきたカイザー側の動きと重なる材料も増えています」
ブラックマーケットへ流れた特殊兵器。
アビドスで使用された新型装置。
地下施設から回収された研究資料。
まだ全てが一本の線として証明された訳ではない。
だが、無関係として切り離すには材料が重なりすぎていた。
「それと、カイザー理事本人の件もある」
ヒナが別の報告を開いた。
イオリが眉を寄せる。
「ドーパント……あの怪物か」
「はい」
アコが応じた。
「真正ガイアメモリを使用し、異形へ変身することが確認されています」
巨体。
高い耐久力と力。
コイン状の物体による砲撃。
重量を利用した突進。
能力の全容までは判明していないが、カイザーの上層部本人が真正ガイアメモリを戦力として使用出来ることは確かだった。
「理事本人まで出てくる可能性は?」
イオリが尋ねる。
「あると思う」
ヒナが答えた。
「小鳥遊ホシノが戻れば、カイザーにとって都合が悪い」
「基地の警備だけを想定するのは危険ですね」
チナツが言う。
「うん」
ヒナは先生から届いた要請へ画面を切り替えた。
「次はこっち」
小鳥遊ホシノは現在もアビドス高等学校に在籍している。
武器も端末も無く、外部との連絡は出来ない。
居場所はアビドス砂漠中央部にあるカイザーPMC主要基地の地下研究区画。
そして黒服自身が、彼女を研究対象として扱う意図を先生へ認めている。
「シャーレからの要請は、ホシノさんの救出と安全圏までの退避への協力です」
アコが言った。
「基地を潰すのが目的じゃないんだね」
イオリが確認する。
「ええ。先生もそこは明確にしています」
ヒナは画面に並んだ情報を見つめた。
疑似メモリ兵器を追って始まった調査は、すでにそれだけでは済まなくなっている。
人体へ使用される人工ガイアメモリ。
その研究に繋がる資料。
真正ガイアメモリを所持するカイザー理事。
そして今、そのカイザーの主要基地に研究対象として置かれている生徒がいる。
「……ここまでだね」
ヒナが言った。
「委員長?」
「翔一人に任せるのは、ここまで」
アコが静かに頷く。
「同感です」
「もう自治区外に流れた兵器を追うだけの調査じゃない」
ヒナは端末を置いた。
「風紀委員会の正式案件として引き上げる」
「承知しました」
アコが即座に記録を開く。
「疑似メモリ兵器の流通調査に加えて、人工ガイアメモリ関連の研究施設と供給経路についても正式な調査対象へ追加します」
「うん」
「カイザーPMCについては?」
「調査対象に含めて」
ヒナは迷わず答えた後、僅かに間を置いた。
「ただし、今ある情報だけでカイザー全体が全部やったと決めつけない。確認出来ている事実と、まだ推測の部分は分けて」
「当然です」
疑わしい材料は多い。
だが、それと証明されていることは別だった。
「それと、先生からの要請には正式に応じる」
「救出作戦へ参加する、と?」
「うん」
ヒナはカイザーPMC基地の情報を表示させた。
「私たちが追ってきた件の先に、この基地がある可能性が高い。先生たちが小鳥遊ホシノを助けに行くなら、別々に動く理由はない」
「シャーレと共同で動くわけですね」
「そういうこと」
「では、こちらが持っている情報も先生側と共有します」
「お願い。向こうが持っている基地の情報も受け取って、作戦前に合わせて」
「承知しました」
そこでヒナはアコを見る。
「今回は、ちゃんと最初から正式に動くから」
「……」
アコの手が止まった。
「何?」
「委員長。それ、絶対この前のことを言っていますよね?」
「気のせいじゃない?」
「もう!目を逸らさないでください!」
横でイオリが小さく吹き出した。
「イオリ?」
「な、何でもない!」
チナツが僅かに苦笑する。
ほんの少し緩んだ空気を、ヒナがすぐに戻した。
「イオリ、すぐ動かせる人員を確認して」
「了解」
「荒れ地での戦闘と対装甲戦に対応出来る人を優先して。疑似メモリ兵器も想定する」
「分かった」
「チナツは救護部隊の準備」
「はい」
「人工ガイアメモリを使われた人を保護する可能性も考えておいて」
「分かりました。翔さんから上がっている救出事例も確認しておきます」
ヒナがアコへ視線を移す。
「アコは先生と連絡を取って。集合場所と進入経路、通信方法、撤退経路。それから役割分担も」
「承知しました」
一通り入力してから、アコが顔を上げる。
「委員長は?」
「行く」
返事に迷いはなかった。
「ですよね」
「ここまで風紀委員会が追ってきた案件なんだから」
真正ガイアメモリを使うカイザー理事が介入する可能性まである。
その状況で、自分だけ本部に残る選択肢はヒナにはなかった。
「では、委員長の現地参加を前提に編成します」
「お願い」
ヒナは翔から届いた最後の報告へ戻った。
現在もアビドス自治区に滞在。
先生、対策委員会と行動中。
「翔にも返事しておく」
「私から送りますか?」
「いい。私が送る」
ヒナは自分の端末を手に取った。
――追加報告を確認した。
――先生からの協力要請も届いてる。
――この件は、ここから風紀委員会の正式案件として扱う。
そこまで入力して、指が止まる。
もう一文加えた。
――ここから先は一人で調べなくていい。
少し考え、さらに続ける。
――私たちも行く。
最後に。
――だから、私たちが着くまで勝手に危ないことをしないで。
「……」
一度読み返し、そのまま送信する。
ヒナは端末を机へ戻した。
「準備しよう」
その一言で、三人もそれぞれ動き始める。
これまで翔が追い続けてきた線は、もう彼一人の調査ではない。
今度は風紀委員会も、同じ場所へ向かう。
* * *
同じ頃。
トリニティ総合学園。
放課後の校舎を歩いていた阿慈谷ヒフミの端末が、小さく震えた。
「……先生?」
表示された名前を見て、ヒフミは足を止める。
「もしもし、先生?」
『ヒフミ。今、少し時間ある?』
「はい。大丈夫ですけど……どうしたんですか?」
普段より少し硬い声だった。
『アビドスのことで、頼みたいことがあるの』
「アビドスの……?」
『うん。ただ、その前に事情を説明するね。ちょっと長くなる』
「……分かりました」
ヒフミは人通りの少ない窓際へ移動した。
『少し前から、アビドスの周りでカイザー絡みの問題が続いてたの』
「カイザー……」
『特殊な兵器が流れ込んだり、アビドスの生徒が狙われたり、一般の人まで巻き込まれる事件も起きてる』
「そんなことになってたんですか……」
ブラックマーケットで別れてから、アビドスの皆とは時折連絡を取っていた。
最初はヒフミから送った礼のメールだった。
アヤネから丁寧な返信が届き、ノノミとは何度か近況を送り合った。セリカには「今度は変なところに一人で行かないでよね」と念を押され、シロコからも短いながら返事が届いた。
そしてホシノからも、一度だけ。
――今度会う時は、もう少し平和なところがいいねえ。
その時は、ヒフミも笑って返した。
『その中で、ホシノが一人で相手側へ行った』
「……ホシノさんが?」
『みんなを巻き込みたくなかったんだと思う』
先生の声が僅かに沈む。
『アビドスのみんなや私、それから周りの人達に手を出させないために、自分自身を差し出す形の取引をしようとした』
「……自分を?」
『うん』
ヒフミは黙り込む。
「そんな……」
『今はカイザーPMCの主要基地にいる』
「カイザーの基地に?」
『地下の研究区画。武器も端末も無くて、こっちから連絡も取れない』
「研究区画って……それ、普通に待ってるだけじゃないですよね?」
『うん。黒服っていう相手が、ホシノを研究対象として扱うつもりだって私に直接認めた』
「……」
ヒフミの指が端末の縁を強く握った。
「それで、ホシノさんがした取引は……?」
『成立してない』
「え?」
『ホシノがアビドスを離れることが前提だった。でも、その手続きは成立してない』
『だからホシノは今もアビドスの生徒』
「じゃあ……迎えに行けるんですね?」
『行くよ』
即答だった。
ヒフミは小さく息を吐く。
「……良かった」
『ただ、相手が問題』
「カイザーPMCの主要基地、ですもんね」
『うん』
「アビドスのみなさんだけで行くんですか?」
『それは無理。だから今、協力してくれる人を集めてる』
先生が続ける。
『ゲヘナ風紀委員会には正式に要請を出した。便利屋68にもシャーレから依頼してる』
「便利屋68にも……」
『それでも、ホシノを見つければ終わりじゃない』
「……連れて帰らないと」
『そう。全員で帰ってこないと意味がない』
ヒフミは少しだけ黙った。
「先生」
『何?』
「私に頼みたいことって、その救出に関係することですよね?」
『うん』
「何をすればいいですか?」
『トリニティ側に、この話を繋いでほしい』
「トリニティに……」
『ヒフミに何か決めてほしいわけじゃないよ。シャーレから正式な資料を送るから、それを判断出来る人まで届けてほしい』
ヒフミは少し考えた。
「ナギサ様に、ですか?」
『お願い出来る?』
「……はい」
『無理しなくても――』
「いえ」
先生の言葉を、ヒフミが珍しく途中で遮った。
「私から話してみます」
『ヒフミ?』
「アビドスのみなさんには、私も助けてもらいましたから」
一拍置く。
「それに、その後も少しですけど連絡を取ってるんです」
『そうだったんだ』
「はい」
ヒフミは少しだけ笑った。
「だから……ホシノさんがそんなことになってるって聞いて、何もしないのは嫌です」
笑みが消える。
「私に出来るのが話を届けることなら、まずそれをやります」
『……うん』
「でも、その前にちゃんと教えてください」
『何を?』
「危険のことです」
先生が一瞬黙る。
「ナギサ様にお願いするのに、私が何も分かってないんじゃ駄目だと思うので」
『分かった』
先生の声が真剣になる。
『かなり危険だよ』
「はい」
『カイザーは普通の武器じゃない特殊兵器を使ってる。疑似メモリ兵器って呼んでる物』
「疑似メモリ兵器……」
『それだけじゃなくて、人間の身体そのものを異形へ変える人工ガイアメモリも確認されてる』
「人を……?」
『うん』
「……」
『それから、カイザーの理事本人も、本物のガイアメモリを使って異形に変身出来る』
「その人も、救出を止めに来るかもしれないんですか?」
『可能性はある』
「……かなり危ないですね」
『だから無理はしなくていい』
ヒフミは少しだけ俯いた。
「先生」
『うん?』
「資料、送ってください」
『……分かった』
「ちゃんと読んでから行きます」
『ありがとう』
「まだ何も出来るって決まってませんよ?」
『それでも』
「ふふっ……じゃあ、行ってきます」
* * *
それから暫くして。
ヒフミはティーパーティーの執務室にいた。
先生から届いた資料は、すでにナギサの手元にある。
机を挟んだ向こうで、桐藤ナギサが一頁ずつ内容を確認していた。
「……事情は把握しました」
やがてナギサが顔を上げる。
「シャーレからの正式な協力要請も確認しています」
「はい」
「小鳥遊ホシノさんは現在もアビドス高等学校の生徒。そして現在、カイザーPMC主要基地の地下研究区画にいる」
「はい」
「黒服と呼ばれる人物は、彼女を研究対象として扱う意思を先生へ明言している」
ヒフミが僅かに表情を曇らせる。
「……そう聞きました」
「先生は彼女を救出する。そのための協力をトリニティにも求めている」
「はい」
ナギサは資料を閉じた。
「事情は理解しました」
「それなら――」
「ですが」
続けかけたヒフミの言葉が止まる。
「トリニティから武装した生徒を他自治区へ送り込むことは、簡単な話ではありません」
「……」
「まして相手はカイザーPMCの主要基地です」
「はい……」
「救出が目的であっても、こちらが戦力を送り込めば、カイザーPMCへの武力介入と見なされる可能性があります」
ナギサは静かに続ける。
「今のトリニティに、安易にそのような火種を抱える余裕はありません」
「……つまり」
「今回の要請を、そのまま受けることは出来ません」
ヒフミの肩が僅かに落ちた。
「そう……ですか」
「申し訳ありません」
執務室が静かになる。
ヒフミは膝の上で指を組み、一度俯いた。
そのまま「分かりました」と答えかけて――先生の言葉が頭を過った。
ホシノを見つければ終わりじゃない。
全員で帰ってこないと意味がない。
「……ナギサ様」
「何でしょう?」
「一つ、聞いても良いですか?」
「はい」
「先生達がホシノさんを助けに行くこと自体を、トリニティが手伝うのは難しいんですよね?」
「そうですね。基地への武力介入という形になるのであれば、認めることは困難です」
「じゃあ……」
ヒフミは少し考えながら言葉を選ぶ。
「助けに入るんじゃなくて、帰ってくるのを手伝うのはどうでしょうか」
ナギサの目が僅かに細くなった。
「帰ってくるのを?」
「はい」
「先生達が基地の中へ入って、ホシノさんを見つけるところまでは、アビドスのみなさんとゲヘナ風紀委員会に任せます」
「……続けてください」
「トリニティは基地の外にいるんです」
ヒフミは机上の地図へ目を向ける。
「先生達が中にいる間に増援が来たら、それを抑える」
「……」
「怪我をした人が出たら、外で受け入れる」
一つずつ、先生との話を思い返しながら口にする。
「それで、ホシノさんを連れて出てきたら――ちゃんと帰れるように手伝う」
ナギサの視線が地図へ落ちた。
「基地内部へは入らない」
「はい」
「救出対象の確保そのものには関与しない」
「はい」
「外周での増援阻止、救護、撤退支援……」
ナギサはそこまで言い、一度黙った。
「それなら駄目でしょうか?」
「……先程よりは、話が変わります」
ヒフミの表情が僅かに明るくなる。
「じゃあ――」
「ですが、安全の問題は残ります」
喜びかけた顔が止まった。
「基地の外であっても、相手はカイザーPMCです」
「……はい」
「疑似メモリ兵器もある。人工ガイアメモリの使用者が出てくる可能性もある。そしてカイザー理事本人まで現れれば、外周だから安全とは言えません」
ヒフミは黙った。
それは、先生から聞いた時点で分かっていた。
怖くないわけではない。
ナギサが慎重になるのも当然だった。
「ヒフミさん」
「はい」
「どうして、そこまでしてトリニティの協力を求めるのですか?」
問い掛けられ、ヒフミはすぐには答えなかった。
少しだけ視線を落とし、自分の端末を見る。
「……最初は」
「はい」
「前に助けてもらったから、だと思ってました」
「アビドスの皆さんに?」
「はい」
小さく頷く。
「でも、それだけじゃないみたいです」
「……」
「その後も、時々連絡を取ってたんです」
ヒフミは少しだけ笑った。
「セリカさんには、また変なところに一人で行くなって怒られました」
「それは……心配されていたのでしょうね」
「シロコさんは、すごく短い返事しかくれませんけど」
「ふふ」
「ノノミさんやアヤネさんからも、普通の学校の話とか届いて」
そして、笑みが少し薄くなる。
「ホシノさんからも、一度だけ」
「何と?」
「『今度会う時は、もう少し平和なところがいいねえ』って」
ナギサは黙って続きを待つ。
「私も、そうですねって返しました」
指先が端末の端に触れる。
「だから……今ここで『無理でした』って帰って」
一度言葉を切る。
「その後で、ホシノさんや先生達に何かあったって聞いたら」
ヒフミは顔を上げた。
「きっと、もっと出来ることがあったんじゃないかって思います」
「……」
「何も出来ないなら、仕方ないです」
それでも、と続ける。
「でも、今ナギサ様と話して、外からなら出来ることがあるかもしれないって分かりました」
「……」
「だったら、もう一度だけお願いします」
ヒフミは頭を下げた。
「出来る範囲でいいんです」
「ホシノさんを連れて、みんながちゃんと帰ってくるために」
「トリニティの力を貸してください」
暫く、返事はなかった。
やがてナギサが小さく息を吐き、再び地図へ視線を落とした。
「……分かりました」
ヒフミが顔を上げる。
「ただし、貴女の気持ちだけで生徒を動かすわけにはいきません」
「はい」
「条件を定めます」
ナギサの指が基地の外周をなぞる。
「トリニティは基地内部へ突入しない」
「はい」
「救出対象の確保は、シャーレ、アビドス、ゲヘナ側に任せます」
「はい」
「こちらは外周での増援対応、負傷者の救護、そして撤退支援に限定する」
ヒフミの目が少しずつ明るくなる。
「作戦区域と活動時間も、事前にシャーレと調整します」
「はい」
「目的外の戦闘は避ける。そして危険が想定を上回った場合は、こちらの判断で撤退させます」
「分かりました」
ナギサはヒフミを見る。
「この条件であれば、トリニティとして限定支援を認めます」
一瞬、ヒフミは言葉を失った。
「……本当ですか?」
「ええ」
「ありがとうございます!」
思わず身を乗り出す。
「まだ調整は残っていますよ」
「あっ……すみません」
「まったく」
ナギサは小さく息を吐いたが、その声音は先程までより柔らかかった。
「シャーレへはこちらから正式に返信します」
「はい!」
ナギサが端末を操作し始める。
ヒフミはその様子を見つめていたが、やがてもう一度口を開いた。
「あの、ナギサ様」
「……まだありますか?」
「あはは……はい」
「何でしょう」
「私も行って良いですか?」
ナギサの指が止まった。
「ヒフミさんが?」
「はい」
「先生から求められているのですか?」
「いいえ」
「では、なぜ?」
ヒフミは少し考えてから答えた。
「私がお願いしたから、だけじゃありません」
「……」
「外で出来ることがあるって、今分かったからです」
「ヒフミさん」
「前線に出たいわけじゃないです」
先にそう告げる。
「救護でも、連絡でも、物資運びでも。私に出来る役目があるなら、私もやりたいです」
「危険は変わりませんよ」
「はい」
「怖くないのですか?」
「怖いです」
即答した。
それから、少しだけ笑う。
「でも、ホシノさんに、また会いましょうって言ってるんです」
「……」
「だから、ちゃんと帰ってきてもらいたいです」
一拍。
「出来れば、その時に私も『おかえりなさい』って言いたいです」
ナギサは暫くヒフミを見つめた。
「……参加させるとしても、前線へは出しません」
「はい!」
「まだ許可したとは言っていません」
「あっ」
「シャーレとも相談します」
「はい」
「ですが」
ナギサが小さく息を吐く。
「準備だけはしておいてください」
ヒフミが目を丸くする。
そして、すぐに頷いた。
「はい!」
ナギサはシャーレへの返信を開く。
トリニティ総合学園は、小鳥遊ホシノ救出への限定支援を受諾する。
基地外周での援護。
増援への対応。
救護。
撤退支援。
基地内部への突入や制圧は目的としない。
内容を確認し、そのまま送信する。
「こちらも準備を始めます」
「はい」
ヒフミも自分の端末を取り出した。
まずは、自分に何が出来るのか。
今度はそこから考え始めた。
* * *
アビドス高等学校。
日が落ち始めた校舎の一室で、先生達は残る返事を待っていた。
机の上には、カイザーPMC主要基地周辺の地図と、これまで集めた資料が広げられている。
便利屋68はすでに依頼を引き受けている。残っているのは、ゲヘナ風紀委員会とトリニティだった。
アヤネは端末を前に座り、何度目か分からない通信状況の確認をしていた。シロコは銃の手入れを続け、セリカは椅子に座っているものの落ち着かない様子で何度も足を組み替えている。
ノノミも普段より口数が少ない。
翔は窓際に立ち、自分の端末を眺めていた。
「……まだ?」
とうとう耐え切れなくなったのか、セリカが口を開いた。
「セリカちゃん、さっきも同じこと聞きましたよ」
「だ、だって!」
アヤネに言われ、セリカが身を乗り出す。
「こっちはホシノ先輩がどこにいるかまで分かってるのよ!? それなのに待ってるだけなんて……」
「気持ちは分かります」
アヤネも端末へ視線を落とす。
「でも、今突っ込んでもホシノ先輩を連れて帰れなかったら意味がありません」
「それは……分かってるけど」
「ん」
シロコが手入れしていた銃から顔を上げた。
「今は待つしかない」
「……そうね」
セリカが渋々椅子の背へもたれた。
その時、翔の端末が鳴った。
「……来た」
全員の視線が集まる。
「風紀委員会?」
ノノミの問いに、翔が画面を開く。
「ああ」
送り主はヒナだった。
追加報告を確認したこと。
先生からの協力要請も届いており、今回の件をこれまで追ってきた疑似メモリ兵器や人工ガイアメモリ関連の調査と繋がる正式案件として扱うこと。
そして。
――ここから先は一人で調べなくていい。
――私たちも行く。
翔の指が僅かに止まる。
さらに、その下にはもう一行。
――だから、私たちが着くまで勝手に危ないことをしないで。
「……分かってるって」
「翔?」
先生に呼ばれ、翔は顔を上げた。
「風紀委員会も正式に動く。ヒナも来るってさ」
「風紀委員長本人が……」
アヤネが目を見開く。
「今回の件、元々はゲヘナ側にも流れてた疑似メモリ兵器の調査から繋がってるからな」
翔はそう答え、それから画面の最後の一文を見て苦笑した。
「あと、到着するまで無茶するなって念を押された」
「……かなり心配されてる」
シロコがぽつりと言う。
「まあ、ゲヘナじゃ疑似メモリ兵器を持った連中を見つけて、応援が来る前に追ったり、そのまま一人で現場に入ったりしてたからな」
「それ、普通に無茶してるじゃない」
セリカが呆れたように言う。
「……否定は出来ない」
翔は端末をしまった。
「では、残るのはトリニティですね」
ノノミが先生を見る。
「うん」
ヒフミには事情を説明し、正式な資料も送ってある。
そこから先は、トリニティ側の判断だ。
先程までより少しだけ明るくなった部屋に、再び待つ時間が戻る。
暫くして、短い電子音が鳴った。
「来た」
先生が画面を開く。
セリカが今にも立ち上がりそうな姿勢で待つ。
「……先生?」
アヤネが呼ぶと、先生は顔を上げた。
「トリニティも協力してくれる」
「本当!?」
「うん。ただし、基地の中には入らない」
先生は届いた文面へ目を落とす。
「基地外周での援護。カイザー側の増援への対応。負傷者の救護。それから撤退支援」
アヤネがすぐに地図を覗き込んだ。
「それなら、内部に入っている間の増援と、撤退時の追撃を外で受けてもらえます」
「救護を任せられる場所があるのも大きいですね」
ノノミも頷く。
「うん」
先生はそのまま続きを読み、少しだけ眉を上げた。
「あ。それと、ヒフミも支援側への参加を希望してるみたい」
「ヒフミさんも?」
アヤネの声が僅かに明るくなる。
「まったく……」
セリカは呆れたように息を吐いた。
「来なくたっていいのに」
「でも、嬉しそう」
シロコが言う。
「べ、別にそういう意味じゃないわよ!」
「ふふっ。でも、ヒフミさんらしいですね」
ノノミが柔らかく笑う。
アヤネも小さく頷いた。
「はい。きっと、じっと待っていられなかったんだと思います」
「……そうね」
セリカの声が少しだけ柔らかくなる。
「だったら、来た時にちゃんとお礼言わないと」
「セリカが?」
「何よ! 私だってそれくらい言うわよ!」
「ん。珍しい」
「シロコ先輩!」
小さな笑いが起こる。
それも、アヤネの視線がいつもホシノのいる場所へ向いたことで自然と静まった。
「……迎えに行きましょう」
今度はアヤネが言った。
シロコが銃を机へ置く。
「ん」
「当然よ」
セリカもすぐに頷く。
「はい」
ノノミも続いた。
先生は机の中央へ地図を引き寄せる。
「これなら、ちゃんと帰ってくるところまで考えられます」
アヤネが基地周辺の道路を見ながら言う。
「うん。そこまでが救出だからね」
「ホシノ先輩が知ったら、何て言うかしら」
セリカが苦い顔をする。
「『おじさん一人のために大袈裟だねえ』とか?」
先生が言うと、セリカが即座に顔をしかめた。
「絶対言う!」
「言いそう」
シロコも頷く。
「その時は、大袈裟でも何でもないって言えばいいよ」
先生の指が、地図上のカイザーPMC主要基地へ置かれる。
「言いたいことは、帰ってきてから全部言おう」
「……そうね」
セリカの声が落ち着く。
「私、山ほどあるから」
「私もです」
アヤネが胸元で手を握る。
「ふふっ。私もですよ」
「ん。私も」
翔は地図上の基地を見つめた。
最後にホシノと向き合った時、自分は止められなかった。
ロストドライバーへ手を伸ばし、それすらホシノに止められた。
「……連れて帰ろう」
「うん」
先生が応じる。
そして地図を全員から見える位置まで広げた。
「じゃあ、作戦を組もう」
今度は、どうやってホシノのところまで辿り着き、全員で帰ってくるかを決める番だった。