青の記録 ―二つの記憶が交わる時―   作:きままに投稿

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第63話 決戦前夜

 

 

「じゃあ、作戦を組もう」

 

 先生が地図へ手を伸ばしたところで、翔が口を開いた。

 

「その前に、いいか」

 

 全員の視線が集まる。

 

 翔は机の上に広げられた資料へ目を落とした。

 

 便利屋68。

 

 ゲヘナ風紀委員会。

 

 トリニティ。

 

 ホシノを連れ戻すために、それぞれが動いてくれている。

 

 これからその戦力を前提に作戦を組む以上、自分だけが出来ることを伏せたままではいられない。

 

「これから話すことは、ここにいる人達だけにしてほしい」

 

「分かった」

 

 先生の返事を確認し、翔は上着の内側へ手を入れた。

 

 ロストドライバーを机の上へ置く。

 

 続いて、紫色のガイアメモリ。

 

 先生の視線がJOKERの文字へ止まった。

 

「俺が、仮面ライダーだ」

 

 一瞬、部屋から音が消えた。

 

「……翔が?」

 

 セリカがロストドライバーと翔を見比べる。

 

「ああ」

 

「今まで出てきた、あの黒い仮面の……?」

 

「そうだ」

 

 シロコも翔をじっと見ていた。

 

「……気付かなかった」

 

「気付かれないようにしてたからな」

 

 一方、先生は驚きを見せながらも、すぐには口を開かなかった。

 

 これまで別々に見ていたものが、一本に繋がっていく。

 

 翔が持っていたガイアメモリへの知識。

 

 事件を追い続けていた理由。

 

 そして、同じ事件へ介入していた仮面ライダージョーカー。

 

「……なるほど」

 

 先生が小さく息を吐いた。

 

「そういうことだったんだ」

 

 翔が先生を見る。

 

「驚いてないわけじゃないよ。でも、今までのことを考えると納得出来る」

 

「そうか」

 

「どうして今まで秘密にしていたんですか?」

 

 アヤネが尋ねた。

 

「俺の正体がカイザーに知られれば、俺だけじゃなく、俺と関わりのある人間まで狙われるかもしれない」

 

 翔は机上のドライバーを見る。

 

「だから、知ってる人間は出来るだけ増やさないようにしてた」

 

「でも、今は話すんですね」

 

「ああ」

 

 翔は顔を上げた。

 

「便利屋68も、風紀委員会も、トリニティも動いてくれる。みんなが出来ることを出してるのに、俺だけ出来ることを隠したまま作戦を組むのは違う」

 

 非戦闘員として配置された後で、勝手にジョーカーとして動けば連携を崩す。

 

 それだけは避けたかった。

 

「それに、ここにいるみんななら話してもいいと思った」

 

 翔は一度言葉を切った。

 

「信用してるから」

 

「分かりました」

 

 アヤネが頷く。

 

「私達から話すことはありません」

 

「当然よ」

 

「ん」

 

 セリカとシロコも続き、ノノミも静かに頷いた。

 

「私も話さない」

 

 先生が最後に答える。

 

「ありがとう」

 

 翔はロストドライバーへ手を伸ばしかけ、そこで止まった。

 

「風紀委員会はもう知ってる。それ以外には、必要がない限り伏せておきたい」

 

「ホシノは?」

 

 先生の問いに、翔は僅かに間を置いた。

 

「……知ってる」

 

 対策委員会の四人が反応する。

 

「出て行く直前にバレた。俺が止めようとしてドライバーに手を伸ばした時だ」

 

「ホシノ先輩が?」

 

「ああ。変身する前に止められた」

 

 翔の表情が僅かに曇る。

 

「ご丁寧に俺の正体が周りに分からないようにドライバーを隠してからな」

 

 セリカが唇を結んだ。

 

「……最後までそういうことするんだから」

 

「今度は必ず連れ戻す。あの時みたいな後悔はもうしたく無い」

 

 翔はロストドライバーとJOKERを手元へ戻した。

 

 先生もそれ以上は触れず、地図へ向き直る。

 

「じゃあ、このことも含めて作戦を組もう」

 

 カイザーPMC主要基地と、その周辺。

 

 地上施設についてはある程度情報がある。しかし、ホシノがいる地下研究区画は別だった。

 

「地下に研究区画があることまでは確定。問題は入口だね」

 

「内部構造も分かっていません」

 

 アヤネが地図を拡大する。

 

「黒服もそこまでは教えてくれなかった」

 

「なら、入ってから探すしかない」

 

 シロコが言う。

 

「うん。だから最初から基地全体を制圧しようとはしない」

 

 先生の指が基地側面へ移る。

 

「目的はホシノの救出。まず地下へ入る経路を確保する」

 

「ここですか?」

 

 アヤネが物資搬入口を示す。

 

「古い施設資料では、この周辺に地下設備へ続く搬送経路が集中しています」

 

「第一候補にしよう」

 

 先生はそこから基地内部へ線を伸ばした。

 

「ただ、使えなかった時のために別経路も必要」

 

「そこは実際に偵察してからですね」

 

「うん」

 

 先生は続いて基地外周へ視線を移した。

 

「トリニティには予定通り外を任せる。増援の阻止、救護、撤退支援」

 

「救護と撤退の拠点なら、ここが使えそうです」

 

 アヤネが基地から距離を取った地点へ印を付ける。

 

「基地から直接見えにくく、複数の道路へ出られます」

 

「撤退経路も二つ取れるね」

 

「はい」

 

「そこを候補にしよう」

 

 次に先生の指が搬入口へ戻る。

 

「風紀委員会には突入の先頭を頼む。基地側の主力を引き受けてもらいながら、地下への道を開く」

 

 翔も地図を見る。

 

「ヒナ達なら問題ない」

 

「便利屋68は一か所に固定しない」

 

 先生は別の経路を指した。

 

「援護が必要な場所へ回ってもらう。別経路を見つけた時の確保や、撤退時の補助もお願いする」

 

「それで、私達は?」

 

 アヤネが尋ねる。

 

「地下への道が開いたら、対策委員会はホシノの救出を優先」

 

「見つけたら連れて帰る」

 

 シロコが即座に言った。

 

「うん。ただ、一つだけ考えておかないといけない」

 

 先生は四人を見る。

 

「ホシノは、自分の契約が成立していないことを知らない可能性が高い」

 

 セリカの表情が険しくなる。

 

「……まだ、自分が残れば私達を守れると思ってるかもしれないってこと?」

 

「そう」

 

「だったら説明すればいい」

 

 シロコが言う。

 

「まずはね」

 

 先生は頷いた。

 

「それでも残ろうとした時は?」

 

 アヤネが尋ねる。

 

「その時は、みんなの出番」

 

 先生の視線が四人を順に巡る。

 

「ホシノを連れ戻して」

 

「……分かりました」

 

 アヤネが答えた。

 

「今度は勝手に一人で決めさせない」

 

 セリカも頷く。

 

「ん」

 

「はい」

 

 シロコとノノミも続いた。

 

「俺も一緒に入る」

 

 翔が地図上の地下区画へ目を向けた。

 

「疑似メモリ兵器や人工メモリは今まで通り俺が見る。それと――」

 

 今度は、カイザー理事についてまとめた資料を見る。

 

「理事が出てきたら、俺が相手をする」

 

 先生が翔を見る。

 

「一人で?」

 

「完全に一人でって訳じゃない。必要ならヒナ達にも手を借りる」

 

 翔は続けた。

 

「ただ、あいつが使ってるのは本物のガイアメモリだ。 ガイアメモリの相手はガイアメモリでする。 もし理事以外にも真正メモリを使う奴が出てきたら、そっちも俺に任せてほしい」

 

 現時点で確認されているのは、MONEYを持つカイザー理事だけだ。

 

 だからといって、それ以外が存在しないと決めつける理由もない。

 

「俺が一番慣れてる」

 

 それだけで、翔が前へ出る理由は十分だった。

 

「分かった」

 

 先生が頷く。

 

「真正ガイアメモリの使用者が出た場合は、翔を中心に対応する。必要なら風紀委員会が援護」

 

「ああ」

 

「でも、目的は変えない」

 

「分かってる」

 

 翔は基地地下へ視線を戻した。

 

「戦うために行くんじゃない。ホシノを連れ帰るために行く」

 

 先生自身の位置は、全員が揃ってから決めることになった。

 

 通信が地下まで届くのか。どこまで内部へ指揮を通せるのか。現状では判断材料が足りない。

 

 アヤネが端末へ決定事項をまとめていく。

 

 侵入候補。

 

 外周支援。

 

 突入部隊。

 

 救出班。

 

 撤退経路。

 

 そして、未知のガイアメモリ使用者への対応。

 

 大枠は形になった。

 

「この内容を各部隊へ共有しよう」

 

 先生が言う。

 

「到着したら現地情報を合わせて、最終配置を決める」

 

「すぐまとめます」

 

 アヤネが送信用の資料を開いた。

 

 先生はもう一度、基地の地図を見る。

 

 ここから先は、集めた力をどう使うかだった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 同じ頃。

 

 カイザーPMC主要基地。

 

 その上層部に設けられた指令室で、カイザー理事は黒服から話を聞いていた。

 

「……何だと?」

 

 低く漏れた声には、露骨な不快感が混じっている。

 

「もう一度言ってみろ」

 

「契約は成立していません」

 

 黒服は変わらぬ調子で答えた。

 

「小鳥遊ホシノは正式にアビドスを離れていない。故に、彼女は今もアビドス高等学校の生徒です」

 

「それは聞いている!」

 

 理事が机を叩く。

 

「私が聞いているのは、何故それを先生に教えたのかということだ!」

 

「先生はすでに、その結論へ辿り着きかけていましたから」

 

「だから答え合わせまでしてやったと?」

 

「ええ」

 

 あまりに平然とした返答に、理事の四つの眼が細められる。

 

「……くくっ」

 

 やがて漏れたのは、乾いた笑いだった。

 

「まったく、ゲマトリアという連中は理解し難い」

 

「お互い様でしょう」

 

「ふん」

 

 理事は椅子へ背を預けた。

 

「では先生は、小鳥遊ホシノを取り返しに来ると?」

 

「まず間違いなく」

 

「わざわざ、このカイザーPMCの基地へ?」

 

「先生はそういう方です」

 

 一瞬の沈黙。

 

 やがて理事の喉から、今度は愉快そうな笑いが漏れた。

 

「……くくくっ」

 

 肩が揺れる。

 

「ふはははははっ!」

 

 指令室に大きな笑い声が響いた。

 

「なるほど! 何とも分かりやすいではないか!」

 

 理事は立ち上がった。

 

「助けたい生徒がいる。だから敵の本拠地へ乗り込んでくる――実に先生らしい!」

 

 黒服は黙っている。

 

「ならば来てもらおう!」

 

 理事は基地の配置図を表示させた。

 

「小鳥遊ホシノがアビドスへ戻れば、また我々の邪魔をする。あれほど強力な生徒を、せっかく学校から引き剥がしたというのに……みすみす返してやる理由がどこにある?」

 

 理事の指が基地を囲む。

 

「基地周辺の部隊を集めろ!」

 

 即座に指令が飛ぶ。

 

「正門だけではない! 搬入口、整備区画、地下設備へ通じる経路――侵入に使えそうな場所は全て固めろ!」

 

『了解しました!』

 

「装甲車両も出せ! 倉庫にある疑似メモリ兵器も惜しむな!」

 

『はっ!』

 

 理事は通信を切る。

 

「これだけの兵力を前に、それでも来るというのなら――好きにさせてやればいい」

 

「随分と自信がおありで」

 

「当然だ!」

 

 理事は鼻で笑った。

 

「ここは我々の基地だぞ? 兵力も、武器も、地の利もこちらにある!」

 

 そして、机の上に置かれた一本のガイアメモリへ手を伸ばした。

 

 MONEY。

 

 理事の指が、その表面をゆっくりとなぞる。

 

「仮面ライダーも来るかもしれないのでしょう?」

 

 黒服が問いかける。

 

 その瞬間、理事の笑みが僅かに歪んだ。

 

「……来るだろうな」

 

 MONEYを握る指に力が入る。

 

「いや――来てもらわねば困る」

 

「ほう」

 

「忘れたとは言わせんぞ。あの地下施設でのことを」

 

 先ほどまでの愉快そうな調子が薄れる。

 

「奴は私と戦いながら、まんまと逃げおおせた」

 

 四つの眼が険しく細められた。

 

「この私の目の前からだ」

 

 黒服は何も言わない。

 

「あの時のことを、私は忘れていない」

 

「随分と根に持っておられるようですね」

 

「当たり前だ!」

 

 理事がMONEYを強く握り込む。

 

「こちらの施設へ踏み込み、私と直接戦いながら、最後には取り逃がしたのだぞ!」

 

 その声音には、あの時の屈辱が今も残っていた。

 

「今度はこちらの本拠地へ、自分からやって来るというのなら好都合だ」

 

「今度こそ逃がさない、と?」

 

「当然だ!」

 

 理事は再び笑った。

 

「前のようにはいかん!」

 

 MONEYを掲げる。

 

「今度こそ、あの仮面の男との決着をつけてやる!」

 

 黒服はその様子をしばらく眺めていた。

 

「なるほど」

 

「何だ?」

 

「いえ。あなたらしいと思いまして」

 

「ふん」

 

 理事は鼻を鳴らし、再び基地の配置図へ目を戻した。

 

「それより、貴様はどうする?」

 

「私ですか?」

 

「小鳥遊ホシノを欲しがったのは、そちらだろう?」

 

「もちろん、彼女を失うつもりはありません」

 

「ならば少しは働いてもらいたいものだな」

 

「必要になれば、私も対応しましょう」

 

 理事が訝しげに黒服を見る。

 

「貴様が?」

 

「ええ」

 

「研究者風情が、随分と言うではないか」

 

「私は私の方法で対処しますよ」

 

 それ以上、黒服は何も語らなかった。

 

「……まあいい」

 

 理事は興味を失ったように手を振る。

 

「好きにしろ。それより兵力を集めろ! 先生だろうが、対策委員会だろうが、ここへ来るというのならまとめて叩き潰してやる!」

 

 再び通信を開き、次々と指示を飛ばしていく。

 

 その背後で、黒服は静かに部屋を後にした。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 扉が閉じる。

 

 黒服はそのまま人の少ない通路を進んでいった。

 

 やがて、基地の管理図にも用途だけしか記されていない一室の前で足を止める。

 

 認証端末へ手を翳す。

 

 短い電子音。

 

 扉が開いた。

 

 中にカイザーの研究員はいない。

 

 整然と並べられた資料。

 

 古代遺跡から回収された部品の写真。

 

 破損した機構の断面図。

 

 カイザーの研究報告から抜き出されたデータ。

 

 その横には、それらとは筆跡も形式も異なる大量の解析記録が並んでいた。

 

 黒服は机へ近づく。

 

「……随分と役に立っていただきました」

 

 誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 机上には、一枚の古い設計資料が広げられている。

 

 大半が欠損していた。

 

 だが、空白だった箇所には別の線が引き足され、いくつもの数式と記号が書き込まれている。

 

 その隣。

 

 黒い布が掛けられたものへ手を伸ばした。

 

 布を取り払う。

 

 現れたのは、ベルト型の装置。

 

 ガイアメモリを装填するための機構を備えた、ロストドライバーとは異なるシステム。

 

 黒服はそれを持ち上げ、しばらく眺めた。

 

「カイザーの方々は、兵器として量産することばかりを考えていましたが……」

 

 指先で装置の中央をなぞる。

 

「残されていたものは、それだけではなかった」

 

 腰へ装着する。

 

 ガイアドライバー。

 

 その名を、カイザーの誰もまだ知らない。

 

 黒服は続いて、小さな保管容器を開いた。

 

 内部に収められていた一本のメモリが姿を見せる。

 

 人工メモリとは明らかに異なる。

 

 真正ガイアメモリ。

 

 そして、その中でも強力な力を秘めたゴールドメモリの一つ。

 

 青緑を基調とした本体。

 

 表面に刻まれた文字。

 

 ――N。

 

 黒服はそれを手に取る。

 

「ナスカ」

 

 静かな声が室内へ落ちる。

 

 先生について知りたかったことは、先日の対話である程度確かめた。

 

 今、彼の興味を引いているものは別にある。

 

「仮面ライダー……」

 

 真正ガイアメモリを使いながら、ドーパントとは異なる姿へ変身する存在。

 

 ロストドライバーによって、メモリの力を人として扱う者。

 

 黒服の視線が、自身の腰にあるガイアドライバーへ落ちる。

 

「あなたは、あの装置を通してガイアメモリの力を引き出す」

 

 次に、掌のNASCAへ。

 

「ならば」

 

 ロストドライバーとガイアドライバー。

 

 同じガイアメモリへ至りながら、その在り方は異なる。

 

 黒服はNASCAを眺めながら、僅かに声を弾ませた。

 

「同じ力を、異なる方法で扱った時――果たして何が生まれるのでしょうね」

 

 その声音に、僅かな愉悦が混じる。

 

 NASCAを再び保管容器へ戻す。

 

 扉が閉じれば、そこに何があるのかを知る者はいなかった。

 

 その頃にはすでに、基地各所で警報が鳴り始めていた。

 

 兵員が動き、装甲車両が配置につき、保管されていた兵器が次々と運び出されていく。

 

 先生達を迎え撃つための準備が、始まっていた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 カイザーPMC主要基地、地下研究区画。

 

 地上で警戒態勢が引き上げられていることを、ホシノは知らなかった。

 

 窓のない部屋。

 

 白い壁と、均一な光を落とす照明。

 

 最低限の家具しか置かれていない室内で、ホシノはベッドの端に腰掛けていた。

 

 両手首には拘束具。

 

 そこから伸びた太い鎖は、壁際に固定されている。

 

 武器はない。

 

 盾も、ショットガンも取り上げられた。

 

 端末もない。

 

 外部と連絡を取る手段は、何一つ残されていなかった。

 

「……はぁ」

 

 ホシノは小さく息を吐く。

 

「ずいぶん厳重だねえ」

 

 返事はない。

 

 扉の向こうには、常に複数の気配がある。

 

 最初にここへ連れてこられてから、ずっとそうだった。

 

 食事を運ぶ時。

 

 検査のために部屋を出る時。

 

 研究員が何かを確認しに来る時。

 

 必ず武装したPMC兵が付く。

 

 扉が開く時間も、交代の間隔も、おおよそ分かってきた。

 

 研究区画へ移動する際に通る廊下。

 

 途中にある分岐。

 

 昇降機。

 

 警備員の人数。

 

 見える範囲だけなら、頭には入っている。

 

 ホシノは拘束された右手を僅かに動かした。

 

 金属が小さく鳴る。

 

「……」

 

 強引に引き千切る。

 

 出来るかどうかだけなら、試す価値はある。

 

 けれど、まだやらない。

 

 ここがどこなのか。

 

 地上までどれだけ距離があるのか。

 

 どれほどの兵力がいるのか。

 

 武器を取り戻せる場所はどこか。

 

 何も分からないまま暴れても、その先がない。

 

 何より――。

 

 ホシノは目を伏せた。

 

 自分からここへ来た理由がある。

 

 アビドス。

 

 先生。

 

 後輩達。

 

 そして、仮面ライダー。

 

 自分がここに残る。

 

 その代わり、彼女達には手を出させない。

 

 そのために条件を受け入れた。

 

「……」

 

 頭に浮かんだのは、最後に見た翔の姿だった。

 

 ロストドライバーへ手を伸ばした翔。

 

 止めようとしていた。

 

 本気で。

 

 あそこで変身させていたら、きっと戦いになっていた。

 

 だから先に手を押さえた。

 

 周囲から見えないようにドライバーを隠して。

 

 その後で、翔を止めた。

 

「……ごめんねえ、翔くん」

 

 誰にも届かない声が落ちる。

 

 あれ以外の方法がなかったとは思っていない。

 

 話せば、何か別の答えがあったのかもしれない。

 

 翔はそう言っていた。

 

 一人で決めるな、と。

 

 残された側だって苦しむ、と。

 

 それでも。

 

 あの時のホシノには、次を待つことが出来なかった。

 

 また誰かが巻き込まれるかもしれない。

 

 次も助けられる保証なんてない。

 

 自分一人で止められるのなら。

 

 そう考えた。

 

「……怒ってるだろうなあ」

 

 セリカちゃんの顔が浮かぶ。

 

 たぶん一番大きな声で怒る。

 

 アヤネちゃんは泣くかもしれない。

 

 ノノミちゃんは笑って迎えてくれるかもしれないけれど、その後できっと叱られる。

 

 シロコちゃんは――。

 

「……あの子も、怒るかな」

 

 少しだけ口元が緩む。

 

 すぐに消えた。

 

 会える保証はない。

 

 ここから帰れるとも聞いていない。

 

 研究が終わった後、自分がどうなるのかも知らない。

 

 それでも。

 

 あの子達に何も起こらないのなら、それでいい。

 

 ホシノはそう自分へ言い聞かせた。

 

 その時。

 

 扉の電子錠が鳴った。

 

 ホシノの表情から僅かな緩みが消える。

 

 扉が開き、白衣を着た研究員が二人入ってきた。

 

 その後ろには武装したPMC兵。

 

「小鳥遊ホシノ」

 

「はいはい」

 

 ホシノはいつもの調子を崩さない。

 

「今日は何かな。採血? 測定? それともまた変な機械に入るの?」

 

「これから追加検査を行う」

 

「また?」

 

「立て」

 

「人使いが荒いねえ」

 

 軽く肩をすくめながら、ホシノは立ち上がる。

 

 鎖の固定が外される。

 

 代わりに両側へ兵士が付いた。

 

 ホシノは逆らわず、部屋を出る。

 

 廊下を進む。

 

 一つ目の角。

 

 警備が二人。

 

 二つ目。

 

 監視カメラ。

 

 いつも通る昇降機の前には、昨日より兵士が一人増えていた。

 

「……」

 

 ホシノの目が僅かに細くなる。

 

 それだけではない。

 

 遠くで人の行き来する音が多い。

 

 資材を運ぶ車輪。

 

 何かを移動させる機械音。

 

 昨日までより、基地全体が慌ただしい。

 

「何かあったの?」

 

 何気ない調子で尋ねる。

 

 研究員は答えない。

 

「警備、増えてるよねえ」

 

「歩け」

 

「はいはい」

 

 答える気はないらしい。

 

 ホシノも追及しなかった。

 

 ただ、覚えておく。

 

 何かが変わった。

 

 それだけで十分だった。

 

 昇降機が開く。

 

 さらに下へ。

 

 到着した先は、これまで何度か連れてこられた区画とは違っていた。

 

 厚い扉。

 

 その向こうには、大型の測定装置が並んでいる。

 

 中央には、固定用と思われる台。

 

 周囲では数人の研究員が機材を調整していた。

 

「……へえ」

 

 ホシノが辺りを見回す。

 

「今日はちょっと本格的だねえ」

 

 返事はない。

 

 机の上には大量の記録。

 

 モニターには、ホシノ自身の身体データらしき数値が並んでいる。

 

 その中に、これまで見たことのない項目がいくつも追加されていた。

 

「そこへ」

 

 中央の台を指示される。

 

「嫌って言ったら?」

 

「検査は予定通り行う」

 

「そっかあ」

 

 ホシノは抵抗しなかった。

 

 今ここで暴れる意味はない。

 

 台へ座る。

 

 腕。

 

 脚。

 

 身体。

 

 固定具が順番に閉じられていく。

 

 ホシノは黙ってそれを見ていた。

 

「……」

 

 何を調べようとしているのか。

 

 まだ分からない。

 

 けれど、これまでより一段階進んだことだけは分かる。

 

「それで?」

 

 最後の固定具が閉じる。

 

「おじさんを使って、今度は何を調べるつもりなのかな」

 

 研究員達は答えない。

 

 代わりに、装置の起動音が室内へ響いた。

 

 ホシノは天井を見上げる。

 

 アビドスの空は、ここからは見えない。

 

「……ちゃんと守ってよ」

 

 小さく呟く。

 

 誰に向けた言葉なのかは、自分でも分かっていた。

 

「約束したんだから」

 

 自分がここにいる代わりに。

 

 皆には手を出さない。

 

 その約束だけを、ホシノはまだ信じていた。

 

 

 

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