青の記録 ―二つの記憶が交わる時―   作:きままに投稿

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第64話 突破

 

 

 翌朝。

 

 カイザーPMC主要基地から十分に距離を取った荒野の一角に、複数の車両が集まり始めていた。

 

 かつて資材置き場として使われていたらしい場所で、周囲には崩れかけた倉庫と錆びたコンテナが残されている。基地側から直接見通すことは出来ず、幹線道路からも外れている。

 

 崩れた倉庫の脇には、翔がここまで乗ってきた黒い大型バイクも停められていた。舗装路向けの鋭い車体を残しながら、足回りやタイヤは荒れ地を走るための仕様へ手が加えられている。

 

 先生達が先に到着してから間もなく、最初の車列が姿を見せた。

 

 ゲヘナ風紀委員会。

 

 停車した車両からヒナが降り、その後ろにアコ、イオリ、チナツが続く。さらに複数の風紀委員が装備を整えながら、周囲へ手際よく展開していった。

 

「先生」

 

 ヒナはまっすぐ先生のところまで歩いてくると、その前で足を止めた。

 

「待たせた?」

 

「ううん。予定通り。来てくれてありがとう、ヒナ」

 

「……うん。こっちはいつでも動ける」

 

 短く答えたヒナの視線が、今度は先生の隣にいた翔へ向く。

 

「翔」

 

「ん?」

 

「昨日から、勝手に何かしてないよね?」

 

「してないって」

 

「……ならいい」

 

 翔が苦笑すると、ヒナはそれ以上追及せずに頷いた。

 

 そのすぐ後ろでは、アコが持参した端末を開いている。

 

「先生。こちらでも基地周辺を確認しました。昨夜から明らかに警備が増えています」

 

 画面に航空写真が表示される。

 

 先生達が作戦を組んだ時点の情報と比べ、基地外周には追加の車両が配置されていた。

 

「やっぱり、向こうも構えてるね」

 

 先生が写真を見る。

 

「はい。正面だけではありません」

 

 アコが別の画像へ切り替えた。

 

「搬入口側にも部隊が増えています。こちらの侵入経路を把握しているというより、侵入可能な場所を一通り潰していると考えた方が自然でしょう」

 

「私もそう思う」

 

 先生は少しだけ画面を見つめ、それから頷いた。

 

「だったら、最初の予定は変えない。搬入口は第一候補のまま。ただし、突入前にもう一度状態を見る」

 

「承知しました」

 

 その頃、次の車両が荒野へ入ってきた。

 

「来たね」

 

 先生がそちらを見る。

 

 車が停まり、扉が開く。

 

「お待たせしたわね!」

 

 最初に降りてきたアルが胸を張る。

 

 続いてムツキ、カヨコ、ハルカ。

 

 四人が先生達の方へ歩き始め――その途中で、並んでいる面々に気付いた。

 

 空崎ヒナ。

 

 天雨アコ。

 

 銀鏡イオリ。

 

 火宮チナツ。

 

「…………」

 

 アルの足がぴたりと止まった。

 

「わあ」

 

 ムツキが楽しそうに笑う。

 

「風紀委員会だ。それも委員長までいるね、アルちゃん」

 

「み、見れば分かるわよ!」

 

「声、ちょっと裏返ってない?」

 

「裏返ってない!」

 

 カヨコは二人のやり取りには加わらず、そのまま風紀委員会の配置へ視線を走らせる。

 

「……聞いてた通りだね」

 

「そ、そうよ。当然じゃない。今回は共同任務なんだから」

 

 アルは咳払いを一つすると、何事もなかったように姿勢を正した。

 

 その隣で、ハルカは風紀委員会を見て後ろへ下がることはなかった。

 

 むしろ表情を引き締め、僅かにアルの側へ寄る。

 

「アル様」

 

「な、何?」

 

「もし何かあったら、私が――」

 

「何もしなくていいからね!?」

 

 アルが即座に振り向いた。

 

「ですが……」

 

「今回は味方! 味方だから! 分かった!?」

 

「……はい、アル様」

 

 納得し切った様子ではなかったが、ハルカはひとまず引き下がった。

 

「ハルカちゃん、相変わらずだねえ」

 

 ムツキがくすくすと笑う。

 

「というかアルちゃん、さっきから緊張しすぎじゃない?」

 

「してないわよ!」

 

「そう?」

 

「そうよ!」

 

 アルが言い切る横で、カヨコは小さく息を吐く。

 

「社長。今回は同じ側なんだから、普通にしてればいいでしょ」

 

「わ、分かってるわよ、それくらい!」

 

「ならいいけど」

 

「カヨコまで何なのよ、その目は!」

 

「別に」

 

 そんな四人へ、ヒナが視線を向けた。

 

「……便利屋68」

 

「!」

 

 今度こそアルの背筋が真っ直ぐ伸びる。

 

「な、何かしら?」

 

「今回の事情は聞いてる」

 

 ヒナの声音に敵意はない。

 

「先生から正式に依頼を受けて来たんでしょう」

 

「え、ええ! もちろんよ!」

 

「なら問題ない」

 

 ヒナはそれだけ確認すると、基地の方へ視線を戻した。

 

「今は同じ目的で来てる。そっちの仕事をしてくれれば、それでいい」

 

「……ええ。そうさせてもらうわ」

 

 アルは少しだけ安堵した様子で答えた。

 

 イオリは便利屋68を見て眉を寄せていたが、ヒナが認めている以上、それ以上口を挟むつもりはないらしい。

 

 チナツは四人へ静かに会釈した。

 

 ただ一人。

 

「……」

 

 アコだけは、便利屋68をじっと見ていた。

 

 中でも、カヨコへ向けられる視線がほんの少しだけ鋭い。

 

 柴関ラーメンで包囲したはずだった。

 

 それなのに僅かな隙を突かれ、綺麗に抜けられた。

 

 あの一件については報告書も書いた。

 

 反省文まで書かされた。

 

 任務上、今回は協力者。

 

 それは理解している。

 

 理解はしているが――。

 

「アコ」

 

 ヒナが呼んだ。

 

「分かっています、委員長」

 

 返事だけは早かった。

 

「今回は先生から正式に依頼を受けた協力者です。こちらから手を出すつもりはありません」

 

「今回は?」

 

 ムツキがすぐさま口を挟む。

 

「ムツキ」

 

 カヨコが低く止めた。

 

「はーい」

 

 ムツキは楽しそうに引き下がる。

 

 アコは僅かに眉を動かしたものの、それ以上は何も言わなかった。

 

「そ、それより仕事よ!」

 

 アルが半ば強引に話を切り替える。

 

「遊びに来たわけじゃないんだから!」

 

「それはそうだね」

 

 カヨコが基地方向を見る。

 

「……かなり増えてる」

 

「カイザー側の兵力?」

 

「うん」

 

 先生が答える。

 

「昨夜から警戒態勢に入ったみたい」

 

「なら、依頼を受けた時より楽になったってことはなさそうだね」

 

「残念ながらね」

 

 先生の返答に、カヨコは小さく頷いた。

 

 ムツキも遠くにある基地へ視線を向ける。

 

「ちゃんと待ち構えてるんだ」

 

「こっちが来ること自体は想定してるんだろうな」

 

 翔が答えた。

 

「でも、やることは変わらない」

 

 アルが言う。

 

「小鳥遊ホシノを連れ戻す。それが今回の依頼でしょう?」

 

「うん」

 

 先生が頷く。

 

「よろしく頼む」

 

「任せなさい」

 

 アルが胸を張り、ハルカもその隣で強く頷いた。

 

 それから少しして、一台の車両が荒野へ入ってきた。

 

 先ほどまでの風紀委員会や便利屋68とは違い、後続の車列はない。

 

 停車した車から、一人の少女が降りてくる。

 

「先生!」

 

「ヒフミ」

 

 先生が少し驚いたように目を丸くした。

 

「来たんだ」

 

「はい。皆さんが出発する前に、どうしても顔を見ておきたくて」

 

 ヒフミはそう答えると、先生の向こうにいるアビドスの四人へ目を向けた。

 

「みなさん」

 

「ヒフミさん」

 

 アヤネの表情が僅かに緩む。

 

 ノノミも小さく笑った。

 

「来てくださったんですね」

 

「はい」

 

 ヒフミは頷いた。

 

「トリニティの皆さんは、もう自治区の外側に展開しています。増援の監視と、撤退時の支援、それから救護の準備を進めています」

 

「ありがとうございます」

 

 アヤネが頭を下げる。

 

「そこまでしていただけるだけで、本当に助かります」

 

「いえ……」

 

 ヒフミは少しだけ困ったように笑った。

 

「私達は、ここから先へ一緒に行くことは出来ませんから。だから、せめて出来ることだけでも」

 

 ヒフミはそこで言葉を切り、アビドスの四人へもう一度目を向ける。

 

 そこに一人足りないことを、改めて確かめるように。

 

「……ホシノさんを、連れて帰りましょう」

 

「ん」

 

 シロコが短く答えた。

 

「もちろんよ」

 

 セリカも続く。

 

「帰ってきたら、ちゃんとみんなで迎えましょう」

 

 ノノミが穏やかに言った。

 

 ヒフミはそれを聞いて、小さく頷く。

 

「はい。私も……『おかえりなさい』って言いたいです」

 

 その時、アヤネの端末から通信音が鳴った。

 

「通信です」

 

 アヤネが回線を開く。

 

『こちらトリニティ支援班。指定地点への配置を完了しました』

 

「こちら救出班。受信しています」

 

『主要道路二か所の監視を開始。救護地点の設営も進行中です。カイザー側から増援が出た場合、可能な範囲で進行を遅延させます』

 

 先生も通信へ加わった。

 

「無理に交戦しないで。今回の目的は増援を倒すことじゃない。私達がホシノを連れて戻るまで、時間を作ってくれればいい」

 

『了解しました、先生』

 

 通信が切れる。

 

「じゃあ、最終確認を始めよう」

 

 先生はコンテナの上へ基地周辺の地図を広げた。

 

 それぞれが地図を囲む。

 

 ヒフミも少し離れた場所からその様子を見守っていたが、自分から輪の中心へ入ることはしなかった。

 

 ここから先の突入作戦は、先生達の仕事だ。

 

「昨夜共有した大枠から、大きな変更はなし」

 

 先生の指が基地外周へ向かう。

 

「ただ、カイザー側の兵力が増えてる。それを前提に動く」

 

 続いてアコが偵察情報を表示する。

 

「物資搬入口周辺には装甲車両二両、歩兵部隊。それと、疑似メモリ兵器と思われる装備を確認しています」

 

「ヒナ」

 

 先生が見る。

 

「突破出来る?」

 

「出来る」

 

 ヒナは迷わず答えた。

 

「ただ、時間を掛ければ別の部隊が寄ってくる」

 

「なら最初に一気に開ける」

 

「うん」

 

 ヒナの指が地図上の搬入口を示す。

 

「私達がここを崩す。その間に救出班を中へ入れる」

 

 アコも頷いた。

 

「イオリ」

 

「分かってる。側面から寄ってくる部隊を抑えればいいんでしょ」

 

「ええ。ただし深追いはしないでください。今回は撃破が目的ではありません」

 

「分かってるって」

 

 イオリは少し不満そうに答えたものの、異論はない。

 

「チナツさんは後方寄りで負傷者対応をお願いします」

 

「承知しました。必要であれば前方の部隊にもこちらから移動します」

 

「お願いします」

 

 先生は便利屋68へ視線を向ける。

 

「アル達は予定通り固定配置なし。中へ入った後、その時必要な場所へ回ってもらう」

 

「問題ないわ」

 

「通信は?」

 

 カヨコが確認する。

 

「基地内部へ入るまでは共通回線。地下で届かなくなった場合は、それぞれの班の近距離通信へ切り替える」

 

「了解」

 

 カヨコが頷く。

 

「ハルカ、離れすぎないで」

 

「はい、カヨコ課長」

 

「ムツキも」

 

「くふふ、分かってるって」

 

「……本当に?」

 

「カヨコちゃん、私のこと信用してない?」

 

「こういう時はあんまり」

 

「ひどーい」

 

「そこ、遊ばない!」

 

 アルがすぐに割って入り、ムツキが楽しそうに笑った。

 

 最後に先生は救出班を見る。

 

「地下への経路が開いたら、私達はホシノを探す」

 

「先生も来るんだ」

 

 シロコが尋ねる。

 

「うん」

 

 先生は地図上の基地を見る。

 

「私も地下へ入る」

 

 アヤネが少し表情を曇らせた。

 

「通信状況が分からないからですか?」

 

「それもある」

 

 先生が頷く。

 

「でも、一番大きいのは、中で状況が変わった時に外から指示を出してたら判断が遅れること。今回はそれが一番怖い」

 

 それからヒナを見る。

 

「地上側の指揮、任せてもいい?」

 

「任せて」

 

 返答は短かった。

 

「何かあったら、こっちで判断する」

 

「お願い」

 

 これで先生の位置も決まった。

 

 翔は黙って地図を見ていた。

 

 自分がジョーカーであることを知っているのは、この場では先生と対策委員会、それに風紀委員会の主要メンバーだけ。

 

 便利屋68も。

 

 ヒフミも。

 

 自治区外に展開しているトリニティの生徒達も知らない。

 

 だが、必要になれば迷わず変身する。

 

 そのことも、すでに先生達とは共有していた。

 

「翔」

 

 ヒナが呼ぶ。

 

「ん?」

 

「ドーパントが出たら、あなたが前へ出るんだよね」

 

「ああ」

 

「無理だと思ったら、すぐ呼んで」

 

「分かってる」

 

「私達もいるんだから、一人で倒す必要はないから」

 

 翔は一瞬だけヒナを見る。

 

 それから頷いた。

 

「ああ。今回は特にな」

 

 自分一人で全部背負う必要はない。

 

 それをホシノへ言いに行くのだから、自分が同じことをしていては意味がなかった。

 

「よし」

 

 先生が地図を畳む。

 

「最終確認は以上」

 

 周囲で一斉に装備の確認が始まる。

 

 風紀委員会が車両へ戻り、便利屋68もそれぞれ武器を確認する。

 

 翔も倉庫脇に停めていたバイクへ向かい、車体の状態を一通り確かめた。燃料、タイヤ、通信機器。問題はない。

 

 アヤネは通信端末を操作し、各回線を順番に繋いでいった。

 

「共通通信、接続確認します」

 

『ゲヘナ、問題ありません』

 

『トリニティ外周支援班、受信良好です』

 

『便利屋68も聞こえてる』

 

 カヨコの声が返る。

 

「こちらも問題ありません」

 

 アヤネが顔を上げる。

 

 その間にシロコは銃を背負い直し、セリカも装備を確かめる。ノノミが最後に弾薬を確認した。

 

 ヒフミも、そろそろ自治区外の支援地点へ戻る準備を始めている。

 

 先生はアビドスの四人を見る。

 

「準備は?」

 

「ん」

 

「出来てるわ」

 

「はい」

 

「問題ありません」

 

 それぞれの返事が返る。

 

 翔もバイクの傍らで上着の内側へ触れた。

 

 ロストドライバー。

 

 JOKER。

 

 そしてHEAT。

 

 全部ある。

 

「翔も?」

 

「ああ」

 

 翔はヘルメットを手に取った。

 

「いつでも行ける」

 

 先生は全員を見渡した。

 

 ここにいる理由は、それぞれ違う。

 

 所属も違う。

 

 立場も違う。

 

 この先へ踏み込む者もいれば、外から帰り道を守る者もいる。

 

 それでも、目指しているものは同じだった。

 

「行こう」

 

 先生が言う。

 

「ホシノを迎えに」

 

 車両のエンジンが次々と始動する。

 

 翔もヘルメットを被るとバイクへ跨り、キーを回した。

 

 低い排気音が、周囲の車両の駆動音へ重なる。

 

 風紀委員会の車列が動き始め、先生達を乗せた車両もそれに続く。

 

 翔はクラッチを繋ぎ、その隣へ黒いバイクを滑り込ませた。

 

 荒野の乾いた地面をタイヤが蹴り、薄い砂埃が後方へ流れていく。

 

 ヒフミはその場に立ち、遠ざかっていく車列と、その傍らを走る黒いバイクを見送った。

 

「……待っててください、ホシノさん」

 

 小さく呟いてから、ヒフミも自分の車へ戻っていく。

 

 向かう先は違う。

 

 先生達と翔は、カイザーPMC主要基地へ。

 

 ヒフミは、彼女達が無事に戻ってくるための外周支援地点へ。

 

 ホシノを連れ帰るための作戦が、動き出した。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 荒野を、複数の車両が駆けていく。

 

 先頭を走るのはゲヘナ風紀委員会。その後方に先生達を乗せた車両と便利屋68が続き、車列の側方では翔の黒い大型バイクが砂埃を巻き上げていた。

 

 乾いた風が車体を叩き、時折、路面に転がる小石がタイヤに弾かれる。翔はハンドルを握り直しながら、前方へ視線を向けた。

 

 遠くに見えていたカイザーPMC主要基地は、すでにはっきりと輪郭を捉えられる距離まで近づいている。高い防壁の向こうには施設棟が立ち並び、監視塔の上では警戒用の照明がゆっくりと動いていた。

 

「シロコ。前、お願い出来る?」

 

「ん」

 

 先生の指示を受け、シロコが車両の窓から小型ドローンを飛ばした。

 

 小さな機体は車列を追い越すと、高度を上げながら前方へ進んでいく。その映像は、車内のアヤネと風紀委員会のアコへ共有されていた。

 

『前方に車両を確認しました』

 

 アヤネの報告に、翔も正面へ目を凝らす。

 

 基地へ続く道路の先で、装甲車が道を塞いでいた。その周囲ではカイザーPMCの兵士達が土嚢や車両を遮蔽物にしながら展開している。

 

『昨夜はなかった配置です。今朝になって増強された部隊でしょう』

 

 アコが続ける。

 

「待ち伏せか」

 

「それにしては見えすぎてるね」

 

 無線から聞こえた先生の言葉に、翔は道路の両側へ視線を移した。

 

 大小の岩が転がる荒れ地。少し先では岩場が左右から迫り、道路を挟むように高くなっている。

 

 確かに、あれだけ目立つ位置に部隊を並べる必要はない。

 

「全車、速度落として。シロコ、左右も見てくれる?」

 

「了解」

 

 車列が減速する中、ドローンが岩場の上を越えていく。

 

「左に五人。右にもいる」

 

『挟み撃ちですか』

 

 アコが呟く。

 

「やっぱりな」

 

 さらにシロコが道路へカメラを向けると、砂の中に半ば埋もれた金属製の装置が映り込んだ。

 

 翔はアヤネが共有した映像を端末で確認し、眉を寄せる。

 

「先生、それ疑似メモリ兵器かもしれない」

 

「分かった。いったん止まろう」

 

 車列は手前の岩場へ進路を変え、その陰で停止した。風紀委員会の生徒達が車両から降り、装備を整えながら周囲の遮蔽物へ移動していく。

 

 翔もバイクを大きな岩の裏へ停めると、エンジンを切った。

 

 すでにカイザー側もこちらの動きを察知している。道路上では歩兵達が慌ただしく配置を変え、装甲車の砲塔がゆっくりと旋回を始めていた。

 

「イオリは左の狙撃手を抑えて。ヒナは正面。アル達は右へ回り込んで」

 

「了解」

 

「分かった」

 

「任せなさい!」

 

 先生の指示を受け、各班が一斉に動き始めた。

 

 最初に銃声を響かせたのはイオリだった。

 

 斜面の岩陰で膝をつき、高所に陣取っていた狙撃手へ銃口を向ける。相手がこちらを狙おうとした瞬間、乾いた銃声と共に岩肌が砕け散った。

 

 狙撃手が慌てて身を引く。

 

 さらに別の兵士が銃を構えようとするが、イオリの素早い追撃がそれを許さない。岩場のあちこちで砂煙が上がり、敵は頭を上げられなくなった。

 

 一方、正面ではヒナが機関銃を構えていた。

 

 腹に響くような銃声が荒野へ轟く。

 

 装甲車の周囲にいた兵士達が一斉に身を伏せ、車体の陰へ逃げ込んだ。ヒナはそのまま銃口を動かし、装甲車の観測機器へ弾丸を叩き込む。

 

 装甲に火花が散り、車体前部から黒い破片が飛んだ。

 

 旋回していた砲塔が狙いを定められないまま止まり、その隙に風紀委員達が前方の遮蔽物へ移動していく。

 

「正面、抑えた」

 

「ありがとう。そのままお願い」

 

 右側でも銃声が響き始めた。

 

 岩場を迂回した便利屋68が側面へ現れたことで、こちらを挟もうとしていたカイザー兵達が慌てて向きを変えている。

 

 アルの銃声が響くたびに岩肌が弾け、兵士達が次々と身を隠した。

 

「こっちは任せなさい!」

 

「社長、あんまり前に出ないで」

 

「分かってるわよ!」

 

 カヨコの声にアルが言い返した、その時だった。

 

 道路上に青白い光が走った。

 

 低い駆動音と共に、砂に埋め込まれていた装置が次々と起動する。光が左右へ伸び、岩場の間を塞ぐように半透明の障壁が立ち上がった。

 

 障壁の向こう側で、道路の景色が水面のように揺らめく。

 

「やっぱり疑似メモリ兵器か」

 

「翔、止められる?」

 

「発生装置を潰せば。ただ、一基じゃないはずだ」

 

「シロコ、お願い」

 

「ん」

 

 ドローンが障壁に沿って飛び、岩場の陰に隠された装置を探していく。

 

「左に一つ」

 

『右側にも確認しました』

 

 アヤネが次々と位置を拾う。

 

「正面の装甲車も見てくれ」

 

 ドローンが向きを変える。

 

 車体の側面から後部にかけて、本来の装備とは明らかに異なる箱型の機械が取り付けられていた。そこから伸びる青白い光が、道路上の障壁へ繋がっている。

 

『三か所ですね』

 

「連動式だと思う。まとめて落とした方がいい」

 

「分かった」

 

 先生は間を置かずに指示を出した。

 

「ヒナは正面、イオリは左。右はアル達にお願い」

 

「了解」

 

「いつでも」

 

「こっちもいけるわ!」

 

 右側では、アルの射撃に足止めされた兵士達の隙を突き、ムツキが装置の近くへ爆発物を仕掛けていた。

 

「準備出来たよー」

 

「じゃあ、いくよ」

 

 先生の声に合わせ、各所で銃口が動く。

 

「今!」

 

 ヒナの機関銃が轟き、装甲車に取り付けられた機械が火花を散らした。

 

 ほぼ同時に左側からイオリの銃声。

 

 岩陰に置かれていた装置が撃ち抜かれ、青白い光が途切れる。

 

 そして右側では、アルの射撃を合図にムツキが爆発物を起動した。

 

 岩場の向こうから爆炎が上がる。

 

 衝撃で巻き上がった砂埃の中、最後の発生装置が砕け散った。

 

 道路を塞いでいた障壁が大きく揺らぎ、耳障りな駆動音を残して消えていく。

 

『進路、開きました!』

 

 アヤネの声が通信に響いた。

 

「よし!」

 

 翔がバイクの方へ振り返る。

 

 同時に、正面のカイザー部隊が後退を始めた。損傷した装甲車を残し、歩兵達が互いに援護射撃を交わしながら基地側へ下がっていく。

 

「追わないで」

 

 先生がすぐに制止する。

 

「ここで時間を使う必要はないから」

 

 ヒナは後退する敵をしばらく警戒していたが、追撃することなく銃口を下ろした。イオリ達もそれぞれの位置から戻り始める。

 

 翔はバイクへ跨り、エンジンを掛けた。

 

 砂埃の向こうでは、搬入口周辺に集まったカイザーの車両が慌ただしく動き始めていた。こちらを迎え撃つため、次の部隊が配置につこうとしているのだろう。

 

「全員、再集合。予定通り搬入口へ向かうよ」

 

 先生の指示に従い、車列が再び動き出す。

 

「この先が本番だね」

 

「ああ」

 

 翔はヘルメットのシールドを下ろし、クラッチを繋いだ。

 

 障壁が消えた道路を抜け、風紀委員会の車両が加速していく。その後ろに先生達と便利屋68が続き、翔も黒いバイクを車列の側方へ滑り込ませた。

 

 目指す基地は、もう目と鼻の先だ。

 

 高い防壁と監視塔が目前に迫り、その奥にはホシノが囚われている。

 

 救出部隊は速度を上げ、カイザーPMC主要基地へ向かった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 カイザーPMC主要基地の防壁が、目前に迫っていた。

 

 救出部隊が向かっているのは、基地西側に設けられた物資搬入口。大型輸送車が出入りするための広い道路が延び、その先には分厚い鋼鉄製のゲートが構えている。

 

 だが、当然ながら歓迎されているわけではなかった。

 

 搬入口の手前には装甲車が二両。周囲には土嚢やコンクリート製の障害物が並べられ、銃を構えたカイザーPMCの兵士達が陣取っていた。さらにゲート上部の歩廊にも複数の人影があり、こちらの接近に合わせて銃口が次々と向けられていく。

 

「……随分とまあ、歓迎してくれてるな」

 

 バイクを走らせながら、翔が呟いた。

 

「そりゃそうでしょ。私達、真正面から来てるんだから」

 

 無線越しにイオリが答える。

 

「でも、これだけ集めてくれたなら、ほかの場所は手薄になってるかもしれないね」

 

 先生の言葉に、翔は前方の装甲車へ目を向けた。

 

 その時、先頭車両のすぐ前方で爆発が起きた。

 

 轟音と共に舗装が砕け、土煙が吹き上がる。

 

「全車停止! 遮蔽物へ!」

 

 先生の指示が飛ぶ。

 

 風紀委員会の車両が道路脇へ逸れ、後続の車両も次々と停止した。翔も素早くブレーキを掛け、崩れたコンクリート壁の裏へバイクを滑り込ませる。

 

 間髪入れずに敵の機関銃が火を噴いた。

 

 無数の弾丸が車両の装甲を叩き、周囲の地面で砂埃を巻き上げる。さらにゲート上部からも銃撃が始まり、救出部隊の進路は瞬く間に弾幕で覆われた。

 

「先生、上!」

 

「見えてる。イオリ、お願い!」

 

「了解!」

 

 風紀委員会の車両から飛び出したイオリが、道路脇の障害物へ滑り込む。身を屈めたまま銃を構え、ゲート上部を狙った。

 

 乾いた銃声が響く。

 

 歩廊の機関銃手が射撃を中断して身を隠すと、イオリはすぐに照準を隣の銃座へ移した。

 

「もう一つ!」

 

 二発目の銃声と共に、別の銃座の周囲で火花が散る。

 

 だが、敵も簡単には退かなかった。

 

 左右に分かれた歩兵達が援護射撃を始め、装甲車の砲塔が再び動き出す。

 

『先生、搬入口の右側で高出力の反応を確認しました!』

 

 アコの声が入った。

 

 送られてきた映像には、ゲート脇に設置された大型の機械が映っていた。分厚い装甲板に覆われた本体から、砲身のような筒が突き出している。

 

 その先端に、青白い光が集まり始めていた。

 

「翔、あれ!」

 

「見えてる! 全員、あの正面から離れろ!」

 

 直後、大型装置から衝撃波が放たれた。

 

 空気を引き裂くような轟音が響き、道路に積まれていた土嚢がまとめて吹き飛ぶ。付近の輸送車両も大きく揺さぶられ、窓ガラスが砕け散った。

 

「うわっ!?」

 

 セリカが思わず身を伏せる。

 

「みなさん、大丈夫ですか!?」

 

「こっちは平気よ!」

 

 ノノミが大型機関銃を抱え直し、すぐに仲間達の前へ出た。

 

「先生、私が援護します!」

 

「お願い! セリカとシロコはノノミの射撃に合わせて前へ!」

 

「ん!」

 

「分かったわ!」

 

 大型機関銃の銃身が唸りを上げる。

 

 ノノミの射撃が始まった途端、ゲート前へ展開しようとしていたカイザー兵達が一斉に身を伏せた。次々と障害物へ弾丸が叩き込まれ、兵士達は頭を上げることさえ出来なくなる。

 

 その援護を受け、シロコとセリカが左右に分かれて駆け出した。

 

 シロコは積み上げられた資材の陰へ滑り込むと、敵が密集していた場所へ手榴弾を投げ込んだ。

 

 爆発。

 

 兵士達が慌てて散開したところへ、セリカが銃撃を浴びせる。

 

「邪魔しないで!」

 

 撃ち切ると同時に素早く弾倉を交換し、再び銃口を向ける。その射撃に押され、敵兵達はゲート脇の障害物から後退していった。

 

 しかし、中央の装甲車は依然として健在だった。

 

 砲塔が動き、前進していたシロコ達へ向けられる。

 

「シロコ、下がって!」

 

 先生が叫ぶ。

 

 だが、その砲塔が火を噴くより早く、激しい銃声が響いた。

 

 ヒナだった。

 

 正面から降り注いだ弾丸が装甲車の砲塔周辺を叩き、照準装置を砕く。さらに銃口を横へ振ると、周囲に展開していたカイザー兵達へ凄まじい弾幕を浴びせた。

 

 装甲車の向こうまで砂埃が立ち上り、道路を守っていた兵士達の足が完全に止まる。

 

「ここは私が抑える。先生、先へ」

 

「ありがとう、ヒナ!」

 

 先生はすぐに視線を右側へ移した。

 

「アル! そっちはどう?」

 

「問題ないわ! ちょうどいいところまで来てる!」

 

 便利屋68はすでに、搬入口右側の資材置き場へ回り込んでいた。

 

 アルが遮蔽物から銃を構え、正面の兵士達へ射撃を加える。その間にカヨコが周囲を警戒し、ムツキは物資を積んだコンテナの陰で何やら準備を進めていた。

 

「ムツキ、どう?」

 

「んー、もうちょっと!」

 

 敵兵がその動きに気付き、二人へ銃を向ける。

 

 だが、引き金を引くより早く、ハルカがコンテナの陰から飛び出した。

 

「邪魔を……しないでください!」

 

 ショットガンの轟音が響いた。

 

 至近距離からの射撃を受け、前へ出ようとした兵士達が慌てて後退する。ハルカはアルのいる方角へ敵を近づけさせまいと、コンテナの角を守るように立ちはだかった。

 

「ハルカちゃん、ありがと! 準備出来たよ!」

 

 ムツキが満足そうに笑う。

 

「先生! こっち、いつでもいけるよ!」

 

「了解。ヒナ、右側の大型装置、見える?」

 

「見える。でも、正面からじゃ装甲が邪魔」

 

「うん。だから、アル達にお願いする」

 

 先生は共有された映像を確認した。

 

 大型装置は先ほどの衝撃波を放った後、砲身から白い蒸気を噴き出している。再び青白い光が集まり始めていたが、その側面では冷却用と思われる機構が剥き出しになっていた。

 

「ムツキ、準備したものを使って。アルは装置の側面を狙って!」

 

「りょーかい!」

 

「任せなさい!」

 

 ムツキが起爆装置を操作した。

 

 大型装置のすぐ脇で爆発が起きる。

 

 側面の装甲板が大きく歪み、内部から火花が噴き出した。そこへアルが照準を合わせる。

 

「これで終わりよ!」

 

 鋭い銃声。

 

 弾丸が損傷した機構へ命中した直後、装置の内部で小規模な爆発が発生した。

 

 集まりかけていた青白い光が一瞬だけ膨れ上がり、耳障りな音を残して消失する。

 

「停止確認!」

 

 翔が報告する。

 

『大型装置の出力、消失しました!』

 

 アコからも確認が入った。

 

「よし。これで前へ出られる」

 

 先生は周囲を見渡した。

 

 ゲート前の歩兵達はヒナとイオリに抑えられ、右側の大型装置も沈黙した。残る装甲車一両も、味方の退路を塞ぐ形になってしまっている。

 

「ノノミ、もう一度お願い! シロコとセリカは搬入口の脇へ。翔も準備して!」

 

「はい!」

 

「ん」

 

「了解!」

 

「ああ!」

 

 ノノミの大型機関銃が再び唸りを上げた。

 

 激しい弾幕を受け、カイザー兵達が遮蔽物から身を出せなくなる。その隙にシロコとセリカがゲート脇へ走り、翔もバイクを降りて二人の後を追った。

 

 ゲートの脇には警備用の小さな出入口があったが、当然ながら施錠されている。

 

「こっちも閉まってる!」

 

 セリカが叫ぶ。

 

「シロコ、周りをお願い。セリカは援護!」

 

 先生の声を受け、シロコが銃を構え直した。

 

 翔は出入口の脇にある操作盤へ目を向ける。

 

「先生、こっち!」

 

 その声に反応したアヤネが、すぐに端末を操作した。

 

『確認します。……ありました! 搬入口の制御装置です!』

 

 画面には、基地設備の配置図が表示されていた。

 

『この出入口の内側に、ゲートの開閉装置があります!』

 

「分かった。シロコ、セリカ!」

 

「ん!」

 

「任せて!」

 

 シロコが出入口の脇へ移動し、セリカが周囲を警戒する。

 

 その時、風紀委員会の前方から、再びヒナの機関銃が轟いた。

 

 最後まで抵抗を続けていた装甲車が後退を始める。歩兵達も次々と基地内部へ逃げ込み、搬入口前の防衛線は急速に崩れていった。

 

「先生!」

 

 ヒナが声を掛ける。

 

「こっちはもう大丈夫。先に行って!」

 

「お願い!」

 

 先生は短く答え、救出班へ向き直った。

 

「みんな、急ごう!」

 

 シロコが警備用出入口へ銃口を向け、翔とセリカがその両脇につく。

 

 後方ではノノミが周囲を警戒し、アヤネも通信端末を抱えて合流した。

 

 そして――。

 

 重々しい金属音が響き、搬入口のゲートがゆっくりと開き始めた。

 

 隙間から冷たい空気が流れ出し、薄暗い施設内部の通路が姿を現す。

 

「開いた!」

 

 セリカが叫ぶ。

 

「全員、突入!」

 

 先生の指示を受け、救出班が一斉に走り出した。

 

 翔もその後に続く。

 

 背後では、ヒナ達風紀委員会が残るカイザー兵を抑え、便利屋68が別経路の確保へ動き始めていた。

 

 基地の奥から、けたたましい警報が響いてくる。

 

 赤い警告灯が点滅する通路を、先生達は駆け抜けていった。

 

 目指すのは、地下研究区画。

 

 ホシノが囚われている場所だった。

 

 

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