青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
赤い警告灯が、薄暗い通路を断続的に照らしていた。
基地の内部へ踏み込んだ先生達の背後で、搬入口のゲートが重々しい音を立てて停止する。外からは今も銃声が聞こえていたが、分厚いコンクリートの壁を隔てたことで、その音は随分と遠く感じられた。
「アヤネ、現在地は?」
「確認しています。……ここです」
アヤネが端末に表示した施設図には、搬入口から複数の通路が枝分かれし、その先に大きな貨物用昇降機が記されていた。
「地下への搬送路は、この先で合流しているみたいです。ただ、研究区画の詳細な図面までは確認出来ていません」
「十分。まずは搬送路まで行こう」
先生が頷く。
その時、背後からヒナが声を掛けた。
「先生」
振り返ると、ヒナが搬入口のすぐ内側まで来ていた。その後方では風紀委員達が障害物を利用して防衛線を敷き、外から近づいてくるカイザー兵を警戒している。
「こっちは任せて。地下から増援が来ても、簡単には通さないから」
「ありがとう、ヒナ。帰る時は連絡するね」
「うん。……翔も」
「分かってる。無茶はしない」
「それならいい」
ヒナは短く頷くと、すぐに外の戦況へ意識を戻した。
先生達もそれ以上留まらず、施設の奥へ向かって走り出す。
先頭はシロコ。その少し後ろをセリカが進み、先生とアヤネ、翔が続く。ノノミは大型機関銃を抱え、後方から全員を守る位置についた。
通路の両側には資材を積んだパレットや大型コンテナが並び、天井には太い配管が何本も走っている。警報に合わせて赤い光が明滅し、足元には警備員達が慌ただしく移動したらしい靴跡が残っていた。
「……静かね」
セリカが周囲を警戒しながら呟く。
「外はあんなにいたのに」
「中の兵士も搬入口へ集まってるのかもしれないね」
先生が答えた。
だが、その予想が外れたことはすぐに分かった。
「先生、前」
シロコが足を止める。
通路の先にある十字路。その向こうから、複数の足音が近づいてきていた。
先生は全員へ手で合図を送り、近くのコンテナの陰へ移動させる。
間もなく、武装したカイザー兵達が十字路へ現れた。先頭の兵士がこちらに気付いた瞬間、銃口を持ち上げる。
「シロコ、右!」
「ん!」
シロコがコンテナの端から身を乗り出し、短い射撃を加えた。
先頭の兵士が慌てて身を引く。続く兵士達も十字路の角へ散開したが、そのうちの一人が反対側の通路へ回り込もうとしている。
「セリカ、左の通路をお願い!」
「分かった!」
セリカが素早く反対側へ移動し、回り込もうとした兵士へ銃撃を浴びせる。
狭い通路に激しい銃声が反響し、天井から細かな埃が舞い落ちた。
敵も応射を始めたが、積み上げられたコンテナが邪魔になり、こちらの位置を正確に捉えられない。
「ノノミ、正面を抑えられる?」
「はい! お任せください!」
ノノミが一歩前へ出て、大型機関銃を構えた。
轟音。
通路の奥へ向けて放たれた弾丸が、敵の利用していた障害物を激しく叩く。金属製のコンテナに次々と火花が散り、カイザー兵達はたまらず後退を始めた。
「今のうちに進もう。シロコ、お願い!」
「了解」
シロコが先頭へ飛び出し、十字路の角を確認する。その援護を受けてセリカが反対側を警戒し、先生達も素早く通路を横切った。
敵が態勢を立て直すより先に、全員が奥の搬送路へ抜けていく。
後方でノノミが最後の射撃を加えると、敵の追撃も止まった。
「先生、搬送路へ入りました!」
アヤネが現在地を確認する。
「この先に貨物用の昇降機があります。地下三階までは繋がっているみたいです」
「そこから先は?」
「研究区画へ向かう搬送路があるはずです。ただ……」
アヤネが画面を操作する。
「地下三階より下の情報がありません」
「そっか。なら、まずはそこまでだね」
先生が答えると、翔も端末の画面を覗き込んだ。
地下三階。その下にあるはずの研究施設。
ホシノがどこまで連れて行かれたのか、正確な位置はまだ分からない。だが、地下へ物資を運び込むための設備があるなら、その経路を辿ることで研究区画へ近づけるはずだった。
翔は上着の内側へ軽く手を当てる。
ロストドライバーと二本のガイアメモリは、まだ使っていない。
今のところ、通常のカイザー兵だけなら先生達で十分対応出来ている。自分が変身して戦う必要はなかった。
とはいえ、この先もそうだとは限らない。
「翔?」
先生の声に、翔は顔を上げた。
「どうした?」
「いや、何でもない。先へ行こう」
「うん」
先生は頷き、再び前方へ向き直った。
やがて、通路の先に大きな空間が現れた。
天井から吊り下げられた照明が、床に引かれた黄色い搬送用のラインを照らしている。その奥には、貨物用の大型昇降機が設けられていた。
しかし、昇降機の前にはすでに数人の警備兵が配置されていた。
大型の昇降機を挟むように設けられた監視室と警備室。その両方から、こちらへ銃口が向けられている。
「伏せて!」
先生が叫ぶ。
直後、銃弾が壁を叩き、火花が散った。
先生達は近くに積まれていた資材の陰へ飛び込む。
「……やっぱり簡単には通してくれないか」
翔が顔をしかめた。
正面からの銃撃だけなら、シロコ達で押し切れるかもしれない。
だが、昇降機の周囲には遮蔽物が少なく、広い空間を横切らなければならなかった。
さらに監視室の窓は防弾仕様らしく、普通の銃弾を受けても簡単には砕けない。
「先生、どうする?」
シロコが尋ねる。
先生は僅かに身を乗り出し、昇降機周辺の配置を確認した。
「……あそこ」
先生の視線が、監視室のすぐ下へ向けられる。
壁際に、資材搬送用の小さな通路があった。大型の台車が通れる程度の幅しかないが、監視室からは直接見下ろせない位置にある。
「シロコ、あの通路まで行ける?」
「ん。いける」
「セリカも一緒に。ノノミは正面から援護をお願い」
「はい!」
「了解!」
ノノミが機関銃を構え、正面の警備室へ向けて射撃を開始した。
激しい銃声に、敵兵達が次々と窓の下へ身を隠す。
その隙にシロコとセリカが資材の陰から飛び出し、壁沿いを走った。
シロコが先に搬送用通路へ滑り込み、セリカもすぐ後に続く。
二人は通路の奥にある階段を駆け上がり、監視室の側面へ到達した。
「先生、着いた」
「よし。正面の射撃が止まったら、お願い!」
「ん!」
シロコが手榴弾を取り出す。
安全ピンを抜き、監視室の入口へ向けて投げ込んだ。
爆発音。
監視室の内部から煙が噴き出し、警備兵達が慌てて通路へ飛び出してくる。
そこへセリカの銃撃が浴びせられた。
「こっちよ!」
兵士達が足を止めた瞬間、シロコが反対側から踏み込む。
あっという間に監視室の抵抗は沈黙した。
「確保した」
「ありがとう!」
先生が答える。
同時に、正面の警備室もノノミの制圧射撃を受けて後退を始めていた。
翔達はその隙に資材の陰から飛び出し、昇降機の前へ駆け寄った。
「アヤネ、動かせそう?」
「確認します!」
アヤネが操作盤へ近づき、端末を接続する。
画面に複数の認証画面が表示されたが、数秒後には搬送用昇降機の制御画面へ切り替わった。
「……いけます!」
重々しい駆動音と共に、大型昇降機の扉が開き始める。
内部は貨物を運ぶための広い空間になっており、全員が乗ってもまだ余裕があった。
「みんな、乗って!」
先生の指示に従い、救出班が次々と昇降機へ入る。
最後にノノミが後方を確認し、扉が閉まるまで警戒を続けた。
やがて、重厚な金属製の扉が完全に閉じる。
「地下三階へ降ります」
アヤネが操作盤へ手を伸ばす。
低い駆動音と共に、昇降機がゆっくりと下降を始めた。
* * *
搬入口では、なおも激しい銃撃戦が続いていた。
基地内部から駆けつけたカイザー兵が次々と姿を現し、先生達の消えた搬送路へ向かおうとしている。搬入口の外でも新たな車両が接近しており、先ほどまでの戦闘で空いた場所を埋めるように部隊が展開を始めていた。
ヒナは搬入口の内側に残されていたコンクリート製の障害物へ身を寄せ、機関銃を構えた。
「アコ、状況は?」
『内部から二個小隊が接近しています。外周北側からも増援車両が三台。あと数分で搬入口へ到着する見込みです』
「分かった。イオリは北側をお願い。私は中から来る連中を抑える」
「了解!」
イオリが風紀委員達を連れ、搬入口脇の階段へ向かった。
上階の歩廊は先ほどまでカイザー側が使っていた射撃位置だったが、今は風紀委員会が確保している。そこからなら北側の進入路を見渡せた。
ヒナが視線を戻した直後、通路の奥からカイザー兵が飛び出してきた。
先頭の兵士達が携帯式の防弾盾を並べ、その後ろから別の兵士が銃を構える。
だが、隊列が整うより早く、ヒナの機関銃が轟いた。
盾の表面に凄まじい勢いで弾丸が叩き込まれ、先頭の兵士達が足を止める。後方の兵士も射撃姿勢を取れず、隊列は通路の途中で押しとどめられた。
「そこ、通さないから」
ヒナが短い連射を重ねる。
カイザー兵達は盾の陰へ身を縮めながら応射を試みたが、銃口を覗かせるたびに弾丸が飛んでくる。やがて先頭の盾が大きく傾き、隊列の一部が壁際へ崩れた。
その隙を逃さず、風紀委員達が側面から射撃を加える。
カイザー部隊はたまらず後退し、通路の角へ身を隠した。
「委員長! 正面、後退しました!」
「追わなくていい。搬送路の入口を守って」
「了解!」
風紀委員達が応じる。
しかし、敵も簡単に諦めるつもりはなかった。
通路の奥で金属が擦れる音が響く。
次いで、低い駆動音。
角の向こうから姿を現したのは、車輪付きの大型兵器だった。分厚い装甲板に覆われた本体の上には、短く太い砲身が取り付けられている。
『委員長! 新型の疑似メモリ兵器です!』
アコの警告とほぼ同時に、砲身へ青白い光が集まった。
「全員、下がって!」
ヒナの声が響く。
直後、大型兵器から衝撃波が放たれた。
轟音と共に空気が震え、通路に積まれていた資材がまとめて吹き飛ぶ。コンクリートの障害物にも亀裂が走り、その陰にいた風紀委員が爆風に煽られて床へ転がった。
「くっ……!」
ヒナも片腕で顔を庇いながら、すぐに姿勢を立て直した。
粉塵が舞う通路の向こうでは、大型兵器を盾にしたカイザー兵達が再び前進を始めている。
「チナツ、負傷者をお願い」
「はい!」
チナツが倒れた風紀委員のもとへ駆け寄り、二人がかりで後方の遮蔽物まで運ぶ。
幸い意識はあったが、右肩を押さえて顔をしかめていた。
「動かさないでください。すぐに処置します」
チナツが救護用の装備を取り出す。その間にも、別の風紀委員達が前へ出て銃撃を続けていた。
ヒナは大型兵器へ視線を戻す。
分厚い正面装甲。左右には展開した支持脚。先ほどの衝撃波で舞い上がった粉塵が、まだ砲身の周囲を漂っている。
そして、その奥では再び青白い光が集まり始めていた。
「……面倒ね」
ヒナが機関銃を構え直す。
『委員長、砲身の温度が急上昇しています。次の発射まで――』
「分かってる」
アコの報告を最後まで聞くより早く、ヒナが駆け出した。
崩れた障害物の陰から飛び出し、通路の側面へ移動する。カイザー兵達が慌てて銃口を向けるが、それよりも早くヒナの機関銃が火を噴いた。
* * *
地下へ向かう昇降機の中には、機械の低い駆動音だけが響いていた。
アヤネが通信機の状態を確認する。
「……まだ地上との通信は繋がっています。今のところ問題ありません」
「分かった。届かなくなったら、予定通り近距離通信へ切り替えて」
「はい」
先生は端末に表示された地下の施設図を確認しながら、隣にいた翔へ声を掛けた。
「翔。この先は何があると思う?」
「……正直、分からない」
翔は少し考えてから答える。
「でも、カイザーがホシノをあそこまで欲しがってるなら、ただ閉じ込めてるだけってことはないだろうな」
「うん。私もそう思う」
先生の声が僅かに低くなる。
シロコは無言で銃を握り直し、セリカは昇降機の階数表示を見つめていた。ノノミも普段の穏やかな笑顔を消し、アヤネは引き続き通信状態を確認している。
やがて、階数表示が地下二階を通過した。
そして、地下三階。
昇降機が減速を始めると、床を通して伝わっていた振動が徐々に小さくなっていった。
扉の向こうから、別の機械が稼働する低い音が聞こえてくる。
「……到着します」
アヤネが顔を上げた。
先生は端末をしまい、全員へ向き直る。
「ここから先は、もっと慎重に行こう」
「ん」
「ああ」
翔も頷き、上着の内側へ手を添えた。
ロストドライバーとガイアメモリは、いつでも取り出せる。
短い電子音が鳴り、昇降機が停止する。続いて、目の前の分厚い扉がゆっくりと左右へ開き始めた。
最初に見えたのは、天井から降り注ぐ白い照明だった。
これまで通ってきた倉庫や搬送路とは違い、床には大型の搬送車が行き来するための黄色いラインが引かれ、壁際には整然と並んだ金属製のコンテナが積み上げられている。その奥では、重厚な隔壁がいくつもの通路を仕切っていた。
空調の冷たい風と共に、薬品のような微かな臭いが流れ込んでくる。
「……随分と厳重ね」
セリカが銃を構え直した。
「ん。監視カメラも多い」
シロコが天井を見上げる。
通路の角には監視カメラが設置され、天井には太い配管や何本ものケーブルが走っていた。奥の搬送路には、さらに下層へ繋がっているらしい大型の昇降機も見える。
その時、白い照明の間で赤い警告灯が点滅し始めた。
「警告。施設内に侵入者を確認。地下研究区画の職員は、直ちに所定の避難区域へ移動してください」
天井のスピーカーから、無機質な音声が繰り返し流れてくる。
「……もう完全にバレてるわね」
「ここまで派手にやって来たんだから、仕方ないだろ」
翔が答えると、セリカは少しだけ不満そうに口を尖らせた。
「分かってるわよ」
「アヤネ、この先は?」
先生が尋ねる。
「少し待ってください」
アヤネが端末を操作する。地下へ降りてから電波が不安定になり始めていたが、地上との通信はまだ繋がっていた。
「現在地は地下三階の搬送区画です。研究施設への物資搬入や、実験設備の移動に使われているみたいですね」
画面上には複数の搬送路が表示されている。そのほとんどが、区画の奥にある大きな隔壁の付近へ集まっていた。
「この先に主要研究区画への連絡通路があるみたいです。ただ、さらに下の階については詳細な図面がありません」
「ホシノ先輩は、もっと下にいるってこと?」
「おそらく……。でも、正確な場所までは分かりません」
アヤネの返答に、セリカが小さく舌打ちした。
「ここまで来たのに……!」
「焦らないで、セリカ」
先生が声を掛ける。
「まずは研究区画へ繋がる道を探そう。ホシノの場所が分からないまま走り回るわけにもいかないからね」
「……分かってるわよ」
セリカはそう答えながらも、すぐに前方へ視線を戻した。
翔も周囲の設備を観察する。
壁に掲げられた案内板には、一般の搬送区画とは別に、いくつかの研究室や検査室の名前が並んでいた。その大半は聞き慣れないものだったが、一つだけ気になる表示がある。
「……生体適合試験室?」
思わず足が止まった。
「翔?」
「いや、あそこ」
翔が案内板を指差す。
先生も表示を確認し、表情を引き締めた。
「ガイアメモリの研究施設かもしれないね」
「ああ。少なくとも、ただの武器開発施設じゃなさそうだ」
その時、シロコが片手を上げた。
「先生。足音」
全員が動きを止める。
通路の向こうから、複数の足音と慌ただしい声が近づいていた。
「急げ! 搬送区画を封鎖するんだ!」
「研究員は全員退避させろ! 実験体の移送はどうなっている!?」
「もう間に合いません! 警備部隊が到着するまで、ここで足止めを――」
角の向こうから、カイザーPMCの兵士達が現れた。
こちらに気付いた先頭の兵士が、慌てて銃を構える。
「敵襲!」
「シロコ、セリカ!」
先生の声に、二人が即座に反応した。
シロコのアサルトライフルが火を噴き、先頭の兵士が遮蔽物へ飛び込む。反対側ではセリカが銃撃を加え、通路の角から身を乗り出そうとした別の兵士を押し戻した。
「ノノミ、後ろからお願い!」
「はい!」
ノノミが大型機関銃を構えると、通路の奥へ向けて短い連射を浴びせた。
激しい銃声が狭い空間に反響し、敵兵達が次々と退いていく。
だが、その直後だった。
通路の奥で、何かが激しく壁へ叩きつけられる音が響いた。
「な、何だ!?」
敵兵の一人が振り返る。
続いて、金属が引き裂かれるような音。
奥に設置されていた隔壁が大きく歪み、その中央が内側から突き破られた。
「……っ!」
翔の表情が変わる。
砕けた隔壁の向こうから現れたのは、異様に膨れ上がった上半身を持つ、人型の怪物だった。
両腕は分厚い装甲のような外殻に覆われ、肩から背中にかけて不規則な突起が伸びている。顔には人間だった頃の面影が僅かに残っていたが、その口元からは荒い呼吸が漏れていた。
「う、うわああっ!?」
カイザー兵達が悲鳴を上げる。
怪物は目の前にいた兵士を片腕で薙ぎ払い、そのまま壁へ叩きつけた。続けて別の兵士へ突進し、通路に置かれていた資材をまとめて吹き飛ばす。
「何よ、あれ……!」
セリカが息を呑む。
翔は怪物の姿を見つめていた。
不自然に変形した身体。そして、首筋に埋め込まれた黒い器具。その中央には、小さなメモリの一部が覗いている。
「……人工ガイアメモリだ!」
翔の声に、先生が振り向いた。
「ドーパント?」
「ああ。多分、実験体だ!」
その間にも怪物は暴れ続けていた。
カイザー兵達が銃撃を加えるが、分厚い外殻に阻まれ、ほとんど効果がない。むしろ怪物は銃声に反応し、兵士達へ向かって突進を始めた。
「先生!」
シロコが警告する。
怪物の進路には、ちょうど先生達がいた。
「全員、下がって!」
先生が叫ぶ。
シロコとセリカが左右へ散開し、ノノミが銃口を怪物へ向ける。
しかし、その巨体は射撃を受けながらも勢いを落とさない。
翔はすぐに上着の内側へ手を伸ばした。
「先生、こいつは俺がやる!」
取り出したのはロストドライバー。
腰へ装着すると、黒いベルトが身体を一周して固定される。
続いて、JOKERメモリを手に取った。
「シロコ、セリカ! 周りの兵士を頼む!」
「ん!」
「分かった!」
翔はメモリのスイッチを押し込んだ。
『JOKER!』
「変身!」
メモリをドライバーへ装填し、スロットを倒す。
瞬間、黒い装甲が翔の身体を包み込んだ。
複眼が輝き、全身を覆う黒い装甲が完成する。
仮面ライダージョーカー。
怪物が目前まで迫った瞬間、ジョーカーはその突進を横へかわし、通り過ぎようとした相手の腕を掴んだ。
「ふっ!」
勢いを利用して身体を捻り、怪物を通路脇のコンテナへ叩きつける。
激しい金属音。
コンテナが大きくへこみ、怪物の動きが一瞬止まった。
だが、次の瞬間には分厚い腕が振り回される。
ジョーカーはそれを両腕で受け止めたものの、予想以上の衝撃に足元が滑った。
「っ……馬鹿力だな!」
怪物が再び腕を振り上げる。
ジョーカーはその懐へ踏み込み、腹部へ拳を叩き込んだ。
一発、二発と連続して打撃を加えるが、怪物は苦痛に顔を歪めるだけで倒れない。
「翔! 右!」
先生の声。
怪物の右腕が、ジョーカーの側頭部を狙って振り下ろされる。
直後、シロコの射撃がその肩へ集中した。
怪物の動きが僅かに鈍る。
その隙にジョーカーは身を屈め、振り下ろされた腕をかわした。分厚い拳が床へ叩きつけられ、コンクリートに亀裂が走る。
「助かった!」
「ん」
シロコは短く答え、再び銃口を周囲のカイザー兵へ向ける。
すでに敵兵達も態勢を立て直し始めていた。
「ノノミ! そっちをお願い!」
「はい!」
先生の指示を受け、ノノミが搬送路側へ機関銃を向ける。セリカも反対側の通路へ移動し、こちらを狙おうとしていた兵士達を牽制した。
ジョーカーは再び怪物へ向き直る。
相手はまだ立っていた。
分厚い外殻の隙間からは黒ずんだ皮膚が覗き、首筋に埋め込まれたメモリの周囲は赤く腫れ上がっている。
翔は奥歯を噛み締めた。
長引かせるわけにはいかない。
「悪いな。ちょっと痛いぞ!」
ジョーカーは地面を蹴った。
怪物の懐へ飛び込み、振り回された腕をかわしながら連続して拳を叩き込む。外殻に覆われていない脇腹、膝の関節、そして腹部へと攻撃を重ねる。
怪物がよろめき、壁へ背中をぶつけた。
それでも立ち上がろうとするが、先ほどまでの勢いはない。首筋のメモリが不規則に点滅し、荒かった呼吸にも乱れが生じていた。
「今だ!」
ジョーカーは怪物の背後へ回り込み、その身体を押さえつけた。
暴れる腕を封じながら、首筋へ手を伸ばす。黒い器具の奥に埋め込まれたメモリはまだ微かに振動していたが、先ほどまでの強い光は失われていた。
ジョーカーはメモリを掴むと、一気に引き抜いた。
直後、怪物の身体が激しく痙攣する。
分厚い外殻が崩れ始め、異様に膨れ上がっていた身体が徐々に元の姿へ戻っていった。
やがて、そこには一人の獣人男性が倒れていた。
「……はぁ」
ジョーカーが小さく息を吐く。
「先生!」
「うん!」
先生が駆け寄り、倒れた男性の状態を確認した。
意識はない。
だが、呼吸は続いている。
「アヤネ、救護をお願い!」
「はい!」
アヤネがすぐに応急処置を始める。
ジョーカーは手元の人工メモリへ視線を落とした。
以前に回収したものより外装は精巧になっており、メモリの挿入部も改良されている。何より、先ほどの実験体が見せた力は、これまで遭遇した人工メモリの使用者よりも強力だった。
「……また進化してる。前に見たやつより、ずっと本物に近づいてるな……」
ジョーカーは倒れている男性へ目を向けた。
人工メモリが真正ガイアメモリに近づけば、それだけ強力なドーパントを生み出せるようになる。
しかも、目の前の男性は自分の意思で暴れていたようには見えなかった。
ジョーカーは手の中のメモリを握り直した。
「翔」
先生が顔を上げる。
「この人、地上まで運べそう?」
ジョーカーは周囲を見渡した。先ほどまでこちらを攻撃していたカイザー兵達はすでに後退しているが、いつ戻ってくるかは分からない。
「……ヒナ達に連絡してみよう」
先生は頷き、通信機へ手を伸ばした。
「ヒナ、聞こえる?」
僅かな雑音。
数秒後、返事があった。
「……先生? 聞こえてる」
「負傷者が一人いる。こっちの搬送路まで、救護班を回せる?」
「分かった。こっちから人を向かわせる」
「ありがとう。私達は先へ進みたいから、お願いね」
「うん。気をつけて」
通信が切れる。
先生がアヤネへ視線を戻すと、彼女は男性の状態を確認しながら頷いた。
「救護班が到着するまで、私が付き添います」
「お願い。引き継いだら合流してね」
「はい!」
ジョーカーも倒れている男性を慎重に抱え上げ、搬送路脇の資材置き場へ移動させた。壁際に身体を横たえ、アヤネが応急処置を続けられるようにする。
やがて、風紀委員会から派遣された救護班が到着した。
アヤネは男性の容体を説明して引き継ぎを済ませると、再び先生達のもとへ戻ってきた。
「お待たせしました。こちらはもう大丈夫です」
「ありがとう、アヤネ」
先生が頷く。
ジョーカーは再び通路の奥へ視線を向けた。
黒い装甲に覆われた拳を、一度だけ握り直す。
「先生、行こう」
「うん。ホシノが待ってる」
シロコが先頭に立ち、セリカとノノミがそれに続く。
ジョーカーも変身したまま、先生達と共に地下研究区画の奥へ進んでいった。
その先には、さらに厳重な隔壁が待ち受けていた。
壁に掲げられた表示には、一般の研究区画とは異なる管理番号が記されている。
「……この先ですね」
アヤネが端末を確認する。
「地下の主要研究区画へ続く通路です」
先生が頷いた。
「みんな、行こう」
シロコが先頭に立ち、隔壁の操作盤へ近づく。
だが、その時だった。
まだ誰も触れていないはずの隔壁から、低い駆動音が響いた。
「……?」
ジョーカーが顔を上げる。
分厚い金属製の扉が、ゆっくりと左右へ開いていく。
その向こうに現れたのは、白い照明に照らされた長い通路。
そして、その中央には――。
「お待ちしておりました」
聞き覚えのある声。
黒いスーツを身にまとった、異形の男が立っていた。
「……黒服」
ジョーカーが低く呟く。
男はいつもの不気味な笑みを浮かべ、先生達へ向けてゆっくりと頭を下げた。
「先生。そして、仮面ライダー」
その視線が、黒い装甲をまとったジョーカーへ向けられる。
「ようやく、お会い出来ましたね」