青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
「……あんたが出てくるとはな」
ジョーカーが一歩前へ出ると、黒服は興味深そうにその姿を眺めた。腰に装着されたロストドライバーへ視線を落とし、それから全身を覆う黒い装甲へと目を移す。
「クックックッ……。こうして直接お会いできる日を、楽しみにしておりましたよ。もっとも、あなたのご活躍については、以前から拝見していましたが」
「そりゃどうも。で、わざわざ出迎えてくれた理由は?」
「おや。随分とお急ぎのようですね」
「当たり前だろ。こっちはあんたと世間話をしに来たわけじゃない」
ジョーカーが答える横で、先生が黒服へ視線を向けた。
「黒服。ホシノはどこ?」
「ご安心ください。彼女はこの先の研究区画にいますよ」
黒服は背後の通路へ目を向ける。
「現在も測定を続けていますが、生命活動に問題はありません。もっとも、本人にとって快適な環境とは言い難いでしょうが」
「……だったら、早く解放して」
先生の声音が少し低くなった。
「前にも話したよね。ホシノとの契約は成立していない。あなたも認めたはずだけど」
「ええ。もちろん、覚えておりますとも」
黒服はあっさりと頷いた。
「その件について、今さら異議を唱えるつもりはありません。先生が彼女を連れ戻そうとなさることも、理解しております」
「それなら、そこを通してくれる?」
「そうしたいところなのですが……」
黒服の視線が、再びジョーカーへ向けられた。
「せっかく、これほど興味深い方がいらっしゃったのです。何もせずにお帰しするのは、少々惜しいと思いましてね」
「……俺か」
「ええ。仮面ライダー」
黒服はゆっくりと両手を広げた。
「先生とは以前、お話しする機会に恵まれました。しかし、あなたとはまだ、直接言葉を交わすことすら叶っていませんでしたから」
ジョーカーは黙って黒服を見つめた。
その背後では、シロコとセリカがそれぞれ銃を構えている。ノノミも先生とアヤネを庇える位置に立ち、いつでも応戦できるよう警戒を続けていた。
「……何をするつもり?」
先生が尋ねる。
「少々、お付き合いいただきたいのですよ。私自身、確かめてみたいことがありましてね」
「確かめたいこと?」
「あなたの力についてです」
黒服はジョーカーの腰にあるロストドライバーへ目を向けた。
「ガイアメモリに内包された力を、あのような形で引き出す。しかも使用者の精神を保ったまま、極めて安定した運用を実現している。実に見事な装置です」
「……随分詳しいんだな」
「もちろん。私も長らく、あの遺物について研究を続けてきましたから」
ジョーカーは僅かに身構えた。
カイザーが古代遺跡から発掘したガイアメモリや、その関連技術。それらの研究に黒服が関わっていることは、すでに分かっていた。
だが、目の前の男がどこまで理解しているのかは、まだ分からない。
「それで? 研究成果の発表でもしてくれるのか?」
「クックックッ……。なかなか察しがよろしい」
黒服が小さく笑った。
「実は、私も一つ完成させたものがありましてね」
そう言うと、黒服はスーツの内側へ手を伸ばした。
「シロコ、セリカ。警戒して」
先生の言葉に、二人がすぐさま銃口を上げる。
だが、黒服は気にした様子もなく、取り出したものをゆっくりと腰へ運んだ。
銀色と黒を基調とした、見慣れない装置。それがベルトとして黒服の腰に固定された瞬間、ジョーカーは思わず声を上げた。
「……おい、嘘だろ」
ロストドライバーとは異なる形状。しかし、翔がその姿を見間違えるはずもなかった。
「ガイアドライバー……!?」
「ほう。やはりご存じでしたか」
黒服は嬉しそうに自分の腰へ目を落とした。
「正確には、私が独自に再構築したものですがね。発掘された資料や遺物の解析結果、それに私達の研究成果を基に、欠けていた部分を補完しました」
「……あんた、そんなものまで完成させてたのか」
「ええ。もっとも、あなたがお使いのものとは、少々方向性が異なりますが」
黒服は再びジョーカーを見た。
「有害な要素を遮断しながら、ガイアメモリの力を直接的に肉体へ発現させる。こちらもまた、一つの完成された運用方式です」
ジョーカーは腰に装着されたガイアドライバーから目を離さなかった。
カイザーは人工ガイアメモリを真正ガイアメモリへ近づけようとしている。だが、目の前の男はそれとは別に、真正メモリを使用するためのドライバーを完成させていた。
「……カイザーの連中も、これを知ってるのか?」
「いいえ。まだお知らせしておりませんよ」
黒服は何でもないことのように答えた。
「彼らとは、研究に必要なものを互いに提供し合う関係です。ですが、すべての成果を共有しなければならないわけではありませんから」
「……そうかよ」
つまり、カイザーの知らないところで、黒服は独自にここまで研究を進めていたということだ。
ジョーカーは拳を握り直した。
「先生、気をつけろ。あれは……」
「うん。見れば分かるよ」
先生は黒服を見据えたまま答えた。
「黒服。あなた、私達と戦うつもりなんだね?」
「私が望んでいるのは、あくまで観測ですよ。もっとも、今回は少々実践的な方法になりますが」
「……そっか」
先生は短く息を吐くと、ジョーカーへ視線を移した。
「翔。どう思う?」
「どうもこうも、あいつがその気なら俺が相手をするしかないだろ」
「そうじゃなくて。私達がここで一緒に戦う必要があるか、ってこと」
その言葉に、ジョーカーは先生を振り返った。
先生はすでに、黒服の背後へ続く通路を確認していた。
「ホシノがどこにいるのか、まだ分かってない。ここで全員が足止めされたら、救出するまでにどれだけ時間が掛かるか分からないよ」
「……ああ。俺も同じことを考えてた」
ジョーカーは再び黒服へ向き直る。
「先生達は先に行ってくれ。こいつは俺が引き受ける」
「待って。それはいいけど、翔一人で大丈夫なの?」
セリカが思わず口を挟んだ。その声には、目の前の敵に対する警戒とは別の、純粋な心配が滲んでいた。
「大丈夫だ。こっちは仮面ライダーなんだぜ?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「……それもそうか」
ジョーカーが苦笑するように答えると、シロコも一歩前へ出た。
「私も残る?」
「いや。シロコは先生達と行ってくれ。ホシノを助けるには、みんなの力が必要だろ」
「……ん」
シロコは少しだけジョーカーを見つめた後、頷いた。
そのやり取りを、黒服は興味深そうに眺めていた。
「クックックッ……。なるほど。実に合理的な判断です」
「聞いてたなら話が早い。先生達を通してもらうぞ」
「ええ。どうぞ、お進みください」
あまりにもあっさりとした返答に、先生が眉を寄せる。
「……ずいぶん素直なんだね」
「今ここで先生方を引き止めるよりも、私には確かめたいことがありますから」
黒服の視線がジョーカーへ向けられる。
「それに、先生方がこの先でどのような判断をなさるのか。それもまた、興味深い観測対象です」
「私達のことまで観察するつもりなんだ」
「研究者とは、そういうものですよ」
「……あなたと一緒にしないでほしいけどね」
先生はそう返すと、それ以上の問答を打ち切った。
黒服が通行を認めたからといって、信用できるわけではない。だが、今のところ男の関心がジョーカーへ向けられているのも事実だった。
先生はすぐに端末を取り出し、アヤネが表示していた施設図を確認する。
「シロコ、先頭をお願い。セリカは左側、ノノミは後ろ。アヤネは移動しながら研究区画への経路を探して」
「ん」
「了解!」
「お任せください!」
「はい!」
四人がそれぞれ応じる。
先生は最後にジョーカーへ向き直った。
「翔。こっちは私達に任せて。ホシノを見つけたら連絡する」
「ああ。頼んだ」
「それと……勝つことより、無事に戻ることを優先してね」
先生は真剣な表情で続けた。
「もし危なくなったら、無理に一人で何とかしようとしないで。私達でも、ヒナ達でもいいから」
「分かってる。必要になったら頼るよ」
ジョーカーは頷いた。
「ホシノを助けた後で俺がいなかったら、また面倒なことになるもんな」
「そういうこと」
先生は微かに笑ったが、すぐに表情を引き締める。
「じゃあ、行こう!」
シロコが先頭に立ち、黒服の横を通り抜けていく。
セリカとノノミは男から目を離さないまま、先生とアヤネを守るようにして通路の奥へ進んだ。ジョーカーも黒服の動きを警戒しながら、全員が十分に距離を取るまでその場を動かなかった。
黒服は彼女達を引き止めることなく、ただ静かに見送っていた。
「……随分と余裕だな」
「おや。不満でしたか?」
「いいや。こっちとしては助かるよ」
先生達の足音が遠ざかっていく。
やがて最後尾のノノミも通路の角を曲がり、その姿が見えなくなった。
それを確認してから、ジョーカーは改めて黒服へ向き直った。
「さて。これであんたの相手は俺だけだ」
「ええ。ようやく、じっくりとお話しできますね」
「悪いけど、あんまり長話するつもりはないぜ」
「クックックッ……。では、早速始めるとしましょう」
黒服がスーツの内側から一本のガイアメモリを取り出した。
その姿を認めた瞬間、ジョーカーの複眼が僅かに動く。
「……そいつは」
「こちらも、あなたならご存じでしょう」
黒服はメモリのスイッチを押し込んだ。
『NASCA!』
「ナスカ……!?」
ジョーカーが身構える。
黒服はその反応を確かめると、満足そうにメモリをガイアドライバーへ装填した。
「では、始めましょうか」
青白い光が黒服の身体を包み込み、その足元へ幾何学的な紋様が広がっていく。
光の中で黒いスーツの輪郭が変わり、青を基調とした装甲が全身を覆っていった。身体には古代の紋様を思わせる意匠が浮かび上がり、頭部には特徴的な装飾が形成される。
最後に複眼が鋭い光を放ち、異形の戦士がその姿を現した。
ナスカ・ドーパント。
その右手に青い剣が出現し、鋭い切っ先がジョーカーへ向けられる。
「……本当に変身しやがった」
「クックックッ……。ご期待に沿えましたかな?」
「できれば、期待を裏切ってほしかったけどな」
ジョーカーも両拳を構え直す。
背後には、先生達が進んでいった通路がある。
黒服が今のところ彼女達を追う様子はない。だが、ナスカの持つ速度を考えれば、その気になった時に簡単に追いつかれてしまうかもしれない。
少なくとも、先生達が十分に距離を稼ぐまでは、ここで相手をする必要があった。
「さあ、仮面ライダー。あなたの力を見せていただきましょう」
ナスカが剣を構えた。
「……言われなくても!」
ジョーカーは床を蹴り、真正面から間合いを詰めた。
繰り出した右拳をナスカが僅かな動きでかわす。続く左拳も剣の腹で受け流され、金属音と共に火花が散った。
ジョーカーはすぐに踏み込み直し、相手の脇腹へ回し蹴りを放つ。
だが、その足が届くより早く、目の前からナスカの姿が消えた。
「なっ……!?」
直後、背後から鋭い風切り音が響く。
振り向くより早く、ジョーカーは咄嗟に両腕を交差させた。そこへナスカブレードが叩き込まれ、激しい火花が散る。
「ぐっ……!」
強烈な衝撃に身体が後方へ弾き飛ばされ、ブーツが床を滑った。
ジョーカーは数メートル後退したところで片膝をつき、どうにか踏みとどまる。
顔を上げると、ナスカはすでに元の位置へ戻っていた。
「……速いな、おい」
「おや。まだまだこの程度ですよ」
ナスカが剣を軽く振るう。
ジョーカーはゆっくりと立ち上がり、再び拳を構えた。
先ほど戦った人工メモリのドーパントとは、明らかに違う。単純な膂力だけでなく、こちらの攻撃を見切る反応速度も、瞬間的な加速も桁違いだった。
しかも、黒服自身がどれほど戦い慣れているのかも分からない。
「さあ、仮面ライダー」
ナスカの声には、隠しきれない愉悦が滲んでいた。
「もう少し、あなたの力を見せていただきましょう」
「……いいぜ」
ジョーカーは黒い拳を握り直した。
「ただし、先生達の邪魔はさせないからな!」
再び床を蹴ったジョーカーへ、ナスカも一気に間合いを詰める。
拳と刃が激突し、白い通路へ凄まじい衝撃音が響き渡った。
* * *
拳と刃が激突し、白い通路に鋭い金属音が響き渡った。
ジョーカーはナスカブレードを左腕で受け流しながら、空いた右手を相手の胸元へ叩き込もうとする。しかし、拳が届く寸前、ナスカは滑るように後退し、すぐさま剣を振り返してきた。
「っ!」
目の前を青い刃が横切る。
咄嗟に身を屈めたジョーカーの背後で、壁に鋭い傷が刻まれた。間髪入れずに繰り出された二撃目を両腕で受け止めると、装甲の表面から激しい火花が散る。
「ぐっ……!」
「素晴らしい。先ほどから、初撃への反応が少しずつ変わっていますね」
ナスカは剣を引きながら、楽しげに言葉を続けた。
「ただ防御するのではなく、次の攻撃へ繋げるために受けている。なるほど、あなたの戦い方が少しずつ分かってきましたよ」
「……戦いながら分析とは、余裕だな!」
ジョーカーは受け止めた刃を押し返し、そのまま一歩踏み込んだ。
右拳を放つと見せかけて身体を沈め、ナスカの足元を狙って蹴りを繰り出す。上半身への攻撃を警戒していたナスカの反応が、一瞬遅れた。
蹴りが脛を捉え、ナスカの姿勢が僅かに崩れる。
「おや」
そこへジョーカーが左拳を打ち込んだ。
しかし、確かな手応えがあったのはそこまでだった。
ナスカは拳を片腕で受け止めると、ジョーカーの懐へ踏み込み、空いた手で腹部を突き上げた。
「がっ……!」
重い衝撃が腹部を貫き、ジョーカーの身体が浮き上がる。さらに追撃の蹴りが叩き込まれ、通路を転がるようにして吹き飛ばされた。
背中から床へ落ちたジョーカーは、すぐに身体を捻って立ち上がる。だが、ナスカはすでに目の前まで迫っていた。
「速っ……!」
頭部を狙った斬撃をかわし、壁を背にして距離を取る。その壁に、さらに二本の傷が走った。
単純な移動速度だけではない。踏み込みも、剣を振るう速度も、攻撃を受けた後の立て直しも、こちらより一歩早い。ジョーカーの格闘能力を活かそうにも、拳が届く距離へ入る前に剣で牽制されてしまう。
「どうしました? 先ほどまでの勢いがありませんね」
「……まだまだ、これからだよ!」
ジョーカーは再び飛び込んだ。
振り下ろされた剣を紙一重で避け、相手の右腕の内側へ踏み込む。刃を振り回しにくい距離まで詰めると、肘で胸部を打ち、そのまま肩をぶつけた。
初めて、ナスカが大きく後退する。
「おっと……」
「ようやく入った!」
追撃の拳を繰り出す。
だが、その一撃は空を切った。
ナスカが後方へ跳び、背中から翼を広げたのだ。
「……そっちも使うのか!」
青い翼が大きく羽ばたき、ナスカの身体が床から浮き上がる。そのまま通路の天井近くまで上昇すると、ジョーカーの頭上を越えて飛び去った。
翔は思わず顔をしかめる。
ナスカに飛翔能力があることは知っていた。だが、こうして実際に相手にすると、厄介さがよく分かる。
ナスカは搬送路の突き当たりにある大型の隔壁の前へ降り立つと、剣を軽く振るった。
刃が隔壁の固定具を切り裂き、非常用の開放機構が作動する。警告音と共に分厚い扉が開き、その向こうに広い空間が姿を現した。
大型の実験設備や搬送機材を一時保管するための区画らしい。天井は高く、頭上には搬送用のクレーンが走り、床には大小様々なコンテナが並んでいる。
ナスカはその空間へ飛び込むと、上部の歩廊へ軽やかに着地した。
「こちらの方が、互いに力を発揮しやすいでしょう」
「……なるほど。そういうことか」
ジョーカーは開かれた隔壁をくぐり、保管区画へ入った。
相手は自分の速度と飛翔能力を最大限に活かせる場所へ移動した。天井が高く、遮蔽物も多いこの空間なら、上空と地上の両方から攻撃を仕掛けられる。
予想通り、頭上からナスカが急降下してきた。
青い刃が振り下ろされ、ジョーカーは近くのコンテナへ飛び込むようにして攻撃を避けた。直後、背後の床が砕け、コンクリートの破片が周囲へ飛び散る。
起き上がった時には、ナスカは再び空中へ舞い上がっていた。
「……参ったな」
ジョーカーはコンテナの陰へ身を寄せながら、頭上の敵を見上げた。
真正面から追いかけても、あの速度には追いつけない。
かといって、このまま逃げ回っているだけでは、いつか剣を受けてしまうだろう。
ジョーカーはすぐに周囲を見渡し、コンテナが密集する一角へ駆け込んだ。
「おや。逃げるのですか?」
「そう思うなら、追ってきてみろよ!」
挑発に応じるように、ナスカが高度を下げる。
コンテナの間へ飛び込んだ直後、ジョーカーは進行方向を変えた。
狭い通路を塞ぐように置かれた資材の陰へ回り込み、ナスカが翼を畳んで着地した瞬間を狙って踏み込む。
「そこだ!」
飛び出したジョーカーの拳が、ナスカの胸部を捉えた。
「……っ!」
続けて右の回し蹴り。
ナスカは剣で受け止めたものの、その勢いに押されてコンテナへ背中をぶつけた。さらに追撃しようとするジョーカーに対し、ナスカは片足でコンテナを蹴って横へ逃れる。
ジョーカーの拳が金属板を大きくへこませた。
「惜しいですね」
「……やっぱり簡単にはいかないか」
ナスカは床へ降り立つと、再び剣を構え直した。
「ですが、今のは良い判断でした。私の移動能力を制限し、自分の得意な距離へ引き込む。なるほど、あなたは相手に合わせて戦い方を変えるのですね」
「戦ってりゃ、嫌でも考えるようになるよ」
ジョーカーも拳を構える。
「特に、あんたみたいな相手にはな」
「クックックッ……。では、次はどうされますかな?」
ナスカが床を蹴った。
再び始まった剣撃を、ジョーカーはコンテナの角を利用しながらかわしていく。真っ向から受け止めるのではなく、壁際へ誘い、刃の軌道を制限する。
だが、ナスカも同じ手を繰り返す相手ではなかった。
ジョーカーが右へ回り込もうとした瞬間、ナスカは剣の軌道を途中で変え、下から斬り上げた。
「っ!」
かわしきれなかった刃が胸部の装甲を掠め、激しい火花が散る。さらに踏み込んできたナスカの蹴りが、ジョーカーをコンテナの側面へ叩きつけた。
鈍い金属音が響き、背後の壁が大きくへこむ。
「ぐっ……!」
ジョーカーは片膝をついた。
胸部の装甲には斜めに傷が刻まれ、右腕にも先ほどの斬撃による損傷が残っている。
ナスカはそれを確認すると、剣先を僅かに下げた。
「一つ、お聞きしてもよろしいですかな?」
「……今度は何だ?」
「なぜ、そこまでして彼女を助けようとなさるのです?」
ナスカの声は、戦闘中とは思えないほど穏やかだった。
「小鳥遊ホシノ。彼女には、私が長らく研究してきた神秘が宿っています。しかし、あなたにとってはどうでしょう。自らの命を懸けてまで、彼女を取り戻す理由があるのですか?」
ジョーカーはゆっくりと立ち上がった。
「……理由?」
「ええ。先生が責任を感じておられるのは理解できます。彼女は先生の生徒ですから。しかし、あなたは違う」
ナスカの問いに、ジョーカーは少しだけ首を傾げた。
「……そこまで難しい話か?」
「ほう?」
「ホシノは俺の友達だし、あいつには帰る場所がある。待ってる奴らもいる。それで十分だろ?」
「なるほど。しかし、彼女自身はここへ来ることを選んだのでしょう?」
「……ああ」
その言葉に、ジョーカーは僅かに拳を握り直した。
ホシノがどうしてここへ来たのか、翔にもすべてが分かっているわけではない。だが、あいつが自分一人で危険を背負おうとしていることだけは、間違いないと思っていた。
「だからって、俺達まで納得しなきゃいけないわけじゃない」
「……ほう」
「ホシノが一人で何とかしようとしてるなら、俺達は一緒に何とかする方法を考える。それだけだよ」
ジョーカーは一歩前へ出る。
「それに、俺だけじゃない。先生もシロコ達も、みんな同じ気持ちで来てるんだ」
「では、彼女が助けを拒んでも?」
「その時は、ちゃんと話すさ。少なくとも、顔も見ずに諦めて帰るつもりはないよ」
ナスカはしばらく黙り込んだ。
やがて、手にした剣を持ち上げる。
「なるほど。よく分かりました」
「……だったら、そろそろ通してもらえると助かるんだけどな」
「クックックッ……。もう少しだけ、お付き合いいただきましょう」
「……やっぱり、そうなるか」
ジョーカーは再び拳を構えた。
次の瞬間、両者が同時に床を蹴った。
今度はジョーカーが先手を取る。
剣を右腕で弾き、ナスカの懐へ踏み込む。左の拳を腹部へ叩き込むと、そのまま身体を回転させて蹴りを放った。
だが、ナスカは剣を引き戻すと、ジョーカーの足元へ鋭い斬撃を繰り出した。
「うわっ!?」
ジョーカーは咄嗟に跳び上がり、近くのコンテナへ飛び乗る。
そこへナスカが翼を広げて急上昇した。
両者の高度が並んだ瞬間、ナスカブレードが振り抜かれる。
ジョーカーは身を捻ってかわしたが、刃は背後にあった搬送用クレーンの支持部へ食い込んだ。
甲高い金属音が響く。
切断された金具が床へ落下し、頭上でクレーンが大きく揺れた。
「……まずい!」
ジョーカーが顔を上げる。
揺れているのは、重い機材を吊り下げたままのクレーンだった。破損した支持部が軋み、吊り下げられた機材が左右へ大きく振れ始めている。
その時、コンテナの向こうから小さな悲鳴が聞こえた。
「た、助けてくれ!」
見れば、搬送設備の管理室から逃げ出そうとしていた研究員が、落下した部品に足を取られて倒れていた。
しかも、その頭上では、固定具が外れかけた機材が大きく傾いている。
「……っ!」
ジョーカーはナスカへ背を向け、コンテナから飛び降りた。
研究員が頭を抱えて身を縮める。
その直後、残っていた固定具が弾け飛んだ。
巨大な機材が、床へ向けて落下する。
「伏せろ!」
ジョーカーは研究員へ飛びつき、その身体を抱えて横へ跳んだ。
次の瞬間、背後で轟音が響いた。
落下した機材が床へ叩きつけられ、周囲のコンテナを巻き込みながら崩れていく。ジョーカーは研究員を庇うように身体を丸め、飛来する破片へ背を向けた。
「ぐっ……!」
大きな金属片が左肩を直撃し、衝撃で身体が大きく揺さぶられた。さらに、研究員を抱えたまま床へ転がったことで、脇腹から背中にかけて重い衝撃が走る。
それでもジョーカーは、腕の中の研究員を離さなかった。
崩れた資材がようやく動きを止める。
「……大丈夫か?」
「は、はい……」
研究員は震えながら頷いた。ジョーカーは周囲にまだ落下しそうな機材がないことを確かめると、彼が立ち上がるのを手伝った。
「良かった。なら、早くここから離れて。まだ危ないから」
「あ、ありがとうございます……!」
研究員は何度も頭を下げ、足を引きずりながら近くの壁際へ向かった。
そこには、一般の搬送路とは別に設けられた小さな扉があった。扉の上には「設備保守員専用」と記された表示があり、その脇には職員証を読み取るための認証装置が取り付けられている。
研究員は作業着の胸元から職員証を取り出し、震える手で認証装置へかざした。
短い電子音と共に施錠が解除される。
開いた扉の向こうには、照明の少ない細い通路が続いていた。壁には配管やケーブルが剥き出しのまま走り、奥には別の区画へ続くらしい案内表示も見える。
研究員は扉をくぐる直前、もう一度ジョーカーを振り返った。
「本当に……ありがとうございました!」
「気をつけてな!」
ジョーカーが答えると、研究員は再び頭を下げ、扉の向こうへ姿を消した。
やがて扉が閉まり、認証装置の表示が赤色に戻る。
その背中を見送ってから、ジョーカーはゆっくりと立ち上がった。
「……っ」
左肩を動かした途端、鋭い痛みが走った。
咄嗟に肩へ手を添えるが、黒い装甲の表面には衝撃を受けた痕が僅かに残っているだけで、目立った損傷は見当たらない。脇腹にも鈍い痛みがあったが、幸い手足はまだ動かせた。
ジョーカーは何度か左腕を動かして具合を確かめると、大きく息を吐いた。
「……結構、痛いな。これは」
「クックックッ……」
頭上の歩廊から、ナスカの笑い声が響いた。
「今のは、少々意外でしたね」
「……何が?」
「彼は、あなた方の侵入を阻もうとしていた側の人間でしょう。それを助けるために、私から目を離すとは」
ナスカは歩廊から飛び降り、ジョーカーの前へ着地した。
「もし私が、その隙を突いて攻撃していたら?」
「……そうだな。かなり危なかったと思うよ」
ジョーカーは研究員が逃げていった非常口を一瞥した。
「でも、目の前で怪我しそうになってる人を、放っておくわけにもいかないだろ」
「たとえ、敵であっても?」
「少なくとも、あの人は今、俺と戦おうとしてたわけじゃないしな」
ジョーカーは傷ついた左肩の具合を確かめ、再び拳を構えた。
「……で、まだ続けるのか?」
「ええ。最後に、もう一つだけ」
ナスカは剣を構え直した。
「あなたのドライバーが、その意思にどこまで応えられるのか。ぜひ、見せていただきたい」
「……そこまで言うなら」
ジョーカーはロストドライバーへ手を伸ばした。
「とっておきを見せるよ」
JOKERメモリを抜き取り、腰のマキシマムスロットへ装填する。
『JOKER! MAXIMUM DRIVE!』
電子音が響き、紫色のエネルギーが全身を駆け巡った。
その輝きは次第に右脚へ集まり、足元で小さな放電を繰り返し始める。
ナスカはその様子を眺めると、翼を大きく広げた。
「ほう。今度は蹴り技ですか」
「ああ。今度こそ、決めさせてもらう!」
ジョーカーは床を強く蹴った。
一気に近くのコンテナへ駆け上がり、その上から大きく跳躍する。空中で身体を回転させながら右脚を突き出すと、紫色のエネルギーが足先へ集中した。
「ライダーキック!」
それを迎え撃つように、ナスカも急降下を開始した。
青い翼を広げたまま剣を両手で構え、落下の勢いを乗せて振り下ろす。ナスカブレードの刃が青白く輝き、迫り来るジョーカーの右脚を捉えた。
紫色の光と青い刃が激突する。
凄まじい衝撃が空中で弾け、保管区画の窓ガラスが一斉に震えた。
「はああああっ!」
「……っ!」
ジョーカーは刃を正面から受け続けず、身体を僅かに捻って蹴りの軌道を変えた。
紫色のエネルギーをまとった右脚が剣の腹を押し込み、ナスカの構えが崩れる。
そして、剣を押し退けた足先が、そのままナスカの胸部を捉えた。
閃光が弾ける。
ナスカの身体が後方へ吹き飛び、積み上げられたコンテナへ激突した。金属板が大きくひしゃげ、資材が崩れ落ちる音が保管区画に響き渡る。
一方のジョーカーも、着地と同時に大きく体勢を崩した。
「ぐっ……!」
左肩を床へ打ちつけそうになり、咄嗟に右腕で身体を支える。そのまま数歩よろめいてから片膝をついた。
「はぁっ……はぁっ……!」
先ほど負傷した左肩が、着地の衝撃で再び痛み始めていた。脇腹にも鈍い痛みが残っており、大きく息を吸うたびに身体の奥が軋む。
それでも、ジョーカーは顔を上げた。
崩れたコンテナの向こうでは、金属片が床へ落ちる音が続いている。積み上げられていた資材がゆっくりと崩れ、その隙間から青い装甲が姿を現した。
「……なるほど」
ナスカだった。
その胸部にはライダーキックを受けた痕がはっきりと残り、ナスカブレードを握る右腕も僅かに震えている。
だが、倒れる様子はなかった。
「実に素晴らしい」
ナスカは自分の胸部に残された傷を確かめると、満足そうに声を漏らした。
「今の一撃、見事でした。あの状態から、私の剣を押し退けてくるとは」
「……そっちこそ。あれを受けて、まだ立ってるのか」
ジョーカーはゆっくりと立ち上がった。
左肩の痛みを堪えながら、再び拳を構える。こちらもまだ戦えるとはいえ、これ以上長引けば、先生達と合流する前に動けなくなってしまうかもしれない。
だが、ナスカは剣を構え直さなかった。
それどころか、ゆっくりと切っ先を下ろした。
「……?」
「十分です。これ以上続ける必要はありません」
「……え?」
予想外の言葉に、ジョーカーは思わず聞き返した。
「あなたの戦闘能力、ドライバーの性能、そして何より、あなた自身の判断。実際に戦ってみて、映像では分からなかったことを数多く確認できました」
ナスカは傷ついた胸部に目を落とし、それからジョーカーを見た。
「特に、先ほどの研究員を助けた行動は興味深かった。あれほど不利な状況で、しかも敵対する組織の人間を救おうとなさるとは」
「……あの人を助けたことが、そんなに珍しいか?」
「私にとっては、非常に興味深い行動ですよ」
ナスカの声には、皮肉ではなく純粋な好奇心が滲んでいた。
「自らの安全より、他者の命を優先する。そして、その判断が結果的にあなたの戦闘能力へどのような影響を与えるのか。実に有意義な観測でした」
そう言うと、ナスカはガイアドライバーへ手を伸ばした。
装填されていたNASCAメモリが取り外され、青い装甲が光となって消えていく。
やがて、元の黒いスーツ姿に戻った男が、何事もなかったかのように襟元を整えた。
「……本当に終わりなのか?」
「ええ。私としては、予想以上の成果が得られましたので」
黒服はジョーカーへ向けて、ゆっくりと一礼した。
「お付き合いいただき、ありがとうございました」
ジョーカーはしばらく拳を構えたまま、目の前の男を見つめていた。
戦いを仕掛けてきたのも、終わらせたのも、すべて黒服の都合だ。こちらは少なくない傷を負ったというのに、本人は本当に満足しているらしい。
「……随分と勝手だな」
「クックックッ……。そうかもしれませんね」
「こっちは結構、痛い思いをしたんだけど」
「それについては、申し訳ありません。ですが、あなたにとっても貴重な経験になったのでは?」
「できれば、もう少し穏やかな方法がよかったよ」
ジョーカーが肩をすくめようとして、すぐに動きを止めた。
「……痛っ」
黒服はその様子を眺めながら、小さく笑った。
「どうやら、先ほどの負傷が響いているようですね」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
ジョーカーは左肩を一度だけ押さえると、黒服から視線を外さずに尋ねた。
「それで、先生達の邪魔はしないんだな?」
「ええ。少なくとも、私からは」
黒服は穏やかに答えた。
「先生方も、そろそろ目的地へ到着する頃でしょう。これ以上、あなたを引き止める理由はありません」
「……そうか」
ジョーカーはようやく拳を下ろした。
黒服の言葉をすべて信用するつもりはない。それでも、すでに変身を解除した相手と、ここで戦い続ける理由はなかった。
何より、今はホシノの救出が優先だ。
「だったら、俺も行くよ」
「ええ。どうぞ、お進みください」
ジョーカーが研究区画へ続く通路へ向き直った、その時だった。
「ああ、そうでした」
黒服が何かを思い出したように声を上げる。
「せっかくですから、あなたに一つお渡ししたいものがありましてね」
「……まだ何かあるのか?」
ジョーカーが振り返る。
黒服はスーツの内側から、一本のガイアメモリを取り出した。
ドーパントメモリと違い、装飾のない銀色を基調とした外装。その中央に刻まれているのは、アルファベットの「M」を象った意匠。
それを認めた瞬間、ジョーカーの動きが止まった。
「……メタルメモリ?」
「ええ。もちろん、正真正銘の本物ですよ」
黒服は手元のメモリを軽く持ち上げた。
「私の手元で保管していたものです。宜しければ、あなたにお譲りしましょう」
「……どうして俺に?」
「少々、気になることがありましてね」
黒服の笑みが、僅かに深くなった。
「あなたはジョーカーメモリ、ヒートメモリと異なるメモリの能力を見事に引き出しておられます。ですが、そのどちらでもない。まったく異なる特性を持つガイアメモリを手にした時、果たしてどのような変化が起きるのか非常に興味があります」
「……つまり、俺に使わせてみたいってことか」
「クックックッ……。そのように受け取っていただいても構いません」
ジョーカーは差し出されたメモリを見つめた。
「……何か仕掛けがあるんじゃないだろうな?」
「おや。随分と疑り深い」
「さっきまで戦ってた相手だからな。さすがに、そのまま信用するのは難しいよ」
「もっともなご意見です。ですが、メモリ自体に細工はしておりません。ご不安でしたら、後ほど調べていただいても結構ですよ」
ジョーカーはしばらく迷った末、差し出されたメモリを受け取った。
今すぐ使用するつもりはない。
だが、黒服の手元に残しておくよりは、自分で管理した方がいい。
「……とりあえず、預かっておくよ」
「ええ。それで結構です」
黒服は満足そうに頷いた。
「そのメモリをあなたがどのように扱うのか。いずれ拝見できる日を楽しみにしております」
「使うかどうかも、まだ分からないけどな」
「それもまた、一つの選択でしょう」
ジョーカーはメタルメモリをしまい、今度こそ通路へ向き直った。
通信機を確認するが、先生達からホシノを発見したという連絡はまだない。
左肩を動かすと、再び痛みが走った。
ナスカとの戦闘で負った傷に加え、何度も身体を床やコンテナへ叩きつけられた影響も残っている。だが、変身を維持している今なら、歩くにも走るにも支障はなかった。
少なくとも、今はまだ。
「じゃあな、黒服」
「ええ。またお会いしましょう、仮面ライダー」
背後から聞こえる声に振り返ることなく、ジョーカーは通路へ駆け出した。
ホシノはまだ、あの研究施設のどこかにいる。
先生達が先に辿り着いているかもしれない。すでに救出が始まっているかもしれない。
どちらにしても、ここで足を止めているわけにはいかなかった。
ジョーカーは痛む左肩を庇いながら、先生達の後を追った。