青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
「さぁ……行くぜ!」
ジョーカーが床を蹴った。
正面から距離を詰めると見せかけ、マネーの腕が動いた瞬間に身体を沈める。頭上を通り過ぎた太い腕をかわし、その懐へ踏み込んだ。
「はっ!」
右の拳がマネーの脇腹へ叩き込まれる。
鈍い衝撃が返ってきた。
続けて左の拳を打ち込もうとしたが、その動きに合わせて左肩が鋭く痛んだ。僅かに踏み込みが遅れ、マネーの反撃を許してしまう。
「その程度か、仮面ライダー!」
振り下ろされた腕を受け流し、ジョーカーは後方へ跳んだ。重い一撃が床を叩き、コンクリートの破片が飛び散る。
やはり、ジョーカーの打撃だけでは決定打に欠ける。
以前、地下の研究施設でマネーと戦った時もそうだった。あの硬い身体は簡単には崩せず、倒しきるよりも、その場で果たすべき目的を優先して戦いを切り上げることになった。
だが、今回は事情が違う。
地上へ続く昇降機を背にして立ちはだかるマネーを放置しては、ノノミを連れて帰れない。
「ジョーカー、右!」
先生の声に反応し、ジョーカーが身を翻した。
コイン状の光弾がすぐ脇を通過し、背後のコンテナへ着弾する。爆発で跳ね上がった破片を腕で払いながら、ジョーカーはマネーの側面へ回り込んだ。
「シロコ、今!」
「ん!」
反対側からシロコが射撃を加える。マネーがそちらへ顔を向けた瞬間、ジョーカーは踏み込み、膝裏を狙って蹴りを放った。
「ぐっ……!」
巨体が僅かに傾く。
そこへセリカの銃撃が重なった。
「こっちもいるんだから!」
「小娘どもが!」
マネーが苛立たしげに腕を振り回す。
ジョーカーはその動きを避けながら、先生の近くまで下がった。
「先生、ノノミは?」
「まだ意識が戻らない。アヤネが呼吸と脈を確認してくれてるけど、生命力を返さない限り安心できないと思う」
ジョーカーはコンテナの陰へ視線を向けた。
ホシノが倒れたノノミの手を握り、アヤネがそばで状態を確認している。ノノミの機関銃も、床へ置かれたままだった。
「……分かった」
ジョーカーはマネーへ向き直る。
あの頑丈な身体を打ち破る手段がないわけではない。
HEAT。
炎の力を纏った打撃なら、あの外殻にも十分対抗できる。以前の戦いを思い返しても、マネーを倒すことだけが目的なら、今のJOKERにこだわる理由はなかった。
しかし、HEATの力で外殻を叩き壊せば、その内側にあるライフコインまで巻き込む恐れがある。
ノノミの生命力がどこに収められているのか、正確な位置すら分かっていないのだ。
火力があれば解決する相手ではなかった。
「……厄介だな」
思わず漏れた言葉に、先生が顔を向ける。
「何か考えがある?」
「一つだけ。まだ使ったことがないから、うまくいくか分からないけど」
ジョーカーは懐から一本のガイアメモリを取り出した。
銀色の外装を持つ、METALメモリ。
「それって……新しいメモリ?」
「うん。さっき、黒服から渡された」
先生の眉が僅かに動いた。
「黒服から?」
「その話も後で。今は、あいつの動きを止められるかもしれない」
ジョーカーはマネーの腹部へ目を向けた。
以前、地下の研究施設で交戦した際にも、あの男は複数のライフコインを所持していた。ノノミから奪われたものだけでなく、ほかにも被害者がいるはずだ。
それらを残したままマネーを倒せば、取り返しのつかないことになりかねない。
「先生、取り戻さなきゃいけないのは、ノノミのコインだけじゃない」
「……え?」
「前に戦った時、あいつはほかにもライフコインを持ってたんだ。今回もまだ身体の中にあるなら、全部取り返したい」
先生の表情が険しくなった。
「……分かった。だったら、倒す前に確認しよう」
「ああ。そのためにも、まずはあの巨体を押さえ込まないとな」
ジョーカーは手にしたMETALメモリへ目を落とした。
「先生、少しの間、シロコとセリカの二人だけで耐えられる?」
「分かった、どうにかする。でも、無理はしないでね」
「気をつける」
先生はすぐにシロコとセリカへ指示を出した。
「二人とも、ジョーカーがいったん下がるよ! 相手を追いかける必要はないから、こっちへ近づけないようにお願い!」
「ん、任せて」
「分かった!」
シロコが右側からマネーへ射撃を加える。その反対側ではセリカがコンテナの陰から飛び出し、相手の足元へ銃弾を集中させた。
「また逃げるつもりか、仮面ライダー!」
マネーがジョーカーの後退に気づく。
すぐに光弾を放とうとしたが、横合いからの銃撃を受けて腕を上げざるを得なかった。
「逃がさないよ」
シロコが短く告げる。
ジョーカーは飛来した光弾をかわしながら戦線を離れ、先生のいる後方まで下がった。入れ替わるようにシロコとセリカが前へ出て、マネーの注意を引きつける。
「……少しだけ頼む!」
「うん。こっちは任せて!」
先生の返事を聞き、ジョーカーは改めて手元のMETALメモリを見つめた。
黒服――あの男の思惑に乗った形になるのは気に入らない。
けれど今は、試してみる価値があった。
「……さて、どうなるかな」
ジョーカーは腰のロストドライバーへ手を掛けた。
装填されていたJOKERメモリを引き抜く。
そして間を置かず、銀色のメモリのスイッチを押し込んだ。
『METAL!』
低く、重厚な電子音が響く。
METALメモリをロストドライバーへ差し込み、装置を展開した。
次の瞬間、黒い身体を銀色の光が包み込んだ。
全身を走った光が消えていくにつれ、ジョーカーの身体が黒から金属光沢を帯びた銀色へと変わっていく。胸部や四肢のライン、仮面の造形はほとんどそのまま。見慣れた黒い戦士の色合いが変わったような姿だった。
だが、その身体に宿った力の性質はまるで違っていた。
「……おっ?」
翔は軽く拳を握り、続けて一歩踏み出そうとした。
そこで、思わず足を止める。
身体が重い。
いや、単純に重量が増したというよりも、力の伝わり方がこれまでとは違っていた。ジョーカーの時と同じ感覚で足を踏み出すと、僅かに動きが遅れる。その一方で、拳を握り締めれば、普段とは比べものにならないほどの力が腕へ満ちてくる。
「……なるほど。こっちはこういう感じか」
左腕を軽く動かしてみる。
ナスカとの戦いで受けた傷は、もちろんそのままだった。むしろ、慣れない力の入れ方をすれば、余計な負担を掛けてしまうかもしれない。
今は、無闇に動き回るべきではなさそうだ。
そう考えたところで、背中に新たな感触が生まれた。
一本の長い金属製の棒。
メタルシャフトだった。
翔は背中へ手を伸ばして引き抜くと、両手で握り、その長さと重量を確かめた。軽く構えてみれば、初めて扱う武器ながら、自然と身体に馴染む感覚がある。
「……よし。これなら」
「ジョーカー、大丈夫?」
先生が声を掛けた。
「ああ。ちょっと身体の感覚が違うけど、問題ないと思う」
「そっか。……本当に姿が変わるんだね」
先生は銀色へ変わった姿を、興味深そうに見つめていた。
「先生、今はそっちに感心してる場合じゃないって」
「分かってるよ。後で詳しく見せてね」
「後でな」
翔は呆れたように答え、メタルシャフトを構え直した。
その時、前方からセリカの声が響いた。
「先生! そろそろ厳しいかも!」
マネーがシロコたちの牽制を振り切り、こちらへ向かってくる。
「……そろそろ戻らないとな」
翔は足元を確かめながら、一歩踏み出した。
「うん。シロコ、セリカ! ジョーカーが前に出るよ! 二人はそのまま左右から援護して!」
「ん!」
「分かった!」
先生の指示を聞き、二人がマネーから少しだけ距離を取る。
その間を抜けるように、銀色の戦士が前へ出た。
「ふん。姿を変えたところで、何ができる!」
マネーが腕を振り上げる。
翔はメタルシャフトを両手で握り、正面から構えた。
「……まずは、試してみるか」
巨体の腕が振り下ろされる。
次の瞬間、メタルシャフトとマネーの腕が激突し、搬送ホールに重い金属音が響き渡った。
「……ぬっ!?」
正面から押し込んでくるマネーの腕を、銀色の戦士が受け止めていた。
予想外の抵抗に、マネーの動きが止まる。
ジョーカーの時なら、まともに受ければ押し負けていたはずの一撃だった。しかし、今の翔は両足を床へ踏み込み、メタルシャフトを支えにして巨体の圧力に耐えている。
「……なるほど。確かに力が違うな」
「何を余裕ぶっている!」
マネーがさらに腕へ力を込める。
翔はシャフトを斜めに傾けて攻撃を受け流すと、相手の腕を押し上げた。そのまま踏み込み、無防備になった胸元へ鋭い突きを放つ。
「はっ!」
「ぐおっ!?」
マネーの巨体が大きく後退した。
以前の戦いでは、何度拳を叩き込んでもほとんど崩せなかった相手だ。その手応えに、翔自身も驚いた。
だが、続けて距離を詰めようとしたところで、思ったほど足が前へ出なかった。
「……っと!」
いつもの感覚で動いた身体が、僅かに遅れる。
その隙を突き、マネーが横から腕を振り回した。翔は咄嗟にシャフトを引き戻して受け止めたが、衝撃が左肩へ伝わり、思わず息が詰まった。
「……っ!」
「ふん! 姿を変えたところで、私の敵ではないわ!」
マネーが追撃しようとした瞬間、右側からシロコの銃撃が飛んできた。
「ん。こっち」
「また貴様か!」
マネーの注意が逸れる。
翔はその隙に一度距離を取り、メタルシャフトを握り直した。
力と防御力は、確かにJOKERを上回っている。しかし、動きの速さや細かな身のこなしは、これまでと同じようにはいかない。何より、初めて使うメモリだけに、まだ身体の動かし方が掴みきれていなかった。
この力だけで押し切ろうとすれば、どこかで足元をすくわれる。
「ジョーカー!」
先生の声が届いた。
「今の姿なら、あいつの攻撃を受け止められるんだね!」
「ああ。ただ、JOKERの時みたいには動けない。あの巨体を押さえるには、みんなの助けが必要だ」
「分かった。だったら、こっちで動きを制限するよ!」
先生はマネーの腹部へ視線を向けた。
ライフコインを取り込んだ際、外殻が一瞬だけ開いた場所。そこからコインを取り戻すには、相手の動きを止めたうえで、内側を傷つけないよう慎重に開ける必要がある。
「シロコ、セリカ! ジョーカーが正面から押さえるよ! 二人は左右に分かれて、相手の腕を自由にさせないで!」
「ん!」
「了解!」
シロコが右側へ走り、セリカも左側のコンテナへ移動する。
マネーは二人を交互に睨みつけた。
「また同じ手か! 何度やろうと無駄だ!」
太い腕からコイン状の光弾が連続して放たれる。
シロコはコンテナの陰へ滑り込み、セリカも反対側の資材を遮蔽物にして攻撃を避けた。
その間に、翔は真正面から距離を詰めた。
マネーが腕を振り下ろす。
メタルシャフトを斜めに構え、その一撃を受け止めた。続けてもう片方の腕が迫るが、翔はシャフトを滑らせるように動かし、攻撃の軌道を外側へ逸らす。
今度は無理に追撃しない。
JOKERのように速さで勝負するのではなく、相手の攻撃を受け、重心が崩れたところへ少しずつ踏み込んでいく。
「……ぐっ! 貴様!」
マネーが力任せに押し返してくる。
翔は両足を踏ん張り、シャフトを相手の胸元へ押し当てた。
「……っ!」
左肩に痛みが走る。
それでも今は、離すわけにはいかなかった。
「シロコ、右腕!」
先生の指示と同時に、シロコの銃撃がマネーの腕の付け根へ集中する。
振り下ろそうとしていた腕が僅かに逸れた。
「セリカ、左からお願い!」
「分かった!」
反対側からも銃声が響く。
両腕を自由に使えなくなったマネーが、苛立たしげに身体を揺らした。
「小娘どもが……!」
その一瞬を逃さず、翔はシャフトを引き戻すと、先端を腹部へ向けた。
装飾の奥にある、外殻が重なり合った部分。
そこへシャフトの先端を差し込む。
「……ここだな!」
硬いものが噛み合う感触が、両手へ伝わった。
慎重に力を加えると、外殻が僅かに軋む。しかし、内側にライフコインがある以上、無理にこじ開けるわけにはいかない。
「何をするつもりだ!」
マネーが激しく身を捩った。
翔はシャフトが外れないように支えながら、先生へ呼びかける。
「先生! もう少しだけ、あいつの動きを止めてくれ!」
「分かった!」
先生はすぐに二人へ指示を送った。
「シロコ、腕を上げさせないで! セリカは足元、踏み込ませないようにお願い!」
シロコが射撃位置を変え、マネーの右腕へ銃弾を集中させる。セリカも遮蔽物から身を乗り出し、足元へ射撃を加えた。
マネーが一歩下がろうとした瞬間、翔が踏み込む。
銀色の身体に満ちる力を、メタルシャフトへ伝えた。
「……開けっ!」
外殻が軋みながら、少しずつ左右へ開いていく。
その奥で、淡い光が揺らめいた。
「……あった!」
先生が声を上げる。
開いた外殻の内側には、ノノミから奪ったライフコインが収められていた。
だが、それだけではなかった。
その奥にも、複数のコインが並んでいる。それぞれが淡い光を宿しており、マネーがこれまでに奪ってきた生命力を蓄えていることは明らかだった。
「……やっぱり、まだ持ってたか」
翔が呟く。
先生も、開いた腹部の内側を見て表情を引き締めた。
「全部、取り戻そう」
「ああ!」
翔はメタルシャフトを握る両腕へ、さらに力を込めた。
「セリカ! 中にあるコインを全部頼む! 手前の一枚が、さっきノノミから奪われたやつだ!」
「分かった!」
セリカが遮蔽物から飛び出した。
マネーは慌てて身体を捩る。
「やめろ! そこに触るな!」
翔はシャフトを押し当てたまま、巨体の動きを押さえ込んだ。しかし、マネーの力も相当なものだった。負傷した左肩へ負担が掛かり、踏ん張っていた足が僅かに滑る。
「……っ! 早く!」
セリカが駆け寄る。
マネーは自由になりかけた右腕を振り上げたが、そこへシロコの銃撃が集中した。
「させない」
「この……!」
マネーが反撃しようとした瞬間、先生の指示が飛ぶ。
「シロコ、右腕だけ狙って! セリカが近づいてるから、腹部は撃たないで!」
「ん!」
シロコが射撃位置を調整する。
その間にセリカはマネーの懐へ滑り込み、開いた外殻の隙間へ腕を伸ばした。
最初に掴んだのは、手前に収められていたライフコインだった。
「……取った!」
「それがノノミのだ! 先生に渡してくれ!」
「分かった!」
セリカは一度後退すると、コインを先生へ手渡した。
「お願い、先生!」
「任せて!」
先生はすぐにコンテナの陰へ向かった。
ノノミの生命力を返すためだ。
一方、セリカは再び翔のもとへ駆け戻った。
「残りも取るわよ!」
「ああ、頼む!」
翔はマネーの抵抗を受け止めながら、外殻を押し開き続けた。左肩には鋭い痛みが走り、メタルシャフトを握る両腕も次第に重くなってくる。
それでも、まだ離すわけにはいかない。
セリカは外殻の隙間へ腕を差し入れ、残されていたコインを一枚ずつ取り出していった。
「貴様ら! 私の財産に何をする!」
マネーが怒鳴り、激しく身体を揺する。
「だから、人の命でしょ、それは!」
セリカは最後のコインを掴み、素早く腕を引き抜いた。
続けて内部へ目を向ける。
「……もうない! 見える範囲には残ってないわ!」
翔も開いた外殻の奥を確かめた。少なくとも、この保管部に収められていたコインはすべて取り出されている。
「よし、離れて!」
セリカが後退するのを待ち、翔はメタルシャフトを引き抜いた。
自由になったマネーが怒りに任せて腕を振り下ろす。
「返せ! それは私のものだ!」
翔はその一撃を横から弾き、続けて胸元へ鋭い突きを放った。
「違うだろ!」
「ぐおっ!?」
巨体が数歩後退する。
「最初から、あんたのものじゃない!」
セリカは回収したコインを落とさないように抱え、先生たちのいるコンテナへ駆け戻った。
そこでは、先生がノノミのライフコインをアヤネへ渡し、生命力を返す方法を試していた。
「先生! 残りも全部取ってきた!」
「ありがとう、セリカ!」
先生は回収したコインを確認すると、アヤネの救急用品から小さな保管袋を取り出した。
「これは大切に持って帰ろう。持ち主を探して、必ず返さなきゃ」
「……うん!」
セリカは強く頷いた。
ほかにも被害者がいる。
だが、少なくとも今、取り戻せる命は守ることができた。
「……先生!」
傍らでアヤネの声が響く。
アヤネの手によってコインを触れさせた、ノノミの胸元ではライフコインが淡い光を放ち始めていた。
「……!」
蓄えられていた光が細い筋となり、ノノミの身体へ吸い込まれていく。
コインの輝きが徐々に弱まり、やがて光が消えた。
「ノノミ先輩……?」
アヤネが顔を覗き込む。
ホシノも手を握ったまま、祈るようにノノミを見つめていた。
「……お願い、ノノミちゃん」
その時、ノノミの指先が僅かに動いた。
「……!」
続いて、閉じられていた瞼がゆっくりと開く。
「……あれ……?」
弱々しい声が漏れた。
「私……どうして……」
「ノノミちゃん!」
ホシノが思わず身を乗り出した。
「よかった……本当に、よかった……!」
ノノミはまだ意識がはっきりしない様子だったが、すぐ近くにいるホシノの姿を見つけると、安心したように微笑んだ。
「……ホシノ先輩、無事だったんですね……」
その言葉に、ホシノは目を閉じた。
「……うん。ノノミちゃんのおかげだよ」
「もう、ほんとに心配したんだから……!」
セリカも膝をつき、ノノミの肩へそっと手を添える。
アヤネは改めて呼吸と脈を確認した。まだ消耗は残っているものの、先ほどまでの危険な状態からは明らかに回復していた。
「先生! ノノミ先輩の意識が戻りました!」
アヤネの声が、搬送ホールへ響く。
「本当!?」
先生が振り返る。
「はい! まだ身体を動かすのは難しそうですけど、呼び掛けにも反応しています!」
先生はようやく息を吐くと、すぐに前方へ向き直った。
「ジョーカー! ノノミは大丈夫! 意識が戻ったよ!」
その報告を聞き、翔の肩から僅かに力が抜けた。
「……よかった」
メタルシャフトを握り直し、マネーへ向き直る。
すると、理事は忌々しげに腹部を押さえていた。
「貴様ら……! よくも私の資産を!」
その言葉に、翔は呆れたように首を振った。
「……まだそんなこと言ってるのか」
「何だと!?」
「人の命を勝手に奪っておいて、自分の資産だなんて……随分と勝手な話だな」
マネーが怒りに任せて腕を振り上げた。
複数の光弾が放たれる。
翔はシャフトを構え、正面から飛んできた一発を弾いた。続けてもう一発が迫るが、今度は身体を半身にして回避する。
先ほどまでとは違い、無理に速く動こうとはしなかった。
METALの力を使うなら、相手の攻撃を見極め、必要なところだけ動けばいい。
「先生!」
翔が呼びかける。
「ノノミのコインは、ちゃんと返せたんだな?」
「うん! もう大丈夫!」
「……分かった」
翔はゆっくりとメタルシャフトを構え直した。
先ほどまで、マネーの腹部を強引に破壊することはできなかった。
だが、ノノミのライフコインはすでに取り戻している。
少なくとも、彼女の命を巻き込む危険はなくなった。
「だったら、あとは――」
翔が一歩踏み出す。
「ここを通してもらうだけだ!」
マネーが鼻で笑った。
「ふん! ライフコインを取り戻した程度で、私に勝てるとでも思っているのか!」
マネーが再び腕を振り上げ、コイン状の光弾を放った。
翔はメタルシャフトを斜めに構え、正面から迫った一発を弾き飛ばす。続く光弾は身体を半身にしてかわし、そのまま一歩踏み込んだ。
METALはJOKERほど素早く動けない。だからこそ、必要以上に動き回らず、相手の攻撃を受け止めながら少しずつ距離を詰めていく。
「先生!」
「うん、分かってる!」
先生はすぐにシロコとセリカへ指示を飛ばした。
「二人とも、左右へ! ジョーカーが接近するから、相手の腕を自由にさせないで!」
「ん!」
「任せて!」
シロコが右側へ走り、セリカも反対側のコンテナへ移動する。二方向から銃撃を受けたマネーは、翔への攻撃を中断して太い腕で顔を庇った。
「また貴様らか!」
その隙に翔が踏み込む。
マネーが振り下ろした腕をシャフトで受け止め、そのまま外側へ押し返した。
「はっ!」
空いた懐へ、鋭い突きを放つ。
「ぐおっ!?」
メタルシャフトの先端が胸部を捉え、巨体が大きく揺らいだ。
翔は続けて横薙ぎの一撃を放とうとしたが、左肩に鋭い痛みが走り、僅かに動きが遅れる。
「……っ!」
マネーはその隙を逃さなかった。
「調子に乗るな!」
横から振るわれた腕が、翔の身体を捉える。
咄嗟にシャフトを割り込ませて直撃は防いだものの、衝撃を受け止めきれず、数メートルほど押し戻された。
「ジョーカー!」
先生の声が響く。
「……大丈夫!」
翔は足元を立て直し、シャフトを握り直した。
左肩が痛む。ナスカとの戦いで負った傷も、研究員を庇った際に受けた衝撃も、消えてなくなったわけではない。
それでも、もう少しだった。
ノノミの生命力は取り戻した。マネーの腹部に保管されていたほかのライフコインも、すべて回収できている。あとは目の前の男を倒し、みんなで帰るだけだ。
「先生、次で決める!」
「分かった!」
先生は翔とマネーの位置を素早く確認した。
マネーの背後には大型コンテナが並んでいる。あの巨体を後退させれば、そこを利用して動きを制限できる。
「シロコ、右腕! セリカは左側から、踏み込ませないようにお願い!」
二人が同時に動いた。
シロコの銃撃がマネーの右腕へ集中し、光弾を放とうとしていた動作を妨げる。反対側からはセリカが足元へ射撃を加え、体勢を立て直すための踏み込みを封じた。
「小娘どもが、いい加減に――!」
マネーが怒鳴った瞬間、翔が正面から飛び込んだ。
メタルシャフトを横に構え、相手の胸元へ押し当てる。
「……っ!」
強烈な力が両腕へ掛かった。
左肩に鋭い痛みが走る。それでも翔は、両足を床へ踏ん張り、真正面からマネーの巨体を押し込んだ。
「ぐっ……貴様!」
マネーも押し返そうとするが、シロコとセリカの射撃がそれを許さない。
巨体が少しずつ後退する。
やがて、その背中が大型コンテナへぶつかった。
「今だよ、ジョーカー!」
先生の声が響いた。
翔はマネーの腕を押し返し、メタルシャフトを引き戻す。続けて素早く距離を取り、腰のロストドライバーへ手を伸ばした。
装填されていたMETALメモリを引き抜く。
翔はメモリのスイッチを押し込み、メタルシャフトに備わったマキシマムスロットへ差し込んだ。
『METAL!』
低く重い電子音が響く。
『MAXIMUM DRIVE!』
メタルシャフトの内部を、銀色の光が一気に駆け巡った。
その輝きはシャフトの表面へ広がり、やがて全体を覆うほどの強い光となる。METALの持つ腕力と硬度、その力を極限まで引き出したエネルギーが、一本の武器へ集中していった。
「なっ……何だ、その力は!?」
マネーがコンテナから離れようとする。
しかし、その右腕をシロコが、左側をセリカが牽制していた。
「行かせない」
「ここで終わりよ!」
マネーが苛立たしげに腕を振り上げる。
先生は三人の位置と射線を確認し、翔へ視線を向けた。
「ジョーカー、今!」
「……ああ!」
翔が床を蹴った。
シャフトを両手で握り、真正面から踏み込む。
マネーが振り下ろした腕を、銀色の光を纏ったシャフトで受け止めた。
「……っ!」
左肩に激痛が走る。
それでも、止まらない。
「はあっ!」
翔はシャフトを振り抜き、マネーの腕を大きく弾き飛ばした。
「なっ――!」
防御が開いた。
翔は大きく踏み込み、メタルシャフトを振りかぶる。銀色のエネルギーがシャフトの先端へ集中し、眩い輝きを放った。
「これで――」
全身の力を、一撃へ乗せる。
「終わりだ!」
メタルシャフトが振り下ろされた。
「――メタルブレイキング!」
銀色の閃光を纏った一撃が、マネーの胸部へ真正面から叩き込まれた。
轟音が響き、強烈な衝撃が搬送ホール全体を震わせる。
「ぐおおおおっ!?」
マネーの巨体が大きく吹き飛び、背後の大型コンテナへ激突した。
金属製の壁面が内側へ大きくひしゃげ、積まれていた資材が崩れ落ちる。衝突の衝撃で床にも亀裂が走り、巻き上がった粉塵が周囲を覆った。
翔はメタルシャフトを振り抜いた姿勢のまま、荒く息を吐いた。
「……っ」
強烈な反動が、負傷した左肩へ響く。
それでも何とか踏みとどまり、正面を見据えた。
コンテナへ叩きつけられたマネーは、起き上がろうとしても身体に力が入らない様子だった。その胸部には深い亀裂が走り、全身から不安定な光が漏れ始めている。
「ば、馬鹿な……!」
理事の声が震えた。
「この私が……こんな連中に……!」
次の瞬間、全身に走った亀裂から眩い光が溢れ出した。
「ぐおおおおっ!」
マネーの巨体が光に包まれ、その輪郭が崩れていく。
やがて光が収まると、そこにはスーツ姿へ戻ったカイザー理事が倒れていた。
同時に、一本のガイアメモリが床へ転がり落ちる。
真正のMONEYメモリ。その外装には、大きな亀裂が走っていた。
「……そんな……!」
理事は震える腕を伸ばした。
「私の……本物のメモリが……!」
しかし、その指先が届くより早く、メモリは乾いた音を立てて砕け散った。
「……ああ……」
理事の手が力なく床へ落ちる。そのまま意識を失ったのか、動かなくなった。
搬送ホールに、ようやく静けさが戻った。
「……終わった?」
セリカが恐る恐る顔を上げる。
シロコは銃を構えたまま理事へ近づき、慎重に状態を確認した。
「ん。意識を失ってる。もう動けなさそう」
「そっか……」
セリカは大きく息を吐き、銃口を下ろした。
先生もようやく肩の力を抜く。
「ジョーカー、お疲れさま。助かったよ」
「ああ。こっちこそ、みんなのおかげだ」
翔は先生へ軽く手を上げると、ホシノたちがいるコンテナの方へ顔を向けた。
「……そうだ、ノノミは?」
「意識は戻ったよ。まだ休ませてるけど、さっきより顔色もよくなってる」
「……よかった」
翔はほっと息を吐いた。
ノノミのライフコインは取り戻せた。ほかの被害者のコインも、確認できたものはすべて回収した。
あとは、この基地から脱出するだけだ。
そう思い、メタルシャフトを下ろした瞬間だった。
「……っ!」
左肩に鋭い痛みが走った。
続けて脇腹から背中にかけて、重い痛みが広がっていく。
翔は咄嗟にシャフトを支えにしようとしたが、思うように腕へ力が入らない。
「……あれ?」
一歩踏み出そうとした足が、思った位置へ出なかった。
膝が折れ、身体が大きく傾く。
「ジョーカー?」
異変に気づいた先生が顔を上げた。
「……ごめん、ちょっと……」
翔は何とか姿勢を立て直そうとした。
しかし、メタルシャフトを握る手からも力が抜けていく。
ナスカとの戦いで受けた負傷。研究員を庇った時の衝撃。そして、慣れないMETALの力を使い、マネーの巨体と何度も正面からぶつかり合った負担。
戦闘中は何とか動かせていた身体が、とうとう限界を迎えようとしていた。
「……まずい、な……」
翔が膝をつく。
「ジョーカー!」
先生が駆け出した。
その目の前で、メタルシャフトが銀色の光となって消えていく。
続いて、翔の身体を覆っていた銀色の輝きが揺らぎ始めた。
「……悪い……」
掠れた声が漏れる。
直後、変身が解除された。
銀色の戦士の姿が消え、風間翔の身体が現れる。
翔はそのまま前へ倒れ込み、間一髪で駆け寄った先生が身体を受け止めた。
「翔!」
先生が呼び掛ける。
だが、返事はなかった。
意識を失った翔の身体からは力が抜け、顔色も明らかに悪かった。
先生はすぐに呼吸と脈を確認した。どちらも確認できたものの、呼び掛けにも反応しない。
慎重に身体を支え直したところで、左肩の衣服に血が滲んでいることにも気づいた。
「……っ」
変身中の姿からは、ここまで負傷しているとは分からなかった。
「……先生?」
駆け寄ってきたセリカが、その場で足を止める。
「翔……?」
シロコも翔の顔を見て、表情を強張らせた。
「先生。翔は?」
「意識がない。でも、呼吸も脈もある。今は安全な場所へ運ぼう」
「ん。手伝う」
「私も!」
シロコとセリカがすぐに膝をつき、翔の身体を支える。
その間に先生は手持ちの応急処置用品を取り出し、左肩の出血を押さえた。
騒ぎを聞きつけたホシノも顔を上げる。
「……翔くん?」
先生たちに支えられている翔の姿を見て、表情が凍りついた。
「翔くん!」
思わず立ち上がろうとしたが、まだ身体には十分な力が戻っていない。足元がふらつき、すぐそばにいたアヤネが慌てて支えた。
「ホシノ先輩!」
「でも、翔くんが……!」
その声に、ノノミも身体を起こそうとする。
「……翔さん?」
「ノノミ先輩も、まだ動いちゃ駄目です!」
アヤネは二人を支えながら、先生へ目を向けた。
先生は翔の肩へ応急処置を施すと、すぐにアヤネへ声を掛けた。
「アヤネ、地上へ連絡して。翔が意識を失ったことと、ホシノとノノミもまだ満足に動けないことを伝えて。救護の準備をお願い」
「はい!」
アヤネが端末を操作する。
少しの雑音の後、通信が繋がった。
「こちらアヤネ! ホシノ先輩の救出に成功しました! ただ、負傷者が出ています。至急、救護の準備をお願いします!」
通信の向こうから、アコの声が返ってきた。
『了解しました! 現在、搬入口は確保しています。そちらの位置を教えてください!』
「地下の大型搬送ホールです。地上へ続く昇降機の手前まで来ています!」
『昇降機ですね。こちらでも制御系統を確認します!』
アヤネは短く礼を告げ、通信を切った。
「先生、地上でも昇降機を動かせないか調べてくれるそうです!」
「ありがとう。こっちでも確認しよう」
先生はシロコとセリカに翔を任せると、搬送ホールの奥へ目を向けた。
貨物用昇降機の扉は、依然として閉ざされている。
壁際の操作盤には、赤い停止表示が灯っていた。
「……まだ動かないか」
アヤネも端末を確認するが、昇降機の制御は中央管制室によって停止されたままだった。
理事を倒したからといって、基地の警備システムまで解除されたわけではない。
「先生」
シロコが声を掛ける。
「別の道、探す?」
「うん。アヤネ、近くに通れそうな経路はある?」
「少し待ってください」
アヤネは施設図を確認し、搬送ホールの周辺を調べ始めた。
先生はその間に、シロコとセリカが支えている翔へ目を向ける。
意識はまだ戻らない。
ホシノもノノミも、無理をさせられる状態ではない。
これ以上ここへ留まれば、カイザーの増援が現れる可能性もあった。
何としても、別の脱出経路を見つけなければならない。
その時だった。
搬送ホールの脇に設けられた小さな扉から、短い電子音が聞こえた。
先生が振り返る。
普段は設備保守員しか使用しないらしい、細い通路へ続く扉だった。
認証装置の表示が赤から緑へ切り替わり、ゆっくりと扉が開いていく。
「……あれ?」
先生が目を凝らす。
扉の向こうから姿を現したのは、作業着を着た一人の研究員だった。
彼は周囲の様子を窺いながら搬送ホールへ顔を出し、先生たちを見つけると、驚いたように足を止めた。
そして、シロコとセリカに支えられている翔の姿を見て、さらに目を見開いた。
「……あの人は……!」
研究員はしばらく翔を見つめていたが、やがて何かを決意したように、先生たちのもとへ歩き始めた。