青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
アビドス高等学校へ続く道を、黒い大型バイクが軽快に走っていた。
舗装された区間を抜け、ところどころ砂の浮いた道路へ入ると、翔は少しだけ速度を落とした。風紀委員会の整備班に足回りを調整してもらってから、この辺りの荒れた路面にもずいぶん慣れた。アビドス滞在中は調査や移動のために何度も通った道だが、今日は見える景色がどこか違って感じられる。
以前ここへ向かう時は、常に何かを考えていた。疑似メモリ兵器の流通経路、カイザーの動向、次に狙われるかもしれない相手。周囲の車両や人影にも無意識に注意を向けていた。
今日は違う。
調査の依頼もなければ、誰かに呼ばれたわけでもない。ただ以前交わした約束を果たすために、自分から遊びに来ただけだった。
「こういう理由で来るのは初めてか」
ヘルメットの中で小さく呟き、翔はアクセルを緩めた。
やがて見慣れた校舎が近づいてくる。
校門を抜けて敷地内の空いた場所へバイクを停めると、翔はエンジンを切り、ヘルメットを外した。以前ならジョーカーとの繋がりを悟られないため、学校の近くまでこのバイクで来ること自体を避けていた。
けれど今は、ここにいる皆がもう知っている。
風間翔が仮面ライダーであることも、このバイクを使っていることも。
それでも秘密を守ると約束してくれた。
人目を気にせずここまで乗って来られる。それ自体が、以前とは少し違う関係になった証のように思えた。
「あっ、翔さん!」
校舎の開いていた窓から声がする。
顔を出したアヤネが、停まったバイクと翔を見て笑顔になった。
「こんにちは。来てくれたんですね!」
「ああ。久しぶり」
「ちょっと待ってください。みんなにも声をかけてきます」
アヤネの姿が窓の向こうへ消えてから、さほど待たずに校舎の入口から何人もの足音が聞こえてきた。
「翔!」
最初に外へ出てきたのはセリカだった。
勢いよく近づいてきた彼女は、翔の顔を見た後、肩や腕にも視線を走らせる。
「怪我、もう本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。セナからも運動していいって言われたよ」
「肩も?」
「痛みも違和感もない。ちゃんと診てもらってから来てる」
そこまで聞いて、セリカはようやく少し安心したようだった。
「ならいいけど。前みたいな無茶はしないでよね」
「来て早々それかよ」
「前科があるでしょ」
「否定できないのがつらいな……」
後ろからノノミもやってくる。
「翔さん、お久しぶりです~。元気そうで安心しました」
「久しぶり、ノノミ。もう完全復活」
「それなら今日は思いきり楽しめますね」
「ほどほどにな」
「そこはちゃんと学習したんですね~」
やんわり刺され、翔は苦笑した。
少し遅れてホシノも姿を見せる。
「いやあ、翔くん。本当にまた来たねえ」
「何だよ、その言い方」
「別に~? ちゃんと約束を覚えてたんだなあって感心してるだけ」
「来るって言っただろ」
「うん。だから来たんだね」
ホシノはいつもの眠たげな笑みを浮かべていたが、その声にはどこか柔らかな響きがあった。
そして、その横からシロコが姿を見せる。
「翔」
「シロコ。久しぶり」
「ん。久しぶり」
彼女の隣には自分のロードバイクがあり、さらに少し離れたところにはもう一台、翔が使うためのロードバイクが用意されていた。
「それ、今日俺が乗るやつ?」
「ん。レンタルしておいた。身長は前に聞いてたから、サドルも大体合わせてある」
「そこまでしてくれたのか。ありがとう」
「ブレーキと変速も確認した。空気圧も問題ない」
「準備いいな」
「約束してたから」
シロコはごく自然に答えた。
翔が少し笑う。
「結構楽しみにしてた?」
「ん。楽しみにしてた」
迷いのない返事だった。
予想以上に素直に言われ、逆に翔の方が一瞬言葉に詰まる。
「……そっか」
「翔は?」
「俺も楽しみにしてたよ。怪我が治ったら来ようと思ってたくらいには」
「ん」
シロコの耳が僅かに動く。
それだけだったが、少し嬉しそうなのは分かった。
翔は用意されたロードバイクへ近づき、軽く跨がって位置を確認した。サドルもほぼ合っており、大きく調整する必要はなさそうだった。
「問題なさそう」
「よかった」
「今日はよろしく。ロードバイクはまったくの初心者だから、そこだけ頼む」
「分かった。最初はゆっくり走る。翔のペースを見てから上げる」
「助かる」
そこまで話したところで、翔はふと周囲を見回した。
「そういえば先生は?」
「先生も誘ったんです」
アヤネが答える。
「翔さんが来るなら、予定が合えば先生もどうですかって。でも、今はミレニアムの方で忙しいらしくて」
「ミレニアム?」
「はい。少し前から、向こうの生徒の相談に付きっきりみたいです。今日も難しいって連絡がありました」
「先生も相変わらず忙しいよねえ」
ホシノがのんびりと続ける。
「こっちが落ち着いたと思ったら、今度はミレニアムだもん」
「先生ですからね~」
ノノミが笑う。
翔も軽く笑ったが、頭の片隅では別のことを考えていた。
先生が少し前からミレニアムに付きっきり。
時期を考えれば、ある程度は想像がつく。
おそらく今頃、ゲーム開発部を巡る一連の出来事が進んでいるのだろう。
モモイ、ミドリ、ユズ。
そして、アリス。
どこまで進んでいるかまでは分からない。だが、先生が長くミレニアムに滞在しているなら可能性は高い。
ただ、翔の知る限り、あの辺りの出来事にはカイザーもゲマトリアも本来深く関わってこない。これまでガイアメモリに関する大きな事件を引き起こしてきた連中が絡まないなら、メモリ関連の騒動へ発展する可能性は低いはずだった。
とはいえ、自分が存在している時点で、すでにいくつもの出来事が変化している。
知っている流れだからと決めつけて、何かを見落とすのは避けたかった。
「シロコ、悪い。出る前にちょっと先生へ連絡してもいいか?」
「ん。大丈夫」
「すぐ終わらせる」
「急がなくていい。準備は終わってるから」
「ありがとう」
翔は少し離れた場所へ移動し、端末を取り出した。
* * *
数回の呼び出し音の後、先生は思ったより早く応答した。
『もしもし、翔?』
「先生。今大丈夫?」
『うん。ちょうど一段落したところ。どうしたの?』
声の向こうに慌ただしさはない。少なくとも、今すぐ危険が迫っているような様子ではなさそうだった。
「アビドスに来たら、先生がミレニアムにいるって聞いたから」
『ああ、うん。しばらくこっちに来てるよ』
「生徒の相談?」
『そんな感じ。ちょっと色々あってね』
詳しい話はしなかったが、隠しているというほど不自然な調子でもない。
翔は少し迷ってから尋ねた。
「カイザーっぽい連中が出てきたり、見たことない兵器が出てきたりはしてないよな?」
『今のところは全然ないよ』
「そっか」
『何か気になることでもあった?』
「いや。先生がずっとミレニアムにいるって聞いたから、一応な」
『心配してくれたんだ』
「そりゃするだろ。先生、撃たれたら普通に危ないんだから」
『翔に言われると複雑だなあ』
「俺はちゃんと完治してから遊びに来てる」
『偉い』
「子供扱いするなよ」
向こうで先生が笑った。
その声を聞き、翔も少し肩の力を抜く。
『こっちは大丈夫だよ。ちょっと手のかかる子たちに付き合ってるだけだから』
「先生がそういう言い方すると、大体その子たちのこと気に入ってる時だよな」
『そんなことある?』
「ある」
『そっかあ』
否定する気があるのかないのか分からない返事だった。
「何かあったら連絡してくれ。ガイアメモリ関係なら俺にも分かることはあるし」
『うん。その時は頼るね』
「ならいい」
『それより翔、今日はシロコとの約束でしょ?』
「よく覚えてるな」
『前に聞いたからね。せっかくアビドスまで行ったんだから、私のことばっかり気にしてないで楽しんできなよ』
「……分かったよ」
『あと、自転車でも安全運転で』
「怪我人扱いはもう終わっただろ」
『怪我してなくても安全運転はするものだよ』
「それは正論」
『でしょ?』
最後に軽く挨拶を交わし、翔は通話を切った。
先生本人が大丈夫だと言っている以上、今はこちらから首を突っ込む理由はない。何でも自分が動かなければならないわけではないし、先生には先生の役目がある。
なら、今日は自分の約束を果たせばいい。
戻ると、シロコがヘルメットを手に待っていた。
「先生、大丈夫だった?」
「ああ。特に危ないことは起きてないって」
「ならよかった」
「待たせたな」
「大丈夫。じゃあ行こう」
翔もヘルメットを被る。
「一応もう一回言っとくけど、バイクと違ってロードバイクはまったくの初心者だからな」
「分かってる。最初は市街地をゆっくり走る。慣れてきたら少し速度を上げる」
「よし。そのくらいなら安心した」
「無理そうなら言って」
「分かった」
後ろからセリカが声を飛ばす。
「シロコ先輩、ちゃんと翔に合わせてよ!」
「ん。そのつもり」
「翔も意地張って無理についていこうとしないでよね!」
「信用ないな、俺」
「病み上がりなんだから当然でしょ!」
そこでセリカはふと思い出したように続けた。
「あと、私この後は柴関のバイトだから。帰りに寄るんでしょ?」
「ああ。そのつもり」
「ならちゃんと来なさいよ。この前、また食べに来るって言ったんだから」
「分かってるよ。そっちの約束も忘れてない」
「……ならいいけど」
セリカは少しだけ満足そうに頷くと、すぐにいつもの調子へ戻った。
「でも、遅くなりすぎたら混むからね」
「店員らしい忠告だな」
「店員なんだから当然でしょ」
ノノミとアヤネが笑いながら二人を見送る。
「いってらっしゃい、翔さん、シロコちゃん」
「気をつけて行ってきてください」
「夕方までには戻っておいでよ~」
ホシノがひらひらと手を振る。
「分かった」
「ん。行ってくる」
二人は並んで校門を出た。
* * *
最初のうちは、本当にゆっくりだった。
シロコは市街地の交通量や路面の状態を見ながら先導し、交差点では早めに速度を落とす。翔もロードバイク特有の軽い車体と前傾姿勢を確認しながらペダルを回していた。
しばらく走ると、徐々に身体が動きへ馴染んでくる。
エンジンの振動も音もなく、自分の脚で踏み込んだ分だけ車体が前へ進む。バイクとはまったく違う感覚だった。
「どう?」
並んで走るシロコが尋ねる。
「思ってたより面白い。バイクとは全然違うな」
「どこが?」
「一番は、自分の身体でそのまま走らせてる感じかな。アクセルを回す代わりに、踏んだ分だけ速度が出る」
「ん。そこがいい」
「あと静かだな。走ってても周りの音がよく聞こえる」
「車とか風の音も分かりやすい。路面の状態も感じやすい」
「普段からそういうの見ながら走ってるのか?」
「ん。安全のためにも必要だから」
少し進むと市街地を抜け、交通量の少ない道へ入った。シロコは一度翔の様子を確認してから速度を少しだけ上げる。
「このくらいなら?」
「大丈夫」
「じゃあしばらくこのペース」
「了解」
並んで走りながら、翔はふと口を開いた。
「シロコって、目的地がなくても自転車乗るの?」
「乗る。走ること自体が好きだから」
「やっぱりそうなんだな」
「翔はバイクでそういうことしない?」
「するよ。目的地を決めないで適当に走る時もある」
「ん。同じ」
「乗ってるものは全然違うけどな」
「でも、走ってる時間が好きなのは同じ」
シロコの言葉に、翔は少し笑った。
「確かに」
機械としてはまるで違う。けれど、どこかへ着くためではなく、そこへ至る時間そのものを楽しむ感覚はよく分かった。
「今度はもっと遠くまで行ってみる?」
「もう次の話?」
「今日走ってみて、翔がどのくらい走れるか分かったから」
「なるほど。ちなみにシロコ基準で今の俺は?」
「初心者よりは走れる。でも長距離はまだ分からない」
「結構ちゃんとした評価だな」
「だから、今日の後半も見て決める」
「試験されてるみたいだな」
「違う。次に一緒に走るルートを考えてるだけ」
「……もう次も行く前提なんだな」
「駄目?」
「いや。俺も行きたい」
「ん。じゃあ決まり」
シロコはそれだけ言うと前を向いた。
ほんの僅かに嬉しそうに見えた。
* * *
途中、二人は砂漠を見渡せる高台で自転車を止めた。
日陰へ腰を下ろし、水分を補給する。走行中は風のおかげで気にならなかったが、止まると額に汗が滲んでいるのが分かった。
「思ったより運動量あるな」
「ロードバイクだから楽な方」
「それをシロコに言われると基準が分からない」
「今日はかなり抑えてる」
「……それは分かりたくなかった情報だな」
翔が苦笑しながら水を飲む。
しばらく景色を眺めていたシロコが、ふと翔の左肩へ視線を向けた。
「肩、本当に平気?」
「ああ。今のところ全然問題ない」
「痛くなったらすぐ言って」
「分かった。もう治ってるけど、無茶はしないよ」
「ん」
シロコは素直に頷いた。
「今日、走れるようになるまで待ってたから」
「結構楽しみにしてたんだな」
「ん。約束した時から」
「……そんな前から?」
「約束なら、果たすまでは残るでしょ?」
彼女にとっては当たり前のことらしい。
翔はその答えに少しだけ笑った。
「そうだな。俺も覚えててよかった」
「忘れてたら、連絡するつもりだった」
「どうやって?」
「『約束、いつ?』って聞く」
「直球だな」
「その方が早い」
「確かに」
こういうところはシロコらしい。
妙に遠回しにせず、必要ならそのまま聞く。
「でも、連絡する前に来た」
「ああ」
「だからよかった」
シロコはそう言って、もう一口水を飲んだ。
「次も来る?」
「さっき次のコースの話したばっかりだろ」
「確認」
「来るよ」
「ん」
その答えに満足したのか、シロコは小さく頷いた。
休憩を終え、翔が立ち上がる。
「そろそろ戻る?」
「ん。でも帰りは別の道を使う」
「柴関に寄りやすい方?」
「そう。セリカにも言われたから」
「じゃあ遅くならないうちに行くか」
「ん」
朝の時点で柴関へ寄ることは決めている。シロコもそれを前提に帰路を組んでいたらしい。
「そういうところまで考えてたんだな」
「せっかくなら走りやすい道の方がいいから」
「助かる」
二人は再び自転車へ跨がった。
帰り道は、行きより少しだけゆっくりだった。
* * *
柴関ラーメンの暖簾が見えてきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
二人で店の前に自転車を停めて鍵をかけ、暖簾をくぐる。
「いらっしゃい。お疲れ」
バイト中のセリカがトレーを片手に二人を迎えた。
「ちゃんと来たわね」
「朝に行くって言っただろ」
「分かってるわよ。確認しただけ」
セリカは翔の顔を見てから、今度はシロコへ視線を向ける。
「どうだったの、シロコ先輩?」
「楽しかった」
「翔を無茶なコースに連れていってない?」
「今日は翔のペースを見ながら走った」
「なら大丈夫そうね」
「俺本人にも聞いてくれない?」
翔が横から言うと、セリカは少し笑った。
「じゃあ翔は?」
「楽しかったよ。ロードバイクも思ってたより面白かった」
「そう。それならよかった」
そこでセリカは少しだけ間を置き、いつもの調子で続ける。
「それと、柴関にもちゃんと来たし」
「そっちも約束だったからな」
「……うん」
今度の返事は少しだけ小さかった。
「まあ、約束守ったんだから今日はサービスしてあげてもいいけど」
「何か付くの?」
「水のおかわりくらいなら」
「いつも無料だろ」
「細かい!」
シロコが二人のやり取りを見て、僅かに口元を緩めた。
「ほら、二人とも座って。今ちょうど空いてるから」
「ん」
厨房から柴大将も顔を出した。
「おお、翔くんじゃないか! 久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「元気そうだな。怪我はもういいのかい?」
「はい。完全に治りました」
「そりゃ良かった。今日は仕事じゃないんだろ?」
「普通に遊びに来ました」
柴大将は嬉しそうに笑った。
「それが一番だ。好きなもん食ってきな」
「ありがとうございます」
席に座ると、シロコがメニューを開く。
「翔、何にする?」
「前と同じで塩かな。走った後だし大盛りにする」
「私も塩」
「やっぱり?」
「ん」
セリカが注文を取りながら二人を見る。
「次も走るの?」
「ああ。もう約束した」
「早っ」
「まだコースは決めてない」
「シロコ先輩、完全に次も行く気じゃない」
「ん」
「翔も?」
「俺も行きたいって言ったからな」
「……そっか」
セリカは一瞬だけ二人を見てから、注文を書き留める。
「じゃあ次は、帰りにまた柴関寄れば?」
「おっ、商売上手だな」
「別にそういう意味じゃないわよ!」
言い返しながら、セリカは注文を厨房へ伝えに行った。
ほどなくして運ばれてきたラーメンは、走った後ということもあって以前よりさらに美味く感じられた。
二人が食べ始めてしばらくすると、入口の扉が開く。
「こんにちは~」
聞き覚えのある声に振り返ると、ノノミ、アヤネ、ホシノが揃って入ってきた。
「お、やってるねえ」
「みんな来たのか」
「翔さんたちが柴関に寄る予定だったので、私たちもお昼を食べようということになりまして」
アヤネが説明する。
「セリカちゃんもいますし、これでみんな揃いますね~」
「私は仕事中なんだけど!」
厨房側からセリカの声が飛ぶ。
「休憩になったら一緒に食べようよ~」
「ホシノ先輩は気楽に言うんだから……」
文句を言いながらも、声音はどこか楽しそうだった。
ホシノたちも席につき、ほどなくしていつもの面々で一つのテーブルを囲む形になる。
「で、どうだったの?」
ホシノが翔とシロコを交互に見る。
「楽しかったよ。自転車も思ったより面白かった」
「ん。翔はちゃんと走れた」
「何か採点されてない?」
「次にどのくらいの距離を走れるか考えるため」
「ほら、やっぱり採点されてるじゃん」
「違う」
「シロコちゃん、もう次の予定を考えてるんだねえ」
ホシノが面白そうに笑う。
「ん」
シロコは否定しない。
ノノミも嬉しそうに笑った。
「こうしてみんなで普通にご飯を食べるの、何だか久しぶりな感じがしますね~」
「前に来た時は、ここでも調査の話ばっかりしてたもんな」
「土地のことやカイザーのこともありましたからね」
アヤネも苦笑する。
「今日はそういう話なし?」
ホシノが聞く。
「なし」
翔は即答した。
「今日は遊びに来たんだから」
「おお~、翔くんがちゃんと休んでる」
「俺を何だと思ってるんだよ」
「無茶する高校生?」
「そう言われると字面の通りだな……」
ノノミがくすくす笑う。
やがてセリカも休憩に入り、エプロンを外して席へ加わった。
「翔、今日はこの後どうするの?」
「特に決めてない。夕方くらいまではいるつもり」
「だったら、少し学校でゆっくりしていったら?」
「いいのか?」
「遊びに来たんでしょ。別に追い返したりしないわよ」
「それならそうするかな」
「せっかくですし、また今度はみんなでもどこかへ行きたいですね~」
ノノミの言葉に、アヤネも頷く。
「そうですね。今日はシロコさんと翔さんの約束が中心でしたし、次は全員で何かできたら楽しそうです」
「先生も一緒に?」
シロコが尋ねる。
「できればそうしたいですね。最近はミレニアムの方で忙しそうですけど」
「まあ、そのうち予定も空くでしょ~」
ホシノはのんびりそう言いながら、ラーメンの麺を啜った。
「翔くんもまた来るんだろうしねえ」
「何だよ、その確定事項みたいな言い方」
「違うの?」
「……来るけど」
「ほら」
ホシノが満足そうに笑う。
「シロコとの次の約束もできたし、柴関にもまた来る流れになってるしな」
「なら決まりですね~」
ノノミが嬉しそうに笑う。
具体的に何をするかも、いつにするかも決まってはいない。ただ、また集まることだけは、もう皆の中で自然な前提になっているようだった。
そんなやり取りを眺めながら、翔はふと笑った。
以前は、次に何をするか考える余裕すらなかった。誰かが狙われ、何かが起こり、目の前の問題を解決するだけで一日が終わっていた。
今日は違う。
シロコとの約束を果たしたばかりなのに、もう次に一緒に走る話をしている。
柴関へもう一度来るというセリカとの約束も果たしたのに、その場でまた来ることが当たり前のように話されている。
「翔?」
セリカに呼ばれ、翔は顔を上げる。
「何笑ってるの?」
「いや。何でもない」
「変なの」
「いいだろ、別に」
「まあいいけど」
翔は残っていたスープを一口飲み、向かいにいる皆を見た。
「約束って、一個果たすとまた増えるんだな」
ぽつりと口にすると、シロコがこちらを見る。
「ん。それでいいと思う」
「そうだな」
今日ここへ来た時には、二つの約束を果たすつもりだった。
それが帰る頃には、もう新しい約束が増えている。
先生は今ここにはいない。きっとミレニアムで、別の生徒たちと向き合っているのだろう。
なら、自分は自分の約束を大切にすればいい。
そして、また会いに来ればいい。
以前なら当たり前だと思っていたはずのことが、今は少しだけ特別に思えた。