青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
第73話 勇者と宝の地図
ミレニアムサイエンススクールの休日は、平日とそれほど変わらない。
校舎のあちこちでは研究活動が続けられ、実験棟からは時折、何かの装置が動く音が聞こえてくる。広い敷地を行き交う生徒たちの中には、休日を利用して自分の研究に没頭している者も少なくなかった。
もっとも、ゲーム開発部の部室には、そうした研究施設とは少し違う賑やかさがあった。
「うわあああっ! 何でそっちから攻撃してくるのーっ!?」
休日のゲーム開発部に、少女の悲鳴が響き渡った。
画面の中では、巨大なボスが振り下ろした武器によって、操作していたキャラクターが地面へ叩きつけられている。残りわずかだった体力が消し飛び、無情にもゲームオーバーの文字が表示された。
「だから言ったでしょ、お姉ちゃん。あの攻撃の後は、反対側からもう一回来るんだって」
「分かってたよ! 分かってたけど、回避が間に合わなかったの!」
「さっきも同じこと言ってたよ……」
「ミドリ! そこは励ましてよ!」
才羽モモイがコントローラーを握ったまま抗議すると、隣に座る双子の妹、ミドリは困ったように笑った。
「もう。じゃあ、次は私がやってみてもいい?」
「むむっ……。いいよ! でも、私より先にクリアしちゃ駄目だからね!」
「そんなの無理だよ、お姉ちゃん」
二人がそんなやり取りを交わしている少し離れた場所では、花岡ユズが携帯ゲーム機を手に静かに遊んでいた。
時折、モモイの大きな声に肩を揺らしているものの、画面からはほとんど目を離さない。どうやら、こちらも難しい場面に挑戦しているらしい。
そして、部室の一角では、天童アリスが机の上にいくつもの品物を並べていた。
「回復アイテム、よし! 携帯端末、よし! お財布も、ちゃんとあります!」
自分で持ってきた小さな鞄を開き、必要なものを一つずつ確かめていく。
今日は、前から楽しみにしていた休日のクエストへ出掛ける予定だった。
ゲームであれば、冒険へ旅立つ前の準備は非常に重要だ。回復薬を忘れればダンジョンの奥で苦労するし、装備を整えずに強敵と遭遇すれば、パーティー全体が危険に晒されるかもしれない。
もっとも、今日の目的地は、まだ決まっていなかった。
「むむ……。何か忘れている気がします」
アリスは鞄の中身をもう一度確認した。
携帯端末には十分な充電が残っている。モモイたちと連絡を取ることもできるし、道に迷った時には地図も確認できる。
お財布にも、ちょっとした買い物ができる程度のお金を入れてきた。
そして、もし街で困っている人を見つけたら、すぐに助けられるように準備も万端だ。
「……はい! 準備完了です!」
満足そうに頷き、鞄を肩へ掛けた。
「モモイ! ミドリ! ユズ! アリスはこれから、クエストへ出発します!」
「ん? ああ、今日は街に行くって言ってたっけ」
モモイが画面から顔を上げた。
「はい! まだ見ぬ冒険を探しに行くのです!」
「いいなあ。何か面白いものがあったら、写真撮ってきてよ!」
「もちろんです!」
アリスが元気よく頷くと、ミドリもこちらへ振り向いた。
「アリス、ちゃんとお昼は食べてね。それから、あんまり遠くまで行かないこと。知らない場所に行く時は、先に連絡してよ?」
「はい! アリスは、パーティーの仲間との約束を守ります!」
「あ、あと……人が多いところでは、走らない方がいいと思う……」
ユズが小さく付け加えた。
「了解しました! 街中でのダッシュは禁止ですね!」
「う、うん。気をつけてね……」
アリスは三人に向かって、元気よく手を振った。
「それでは、行ってきます!」
「いってらっしゃーい!」
「気をつけてね、アリス」
「い、いってらっしゃい……」
三人の声に見送られ、アリスは部室を後にした。
扉が閉まる直前、背後から再びモモイの声が聞こえてくる。
「ああっ!? ミドリ、ずるい! そこ、そんなふうに避けられるの!?」
「さっきから説明してるでしょ!?」
アリスは思わず笑顔になった。
今日もゲーム開発部は、とても賑やかだった。
* * *
ミレニアムの広い敷地を歩きながら、アリスは晴れ渡った空を見上げた。
休日とはいえ、校舎の周囲では多くの生徒たちが活動していた。実験棟へ急ぐ生徒もいれば、ベンチに腰を下ろして端末を操作している生徒もいる。
そんな光景を眺めながら、アリスはふと、初めてこの場所を訪れた時のことを思い出した。
あの頃の自分は、今のように街を歩くことも、こうして一人で冒険へ出掛けることも知らなかった。
何もない、静かな場所。
目覚めた時、目の前にはモモイとミドリ、そして先生がいた。
自分は、彼女たちが探していたものとは違っていたらしい。
それでも、モモイはアリスに名前を付けてくれた。
AL-1Sという、それまで自分を表していた識別名とは違う、みんなが自分を呼ぶための名前。
それが、アリスだった。
最初は名前を呼ばれることの意味も、今ほどよく分かっていなかった気がする。けれど、モモイやミドリが何度も呼んでくれるうちに、いつの間にか、それが自分自身の名前として当たり前になっていた。
アリスは自分の胸元へ手を当てた。
「……アリスは、ゲーム開発部のアリスです!」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いてみる。
今では、その言葉を口にすることが、とても嬉しかった。
もっとも、そこへ辿り着くまでには、色々なことがあった。
ゲーム開発部がなくなってしまうかもしれないと聞いた時は、どうして大好きなゲームで遊んでいるだけではいけないのか、よく分からなかった。
だからこそ、みんなでG.Bibleを探しに行った。
あの冒険も、本当に楽しかった。
知らない場所を歩き、いくつもの困難を乗り越え、仲間と一緒に目的のものを見つけ出す。
ゲームの中で何度も経験してきた冒険が、本当に自分たちの目の前で繰り広げられたのだ。
ただし、苦労して見つけたG.Bibleは、思っていたような万能の攻略本ではなかった。
あの時のモモイたちは、随分と落ち込んでいた。
けれど、そこに記されていたゲームへの愛情は、決して役に立たないものではなかったと、今のアリスは思っている。
それから、みんなで『テイルズ・サガ・クロニクル2』を作った。
モモイが新しいアイデアを思いついて、ミドリが困った顔をして、ユズが一生懸命に作業を進める。意見が合わなくなることもあったし、思うように完成しない日もあった。
アリスも、自分にできることを探して、みんなと一緒に頑張った。
そして迎えたミレニアムプライス。
受賞作品が発表されていく中で、なかなか自分たちのゲームの名前が呼ばれなかった時のことを、今でも覚えている。
あのままゲーム開発部がなくなってしまったら、みんなで集まる部室も、いつもの賑やかな時間も、終わってしまうかもしれない。
それが、アリスには何よりも悲しかった。
けれど、最後にはユウカがやってきて、特別賞を受賞したと教えてくれた。
驚き、喜び、泣きそうになりながら、みんなで笑い合ったあの日。
少なくとも、次の学期までゲーム開発部は活動を続けられる。
また、モモイたちと一緒にゲームを作ったり、遊んだりできるのだ。
アリスは、あの時に感じた喜びを思い出しながら、校門へ続く道を歩いていた。
今でも、ゲーム開発部のみんなは新しいゲームの話をしている。
次はどんなものを作ろうか。どんなゲームを遊ぼうか。
部室に戻れば、そんな話が聞こえてくる。
「……ふふっ」
アリスは自然と笑顔になった。
今日も、冒険が終わったら、あそこへ帰るのだ。
そう考えるだけで、足取りが少し軽くなった。
校門を抜け、商店街へ続く通りに差し掛かる。
今日の冒険では、どんなものを見つけられるだろう。
新しいゲームの参考になる風景かもしれないし、まだ知らない誰かとの出会いかもしれない。
アリスは期待に胸を膨らませ、休日の街へ歩き出した。
* * *
商店街は、昼前から大勢の人で賑わっていた。
道路の両側には、電子機器や日用品を扱う店のほかに、昔ながらの雑貨店や飲食店も並んでいる。新しい商品を宣伝する電子看板の隣に、手書きの品書きが掛けられているのが、何だか不思議だった。
アリスは、最初に目に留まった雑貨店を覗いてみることにした。
「……おお!」
店先には、小さな木製の置物や、色とりどりの石を使ったアクセサリーなどが並んでいた。
その中に、細い革紐で作られた、小さな袋があった。
「これは……アイテム袋です!」
アリスが手に取ると、店員の少女が笑いながら声を掛けてきた。
「それ、アクセサリーとかを入れる小物入れだよ」
「なるほど。つまり、小さなアイテムを保管するための装備ですね!」
「……まあ、そんな感じかな?」
アリスはしばらく袋を眺めていたが、今日は新しいクエストを探すのが目的だったことを思い出し、丁寧に元の場所へ戻した。
その後も、街を歩きながら気になったものを眺めていく。
古いゲーム機を扱う店では、モモイが喜びそうな珍しい機種を見つけた。書店の店先では、新作ゲームの攻略本が積み上げられており、ユズが持っていたゲーム機と同じものが表紙に描かれている。
ミドリが好きそうな画材も、別の店で見つけた。
アリスは携帯端末を取り出し、それぞれの店先を写真に収めた。
「ふふっ。みなさんに、お土産の情報がたくさんできました!」
買い物をしなくても、面白いものを見つけるだけで、今日の冒険は十分に楽しかった。
しばらく歩いたところで、アリスは小さな広場を見つけた。
そこにはベンチがいくつか設置され、木陰では生徒たちが飲み物を片手に談笑していた。
アリスも近くの店で軽食を買い、空いているベンチへ腰を下ろした。
「いただきます!」
温かいパンを一口食べる。
外側は少し香ばしく、中にはたっぷりと具が詰まっていた。
「……美味しいです!」
アリスは満足そうに頷き、もう一口頬張った。
ふと、広場の向こうを眺める。
小さな子供が親と手を繋ぎ、楽しそうに歩いていた。近くでは、友人同士らしい生徒たちが、買ったばかりの品物を見せ合っている。
今日は、何だか平和な一日だった。
「むむ……。これは、魔王を倒した後の世界なのでしょうか」
アリスはパンを食べながら、少し考え込んだ。
ゲームでは、大きな冒険を終えた後、平和になった街を歩くことがある。
助けた人々が笑顔になり、以前は入れなかった場所へ行けるようになる。新しいお店が開いていたり、思いがけない人物から話し掛けられたりすることもあった。
そういう時間も、アリスは好きだった。
大きな敵と戦うだけが、勇者の冒険ではない。
困っている人を助けたり、新しいものを発見したりすることも、きっと立派なクエストなのだ。
「……よし!」
アリスは残りのパンを食べ終え、ベンチから立ち上がった。
「引き続き、クエストを探索します!」
まだ見ぬ冒険を探して、アリスは再び商店街を歩き始めた。
* * *
商店街の奥まった一角には、周囲の新しい建物とは少し雰囲気の異なる店が並んでいた。
古びた看板を掲げた時計店や、木製の家具を並べた雑貨店。建物の壁には長い年月を感じさせる跡が残っており、店先に置かれた植木鉢からは、小さな花が顔を覗かせている。
そんな通りを歩いていたアリスは、一軒の古書店の前で足を止めた。
「……おお!」
店先には、分厚い本や古い雑誌が何冊も並べられていた。
今では見かけなくなったゲーム機の攻略本や、昔のミレニアムを紹介する写真集。ところどころ表紙が色褪せているものの、アリスにとっては初めて見るものばかりだった。
「これは……古代の書物が眠る図書館ですね!」
期待に目を輝かせ、店先へ近づく。
すると、店の奥から少し困ったような声が聞こえてきた。
「よいしょ……。おっと、これは……!」
顔を上げたアリスの目に、一人の犬の獣人男性が映った。
随分と年配の男性だった。鼻の上に眼鏡を掛け、古びたエプロンを身に着けている。
どうやら、店先へ新しい本を並べようとしていたらしい。両手で大きな段ボール箱を抱えていたが、中身が片側へ偏ってしまったのか、身体が大きく傾いていた。
「あっ……!」
男性が慌てて持ち直そうとした、その時だった。
箱の底を留めていたテープが剥がれ、中に入っていた本が何冊も地面へ落ちた。
「ああ、しまった……!」
男性は箱を抱えたまま、困ったように足元を見つめている。
アリスは迷わず駆け寄った。
「おじいさん! 大丈夫ですか!?」
「おや……。ああ、大丈夫だよ。ただ、少し困ったことになってしまってね」
「アリスがお手伝いします!」
男性が返事をするより早く、アリスは足元へしゃがみ込んでいた。
散らばった本を一冊ずつ拾い、落ちた時に折れてしまったページがないか確かめる。
「おやおや。ありがとう、お嬢ちゃん」
「問題ありません! 困っている人を助けるのは、勇者の仕事です!」
「勇者?」
「はい! アリスは勇者です!」
アリスは自信満々に頷いた。
男性は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに柔らかく笑った。
「ははは。なるほど。今日は勇者様に助けてもらえるわけだ」
「お任せください!」
アリスは本を拾い集めながら、ふと、その表紙へ目を留めた。
色褪せた装丁の本には、見たことのない植物の絵が描かれている。
「……おお! これは魔導書でしょうか!?」
「いやいや。昔の植物図鑑だよ」
「植物図鑑……。つまり、薬草を探すための知識が詰まっているのですね!」
「まあ、そういう使い方もできるかもしれないねえ」
男性は楽しそうに笑った。
地面へ落ちていた本を拾い終えると、アリスは箱の底が抜けかけていることに気づいた。
「むむ……。この宝箱は、耐久値が残り少ないようです」
「そうなんだよ。長いこと使っていたからね」
「では、新しい箱が必要です!」
アリスの提案に、男性は頷いた。
「店の奥に空の箱があるんだが、持ってきてもらえるかな?」
「はい!」
男性に案内され、アリスは店内へ入った。
中は、外から見た以上に本で溢れていた。
壁際には天井近くまで本棚が並び、通路にはまだ整理されていない箱がいくつも置かれている。紙と木の混ざった独特の匂いが漂い、奥の窓から差し込む日差しが、棚に並ぶ本の背表紙を照らしていた。
アリスは思わず、辺りを見回した。
「……すごいです! 本が、こんなにたくさん!」
「ははは。長いこと店をやっていると、どうしても増えてしまってね」
「ここには、どれくらいの知識が眠っているのでしょうか……!」
アリスが感心していると、男性は店の奥に置かれた空の箱を指差した。
「あれを使おうか」
「了解しました!」
アリスは箱を運び、先ほど拾い集めた本を入れ直した。
重い本をまとめて持ち上げようとしたところで、男性から、表紙を傷めないように少しずつ運んでほしいと頼まれる。
「なるほど……。貴重なアイテムの運搬には、慎重さも必要なのですね」
「そのとおり。特に古い本は、一度傷んでしまうと元には戻せないからねえ」
アリスは真剣な顔で頷き、それからは一冊ずつ、丁寧に本を運んだ。
すべての本を戻した頃には、店先も元どおりになっていた。
「ふう……。これで全部かな」
男性は本の並んだ箱を確認し、満足そうに頷いた。
「いやあ、本当に助かったよ。ありがとう」
「はい! クエスト完了です!」
アリスは嬉しそうに両手を上げた。
男性はそんな彼女を眺めてから、何か思いついたように口を開いた。
「そういえば、お嬢ちゃん。さっきから勇者とかクエストとか言っているけど、冒険が好きなのかい?」
「もちろんです!」
アリスは力強く頷いた。
「アリスは毎日、新しい冒険を探しています! 困っている人を助けたり、まだ行ったことのない場所へ行ったりするのです!」
「なるほどねえ。じゃあ、宝探しなんかも好きなのかな?」
「……宝探し!」
その言葉に、アリスの目が輝いた。
「はい! 宝箱を見つけるのは、勇者の大切な仕事です!」
「ははは。そうか、そうか」
男性は愉快そうに笑い、それから店の奥へ目を向けた。
「それなら、ちょっと待っていてくれるかい。君に見せたいものがあるんだ」
「……?」
アリスは不思議そうに首を傾げた。
男性は本棚の間を抜け、奥にある古い整理棚の前へ向かった。
いくつかの引き出しを開けたり閉めたりしながら、何かを探しているらしい。
「確か、この辺りに……。ああ、あったあった」
しばらくして戻ってきた男性の手には、一つの古い封筒が握られていた。
「昔、古本をまとめて仕入れた時に、何冊かの本と一緒に入っていたものなんだけどね」
「これは……?」
「開けてごらん」
アリスは封筒を受け取った。
中には、何度も折り畳まれた一枚の紙が入っていた。
破らないように気をつけながら、ゆっくりと広げる。
現れたのは、古びた地図だった。
「…………!」
アリスは目を丸くした。
紙の上には、山や川を表す細い線が描かれている。その間を縫うように何本かの道が伸び、地図の中央から少し離れた場所には、四角い建物のようなものも記されていた。
そして、その建物を囲むように、赤い丸印が付けられている。
「こ、これは……!」
アリスは地図を持つ手に力を込めた。
「宝の地図です!!」
思わず上げた大きな声に、店の外を歩いていた生徒が何事かと振り向いた。
男性も少し驚いた後、楽しそうに笑った。
「ははは。宝があるかどうかは分からないけどね。ずっと店に置いてあったものだし、君が気に入ったなら、持っていっておくれ」
「……いいのですか!?」
「ああ。君みたいに喜んでくれる人が持っていた方が、きっといいだろうからね」
アリスは改めて地図へ目を向けた。
今までゲームで何度も見てきた、宝の地図。
古い紙に描かれた道を辿り、誰も知らない場所へ向かう。その先には、伝説の武器や貴重なアイテムが眠っているかもしれない。
それが、今、本当に自分の手の中にある。
「……ありがとうございます!!」
アリスは深々と頭を下げた。
「アリスは、この地図に記された場所を、必ず見つけ出します!」
「おやおや。随分と気に入ってくれたんだねえ」
「はい! 最高のクエスト報酬です!」
男性は嬉しそうに微笑んだが、すぐに少しだけ真面目な顔になった。
「ただ、随分と古い地図だからね。今も同じ道があるとは限らないし、建物が残っていたとしても、危ない場所かもしれない。そこだけは気をつけるんだよ」
「分かりました! 勇者は、準備を怠りません!」
アリスは力強く頷いた。
そして地図を丁寧に折り畳むと、封筒へ戻し、大切そうに鞄へしまった。
「それでは、おじいさん! アリスはパーティーの仲間に、この地図を見せてきます!」
「ああ。気をつけて帰るんだよ」
「はい! ありがとうございました!」
男性に手を振り、アリスは古書店を後にした。
店を出てからも、鞄の中に入れた地図のことが気になって仕方がなかった。
これは、きっとみんなも喜んでくれる。
モモイなら、今すぐ冒険に出掛けようと言い出すかもしれない。ミドリなら、地図をじっくり調べて、どこにある場所なのか考えてくれるはずだ。
ユズも、きっと興味を持ってくれるだろう。
「……ふっふっふ!」
アリスは満足そうに笑った。
今日のクエストは、大成功だった。
* * *
「みなさん! 大変です!!」
ゲーム開発部の扉が勢いよく開いた。
「うわっ!? な、何!?」
突然の声に驚き、モモイがコントローラーを取り落としそうになる。
その隣では、ミドリがびっくりしたように顔を上げていた。
「アリス? どうしたの、そんなに慌てて」
「ふっふっふ……!」
アリスは得意げに笑い、鞄へ手を入れた。
「アリスは、本日のクエストで、とんでもないアイテムを入手してしまったのです!」
「……アイテム?」
「はい!」
アリスは古い封筒を取り出し、中に入っていた地図を机の上へ広げた。
「なんと……宝の地図です!!」
「…………」
モモイは一瞬、目を丸くした。
そして。
「えええっ!? 宝の地図!?」
勢いよく立ち上がり、机へ駆け寄ってきた。
「ちょっと見せて! 本物!? どこで手に入れたの!?」
「街で困っていたおじいさんを助けたら、お礼にいただいたのです!」
「うわっ! 何それ! 完全にクエストの報酬じゃん!」
「はい! アリスもそう思います!」
二人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。
ミドリは少し呆れたように息を吐いたが、机に広げられた地図を見ると、興味を示したように身を乗り出した。
「……へえ。でも、随分と古い地図みたいだね」
「でしょ!? 絶対、何か隠されてるよ!」
「お姉ちゃん、まだ宝があるって決まったわけじゃ……」
「えーっ、でも見てよ、この赤い丸! 絶対に何かあるって!」
モモイが指差したのは、地図の中央付近に描かれた建物だった。
周囲には何本かの道が伸びているものの、地名らしい文字はほとんど読み取れない。
ユズもゲーム機を置き、恐る恐る机へ近づいてきた。
「あ、あの……。これ、どこの地図なのかな……?」
「むむ……。アリスにも分かりません!」
「じゃあ、まずはそこから調べないとね」
ミドリはそう言って、携帯端末を取り出した。
画面に現在の地図を表示し、古い地図と見比べてみる。
「……山の形とか、川の位置が分かれば、ある程度は絞り込めそうだけど」
「おっ! さすがミドリ!」
「まだ何も分かってないよ、お姉ちゃん」
ミドリは苦笑しながら、地図の端に小さく描かれた川へ目を向けた。
アリスも隣から地図を覗き込む。
「……むむ。この川は、途中で大きく曲がっていますね」
「そうなんだよね。これと似ている川があれば……」
ミドリは携帯端末を操作し、ミレニアム周辺の地図を少しずつ拡大していった。
すると、山間部の一角で、その指が止まる。
「……あれ?」
「ん? どうしたの?」
「この川の曲がり方……。もしかして、ここじゃないかな」
ミドリが表示したのは、ミレニアムの外縁部にある山間の一角だった。
現在の地図には緑地が広がり、古い地図に描かれた建物や道は確認できない。
「おおっ! それっぽい!」
モモイが身を乗り出す。
「じゃあ、ここに宝があるかもしれないってこと!?」
「うーん……。でも、これだけじゃ正確な場所は分からないかな。それに、昔の地図だから、地形が変わっている可能性もあるし」
ミドリは画面を操作し、今度は周辺の地形図を表示した。
山の斜面や川の位置を見比べながら、古い地図に描かれた道が、現在のどこに当たるのかを考えているらしい。
ユズも少しだけ身を乗り出した。
「あ、あの……。この道、途中で途切れてるけど……」
「ん? どれ?」
「こ、ここ……。今の地図だと、道がなくなってるみたい……」
ユズが指差した場所には、古い地図では一本の道が描かれていた。
しかし、現在の地図では、その辺り一帯が緑地になっている。
「……本当だ」
ミドリは少し考え込んだ。
「昔は道があったけど、今は使われていないのかもしれないね」
「おおっ! それって、隠し通路じゃん!」
モモイが嬉しそうに声を上げた。
「隠し通路……!」
アリスも目を輝かせた。
「つまり、ダンジョンへの入口ですね!」
「いや、まだそうと決まったわけじゃ……」
ミドリが苦笑する。
けれど、地図に描かれた道と、現在の地形を見比べているうちに、彼女自身も少しずつ興味を引かれているようだった。
「……でも、確かに気になるね」
「でしょ!? 絶対、面白そうな場所だよ!」
モモイは興奮した様子で、地図へ顔を近づけた。
ユズはそんな二人を眺めながら、少し不安そうに口を開いた。
「あ、あの……。でも、もし本当に古い施設だったら、危ないかもしれないよ……?」
その言葉に、モモイの動きが止まった。
「……あ」
ミドリも頷いた。
「そうだね。建物が残っていたとしても、勝手に入っていい場所とは限らないし」
「むむ……」
アリスも、古書店の男性から言われたことを思い出した。
古い地図だから、今でも同じ道が残っているとは限らない。
建物が残っていたとしても、危険な場所かもしれない。
アリスは腕を組み、真剣な顔で考え込んだ。
「……つまり、今回のクエストには、慎重な準備が必要ということですね!」
「そういうこと!」
ミドリが頷いた。
すると、モモイが突然、何か思いついたように顔を上げた。
「あっ! そうだ!」
「……お姉ちゃん?」
「先生を誘おうよ!」
「先生を?」
「うん! 先生が一緒なら、知らない場所でも安心でしょ? それに、みんなで冒険した方が絶対楽しいし!」
ミドリは少し考えてから頷いた。
「そうだね。立ち入りできる場所かどうかも、先生と相談した方がいいと思う」
「せ、先生が一緒なら、私も……」
ユズも小さく頷いた。
アリスは満面の笑みを浮かべ、両手を上げた。
「賛成です! 先生をパーティーに加えましょう!」
こうして、ゲーム開発部の次の冒険は、先生を誘うところから始まることになった。
* * *
その日の夕方。
シャーレの執務室で、先生は机の上に積まれた書類を整理していた。
ようやく一段落ついたところで、携帯端末が着信を知らせる。
「……ん?」
画面を確認すると、ゲーム開発部からのビデオ通話だった。
「おっ。みんなからだ」
先生は嬉しそうに笑い、通話を繋いだ。
「はーい。もしもし?」
『先生!!』
「うわっ!? モモイ!?」
画面いっぱいに映し出されたモモイの顔に、先生は思わず身体を仰け反らせた。
『先生! 大変なんだよ!』
「な、何? どうしたの?」
『私たち、宝の地図を手に入れたんだ!』
「……宝の地図?」
先生は目を瞬かせた。
すると、画面の端から、今度はアリスが顔を覗かせた。
『はい! アリスが本日のクエストで入手した、貴重なアイテムです!』
「おお……。それは、なかなか面白そうだね」
先生は少し興味深そうに身を乗り出した。
「それで、その地図はどこで手に入れたの?」
『はい! アリスが、困っていたおじいさんからいただいたのです!』
アリスは胸を張り、今日の出来事を説明し始めた。
古書店の前で荷物が崩れ、本が散らばってしまったこと。その片付けを手伝ったところ、お礼として古い地図を譲り受けたこと。そして、地図には今の案内図では確認できない道や建物が描かれていること。
先生は一通り話を聞くと、嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。アリス、困っている人を助けてあげたんだね」
『はい! 勇者の仕事です!』
「ふふ。そっかあ。偉いね、アリス」
先生に褒められ、アリスは満足そうに笑った。
すると、モモイが再び画面の中央へ顔を出した。
『それでね! 先生!』
「うん?」
『私たちと一緒に、宝探しに行こうよ!』
「……おお!」
先生の表情が、ぱっと明るくなった。
「宝探しかあ……。それは、ちょっと楽しそうだね」
『でしょ!? 絶対、何かあるって!』
モモイが期待に目を輝かせる。
先生は少し考えた後、笑って頷いた。
「うん。私も行ってみたいな」
『やったーっ!!』
『クエスト受注です!!』
モモイとアリスが、同時に歓声を上げた。
その隣で、ミドリが慌てて口を挟む。
『あ、あの、先生! まだ正確な場所が分かったわけじゃなくて……』
「ああ、そっか。じゃあ、まずは地図を見せてもらえる?」
『はい!』
アリスは机に広げていた地図を、カメラの前へ持ち上げた。
画面に映った古い紙を、先生は興味深そうに眺める。
「……へえ。随分と古そうな地図だね」
『そうなんです。現在の地図と見比べてみたんですけど、まだ正確な場所までは分からなくて……』
ミドリが説明すると、先生は頷いた。
「なるほどね。じゃあ、まずはそこを調べないといけないかな」
『先生も、そう思いますか?』
「うん。せっかくみんなで出掛けるんだから、安全に楽しみたいしね」
先生は地図の写真を送ってもらい、自分の端末でも確認した。
赤い丸印が付けられた建物。
その周囲には何本かの道が描かれているものの、現在の地図には同じものが見当たらない。
「……ふむふむ。確かに、ちょっと気になる場所だね」
先生は画面を眺めながら、少し考え込んだ。
地形の特徴からすれば、ミレニアムの外縁部にある山間の一角が候補になりそうだ。
けれど、現地に古い建物が残っているとしても、誰かが管理している施設かもしれない。
まずは、立ち入りできる場所かどうか確認する必要があるだろう。
「よし。じゃあ、みんな。少し準備をしようか」
『準備?』
モモイが首を傾げた。
「そう。地図の場所をもう少し詳しく調べて、今も使われている施設じゃないか確認する。それから、必要なものも用意しておこう」
『おおっ! 冒険の準備ですね!』
アリスが嬉しそうに頷いた。
「うん。そういうこと!」
先生は笑って答えた。
「それに、ユズも言ってたみたいに、古い建物だったら危ないかもしれないしね。無理に奥まで入る必要はないから、まずは安全に見られるところまで行ってみよう」
『は、はい……!』
ユズがほっとしたように頷いた。
すると、モモイが勢いよく手を上げた。
『じゃあ、先生! 私たちも、今から準備しておくね!』
「うん。よろしくね」
『ふっふっふ……! 絶対、すごい宝を見つけてみせるんだから!』
モモイの宣言に、アリスも力強く頷いた。
『はい! アリスたちの新たな冒険が始まります!』
先生はそんな二人を眺めながら、楽しそうに笑った。
「ふふ。じゃあ、私も楽しみにしてるね」
通話を終える前に、先生はアリスへもう一度声を掛けた。
「アリス」
『はい!』
「今日は、いいクエストができたね」
アリスは一瞬、目を瞬かせた。
それから、満面の笑みを浮かべた。
『はい! 最高のクエストでした!』
「そっか。じゃあ、次の冒険も、みんなで楽しもうね」
『もちろんです! 先生も、パーティーの大切な仲間です!』
先生は嬉しそうに頷き、四人に手を振った。
通話が終わると、画面には再び、いつもの執務室が映し出された。
「……宝探しかあ」
先生は椅子の背もたれへ身体を預け、少しだけ笑った。
アビドスでの出来事が一段落してから、こうして生徒たちと仕事以外の時間を過ごせる機会が増えた気がする。
ゲーム開発部のみんなとも、また新しい思い出が作れそうだった。
「……うん。楽しみだねえ」
先生は送ってもらった地図をもう一度眺め、今度の休日に向けて、必要な確認を始めることにした。
* * *
通話を終えたゲーム開発部では、早くも次の冒険について話し合いが始まっていた。
「よーし! 先生も来てくれることになったし、絶対に宝を見つけようね!」
モモイが勢いよく拳を突き上げる。
「お姉ちゃん、まずは場所を調べないと……」
「分かってるって! でも、今から楽しみじゃん!」
ミドリは呆れながらも、その表情には笑みが浮かんでいた。
ユズも、机の上に広げられた地図を眺めながら、小さく頷いている。
「……み、みんなと一緒なら、ちょっと楽しみかも……」
「もちろんです!」
アリスは嬉しそうに答えた。
「今回も、パーティー全員でクエストを攻略しましょう!」
そう言ってから、地図に描かれた赤い丸印へ目を向ける。
その先には、一体何が待っているのだろう。
宝箱だろうか。
それとも、まだ誰も知らない隠しダンジョンだろうか。
もしかすると、新しい仲間との出会いが待っているのかもしれない。
そんな想像を膨らませていると、モモイがアリスの肩を軽く叩いた。
「ねえ、アリス!」
「はい!」
「今度の冒険、絶対面白くなるよ!」
アリスはモモイの顔を見た。
その隣にはミドリがいて、少し離れた場所では、ユズが地図を眺めている。
みんなと一緒にいられる。
みんなで、また新しい冒険へ出掛けられる。
それが何よりも嬉しかった。
「はい! アリスも、そう思います!」
アリスは満面の笑みを浮かべた。
こうして、勇者アリスの新たな冒険が、静かに動き始めた。
古びた地図に描かれた赤い丸印。
その場所に何があるのか、今の彼女たちはまだ何も知らない。
けれど、アリスにとって、それは大した問題ではなかった。
未知の場所へ向かい、仲間と一緒に新しいものを発見する。
それこそが、勇者の冒険なのだから。