青の記録 ―二つの記憶が交わる時― 作:きままに投稿
リアルの仕事が年末にかけて忙しいのと、構成を練りながら話を作っていくので単純に今までより時間が掛かります。
AIに投げて全部いい感じに作ってくれればいいんですけど・・・完全に任せると何処かしら違和感があったり流れが平坦で事務的だったりするんですよね。
そこらへんをブラッシュアップしながらの作成になるので、まぁ気長にお待ち下さい。
約束の日の朝、ミレニアムサイエンススクールのゲーム開発部は、いつもより少し早い時間から賑わっていた。
「飲み物、よし! お菓子、よし! 携帯ゲーム機、よし! 予備の携帯ゲーム機も、よし!」
「……お姉ちゃん。今日はゲームをしに行くんじゃないんだよ?」
机の上に荷物を広げていたモモイへ、ミドリが呆れたように声を掛けた。
「分かってるって! でも、電車とかバスの中で暇になったらどうするの?」
「景色を見るとか、お話するとか、色々あると思うけど……」
「それとこれとは別なの! ほら、移動時間も立派な冒険の一部でしょ?」
「そういうものかなあ……」
ミドリは小さくため息をついたが、それ以上は何も言わなかった。昔から、姉がこういう時にどれだけ張り切るかはよく知っている。
もっとも、今日ばかりは自分も少し浮かれていた。
先日、アリスが街の古書店で手に入れた一枚の地図。そこには現在の地図に載っていない道と、正体不明の建物らしきものが描かれていた。先生も交えて調べた結果、目的地と思われる場所はミレニアムの外縁部にある山間地帯まで絞り込めている。
だから今日は、ゲーム開発部の四人と先生で、その場所を探しに行くことになったのだ。
「むむ……。ミドリ、これはどうでしょうか?」
机の反対側から声が掛かった。
振り向くと、アリスが二つの鞄を前にして考え込んでいた。
「こっちは持ち運びやすいのですが、あまりアイテムが入りません。もう一つは収納力に優れていますが、長い冒険では少々不便かもしれません」
「えっと……。今日は山道も歩くから、小さい方がいいと思うよ。荷物が重いと疲れちゃうし」
「なるほど! 今回は機動力を優先するのですね!」
アリスは大きな鞄を片づけ、必要なものだけを小さい方へ移し始めた。
地図、携帯端末、飲み物。それから、ちょっとしたお菓子とハンカチ。
荷物の中には、先日古書店を訪れた際に撮影した珍しいゲーム機の写真も保存されている。帰ってきたら、モモイたちとまたその話をするつもりだった。
「……あ、あの。アリス、これも持っていかない?」
その様子を見ていたユズが、小さな懐中電灯を差し出した。
「懐中電灯ですか?」
「う、うん……。もし本当に古い建物があったら、暗いところもあるかもしれないし……」
「おお! ダンジョン探索の必須アイテムですね!」
アリスは嬉しそうに受け取った。
「ありがとうございます、ユズ! これで暗闇への対策も万全です!」
「そ、そんなに大したものじゃないけど……」
ユズは照れくさそうに笑った。
そんな二人のやり取りを眺めながら、ミドリは古い地図を広げた。何度も折り畳まれていた紙は少し傷んでいるものの、川や山の輪郭はまだはっきり読み取れる。
そこへ、モモイが勢いよく顔を近づけた。
「ねえねえ、ミドリ! やっぱりここ、秘密基地だったりするのかな?」
「どうだろう。昔の研究所とか、倉庫とか……。でも、本当に建物が残っているかも分からないんだよ?」
「えー、絶対に何かあるって! だって、わざわざ赤い丸まで付けてあるんだよ?」
「それ、ただの場所の目印かもしれないでしょ」
「夢がないなあ、ミドリは!」
モモイが頬を膨らませたところで、部室の扉が軽く叩かれた。
「おはよう、みんな。もう準備できた?」
「あっ、先生!」
現れたのは、シャーレの先生だった。
今日は山道を歩くこともあって、普段よりも動きやすそうな服装をしている。肩には少し大きめの鞄を掛け、片手には携帯端末を持っていた。
「先生! アリスは、すでに出発の準備を終えています!」
「おお、さすが勇者。準備が早いね」
「はい! いつでもクエストを開始できます!」
アリスが胸を張ると、先生は笑いながら四人の顔を見渡した。
「じゃあ、出発前に一つだけ確認しておこうか。昨日、ユウカにも相談して、あの辺りの立ち入り状況を調べてもらったんだ」
「おっ! 何か分かったの!?」
モモイが身を乗り出す。
「うん。地図にある川の近くまでは、今も散策路が整備されてるみたい。途中の展望台や休憩所も普通に使えるそうだよ」
「じゃあ、行けるんだ!」
「少なくとも、そこまではね。ただ、古い地図に描かれた建物については、今のところ情報が見つかってないんだ。土地の管理状況も、そこだけははっきりしなくて」
先生は机の上の地図を見ながら続けた。
「だから今日は、まず散策路から場所を探してみよう。もし建物を見つけても、勝手に中へ入ったり、機械を動かしたりするのは駄目だからね」
「はーい!」
モモイが元気よく返事をする。
すると、アリスも真剣な表情で頷いた。
「了解です! 勇者は、ダンジョンへ入る前に安全確認を行います!」
「うん。そういうこと。あと、道が悪かったり、危なそうだったりしたら、途中でも引き返すからね」
先生はそう言ってから、悪戯っぽく笑った。
「まあ、目的地が見つからなくても、みんなでお弁当を食べて帰れば、それはそれで楽しい遠足になると思うし」
「先生! 始まる前から諦めちゃ駄目だよ!」
「あははっ。ごめんごめん」
モモイに抗議され、先生は笑いながら両手を上げた。
その後、五人は荷物を持ち、部室を後にした。
「よーし! 今日こそ、絶対にお宝を見つけるぞー!」
「おーっ!」
モモイに続き、アリスも元気よく拳を突き上げる。
ミドリとユズは顔を見合わせ、思わず笑った。
こうして、ゲーム開発部と先生の新しい冒険が始まった。
* * *
ミレニアムの中心部を離れるにつれて、車窓の景色は少しずつ変わっていった。
最新式の研究施設や高層の建物が遠ざかり、代わりに緑地や背の低い建物が増えていく。電車からバスへ乗り換える頃には、遠くに見えていた山々も随分と近くなっていた。
「おお……! 先生、見てください!」
窓際の席に座ったアリスが、目を輝かせた。
「山です! とても大きいです!」
「本当だね。街からそんなに離れてないのに、景色が全然違うなあ」
先生も窓の外へ目を向けた。
青々とした山の斜面が、緩やかな起伏を描きながら遠くまで続いている。道路の脇には背の高い木々が立ち並び、その間からは時折、細い川が見え隠れしていた。
「ねえねえ、アリス。もし本当に宝箱があったら、中には何が入ってると思う?」
前の座席から、モモイが振り向いた。
「むむ……。伝説の剣でしょうか。それとも、貴重な魔法の道具でしょうか!」
「私は、昔のゲーム機とかがいいなあ!」
「お姉ちゃん、それだったら古い倉庫に行った方が見つかりそうだけど……」
ミドリが苦笑する。
「でも、もし研究施設だったら、昔の機械とかが残ってるかもしれないね」
「でしょ!? 昔のゲーム機も、今とは全然違う仕組みだったりするじゃん!」
モモイは楽しそうに笑った。
アリスも二人の会話を聞きながら、まだ見ぬ目的地へ思いを巡らせていた。
古い地図に描かれていた、赤い丸印。
そこには一体、何があるのだろう。
何もない場所かもしれない。建物があったとしても、すでに取り壊されているかもしれない。
けれど、アリスは不思議とがっかりする気がしなかった。
こうして仲間たちと一緒に、まだ知らない場所へ向かっている。
それだけで、今は十分に楽しかった。
「……ふふっ」
アリスは窓の外を眺めながら、自然と笑みをこぼした。
やがてバスは、山間部にある小さな停留所へ到着した。
五人が降りると、街中よりも少し涼しい風が頬を撫でた。道路の向こうには緑の斜面が広がり、どこからか川の流れる音も聞こえてくる。
「うわあ、空気が違うね!」
モモイが大きく伸びをした。
「お姉ちゃん、まだ歩いてもないのに疲れたみたいなことしないでよ?」
「違うよ! 冒険の前の準備運動!」
「はい! 準備運動は大切です!」
アリスも真似をして腕を伸ばす。
その隣でユズが小さく笑い、先生は携帯端末で現在地を確認した。
「さてと。散策路の入口は、ここから少し歩いたところみたいだね。まずは、そこまで行こうか」
「了解です!」
五人は歩き始めた。
道路から少し入ると、周囲の建物は途切れ、木々に囲まれた遊歩道が現れた。
入口には古びた案内板が立っている。そこには散策路と展望台、休憩所の位置が描かれ、山道での注意事項も記されていた。
「……ふむふむ」
先生は案内板を確認し、地図の写真と見比べた。
「まずは川沿いの道を進んで、途中の展望台を目指そうか。そこからなら、山の形もよく分かるだろうし」
「先生! 展望台ということは、周囲のマップを確認できる場所ですね!」
「そうそう。高いところから見れば、何か手掛かりが見つかるかもしれないよ」
「なるほど! では、まずは展望台の攻略です!」
アリスが嬉しそうに頷いた。
五人は案内板を後にし、整備された遊歩道へ足を踏み入れた。
* * *
川沿いの遊歩道は、思っていた以上に歩きやすかった。
道の片側には木製の柵が設けられ、その向こうを澄んだ水が流れている。反対側には緑の斜面が広がり、頭上では木々の枝が重なり合っていた。
時折、枝葉の隙間から差し込む日差しが、足元にまだらな模様を描いている。
「……おお! 見てください、ミドリ!」
アリスが道端で立ち止まり、小さな花を指差した。
「これは、回復薬の材料になる植物でしょうか?」
「えっ? うーん……。どうだろう。私も、植物にはあんまり詳しくないかな」
「ふふ。写真を撮っておいて、あとで図鑑で調べてみる?」
先生が提案すると、アリスは嬉しそうに頷いた。
「はい! フィールドで発見したアイテムは、図鑑に登録するのです!」
アリスはしゃがみ込み、携帯端末で花の写真を撮った。
その隣では、モモイが川の向こうを眺めている。
「ねえ、先生。あっちにも道があったりするのかな?」
「どうだろう。今の地図には載ってないみたいだけど……」
先生は古い地図を広げ、現在の地形図と見比べた。
アリスが手に入れた地図には、川の両側に細い道が描かれている。しかし、今も使われているのは、五人が歩いているこちら側の遊歩道だけらしかった。
「この辺り、昔はもう少し人が通ってたのかもしれないね」
「……あっ。先生、ここ」
ミドリが古い地図を指差した。
「今の川と、曲がり方が少し違うみたいです」
「本当だ」
先生も改めて地図へ目を向ける。
古い地図では、川は大きく曲がりながら山の裾を流れている。しかし、現在の地図では、その一部が真っすぐになっていた。
護岸工事か、長い年月の間に起きた地形の変化か。理由は分からないが、少なくとも昔と今とでは、川の流れ方が違うらしい。
「むむ……。地形が変わるとは、なかなか厄介なダンジョンですね」
アリスが真剣な顔で呟いた。
「地図に描かれた道も、今はなくなってる可能性があるってことだよね」
ミドリが考え込む。
すると、今まで黙って二つの地図を覗き込んでいたユズが、遠慮がちに口を開いた。
「あ、あの……。だったら、川じゃなくて、山の形を目印にした方がいいんじゃないかな……」
「山の形?」
「う、うん。川は場所が変わってるかもしれないけど、あの山の形は、そんなに変わってないと思うし……」
ユズが指差したのは、道の向こうに見える、少し変わった形の山だった。
頂上が二つに分かれており、その間に浅い窪みがある。周囲の山とは違い、遠くからでも見分けやすかった。
「あっ! 確かに!」
ミドリが声を上げた。
「この地図にも、似た形の山が描かれてる!」
「おおっ! ユズ、すごいじゃん!」
モモイが嬉しそうに振り向く。
「えっ? わ、私は、ちょっと思いついただけで……」
ユズは慌てたように首を振ったが、アリスは満面の笑みを浮かべた。
「素晴らしい発見です、ユズ! これで地図の精度が向上しました!」
「……あ、ありがとう、アリス」
少し照れくさそうに笑うユズを見て、先生も頷いた。
「よし。じゃあ、あの山を目印にしてみようか。展望台からなら、周りの地形も確認しやすいはずだしね」
五人は再び歩き始めた。
途中、木製の橋を渡り、緩やかな坂道を登っていく。道の周囲には背の高い木々が増え、街の喧騒はすっかり遠ざかっていた。
しばらくして、先頭を歩いていたモモイが声を上げた。
「あっ! 先生、あれじゃない!?」
木々の向こうに、小さな展望台が見えていた。
五人は最後の坂道を登り、少し開けた場所へ出た。
眼下には、先ほど歩いてきた川と、その周囲に広がる山林が見える。
遠くには、ユズが目印にした二つの頂上を持つ山も、はっきりと確認できた。
「……おお!」
アリスは展望台の柵へ近づき、目を輝かせた。
「絶景です! マップの全体像が見えてきました!」
「わあ、結構高いところまで来たんだね!」
モモイも隣に並び、眼下を眺める。
ミドリは携帯端末を取り出し、古い地図と現在の地形を見比べ始めた。
先生もその隣へ立ち、周囲の山並みを確認する。
「……うん。あの山の形は、確かに一致してるみたいだね」
「じゃあ、やっぱり、この辺りで間違いないんだ!」
モモイが嬉しそうに声を上げた。
しかし、その後で辺りを見回し、少しだけ首を傾げた。
「……あれ?」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「いや……。建物、なくない?」
モモイの言葉に、ほかの四人も改めて眼下の景色を眺めた。
見えるのは、どこまでも続く木々と、その間を縫うように流れる川。ところどころに岩肌が露出しているものの、建物らしいものは一つも見当たらなかった。
「……本当だね」
ミドリは少し困ったように呟いた。
「地図だと、この辺りのはずなんだけど……」
「もしかして、もう取り壊されちゃったのかなあ」
先生がそう言うと、モモイは残念そうに肩を落とした。
「ええーっ! ここまで来たのに!」
「まだ、そうと決まったわけじゃないよ。森の中に小さな建物があったら、ここからは見えないかもしれないしね」
先生は周囲の山林を眺めながら続けた。
「そもそも、この地図に描かれている四角い印が、どのくらいの大きさの建物なのかも分からないからね」
「……確かに」
ミドリが頷いた。
アリスも古い地図へ目を向けた。
赤い丸印は、確かにこの辺りを示している。
けれど、その中に描かれている建物らしき図形は、随分と小さかった。
「……むむ」
アリスは腕を組み、真剣な顔で考え込んだ。
「これは、隠されたダンジョンの可能性があります!」
「……アリス、それはどういうこと?」
ミドリが尋ねる。
「はい! ゲームでは、隠しダンジョンの入口が、岩や木々の陰に隠されていることがあります! 遠くから見ただけでは、見つからないのです!」
モモイは一瞬、目を丸くした。
そして、ぱっと顔を輝かせた。
「……それだ!」
「えっ?」
「そうだよ! 秘密の場所だったら、遠くから見えないようになってるかもしれないじゃん!」
モモイは興奮した様子で地図を覗き込んだ。
「ほら、この赤い丸の近く! 小さな印があるでしょ!? これが何かの目印なんじゃない!?」
ミドリも身を乗り出した。
確かに、建物らしき図形の近くには、小さな四角形と短い線が描かれていた。
ただし、それが何を意味するのかは分からない。
「……あれ?」
先生が、地図の端へ目を向けた。
「ちょっと待って。これ、もしかして……」
先生は展望台の周囲を見回した。
先ほど歩いてきた遊歩道。
川の向こう側に見えた、大きな岩。
そして、少し離れた場所にある、木々に覆われた山の斜面。
「……なるほど。もしかしたら、建物じゃなくて、入口の場所を示してるのかもしれないね」
「入口の場所?」
「うん。大きな建物があるなら、わざわざこんな小さな目印を描く必要もない気がするし」
先生は地図を指差した。
「それに、よく見ると、道はここで終わってるんだ。建物の周りを回るようには描かれてないでしょ?」
ミドリも改めて地図を確かめた。
「……あっ。本当だ」
「もしかしたら、入口そのものが、すごく小さいのかもしれないね」
その言葉に、アリスの目が輝いた。
「……つまり!」
アリスは満面の笑みを浮かべた。
「本当に、隠しダンジョンなのですね!」
「ははっ。まだ、そうと決まったわけじゃないけどね」
先生は笑いながら答えた。
その後、五人は展望台の近くにある休憩所へ移動し、少し早めの昼食を取ることにした。
木製のベンチへ腰を下ろし、先生が持ってきたサンドイッチやおにぎりを広げる。
モモイは早速、お菓子の袋も取り出していた。
「……お姉ちゃん。ご飯を食べてからにしなよ」
「分かってるって! これは食後のお楽しみ!」
そう言いながら袋を開けようとする姉を、ミドリは慣れた様子で止めた。
先生はそんな二人を眺めながら笑い、アリスへおにぎりを手渡した。
「はい、アリス。たくさん歩いたから、お腹すいたでしょ?」
「はい! ありがとうございます、先生!」
アリスは嬉しそうに受け取り、早速一口食べた。
山の方から吹いてくる風は涼しく、歩いてきた後の身体に心地よかった。
近くでは鳥が鳴き、木々の間からは川の流れる音も聞こえてくる。
「……ふう。こういうのも、たまにはいいねえ」
先生はサンドイッチを手に、周囲の景色を眺めた。
「みんなで遠足なんて、なかなかできないし」
「先生! これは遠足ではありません! 立派な冒険です!」
アリスが真剣な表情で訂正する。
「おっと、そうだった。失礼しました、勇者様」
先生が笑って頭を下げると、アリスも満足そうに頷いた。
その隣で、モモイは再び古い地図を広げている。
「でもさあ、ここまで来たからには、やっぱり何か見つけたいよね」
「うん。私も、ちょっと気になるかな」
ミドリが頷いた。
ユズも、おにぎりを手にしたまま、小さく口を開いた。
「……あ、あの。もし、本当に秘密の場所だったら……」
「うん?」
「入口も、普通の入口じゃないかもしれないよね……」
その言葉に、モモイが目を輝かせた。
「おおっ! ユズまで、ゲームみたいなこと言ってる!」
「えっ!? あ、いや、その……!」
慌てるユズを見て、ミドリは小さく笑った。
先生も古い地図へ目を向ける。
描かれているのは、山の形と、川と、今では使われていないらしい道。
そして、赤い丸印の内側にある、小さな四角形。
そこには、施設の名前も、建物の大きさも記されていない。
けれど、誰かがわざわざ、この場所までの道を描き残したことだけは確かだった。
「……うん。もう少し、探してみようか」
先生がそう言うと、四人の表情が明るくなった。
「ただし、散策路から大きく外れるのは駄目だからね。道の状態も見ながら、無理のない範囲で探そう」
「了解です!」
アリスが元気よく頷いた。
昼食を終えた五人は、改めて地図を確認し、展望台の周囲を調べ始めることにした。
* * *
展望台から少し引き返したところで、ミドリが立ち止まった。
「……あれ?」
「どうしたの、ミドリ?」
先生が振り向くと、ミドリは遊歩道の脇にある大きな岩を指差した。
「あの岩、地図に描かれているものと似てませんか?」
そこには、人の背丈よりも大きな岩が二つ、寄り添うように並んでいた。
一方は丸みを帯びているが、もう一方は上部が斜めに欠けており、遠くから見ると、二枚の板を立て掛けたようにも見える。
「……おおっ!」
アリスが歓声を上げた。
「確かに、地図にも似た岩があります!」
古い地図には、山の斜面へ続く道の途中に、二つの細長い図形が描かれていた。
最初は何を表しているのか分からなかったが、こうして実物を見ると、岩の形を示しているようにも思える。
「……じゃあ、この近くに、何かあるのかも!」
モモイが嬉しそうに周囲を見渡した。
先生も二つの岩へ近づき、その足元を確かめる。
岩の周囲には草木が生い茂り、ところどころに落ち葉が積もっている。ただ、その根元には、小さな石柱のようなものが半ば埋もれていた。
「……あっ。みんな、これを見て」
先生が指差すと、四人も近づいてきた。
石柱は膝ほどの高さしかなく、表面の大部分が苔に覆われている。しかし、上部には人工的に削られたらしい、細い溝が残っていた。
「……何だろう、これ」
ミドリが首を傾げる。
「むむ……。何らかの目印でしょうか」
アリスも興味深そうに覗き込んだ。
先生は古い地図を広げ、現在地と石柱の位置を見比べた。
そして、地図に描かれた小さな四角形へ目を留める。
「……ああ。もしかしたら、この石柱が、地図の目印なのかもしれないね」
「えっ!?」
モモイが勢いよく身を乗り出した。
「じゃあ、ここがゴール!?」
「まだ分からないけど、可能性はあるかな」
先生は石柱の溝が向いている方角へ目を向けた。
そこには、木々に覆われた山の斜面が広がっていた。
現在の散策路からは少し外れた場所だが、地面には、かつて道だったような平らな部分が続いている。
「……先生。あそこ、昔は道だったんでしょうか?」
ミドリが尋ねた。
「そうかもしれないね。でも、今はほとんど草に覆われてるみたい」
先生は散策路の案内板を確認した。
現在の地図には、その道らしきものは描かれていない。
どうやら、随分と昔に使われなくなったらしい。
「うーん……。このまま奥へ進むのは、ちょっと危ないかな」
先生がそう呟くと、モモイは残念そうに肩を落とした。
「えーっ! せっかく手掛かりが見つかったのに!」
「気持ちは分かるけどね。今は道が残っているかどうかも分からないし」
先生はそう言ってから、周囲をもう一度見渡した。
大きな岩。
半ば埋もれた石柱。
そして、その奥に広がる木々。
古い地図では、石柱のような印から建物らしき図形まで、ほとんど距離がなかった。
もし、この石柱が地図の目印なのだとしたら、目的地はすぐ近くにあるはずだ。
「……ん?」
その時、先生は、岩の向こう側にある斜面へ目を留めた。
周囲の地面は緩やかに傾いているが、少し離れた一角だけ、妙に平らになっている。
そこには低い木々が茂っており、奥の様子はよく見えなかった。
「……あれ?」
先生の視線に気づいたミドリも、同じ方角へ目を向けた。
「先生、あそこ……」
「うん。ちょっと、不自然だよね」
先生は地図を確かめた。
その場所は、石柱が示している方向とも、おおむね一致している。
ただし、そこへ向かう道が残っているのかは分からなかった。
「……少しだけ、道の状態を確認してみようか」
先生は四人へ振り向いた。
「足元が悪かったら、すぐに引き返すからね。みんな、私の後についてきて」
「了解です!」
アリスが元気よく頷いた。
先生を先頭に、五人は石柱の近くから、かつて道だったらしい場所を慎重に確かめ始めた。
幸い、石柱から先の地面は比較的平らだった。
草木は伸びているものの、大きな段差や急な斜面はない。長い年月の間に落ち葉が積もったらしく、足元には柔らかい土が広がっていた。
ほんの少し進むと、木々の向こうから、大きな岩壁が見えてきた。
「……あっ!」
アリスが足を止めた。
「先生! あそこです!」
岩壁の下には、周囲よりも少しだけ窪んだ場所があった。
ただ、それ自体は、ごく普通の自然の地形にも見える。
大きな岩が山の斜面から突き出し、その下に木々が生い茂っている。岩の表面には苔が広がり、ところどころから細い蔦が垂れ下がっていた。
「……何か、あるの?」
モモイが首を傾げる。
先生も最初は、何の変哲もない岩壁だと思った。
しかし、よく見てみると、岩の一部分に妙な違和感があった。
周囲の岩肌は不規則な形をしているのに、その場所だけ、わずかに平らになっている。
さらに、蔦の隙間から覗く灰色の表面には、細い直線が走っていた。
「……ちょっと待って」
先生は慎重に近づき、少し離れた場所から岩壁を観察した。
「これ……自然の岩じゃないかもしれない」
「えっ!?」
ミドリが驚いたように声を上げた。
先生の視線を追うと、確かに、岩壁の一部には人工的な継ぎ目のようなものが存在していた。
しかも、それは周囲の岩とほとんど同じ色をしている。
遠くから見れば、まず気づかないだろう。
「……おおっ!」
アリスの目が輝いた。
「これは、隠し扉です!!」
「うそっ!? 本当に!?」
モモイも勢いよく近づこうとしたが、先生が軽く手を上げた。
「ちょっと待ってね。まずは、周りを確認してからにしよう」
先生は岩壁の周囲へ目を向けた。
崩落の危険がありそうな大きな岩や、足元の深い穴は見当たらない。
ただ、岩壁そのものがどれほど古いものなのかは分からなかった。
先生は携帯端末で外観を撮影し、改めて古い地図を確認した。
石柱の位置。
二つの岩。
そして、地図の赤い丸印。
「……うん。場所は、ほぼ間違いなさそうだね」
先生がそう呟くと、モモイが両手を上げた。
「やったーっ! ついに見つけた!!」
「クエストの目的地へ到着です!!」
アリスも嬉しそうに歓声を上げる。
ミドリは驚いたように岩壁を眺め、ユズもその隣で、少しだけ目を丸くしていた。
「……本当に、あったんだね」
「う、うん……。でも、これ……」
ユズは少し不安そうに、周囲の岩壁へ目を向けた。
「……普通の建物には、見えないね」
先生も頷いた。
岩壁の一部に設けられた、ごく小さな入口。
外から見えるのは、それだけだった。
大きな建物も、施設名を示す看板もない。地図がなければ、この場所まで辿り着くこと自体が難しかっただろう。
何より、入口そのものが周囲の岩に溶け込むように作られている。
「……ずいぶん、徹底して隠してあるね」
先生は、小さく呟いた。
単に人が訪れない場所へ建てられた施設というより、最初から誰にも見つからないように造られた場所。
少なくとも、目の前の入口からは、そんな印象を受けた。
モモイは興味津々といった様子で、岩壁を眺めている。
「……ねえ、先生。これって、本当に秘密基地だったりするのかな?」
「どうだろうね。ただ、普通の倉庫や研究所だったら、ここまで隠す必要はない気もするかな」
「おおっ……!」
モモイはますます目を輝かせた。
一方、ミドリは、岩壁の表面へ目を向けていた。
「……でも、先生。これ、どうやって入るんでしょう?」
周囲の岩とほとんど同じ色をした入口には、取っ手らしきものが見当たらなかった。
ただ、蔦の隙間には、細い継ぎ目が走っている。
先生は少し考えた後、入口から距離を取り、携帯端末を取り出した。
「とりあえず、ユウカに連絡してみようか。ここまで隠してあるとなると、何か事情があるのかもしれないしね」
「……はーい」
モモイは少し残念そうだったが、大人しく頷いた。
アリスも、目の前の入口をじっと見つめながら、先生の隣へ戻ってきた。
地図に描かれていた場所には、確かに何かが存在していた。
しかし、それが何なのかは、まだ分からなかった。
* * *
『……山の中に、隠された入口ですか?』
携帯端末の向こうから、ユウカの驚いた声が聞こえてきた。
「うん。今、写真を送るね」
先生は撮影した写真と現在地の情報を送信した。
しばらくすると、端末の向こうで、何かを操作する音が聞こえ始めた。
『……確認しました。確かに、人工物のように見えますね』
「でしょ? でも、外から見えるのは、この小さな入口だけなんだ」
『……少なくとも、こちらで確認できる現在の施設情報には、該当するものがありません』
「そっかあ……」
先生は改めて岩壁へ目を向けた。
蔦と苔に覆われた入口。
その周囲には、施設を管理するための道路も、建物も見当たらない。
『先生。念のため申し上げますけど、勝手に中へ入らないでくださいね』
「うん。もちろん」
『特に、何の施設だったのかも分からない以上、危険な装置が残っている可能性もありますから』
「そうだね。とりあえず、今は外から見える範囲だけ調べてるよ」
『……分かりました。こちらでも、もう少し古い資料を確認してみます。何か分かったら、すぐに連絡しますので』
「ありがとう、ユウカ。助かるよ」
先生は通話を終え、四人へ向き直った。
「というわけで、今のところ、この場所については、まだ何も分からないみたい」
「……えーっ! じゃあ、中には入れないの!?」
モモイが残念そうに声を上げた。
「少なくとも、今すぐにはね。誰が作った施設なのかも分からないし、安全かどうかも確認できてないから」
「……うう。せっかく見つけたのに……」
モモイは肩を落とした。
ミドリはそんな姉の肩を軽く叩き、苦笑する。
「でも、場所は分かったんだから、また来ることもできるでしょ?」
「……あっ。そっか!」
モモイはぱっと顔を上げた。
「じゃあ、今度はちゃんと準備して、改めて探索すればいいんだね!」
「うん。そういうこと」
先生が笑って頷く。
アリスも満足そうに頷いた。
「なるほど! 今回はダンジョンの発見が目的だったのですね! 内部の攻略は、次回のクエストです!」
「ふふ。そういうことにしておこうか」
先生は笑いながら、改めて岩壁へ目を向けた。
その時だった。
「……あれ?」
ユズが、小さく声を上げた。
「……先生。あそこ、何か光ってませんか……?」
「ん?」
先生は、ユズが指差した場所へ目を向けた。
岩壁の一部に走る、細い継ぎ目。
その奥から、ほんのわずかに、淡い緑色の光が漏れていた。
「……本当だ」
ミドリも驚いたように呟いた。
先生は四人をその場に留まらせ、自分だけ少し近づいて、継ぎ目の奥を覗き込んだ。
岩壁に見えた部分は、どうやら周囲の地形に合わせて造られた覆いだったらしい。その一部がわずかにずれており、奥には金属製の壁が見えた。
さらに、その壁の向こうには、人が一人通れる程度の小さな空間が続いているようだった。
「……なるほど。やっぱり、入口だったんだね」
先生が呟く。
懐中電灯の光を向けると、奥には、小さな操作盤らしきものが設置されていた。
画面の一部には、今も淡い緑色の光が灯っている。
「……先生。何か見えますか?」
ミドリが尋ねた。
「うん。小さな部屋みたいなのがある。あと、機械が一つ……」
先生は、目を細めた。
操作盤の近くには、薄く汚れた金属板が取り付けられている。
その表面に、何かの文字が刻まれていた。
「……ん?」
先生は、少し角度を変えて懐中電灯を向けた。
そこには、小さな英字が記されている。
FOUNDATION X
「…………」
先生の表情が、わずかに変わった。
その名前には、見覚えがあった。
以前、アビドスで訪れたカイザーの施設。そこで目にした資料や機器に、同じ企業名が記されていたのだ。
まさか、こんな山奥で、再びその名前を見ることになるとは思わなかった。
「……先生?」
ミドリが、不思議そうに声を掛けた。
「ああ、うん。ちょっと気になるものを見つけてね」
「……気になるもの?」
「うん。前に、別の場所で見たことがある名前なんだ」
先生は、もう一度金属板へ目を向けた。
財団X。
カイザーの施設で、その名前を目にした時には、ここまで気に留めていなかった。
だが、今、目の前にあるのは、現在のミレニアムの記録にも残っていない、山中に隠された小さな施設だ。
そこで、同じ企業名を見つけた。
ただの偶然なのだろうか。
それとも、何か関係があるのだろうか。
今のところ、確かめる材料は何もない。
「……先生。どうしたの?」
モモイも近づいてきた。
先生は少しだけ考えた後、笑って首を振った。
「ううん。まだ、何とも言えないかな。とりあえず、これも写真に撮っておこうか」
先生は再び携帯端末を構え、金属板と周囲の設備を撮影した。
その時、操作盤の画面に表示されていた文字が、ふと目に入った。
汚れた透明な覆いの向こうに、小さな文字が並んでいる。
そのほとんどは読み取れなかったが、一部分だけは、はっきりと確認できた。
――休眠状態:維持。
「……休眠?」
先生は、小さく呟いた。
その言葉が、何を意味しているのか。
今はまだ、分からなかった。
ただ、目の前にある古い施設では、今も何らかの装置が動き続けているらしい。
長い間、人の手が入っていないように見える場所で。
山の奥深く、誰の目にも触れない場所で。
何かが、今も静かに眠っている。
「……先生!」
アリスが、元気よく声を掛けた。
「今回のクエストは、大成功ですね!」
先生が振り向くと、アリスは満面の笑みを浮かべていた。
「地図の場所も見つかりました! しかも、そこには、本当に隠されたダンジョンが存在していたのです!」
「……ふふ。そうだね」
先生は小さく笑った。
その隣では、モモイとミドリが、次に来る時には何を持ってこようかと話し合っている。ユズも、見つけた施設を興味深そうに眺めていた。
今日の冒険は、彼女たちにとって、忘れられないものになっただろう。
先生は、もう一度岩壁の奥へ目を向けた。
淡い緑色の光は、今も消えずに灯っている。
この施設が、何のために造られたのか。
誰が、何を隠そうとしていたのか。
そして、今も眠り続けているという、その何かは、一体何なのか。
答えは、まだ分からない。
先生は携帯端末に保存した写真を確認すると、四人へ向き直った。
「それじゃあ、みんな。今日はここまでにしようか。帰ったら、ユウカからも何か分かるかもしれないしね」
「はーい!」
モモイが返事をする。
アリスも元気よく頷いた。
「了解です! 次回のクエストに備えて、アリスも準備を整えます!」
五人は、もう一度小さな入口を眺めてから、来た道を引き返し始めた。
木々の間を抜け、再び散策路へ戻る。
山の奥には、誰にも知られず、長い間眠り続けていた小さな研究所が残されていた。
そして、そのさらに奥には、彼女たちがまだ知らない、もう一つの秘密が眠っている。
今はまだ、誰もその存在に気づいていない。
けれど、古びた地図に導かれた、小さな冒険。
その先に待っている出会いが、やがて彼女たちの日常を大きく変えていくことになるのだった。