よく聞け、いいか、ここをローマ帝国とする! 作:とくめいのネロ
忌避感ある方はお戻りださい。
エリア11。かつて「日本」と呼ばれていた極東の小国は、神聖ブリタニア帝国の圧倒的な軍事力の前に屈し、権利も、名前すらも奪われて久しい。
トウキョウ租界のすぐ隣に広がる不法居住区——旧新宿ゲットーは、凄惨な殺戮の舞台と化していた。
「——全機、掃討作戦を継続せよ。イレヴンは一匹たりとも逃すな」
無線から流れるブリタニア軍将校の冷徹な命令に、ブリタニア兵は躊躇なく従う。
飛び交うアサルトライフルの一斉射撃音。
逃げ惑う丸腰の住民たちが吐き出す絶望の悲鳴と、肉が潰れ、血が撒き散らされる不快な濡れた音。
その地獄の底のような惨状の中に、一人の少年が立っていた。
アッシュフォード学園に通う高校生——ルルーシュ・ランペルージ。
だがその正体は、幼き日に祖国を追われ、帝国の歴史から抹消された元第17皇位継承者、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであった。
「……くそっ! なぜだ……なぜこんな理不尽が許される……!」
銃を構え、自身を嘲るような笑みを浮かべているブリタニアの軍人を前に、ルルーシュは言葉を吐きつけた。
ことの始まりは、単なる偶然に過ぎなかった。
友人のリヴァルと共に賭けチェスを終えた帰り道、テロリストのトラックが事故を起こし、それに巻き込まれた。親切心から救出に向かったルルーシュは、トラックの荷台に積まれていた「毒ガス用カプセル」とされる謎の密輸品とともに、テロリストとブリタニア軍の戦闘に巻き込まれてしまった。
そこで彼を待っていたのは、軍による無差別の口封じ作戦と——カプセルの中から現れた、緑の髪を持つ謎の少女、C.C.(シーツー)であった。
C.C.を追うブリタニア軍兵士らに追いつめられ、銃口を突きつけられた絶体絶命の瞬間。少女はルルーシュの体に手を当て、精神の深淵へと直接語りかけてきた。
ルルーシュの心の叫びに応えるように、脳内に流れ込む膨大な情報と不可解な映像の濁流。
瞳の中に、赤く輝く鳥のような紋章——『ギアス』が宿った。
『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。
貴様たちは——―死ね!』
左目から、何者もあらがうことを許さない絶対遵守の力が羽ばたいた。
その羽ばたきが目から脳に情報として入る。それまで嘲笑を浮かべていたブリタニア軍兵士たちの瞳から理性が消え、赤く妖しく光りだす。
「イエス ユア ハイネス!!」
忠誠を誓う皇族に対する返事をし、彼らは機械的な動作で自身の頭部に自動小銃を押し当て、一切の躊躇なく引き金を引いた。
パン、パン、パンと乾いた銃声が鳴り響く。
頭部を打ち抜かれた、あるいは頭部を自ら打ち抜いた兵士たちが、人形のように崩れ落ちていく。
己の内に宿る悪魔――否、王の力に覚醒したルルーシュは、拾い上げた無線機を握りしめ、テロリストの影なる指揮官として動き出した。
ブリタニア軍を殺した後、別の女性軍人に見つかるハプニングがありつつも再びギアスの力によりその場からから脱出したルルーシュは、テロリストグループの通信に割り込み、自らをプレイヤーとして、テロリストをチェスの駒のように動かし始めた。
単なるブリタニア軍からの一方的な殺戮の場から、日本とブリタニアの戦争の場所へと自身が激化させた新宿ゲットーでの混乱に乗じ、単身で司令部に向かう。
自身の異母兄でもあり、エリア11総督、クロヴィス・ラ・ブリタニアと相対した。
クロヴィス自身による全体放送により、戦闘を止めさせ、未だに余裕があるクロヴィスに対し、ルルーシュは静かにヘルメットを脱ぎ、己の素顔を晒した。
「久しいな、クロヴィス兄上」
「ル、ルルーシュ……!? 生きていたのか……!? バカな、お前はナナリーと共に、日本で死んだはずでは……!」
脅えるクロヴィスに対し、ルルーシュは冷酷な眼差しで銃口を突きつけた。
「母さんを……マリアンヌ皇妃を殺したのは誰だ! ナナリーの目を奪い、足を奪った真犯人は誰なのか、知っていることをすべて話してもらおう!」
「し、知らん! 私は何も知らん! 本当だ、ルルーシュ! あれは本国の……皇帝陛下の意向で……!」
「嘘をつくな!」
ルルーシュの左目が、妖しく赤く光り輝く。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。質問に偽りなく答えよ!」
ギアスの光に囚われたクロヴィスは、意思を奪われ、虚ろな目でポツリポツリと語り始めた。マリアンヌ暗殺の裏に隠された不穏な影。
暗殺を黙認した本国の貴族たち。
そして、何一つ自分たちを守ろうとしなかった実の父親——第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの冷血さ。
「そうか……やはり、あの男か」
聞き出したい情報をすべて引き出したルルーシュは、冷ややかに銃の安全装置を外した。
質問に答え終わり、ギアスの光から解放されたかクロヴィスは、一瞬戸惑った様相を見せるも、今の現状をすぐさま理解し、目の前の異母弟に対し命乞いをした。
「待ってくれ、ルルーシュ! 助けてくれ! 私たちは異母兄弟だろう!? 昔のようにまたみんなで過ごそう……絵を描いてやる! そうだ! お前が生きているのなら同じく生きているのだろう! ナナリーもい……」
引き金が引かれた。
パン、と乾いた音が部屋に響き渡り、クロヴィスの身体が力なく床に倒れ込む。広がっていく鮮血。
ルルーシュは手に残る硝煙の匂いと、実の兄を手にかけるという重い罪悪感を胸に刻み込み、夜の闇へと姿を消した。
「……命を弄んだ罪は、命で支払うものだ。さようなら、クロヴィス」
ついに一線を越えた。もう戻れない。……だが、これでいい。
世界を壊し、再生させるために。
ルルーシュはそう決心した。
その後、ギアスによって人払いをしていた司令部から抜け出し、乗ってきたナイトメアフレームに乗り込んだルルーシュは、混乱する軍をすり抜けるよう、トウキョウ租界へと戻り、アッシュフォード学園の自室へと帰還した。
部屋に戻ってきたときには既に日は落ち、暗くなっていた。
疲弊した身体をベッドに投げ出し、手に入れた『ギアス』という絶対の力と、これから始まる果てしない反逆のシナリオを頭の中で組み立てていた。
妹ナナリーが平穏に暮らせる世界を作る。そのための第一歩は、犠牲を払いながらも確実に踏み出されたはずだった。
しかし、その時すでに地球の反対側で、己の予測を遥かに超える狂乱の嵐が、すでに吹き荒れていた
〇
翌朝。トウキョウ租界を覆う空は、昨夜の惨劇を嘘のように覆い隠す清々しい日本晴れであった。
珍しくルルーシュは深く寝てしまった。
普段であれば、登校の1時間前には起床し、支度等をしたのちにナナリーとの食事やニュース等を確認してからクラブハウスに向かう日常だった。
昨日のことを思うと、身体が悲鳴を上げていたのだろう。
朝起き、時計を見ると短針が普段より一つ進んでいた。
咲世子も声を掛けてくればいいのにと、一瞬頭によぎるが、すぐにその考えを掻き消した。
メイドの咲世子は基本的に体が不自由なナナリーの専属だ。
勿論、食事の用意や部屋の掃除など、兄である自身の世話をすることもあるが、基本的にはナナリーに関すること以外は放任的であり、普段起きる時間になっても起きてこないルルーシュの部屋に向かい、親のように甲斐甲斐しく起こすといったことはしないのだ。
その踏み込みすぎない関係性だからこそ、信頼がおけるという側面もあるため、それ以上のことは求めていない。
頭によぎった考えを切り捨て、手早く着替えを済ませる。
部屋を出ても人の気配はせず、ナナリーと咲世子はアッシュフォード学園の中等部にすでに登校したようだった。
朝の食事は机の上にルルーシュの分も用意されていたが、用意した咲世子には悪いと思いながら、ルルーシュは足早に生徒会室に向かうことを優先した。
部屋にあるテレビをつけ、昨日の新宿ゲットーのニュースがやっていないかといったことも気になるが、今は生徒会室に向かうことを優先した。
先日の事故現場から分かれてからリヴァルへの連絡も碌にできておらず、シャーリーに対しても緊急時とはいえ、中々不審な切り方の電話となってしまったので、弁明をする必要があると考えたからだ。
それに、生徒会室にも、テレビはある。
情報収集はそこですればいいと考えた。
ルルーシュが住むクラブハウスの一室から、生徒会室はすぐである。
生徒会室に近づくにつれ、ルルーシュは異様な空気を察知していた。
いつもなら、リヴァルの能天気な笑い声や、ミレイ会長の思いつきによるバカバカしいイベントの企画案、ニーナのパソコンを叩く静かな音が聞こえてくるはずの場所だ。
それだけではなく、ある程度は聞こえてくる、朝の部活中の他の生徒たちの喋り声やも聞こえない。
生徒会室のドアの向こうに立つと、漂ってきたのは、沈黙と、息を詰まらせるような圧迫感であった。
不安を覚えながら、ルルーシュは平静を装い入室した。
「みんな、おはよう」
「……あ、ルルーシュ……」
真っ先に顔を上げたのはリヴァルだった。しかし、いつもの軽薄な笑みは影を潜め、顔色は青ざめている。
部屋の中央に配置された大型のテレビ。普段は生徒会の連絡事項や学園祭の映像を映し出しているその画面を、生徒会の面々が取り囲むようにして食い入るように見つめていた。
会長のミレイ・アッシュフォードは腕を組みながら不安げにテレビを注視し、シャーリー・フェネットは両手を胸の前で握りしめ泣きそうな表情を見せていた。内気なニーナ・アインシュタインも不安の感情を隠していなかった。
「どうしたんだ、みんな? そういえばリヴァル、昨日は勝手に帰って悪かったな、あの後実はーー」
ルルーシュは努めて自然な声を作り、言葉を投げかけた。
部屋の中の様子はおかしかったが、とりあえずは弁明しようと声を発した。
だが、リヴァルは首を大きく横に振った。
「そんなことより、ルルーシュ! これを見ろよ……本国が大変なことになってるんだ!」
「本国……?」
ルルーシュは眉をひそめ、大型モニターへと視線を向けた。
そこに映し出されていたのは、見慣れたエリア11のローカル放送ではなく、神聖ブリタニア帝国中央放送(BBC)の緊急報道番組であった。
画面の上部には、真っ赤な太字で『EMERGENCY(緊急事態)』のテロップが点滅している。画面に映し出されているのは、トウキョウ租界の街並みではなかった。
地球の反対側。世界最強の覇権国家神聖ブリタニア帝国の心臓部——帝都ペンドラゴンであった。
『……繰り返します! 帝都ペンドラゴン中心部において、突如発生した大規模な武装勢力による戦闘は、昨日の未明から現在も続いています! 映像は、現地の望遠カメラから捉えた最新の状況です!』
アナウンサーの叫び声のような、悲痛な実況がスピーカーから響き渡る。
画面に映し出された景色に、ルルーシュの息が止まった。
黄金の光を放っていたはずの超高層ビル群からは、激しい黒煙が何本も立ち上っていた。至る所で発生する巨大な爆発。画面を横切る、幾条もの光線とミサイル条痕。皇帝の権威の象徴であり、人類史上の建造物の頂点と称される『白の宮殿』の一部は崩落し、無残な瓦礫の山と化していた。
『白の宮殿周辺からは激しい火の手が上がっており、近衛兵団及び首都防衛騎士団が応戦中! しかし、侵入した謎のKMF部隊の勢いは留まることを知らず、すでに宮殿内部まで突破された模様です!』
「そんな……嘘でしょ……!?」
シャーリーが震える声で呟く。
「ペンドラゴンだぞ……世界で一番堅固で、世界で一番安全な要塞都市のはずだろ、何が起きてるんだよ……」
リヴァルが頭を抱えながら呟いた。
『速報です! 1時間ほど前に首都近郊に到着し、帝都への援軍として部隊を展開しておりました、ボルティモア侯爵の援軍について、謎のKMF部隊の攻撃により、ぜ、全滅したとの一報です!!』
ルルーシュの脳内は、猛烈な勢いと加速度で回転を始めていた。
バカな……! なぜペンドラゴンが叩かれている!?
中華連邦の電撃作戦か? いや、潜伏工作員程度で首都防衛騎士団を破れるはずがない! 常に世界中と戦争しているブリタニアこそ、外よりも内部の帝都の防衛網を強固たるものとしていたはずだ。
それならば、E.U.の最新鋭部隊? いや、中華連邦同様、大西洋を越えて大規模部隊を潜入させるなど不可能なはずだ!
冷や汗がルルーシュの背中を伝う。
彼が描いていた反逆のシナリオ——エリア11で力を蓄え、各地の反乱分子を組織し、何年もかけてブリタニア帝国という巨大な怪物に挑むという長期的計画。
昨日手に入れた力を使えば、その計画を年単位で前倒しができると、希望に満ちた考えを巡らせていた。しかし、その前提条件が、1日も持たず、目の前でガラガラと音を立てて崩れ去ろうとしていた。
「ルルーシュ……おじい様からも連絡があったわ」
いつのまにか自身の側に控えたミレイが、周りには聞こえないよう消え入るような声で口を開いた。
「本国との民間通信はすでに全断されたって。軍の専用回線すら錯乱状態みたい。本国にいる貴族たちも、何が起きているのか把握できていないのよ……」
「あの男は、皇帝はどうした……」
声のボリュームは合わせながら、しかし感情を抑えないまま、ルルーシュは声音を強めて問い詰めた。
「わからないわ……。ただ、ニュースでやっているように、宮殿の最深部で激しい戦闘が行われているということは確かみたいで……」
画面の中では、帝都の空を飛ぶ巨大な航空輸送艦から、次々と見慣れぬ真っ赤な塗装のKMFの戦隊が降下していく様子が捉えられていた。その動きは俊敏にして苛烈。防衛隊のサザーランドを一撃で粉砕し、破竹の勢いで宮殿へと侵入していく。
誰だ……!? 一体誰がこんな真似を!?
皇帝を討ち取ることが目的? それとも首都機能の掌握が目的? いや、その両方?
もしシャルルが倒れれば、帝国の権力構造は崩壊する。
復讐の対象が……自身の手で倒すと誓った男が、見知らぬ何者かに討ち取られるのか。
ルルーシュは歯を食いしばり、拳を血が滲むほど強く握りしめた。
新宿での勝利の余韻、ギアスを手に入れた万能感など、一瞬にして吹き飛んでいた。世界の中心で、自分の理解を遥かに超えた巨大な暴風が吹き荒れている。
そんなテレビの様子を時間を忘れて見入っていた。
その時だった。
『ジャッ……! ……ザザッ!』
モニターの映像が激しいノイズを起こし、アナウンサーの音声が途切れた。画面いっぱいに砂嵐が走り、次の瞬間、世界中のあらゆるモニターに、その異物が映し出された。
画面が切り替わった。
そこに映し出されたのは、あまりにも凄惨で、しかしどこか狂惑的な美しさを孕んだ光景であった。
神聖ブリタニア帝国の象徴たる『白の宮殿』の最深部——かつて世界の運命を数々の気まぐれで決定づけてきた、至高の『玉座の間』。
だが、豪奢な大理石の柱は半ばから砕け散り、天井のガラス彫刻は粉々になって床に降り注ぎ、黄金の飾りが施された壁面には痛々しい黒煙の痕が残されている。
周囲には、帝国最強を誇る近衛兵たちの甲冑が、無残にも打ち転がっていた。
そして、巨大な玉座へと続く階段の頂点。
打ち捨てられたブリタニア帝国の国旗を踏みつけながら、一人の少女が玉座に腰掛けていた。
「な……なんだ、あの女の子……!?」
生徒会室でリヴァルが素狂ったような声を上げた。
年齢は16歳ほど。
燃えるような鮮やかな赤のドレスを身に纏い、豊かな金髪を傲然と揺らしている。華奢なその手には、威厳を示す重厚な宝剣が握られており、その身から放たれる圧倒的な存在感は、壊れた宮殿の惨状すらも自らの引き立て役に変えていた。
少女は、あまりにも美しく、そしてあまりにも不遜な笑みを浮かべ、カメラのレンズ越しにその若葉色の瞳で、全世界を見下ろしていた。
ルルーシュの紫の瞳が、限界まで見開かれる。
脳裏の奥底、幼少期に離宮ですれ違った記憶——あまりの奔放さに皇族内でも扱いに困られていた異母妹の姿が、強烈な色彩をもって鮮烈に蘇った。
記憶の少女は本国から離れたユーロブリタニアにある離宮へ送られたはず
ルルーシュは頭で考えようとするものの、古い記憶との情報が合わないため、結論を出せずにいた。
画面の向こうで、少女はゆったりと脚を組み直すと、宝剣の先をカメラへと向けた。その動作一つ一つが、まるで完成されたオペラの舞台女優のように華麗であった。
「全土に告ぐ!
よく聞け、世界!
そして哀れなる民どもよ!」
響き渡ったのは、一切の恐れも緊張も含まない、朗らかで、透明感があり、そして何よりも絶対的な響きを伴った少女の声であった。
「第98代ブリタニア皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアは、あまりにも退屈で美しくない存在であったため、余が直々に引導を渡してやった!
奴の愚かな治世は今この瞬間をもって終わりを告げたのだ!」
手に持つ宝剣を横に一閃する。
「ひっ……!」
ニーナが短い悲鳴を上げた。
世界最強の帝国の皇帝が殺害されたという、常識を覆す衝撃の事実。
世界中のあらゆる都市で、何十億という人々が息を止め、画面の前で固まっていた。
通常であれば、何を世迷言と一蹴にされる内容である。
しかし、さきほどまでニュースにて報道されていた帝都での戦闘の報道と、ブリタニア軍の劣勢の報が、その真実を隠さなかった。
画面の少女はその混沌を最高のご馳走であるかのように楽しんでいた。
彼女は玉座から軽やかに立ち上がると、舞台劇のアクターのように大きい身振りでその自身の感情を表現する。
赤いドレスの裾を翻し、両手を大きく広げて高らかに笑った。
「よって、本日よりこの余——ネロ・クラディアス・ブリタニアが、皇帝としてこの世界を統べることとする!
感謝するが良い、貴様らの主は世界で最も美しく、最も偉大な余となったのだからな!」
「っ…!?」
ルルーシュの耳に、誰かの絶句する声が聞こえた。
「民よ、突然のことで腰を抜かしておるな?
……ふふっ、無理もないよねっ!
余の作戦があまりにも完璧すぎたのだからな!
案ずるでない、それは当たり前の感情である、隠さんでもよいぞ!」
「な、なんだあいつ……どうかしてるよ」
リヴァルが呟く。シャーリーもミレイも、言葉を失ってただ画面を見つめることしかできない。
ルルーシュの思考回路はパンク寸前であった。
シャルルが死んだ……? あの男が、こんな未だ16歳の少女の手によって……!?
待て、ネロの行動理論はどうだった!?
仲間はどこだ? 背景にいる黒幕は誰だ!?
ルルーシュがこれまでに頭で考えていた、将来のブリタニアへの戦術計算を、ネロという存在の規格外の破天荒さがことごとく食い破っていく。
そしてネロは、世界を更なる狂乱の渦へと突き落とす最後の決定打を放つ。
手にしていた宝剣を勢いよく床に突き立て、胸を張り、朗々とその宣言を歌い上げた。
「これより、古くさい国の名は破棄する!
神聖ブリタニア? 聖なる神なぞおらん!
あるのはうち滅ぼされるべき悪神のみであり、
偶像たる主に願うは弱者のすることよ!
よって!
ここを新たな至高の帝国——『ローマ』と定め、
余がその絶対なる始皇帝となる!」
「ろ……ローマ!?」
ルルーシュの口から、呆然とした呟きが漏れた。
ブリタニア帝国を滅ぼし、その上に自らの理想郷たる「ローマ」を打ち立てる。
あまりにも幼稚で、あまりにも尊大で、そしてあまりにも圧倒的な規模のワガママ。だが、彼女はそれを言葉だけでなく、現実に皇帝シャルルを討ち取ることによって証明してみせたのだ。
「余の美しきローマの建設に立ち会える幸運を祝うが良い!
全軍、全領土の総督に通告する!
余に平伏し、至高の芸術たる新帝国の一片となるか、
あるいは余の剣の露と消えるか……選ぶが良い! ふはははは!」
高笑いを決めた後、カメラワークが徐々に引き下がる。
玉座にいるネロを写していた画面がどんどんズームアウトする。
視界が広くなり、隠されていた真実がその姿を現す。
──そこは、かつて貴族や軍の将校たちが皇帝の演説に耳を傾けた大講堂。
今、モニターを埋め尽くしているのは、深紅に染まったKMFの連隊だった。先刻の戦隊が整然と隊列を組み、微動だにせず佇んでいる。
その手には、抜かれた騎士の剣。刃の先はすべて、ただ一人の主──ネロへと捧げられていた。
「よく聞け! 余の美学に従え、世界よ!
異論は認めん!
よいか! これは、『皇帝特権』である!
今よりここは、”ローマブリタニア帝国”である!!!!」
ネロの最後のセリフとともに、天井より、あらかじめ用意されていたであろう旗が垂れ下がった。
深い赤の布に、金色の大きな文字や鷲の模様が刻まれていた。
全体は四角に近く、重々しく堂々とした雰囲気である。
神聖ブリタニア帝国の濃い青を基調とした、ライオンと蛇が向かい合う、威圧感のある模様に対抗するような旗だった。
これが、ローマブリタニア帝国の新たなる旗だ。誰もが直感した。
10秒がたっただろうか。バツンと、唐突にライブ映像が途切れた。
モニターには再び、黒煙を上げる帝都ペンドラゴンの望遠からの映像と、大混乱に陥ったスタジオの音声が空しく流れ始める。
生徒会室の中は、まるで時間が凍りついたかのような静寂に包まれていた。
ミレイは疲れたように椅子に座り目を閉じた、シャーリーは泣き出しそうにしながらも、目でルルーシュの顔を見つめ、リヴァルはただ口を開けたまま固まっている。
ニーナは手を膝の上で握り、下にうつむいたまま動かなかった。
誰もが理解していた。
昨日までの世界は、たった今、一人の少女の気まぐれによって終わりを迎えたのだということを。
ただ一人、ルルーシュだけが、激しい怒りと困惑、そして底知れぬ戦慄に身を震わせていた。
ネロ……!
何ということをしてくれたのだ……! 反逆のシナリオが、シャルルへの復讐が、ナナリーのための平和な世界が、すべてお前の暴走によって台無しじゃないか……!!
左目のギアスが、激しい感情の昂ぶりに呼応して赤く怪しく疼く。
世界を壊す力を手に入れたばかりの、将来の英雄、ゼロ——ルルーシュ。
そして、世界を勝手に壊して己のローマを創り上げた幼き皇帝——ネロ。
二人の規格外の兄妹が紡ぐ、世界の命運を賭けた壮大な狂想曲が幕を開けたのだった。
反逆が嫌いなネロちゃまに反逆させてみたかった。