よく聞け、いいか、ここをローマ帝国とする! 作:とくめいのネロ
余は、ネロ・ロ・ブリタニアという名で、この世界に生を受けた。
初めてその小さき産声を上げた時のことなど、普通ならば覚えているはずもなかろう。
だが余は違った。赤子として産み落とされたその瞬間から、余の頭脳は冴え渡っていたのだ。ふふん、凄まじいであろう? 余は生まれながらにして天才なのだからな!
なんせ、前世? 赤子ながら異なる世界の記憶を持っていたのだ。
まずは、この世界における余の立ち位置だ。
母は、ブリタニア帝国の名門、東海岸の雄、クラディウス公爵家の令嬢だった。
父はあの見苦しい巨体をした神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアである。
生まれは皇歴2001年11月11日、第3皇女であるユーフェミアのすぐひとつ下で。第4皇女という、実に使い勝手の良い、しかし退屈な地位に余は生み出されたというわけだ。
余とて、前世から大層な研究者や英傑だったわけではない。日本という国のどこにでもいる普通の人間として生きていた記憶があった。
アニメやゲームという娯楽を嗜み、巨大な人型兵器が戦うロボットアニメや、歴史上の英雄たちが戦う『Fate』という作品の知識が、うっすらと脳の引き出しに眠っていた。
だが、自分がまさか、自身の知るアニメの世界に転生なるものを果たしているとは、幼少期は思いもしなかったのだ。
赤子の時は、その記憶という特記点以外はそこら辺の赤子であったといえよう。
赤子の頃の余は、何も考えず、ボーとしていることが多かった。まあ、後から考えると考えることを放棄していたといってもよいだろう。
さもありなん、転生したことによる記憶の情報量に対し、赤子の脳の処理が追い付いていなかったのだろう。
あまりの規模に詳細は分からぬが、誰が見てもでかい家、でかい庭、でかい金ピカの豪華な揺りかご、赤子の体である自身に対して絢爛豪華なドレス、そして余を「ネロ様、ネロ殿下」と呼んで恭しく傅く侍女たち。
「ネロ様は、ちっともお泣きになりませんのね」
「世話がかからないのはありがたいけど、あまり感情がなさすぎるのも、ねぇ?」
侍女たちだけでなく、母からも不気味がられていたのは言うまでもなかった。
転機は、6歳の誕生日に執り行われた歴史の講義でのことであった。
「いいですか、ネロ殿下。我が神聖ブリタニア帝国のルーツは、かつてヨーロッパ大陸を支配した……」
白髪の老家庭教師が、羊皮紙の図録を広げながら退屈な講義を垂れ流していた。余はいつもどおり感情がないながらも、機械のように豪華な椅子の上に座り、机に教科書を広げていた。
いつもどおりの授業風景だった。
しかし、家庭教師が口にした「ある単語」と、教科書に記載された一枚の写真を見た瞬間、余の脳内に稲妻が走った!
「……かつて地中海を包み込み、絶対なる繁栄を誇った『古代ローマ帝国』。そして、その中で最も華やかで、美を愛した皇帝……」
そこに描かれていたのは、赤と金を基調とした豪華絢爛な衣装を纏い、黄金の薔薇を手に微笑む至高の美少女——『Fate』という作品に登場する、薔薇の皇帝「ネロ・クラウディウス」の姿であった!
いや、正確には世界史の資料なのだから実在の男性皇帝の絵が載るはずなのだが……なぜか余の脳内では、前世で見たあの鮮烈な「薔薇の皇帝」のイメージが完全にオーバーラップしたのだ!
「——はッ!?」
余は跳び起きた。教科書から顔を勢いよく上げ、部屋の鏡に映る己の姿を凝視する。
あまりの勢いに、高価な木製の椅子がバタンと音を立てて倒れるが、気にしなかった。
「ね、ネロ殿下!? 一体どうされました!?」
驚く家庭教師を無視し、余は自分の手を凝視した。
余は跳び起きた
手鏡を引き寄せ、己の顔をじっくりと鏡像に映し出す。
鮮やかな金髪! 宝石のように輝く緑の瞳! 溢れんばかりの気品と、誰をも惹きつけずにはいられない可憐かつ尊大なオーラ!
そして母方の家系は……クラディウス公爵家!
「わ、分かってしまったぞ……! 余は……余はネロなのだ! あの至高にして完璧、美と芸術を愛する皇帝ネロ・クラウディウスの生まれ変わりに違いないのだ!!」
「は……はあ? 何をおっしゃっているのですか殿下? お母君のご実家は確かにクラディウス家でございますが、皇族である殿下のお名前はネロ・ロ・ブリタニアであって……」
「黙れ凡夫! 余の美学を解さぬ口を開くな!」
余は胸を張り、高らかに指を突きつけた。
「いいかよく聞け!
この世で最も美しく、最も気高く、最も偉大なのはこの余である!
余が歩く道こそが正義であり、余が奏でる歌こそが至高の芸術!
世界は余を称えるために存在しているのだ! ふはははは!」
この日、余の中で「前世の凡人」としての意識は完全に吹き飛び、「至高の皇帝ネロ」としての魂が完全に覚醒したのである!
無理もないよね! 余ほど華やかな存在が、魂だけとはいえ、市井の凡人で収まっているはずがないのだからな!
家庭教師は、そんな余の宣誓にむせび泣いたのか、目を大きく開いたまま固まっていたのを覚えている。
決して、余の変貌と、その不可解すぎる言動故に理解が追い付いていないわけではないだろう。
〇
その余が覚醒した夜のことであった。
家庭教師より、余が体調不良であると大げさに侍女や母に伝え、半強制的にベッドで寝るよう部屋に戻された。
まあ、色々と言いたいことはあったが、ようやく頭が冴えわたり、意識が覚醒したことで余も色々と整理を図ることができたのは重畳であった。
すでに夜になり、部屋も暗く就寝の時間であった。
ベッドに横になりながら、寝れなかった余は、拳を寝たまま掲げ、すでに何度心で行ったか分からない言葉をつぶやいた。
「余は、ネロである、この世界には、ローマ皇帝になるべく、生まれたのだ」
前世の記憶のゲームのキャラであるとか、実在の人物をモチーフにしたキャラであるとか、なぜ自分がそのキャラであるという自覚に疑いがないとか、細かいことはどうでもよかった。
余は余だ。それが分かればあとは細事よ。
だが、ふと疑問が浮かんだ
それは、今のネロとしての疑問というより、前世の自分の記憶からの純粋な疑問だった。
「余がネロであるなら、あのFateのネロであるのなら、あれはどうなるのであろうか。」
「余が誇る最強にして至高のスキル、『皇帝特権』は」
その絶対の自覚と同時に、余の魂の奥底で“何か”が弾けた。
両目の奥がカッと熱くなり、赤く輝く鳥のような紋章が浮かび上がる。
「……ふは」
この世界で『ギアス』と呼ばれる王の力——しかし、余に宿ったそれは、他人に命令を下すような姑息な力でなく、数秒先の未来を見るような小さな力ではなかった。
『皇帝特権』
己が「こうである」と強く主張し、望むならば、本来持ち得ないスキルや肉体性能を自分限定で獲得できるという、まさに皇帝のための絶対なる能力!
本来のFateのネロの持つ力である。
「……ふはははは」
ネロは、自身に宿った王の力を、そのスキル『皇帝特権』と同義であることを魂で理解した。
余が知る由もないことだが、この世界では、コードという不死性を持つ力を持つものがいる。
そして、そのコードを持つものは、人々に、ギアスという力を与えることができる。
ギアスを手にしたものは、その自身の持つ願望を、世界を改変する力として具現化し超常現象の能力として使用することができるものだった。
ギアスを手に入れたから、皇帝特権なる能力を手に入れたわけではない。
皇帝特権を得るために、ギアスがネロに芽生えたのだ。
誰からギアスが与えられたわけではない。
ネロに皇帝特権を持たせるため、後出しでその力がギアスに置き換えられたのだ。
「ふははははは!!!」
皇帝特権という能力を、ネロが持っていないのはおかしい。そう”世界”が判断したのだ。
「余が望めば、剣術の達人にも、天才戦術家にも、歌姫にもなれるのだ!
そうか! この世界は、まぎれもなく余を讃えるために用意された舞台だったのだな!」
ベッドから起き上がると、部屋の壁に掛けられていた、飾り用の宝剣を手に取った。
ーー子供には危なくないよう、壁のかなり上に立てかけられていたものであったが、ネロの身体能力は幼いながらも英雄の名に恥じない動きを見せた。
シュッと、軽くジャンプをすることで取ることができた。
だが、体は軽いながらも、やはり手に持つ宝剣はかなりの重さが感じられた。
試しに両目のうち、左目のギアスを発動させ、念じた。
……否、違う。
ギアスを発動させ、言葉を紡いだ。
「余は今、帝国一の剣技の冴えを持っている!これは、『皇帝特権』である!」
するとどうだ。それまで重く感じ、武器として認識できず、丸太の延長線と感じていた飾りの宝剣が、まるで己の手足の延長のように軽く感じられ、眼前の大理石の柱を瞬く間に華麗な彫刻へと削り出すイメージが脳裏に完璧に浮かんだ。
そして、天才たる余はすぐにこの能力の「理」を見抜いた。
能力の重ねがけは最大2つまで。
おそらく、左目、右目とストックするイメージであるだろう。
そして一度発動して解除すると、獲得した能力の規格に応じてリキャストタイムが生じる。
例えば「そこらの騎士並みの剣技」なら数分のリキャストで済むが、「ナイトオブワン(最強の騎士)並みの超人的な物理運動能力」を肉体に付与すれば、反動として数日間のリキャストがかかる。
「ふむ……リキャストの制約すらも美しい!
無制限に使い放題では興が削削というもの。
計画的に特権を回し、周りの環境と手下どもを完璧に強化していくことこそ、真の支配者の嗜みというものよ!」
こうして、絶対の能力と、ネロであることの証明を得た余の怪進撃(誤字にあらず)が始まったのである!
〇
覚醒してからの余の暴走……いや、華麗なる怪進撃(誤字にあらず)は目覚ましかった!
「ネロ、昨日、またリ家の離宮に入り、庭園の薔薇を勝手に全部摘み取ったというのは本当かい」
記憶が覚醒してから幾月か流れ、いつの間にか歳を一つ越え、7歳になっていたある日、異母兄であるシュナイゼルが呆れ顔で余の部屋を訪ねてきたことがあった。
余は部屋中を真っ赤な薔薇の花びらで埋め尽くし、手作りの木製マイク(彫刻の出来は完璧だ!)を握りしめてソファーの上で仁王立ちしていたのだ。
「ふふん、シュナイゼル兄上か! 良いところに来たな!
摘み取ったのではない、余の至高の歌舞台(劇場)を作るために薔薇たち自らが余の元へ集ったのだ!
感謝するが良い、今から余の特製リサイタルを聞かせてやるぞ!」
「……いや、遠慮しておこう。それより、今日はどこに突撃をするんだい、ギネヴィアやコーネリアから君の動向を探るよう言われていてね、」
「ぬう! 余の歌を聴かぬとは、相変わらず風流の分からぬ、つまらん男だな!それに、妹とはいえこんな絶世の美少女たる余を前にして、他の女の都合を優先するとは、不敬であるぞ!
はぁ、高貴なる女の心の機敏とやらをまだわかってないのか、我が兄ながら不甲斐ないことよ 」
兄弟の中では2番目に生まれた第2皇子シュナイゼルは、最近、なぜか余の対話の相手を任されている。
すでに17歳と成人に近い兄に、10歳下の余がなぜ付き合ってやっているかというと、余が暴走していることが一因かもしれぬ。
本来、一番年が近く、性別も女同士ということで会うのは、誕生日が1か月違いで姉という立場になる、ユーフェミア・リ・ブリタニアだ。
しかし、軟弱かつ、バカ正直で頭向日葵なユーフェミアと、未来の皇帝であり、至高にして完全無欠の余では性格が合わなかった。
最初こそ、周りの大人どもは余とユーフェミアをよき遊び相手、姉妹として近づけようと、不自然なまでに会う機会が設けられていた。
めそめそ泣きじゃくるピンク髪の幼女に対し、未来の皇帝の姉がなんぞであるかと、何度忠告したことか。
かわいい見た目の姉ではあるが、心を鬼にしてその腑抜けた精神を叩き直さなければならぬと、余は感じていたのである。
しかし、会うたびにユーフェミアをトレーニングと称し、困らせ、泣かせ、色々な意味でユーフェミアの膝を土につけてきた余は、同じくリ家の長女である、第2皇女コーネリアににらまれた。
具体的に言えば、リ家の離宮に出禁になった。
ロ家とリ家は離宮も近かったが、頑なに余の接近をリ家(ほとんどコーネリアが)許さなくなったのだ。
まあ、出禁となってからも、リ家の離宮に忍び込み、ユーフェミアの寝室に潜り込むことなぞ、日常茶飯事である。
「なるほど、今度兄上にでも、女性の気持ちについて聞いておくこととするよ、貴重な意見心に刻もう。さてネロ、どこの離宮に今日は向かう気かな?
昨日はリ家、その前はラ家、その前は宮殿のどこだったかな」
「うむ、宮殿の中庭よ、余力作の薔薇を模したツリーを植えておいたぞ! ちなみに、今日は引き続きリ家に向かう手筈であるぞ!」
「そうか、……コーネリアに出禁になったと聞いたんだが?」
「出禁という言葉ほど、この余の耳に空しく響く響きがあろうか! いや、ない!
コーネリア姉上は「二度とユフィに近づくな!」と般若のごとき相形で余を追い払ったつもりでおるのだろうが、甘い! 砂糖漬けのイチゴよりも甘いぞ!
そうは思わぬか、兄上よ!」
「……連日は勘弁できないかな、コーネリアの機嫌が最悪になる」
「案ずるな、薔薇のない庭に興味はない! 今日はユーフェミアに用があるのだ! この燦々とした良き天気の日に、外に出で日の光に当たらんのは太陽への冒涜よ!」
今日は雲ひとつない晴天であった。
「……わかった、騎士学校にいるはずのコーネリアにはそう報告しておく。私はもう何も言わないけど、ほどほどにね。」
「流石兄上! 話が早いではないか! では、コンサートステージを作ったばかりではあるが、言葉にしたからには即行動としよう、さらばだ兄上よ!」
余はリ家の離宮に向かう。
シュナイゼルが塞ぐ部屋のドアからの正規ルートではなく、窓を超えたほうが速い。
既に普段見慣れているシュナイゼルは、余が捨て台詞とともに、窓を飛び越え落下していくのを、無表情に見守っていた。
ふふん、余の軽やかなる動きに反応もできまい、まっ、是非もないよね!
3階の自室から1階の庭に着地した余は、そのまま隣のリ家の離宮に向かった。
リ家への侵入に当たっての下準備をする。
辺りにシュナイゼルを含め、侍女や皇族警護の近衛兵がいないことを確認して、言葉を口にした。
「『皇帝特権』
余の気配は今、一筋の心地よい秋風と同義である!」
片目のギアスを一瞬だけ輝かせ、余は軽やかにリ家の離宮の高く聳える外壁を跳び越えた。
白亜の壁を伝い、壁面の王達を足場にして、スルリとユーフェミアの部屋のバルコニーへと舞い降りる。警備の近衛兵どもは、余がすぐ横を通り過ぎたことすら気づいておらん。ふははは、無理もないよね! 余の隠密技能はニンジャすら凌駕するのだからな!
「……すー……すー……」
豪華な天蓋付きベッドの上で、ピンク色の髪を散らして間抜けな寝顔を晒している幼女が一人。余の「ひとつ上の姉」であるユーフェミア・リ・ブリタニアだ。
余は音もなくベッドに忍び寄り、その可憐な頬を指でむぎゅっと挟み込んだ。
「むにゃ……? んん……ネロ……ちゃん……?」
「うむ、余はネロである。だが、ちゃん付けはやめよと何度も言っておろうが、『ネロ陛下』と呼べと言うたであろう」
「ふあぁ……また勝手に忍び込んできたの……? お コゥ姉様に怒られちゃうよ……」
目をこすりながら体を起こすユーフェミア。実に弱々しく、めそめそとした、皇帝の姉としてはあまりにも頼りない姿だ!
「ユーフェミア! 貴様のその腑抜けた精神を叩き直すために、余が直々にローマ皇帝式早朝特訓を施しに来てやったのだ! 感謝するが良い!」
「ええ~……また『腕立て伏せ100回しないと朝食のパンケーキを没収する』とか言うんでしょ……? 私、ネロちゃんみたいに運動得意じゃないもん……」
「ぬう! たかが腕立て100回で泣き言を抜かすな! 皇帝の姉たるもの、最低でも素手で野生の熊を倒せるようにならねば、将来悪い男に騙されるぞ!」
余がドカンと胸を張り、ユーフェミアの布団を引っぺがそうとした、その時であった。
バタンッ!!
「……やはりここにいたか、ネロ!!」
部屋のドアが激しく叩き開かれ、仁王立ちの影が現れた。
長く美しい紫髪をなびかせ、僅かに残る幼さを見せながらも、すでに凄絶な剣気を纏った少女——第2皇女、コーネリア・リ・ブリタニアである!
「コゥ姉様?」ユーフェミアが首を傾ける。
余はすかさず腰に手を当て、優雅に髪をかき上げた。
「ふふん! 良いところに来たな、コーネリア姉上! 今ちょうど、アラスカの熊を殴り倒すための英才教育を開始するところであったのだ! 貴様も一緒に受講するか?」
「戯言を! 我が離宮への立ち入りを禁じたはずだ! 警備をかいくぐってユフィの寝室に忍び込むとは……貴様、皇女というよりは盗賊の類だったか!?」
コーネリアの手には、練習用の木剣が握られていた。本気で余を叩き出す気満々である!
「ちっちっち! 分かっておらぬなコーネリア姉上! 余がここに来たのは”忍び込んだ”のではない! 余の美しさに惹かれたこの離宮が、余を自ら招き入れたのだ! まあ、無理もないよね!」
「黙れ! 問答無用、今日こそその増長した鼻をへし折ってやる! 来い!」
「ふはは! 面白い、余の剣技の引き立て役にしてくれよう! 勝負だ、コーネリア姉上!」
この後、ユーフェミアの部屋で木剣と薔薇の枝(余の武器である)が激しく交錯し、調度品が3つほど砕け散り、最終的に近衛兵から騒ぎを聞きつけたシュナイゼル兄上が仲裁に入るまで、激しい「姉妹の交流」が繰り広げられたのは言うまでもない。
ふふん、コーネリアの剣技も大したものだったが、余の華麗さには届いておらんかったな!
なお、学校に行っているはずのコーネリアがいる理由は、後年、ノネットなるコーネリアの先輩騎士とやらに聞いたのだが、虫の知らせとやらで学校を抜け出してきたらしい。
理由は、余がユーフェミアに突撃してきそうと思ったからとのことであるが、どこぞの蛮族のような言い訳であるな。
はぁ、嘆かわしい。我が姉ながら理性というもので行動できないものかと呆れたものよ。
○
コーネリアとの大立回りから数日後。
余は、宮殿の最も静かな区画にある『アリエスの離宮』を訪れていた。
ここは、ヴィ家の離宮であり、マリアンヌ皇妃——すなわち、ルルーシュとナナリーの母が好む庭園である。
「あ、ネロお姉様」
チェス盤が置かれた東屋(あずまや)で、幼い少女が可憐な声を上げた。
ナナリー・ヴィ・ブリタニア。余よりふたつ年下の、可憐で心優しい異母妹だ。
「ふふん、ナナリーか! 良い日差しだな! 余の神々しさを引き立てるのに、今日の太陽は実に良い仕事をしているぞ!」
「そうですね、太陽が当たればどんなお花も元気になりますもんね。お姉様の美しい金のお髪も同じように輝いてますよ」
「わかっているではないか! 麗しき妹よ! 礼に余の作った歌を特別に聞かせてやってもよいぞ! 曲名はそうさな、『ロ○レスコラボの歌』! 」
「ネロお姉様は今日もとっても賑やかですね」
ナナリーはクスリと可愛らしく微笑む。余のこの尊大な態度を純粋な明るさとして受け止めてくれる数少ない癒やし枠である。
「おい、ネロ。ナナリーにかまうな」
東屋の影から、不機嫌そうな顔で現れたのは黒髪の少年——ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであった。余の同い年の異母兄だ。手には分厚いチェスの戦術書を抱えている。
兄ながら、ユーフェミアと同じく、年代は同学年であるため名前呼びである。
「何だルルーシュ、相変わらずシけたツラをしおって! 兄ならばもっと堂々と、余のように胸を張り、太陽に向かって『余は美しい!』と叫ぶくらいしてみせよ!」
「断る。そんな恥ずかしい真似ができるのは世界中でお前だけだ」
ルルーシュは呆れたように息を吐き、チェス盤の前に腰を下ろした。
「それよりネロ、またシュナイゼル兄上に聞いたぞ、『薔薇の歌劇場を建てるため、薔薇を国策で生やせ』と無理難題を言ったそうだな。そんな予算あるわけないだろ、馬鹿か」
「ふん! 風流の分からぬ男の言葉など気にする価値もない! 予算など余の歌声ひとつで世界中から集まってくるわ! それよりルルーシュ、そのチェス盤は何だ? 余と勝負したいと顔に書いているぞ!」
ルルーシュの紫の瞳が、微かに鋭くなった。
「……ほう。お前にチェスが分かるのか? 剣と歌と薔薇のことしか頭にないと思っていたが」
「ふふん! 愚か者め、余を誰だと思っている! チェスなどという盤上の遊戯、余の天才的な頭脳にかかれば赤子の手をひねるより容易いものよ!」
余はギアスである皇帝特権をこっそり発動させていた。
「いいだろう、相手になってやる。ただし、負けたらナナリーにそのおかしな歌を聴かせるのは禁止だ」
「望むところだ! 余が勝ったら、貴様は今日から余の”しもべ”として、余のドレスの裾を持って歩くのだぞ!」
「望むところだ」
「うむ、よかろう!」
対局が始まった。
ルルーシュの指し手は、冷徹にして緻密。相手の隙を突く鋭い攻撃的なスタイルだ。今の余は分からぬことだが、後に『ゼロ』として世界を翻弄する男、幼少期からその戦術眼には光るものがあった。
だが、余の『皇帝特権』は、そのルルーシュの思考の数手先を、圧倒的な「ひらめき」という名のチートで力技で塗りつぶしていく!
「ナイトをここへ! ふははは、チェックだ、ルルーシュ!」
「な……ッ!? バカな、なんでそんなところにナイトが……!? まさか、あの音痴極まりない歌を唐突に歌いだしたとき? 女王は後退するものではないと馬鹿みたいなルールでクイーンの駒を無駄にしたとき? …こんな馬鹿に、計算で破られるなんて……!?」
ルルーシュの額に青筋が浮かび、冷や汗が流れる。盤面を凝視し、必死に計算を重ねるが、余の手は計算を超えた「美学」で動いているため、予知など不可能なのだ!
「くっ……もう一局だ! もう一局勝負しろ、ネロ!」
「ふははは! 無駄だ無駄だ! 何度やろうと余の至高の勝利は揺るぎない! さあルルーシュ、約束通り余のドレスの裾を持つのだ!」
「冗談じゃない! 絶対に認めないぞ…!」
ムキになって盤面をリセットしようとするルルーシュと、高笑いする余。
ナナリーはそんな二人のやり取りを嬉しそうに手拍子しながら眺めていた。
「ふふ、お兄様がこんなに夢中になるなんて、ネロお姉様はすごいです!」
「うむ! 余は凄いのだ!」
ふふん、ルルーシュめ。今は生意気な口を叩いているが、余のカリスマの前にはひれ伏す運命なのだ!
……その後現れたマリアンヌ皇妃に、ルルーシュをしもべとする作戦はうやむやにされてしまった。
無念。
○
ルルーシュとのチェス勝負を完勝(?)で終えた後、余は宮殿の大廊下を優雅に歩いていた。
向こうから歩いてくるのは、絢爛豪華な衣装に身を包んだ男女のグループ。第1皇子オデュッセウス、第1皇女ギネヴィア、第3皇子クロヴィス、である。
「あ、あら……ネロじゃない……」
余の姿を見るや否や、ギネヴィアが扇子で口元を覆い、露骨に嫌そうな顔をした。
「相変わらず派手で品のないドレスを着て……クラディウス家の血は、どうしてこうも騒がしいのかしら」
「ふふん、ギネヴィア姉上か! 相変わらずお顔が固いな! 余の美しさに嫉妬するのは無理もないが、もう少し表情を柔らかくせねばシワが増えるぞ!」
「なっ……! シ、シワですって!? 無礼な……!」
プッツンと青筋を立てるギネヴィアを、長男であるオデュッセウスが「まあまあ、ギネヴィア」と頼りない笑みで宥める。
「ネロも元気そうで何よりだね。あ、そうそう、君が宮殿の中庭に作った薔薇の巨大オブジェだけどね……父上が『邪魔だ』とおっしゃっていたから、近いうちに撤去されるかもしれないよ」
「なにぃ!? シャルルめ、余の芸術を理解せぬとはどこまで無骨な男なのだ! オデュッセウス兄上も、長男ならばもっと父上にガツンと言ってやるが良い!」
「いやあ、私にはそんな勇気はないよ……ははは」
相変わらずの事なかれ主義、争い事を好まぬーー悪く言えば平庸なオデュッセウス兄上だ。まあ、害がないだけギネヴィアよりはマシであるがな!
そして、端で青ざめていたのはクロヴィスであった。
「ネロ……頼むから、僕の画廊に勝手に押し入って、僕の絵の上に『薔薇の絵』を重ね描きするのはやめてくれ……! 先週描いた僕の自信作が、全部君の真っ赤な薔薇で塗りつぶされていたんだぞ!?」
「ふははは! 感謝するが良いクロヴィス! 貴様のあの暗く不鮮明な絵に、余が直々に『至高の命』を吹き込んでやったのだ! おかげで素晴らしい芸術に生まれ変わったではないか!」
「生まれ変わってない! 台無しだよ! 」
泣きそうになりながら頭を抱えるクロヴィス。
「良いか凡夫ども……否、兄姉たちよ!」
余は腰に手を当て、廊下の中心で堂々と胸を張った。
「貴様たちの作るこのブリタニアは、あまりにも無骨で、静かで、退屈すぎる! 余が近いうちに、この国全体を最高の舞台へと塗り替えてやるからな! 震えて待つが良い!」
「……また始まったわ」とギネヴィアが呆れ顔で溜息を吐き、
「ははは、ネロは本当に賑やかだねえ」とオデュッセウスが微笑み、
「もう嫌だ……キャンバスを守らなければ……」とクロヴィスが逃げるように去っていく。
ふふん! 凡庸な皇族どもめ、余のあまりのスケールの大きさに圧迫され、逃げ出すのが精一杯のようだな!
無理もないよね!
余は生まれながらにして、この世界の主なのだからな!
こうして、ユーフェミアへの特訓指南、コーネリアとの模擬戦闘、ルルーシュとのチェス、兄姉たちへの説教という、余のあまりにも華やかで至高な日常は続いていった。
○
この平和で(余にとっては退屈な)日常が、あの「マリアンヌ暗殺事件」によって激変する日が近づいていることを、皇帝の兄以外は誰も想定していなかった。
否、1人いた。
この平和を自ら壊し、理想の世界にすることを企てるもう1人のイレギュラーが。
「ふふ……せいぜい今のうちに平和をむさぼるが良い。余の『ローマ』が完成した時、貴様らは、余の歌舞台の踏み台となるのだからな!」
めっちゃ誤字あって滅