洞窟カフェ   作:赤銀

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前日譚です。トリッカル1周年おめでとうございます。


前日譚
おきゃくさん


 

あなたは。

 

山道を登っていた。

 

まだ。

 

先は見えない。

 

土の坂道を。

 

一歩。

 

また、一歩。

 

踏みしめる。

 

少しだけ。

 

息が上がる。

 

ふと。

 

足元を見る。

 

すぐ横を。

 

アリさんたちが。

 

とことこ。

 

とことこ。

 

何度か向きを変えながら。

 

歩いていく。

 

どこへ行くのだろう。

 

あなたは。

 

また、歩き出す。

 

森は静かだ。

 

木々の間から。

 

遠く。

 

街並みが見える。

 

小さな屋根。

 

細い道。

 

あのあたりに。

 

あなたの住んでいる場所も。

 

あるのかもしれない。

 

でも。

 

ここから見ると。

 

ずいぶん遠い。

 

さら。

 

葉っぱが揺れる。

 

風が通り抜けていく。

 

草たちも。

 

そよ。

 

そよ。

 

同じ方向へ。

 

体をあずける。

 

日は。

 

まだ少し高い。

 

木陰に入ると。

 

少し。

 

ひんやりする。

 

そのまま。

 

しばらく歩いていると。

 

徐々に。

 

道に石が増えてくる。

 

土気色だった地面に。

 

黒色の石が。

 

ぽつ。

 

ぽつ。

 

混じり始める。

 

そして。

 

あなたは。

 

何かを見つける。

 

道のわき。

 

草の間。

 

小さな看板。

 

まだ。

 

木の色は新しい。

 

地面に。

 

ぱたん。

 

横倒しになっている。

 

あなたは。

 

すこし近づく。

 

そこには。

 

かくかくした文字。

 

『洞窟カフェ』

 

あなたは。

 

もう一度。

 

読む

 

『洞窟カフェ』

 

顔を上げる。

 

すぐ近くには。

 

岩山。

 

そのふもと。

 

草と石の向こうに。

 

黒い穴が。

 

ぽっかり。

 

開いている。

 

どうやら。

 

看板は。

 

あそこを指しているらしい。

 

あなたは。

 

洞窟へ向かって。

 

歩いていく。

 

一歩。

 

一歩。

 

近づくたび。

 

森の音が。

 

少しずつ。

 

遠くなる。

 

風に揺れていた葉っぱも。

 

鳥の声も。

 

さっきより。

 

ちいさい。

 

洞窟の前までくる。

 

中をそっと覗く。

 

暗い。

 

でも。

 

何も見えないほどではない。

 

入り口から差し込む木漏れ日が。

 

岩肌を。

 

ぼんやり照らしている。

 

少し奥には。

 

ところどころ。

 

黒いいし。

 

つる。

 

つる。

 

した表面が。

 

わずかな光を返している。

 

黒曜石。

 

壁際。

 

岩の上。

 

地面のすみっこ。

 

誰かが。

 

置いていったみたいに。

 

並んで。

 

置いてある。

 

飾っているのか。

 

集めているのか。

 

よくわからない。

 

あなたは。

 

その横を通る。

 

外より。

 

少しだけ。

 

空気が冷たい。

 

奥の方に。

 

少しだけ。

 

小さな灯りがある。

 

そしてその先。

 

広くなった場所に。

 

椅子が。

 

ぽつ。

 

ぽつ。

 

まばらに。

 

置かれている。

 

木のテーブルもある。

 

ただ。

 

椅子との間が。

 

妙に広い。

 

座ったら。

 

カップに手が届かなさそう。

 

奥には。

 

小さなカウンター。

 

まだ。

 

何かを置く場所。

 

というよりも。

 

木の板を。

 

それらしく置いてみた。

 

そんな感じだ。

 

ころ。

 

何かが。

 

あなたの前を横切る。

 

毛糸玉。

 

ころころ。

 

その向こう。

 

小さな影が。

 

じっと。

 

毛糸玉を見ている。

 

ギデオン。

 

毛糸玉が止まる。

 

ギデオンも。

 

止まる。

 

少しして。

 

あなたを見る。

 

「……来たんだ。」

 

それだけ。

 

ギデオンは。

 

毛糸玉を拾う。

 

「そこ……座れるよ。」

 

指さした先には。

 

石でできた長椅子。

 

その2歩ほど向こうに。

 

木のテーブル。

 

……遠い。

 

ギデオンも。

 

しばらく見る。

 

「……。」

 

椅子を見る。

 

テーブルを見る。

 

「……ちょっと、遠いかも。」

 

ずず。

 

ギデオンがテーブルを引きずる。

 

少しだけ。

 

長椅子へ近づいた。

 

あなたは。

 

椅子に座る。

 

そして。

 

テーブルの上を見る。

 

何もない。

 

少しだけ。

 

辺りを見回す。

 

カウンター。

 

壁。

 

ほかのテーブル。

 

……ない。

 

メニュー表が。

 

見当たらない。

 

「……?」

 

ギデオンが。

 

あなたを見る。

 

あなたは尋ねる。

 

「どんなメニューがあるの?」

 

「……。」

 

ギデオン。

 

少し。

 

困る。

 

カウンターを見る。

 

その上には。

 

コーヒー豆。

 

サイフォン。

 

カップ。

 

それから。

 

しばらく。

 

考える。

 

「……コーヒー。」

 

少し間を置く。

 

「……。」

 

まだ。

 

考えている。

 

「……水も、あるよ。」

 

ギデオンが。

 

洞窟の奥を指さす。

 

「洞窟の水、」

 

……。

 

どうやら。

 

それで全部らしい。

 

あなたは。

 

コーヒーを頼む。

 

「……うん。」

 

ギデオンが。

 

小さくうなずく。

 

カウンターの向こうへ。

 

てく。

 

てく。

 

歩いていく。

 

豆を取り出す。

 

道具を並べる。

 

でも。

 

まだ。

 

あまり慣れていないみたい。

 

一つ置いて。

 

少し考える。

 

また。

 

一つ置く。

 

やがて。

 

サイフォンの下に。

 

小さな灯がともる。

 

しばらくすると。

 

こぽ。

 

こぽ。

 

ガラスの中で。

 

水が動き始める。

 

こぽ。

 

こぽこぽ。

 

あなたは。

 

それを見る。

 

ギデオンも。

 

見る。

 

ふたりで。

 

サイフォンを見ている。

 

こぽ。

 

こぽ。

 

「……。」

 

「……。」

 

ギデオンが。

 

ぽつり。

 

「ぼく。」

 

こぽ。

 

「こぽこぽ、好きかも……。」

 

あなたは。

 

耳を澄ます。

 

サイフォンの音。

 

その向こう。

 

洞窟の奥から。

 

水の流れる音。

 

ぽつ。

 

ぽーーん。

 

こぽ。

 

ぽつ。

 

こぽこぽ。

 

「洞窟の水の音と合ってるね。」

 

「……うん。」

 

ギデオンは。

 

しばらく。

 

音を聞いている。

 

「聞いてても。」

 

こぽ。

 

「見てても。」

 

こぽこぽ。

 

「……安心する。」

 

また。

 

静かになる。

 

でも。

 

話すことを。

 

探さなくてもいい。

 

ふと見ると。

 

洞窟の壁には。

 

ランプの光に揺られて。

 

ふたりの影が緩くつながっている。

 

影の中のサイフォンも。

 

こぽ。

 

こぽ。

 

洞窟の水。

 

サイフォンの水。

 

二つの音が。

 

静かな洞窟の中で。

 

重なっている。

 

あなたも。

 

ギデオンも。

 

ただ。

 

それを聞いている。

 

やがて。

 

こぽこぽ。

 

鳴っていた音が。

 

静かになる。

 

ギデオンが。

 

サイフォンを外す。

 

カップに。

 

ゆっくり。

 

コーヒーを注ぐ。

 

ふわり。

 

香りが広がる。

 

「……できた。」

 

ギデオンが。

 

あなたの前に。

 

カップを置く。

 

少しだけ。

 

遠い。

 

あなたは。

 

手を伸ばす。

 

届く。

 

カップを持ち上げる。

 

ひとくち。

 

飲む。

 

「……。」

 

ギデオンが。

 

こちらを見ている。

 

何も言わない。

 

でも。

 

少しだけ。

 

気にしているみたい。

 

あなたは。

 

もうひとくち。

 

飲む。

 

洞窟の音では。

 

水の音。

 

ぽつ。

 

ぽーーん。

 

さっきまで鳴っていた。

 

サイフォンは。

 

もう静かだ。

 

あなたは。

 

カップを置く。

 

 

そして。

 

尋ねる。

 

「……また来てもいい?」

 

ギデオンは。

 

少しだけ。

 

目を丸くする。

 

「……。」

 

あなたを見る。

 

それから。

 

あなたが座っている。

 

長椅子を見る。

 

さっき。

 

自分で。

 

ずず。

 

動かしたテーブル。

 

しばらく見つめる。

 

「……うん。」

 

小さく。

 

うなずく。

 

そして。

 

その椅子を指さす。

 

「ここの席。」

 

少し間。

 

「……空いているよ。」

 

洞窟の外では。

 

まだ。

 

日が沈み切っていない。

 

入り口から。

 

細い光が伸びている。

 

テーブル。

 

椅子。

 

コーヒー。

 

洞窟の水。

 

それから。

 

洞窟の隅に。

 

転がったままの。

 

毛糸玉。

 

まだ。

 

カフェと呼ぶには。

 

少しだけ。

 

何もない。

 

でも。

 

ここには。

 

ひとつ。

 

席ができた気がする。

 

 

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