その日。
あなたは洞窟を訪れた。
「今日も来たんだね。」
片手にふきん。
テーブルを拭いていたみたい。
「ここの席…空いてるよ。」
ギデオンが席を勧める。
カウンターはがらんとしている。
「今日はどうだった?話したかったら話してもいいし。」
ギデオンは布巾を置く。
「そうでなくても。ぼく…ここにいるから…。」
あなたはコーヒーを一杯、ギデオンに頼む。
洞窟の中は静かだ。
すると。
ギデオンの頭がカウンターから消える。
しばらくして。
サイフォンが、ことっ、と置かれる。
次は、茶色い豆たち。
ギデオンは、豆の一つに向かって。
ぱきっ。
小さくする。
ぱき。
ぱき。
砕きながら。
「今日は、うまくできるといいな…。」
ギデオンの手の中。
まだ、砕かれていない豆の一つが。
ぴょいーん。
「あ…。」
カウンターを飛び越えて。
あなたの見えないところへ消えた。
すると。
洞窟の奥で。
何かが動いた気配。
ギデオンも。
そちらを見る。
「……?」
少しだけ首をかしげる。
それから。
カウンターのそばを離れて。
洞窟の奥へ。
てく。
てく。
あなたも。
その後ろについていく。
少し進むと。
いた。
灰色の毛。
ふさふさした、しましまの尻尾。
アライグマくん。
小さな水辺の前に座っている。
その手には。
さっき飛んで行った。
茶色い豆。
ちゃぷ。
ちゃぷ。
丁寧に洗っている。
ギデオンが立ち止まる。
「……あ」
アライグマくんは気づかない。
あなたも。
ギデオンの隣に立つ。
ふたりで。
しばらく眺める。
ちゃぷ。
ちゃぷ。
ギデオンのしっぽが。
ゆら。
「…洗われてるね。」
あなたはうなずく。
アライグマくんは。
両手でひとしきり洗った後。
豆を持ち上げる。
じっと見る。
もう一度。
ちゃぷ。
ギデオンもじっと見る。
「…まだ、洗うんだ。」
ちゃぷ。
ちゃぷ。
アライグマくんは。
今度こそ。
満足したらしい。
濡れて。
つやつやになった豆。
そして。
ギデオンに気づいたアライグマくんは。
それを。
そっと、差し出した。
「…ありがとう。」
ギデオンの手のひら。
一粒の。
びしょびしょのコーヒー豆。
ぽた。
ぽた。
ギデオンは豆を見る。
アライグマくんを見る。
また。
豆を見る。
あなたも隣で見ている。
少し間。
「……これ。」
「コーヒーにできるかな?」
ギデオンが顔をあげると。
さっきまで目の前にいた。
アライグマくんがいない。
「……?」
振り向く。
いた。
今度は。
これから使う予定だったカップを洗っている。
ちゃぷ。
ちゃぷ。
「あ…。」
ギデオンは止めるでもなく。
しばらく眺める。
夜風が。
洞窟の入り口から少しだけ入ってくる。
洗う音だけが。
静かな洞窟に響いている。
「きれい好きなのかな…。」
やがて。
ぴかぴかになったカップ。
アライグマくんは。
それを置くと。
すぐに周りを見渡した。
次に見つけたのは。
サイフォン。
ギデオンのしっぽが。
ぴた。
止まる。
「…あ」
遅かった。
アライグマくんはサイフォンを抱えて。
てててててて。
水辺へ。
しゃか。
しゃかしゃか…。
ギデオンは。
水辺を見たまま。
「……洗っちゃったね」
「うん。」
でも。
きれいになった。
まだ使っていなかったけれど。
そのあとも。
アライグマくんは戻ってきて。
お皿。
ちゃぷちゃぷ。
スプーン。
しゃかしゃか。
ふきん。
じゃぶじゃぶ。
みるみるうちに洞窟がきれいになっていく。
ギデオンも。
だんだん止めなくなった。
「……これは、助かってるのかな」
あなたは。
少し考える。
たぶん。
助かっている。
少しして。
アライグマくんは。
床のいしまで洗い始めた。
ギデオンのしっぽも。
一度。
洗われた。
しばらくして。
もう一度。
洗われた。
ギデオンは。
濡れたしっぽを見下ろす。
「……ぼくは。一回でよかったんだけど」
あなたは少し笑う。
やがて。
洞窟の中には。
洗うものが。
ほとんどなくなった。
アライグマくんは水辺のそばで。
空いた両手を見る。
それから。
洞窟を見渡す。
右。
ひだり。
もう一度。
両手を見る。
いよいよ。
帰るのかな。
あなたが思ったところで。
洞窟の奥から。
ぽて。
ぽて。
何かが歩いてきた。
茶色くて。
もちもちした何か。
クラゲガヴィア。
「ぷ」
クラゲガヴィアは。
あなたたちを見つけると。
ぽて。
ぽて。
近寄ってくる。
その途中。
アライグマくんと。
目が合う。
ぴた。
アライグマくんが止まる。
クラゲガヴィアも止まった。
「……」
「ぷ」
2匹が見つめあう。
アライグマくんの視線が。
クラゲガヴィアの。
もちもちした体に落ちる。
それから。
水場を見る。
クラゲガヴィアを見る。
「あ……」
ギデオンのしっぽが。
ゆら……。
次の瞬間。
アライグマくんは。
クラゲガヴィアを抱えた。
「ぷ?」
てててててて。
水辺へ。
あなたとギデオンも。
そのあとを追う。
ちゃぷん。
クラゲガヴィアはみずに浸かる。
「……ぷ」
しゃか。
「ぷ」
しゃかしゃか。
もちもちの足まで。
丁寧に洗われる。
クラゲガヴィアは。
抵抗しない。
むしろ。
すこし気持ちよさそうに。
もち。
としている。
ギデオンが立ち止まる。
「……気に入ってるみたいだね。」
「そうみたい」
しばらくすると。
つるん。
ぴかぴか。
もちもち。
綺麗になったクラゲガヴィア。
もどってきた。
「ぷ」
アライグマくんも。
すこし誇らしそうだった。
そして。
また。
洞窟の中を見渡す。
右。
左。
でも。
もう洗うものがない。
アライグマくんは。
もう一度。
空いた両手を見る。
その時。
「……ぷ。」
クラゲガヴィアが。
ぽて。
ぽて。
近づいてくる。
そして。
そのまま。
空いた両手の間に。
するり。
おさまった。
アライグマくんは。
クラゲガヴィアを見る。
クラゲガヴィアも。
アライグマくんを見る。
「ぷ」
少し間。
アライグマくんは。
もう一度。
クラゲガヴィアを抱えた。
てててててて。
水辺へ。
2回目。
ちゃぷん。
しゃか。
しゃかしゃか。
あなたはようやく淹れなおしたコーヒーを。
両手で抱える。
ギデオンもカップを持っている。
ふたりで。
コーヒーの湯気越しに。
水辺を見る。
しゃか。
しゃかしゃか。
洞窟には。
コーヒーの香りと。
クラゲガヴィアを洗う音が。
静かに残っていた。