雲は穏やか。
洞窟の外はまだ夏の温度が残っていた。
少しだけ風に残った暑さから逃れるように。
あなたは洞窟の入り口に立つ。
「あ…。」
いつもの長椅子に腰かけていたギデオンが振り返る。
あなたは軽く手を振る。
「今日も来たんだね。」
ギデオンは尻尾をすこし寄せて。
いつもの隣の席を空ける。
洞窟の中はひんやりとしていて、過ごしやすい温度だ。
石の冷たさを感じながらゆっくりと腰かける。
「なにを。見てたの?」
しっぽが。
ゆら...。
「あそこ。」
ギデオンが少し探して。
洞窟の奥を見る。
アライグマくん。
わたがしをくわえている。
「雲みたい...。」
ギデオンがぽつり。
あなたは少し笑う。
「どこから持ってきたんだろうね?」
ギデオンも。
少しだけ首をかしげる。
アライグマくんは。
わたがしを。
じー…。
白くて。
ふわふわ。
手で。
つん。
少しへこんで。
また。
ふわ。
「…気に入ってるのかな?」
アライグマくんは。
今度は。
鼻先を近づける。
くん。
くん。
それから。
あなたたちの方を見る。
わたがしを見る。
もう一度。
あなたたちを見る。
……。
あなたは。
なんとなく。
このあとのことがわかって。
少しだけ。
笑ってしまう。
そんなあなたの様子を見て。
隣のギデオンは。
首をかしげている。
「……?」
その間にも。
アライグマくんは。
わたがしを見る。
水辺を見る。
また。
わたがしを見る。
あなたは。
もう一度。
少しだけ笑う。
ギデオンは。
あなたを見る。
アライグマくんを見る。
「……なに?」
その時。
アライグマくんが。
わたがしを。
両手で抱えた。
ててててて。
水辺へ。
ギデオンのしっぽが。
ぴた。
「あ……。」
あなたは。
やっぱり。
と思う。
アライグマくんは。
水辺の前に座る。
手の中の。
白くて。
ふわふわしたものを。
じっと見る。
それから。
水を見る。
ギデオンも。
じっと見ている。
「……まさか。」
ちゃぷ。
「あ。」
わたがしの先が。
水に触れる。
白いところが。
すこし。
しゅん。
と小さくなる。
アライグマくん。
ぴた。
止まる。
自分の手を見る。
でも。
もう一度。
ちゃぷ。
今度は。
もっと。
しゅん。
アライグマくんの両手には。
甘い香りだけが残る。
「……なくなっちゃった。」
ギデオンが。
ぽつり。
アライグマくんは。
空っぽになった両手を見る。
……。
水面を見る。
もう一度。
両手を見る。
それから。
水の中へ。
そっと。
手を入れる。
ちゃぷ。
ちゃぷ。
右。
左。
水の底まで。
手探り。
何もない。
アライグマくんは。
少しだけ。
首をかしげる。
それでも。
ちゃぷ。
ちゃぷ。
まだ。
探している。
やがて。
手を水から出す。
くん。
くん。
指先をかいでみる。
甘い匂い。
今度は。
水面に鼻を近づける。
くん。
くん。
甘い匂いを追いかけるように。
水辺を。
少しずつ。
移動していく。
すると。
水辺で浮かんでいた。
クラゲガヴィアが。
「ぷ。」
アライグマくんを見つけて。
近づいてきた。
ぽよ。
ぽよ。
アライグマくん。
止まる。
クラゲガヴィアを見る。
もちもち……。
クラゲガヴィアも。
アライグマくんを見る。
「ぷ」
少し間。
アライグマくんは。
鼻を近づける。
くん。
……。
クラゲガヴィア。
「ぷ?」
もう一度。
くん。
くん。
アライグマくんの鼻が。
クラゲガヴィアの。
もちもちした体の周りを。
行ったり。
もどったり。
くん。
……。
甘い。
それから。
少しだけ。
コーヒーの匂い。
クラゲガヴィアの口元には。
白い泡が。
ちょこん。
その下に。
薄い茶色の。
小さな雫。
「ぷ。」
ギデオンが。
あなたの隣で。
じっと見ている。
「……。」
少しして。
クラゲガヴィアを見る。
その口元を見ている。
「……まだ、ついてる。」
クラゲガヴィア。
「ぷ?」
ギデオンは。
なにも言わずに。
自分の口元を。
指で。
ちょん。
と示してみる。
クラゲガヴィア。
じー……。
ギデオンを見る。
もちもちの足を見る。
もう一度。
ギデオンを見る。
「ぷ!」
もち。
もちもち。
なぜか。
ちょっと元気になった。
ギデオンは。
少し待つ。
……伝わっていない。
「……うん。」
「元気だね。」
クラゲガヴィア。
「ぷ。」
その口元には。
まだ。
白い泡が。
ちょこん。
アライグマくんは。
そんなクラゲガヴィアに。
鼻を近づける。
くん。
くん。
頭のあたり。
くん。
もちもちした横。
くん。
足元。
クラゲガヴィアは。
そのたびに。
もち。
少し揺れる。
「ぷ。」
嫌ではないみたい。
アライグマくんは。
今度は。
クラゲガヴィアの口元へ。
くん。
……。
ぴた。
止まった。
もう一度。
くん。
くん。
アライグマくんの耳が。
ぴく。
顔を上げる。
クラゲガヴィアを見る。
水辺を見る。
もう一度。
クラゲガヴィアを見る。
見つけた。
そんな顔。
ギデオンも。
その様子を見ている。
「……なんだか。」
すこし考えて。
「アライグマくん。」
「洗浄探偵みたいだね……。」
……。
あなたは。
少し笑う。
「捜査方法……。」
「洗浄。」
「証拠を消しちゃうね。」
ギデオン。
少し間。
「……たしかに。」
アライグマくんは。
もう。
クラゲガヴィアを抱えている。
そして。
「ぷ?」
抱えたのに。
すぐに離して。
ちゃぷん。
そのまま。
その場で。
しゃか。
しゃかしゃか。
白い泡も。
甘い香りも。
少しづつ。
水の中へ。
ギデオンは。
洗われていくクラゲガヴィアを見る。
クラゲガヴィアは。
もち……。
もち……。
目を細めて。
少し。
気持ちよさそう。
「ぷ……。」
あなたも。
その様子を見る。
「犯人じゃないのにね。」
ギデオンが。
ぱち。
と瞬きをする。
それから。
アライグマくんを見る。
クラゲガヴィアを見る。
「……うん。」
少し間。
しゃか。
しゃかしゃか。
「でも。」
ギデオンが。
ぽつり。
「クラゲガヴィアは。」
「困ってないみたい。」
「ぷ……。」
むしろ。
気持ちよさそう。
アライグマくんも。
一生懸命。
しゃかしゃか。
している。
ギデオンのしっぽが。
ゆら。
「……間違えても。」
少し考える。
「だれも困らないことって。」
「あるのかな。」
あなたは。
水辺を見る。
アライグマくんは。
まだ。
洗っている。
クラゲガヴィアも。
まだ。
もちもちしている。
「あるのかもしれないね。」
ギデオンは。
しばらく黙る。
水辺を見る。
アライグマくんは。
丁寧に洗っている。
しゃか。
しゃかしゃか。
クラゲガヴィアは。
気持ちよさそうに。
もち……。
もち……。
「……間違えたのに。」
ギデオンが。
ぽつり。
「今日は。」
少しだけ。
視線が洞窟の壁を這う。
「なにも悪いこと。」
「起きなかったね。」
あなたも。
水辺を見る。
「うん。」
「…不思議だね。」
ギデオンのしっぽが。
ゆら。
水辺では。
アライグマくんが。
ぴかぴかになったクラゲガヴィアを。
そっと。
水から持ち上げる。
つるん。
もち。
「ぷ。」
アライグマくんは。
クラゲガヴィアを見る。
自分の手を見る。
それから。
クラゲガヴィアを。
もう一度見る。
わたがしは。
無くなってしまったけれど
なんだか。
ご機嫌そう。
クラゲガヴィアも。
もち。
としている。
あなたは。
ふたりを見ながら。
ギデオンに声をかける。
「コーヒー。お願いしてもいいかな?」
「……うん。」
ギデオンは。
長椅子から立ち上がる。
てく。
てく。
カウンターの向こうへ。
少しして。
こと。
あなたの前に。
カップが置かれる。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
両手で。
カップを持つ。
まだ。
あたたかい。
ひとくち。
……。
少し。
甘い。
もうひとくち。
ミルクの味。
あなたは。
カップの中を見る。
薄い茶色。
……。
カフェラテ。
あなたは。
隣のギデオンを見る。
ギデオンも。
あなたを見る。
「……?」
少し間。
あなたは。
もう一度。
ひとくち。
おいしい。
「……。」
ギデオンのしっぽが。
ゆら。
洞窟の中は静かだ。
あなたは。
カップを置かずに。
そのまま。
両手で包む。
洞窟の中には。
甘い香りが残っている。
少し違ったけれど。
今は。
これでいい気がした。
水辺の近くには。
ぴかぴかになった。
クラゲガヴィアが。
ぽて。
ぽて。
歩いていく。
洞窟の入り口からは。
まだ少し。
夏の温度を残した風。
あなたの手の中には。
あたたかい。
カフェラテ。
その向こうで。
アライグマくんの鼻が。
ぴく。
甘い香りが。
まだ。
どこかに残っている。
アライグマくんは。
今度は。
あなたのまわりで。
甘い香りを。
探し始める。