勇者パーティーに憧れてこっそり後を付けたらなぜか魔王にラストアタックを決めてしまい「魔王殺し」として魔王軍のナンバー2から言い寄られているんですが 作:雑巾とナマステ
――とある夜。魔王城に中学生くらいの少年が一人。
「……あぁ、もうなんでこんなとこまで来ちゃったんだろ」
俺はそんな弱音を吐きながら、しかし進む足を止められなかった。
外から見た魔王城は、幽霊でも出そうな感じの石造りの無骨な巨城で、その印象の通り内装も極限まで飾り気がない。こうも壁や床が石で統一されているとなんだか体感温度も低い気がする。
進む先は月の光が薄く差し込むだけの暗闇。けれど、暗視魔術を付与した眼鏡のおかげで俺の周りの様子はばっちり見える。
――いや、色々見えちゃってる。
石の床には前を行く勇者パーティーが残していった
「……うひー、見たくないのに目に入る」
勇者パーティーの一番槍、『剛拳スクルド』によってぶん殴られた三メートルはあろう巨大オーガは、まるで十トンの重りで殴りつけられたかのように身体のいたるところがグニャリ、とくぼみ絶命している。
その傍らで焦げ臭いにおいを放つのは一回り小さいオークで、これは【紫苑の魔術師】の異名をとる『女術師マクベス』の燃焼系魔術によるものだ。
そして最後、月の光を受けててらてらと光るキューブの正体は、聖剣『フォルテ』に選ばれた『勇者ハカマダ』のサイコロスラッシュによって切り刻まれたガーゴイル、だっただろうか。
もうあんなサイズになってしまえばただの肉だ。見ても分からない。
というか見たくない。本気でグロい。
「……まさかここから再生復活して襲ってきたりしないだろうな」
護身用として日頃のクエストで使うショートソードを持ってきてるが、それがどこまで通用するか。一応、各地で魔王の息がかかったダンジョンを攻略して回る勇者に憧れ、数か月分の小遣いを全部つぎ込んで教会で聖魔術を付与してもらってはいる。だから魔族にも効果がある、はず……。
だがそもそも、俺が日ごろ相手にしてるは森の
単に狂暴なだけの魔獣と、頭を使って殺しに来る魔族とでは戦いの性質が全く違う。
「花の香水に突撃するエビルイノシシとか、血の付いた生肉トラップ仕掛ければ一発でひっかかってくれるエビルドッグとかが如何に愛らしいか、よ~く身に染みたね……」
もうね、こっそり見てたけど魔族ってほんと陰険。身体の変形能力がある奴なんかは、声帯を変えて勇者の声で適当な指示を飛ばして罠にハメようとしたりしてた。許せない。
それだけじゃない。
純粋な個体の戦闘力で既に魔獣と比べ二、三倍差がある上に、魔族が集団で集まればそこには高度な知能による連携が生まれる。そうなれば並大抵のパーティーでは太刀打ち出来ないし、そんな集団が上級魔族に分類されるガーゴイルやオーガなんかで構成されようもんなら、あと人間に出来るのは数に物を言わせることだけだ。
そんな怪物集団が、この魔王城には文字通り至る所で侵入者の排除を目指して襲ってくる。
普通に
だというのに、前を行く彼らの歩みは止まることを知らなかった。
その彼らこそ、俺が憧れてやまない『勇者パーティー』だ。
魔王討伐のため、全国の
なかでも俺の憧れは勇者パーティーのリーダーも務める勇者ハカマダ。
『聖剣フォルテ』の使い手ってのも格好いいし、しかも勇者パーティーで唯一現役の
そんな彼らがウチの村を通ると聞いて、俺の心がどれだけ踊ったことか。
前夜に食べた野草が瘴気に犯されててお腹を壊したとか言って、村の寺子屋をズル休みしてまで見に行ったくらいだ。
だから初めは、ちょっとした口惜しさだった。
憧れの勇者パーティー相手に声をかけることなんて出来るわけもなく。
俺はこっそり彼らの後をつけ続け、村を抜けても彼らから目を離さず。
あと少し、もう少しと彼らの後をつけ――気づけば『聖女エレノア』の開いた転移門に思い切って飛び込んでいた。
「で、気づいたら魔王城のなか、と……」
うん、我ながら何やってるんだろうと思う。……いやマジで何やってるんだろう。
暗視眼鏡と隠形魔術を付したマントが無かったら今頃死んでたっておかしくない。
廊下の残骸と、女術師マクベスの爆撃魔術の音が大きいおかげでなんとなく勇者パーティーの後は追えている。けれどここ一時間、彼らの背中は見つけられていなかった。
「勇者パーティー見失っちゃったし、どうしよう……」
状況は結構まずい。城の中でまた転移門を使われたら、今度こそおしまいだ。
と、絶望的な気分になりかけたその時だった。
『ついに来たぜ、魔王っ!』
「っ!?」
吹き抜け螺旋階段の上から、建物の中でくぐもりながら、しかしどこまでも熱く蒼い思いを宿した声が魔王城に響き渡った。
何度も繰り返して映写機で見た姿が思い起こされる。
これは……、
「ハカマダの、声……?」
続いて、激しい爆撃や壁をぶっ壊すような衝撃音が強く耳朶を打つ。
これまでなかなか会えなかったのは、どうやら階が違ったからってことみたいだ。てことは討ち取り逃しがいたら、本当に結構危なかったのか。
じゃなくて。
いまこの上で繰り広げられる戦闘は、明らかにこれまでとは熱量も破砕音の違って聞こえる。
――というか、もしかして今『魔王』って言ったか?
「じゃあまさか、この上に魔王が……?」
魔王城なんだから当然、どこに居たっておかしくないけど……。
つまりということは、だ。
このまま上に行けば、ハカマダたちが魔王と戦っているのを見られる、のか……?
瞬間、全身の毛が逆立つほどの興奮が身体を襲った。
急激に鼓動が加速して、知らず呼吸が浅く短くなる。
――見られる……?
週一くらいのペースで上がってくる映写機でしか見たことが無い、彼らの生の戦闘を、
憧れて憧れて、彼らの勇姿を伝える新聞を楽しみに郵便受けに走るのが一日で最大の楽しみになるほど熱望した彼らの物語の集大成を、
退屈な日常に、ノンフィクションの英雄譚をくれた彼らのクライマックスを、
この世の悪である魔王を倒す、最高のラストバトルを、
この眼で、見られるってことなのか?
「…………み、たい」
気付いた時にはつんのめる勢いで階段を駆け上がっていた。
ほんの一瞬でも早く、ただ一合でも多く。
彼らの戦いを見たい。ハカマダの勇姿を見たい。
見たからどうにかなるわけじゃなくても、見たところでなにか俺の人生が変わるわけでも、その場にいたところでハカマダの力になれるわけじゃなくても。
ただ、
「――見たいっっ!!」
風でなびくマントが邪魔くさくて投げ捨てた。隠形が解けることも厭わずに駆け上がる。
螺旋階段の種着点は、天井にぽっかりと開いた穴に繋がっていた。きっとあの上で、今も勇者パーティーは命がけの戦いをしている。
この城全体を揺らす爆発音は西の魔大帝ヘカテートとの激闘の末掴んだマクベスの奥義『オメガアトミックバレット』だろうか。
大地をひっくり返すほどの雄たけびを上げるのは、ついこの前のダンジョンで『最悪の魔族』と言われる『地獄種』ヘパイトスを討伐した末にエレノアと結ばれたスクルドのものだろうか。
新聞記事で読んでいただけのおとぎ話が今、目の前で終わりを迎えようとしていた。
最後の段を踏み切って、流れ弾が当たるかもなんて警戒も忘れて俺はその穴から勢いよく顔を出した。
「――行くぞ!! 魔王ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
間に合った。それと同時、ハカマダの絶叫が魔王の部屋に響き渡る。
闘いは既にクライマックス。
いつも新聞の写真や映写機でしか見たことが無かった彼らが、生きている、戦っている。
満身創痍になりながら、魔族を率いて数多くの侵攻を指導した魔王に立ち向かっている。
スクルドとエレノアは地面に付しながらも強いまなざしでハカマダに信頼の視線を集め、マクベスは壁に寄りかかりながらも鬼の形相で魔術を維持している。
彼らと相対する魔王の姿は黒い燕尾服を身に纏った男性だった。
所謂『魔人種』というやつだ。魔族の中でもっとも容姿が人間に近く、そして最も基礎身体能力や魔術の素養に長けた最強の魔族。
けれど、魔王の容姿は人間というよりもはや――悪魔そのものだった。
背中からは三対計六本のどす黒い翼が生え、四肢もそれに合わせるみたくギラギラと龍のように凶悪な形をしている。
両眼は真っ赤に染まり、瞳孔が蛇のように縦長に絞られていた。
その奇妙な眼が、ギンッ!とハカマダを睨み付ける。
しかし直後、魔王の表情が驚愕に染まる。
「なぜだ! なぜ私の蛇眼でにらまれても固まらない⁉」
「当然だろ、だって
威勢のいい声が鳴ったと同時、ハカマダの聖剣フォルテが聖魔術の光を放ち始める。
「魔術耐性に聖魔術無効化、色々チートなお前の能力で最強クラスに危険なメドゥーサの眼対策なんかしてるに決まってるだろ。スクルドは燃焼系魔法が得意、ってことは得意分野は炎。それを分解、つまり熱と光に分ける」
「それがどうした! よもやこの私が光の目くらましを食らってやるとでも――」
「――違うね。スクルドが今やってるのは、光の起動を捻じ曲げてお前の蛇眼に映る像の位置をズレたさせること。つまりお前が見てる俺は、ただの虚像だ!」
「なん――っ!」
動揺に立ち止まった魔王を、空中を浮かぶ光が横凪に吹き飛ばす! 格好いい!
もはやうめき声も叫び声も聞こえない轟音とともに壁にぶつかって、けれどハカマダの神速の追撃を魔王はすんでのところでかわした。
「まだだ……っ! それなら厄介な術師を先に排除するまで……!!」
そして即座に判断を変更。対峙するハカマダから今の一撃で離れた距離を利用して、即座に標的をマクベスに付けた、その瞬間。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
天地がひっくり変えるほどの唸り声とともに、瀕死状態で地面に伏していたスクルドが全身のばねを使って魔王の龍の脚にガシッと勢いよく飛びついた。
「この、デカブツがあああああああああああああああああっ!!」
「――させませんっ!」
倒したはずのスクルドによる最後の抵抗に激昂する魔王。マクベスに向けた魔砲術式の標準を変える瞬間、よく通るエレノアの声がそれに待ったをかける。
スクルドに至近距離で放たれる死の一撃。魔力エネルギーに瘴気を練り込んだ必殺光線は、しかしまるで浮くように空中で留まり、全くスクルドに到達しない。
それはまるで、その空間だけが何千倍、何万倍も
「限定空間における極度の遅延定義術式――、まさか空間支配魔術だと⁉」
「貴方に説明する義理は、ありません……っ!」
毅然と言い放つエレノアの口の端からはだらりと鮮やかな血が零れ落ちる。
それも当然で、もしあれが空間支配魔術だとすれば、それは生命力を触媒に世界そのものに干渉する禁呪だ。国の魔術師が交代制で数年かけて絶えず魔法陣に祈りを捧げ、数千単位の生命をささげてようやく成功するかどうか、というレベルの魔術だ。それを一人でやってのけるというのだから、むしろ多少脳の血管が焼き切れる程度で収めるエレノアもまた勇者パーティーにふさわしい怪物と言える。
そんなエレノアの鬼気迫る視線が、しかし聖女らしい優しい熱量を持ってハカマダの背中を押す。
「お願いします、ハカマダ様!」
「ありがとうスクルド! 頼まれたぞエレノアっ!」
そして訪れる最後の時。
最後の力を使い果たし、気絶してもなおスクルドは魔王の足を離さない。
魔王が必殺光線を打った直後、どんな生物にも訪れるクールタイム。
それが――ここに来て噛み合う!
「これでっ!! 終わりだぁぁぁぁああああああああっ!!」
聖剣フォルテがまるで太陽のように輝き、それを操るハカマダは、旅の初期から使い続ける左足を軸足として一回転してから横凪に切る『アーチストスラッシュ』を放った! かっこいい!
ジュウ! と何かが蒸発する音を立てながら、魔王はまた壮絶な勢いで壁まで吹き飛ばされる。
やがて土煙のベールが開けると、魔王の身体は上半身と下半身が真っ二つに分かれ、上半身側の首はだらんと脱力しきって頭が垂れさがっていた。
ピクリとも動かない。完全なる沈黙。
「……勝っ、た?」
え、今のって誰の声?
いや、俺のだ。
思わず口をついて出た俺の声は、静まり返った魔王の部屋にやけに響いた。というか、響いてしまった。
油断なく魔王を観察していたハカマダの視線が、気づけば穴から完全に身を乗り出していた俺の視線と交わる。
あっ、ばれ――
「――ハカマダ様!」
刹那。エレノアの鋭い声にハカマダはハッとしたように魔王に目をやって――、
「――――ぇ」
ぴしっと、まるで物言わぬ銅像みたいにハカマダの身体が停止する。
やはり下半身を失った魔王はぐったりと体重を背中に預けたままで、ハカマダは両手で聖剣を構えて二本の脚で立っている。
片や歩行能力を失い、もう一方は二本の脚で立っている。完全に勝負は決している。
けれど魔王の蛇眼が強く、強くハカマダを睨み付けていた。
見ただけでそのものを石にしてしまうという、最悪の魔眼で。
「…………ふはっ」
魔王が嗤う。勇者は答えない。答えられない。
「……私の人生に敗北の文字は必要ない、だが転じて言えば最後に敗北という結末さえなければそれでいいわけだ。たとえそれが両者破滅の引き分けだったとしてもな……」
「ふざけないで魔王! 私の勇者は絶対に――っ」
マクベスが反論の声を上げるが、それもひと睨みで固められた。
そしてスクルドも、禁呪のあとで何の魔術抵抗も出来ないエレノアを難なく石化して。
「……そうだそのまま黙れよ駄肉魔術師に煩悩シスター」
今度こそ、魔王は静かに目を閉じた。
まだ胸部が上下しているので死んではいない。だがこのまま放っておけば死ぬ。
魔王が死ぬ。
勇者とその仲間たちを永遠の石化術式の呪いに閉じ込めたまま。憧れの勇者を道連れに。
それはひとえに、愚かにも彼らの戦いに水を差すように視界に割り込んだ、
「……俺の、せいか…………?」
俺がもっときちんと身を隠していれば、ハカマダは油断なんかしなかった。そうしたら隙なんか生まれず、魔王の蛇眼で固められることなんてなかったはずだ。
静まり返った魔王の部屋。
勇者パーティーは四人全員が石化され、魔王もあと数分で地獄に落ちる。
「…………なんとか、しなくちゃ……」
でもどうやって? 俺に特別な力はない。
誰かに憧れることは、そうは成れないという自白と同じだ。だから俺は魔王に挑む勇者に憧れてしまった時点で、もう勇者は超えられない。勇者が勝てなかった魔王には勝てない。
いくらショートソードに聖魔術を付与させようと、魔族の頭領である魔王にそんな田舎の教会が子供の小遣いで付与させた程度のものが効くわけない。
じゃあ俺に一体何が出来るのか。
何も出来ない。
唯一出来るとすれば、それは何もしないことだ。なにも引かず何も足さない。ただこの美しくも儚く切ない彼らの結末を、他の誰かに勇姿を伝えることだろう。新聞以外にも、勇者パーティーの活躍は時折街にやって来る吟遊詩人の口からも伝え聞いていた。
「吟遊詩人、か……」
本当の俺は何に憧れていたんだろう。
そんなことすら曖昧になるくらい自分を誤魔化した、その時だった。
「………ぅ………ぁ……」
かすかなうめき声のような音に、俺は一瞬で警戒を高める。勇者パーティーはもういない。ここで真打が来ればもう俺に命は――
「――……きみ……は……」
今度ははっきりと聞こえた。
声の出どころは、数メートル先で両手で剣を携えた――勇者ハカマダ。
動かないはずの口が動く。けれどさっきのは奇跡だったのか、もはや声帯すら石化されてしまい、口が軽く動くだけでもう声は聞こえない。
だから出来るのは唇の動きを読むだけで。
――いきろ
瞬間、俺の脚は思わぬ方向に動き出した。
逃げるのとは逆方向。まっすぐ
いや何してんだ俺。いま憧れのハカマダに
「でも……っ!」
理由なんてなんでもよかった。
ただ強いて言うなら、俺が憧れの人の前で無様に逃げたくなった。
「……うお、お、ぉぉぉあああああああ……っ」
腹の奥からじわじわと、粘度の高い溶岩みたいにじっくり熱い気持ちが奥から飛び出す!
「うおおおおおおおおおおおおおおっっっ‼」
ショートソードを握り直して、上下するに魔王の胸に突き刺す。
けれどそれは当然の如く魔王の皮膚一枚すら傷つけることなく鱗に弾かれ、はじき返されたショートソードはアイスキャンディーみたいにぺっきり折れた。
それでも、何度も繰り返す。しつこいくらい心臓めがけて刃を振るい続ける!
魔王について、噂で聞いたことがある。
魔王を倒したものに与えられるものそれは――一つだけ願いを叶えること。
今の俺に出来ること。これからの俺が、見たいもの。
「――俺が、絶対に勇者パーティーを死なせない……っ!!」
振り下ろす。振り下ろす……! 振り下ろす……っ!!
ガゴッ! と手ごたえがあった瞬間、俺はそれを逃さず今度はてこの原理で鱗を引きはがす。
そして露わになった、魔王の薄い胸板めがけて――振り下ろす。
直後、柔らかく受け止められる感触と吹き出るあたたかな血が心地良いような気がして。
魔王の心臓を、俺の折れたショートソードが貫いていた。
魔王は死んだ。
最後の一撃は、半ばから折れた俺のショートソードだった。