勇者パーティーに憧れてこっそり後を付けたらなぜか魔王にラストアタックを決めてしまい「魔王殺し」として魔王軍のナンバー2から言い寄られているんですが 作:雑巾とナマステ
「――、……んぁ?」
俺が目を覚ますと、さっきまでいた最終決戦場とは違う部屋にいた。
全身がずきずき痛むのを奥歯を噛みしめて耐えつつ、身体を起こし辺りを見回す。
雰囲気的には王城の謁見の間、みたいな感じだ。
ただし、壁や天井にはめ込まれたステンドグラスには代表的な悪魔召喚魔術の魔法陣が描かれ、等間隔に並んだ石柱にはソロモンの72柱のデザインが掘り込まれている。
……ってことはここ、まだ魔王城の中か。
あれだけ爆音を鳴らしていたハカマダ達の戦闘音は聞こえない。
もしかして彼らの戦闘はもう終わってしまったんだろうか。
………………………………………………………………。
「…………いや、違うか?」
靄の奥にある曖昧な記憶を引っ張り出す。えーと、なんか大事なことを忘れてる気がする。
そもそもどうやってここまで来たのかすらも微妙だ。取り敢えず城のなかで色々とグロいものを見た記憶と、魔王の眼で石化したハカマダ達を見て、思わず駆け出したことまでは覚えている。
で、あとは……
「……そうだ、ショートソード」
軽く付近を見てみるが、使い慣れた愛刀はどこにもない。空っぽの両手を見下ろすと、そこには不気味なくらい鮮やかな血が月の光に輝いて――
血? 魔王の血だよな、これ。
「あれ? なんで俺生きて――」
「ようやく起きたか、少年」
かつり、と石造りの床をヒールが叩く硬質な音が鳴った。それと同時に、闇の向こう側、冷たい声色が俺に投げかけられる。
ハカマダ達勇者パーティーの誰かの声――じゃない。
瞬間、俺は警戒心をマックスに引き上げる。
確か昔、勇者関連の童話や民話を読み漁っていた時に読んだことがある。
『聖剣に選ばれる勇者は一人、同時に魔王因子を受け継ぐ者もまた一人』
魔王因子は受け継がれる。それが今さっき討伐された魔王から、もうすでに誰かに受け継がれていたとしたら……?
かつかつとリズミカルな足音が近づいて来る。鈍い痛みとだるさが全身を襲うなか、俺は声のした方向に油断なく視線を向ける。
もし仮にこの音の正体がそれだとしたら、――覚悟を決めろ。
ハカマダ達はまだこの城の中に居る。それなら、俺がここでほんの数分でも時間を稼げれば、きっとハカマダ達にバトンを繋げる。
血を浴びた時点でもう一度死んだ命だ、ここまで来たら、最後まで使い果たす!
そう気合を高めて足音が近づいて来る方向に目を向け、
「――随分なご挨拶じゃないか、少年」
冷たい声と共に現れたのは、漆黒のドレスに身を包む丁度俺と同じ十代後半くらいの女の子だった。
いや、見た目はよく人と似ているが、瞳孔は縦長に割れ、両耳はトキンと尖っている。
……間違いない、コイツ魔王と同じ魔人族だ。
「……お前、あの魔王の側近か?」
「魔王閣下を気安く俗称で呼ぶな、サタルーク・イスタシオ・ファン・デ・ルーン魔王閣下、だ。まあいい、私はシルファ・アデウス、貴様は?」
「そう簡単に答えるかよ……。それより先に俺の質問に答えろ、シルファ」
「何を言うかと思えば。その質問の答えは少年、貴様自身が捻じ曲げたんだろう」
「俺が?」
「――サタルーク閣下はもういない。お前が殺した、栄光ある我らの指導者は貴様が葬ったのだ」
ズグリ、と。圧し潰すような魔人少女の視線に、まるで脊髄に極太の鉄柱をぶっ刺されたみたく不自然に背筋が伸びる。
これまであまり深く考えて来なかったが、何かを殺すということは、本来
例えば、世界から恐れられた魔王の側近だったという、この女の子のように。
「それで、なんだよ。お前は俺を殺しに来たのか?」
「そうだ。……今も殺してやりたい、とは、思っている」
鋭い眼光は変わらない。けれどどこか少し、違和感がある返答だった。
「思ってる?」
「……ああそうだ。思うだけならいくらでも出来る。本来なら、今ここで貴様の首を跳ね飛ばして、それを勇者パーティーとやらにくれてやりたいくらいだ」
「それは、実際にそう出来ない理由がある、ってことか……?」
「…………」
シルファは答えない。多少時間稼ぎが出来ればいいくらいに思っていたが、話はどうやら少々入り込んでいるらしい。
でも俺を殺さない、殺せない理由、か。
……俺を殺さない理由、俺が死ぬべき理由…………ん?
「いや待て。お前今、俺をここに連れて来たって言ったか?」
「ん。何をいまさら――」
「なんでだよ?」
「は?」とシルファは鬱陶しそうに口を開いて、「そんなもの、あの場でお前に死なれては困るからだ。勇者ハカマダも動き始めていたしな」
だから落ち着いて話せる場所に移動した、と。
…………違う、俺が聞きたいのはそう言うことじゃなくて。
もし仮に、勇者パーティーが動き始める前にシルファが俺をここに連れて来たのだとしたら。
「じゃあなんで、
「――――」
「はっきり言って、俺の記憶はまだ曖昧だ。……けど、あの魔王の心臓を刺して、全身にアイツの血を浴びたことは覚えてる」
「ふむ。だから死んでいないのはおかしいと、貴様はそう言いたいのか。確かに、サタルーク様の御血を浴びて生き残る人間などいるはずがない」
そうだ、いるはずがない。
だから俺は今死んでいなければおかしいし、生き残るのであれば何らかの薬草を触媒にした治癒術式をかけて、血の毒性を解毒していなければおかしい。
だがそれなら、勇者パーティーが動き始める前にって言うのはあり得ない話だ。
だって――魔族は治療魔術を使えない。
「…………お前、俺に何をした……?」
シルファが退屈そうに表情を歪めると、牙のように尖った歯がギラリと光る。
それと同時、彼女の足元に小さな魔法陣が浮かび、光の柱が天井に伸びる。光が収束するとそこには姿見が立っていた。その銀面には警戒の視線を取った俺が写されて――
「――ぇ?」
俺、ではなかった。
俺に向けられた鏡に映るのは、俺じゃない。
いや、そうじゃない。
あんな、――尖った耳と牙のような歯をした、縦割れの瞳孔を持つ怪人なんて。
「ぇ、ぁ、あぁぁ………」
「容易に予想は出来たはずだろうに、魔族の血は魔族にはなんの害もない。要するに、治癒魔術が使えないのであれば――貴様を魔族にすればいい」
魂の核に触れられさえすれば簡単なことだ、と。シルファはこともなげに言った。
……なんだよ、それ? おかしいだろ……?
魂の核が具体的に何を指すかは分からないが、書き換えるだけで当人を魔族に変異させるような重要なもの、簡単に触れられるわけがない。
――嘘、だ。
……こいつの言ってることは、絶対に間違ってる……っ!
「ふざ、けんな……っ! 魂を書き換えるなんて、そんなこと簡単に出来るわけ」
「――侮るな。貴様のような農家のせがれの魂ごとき、この魔王閣下の右腕を務めた私にとっては手毬を弄ぶよりも容易なことだ」
「か……っ」
言葉に詰まる俺を見て、シルファは完全に俺への興味を失ったように視線を外す。
「なんの魔術的防御もせず、教会の加護を受けるわけでも、術式遮断のシルクも纏わうわけでもない平民に、この私が遅れを取るわけがないだろう」
「ま……待てよ! 俺は、こんなこと頼んでない! 誰がここまでして俺を生かせなんて言った‼ 俺はあのままハカマダのために死んでも――」
「――――」
「……しん、でも……っ」
言葉が止まる。
まるで
シルファの冷たい視線が、俺を貫いた。
「死んだって、なんだ?」
「……っ! ……っ‼」
なんでだよ、どうして声が出せない!
頭にはその啖呵が浮かんでいる。なのに、それは決して口から出ない、出せない。
身体も頭も魔族になった自分が憎くて仕方ないのに、
シルファのことを――忌むべき魔族のことを、今は一人の味方だと思ってしまっている。趣味が悪いと思っていたステンドグラスのデザインさえも、今ならどこか格好よく見える。
――違う!
惑わされるな! 俺は魔族じゃない!
俺は…………俺は――
「なんで……っ」
俺は、人間――――じゃない。
鏡に映る自分の姿が、その現実を突き付けてくる。
顔を上げれば、あれだけ憎たらしかったはずのシルファの顔が、今は微かに懐かしさを感じるほど自分に馴染んでいた。
人間と魔族の境界が曖昧になる。自分がいつから人間だったのか、いつから魔族になったのか。魔族に対する嫌悪感も、今やなぜそこまで嫌っていたのかすら分からない。
「……どうして、こうまでして俺を生かそうとするんだ……?」
「何度も言わせるな。貴様を死なせるわけにはいかない、それだけだ」
「なんで……なんで俺なんだよ? 平凡でなんにもない俺なんかより、もっと優秀で強い人間がいるはずだ。そいつらのほうがよっぽど」
そこまで言って、口を噤む。
……これじゃまるで、自分以外の誰かが魔族に変えられることを勧めてるみたいじゃないか。
そんなの、絶対ダメだ。
シルファは片目で俺をチラリと見やると。
「理由は明快だろう、お前が『魔王殺し』だからだ」
は、と思わず声が零れる。
意味が分からない。だって理由になってない。
俺が魔王を殺したから?
「なんだよ、それ……? 俺はただ、ハカマダ達を助けようと思って」
「助ける? それこそ意味不明だな。あの連中には中央都市の後ろ盾がある。貴様が何もせずとも、奴らはまたウジのように湧いてたかって来るだけだ」
「それなら……」
それなら、俺のしたことは?
「無駄なこと、とは言い切れないだろう。本来ならあの場で勇者連中の石を破壊しておきたかったが、貴様が余計なことをしたおかげでそれも叶わなかった」
「そうか……」
それなら良かった、と続けようとして、シルファの咎めるようなジトっとした視線を感じて咄嗟に口を閉じた。
いや、別に魔族なんだから気を遣う必要はないんだけど。でも……
――シルファが俺の命を救ってくれたのは、まぎれもない現実だ。
……っていや待て、魔族にされてる時点で人間としての俺は殺されてるわけだから、むしろ生き地獄に引き摺りこまれただけじゃないか?
もしかして、こう考えてること自体
全然分からない……。
けれど、シルファから俺への害意は――ない、ように思う。
思えば、俺はこのシルファのことを全く知らない。
いや、別に知る必要もないとは思うけど。でも自分の命を助けた存在のことを知らないのは、なんだかちょっと、寂しい気がする。
「あのさ、シルファは」
「気安く話しかけるな、凡人」
「…………」
前言撤回。コイツ嫌いだ。
何かに憧れて努力している人間は「凡人呼ばわり」されることを極端に嫌うのだ。
「なんだその無性に腹が立つ眼は? また魂を弄られて今度は蛆虫にでもされたいのか?」
「それはやめてください……」
脅しとしての内容が強すぎる……。
少なくとも魂を人質に取られてる以上、今は逆らわない方が良さそうだ。
シルファは心底馬鹿にしくさった眼で俺を一瞥すると、ようやくここまでずっと俺を写し続けていた鏡をまた光る魔法陣に仕舞った。
もう受け入れた感じになっていたが、ああして面影を残しつつも確実に変わってしまった自分の姿を見せ続けられるのは堪えるものがあったので、正直ありがたい。
「無駄話が過ぎたな。貴様は聞いておけ」
シルファは毅然と言うと、一つ呼吸を入れてから告げた。
「お前を魔族にしてまで生き残らせたのは貴様が『魔王殺し』だから、とは先に言ったとおりだ。そしてお前には今、二つの選択肢が生じている」
「選択肢?」
ここまで割と強引に来たのに、ここに来てこっちの意見も聞き入れてくれるのか?
ハカマダに立ちはだかった魔族たちは全員、私利私欲のために悪逆非道なことをしでかす連中だったが、案外話が出来る魔族もいるってことなんだろうか。
シルファは二本指を立て、うち一本を畳んだ。
「一つ目はこの場で私に殺される」
「二個目二個目! 二個目の方しか選ばす気ないじゃんかよ!」
「ふん。そうか、ならよかった」
なんなんだこいつ、話にならないぞ……。
そしてなんかそこはかとなく、悪い予感がする。
と、思うのも束の間、俺のやけくそ気味の返事を聞いてシルファは今日初めて見せたニッコリ笑顔でもう一本の指を畳んで。
「ならばお前には、私に引き継がれた魔王因子を継承してもらおう」
……………………………………………………………………………………。
「はい?」
えーっと、今こいつはなんて言ったんだ?
俺に、何を受け継いでほしいいって?
「もっと簡潔に言ってやろう。――貴様、私の代わりに魔王になれ」
「……………いや魔王になれって。俺は勇者のファンっていうか、それは禁断の移籍っていうか……」
「そうか、なら推しと勝負できるチャンスじゃないか。良かったな」
めちゃくちゃ不気味なニコニコ笑顔で言われたんだけど。あと魔王の側近が推しなんて言葉知ってるんだ……。
いや、そうじゃなくて。
「魔王になれって――いやならねえよ! なんで側近のお前が魔王継がないの⁉ 俺を巻き込む意味なくない⁉」
「意味はある。私は魔王閣下の側近で、別に私自身が魔王になりたいわけではないからだ。適材適所、というやつだな」
「俺という人材の適所がポスト魔王だとは思わないんですけど! あと今お前、私の代わりにって言ったか?」
「――言ったな。別に隠していたわけではないが、今の私は魔王因子を受け継いだ魔王なのだ。なに、魔王因子を引き継ぐ手続きはそう難しくない。三日三晩、全身にめぐる互いの魔術回路を接触させたのちに邪神様に祈りを捧げれば終わる」
「なん……っ」
魔術回路を接触って、簡単に言えばボディタッチってことだろ?
手を繋ぐだけで事足りるにしろ、三日三晩、しかも魔族とはいえ同い年くらいの見た目の女の子とってなると……流石にちょっと……。
「なんにせよ私は、魔王閣下を打倒した貴様ならば、魔王因子の継承に足る人材だと判断した。光栄に思え」
「……いや、さっきまで凡人とか言ってなかったっけ? 自分が魔王って言うプレッシャーに耐えられないから他の人に任せたいだけじゃないの?」
「――口を慎め。どうする、死ぬか、受け継ぐか?」
「…………っ」
こんなん、どうしろって言うんだ?
魔族になってしまったことは、もう受け入れなければいけない。これから一生この姿のままだろうし、いくら人間の頃の記憶があったとしても、人間からは見た目の時点で敬遠され続ける。
……でも。
本心を言えば、――まだ死にたくない。
もう母さんの前に立つことは出来ない身体になってしまった。だとしても、森の中からこっそり母さんのことを見守ることは、出来る。
今のところ、魔族になったことで理性が吹っ飛ぶとか倫理観がぶっ壊れるとか、そういうのは無い。
…………だったら、俺は……
「…………まだ、死にたくない」
「――――」
「まだ死ねない」
まっすぐシルファの眼を見る。すると彼女はふっと笑って、まるで俺をダンスにでも誘うように手を差し伸べた。
「ならば命じよう。我、シルファ・アデウス、新生魔王として――」
瞬間、
「――へえ、じゃあお前殺せば目的達成ってことじゃん」
轟! と激しい風が吹き荒れる。その鋭い切っ先がシルファの腕へと襲い掛かり。
ぽとり、と。シルファの新雪のように淡く白い手が、軽やかに床へ落ちた。
直後、天地をひっくり返すような咆哮とともに、剛腕がシルファを殴り飛ばす、
「――っ!」
寸前、俺は手首から先を失ったシルファの腕を引っ張り、剛腕の攻撃範囲から魔王少女を引きはがして、二人して唐突に現れた
荒い息を吐きながら、俺たちは闖入者に目を向け――
「――なんだ、さっきのガキまだ生きてたんだ」
「違うぞハカマダ! あれは魔族だ! 嗚呼、なんと痛ましい! いたいけな少年が魔族に変えられてしまったぞ!」
「ふうん。まあいいや、二人とも殺して――日本に帰らせてもらおうかな」
瞬間、ぎらりと目を光らせた