勇者パーティーに憧れてこっそり後を付けたらなぜか魔王にラストアタックを決めてしまい「魔王殺し」として魔王軍のナンバー2から言い寄られているんですが 作:雑巾とナマステ
背後から迫って来る死の脅威から全力で逃げつつ、俺は右手で握った細腕の少女の無事を確認する。
少女の表情は、どこか呆然としているようにも見える。
……ああクソッ、ただでさえ俺も状況分かってないってのに!
「シルファ! 魔王の話はまた後で聞くから、今は頑張って走れ!」
「――――、ぇ? あぁ……そう、か」
「しっかりしろよ! ちょっと前は知らないけど、お前
「……っ」
魔王、という単語を耳にして、ここまでぼーっとしてシルファの眼にようやく正気が戻って来たみたいだった。
本当にしっかりしてくれ、下手したらさっき死んでてもおかしくなかったぞ。
ともあれ、これで手を離してもひと安心……だけど。
ちらりと背後に目をやれば、
「おいおいどうしたんだよ、さっきはあんなに勇ましく魔王に突っ込んで余計なことしてくれたのに。……まさか、ちょっとその側近の顔が可愛かったからってもうほだされちゃったのかい?」
「そうではないぞハカマダ! あの子供は被害者なのだ! 人を魔族に変える呪いを受けた際、あの魔人に好意を持つように細工されている違いない!」
追手、ハカマダの言葉にすぐさまスクルドが訂正を加える。
勇者ハカマダのファンとして「推しと対戦」なんて言葉にさっきは正直興奮した部分はあったが、実際こうして「討伐される側」としてのハカマダを見ると、
完全に恐怖そのものだ。
「巨大な剣持った状態であんな機敏に動けるものなのかよ!」
「……つけ加えると、魔王因子を持つような強力な魔族でない限り、あれに触れるだけで焼け死ぬぞ」
「なにその最強武器! 格好よすぎるだろ聖剣フォルテ!」
瞬間、自分の中に眠るオタクとしての本能が刺激される!
――前勇者が魔王を討ち、その役目とともに聖剣フォルテを手放した後。
新たな魔王誕生の報とともに、何百何千という各国の剣豪が聖剣フォルテの抜刀に挑戦し、しかし悉くそれが叶わずにいたある日。
今も忘れない。聖剣の間に現れたのは俺と同い年くらいの少年だった。
時たま公募で募る、未来の冒険者育成のための「ちびっ子聖剣抜き体験コーナー」(俺も何回か応募して落ちた)ってやつだ。
いつも通りのセレモニーを終え、中学生くらいの少年が聖剣の台座へ。
誰も期待せずにいたその時、前勇者でさえ抜くことに苦慮したという聖剣をあっさりと抜いてしまう少年!
すごい!
その少年の名前はハカマダゴースケ!
「で、俺は勇者ハカマダのファンになったってわけ。すごいだろ?」
「……私はこの状況で自慢げにそれを話すお前に驚愕しているぞ……」
それは、言えてる。でもこうして趣味を人に話す機会もないし、話せるときに話しておかないとオタクはいつか爆発してしまうのである。
そして俺は今、そんな憧れの主人公《ヒーロー》に追いかけまわされてる、と。
嬉しいのか悲しいのか、自分でもよく分からない状況だ。
でも、よかった部分もある。
魂から魔族に変えられた影響で、勇者のことが好きだった人間の頃の記憶も嘘になってしまうかと思ったけど、ちゃんとあの時の興奮は今も思い出せる。
――魔族になっても、やっぱり俺は俺のままだ。
目の前に迫る二十段以上ある階段。俺たちはそれを二人手を繋いだ状態で一気に飛び降りる。
着地の衝撃はほとんどない。人間の頃の俺なら確実に骨折、一つ間違えば頭を打って絶命してもおかしくないが、強化された身体ではこんな高低差は
が、それは追ってくるハカマダとスクルドも同じこと。
「くそ、引きはがせる気配すらないな……」
壁を蹴って勢いを緩めつつも最速で飛び込んでくるハカマダに、階段を踏みつぶして破壊しながら下って来るスクルド。
いくらファンと言えど、流石にあの状態のハカマダに近づく勇気はない。
……ていうか、さっきから城全体が揺れすぎてないかな。
「――あのスクルドとかいう巨漢が柱も壁も構わず破壊して突進してくるからな。城全体としてのバランスが崩れ始めている……」
「え、それじゃあ」
「ああ。――このままだと城全体が崩れるぞ」
マジかよ……。
それが本当なら、一刻も早く城からでないと城の下敷きになっておしまいだ。流石の魔族でも城の崩落には耐えられない。
魔王ならまだしも、
「そうと分かれば最短ルートで外に出たいけど、それにしたってこんだけ広い魔王城から出るのに最速でも十分は掛かりそうだしな……」
「おい」
「しかも途中で追いつかれないとも限らないし……。あっ、そうだ。窓から飛び降りるってのは――」
「――おい、貴様」
グイッ、とシルファの腕を掴んだ手が引き寄せられ、唐突に思考を持っていかれる。
魔王城を守護していた魔族たちの残骸を避けつつ走りながら顔をやると、シルファが油断のない視線で俺のことを見つめている。
そうだ。何で一人で考えてたんだ。ここに魔王城に詳しい奴がいるじゃないか。
魔王の側近だったシルファなら、俺が思う最短ルートより早い隠し通路や外に繋がる裏ルートを知ってるかもしれない。
そうと決まれば、俺は追ってくるハカマダにやり取りがバレないよう、口元を隠すようにシルファに顔を近づけて。
「――何故だ?」
「え?」
「今更の問いかけだというのは私も重々承知している。……だが今更だとしても、聞かせろ凡人。――何故、貴様が私と逃げる」
「――――」
「奴らの狙いは私だ。貴様は魔族になったとて、容姿には人間の頃の面影が残っている。スクルドも貴様のことを魔王殺しの少年として認知していた」
だから、彼らの敵は私だけだ、と。
シルファの切れ長の瞳が、チラリと追手のハカマダとスクルドを見やる。
「それに、あのスクルドという男が言っていたこともあながち間違いではないしな」
「えーっと……シルファのことを、好ましく思うように細工されてるってやつか?」
「そうだ。先にも言ったが、貴様の魂は私が魔族の形に書き換えた。その際同時に魔族のことを受け入れるように捻じ曲げられている。だから、今貴様が感じている私に対する好意は、作られただけの偽物に過ぎない。貴様もそれは分かっているはずだ」
「それは……」
「だから改めて問おう――何故、貴様は私と逃げる?」
瞬間、背後から轟! と凄まじい風切り音とともに飛来する物体をなんとか曲がり角で回避し、俺たちはまた階段を飛び降りる。
背後を見やれば、破壊した柱を両手で抱えたスクルドがさらなる追撃の一投を繰り出そうとしていた。
こうして話している間にも、命がけの追いかけっこは現在進行形で開催中だ。
でも、こんな時に聞いて来るってことはそれだけシルファにとっては重要なことなんだろう。
――なんで逃げる、だって?
そんな理由なんか決まってる。考えるまでもない。
「――ないよ、そんな大層なもん」
「は?」
「別にこの魔王城に来たのだってぶっちゃけた話その場の
答えた瞬間、横から凄まじい怒気が立ち上るのを肌で感じた。
……あかん。後ろだけ気を付ければいいと思ってたのに、横にも敵が。
「…………ノリ、だと? 貴様私をおちょくるのも大概に」
「え、えーっと、違くて! やっぱ嘘! 理由ちゃんとあるって! …………………まあ、うん。…………大したもんじゃないけど」
シルファの冷え切った視線を前に、思わずごくりと唾を飲み込む。
「あー、いや……でもやっぱり、俺にもはっきりした理由なんか分かんないな」
「貴様――っ!」
「ちょ、ちょっとタンマ! 大丈夫、ちゃんと続きあるからさ」
「…………………………」
視線が雄弁に「ならさっさと言え」と詰め寄って来る。
仕方ねえなあ。全力で走りながら頭の中を整理するという、人間だった頃には絶対にできない、何気にちょっと難しいことをやってのけてから、俺を口を切った。
「シルファは俺の魔族に向ける感情は魂の設計の所為って言うけど、全部が全部そういうわけでもないと俺は思うんだよ」
「…………どういう意味だ」
「だからさ、――自分を頼ってくれた女の子に応えたいって気持ちは、魂とか関係なく、年頃の男の子ならみんな持ってる感情なんじゃないのって話だよ」
「――? 何を言っている……貴様は魔族が嫌いだったんじゃないのか?」
「ああ。もちろん大っ嫌いだよ、今も変わらずな」
ぽかんとした表情で固まるシルファ。ちょっと走るペースが緩まるのを、腕を引いてなんとかペースアップさせる。
呆けるように開いたシルファの口が、ぴくりと動く。
「待て……私は今理解に苦しんでいる……」
「別に難しくことないだろ。あと言っとくけど、そういうわけで俺がシルファに好意を抱いてる、なんて事実ははじめっから存在しないからな」
「――――」
「今の俺のシルファ評は、『魔王になることをプレッシャーに感じちゃう小心者でちょっぴり見た目がファニーな女の子』ってところだ」
「な……っ!」
まあ実際は『ちょっぴり』でなくがっつり魔人の見た目をしているが、それは今は横に置いておくとして。
ハカマダには悪いけど、と心の中で前置きしてから。
「世界を救う勇者も格好いいけどさ、今は目の前の女の子に手を貸したいんだよ」
「…………だが、魔族だぞ」
「今は俺も魔族だ。それに、ここまで見る限りお前、悪い奴じゃなさそうだしな」
「凡人のくせに慧眼気取りか、演じているだけかもしれないぞ?」
「もしそうだとして、本当に危険な時になったらきっとハカマダが来て俺たちを討ってくれるよ。俺の憧れる勇者ハカマダはそういう人間だ」
俺が自信満々に言ってやると、シルファは頭痛でもするかのように俺に握られたもう片方の手を頤にやった。
呆れたような視線が、俺に向く。
そんな目で見たって、俺のやることは変わらない。
「だから一緒に逃げよう、シルファ」
目を見て言った。シルファの赤い眼が、まっすぐ俺を見ている。
「……………………馬鹿馬鹿しい、これだから人間は嫌いだ」
「おいおい、今は魔族だって言ったろ?」
「いちいち鬱陶しいな。…………………で、なんだ」
「ん?」
今もしかして話変わったか?
ちょっと考えてみるものの全然わからないでいると、シルファはまた心底呆れたみたいに「名前」と俺を横から睨み付ける。
今の俺が悪いのかな……。
それで、俺の名前か。そういえばここまで、最初に拒否してから自己紹介がまだだったな。まあ、かといって別に引き延ばすような事でもない。
「俺の名前、知りたいのか?」
「すっと言え。貴様を貴様と呼び続けるのもいい加減芸がないだろう」
「そうか、分かったよ」
言って、また二人して二十段以上ある階段を飛び降り廊下を駆け出す。
やはり追手の二人はぴったりとついて来て、しかも魔王城の破壊も止まらない。あと4階くらい下れば外ではあるが、そこにたどり着くまでにまだもうひと悶着ありそうだなと思いつつ。
「――マグナサイン」
シルファの眼をきちんと見て、名乗った。
「サタイル・マグナサインだ、これからよろしく」
刹那、駆けていた廊下の床が隆起し、壁となって俺たちに立ち塞がった!