二シン合体の魔法少女! 作:ももはね
おどおどした雰囲気のままサキは部屋を去っていく。
もう居なくなった後も閉められた戸を二人は暫く見つめ続け、ようやく二人は大きく息を吐いた。
「……終わったぁ!」
「流石に……疲れましたね」
「疲れたなんてもんじゃないわよ……」
ヒバナは机にぐでーっと上半身で倒れ込むと、顔だけヒナタへ向ける。
「ねぇ、あれってさ……もしかして、やっぱりそういうこと?」
「あれとは?」
「わかってるのにはぐらかすんじゃないわよ」
「ふふ、すいません」
二人して思い返すのは、サキが懐を撫でる所作を見せた場面。
「あれ、『魔法の杖』触ってた気がするんだけど?」
「服の膨らみ具合やその形状からして、おそらくは」
「脅し? 脅しなのかしら? 変なこと聞いたら学校で暴れるぞって」
「もし交戦となれば、一体どれだけ巻き込むことになるやら。考えたくもありませんね」
魔法少女にとって『魔法の杖』とは武器も同然。しかも、魔力を操作して魔法を発動させるだけで攻撃だってきるのだ。側から見れば相手が瞬きしただけで直後には大爆発が起きている、なんてこともあり得る奇襲性能を持つ魔法だって存在している。暗殺だって可能だ。つまり、杖を撫でるということはヤクザを前にチャカを抜くようなもので。
「……でも、流石に考えすぎかしら? あんな大人しそうな子が、そんなはっちゃけたことするとは思えないのよね」
「いえ。ああいう子こそ、何を考えているのかわかりませんから。警戒はするべきでしょう」
絶対に可能性が零である、と言い切れない以上は踏み切れない。魔法少女なんて人間大で人間並の知性を持つ兵器のようなモノなのだ。安全を重視しなければあっという間に取り返しのつかないことになることは歴史が証明していた。
ヒナタは窓から外を見た。運動着になった生徒たちが校庭で遊んでいる。朝一番の授業が体育なのだろう。
「魔法少女は魔力の影響で感情が激しくなりやすい。特に思春期なら尚のこと。魔女の年齢層も十代半ばは多いですからね。万が一にでも可能性がある以上、ここみたいにヒトが沢山居る場所で下手に刺激するべきではありませんでした」
ヒバナは立ち上がると使っていた椅子や机を元の位置へと戻し始める。
「そうね……まあ、とりあえず、考えなしに暴れるような人じゃないってわかっただけよかったわ。これ以上の調査は正直絶望的だけど……まあ、大きな問題を起こしそうには見えなかったし」
「ええ……ですが、家庭環境や健康は気になりましたね」
母親のこと、痩せ細い体のこと。だが、それらは家庭のことであり個人のことだ。
「そうだけど、家庭については警察だって踏み込むの難しいのに、一応民間企業ってことになってる協会じゃあ無理よ」
「残念なことに、ですね。ええ、これで彼女については打ち切るしかなさそうです」
ヒナタは少し躊躇いながらサキに関する書類を鞄へ丁寧に仕舞い込む。
不安がある。
魔法少女は良くも悪くも精神の状況を強く受ける。荒れた家庭で過ごすことが、どれほど子供にとってストレスとなるか。それが魔法少女を魔女に変えてしまいかねないか。
それ故に。
「残念ですね」
重荷を背負おうにもそれはするりと抜けて消えてしまった。そんな無力感は否めない。
情報は得た。しかし、実は何も手に入らなかった結末。手元には何もないのだ。助けようにも助けられない。もしも彼女が心を闇へ堕とし魔女と成り果てるのならば、心苦しくも討たねばならないだろう。
だから、だからこそ、非常に残念だし改めて失望もした、と。ヒナタは嘆いた。
「助けを求めることも、また強さではあると思いますが、どうやら彼女にはそれすらないようですね」
「……何の話?」
訝しげにヒバナが問う。
それに憮然とした顔のままで、酷く呆れた顔で、ヒナタは嘆く。
「魔法少女として生まれたのならそれに相応しい在り方というのがあるでしょう? その点、暗い性格、気を遣えない素振り、困っても自分だけ抱えてしまう性質。落第もいいところでしょう。魔獣を二体も討伐したのですから、期待はしていたんですけどね」
「ちょっとあんたねぇ……」
淡々と評価を述べるヒナタに、ヒバナは嫌そうな顔で嫌そうな声を溢す。それにヒナタは心底不思議そうに首を傾げた。
「何ですか?」
「……いや、他人の心がわからない奴ねって思っただけよ」
やれやれとでも言いたげに首と腕を揺らすヒバナ。それに溜息で返したヒナタは淡々と言い聞かせるように話を始めた。
「言われなきゃわかりませんよ。だからこそ、困ったことがあればアレソレで困っていますと伝えなければならない。当然のことでは?」
「それが難しい人も居るでしょってことよ」
「頑張ればいいじゃないですか」
「それでどうにかなる話じゃないわよ」
「じゃあ、やっぱり努力すべきです。努力もせず一丁前に助けを求めるのことなんて我儘なことでしょうか。それが許されるのは
「……」
「……」
無表情のヒバナ。笑顔のヒナタ。ジッと見つめ合う二人。
その手が己の制服のポケットへと伸びた。
そして互いに、目を仄かに煌めかせ──パンパン、とヒバナは手を叩いて壁に体を預けた。
「やめておきましょう」
「ええ。持論の展開は平行線になりがちです。どうせお互いに頑固なことはわかってますもの」
二人は自分の鞄を持ち上げるとスマホを取り出して各々の予定表を表示させた。
「まあ、とりあえず。勧誘とかは失敗ね。次は?」
「当初の予定通りです。彼女については失敗に終わりましたが、趣旨はそちらではありませんから」
「頻出期の大掃除ね」
「はい」
ヒナタは力強く頷いた。
「一度魔獣が暴れ出たことで、この町で増加した恐怖の感情。それに刺激されて集まった魔力が鎮まるまでは魔獣の出現率が大きく跳ね上がります」
「その間、魔獣を倒し続けるのがお仕事」
「ええ。前回は昨日ですから、次は早いと今日の夕方頃、遅くとも二か三日以内には出るでしょう。それまではすることもありませんし、施設に帰りましょうか」
「ん、そーね」
そうして、二人はサキが去った戸へと向かうのだった。
+ + +
その頃、教室ではサキが授業を受けていた。
教室の前では黒板にチョークで白字を書きながら教師が数学を教えていたが、その内容の殆どはサキの頭に入らず、右から左に流れて消えてしまっていた。
「(き、緊張した……!)」
教科書とノートは開いているし、ペンを握ってもいる。だが、それらは全く活かされていない。
「(い、いきなり呼び出されても心の準備なんてできないって! それに……)」
数学の代わりに思い浮かべるのは、母のこと、アキトのこと、そして魔法少女協会のこと。
「(家族については……やっぱり、アキトさん以外には言い辛いし。アキトさんのことは、本人に黙って勝手に話すのは、多分、良くないし)」
──『まあ、君みたいな陰キャはムズそうだね(笑)』
「(ぶっちゃけ、協会は嫌いだし)」
ほんの数ヶ月前、協会にて自分が魔法を扱えないとわかった時の職員の反応。それはちっぽけなサキの心を酷く傷つけた。勿論、皆が皆あのような職員だとは思ってはいないけれど、でも嫌な思い出があるのも事実な訳で。好印象どころか嫌悪感を抱いてしまっていた。だから、関わりを持つことさえ、可能ならば避けたかったのだ。
「(……心が疲れちゃった。お腹空いたな)」
独白しながらサキは己の机、その横に掛けられた鞄へと目を向けた。鞄に鼻を寄せると美味しそうな匂いがして、本当に美味しいおにぎりが入った袋が中にある鞄だ。アキトは気づいていないが、朝ごはんを食べる習慣のないサキにとってそれはまだ摂れぬ本日最初の食事でもある。
前まではお腹が空いたら水道の水で腹を膨らませ、夜になれば母の残り物を食べて生きて来た。職業柄、母は色々な物を貰いがちだから、それでも何とか生きては来れた。だが、お菓子や時間が経って固まったコンビニ弁当が多かったから、心の飢餓までは満たされなかった。
だが、今手を伸ばせば届くところにあるそれは違う。
自分と相棒で一緒に握ったおにぎりだ。時間が経ってホカホカではなくなったけれど、確かな温もりが感じられた。体は当然、心まで満たされることは絶対だった。
とてもとても、お腹が空いた。
つい他人と話している時にお腹の辺りを摩ってしまうくらい。
「(お腹、空いたなぁ……)」
数分後、先生に指名されて慌てるまでサキは呆け続けるのだった。