二シン合体の魔法少女! 作:ももはね
分裂飛蝗との戦い、その次の日。
アキトは独り川沿いの大通りを歩いていた。
「……なぁんか上手くいかないよなぁ」
サキと一緒に戦うのはいい。
魔獣と戦うのは怖いし、サキの全てを預かっていると考えると責任の重さに頭が真っ白になってしまうことはある。でも後悔はないし、大きな反省もない。だって人を守ることに繋がるし、サキへの恩返しにもなるから。
だが、宜しくないのは毎回毎回後味の悪い結果に終わること。
誰かが死に、誰かを救い損ねる。それらは特段仲が良い人どころか、知人ですらない完全な他人で。だから、アキトとしては別に思うことは殆どない。だけど、目の前で死なれるとちょっと悲しくなってしまうのは避けらないし、何よりサキの心痛がアキトには我慢できない。
だから、理想を語るのであれば物語の運命は自分で決められるような結末で。
「いや」
わかってはいるのだ。全てを救おうだなんて分不相応な望みであると。それこそ、神か仏にでもならないと全ての絶望を宝石のような希望に変えることなんてできやしないことくらい。でも、やっぱり、『どうしてなんだ』とは思ってしまう。
自分にもチカラがあればサキを悲しませずに済んだだろうか。自分がもっと賢ければ、強ければ、頼り甲斐があれば。
足は痛いし後味は悪いし、気づけはアキトは学校をサボって家から遠くまで歩いていた。痛む足を庇う歩き方に慣れてきて、むしろ治った後に癖が残らないか不安になるほど無意識に動けるようになった。
そうして、周囲をほぼ見ることなく漠然と取り留めもない足取りで歩いた先、川沿いの大通り。初めて目の前で人が死んだ、鉄蜥蜴との戦場跡地。今はもう破壊された車は退かされて、大きな傷がついたアスファルトだけがその痕跡を残している。それすら、そう遠くない内に埋められるのだろう。
だが、傷は癒えても死人が蘇ることはないし、心まで治るわけではなくって。
──ちりん。
鈴の鳴る、音がした。
音の鳴った方を見ると、そこには木があって回り込んでみるとそこには一人の女性──いや、少女がいた。あまりに妖艶で大人びた雰囲気だったから、アキトは一瞬自分と同年代の美女かと錯覚してしまったのだ。
だが、それだけではない。
彼女に対して最も目を引いたのは、その
黒でも茶でもない色彩。いや、それらが絶対に違うということもないのだが。異様で、自然な色彩が意味することは──。
「魔法少女……」
「……あら、何かご用ですかぁ?」
返事をされて、つい自分が言葉を漏らしていたことに気づいたアキトは咄嗟に小さく頭を下げた。
「あ、すいません。つい」
謝ると、女は小さく手を振って微笑んだ。
「いえいえぇ。魔法少女は珍しいですもの。つい見てしまいますよねぇ」
「ああ、はい。この
「えぇ、えぇ。珍しい物は見てしまう。しかし、不躾な視線を失礼だと思えて、謝ることができる。悪人でないのなら、
「は、はぁ……」
アキトは、なんか独特な人だな、と思いながら会釈で返す。
鈴のように透き通る声をゆったりゆっくり丁寧な口調で流してくるのだから、ただ話しているだけでも歌を聴いている心地になる。それが余計に彼女の珍妙な雰囲気を助力させていた。
そして、『ああ、説法みたいだ』とアキトは一人頷いた。
「じゃあ、俺はもう。道幅は広いけど、車も多いので気を付けてくださいね。では」
「えぇ、どうも」
女が笑みと共に手を振る。そして、アキトは踵を返してその場を去ろうとして。
──ちりん。
鈴の鳴る、音がした。
「《立ったまま意識を失ってください》」
「────。………。」
アキトは意識を失った。
+ + +
貴方が犯した最も悪いと思う罪は?
そう、両親のことを大嫌い、と言ってしまった、と。
あら、あらあら。可愛らしいお方ですねぇ。
ですが、おかしいですね。貴方の顔は知らないけれど、見覚えがあります。何か、そう何か悪いことをしたと思っている顔です。ですので、悪人かと思い、声を掛けさて頂いたのですが……
では、次に。
どうしてそのような顔を?
そう、守れたかもしれない人を守れなかった、と。
ああ、なるほど。高い理想に手が届かず、それが人命に関わることであったから尚のこと、自責に駆られたと。
いえ、そこまでではないのかもしれません。
いや、そうではないのかもしれません。
何か別の答えが胸の中に秘められて感じます。
ですが、えぇ、えぇ。
どうやら、
……?
ああ、偽善者なのですか?
ですが、偽善かどうかなど関係あるのでしょうか。例え利益を求めていたとしても、そこに救いがあるのであれば、助けられた者からすれば関係ないと思うのですが。
もう少し、お話を聞かせてください。
+ + +
茜色の光が眩しくってアキトは目を覚ました。
混濁する頭の中で、どうして自分は寝ていたのか、と自問する。
不快な浮遊感のある体に、此処は何処か探せ、と命じる。
怠くて重い四肢に、起き上がれ、と願う。
「……ここ、は?」
眩しい。赤い、茜色の夕日が窓から差し込んで目を眩ます。見覚えのある窓、壁、天井、そして床。ここは自分の家だった。
だが、安心感はない。
家を出て、大通りに行って、そこでぷつりと意識が途絶えている。どうして家にいるのかも、どうやって帰ったのかもわからないのだ。記憶の連続性の断絶、それは酷く心をか細くさせた。
「──おや、起きたのですねぇ」
「っあ、だ、誰……?」
驚いた。でも、怖くはなかった。とてもとても、すごく安心する声だった。鈴のように透き通った声音。優しく穏やかな音色。妖艶だけれど暖かく、慈母のような声だったから。
どうやら自分は居間のソファに寝かせられているらしい、と。アキトは把握しながら声の方を見れば、紫紺の瞳が稚児を見るように向けられていた。彼女は立っていて、だけれど深く寛いでいるような自然体で、手を前に合わせてアキトを見下ろしていた。
「……魔法少女?」
紫色の色彩が、そうだとアキトに思わせた。サキの桜色、協会の赤と黄の二人。見覚えのない紫色の彼女に、またこの町に魔法少女が増えたのかと、珍しいなと思った。
「えぇ、はい」
「……その、どうしてここに、いや、そうじゃなくて……」
「えぇ、落ち着いてください。どうして貴方が自分の家に居るのか、どうして
ゆっくりとした口調、慌てる自分を宥めるような説明の言葉。親切な態度に、アキトも段々と気分が鎮んでくる。
「あ、ああ。いや、怖くはないんだけど……」
「あら、それはどうして?」
つい漏らしてしまった本音にアキトは咄嗟に口を抑えた。だが、興味深そうに向けられる紫紺に誤魔化しきれないと悟る。どう答えようか、いや、嘘は良くない。だから、正直に
「……君が居るから」
「……わたくしが?」
「ああ、うん。その……いや、あれだな。我ながらすげぇキモいって自覚はあるんだけど……すごく安心する雰囲気だったから。君が」
応えに女は数瞬の間だけ顔を硬め、すぐに首を傾けながらふにゃりと柔げた。
「……あらあら、うふふ。えぇ、えぇ、いいでしょう。恥ずかしながら、嬉しいです。そう思っていただけて。正直に答えてくれて。私、嘘は嫌いですので」
「……喜ばれるのもそれはそれで余計に恥ずかしいな」
自らの顔を掌で覆い隠すアキトに、女は口元を上品に隠しながら笑みを深めた。
「うふふ、いえ、いいのです。正直に告白することを恥じるのは理性の証、恥を嫌わないでください」
「ええ……? そう言うもんなのか……?」
「えぇ、そう言う物ですとも」
アキトは姿勢を起こすとソファに背を預ける。それから、女にも座るよう勧めるべきか迷っていると、先んじて女はアキトの横に座ったではないか。だが、当然と言うべきか距離は人一人分は空いていた。
「話を戻して、貴方の疑問にお答えさせていただきますね」
「あ、ああ」
「まず、貴方が家に居る理由。それは貴方が意識を失っていたからです。路上で意識を失った方を放置する訳にもいかないでしょう? 声を掛けたらぼんやりながらお答えしてくれたので、貴方に家を教えてもらい、連れて来たのです」
「そ、そんなことが……」
いつの間に、どうやって、そんな疑問が浮かぶ。だが、気絶したのなら前後の記憶が失くなることもあるだろう。魔法少女なら成人男性の一人くらい片手で持ち上げられるし、と。そう思うと大きな不自然は感じられなかった。
「次に、私がここに居るのは貴方の意識が戻るのを待っていたからです。放置するのは、無責任だと思いましたので」
「……」
「何があったのか、それについては……」
──ちりん。
「《お気になさらないでください》」
「……ああ、わかった」
頷いて、とりあえず何もなくてよかったとアキトは胸を撫で下ろす。
「じゃあ、君が俺を助けてくれたんだな。助かったよ。独りで気絶して路上に放置とか、流石に怖いからな」
「いえいえ、困った時があれば助け合いですよ」
女はいつの間にか先端に鈴の付いた短い杖を握っていた。そして、それを肩に掛けた小さな鞄へと仕舞う。
「……それは?」
「魔法少女ですのもの、『魔法の杖』ですよ」
「どうして、それを……?」
「魔法服に織り込まれている認識阻害の魔法、それによって魔法少女がそれを纏っている間だけ認識され辛く、そして顔の特徴などが一般人にはわからなくなります。貴方を連れているのを見られるのは、えぇ、少々気まずいでしょう?」
「あ……」
いくら看護の為とは言え、他人を担いでいるのを見られるのは確かに恥ずかしい。そう思ったアキトは苦笑苦笑いしながら頷いた。
「確かに」
「ですので、使っていたのです。やはり便利ですねぇ」
「……改めて、ありがとう。助けてくれたん、だよな」
「……うふふ」
目を細め笑う女。彼女に礼として、菓子や飲み物でも用意しようかと思っていると、それよりも先に女が鈴のような声で話し始めた。
「ところで……貴方は何か迷いを感じているようですねぇ」
「……迷い?」
「えぇ、えぇ。迷い、悩み、考え、しかし答えが見つからず。群れから逸れた子羊のように哀れな顔でした」
「哀れな顔で悪かったな……」
「いえ、いえ、悪口ではありませんよ」
刹那、女の全身が紫の光に包まれ、解ける。そうして現れたのは修道女のような格好の──魔法少女で。
「……それは」
「私の魔法服です。知っていますか? 魔法少女ごとに魔法服は異なり、そしてその精神状況によって変化することがあることを」
「そうなのか?」
女は自分の胸へ手を当て、それから紫紺の瞳をアキトの胸を貫くように見遣った。
「えぇ、えぇ。『魔力は魂と深い関わりがある』、らしいです。そして『魔法服』とは、特殊な素材で作られた『杖』により、魔法少女の『魔力』で編まれ、具現化する──謂わば、魂の形なのです」
女は己の
「……魂の、形」
アキトは思考へ潜り込む。
サキの魔法服は真っ黒な魔女のような格好。だが、外套の下は
協会の二人を思い返す。
片や、花火柄の明るい和装。片や、派手な黄色いドレスの上に裁判官を思わせる法服。
前者は明るくて派手好きな性格で、後者は……なんだろうか。ちぐはぐな印象だ。あくまでも、アキトがパッと考えただけの想像だが。
「……わっかんねぇ」
「うふふ」
アキトのぼやきに女は微笑みで返す。
「貴方が何を考えているのかはわかりませんが、きっと何か思うことがあったのですねぇ」
「あ、ああ悪い。そっちのけで考え込んじゃって」
そんな無礼に女は微笑みで赦しを与えた。
「えぇ、えぇ、いいのです。いいのですよ。ほら、私こんな格好でしょう? 親が宗教家でして、その影響でしょうね。人の話を聴き、悩みを見つめ、指摘し、共に悩み、そして解決の為に助言を与える。それが癖になっているのです」
「ああ、それで」
妙に堂に入っている態度であったのか、と。アキトは納得する。
「ですので、いつでもご自由に考え込んでください。私が出来るのは共に考え、私の意見を出すこと。そして答えを聴き、それが道理に基づくかと問うこと。それくらいのものですから」
「……悩み、か」
「あるのでしょう? 貴方の心を悩ませる苦しみが」
アキトは俯き、悩み、考え、呟いた。
「……どうすればもっと幸せにできるのか、なれるのか、わからないんだ」