二シン合体の魔法少女! 作:ももはね
その日の朝、アキトが大通りへ向かう前のこと。
『……いってらっしゃい』
『……はい』
『一回休むと、ずるずると行き辛くなっちゃうから。どうしても耐えられなかったら呼んでくれ。合体してもいいんだからな』
『いえ……一人でも、頑張りたいんです』
そんな決意の言葉で自分を励まし、サキは学校の目の前までやって来た。入り難い、思わず足を止めてしまう。校門のある道に繋がる曲がり角で。
幸いにも、サキは癖で皆よりも早い時間に登校しているからまだ人影は見えない。だが、直にここも雑踏に埋もれる。行くか、行かないか。どちらにせよ人と遭遇することに変わりはないし、それならもう教室に行った方がマシですらある。
わかってはいるのだ。心が追いつけないだけで。
懐を、制服の下にある杖を撫でる。少し暖かいような気がして、勇気がちょびっと湧いてくる。
「……よしっ」
スタスタと、自分の足音が妙に大きく感じる。感覚が鋭くなっているのだ。ヴィィン、なんて車の走行音も遠くからよく聞こえた。
「──あっ、あれだ」
だから、その声が自分に向けられた物であると、不思議とわかってしまった。
サキはハッと顔を上げて声の主を見た。
「ぁ……」
二人の生徒がいた。見覚えのない女生徒と、見覚えのある男子生徒。前者は笑顔で、後者は気まずそうに。男の方は名前は知らないけど、同級生だ。そして昨日の教室でサキへ詰め寄って、
──『魔法が使える化け物なんだろ!? だったら化け物をなんとかしろよ!?』
そう言った男子生徒だった。
彼は目も合わせられずにモジモジしながら、小さな素振りで横にいた女生徒の背を押してサキへ近づけさせる。そして、すぐに女生徒に頭を殴られた。
「痛っ」
「アンタが先に謝りなさいよ。クラスの子から聞いたんだよ。酷いこと言ったって」
「……ああ」
「……?」
サキはどうしようかと迷った後、その二人を避けて横から校門を通り抜けようとする。すると、女生徒が「ちょぉーっと待って!?」と腕を大きく広げてとおせんぼしてくる。
サキは小柄だ。身長は低いし肉も薄くて細い。対して、女生徒も大きいとは言えない。どちらかと言えば小柄で。その見た目は小動物同士の小競り合いみたいだった。無論、サキなら女生徒を片手で放り投げて押し通る、と言うのも可能だが流石にやらない。
「ほら! 謝ってよクズ男!」
「く、クズってお前……」
「強いだけの一般人に命懸けの戦いを要求することの何がクズじゃないのよ! クズ! バカ! アホ!」
「……ああ、そうだよ」
男は大きく深呼吸した後、覚悟を決めた顔になる。そして、
「ごめぇーん!!!」
土下座をした。
「あん時の俺は無我夢中で、その、なんとかできないかって、芹須に酷いこと言っちまった! 謝って許されることじゃないけど、でも、ごめん!」
「芹須さん! 頭踏んで良いわよ! 蹴っていいわよ! 背中に乗っていいわよ!」
「い、いえ、しません、けど……」
「じゃあ私が!」
サキが拒否すると、代わりとばかりに女生徒が男子を蹴り始めた。
ガシッ、ベシッ、トンッ、フミフミ。
あまり衝撃は強くなさそうであったが、とりあえず見た目は屈辱的であった。それを冷静に眺めつつ、サキは落ち着く為に魔法の杖を撫でる。
「(謝罪の押し売りって、こんなにウザいんだ……)」
そうしていると、満足したのか女生徒が蹴るのをやめる。それから、男子も上半身だけを起こした。正座である。硬いアスファルトの上で。
「この馬鹿がごめんなさい」
続けて、女生徒も頭を下げる。
そして続けた。
「あと、ありがとう」
「……?」
「私、あの時校庭にいたの。二人の魔法少女さんが戦ったのも見てたし、お礼も言った。でも、ピンクの子だけは先に帰っちゃって。この腰抜けに話を聞いたら、なんと同じ学校の生徒で、しかもこのチキンの同級生って言うじゃない。だから、お礼と謝罪をしたかったの」
「……はい」
「改めて」
女生徒がサキの顔を見る。笑みを浮かべて。
「ありがとう」
「……はい」
サキは胸が暖かくなるのを確かに感じていた。でも、イマイチ温まり切らない。そして、それは逆にもっと冷え込んだ。彼女の手に包帯が巻かれていることに気がついたから。
「あ……でも、その手」
「ああ、これ? 怪我しちゃった子を運ぶときにね、ちょっとバッタに噛まれちゃって。そんなに酷くはないんだけどね」
なんでもないことのように語るけれど、しかしサキにはそれが自分の罪のように感じられた。
「……ごめんなさい。私が、もっと早く、いや、勇気があれば」
「別にあなたが謝ることないよ。魔獣なんていつどこに現れるかわかんないんだし、運が悪かったんだよ」
「いえ、でも、私は学校にいましたから。その、私が、最初から戦えていれば……」
彼女も怪我をせずに済んだのではないか。
「だから、それの何が悪いの?」
「だって……怪我、しちゃったんですよね?」
「いや、だから、怪我したのは魔獣のせいでしょ。あなたは関係ないよ?」
「……でも」
「むぅ。あー! うだうだ煩い! ありがとうって言ってるんだから大人しく受け取っておけばいいのよ!」
彼女は叫びながら鬱憤を晴らす為に男子の頭を叩く。十回くらい。
彼女にはサキがどうしてこうも謝礼を受け入れないのかが理解できないのだ。だって、サキは人を守る為に勇気を出して戦って、そして見事に魔獣を倒したのだ。どこに彼女の瑕疵があるのか心底わからない。
「ですけど……私が、もっと勇気を出して最初から戦っていれば、その、誰も死なずにすんだかもしれなくて……」
「むぅ、それを言われると弱いと言うか……でも、しょうが──」
ふるふる、と彼女は首を振った。
失った命がある。それを、ほんの少しでも『しょうがない』という言葉で飾りたくなかった。
「──私、魔獣をあんな間近で見たの初めてなの」
「……はい」
「魔法少女が戦うのもね。赤と黄色の人たちはすごかったよね。炎がぶわーって、バリア的なのがびよーんって。それで、あなたも。上から落ちてきたかと思えば、回復したばかりのバッタをすぐに潰しちゃった」
「……」
「うん、強いんだなぁって……でも、それでも魔獣は怖かったの」
まだ魔獣の記憶は色濃く残っている。その恐怖も、傷として体に刻まれている。
魔法少女たちは強かったし、頼りになったし、救われた。けれど、それでもなお、魔獣への恐怖はあの場に蔓延していたのだ。魔法少女は強い、でもそれは魔獣への恐怖がなくなることを意味しないから。
「だからね。怖かったんじゃないかな。あなたも」
「……はい」
「怖いのは当たり前だよ。例え勝てるってわかってても……子犬とか、小さな虫とか、私でも殺そうと思えばできる生き物が相手でもさ、急に襲い掛かられたら怖いもん。それが自分より大きくて不気味で、勝てるかわからない生き物なら尚のこと」
「……」
「怖いし、誰かの為に命を賭けるなんてやってらんない。なのに、お前は強いんだから戦え、なんて言われたら嫌だなぁって思うし」
「……ぐ」
「ねぇ、馬鹿男?」
彼女は男子の脳天に肘をぶち込んだ。
「だからね。ありがとう。勇気を出して戦ってくれて。あなたにどんな事情があるかは知らないけど、でも、あなたのお陰で私が助かったのだけは変わらないから」
「……俺からも。ありがとう」
「じゃ、行くよ。ほらさっさと立ちなさいチキンレッグ」
女生徒が足蹴りにして男を立たせる。
「ちょ、チキンレッグじゃねーよ」
「足震えてる。自重で潰れるの?」
「正座してたからだよっ」
そうして仲良さげに歩いていく二人の背を見送って、サキも歩き始めた。
+ + +
それから少し時間は流れる。
休み時間はずっと魔法の杖を見つめ、授業が始まればそれに集中する。そんなサキを、同級生たちは遠巻きに眺め決して触れることはなかった。お礼を述べればいいのか、謝ればいいのか。守りきれなかった彼女を責めばいいのか。そして、あの恐ろしい怪物を一撃で潰した
そして、昼休み。
その教室に一人の女生徒が入ってきた。
「あ、いた」
あの、校門前での一幕を開いた彼女であった。
「
お弁当を片手に問いかけてくる。その顔はにっこりと可愛らしい笑顔で、笑みに細まった目はサキの周囲に誰もいないこと、机上の魔法の杖、そしてサキの手にあるおにぎりを順繰りに映していく。
唐突に声を掛けられて、サキは戸惑いながらも頷いた。
「は、はい……そうですけど……?」
「じゃ、一緒にご飯食べよ?」
「……ど、どうしてですか?」
サキはちらりと少し離れた場所に目をやった。校門土下座の男子生徒で、おそらくは彼女の恋人であろう。そちらに行かないのか、はたまた自分のクラスの友人とではないのか。なにより、他人と共に食事することに不慣れなのでちょっと嫌だった。
「え、嫌?」
「いや、では、ないですけど……」
嫌ではないと言えば嘘になる。だが、ここで断れるほどの心の強さがサキにはなかった。だから弱いのだ。
「前の席って空いてる?」
「た、多分。いつもいないので」
「じゃあ借りちゃお」
椅子を引くと向きを変え、サキの机へと座る面を向けどかんと腰を降ろす。そして、机に袋を置くと弁当箱を取り出し、開いて、食事を始めた。
それはあまりにも速かった。サキは目が点になっていた。よくわからないままに、とりあえずおにぎりの頂点をパクリと喰んだ。
「私の名前、
「わ、私ですか?」
「うん!」
女生徒──エミは眩しいほどの笑顔で頷く。
なんとなく、友達が多いタイプだろうなぁ、とサキは思った。彼女からすれば近寄りがたいというか、そもそも人付き合いが少ない人生を送って来た中でも特に関連のなかった類の人柄だ。
「その、サキ、です」
「ソノサキ?」
「あ、いや……サキ、です」
「じゃあサキ、よろしく!」
「は、はぁ、よろしく、おねがいします……?」
パーソナルスペースは消え去った。
何をよろしくするんだろうか、サキが遠い目をしているとエミは机上の魔法の杖を興味深そうに眺めた。
「それ、魔法の杖ってやつ?」
「えと、はい」
「へー! こんな感じなんだぁ! 触って良い?」
「嫌です」
「んじゃー代わりにじっくり見させてもらうね!」
流石にお触りは断る。そんなサキの返答を素直に呑んだエミは、まるで幼い子供みたいに目を輝かせて杖を観察していた。
困惑するサキ。現実逃避がてらちらりと周囲を見回せば同級生たちの中にはチラチラとこちらを見ているのがいた。不躾な視線だ。居心地が悪くなってくる。サキはやっぱりアキトを呼びたくなっていた。今すぐにでも心の世界に閉じ籠りたい。
「これって魔法少女協会が作ってるんだっけ」
「……はい。特別な魔法を持った人が魔獣とか魔石を素材に加工して、ですね」
「やっぱり専用なの?」
「えと、はい。最初は、魔法少女なら誰でも使える無垢な状態なんですけど、一度魔力を通すと、その魔法少女に馴染んで、専用になります」
「んへぇー!」
話してばかりのエミに、お弁当は食べないのかな、そう思いながらサキはおにぎりをパクリ。
「サキはさ、どうして戦おうって思ったの?」
「……」
聞かれて、咀嚼しながらサキは考える。
初めて戦った時は自分とアキトの命を守る為。
二回目は誰かを助ける為とお金の為。
三回目は……学校で誰かを見捨てたら日常には戻れなくなる。だから、自分の学校での居場所の為。
口の中の米を呑み込み、答える。
「……人を守る為、です」
「じゃあ、どうして人を守ろうって思ったの?」
「それは……人を守るのが、私の為にもなる、から……?」
「あ、それ情けは人の為ならずってやつ?」
「んん、まあ、部分的に……はい」
「ランプの魔人?」
「……いえ、違いますけど」
「なんかごめん」
私は何を聞かれているんだろう、そう思いながらも、サキはおにぎりを齧る。
さっきの質問は嘘じゃない。誤魔化しでもない。全部を話した訳ではないけれど、でも正直に話さなきゃいけないと思ったから。
おにぎりを一つ食べ終わった。次に手を伸ばし──
「おい、お前が芹須だよな?」
三人の、見覚えのない生徒たちが横に立っていた。知らない顔だ。でも、その顔は気に入らないことがあった時の母によく似ていた。
「……ちょっと面貸せよ」
「わかるよね? 要件はさ」
「ここじゃ他の子たちに迷惑だからさ。来てよ」
一方的に捲したてる三人。拒否を許さないと言わんばかりの態度。
昨日のことだ──言わずともサキにはわかった。机上の杖に手を伸ばす。着いて行かないのは駄目だと思った。でも、心の拠り所がないと怖かったのだ。
「待ってよ。皆さん誰ですか」
サキが立ち上がる直前、エミが立ち上がってキッと睨みながら牽制した。
「お前には関係ないだろ」
「話って、昨日のことですか?」
「……うん。そうだよ。だからさ」
「関係あります」
エミは袖を捲って包帯を見せつけた。
「私も、あの場には居ましたから。」
三人は息を呑んだ。そして、一人がエミに憐れみの視線を向ける。
「じゃあ、君だって俺たちの気持ちがわかるだろ。聞いたぞ。そいつが戦えるのにグタグタしたせいで被害が大きくなったって」
「あそこにはね、僕たちの後輩が居たんだよ。次の大会で活躍するはずたったのがさ。怪我で、二度と走れない体になったんだって」
サキは気づけば拳を握り締めていた。わかってはいた、つもりだった。死人は視界の隅に映っていた。怪我人も。知ってはいたのだ。だけど、改めて聞かされると……辛かった。
「だから何ですか」
「話を聞きたいだけだ。アイツに、もう走れないアイツに伝えたいだけだ。どうして遅れたのかを、その理由がないと……アイツも報われない」
「……どうして、遅れちゃ駄目なんですか?」
「……は?」
男は固まった。目が語っている。『お前は何を言っているのだ』と。
「まずは、命を助けてくれてありがとう、じゃないんですか」
「だから、もう取り返しのつかない怪我してるっつったろ」
「じゃあ命の恩は捨て置いて守りきれなかったことだけを責め立てるのが正しいって言うんですか」
「んなこと言ってねぇだろ」
「じゃあどうして最初からそんな喧嘩腰なんですか!」
「……そいつが、遅れた。俺はただその理由を聞きたいだけだ。話を逸らすな」
「目の前で何も悪くない子が一方的に圧迫されてるのを見逃せって言うんですか?」
「だから……っ」
口籠もり首を振った男の肩に後ろに居た一人が手を置いた。選手交代、とでも言わんばかりに彼が前に出る。
「じゃあここでもいいからさ……。見てたよ。弱ってたとは言え、一撃で魔獣を倒して。強いんだね」
「……」
「だからこそ、さ。どうして最初から戦ってくれなかったのかな。どうして、アイツを守ってくれなかったのかな。ただ、それを聞きたいだけなんだ。頼むよ……アイツのことを言い訳にしない。僕たちが納得できないんだ」
エミが不安げにサキを見る。そんなの知る由もないサキは、机から杖を手に取るとそれをジっと見つめた。
「ま、魔法が、使えなかったから、です」
「魔法少女なのに?」
「は、はい。魔法を使うのに、その、条件があって……それが、ぎりぎりまで、満たせなくて」
「君は、それを満たして魔法が使えるようになったら、すぐに戦ってくれたのかな?」
「……はい」
男は座るサキを見下ろしていた顔を上げ、周囲を見回した。
「どうかな、君たちも同級生ならこの場に居たんじゃないか。彼女の言ってること、ほんと?」
静寂が教室を包んだ。妙に圧のある言葉だった。だが、ついに一人が恐る恐る手を上げた。
「た、多分、本当ですよ。魔獣が出て、暫くは教室に居たけど、いきなり廊下から外に飛び出したかと思えば、その直後に魔法みたいの使って校庭まで吹っ飛んで行ったんで」
「……そっか」
男はもう一度、堪えるように「そっか」と呟いた。
「じゃあ……しょうがなかったんだな」
「君は、精一杯やったんだな」
「アイツが怪我したのも、アイツの
苦しそうに言葉を吐き出した後、彼は目をキツく閉ざした。弱音が溢れ落ちそうだったから。そしてすぐに他の二人に連れられて教室を去って行った。
『違う。魔力強化があれば時間稼ぎくらいはできたかもしれない。だから、悪いのは私だ』
そう言いたかった。でも、それより先にもう姿は見えなくなってしまった。まただ。また、勇気がなかったから。ふと、サキは顔を上げた。エミは魔獣に怪我を負わされた。それはつまり、彼女のクラスがあの時間に授業を受けていた訳で、そしてつまり、彼女の同級生は──。
「……山本さんも、私を恨んでますか?」
「それは……どうしてそう思ったの?」
「だって、同じクラスの人、ですよね。怪我したの、とか……」
「うん。仲の良い子も一人、大怪我だって。顔に傷が残っちゃうって泣いてたよ」
「っ……」
やはり、そうなのだ。
エミもきっと、サキを責めに来ていて。
「でも、それは恨む理由にはならないよ」
しかし、サキの想像に反してエミは笑って、感情を誤魔化すような悲しげな笑みで答えた。
「っどうしてですか」
「だって、助けられた感謝は言っても、来るのが遅いって文句言うのは違うじゃん。じゃあ、いっそ助けられず死んだ方がマシだったって言うの? 違うよ。間違ってるよ。それにどんな理由や事情があれ、助けられた感謝もせず文句言われたら助ける側だってやる気無くしちゃうでしょ」
「それは……」
言いたくない。言ってはいけないことだ。それはわかりつつも、何故かサキの口から溢れ出ていた。
「山本さんは、怪我が、浅かったから言えることじゃないですか……?」
言った直後、後悔した。でも、そんなサキにエミはあっけらかんと言い放つ。
「うん、そうかもね。でも、そうじゃなかった。それが全てだよ」
「……?」
「私も、それこそ手足の一つでも失くしてたら泣き喚いて罵詈雑言を浴びせてたかも。でも、そうじゃないでしょ」
「そう、ですけど。そう言うんじゃないというか……」
「でも、そういう運命だったって話だよ。私は無事で、そうじゃなかった人がいる。そうじゃない人の中には、治らない怪我をした人や死んじゃった人がいる。起きたことは変わらないんだから、受け入れられなくても背負って進むしかないの」
理解はできる。でも、納得はできない。少なくとも、サキはそれを言い訳に自分の弱さを受けれたくなかった。
そんな様子をなんとなく感じ取って、エミは笑った。
「私ね、昨日、玄関の影から戦いを見てたの」
「……はい」
「だからさ、二人の魔法少女さんがすごい爆発を起こして、でも魔獣を倒しきれなくて。しかも二人はボロボロで。だからね、二人の魔法少女さんには悪いけど……正直、不安だったの。負けちゃうんじゃないかって。そうしたら、私たちも死んじゃうんじゃないかって」
あの爆発は凄まじかった。消耗から膝を着く二人の魔法少女を見て、あんな凄い攻撃なのだから魔獣は一溜りもないだろうと喜んだ。だからこそ、まだそれが生きていると分かった時は、喜びが反動となって絶望と──失望が湧き出した。
「だからね、上から降ってきて一撃で魔獣を倒したあの桜みたいに光は……私にとって、希望の光なの」
絶体絶命に降り注いだ天の光。まさに、神話の如き救いの光景だった。
「サキが弱いとか臆病だとか……それは、私にはよくわからないけど。でも、間違いなくあの瞬間のサキは私の希望だったの。それは、覚えておいてほしいな」
「……はい」
パクリとおにぎりを咀嚼し、嚥下した。
「ねぇ、ところでさ! あの魔法服ってどうなってるの?」
「ど、どうって……?」
「元々着てた服とか、捲ったら下着とか着てるの!?」
「も、元の服は一度魔力粒子に変換される、とかだったような……下着も、同じです」
「え、ノーパン?」
「ち、違いますっ。魔法服の下着もあるってことです」
「ああ、なるほど。びっくりした……これからテレビで見る魔法少女に向ける目が変わるところだったよ」
+ + +
放課後、サキは一人帰路につきながら物思いに更けていた。
朝、エミから言われた『ありがとう』は嬉しい言葉だった。自分が頑張ったことに意味があるのだと思えた。
でも、人を守りきれなかった。その事実は心を傷つけたし、癒えてはいない。今も、もっと勇気があれば、とは思っている。
──『……皆が皆、君みたいに強い訳じゃないんだ。心とか、体とか。戦うのに、勇気の準備が必要な奴だっている。俺だってそうだ』
──『怖いのは当たり前だよ』
──『間違いなくあの瞬間のサキは私の希望だったの。それは、覚えておいてほしいな』
ああ、そうだ。ずっとわかっていたことじゃないか。
自分は弱い。逃げ出そうと思えば逃げられるチカラはあった。でも、十五年も母の恐怖に支配され続けていた。心の弱い奴だ。
自分は臆病だ。アキトが居ないと戦えない、なんて言っているが、これは全く正しい訳じゃない。だって、アキトが居ても多分戦えないから。魔法が使えても、だって怖いから。だから、いつだって体を動かすのはアキトだ。
自分は馬鹿だ。昨晩、夢を見た。アキトと出会えず死ぬ夢だ。飢え死ぬ夢を、蜘蛛の魔獣に喰われる夢を、母の元で枯死する夢を。自分で自分の生き方を決められない生き物だと、そう思った。
だけど、魔法少女なのだ。
アキトの恩人で、アキトが信じてくれて、エミの命を守る一助となった──そんな魔法少女は、紛れもなく
「強くなりたい」
自然と口から溢れていた。
強くなりたい。目の前で誰も死なせないくらい。
勇敢になりたい。恐怖に立ち向かえる勇者に。
立派になりたい。アキトの信頼に見合うほど、自慢できるほどの、すごい魔法少女に!
制服に手を入れて、『魔法の杖』を取り出した。
「……アキトさん」
──あなたも付き合ってくれますよね。
。 以下作者の独り言 。
・エミがサキの教室に来たのは誰かしら文句言いに来るだろうなって思ったから。
。