二シン合体の魔法少女! 作:ももはね
放課後、家に帰って来たサキは妙な匂いに目を細めた。
匂う。いや、臭う。甘い花のような良い匂いだけれど、妙な違和感と鼻に付く感覚。背後に茜色を浴びながらサキはゆっくりと扉を閉じた。
「……」
玄関、ゆっくりと靴を脱ぐ。音を立てないように。
アキトの匂いではない。芳香剤かと思ったけれど、そうじゃないと本能が言っている。これは誰か客が来たニオイだと。そっと手を懐へ、魔法の杖を直に撫でた。
廊下を歩く。足音を立てないように。
サキは独り、どうして自分はこんなに警戒しているのだろうかと不思議に思った。アキトにだって友人は居るだろうからそれかもしれない。アキトの祖父母が帰って来たのかもしれにない。ならば、居候である自分が騒がしくするのは迷惑だ、そう自分に言い聞かせながら妙な緊張に唇を硬くする。
「──あ、おかえり」
アキトだ。独りだった。台所で晩御飯の準備をしていた。
「た、ただいまです……」
アキトは特に何も言うことはなく、サキを一瞥した後は自分の手元へと意識を集中させてしまっていた。
何も言ってくれない。何も教えてくれない。その事実がサキは少し悲しかった。
「……!」
まさか、彼女?
思い返せば女の人っぽいニオイだったから、サキはそう邪推した。母の強い香水の臭いではなく、もっと自然な匂いだったが。
だがすぐに首を振る。
自分とアキト出会ったその日に、彼は恋人に振られたと口にしていた。それから今までの時間は殆ど自分と一緒に過ごしていたのだ。誰かと恋仲になる時間なんてなかったはずだ。
聞くか、聞かないか。迷って、決意した。信じると約束したのだから。
「その、だ、誰か来たんですか?」
「……おお、よく気づくな」
驚いた顔のアキトと目があって、一先ずサキは安堵の息を溢す。隠すつもりがないとわかったから。
「隠す気はなかったんだぜ。ただ、言う必要もないかなって」
「どなたですか? き、聞かない方が良いなら聞きませんけど」
話しながらもサキはソファに腰を降ろす。どう見ても『聞きたいです!』と態度が雄弁だ。アキトは苦笑しながらも、少し口籠もりながら答えることにした。
「なんか路上で気絶してたらしくてな。その人に家まで連れ帰ってもらったんだ」
「……き、気絶!? だい、じょうぶじゃないですよね。何があったんですか? 早く寝てください!」
だだだっと近づいてくるサキの肩を軽く押し返しながらアキトは首を振って元気の笑みを見せつける。
「平気だって。足治ってないのに、ちょっと気晴らしに歩きすぎたかもしれないってだけだ。鎮痛剤とか、催眠作用あったりするし。多分その辺だろ」
「びょ、病院行った方がいいんじゃないでしょうか……」
「平気平気!」
心配で仕方ないサキは、こうなったら強引に合体して病院まで連行しようか──とまで考えた。
嫌な予感がしたアキトは話題を逸らすのも兼ねて、聞いてみることにした。
「それより……サキ、やりたいことってあるか?」
「……アキトさんを病院に連れて行く?」
「そういうことじゃなくて……」
真顔、ガン見。病院への凄まじい重力を放つサキ。何もしなければ万有引力に流されてアキトは病院へ吸い込まれるように押し込まれるだろう。逸らせなかった、そう察したアキトは目を逸らしながらあの優しい鈴の音を思い返し、重力に逆らう。
「しょ、将来の為にやりたいこととか……そうじゃなくても良いんだけど、まあ、例えば」
サキは魔力を練り上げて────
「強くなりたい、とか」
────息が、溢れた。練り上げた魔力が下品にも漏れ出してしまう。
ふわり、と。指向性を失った魔力が周囲に撒かれ、アキトは突然にも自分の全身に降りかかった桜色の魔力に仰天。それを少し払いながら首を傾げた。
「な、なに……? どしたの……?」
サキは魔法の杖を強く握り締めた。
「っはい!」
「……?」
「あの、その……強くなりたいです」
「お、おお」
例えで言っただけのことが、想像以上の反応で返って来たので戸惑いながらもアキトは頷く。よくわからないけれど、サキがここまで乗り気なのは良いことだと思ったから。今まで彼女の趣味嗜好はよくわかっていなかったけれど、存外戦闘狂の傾向があるのかも、と。考えてもみれば、彼女はここ最近までチカラを自覚していなかったのだから、中高生の子供が唐突に凄まじいチカラを手に入れたら振いたくもなるだろう。
何より、昨日は酷く落ち込んでいた彼女がこうも明るい顔でやりたいことを言ってくれたのだから、断ることなんてあり得ないのだ。
「じゃあ、早速これから何かするか?」
「い、いいんですか? でも、体とか……」
「まだ料理は下拵えしかやってねぇし、学校の課題も昨晩終わらせた。体だって、訓練するってなったらずっと合体するだろうし。寝てるようなもんだろ」
「っじゃあやりましょう!」
「よし、じゃあ出かけるじゅん──「変身!」」
ピカっと光ってアキトはサキの体に取り込まれ、変身が完了した。
心の世界、アキトは体育座りで呟いた。
<いや、いいけどさ……>
笑顔から一転、ハッとした泣きそうな顔でサキはもう誰もいない空間へ向かって頭を下げる。
「あ、す、すいません……準備したかったですよね」
<……あ、せめて包丁とか片付けさせて? カピカピになっちゃう>
「あ……」
ぴしゅん、と。サキは魔法服だけ解除すると片付けを始めるのだった。
+ + +
移動して──場所は高速道路沿いにある人気の少ない公園。近くに山があって、その森林へ繋がる入り口から分かれるように入れる場所だ。そこから山の中に入っていけば誰にも見られず聞かれず、迷惑を掛けずに様々な練習ができる。
暴漢が現れても魔法少女にはどうせ何もできないし、道に迷ったら垂直飛びで十メートル以上も飛べるのだからそのまま
「……よし、ここなら」
<ていうか、ここまでサキが体動かしてたよな。どうする? 今日はこのままやるのか?>
「……」
サキは少しばかり考えて……頷く。
「強く、なりたいんです。いつまでも引金を委ねているようじゃあ……私は、魔法少女として強くなれません」
<……ああ! 頑張れ! いつか俺なんてサキの強化パーツくらいの扱いができるくらい。君ならできる!>
「い、いえそれは……第一、アキトさんが居ないと魔法が使えませんし」
<でも、実際それってどうなんだ? 魔法って気持ちの持ち様って聞くし、もうちょっとでもサキが強くなれたら、俺なんて要らなくなるんじゃないか?>
その言葉にサキは少し黙り込む。
そのままで、突っ張り棒を手元に出現させるとクルクルと必要ないのに回して、意味もないのに引き延ばす。魔力強化の際に勝手に伸びるというのに、だ。
「いえ、私の魔法は、その、多分ですけど。発動対象が居ないと使えないと言うか……弾が無いのに鉄砲は撃てないですよね。その、多分、独りじゃ駄目な魔法なんです」
<んー、そういうもんか?>
「そういう、もんです」
サキは魔法の杖に片手を当てて、光を宿す。それを突っ張り棒へと導くと──黒衣の魔法少女の武器、黒棒が現れた。
<んー、やっぱり長さ自体は元の物体の長さよりは伸ばせないか>
「はい……でも、長過ぎても使い難いですし……」
<それはそう>
元の物質──突っ張り棒。百円均一ショップで仕入れたそれだが、性能は予想以上に優秀であった。
魔法少女の脅威的な身体能力はその全身を覆う『仮想筋肉』に依る物だ。魔力に反応し筋肉に似た働きを起こす器官。サキの合体魔法はそれを小さい物であれば自身以外にも適用させることができた。体から離れた時点で効果を失う、という制限付きではあるが。つまるところ、切り落とした髪や爪みたいな物として扱われている。
それによって強化された突っ張り棒は内部の空洞部分にまで『仮想筋肉』が張り巡らされることで元が脆弱な耐久性にも関わらず、鉄パイプを元にした時の黒棒と大差ない性能にまで引き上げられていた。
<良くも悪くも、硬くしてるだけだからな。重量はないし刃もないから、純粋なサキの身体能力の分しか攻撃力はない。まぁ、取り回しは良いんだけどさ……。他の魔法少女って、武器はどうなってるんだ?>
「自然系の魔法を使える人は、自分自身が火炎放射器だったり、水流カッターみたいなもの、ですから。小物は持つ人も居るらしいですけど、素手の方が魔法に集中できるって人も多いらしくて……」
<俺たちの場合、そう言うのねぇもんな。パチコンとか強化したらどうにかできないかな?>
「無理、じゃないでしょうか……魔獣も魔力で身を守ってますから。兵器レベルならともかく、そうじゃないと、ただぶつけるだけじゃあ……」
揃ってうんうんと唸りながら、手慰みに黒棒を軽く振り回す。
<やっぱ、純粋に筋トレとか……俺はよくわかんないんだけど、魔力操作とかを鍛えるのが一番の近道か?>
「地味、ですけど。急がば回れ、ですね」
<今んとこの俺たちって、瞬間瞬間に魔力の出力上げて本気で殴る、しか大技ねぇもんな>
「一応、接点で魔力を炸裂させたり、背中から魔力噴射したりしてるんですけどね……」
<え、気づかなかった>
「え」
<……今までありがとう>
衝撃の事実に固まるサキと、申し訳ない気持ちに包まれたアキト。
確かに凄まじい威力だ! とは思っていたが、それは初戦でもそうだったのだ。初めて魔法少女として戦ったサキがまさかそんな器用なことをしているとは思えずにいたのである。改めて、アキトは彼女の才能に慄かされた。
<蹴りと黒棒での強打……他にできそうな技あるか?>
「……移動の瞬間に魔力噴射で歩幅を誤魔化す、とかですかね……?」
<あー、縮地的な……やってみるか>
いざ実践。
サキは足を前に出して着地──刹那、魔力を後方へ噴き出して体を動かして──っ顔面から地面に突っ込んだ!
「うぎゃ!」
<っびっくりしたぁ……だ、大丈夫か?>
「ひゃ、ひゃいじょうぶ、です……強化してますしぃ」
地面に転がったとんがり帽子を拾いながら体を起こすサキは先ほどまで自分がいた場所を眺めながら今さっきの出来事の反省を始めた。
「噴射の角度が悪かった……のかな」
<んー……悪いけど、俺には全くわからんな。というか、魔力がよくわからないから、何も言えねぇわ>
「しょ、しょうがないですよ。魔力を操るのも、魔法少女にしかできませんから。ヒトのアキトさんとは、脳の構造から違いますし……」
<とりあえず、体入れ替わってみるか? 魔力操作に集中してみたら案外できるかもだし。成功の感覚があればやり易くなるだろ>
サキの魔力操作の才能はこれ以上ないほどにアキトは知っているし、信じている。今は体にも意識を割く必要があったから失敗しただけで、彼女ならできると、アキトは確信していた。そして、成功体験さえあれば彼女ならば再現も可能だろうとも。
「そう、ですね」
頷いたサキは心の世界へ──アキトは外へ。
「──うっし。じゃあ行くぞ」
<はい!>
黒棒を地面に突き刺し、アキトは姿勢を低く構える。足を低く上げ、上体を軽く前方へ倒し──縮地。
二人はたった一歩の動作で五メートルは移動していた。
「っ成功!」
<ですねっ>
ただの移動手段としては普通に走った方が早いし魔力効率などからして実用的ではないが、接近戦での駆け引きの一手としては非常に有用であろう。
「次、黒棒持って何度かやって、そしたら交代してやってみようか」
<はい!>
こうして、二人はより強くなる為の修行を始めるのだった。
+ + +
一方、協会支部にて。
「ちなみに、お二人はその魔法少女が魔法を使う瞬間って見たの〜?」
メイコの言葉に、ヒバナとヒナタは揃って首を振った。
「私たちが見たのは、空から降って来て一撃で魔獣を叩き潰した姿だけ、ですので。それらしきものは」
「強いて言うなら、身体系の魔法かもってことね。それなら、魔力強化以上の倍率で体を強くできるし。ぱっと見、身体能力は私たちよりも遥かに上だったから」
「ええ。何かしら、身体強化できる手段を持っていると思っていいでしょう。もしくは……あの黒い棒の方かもしれませんが」
「あー、道具から力を引き出す、みたいな? そう言う系っていわゆる魔剣的なのを生成するって感じよね。毎回同じ武器使ってたら確率濃厚ね」
真剣に話し合う二人を見て、メイコはにんまりと笑う。
「けひゃっ、調査失敗した癖にぃ、考察はお上手ですね〜?」
「メイコちゃんも、遭遇したらちゃんと観察してくださいね」
「わかってますよ〜。私の防御力は先輩でも覚えてますよねぇ〜? 何があっても、私が倒れるとしたら最後です。それが回復役の勤めですも〜ん。だ・か・ら、お二人の分も私がしっかり見ておきま〜す!」
けひゃけひゃと巫山戯ながら。しかし、他者を癒す能力を持つ者として、最初に倒れてはならないという使命。自分さえ動けるならば全てを助けられるという自負。
可愛い後輩ではあるが、二人も彼女の実力は認めているし、むしろこうやって調子に乗られていると負けん気でやる気が湧いてくる。有難い存在だと身に染みていた。
「私の無敵っぷり、先輩たちはよぉく
「はいはいわかってるわよ」
「……」
無敵──その言葉を聞いて、ヒナタは思わず黒衣の魔法少女を思い出した。
自分たちが叶わなかった飛蝗の魔獣を、たったの一撃で沈黙させ、その後は作業みたいに倒してしまった存在。
自分たちが弱らせていた。奇襲だった。
そんなことはわかっている。わかっているけれど、しかし、悔しい。まるで無敵だと言わんばかりの背中、強さ、圧倒的暴力。
それを見て、魔獣が死んで……安心してしまった自分が居て、それが悔しかった。
「──ぱい。ヒナタ先輩?」
「……はい、なんですか?」
「どうかしました? 顔が暗いですよ? こ〜んなに可愛いメイコちゃんが居るってのに〜!」
「……ふふっ。はい、それもそうですね」
笑うメイコに釣られて、ヒナタも微笑む。
メイコはまるで道化みたいに振る舞うけれど、しかし彼女には『笑われる』のではなく『笑わせる』という魅力があって。笑顔を伝播させるような明るさがあった。
魔法や魔力は魔法少女の心に強い影響を受ける。
他者を治すというチカラ。それだけのチカラではないけれど、心優しいメイコにはお似合いの魔法だとしみじみヒナタは思った。
その時、施設内に警報が鳴り響く!
魔獣出現の合図であった。
「昨日の今日で!?」
「さっすが最近の異常環境〜」
「二人とも、急ぎますよ」
こうして、三人は魔獣へと駆け出した!
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