二シン合体の魔法少女! 作:ももはね
「殺す、でいいんだよな?」
<……っはい! お願いします! 私の魔法少女さん!>
その言葉に激昂するかのように、魔獣は針状の体毛を飛ばす。
それを軽く跳ねて躱しながら青年は状況を把握した。
自分の体は少女の物──魔法少女のそれに変わっている。
身体能力は
「魔力も魔法もよくわかんないんだけど、そっちはどうなってんだ?」
<あ、はい。魔力は私に、その、権限があるっぽいので……その、なんか強い攻撃とかしたい時は言ってくれれば、良い感じに魔力を流します>
「ああ、頼んだ!」
威勢よく返事しながらも青年の動きは消極的で、魔獣の近くを動き回り翻弄するものの攻撃の手は中々入れられない。
「(何かと殺し合うなんて初めてだしな!)」
格好付けた……まではよかったのだが、如何せん彼には経験がなかった。今まで平和を謳歌し続けていた現代一般人らしい経歴なのだから、それも仕方ないだろう。
「武器とかないのか!?」
<あー、えー……ないです!>
「ステゴロかよ! あの化け物に!?」
蜘蛛型の魔獣、その大きさは縦横奥行き共に2メートルほど。人間と比べると明らかに体格が大きい。余りにも大きい。とてもじゃないが人間が殴り合得るとは思えないサイズ感であり、文明人らしく鉄砲の一つでも欲しいところ。
<ほ、本当は魔法を使って戦うんですけど、私のは【
「謝らなくていいって」
魔獣の姿は巨大な蜘蛛そのもの。だが、知性は感じないし、動作も
巨体だからなのか、はたまた魔獣だからなのか。蜘蛛特有の、巣作りしての、または獲物に近づいて素早く飛びかかるような、それらのような狩りを狙う素振りは一切見られない。
端的に言えば、動きがわかりやすいのだ。
動作は巨体だから大振りだし、速くはあるが魔法少女なら十分に反応できる程度の速度。
飛び道具も、至近距離では針飛ばしは当たらない。それには一瞬の溜めがあるし、口元辺りからしか飛ばせないようなので、わかっていれば余裕で回避可能。
魔獣が足を振り下ろす、横に跳んで避ける。
魔獣が針を飛ばす。上に跳んで避ける。
「今だ!」
<っはい!>
合図の直後、少女は魔力を練り上げそれを全身へ流し、瞬間的に身体能力を大きく底上げする。『魔法服』による補助もあったそれは、つい先ほどまでの少女のチカラを遥かに上回って昇華させた。
その力強さを示すかのように、桜色の髪と目が煌めき周囲に魔力光を振り撒いた。
「ぶっ飛べ!」
振り抜かれた拳が魔獣の胴体へ直撃。
衝撃と共に魔獣の胴体は大きく歪み、それが伝わって節足が三つ千切れ、言葉の通りに巨体が吹き飛び、地面を転がり、最後には仰向けに横たわった。
「……まだ生きてる、よな」
回避の連続から本気での一撃を打ち込んだ。
疲労から少し息を荒げながら青年は訝しむような目付きで魔獣を睨む。足が数本千切れ、胴体は大きくへこんではいるが、あの化け物がこれで死ぬとは思えなかった。
そして、それが言霊にでもなったのか。魔獣は節足を震わせ、カサカサとして動きで立ちあがろうと踠き始めた。
<っわ、ま、まだ動いてる……きもっ>
「トドメだ。行くぞ」
<は、はい! あ、その、どうします? 拳か足か、言ってくれれば衝撃の瞬間に魔力を放出して……多分、威力を上げられますよ>
「そうなのか?」
<や、やったことないので多分ですけど。その、もう触りたくないので、次で終わらせたいです!>
「それはそう」
蜘蛛なんてキモいし、と青年は呟きながら両手を合わせ、指を絡め、ぐるりと手首を回した。同時に、片足の爪先を立ててグルリと回して足首を解し、もう片足も同じように解す。
「蹴りでいく。タイミング大事そうだし、せーので行くぞ」
<は、はい!>
「せー、のっ────」
踠く魔獣へ向かって
再び桜色の魔力が煌めき出す。だが、先ほどと違ってそれは右足へと特に集中していた。
そうして丁度良い距離感になった瞬間に、跳躍────
<「────おりゃぁ!」>
右足蹴りが、魔獣の頭部へと直撃。刹那、桜色の魔力が炸裂した。小さな爆発が発生し、轟音を響かせながら頭を粉砕する。
反動で
直後、頭のない魔獣の体がふらりと脱力し沈黙する。
そうして、動かなくなった魔獣から少し離れた地点に見事に着地した青年は……足を震わせるとぺたんと尻餅をついた。
「…………お、おわった?」
とっても情けない声だった。震え、霞んだ恐怖の色濃く滲んだ弱音。
<…………は、い。多分、倒せ、ました>
喜びと動揺の混じった少女の声が脳内に響く。まだ、
「……い、生きてる。生きてる生きてる生きてる! 助かったー! あっはははー!」
<……よかった、なぁ>
青年は、今が少女の体だということも忘れて倒れ込むと手足をバタつかせてスカートが捲れることなんて気にもせず生の喜びを享受していた。
少女は、青年が死なずに済んだことに喜び、同時に自棄になったはずなのに自分の生に安堵していることに困惑を覚えていた。
<……わたし、死にたくなかったんだ>
「ああ! 俺もだ! やっぱ彼女一人に振られたくらいで自棄になっちゃ駄目だよなぁ! よーし、また彼女作るぞー!」
<……>
そういうじゃないだけど……、と。少女は少し白けた。さっきまで格好よく感じていた青年にちょっと冷めながらも、しかし微笑んだ。
馬鹿らしい言葉ばかり青年は連ねている。だけど、『確かに』と思ったのだ
今までの人生は嫌なことばかりだった。だけど、最後の最後で、もう全部終わらせてしまおう──そんな時に、
「あー、魔獣を倒した後ってどうすりゃいいのか知らないんだけど、知ってるか?」
<あ、はい。少しだけ、ですが>
「おっけ。じゃあ、合体解除するか? もう倒したし」
<…………あ、い、いや。まだ、その、魔獣がまだギリギリ生きてるかもしれませんし合体はそのまま警戒してた方が良いと思います!>
「お、おお?」
唐突な少女の早口に戸惑いながら青年は頷いた。
「ま、それもそうだな。この状態なら奇襲くらっても、アタりどこが悪くなけりゃ平気だろうし……体の制御の交代ってできそうか?」
<あー……はい、多分できそうなのを見つけました>
「見つける……? まあいいや。じゃ、やってくれ」
<はい!>
その直後、青年の意識はすーっと遠のき──刹那、周囲の視界が一変した。
薄暗い小さな部屋。窓が一つだけあって、薄汚れたカーテンは開かれている。そこから見える外の景色は、沈黙する魔獣に荒れた公園──さっきまでの世界そのもの。
下を見れば、使用感のある少し小さな布団と薄い毛布に青年は座っていた。
離れたところにはボロい卓袱台に解れの目立つ鞄、幼児用のコップなどの食器、ボロボロの教科書と……まるで、古い時代の貧乏児童の家を思わせる部屋であった。
<ここは……>
「あっ……お兄さんもそこなんだ……てっきり自分の部屋なのかと……」
少女の言葉に青年は首を傾げた。
<自分の部屋?>
「は、はい……多分、そこは……なんでしょうね。私の心の中というか……私の、家の部屋を模した世界、なんだと思います。ほら、その、合体している間は、多分お兄さんは私の中に入っているので。体を動かしてない時の……待機場所? みたいな」
<……なる、ほど?>
「てっきりお兄さんなら、お兄さんの家になると思ったんですけど……そっか、私の魔法だし、私の世界になるよね……ご、ごめんなさい。汚い部屋で」
<いや、別にいいんだけど……>
──なんかヤバくね?
青年はそう思った。
少女の年齢はわからないが、外見から察するに中学から高校生。だのに、部屋に置かれた布団の大きさは園児とか小学生が使うような小さな子供用のサイズしかなく、食器に関しては使い古しているのは絵柄擦り切れている。教科書だって中古品か、そうでないならイジメにでもあっていることを想像させる代物。
どう考えても、まともな生活環境でないことは容易に想像できた。
そんな青年の不安を他所に、少女は魔獣の死体へ近づく。
すると、死骸は端の方から粉のように風に消え始めたではないか。
<消えてる?>
「あの、その、魔獣は普通の生き物と違って体の大部分が魔力で構成されているので、その、死んだ後は少し時間が経つとああやって消えるんです」
<そういう……>
「でも、爪とか皮とか、一部は残ることがあるので、結局倒したあとは通報して回収する人は呼ばないとですけど」
<よくわかんねぇ生態してんな>
「あはは……っとと、これこれ」
既に半分以上が消えている死骸、その腹部の辺りに少女は手を腕ごと突っ込むと、そこから小さな黒光りする石を抜き取った。
<石?>
「えっと、魔石って呼ばれてます。正確には、『魔力器官』っていう体内で魔力を作り出してる内臓らしいです。私たち魔法少女も、石じゃないですけど、魔力器官はあるんですよ」
<魔力使ってるもんな。で、それをどうするんだ?>
「その、これは役場とか、決められた場所にある回収装置に入れるとですね……お、お金がもらえるんです」
<想像以上に現金な話だった。文字通り>
魔法少女、魔力、魔石……そんなファンタジーな話から唐突に現れた
「そ、その、ですね……これは、その、どうします?」
<どうって、売る以外に使い道があるのか?>
「いえ、そうでなくて……も、もらえるお金を、どうするかと……」
<あ、あー……そういうね>
普通の魔法少女であれば、一人で戦い一人で倒し一人で報酬を受け取ることができる。または、チームでやっているのならば最初から振り分けの仕方ぐらいは決めているだろう。
だが、二人はそうではない。
魔獣を倒したのは青年だが、青年は少女の魔法がなければ戦うことも出来なかった以上、二人で倒したと言える。加えて、緊急事態の土壇場で決行したタッグバトルなので、事前の取り決めなんてあるはずもなく。
<ち、ちなみに、報酬ってどれくらいもらえたり……?>
「わ、わかんないですけど……一番弱い魔獣で一万円くらいは、それから強くなると五万とか十万とか……もっと上もあるらしいですけど……」
<今回なら……まあ、初心者でも倒せたくらいだし一万円って考えるべきか>
「は、はい……」
少女は息を呑んだ。
交渉開始だ、ゴングの鐘が静かに鳴り響く。
ここでどれだけ貰えるかで、今後の生活が大きく変わる──と思った直後、首を振った。
ここで一万円を貰えたところで、別に少女が一人で魔獣と戦えるようになった訳ではない。青年が今後とも協力してくれるとは限らないし、彼以外と合体できるかはかなり怪しい。
つまるところ、寿命が伸びるだけで、
「あ……やっぱり、その……」
<じゃあ、君が全部持ってってくれ>
「……はい?」
<俺が魔法少女になった訳じゃないからな。泡銭みたいなもんだし、そもそも君は命の恩人だ。それから金を取るってぇのは……ま、ダサいだろ>
少女は、そんな青年の言葉にどう返すべきか、と思考を巡らし──それを『魔法少女協会』の緊急車両が鳴らす警報に掻き乱された。
<お、来たみたいだな。死骸の回収……つっても、もう殆ど搾り滓くらいしか残ってないけど>
魔法少女はその名に違わず年若い者が多い。そんな子供たちを命懸けの戦いに巻き込むのは如何なものか、そんな世論は少なくない。だが、子供たちに助けられなくては現代社会がやっていけないのが現実であり、なんやかんやと多くが飲み込んでいた。
そして、当然のこと、魔法少女という子供たちの活動にはその
また、魔法少女とはヒトの姿形と知性でありながら、
端的に言えば、基本的に行政は魔法少女と保護者をセットで記録し、諸々の情報を管理しているのだ。
特に、戦闘を行った際には、何処でどんな魔獣と戦ったのか、保護者に連絡が送られることは珍しくない。
「……お母さんに、知られる?」
少女は思った。
自分が戦えると、お金を稼げると、そう知ったら母はどうするのだろうか。
生きたいって、幸せになりたいって、やっと自分の本音に気づけたのに──母の元ではそれが叶わないことくらいはわかっている。
「っ……!」
<あ、おい!?>
気がつけば、少女は公園の外へと飛び出していた。
公園の敷地外に出ると同時に、魔力を霧散させ、『魔法服』を解除。それは光の粒となり
<おいおいおいおい! 何処行くんだ!?>
何処に行くんだろうか。何処に行けば母から逃げ切れるんだろうか。どうすれば、自分は幸せになれるのだろうか。
<ていうかいつになったら俺は分離するんだよ!>
走り続け、気づけば住宅街の外れにある人気のない公園に辿り着いていた。公園から公園、なんて意味のない移動だろうか。しかし、その時間が冷静を取り戻すのに必要だった。
息を荒げながら少女は公園の中を歩くと、錆びたベンチに腰を降ろす。
「……ごめんなさい。その、お母さんに、私が戦えるってバレたくなくて」
<だとしても俺まで……ああいいや。事情は聞かないどくよ。話辛いこともあるだろうし>
青年は少女の心の中の世界を考慮し、詳しい言及を控えた。自分がカウンセラーだったのならケアすべき事案だと思われるが、生憎とそうではないし、そうする理由もなかった。
「はい……」
<とりあえず、合体解除してくれない? 足の怪我も気になるし……
「あ、そうですね」
少女は杖を握り締めると──目を瞬かせた。
「ど、どうすればいいんだろ……?」
<……は?>
「い、いやですね、魔法って結構感覚っぽい感じでして……離れろーって、別れろーって思ってるんですど……な、なんか分離できなくて」
<おいおいおい、不味いだろそれ……あ! 体を交代した時みたいになんかできないのか?>
「あ、わ、私の心の世界に扉がありますよね? そこから出たら交代できたんですけど……」
<扉?>
青年は立ち上がると、少女の心象世界をぐるりと見回し、傷と劣化が目立つ扉を見つけた。
その取手に手を掛け、
ガチャ、ガチャ……ガチャガチャガチャ!
ドンドン!
バンバン!
などと、乱暴に捻って捻って引っ張り叩く。
「あ、あのあのあの!? なんかすごい音してませんか!? 私の中で何してるんですか!?」
現在の自分の心の世界を見ることができない少女は思わず叫んだ。見えはしないが、青年を通してなのか、ぼんやりと音は聞こえるのだ。
何処からともなく……強いて言えば自分の体の中から響き渡るような騒音。今のところ何処かが痛いとか痒いとかの異常はないけれど、どう考えても尋常でない音が聞こえると懸念が浮かんで仕方ない。
<くっ、この、くそっ! 開かないですけど!? ちょっと大家さんお宅の建て付け悪くないですか!?>
少女は胸、お腹、背中と手を当てて行くがやはり何処にも異常はない。明らかに叩く音がするのに。
それに対し、青年は思いっ切り捻っても、押しても引いてもビクともしない扉に業を煮やし窓際に近づいていた。
「わ、私のせい!? ご、ごめんなさいぃ!」
<窓から──ガン!ガクッバキ!ゴン!──って開かねぇし! マジで建て付けどうなってんだこの部屋!?>
「ごめんなさいぃ!」
こうして、青年は少女の中に監禁されてしまったのだった。
そして、今この時、少女の頭の中には母親のことなど一切浮かんでいなかった。
。