二シン合体の魔法少女! 作:ももはね
体の一部を消し飛ばされ、燃やされ、僅かに痺れ、満身創痍の魔獣。そして、まだ余力十分のアキトとサキ。
ならば、やることはただ一つ。
「大技行くぞ!」
〈はい!〉
全身に桜色の光を瞬かせ、地面を蹴り上げる。
これまで三度戦い、三度の魔獣を仕留めた全力全開の魔力強化による打撃。それを、今度こそは防がせないと、弱ったお前を潰してやると。絶対的な殺意を込めて。
空中で黒棒を振り上げ────
くらり、と。
アキトは世界が揺れたような感覚を味わった。
「──は?」
手足に力が入らない。息が吸えない。体が重い。
いや、そうじゃない。
まるで体から切り離されたような感覚で。
────攻撃を外し、ふわりと
<あ、アキトさん? 今のどうして>
「きもちわるい」
からんころん、黒棒の転がる音が静かに響く。四つん這いになり、アキトはついに意識を失くしてしまった。
<……え?>
返事はない。心の世界の、薄暗いサキの部屋に声が響くばかり。何かを言う度に、返事がないと悟る度に、この部屋の孤独や恐怖が蘇る心地がしてサキは絶望を募らせる。
<アキトさん? アキトさん!?>
サキの声も届かず、彼は沈黙のまま。彼女は体のことなんて忘れたまま心の世界で必死に声を掛け続ける。
そんな身動きを取らない二人へ容赦無く触肢が攻撃を仕掛けた。強烈な一撃を脇腹に受けたサキの体はゴロゴロと転がって、しかし動かない。そこへ更なる追撃が襲いかかる。
「っどうして」
サキは咄嗟に肉体の主導権を取ると転がって躱しながら体を起こし、走って距離を取ってから心の世界へと帰還。そこでも全く動かず、寝たきりになったアキトを見てしまった。
<アキトさん! アキトさん! どうしたんですか!?>
一方、高所から戦場を俯瞰していたヒバナは急に動きの悪くなった……否、先程までの勇猛な姿から一転し幼子のような慌てふためきを始めた黒衣の魔法少女に困惑していた。
「……どうしたのかしら。まさか、魔獣の魔法……精神干渉? いやでもそれなら私たちも影響受けてるはずで、時間経過……? いやそうじゃない。メイコ!」
「なんですか!」
ヒバナは高い場所から俯瞰していたから気づけた。メイコは見上げていただけだから、黒衣の魔法少女が何故か落下したとしか認識していない。異常を知らせる為に張り上げた声、返事をしながら既にメイコは駆けていた。
「黒い子がおかしくなった! 診てあげて!」
「あーいあいさー!」
全ての攻撃を無効化しながら魔獣の横を駆け抜けるメイコ。
「けひゃっ、効かないもん──あ」
一本の触肢が彼女の足を縛って持ち上げた。
無敵化は全身に纏った魔力の膜を破壊される前に元に戻すことで攻撃を無効化している……故に、膜ごとこうして拘束されると意味がないのだ。
「やっべ」
咄嗟にメスで切断しようとするが、先にヒバナが火弾で触肢を焼き切った。
「油断すんじゃないわよ!」
「ごめんなさーい!」
改めて走り出したメイコは地面を滑るように減速すると、ぴったりサキの目の前で停止する。そして、無防備な彼女へと繰り出された触肢を弾きながら優しく肩に手を置いた。
「……初めまして。私は協会所属の魔法少女なんだけど、メイコって呼んでね」
「あ、え、は……はい」
優しく語りかけられたその声に、サキは荒くなった息を少しずつ整っていく。そうして、多少の冷静さが戻ったのを見取ったメイコは彼女へと一歩寄り、また触肢の攻撃から庇った。
「落ち着いて。落ち着いて。私の持つ魔法は【元に戻す魔法】。傷とかを治せるの。何があったのか私に教えて? 怪我とかならすぐに治せるから」
『治せる』、その言葉に瞳の中で希望を灯したサキが必死に話す。
「そ、その……アキトさんが、動かなくなっちゃって」
「……あ、あきと、さん? えっと、どなた〜?」
知らない人名に首を傾げなら、メイコは周囲を見回す。名前からして男性だろうか、と思いながら探すけれど、男どころか女もすら、人影は見えない。というより、この辺りの民間人は既にメイコとヒナタで避難させた後のなのだから誰も居なくって当然だ。居たら二人の見逃しという大失態になる。
自分の言っている言葉が理解されていない、と気づいたサキは滑る舌を何とか抑えながら必死に説明を始めた。
「わ、私の魔法は、その、【合体魔法】と、いいまして。誰かと、合体することで、その……発動する、よくわかんない魔法なんです……」
「がったい、合体?」
基本的に魔法少女の魔法は自然に関する物か、魔力その物を変化させる物か、自身の身体に影響を与える物のどれか。
メイコの魔法のようなそれらとは全く関係ない魔法は非常に珍しい。サキの魔法も他者へ直接干渉する物であるならば、珍しいなぁ、と僅かな親近感を覚えていた。
「そ、それで、その、今私と合体してくれている人が、今、いきなり動かなくなってしまって」
「……なる、ほど〜」
メイコは治癒師として活躍して来たのであって、魔法研究家ではない。ただでさえ珍しい魔法なのだから、サキの現状についてもお手上げ──と、いつもなら言うところだが。今はそうではない。
「それって、魔法少女じゃないただのヒト?」
「は、はい。男の人です」
もしや、と。メイコはアタリを付けた。
「……魔力汚染」
「……?」
「多分、まだ推測なんだけどね。あの魔獣の魔法がヒトに魔力汚染を誘発する効果を持っているんじゃないかって私たちは睨んでるの。合体することで、貴方とそのアキトさんって人がどういう状況になるのかはわからないんだけど……そのヒトだけ、魔力汚染でやられちゃったのかもしれない」
「そ、それって……大丈夫、なんですか……?」
触肢からビンタみたいな攻撃が三発繰り出され、その全てを背中で無効化したメイコ。さらに一本は拘束しようと動いていたが、メイコへの巻き添えを考慮しないヒバナの火弾が焼いて防いでいた。
しかし、そろそろ動かないと魔獣の意識が他へ向いてしまうかも、とメイコとヒバナは危惧し始めた。
「……症状が軽ければ時間の経過で治るよ。でも、私の魔法では治せない」
灯った希望が、消える。否、初めから存在していなかったのだ。
「っそんな」
「貴方が混乱してるってのはわかる。でも、今は魔獣がいるの。同じく汚染に苦しんでいる人が沢山いる。貴方は、まだ戦える?」
メイコは自分が酷なこと言った、と思いながらも言い切った。
迷子みたいで今にも泣きそうな彼女に、それでも戦えるのか、と。答えがわかり切ったような質問だ。
それでも彼女が戦えないとなれば決定打となり得るのはヒバナの『粉塵爆発』くらいしかなくて。時間をかけて触肢を一つずつ焼いて切ってとしていけばそれを使わずとも勝てる、のだが他の人たちも症状の進行が不明な現状、少しでも急ぐ必要があった。
それに、『粉塵爆発』は強力だが余波が大きいし、それを防ぐ為のヒナタの結界は展開に時間が掛かるし隙も大きい。両方共は成功しないかもしれないが、だからと言って結界を省けば民間人にも被害がでかねないし、ヒバナが失敗すれば元も子もない。
メイコとしては、そう言った心配のなさそうな黒衣の魔法少女に戦って欲しいのだ。
「わ、たし、は……」
サキは黒棒を握り締めようとして、それがないことに気がついた。何処かの瞬間に落としてしまっていたのだ。
今までサキは一人で戦ったことがない。
魔獣と──蜘蛛と、蜥蜴と、飛蝗と、戦って、勝てたのはアキトが居たから。ずっと恐れていた母に立ち向かえたのもアキトが居たから。彼は自分よりも遥かに弱っちいヒトだけれど、それでも不思議と心強かったから。だから、頑張れた。
「……あの、魔獣を倒せないと、アキトさんは、死んじゃうんですか……?」
「わからない。でも、原因があれなら、倒さないと良くならない可能性は高い」
「……それ、って」
メイコは迷った。
正直に伝えるべきか、誤魔化すべきか。
大切な人の死を目前に、救う為だと立ち上がれるのか、もう駄目だと挫けてしまうのか。どちらかわからない。ならば、曖昧な答えで確証のない
悩んで、賭けることにした。
「死ぬ可能性も、高い」
「ぁ……」
気づけば、サキは黒棒を握り締めていた。まだまだあった、突っ張り棒の予備。アキトが戦う為に──サキと一緒に、頑張る為にと用意していた武器。
彼が死んでしまえば、もう用意されることはない。
彼が死んでしまえば、もうおにぎりは食べられない。
彼が死んでしまえば、もう帰る家はなくなってしまう。
彼は言った。自分を信じると。
自分は言った。強くなりたいと。
彼一人も守れない魔法少女に、価値はない。
いや、そうではないのだ。
彼を失った自分は、もはや諦めて憧れた『マスコット』ですらない。
彼を失った自分は、もはや『魔法少女』足り得ない。
「貴方が戦えるのなら、きっとアキトさんって人も救えるはず」
──────魔力は魂と深い関わりがある。
良くも悪くも、魔法少女はその影響を強く受ける。
だから、ヒトよりも感情の上下が激しくなり易いし、ヒトよりも感情の影響が大きいし、ヒトよりも何かに執着し易い。
「あの魔獣が全部の原因だから」
サキは気弱な性格だ。母とは似ても似つかず気弱で。だから、人として弱いし、魔法少女としても弱い。そこをアキトが気合いを出すことで一流の魔法少女にすら負けないほどの能力を出力していた。
「だから、お願い。協力して欲しいの。アイツを殺す為に」
だが。
「……すぅ……はぁ……すぅ……はぁ」
サキは人生で初めてだった。深呼吸をしないと、爆発するんじゃないかと思うほどの『感情』に心を焼かれるのは。
初めてだ。ここまで何かを失うことを『怖い』と思ったのは。
何故、失う?
自分が弱いからだ。
初めてだ。ここまで弱い自分に『怒り』を覚えたのは。
何故、弱い?
自分が気弱で情けなくて、大切な人が死ぬかもしれないのに動けないからだ。
初めてだ。ここまでナニカに『殺意』を抱いたのは。
初めてで。
だから、抑え方がわからなくって。
「──あれ、殺せばいいんですね」
「っ……」
低い声だった。妙に落ち着いた声だった。心の底から、恐怖を感じさせる声だった。
メイコは思わず喉が引き攣り、こくこくと頷くことしかできなかった。
一歩、サキがメイコの前に出た。
無敵の庇護を失ったその瞬間、触肢が三本襲いかかって──全て、一瞬で破壊された。
「──はぁ……本当に、嫌になる」
弱い自分が。守れない自分が。
強くなりたいって、守りたいって、そう思った矢先に、一番大切な人を失うかもしれない事態に陥った。この世界が、嫌になる。
サキは魔法服のとんがり帽子を投げ捨てた。邪魔だから。
サキは魔法服の外套を投げ捨てた。邪魔だから。
民間人をみんな守るとか、身の丈に合わない願いを望んだからこうなったのだろうか。
最初から
「嫌になる」
露悪的な自分の思考さえも。
サキは黒いセーラー服だけの格好で月を見上げ、息を吐いた。その息と一緒に、邪魔な物が少しだけ抜けた気がした。
だから、戦える。純粋な殺意を宿して。
「ぶっ殺す」