二シン合体の魔法少女! 作:ももはね
体が軽い。気持ちが重いのに。サキはまるで泥まみれの翼が生えたような心地だった。胸が重い。頭が重い。視野は狭いし耳も何処となく遠い。理由は──。
「アキトさんが、いないから」
気分的な部分も、ある。だが、それだけでもない。
【合体魔法】とは二人の人間を一人の魔法少女へと変える魔法だ。魔法少女の魔力とは、本人の感情などの『魂の活動』によって生成や出力がされるものであり、おそらく合体中の自分は二人分のそれが発生しているのだろうとサキは考えている。実際、合体中の方が調子は良いように感じていた。
また、体は一つだが意識は二つ、それはつまり自分では気づけないことにも相棒が気づいて教えてくれることもある。視覚や聴覚はもちろん、直感すらも。
故に、アキトが行動不能になるということは単純に彼が体を動かせなくなるだけではなく、『魔法少女・サキ』の弱体化を意味した。
もっとも。
「はぁ……」
一払、二払い。サキが黒棒を振るうと近づいて来た触肢が一瞬にして弾かれ潰される。
弱体化は、している。それ以上に強い感情が差分を埋め立てられているだけで。出力は十分以上に誤魔化されている。しかし、欠落したアキト分の五感が絶対的な違和感として『重さ』を孕んでいた。
「あ、あの……」
一歩前に出て声を掛けたメイコを一瞥し、サキはすぐに魔獣へと暗い瞳を向けた。
「……危ないから、近づかない方がいいですよ」
ヒバナが火弾によって魔獣を怯ませた。その瞬間、
「──殺す」
サキが
下半身を重点的に、背中からも魔力噴射を行って吹っ飛ぶ。獲物へ襲い掛かる蜘蛛の如き瞬発的な超速度で魔獣へ接近。
魔獣は既に満身創痍だ。数多ある触肢の殆どが焼かれ、砕かれ、千切られ、体の一部は欠けているし体内の魔力量も殆ど空っぽ。先ほど、アキトが不調に堕ちなければとっくに絶えていた命である。
故に、眼前に迫った黒い暴虐から身を守る術などない。
大きな樹木のような触手の塊の魔獣、その頂点に黒棒が叩きつけられた。
「──ッッッ!!!」
雷が幾つも落ちたような轟音。
例えるのなら、殴られた豆腐。
防御力なんてもう削ぎ落とされた魔獣は、衝撃が起こった頂点からその触肢や汁を全方位に撒き散らしながら体の中程で衝撃に圧し折れ、まるでお辞儀するような格好になる。
「っ!」
魔力噴射──サキは折れた部分を再び殴打した。
宵闇に響くは桜色とそれが齎す圧倒的な破壊音。
アスファルトを砕きながら魔獣の体は地面を抉りながら
「……終わった」
もう、魔獣は死んだ。触肢は段々と消え始め、直に魔石だけを残して消滅するだろう。だが、それだけだ。アキトはどうなる? すぐに目が覚めるのか。もう覚さないのか。魔獣を倒せばよくなるかもしれないとは言われたが、心の世界では依然眠り続けている。何度声を掛けても意識は戻らない。
「病院……病院に……いや」
白衣の魔法少女──。
サキは着地すると、重い足取りでメイコへと近づく。
メイコは慄いた。向けられた目が、見たことのある類の瞳だったからだ。重く暗い瞳で、大切な者を失って暴走する魔法少女がよくする瞳。戦場で何度か見て、何度か襲われた。
「……回復できるって、言ってましたよね」
「う、うん」
後手に、
「お医者さん、なんですか?」
「し、資格とか持ってるわけじゃないけど、協会で授業とかやらされてたからそれなりに知識はある、よ……?」
がくん、と。サキは膝から崩れ落ちる涙の滲ませながら頭を下げた。
「魔石は、あげます。だから、アキトさんを……診てください!」
「それは──」
メイコはメスを縮め、元の箱型へと戻す。
「当たり前だよ。私が救える所にいる人を見捨てたりはしない」
「っい、今ここで平気ですか?」
「いや、ここはまだ魔獣の魔法が抜けきってないかもしれない。少し離れて……あっち、ヒナ──黄色い魔法少女の結界のところでやろう」
「は、はい」
駆け足に移動しながらメイコはヒバナへと叫ぶ。
「せんぱーい! 私は他の人の治療するので魔石回収しといてくださーい!」
「黒い子はいいのー?」
「いいですってー!」
「りょーかーい!」
ちゃんと聞こえるように大声で交わされた会話の後、ヒバナはすぐに高場を降りると消滅中の魔獣の近くで待機する。
会話が聞こえていたヒナタも、近寄る二人を視認するとすぐに結界の一部に穴を開けた。
「……」
ジッと黒衣を見つめるヒナタ。だが、サキはそんなこと気にも留まらなかった。今はアキトことで心が一杯だったから。
そして結界へと到着、メイコは振り返るとサキと向き合って「さっ」と腕を広げた。
「あー、【合体魔法】だっけ。解除して、アキトさんを見せて」
「はい」
その会話に、詳細を知らないヒナタは「合体……?」と首を傾げる。
魔法服を解除し、ピカッ、と光ったサキは光の霧散と共に元の姿──黒髪に高校の制服の姿へと戻った。それと同時に、彼女の体から溢れ出た光の粒子がアキトを形造り、分離した。ふらりと倒れ込む彼を、サキは優しく受け止めるとそっと地面に横たえさせる。
「っな……」
「おー、へー、初めて見るな〜……」
絶句するヒナタに、本当にヒトが出て来たと目を丸くするメイコ。何か言いたげに顔を寄せたヒナタの体を押し退けたメイコは「失礼しま〜す」とアキトの服を捲ると聴診器を胸に当て、鼓動を聞く。
「あ、一応言っとくと、これも『魔法具』っていう特別な道具でね。そういう魔法を持った魔法少女が作った物で、簡易的な物なら自分のじゃない魔法も使えるようになる代物なの」
「は、はい……?」
「これは探知系の魔法。触った相手の体内の情報がわかるの。ちょっと早いけど心臓や肺は動いてるし、脳波も正常……瞳孔も……あれ。足に怪我してるけどこれは……」
魔力汚染ではあり得ない物理的な怪我にメイコは首を傾げた。
「あ、それは、その、前からですので、今回は関係ない、です」
「ならヨシ。ついでにちょっと変な成分もあるけど……んー、これは鎮痛に使われてる薬……だよね。飲んでたりする?」
「はい」
コクコクコクコク、と何度も頷くサキ。大丈夫かな、大丈夫かな、と胸の前で合わせた手が震えている。そんな彼女を前に、暫し黙っていたメイコは、ついに小さく頷いた。
「ん、おっけ。じゃあ今のところ大きな問題はなさそう……かな。多分、寝ていれば良くなるよ。でも、一応ちゃんとした病院で診てもらってね。私よりは機械使った方が確実だから」
「っはい! ありがとうございます!」
「あと、戦闘というか、【合体魔法】も彼にはなるたけ禁止だよ〜。魔法は魔力使うんだから、魔力汚染が悪化するかもしれないので」
「あ、そ……っか」
魔法は魔力を消費して発生する現象なのだから、自分の魔法にも汚染が起きて当然だ。だが、今まで脳裏に過ぎりもしなかった自分に、再びサキは自己嫌悪が湧き起こる。
「まあ、貴方の魔法がどういう仕組みなのかは知らないから、本当は汚染の心配なんてないかもだけど……その辺はよくわかんないしー。知ってる?」
「い、いえ……」
自分でも自分の魔法のことはよくわからない、とサキは首を振った。
「ん、じゃあわかるまでは念の為だね」
最後に、メイコはサキに触れた。
「攻撃されたもんね、一応
メイコは無敵化に魔力を浪費したことで回復に使える魔力の量はあまり残っていない。だが、魔力汚染というそれでは意味のないことが周囲の状況の原因なので遠慮なく軽傷に見えるサキの治療に充てることにした。
「じゃあ、その、お願いします」
「それじゃ! 私は他の人も診てくるから、そろそろ救急車も来るだろうし、優先して運んでもらう人の精査してきま〜す!」
そう言うと、メイコは駆け足気味に被害者を見て回り始めた。当然、救命の為が九割以上の理由を占めている。彼女にとって誰かを救うことは使命だと思っているから。だが、残りの僅かな部分は、ジッとアキトを見つめ時折サキをも見つめる恐ろしい空気を纏うヒナタが居るからであった。
「あなたの、魔法は……【合体魔法】と言うのですか……?」
苦手なヒナタに話しかけられ、背筋が凍るような思いをしながらもサキは頷いた。
「ヒトは……弱い生き物です。魔獣に撫でられれば、いとも容易く壊れてしまう。そんな方を、あなたは……」
呟きながら、ヒナタはハッとした。
面談の時の陰気な様子、魔獣を前にした時の乱暴な様子。まさか、と。
「今までも……まさか、ずっと彼を戦わせて、いたのですか」
「……はい」
「どうして……どうして、そんなことを……」
ヒナタは拳を握り締めた。
──『本当は警察官になりたかったんだけどね……僕は体が弱かったから。だから、代わりって訳じゃないけど、裁判官になったんだ。直接誰かを守ることはできないけど、悪を憎み正義を守る気持ちだけは大事にしたかったから』
──『お亡くなりになられました。最期は、魔獣から子供を庇って……」
──『ヒナタ……魔法少女は辞めてもいいのよ? お父さんみたいに、魔獣に……なんて、ことも』
前を見ているようで、しかし後ろ向きな自分に気づいたヒナタは一度深呼吸して心の換気に努めた。
──『だから、だよ。お母さん。もうお父さんみたいに……魔獣に人が殺されないように。私が守りたいの。魔法少女として結界の魔法が使えるのも、きっと意味があるから』
ヒナタの父は、立派な裁判官であった父は、死んだ。虚弱な体で、無力なヒトの身でありながら、魔獣からヒトの子供を庇って死んだ。
わかっている。わかってはいるのだ。
【合体魔法】で一つになっているらしい
それでも、だ。
『魔法少女が守るべきヒトを戦場に連れ出している』という事実は、ヒナタにとって受け入れ難いことであった。
言いたいことは多々ある。だが、ここには意識を失っているとは言え被害者がたくさん居るし、電車が復旧すれば人の行き来も始まる。ここは言うべき場面ではない。言ってはいけない。
「……ここからは、協会が。貴方も攻撃は受けていたでしょう。家で、ゆっくり休んでください」
一瞬、手をアキトへ伸ばしかけたサキはそれを押さえ込む。
「はい……」
「これからは、在り方を再考してみるべきかと。では」
遠くではヒバナが瓦礫の撤去をしていた。それを手伝う為にヒナタは結界を出た。
そして、サキは。
サキは、アキトと出会ってから初めて一人で家を過ごした。
。 以下作者の独り言 。
ということでアキトくん再び病院へ
そして、初めて協会魔法少女と生身で対面へと。