二シン合体の魔法少女! 作:ももはね
他人の家に入り、最初に感じることはなんだろうか。
アキトはまず、酒と煙草の臭いに顔を顰めた。それから、小綺麗なのに部屋の隅や玄関の端が酷く汚れていることに気づき、それから誰かの話し声が聞こえることに警戒を強めた。
<居るな。二人か?>
「は、はい。お母さんと、その彼氏だと思います」
<……>
そうして、ついに二人の大人が姿を現した。
派手な化粧に顔を飾る三十代半ばほどの女、それの肩を抱いているのは二十代前半かと思われる若い男だった。
恋人というよりは、入れ込む客と若い燕のような印象を受けた。
「何よ。帰ってきたの? 短い家出だったわね」
「初めましてぇ、君が娘ちゃん?」
「…………」
第一印象、もちろん最悪だ。
家出していた娘の帰りを歓迎するどころか、侮蔑の視線を向ける母親。それを咎めもせず、チャラい態度でサキを眺めその粗末な格好に苦笑すら溢した男。
初見のアキトですら、薄らとその人間性が掴めてしまう。汚くて手放したくなるほどだ。
<……そういうね>
「……です」
「何か言った? アンタが居ないせいで先生に私が怒られたじゃない。今度こそ、ちゃんとご挨拶するのよ」
「ちょっとぉ、今は他の男の話しないでよ。オレが居るだろ?」
「あ、あら、ごめんなさい……サキ、わかったらさっさと部屋に戻りなさい。それで、明日は体をキレイにして、すぐ寝て準備するのよ」
<……最後に、部屋だけ見せてくれないか? そうすれば、多分……俺はもう何があっても君の味方になれる気がする>
「……わかりました」
サキの返事に、母は鼻を鳴らすとまた廊下の奥へと消えていく。寝室か、リビングがあるのだろう。
それを他所に、サキは慣れた足取りで自分の部屋へと入る。
そこに広がっていたのは、まさに今現在のアキトが囚われている『サキの心の世界』であった。細かく言えば、小さなゴミや部屋の傷などの初見の部分もあったが、それこそまさに『心の世界』である所以というべきか、サキが認知していない物は心の中に存在しないのだろう。
<……俺のことは自由に呼んでいいからさ、名前の方、サキって呼んでいいか?>
「え、あ、はい。ご、ご自由に」
<ありがと……サキ、持って行きたい大切な物とかあるか?>
「いえ、特には……」
<ああ、そうか……もう十分だ>
酷い親。酷い部屋。それらに思い出すらないらしい。
それで、十分だった。
<やっぱ、説得はいいよ。これを見ちゃ、何言っても無駄だって思った。ごめん、変な寄り道させちゃって>
「あ、あはは……こちらこそ、その、すいません。汚いの、見せちゃって」
<それで、どうする。俺の家来るか?>
「……」
アキトの誘いに、サキは小さな布団に座り込むと恐る恐る問いかけた。
「……本当に、良いんですか?」
<ああ>
「わ、私、臭いし汚いし頭悪いし……痩せててブスだし……」
<なあ、最後の根に持ってたりする? 悪いと思うけどさ、どう見ても栄養失調な子供を見て可愛いって思う方が異常だろ!>
「ふふっ」
サキはパーカーの、ボロボロの裾を握り締めた。
「魔法少女って、ただのヒトなら指先で頭蓋骨を貫いて、殺せるんですって」
<え、何いきなり>
唐突にかまされる物騒な話に困惑するアキト。一拍空けて、サキは問いを続けた。
「化け物と、一緒に暮らせるんですか?」
<化け物だとしても君は恩人だし、君を守るって言ったのは俺だろ>
即答だった。
「ふふっ」
笑みと同時に涙が溢れる。
ここまで心強い誰かは初めてで、こんなに信じられる自称味方も初めてで、きっと本当に
きっと、もう何があってもサキはアキトを信じられる気がした。
サキは懐から『魔法の杖』を取り出し、呟いた。
「へんしん」
杖の
「じゃあ、行きます。お母さんに、別れを告げに」
<お、おう。いきなり行って平気か?>
もうちょっと準備とかあると思っていたアキトは唐突にサキの行動に困惑していた。だが、そんなこと気にもせず、サキは廊下に戻ると二人の居る部屋へと足を進み始めていた。
「はい。もう全部大丈夫です……でも、怖かったら、代わってくれるんです、よね?」
<そりゃあ代わるけど>
「なら、平気です」
笑みと共に、コツコツと『魔法服』のブーツが廊下を鳴らす。
そしてついに、サキは扉を開いた。
中ではソファに並んで座りながら酒と煙草を飲み、テレビを見て寛いでいる二人がいた。
アキトは密かに
サキは、扉の音に此方へと振り向いた母の視線に体を強張らせたが、胸に手を当てて一度深呼吸すると、引き攣った口元を昂然と緩めてみせた。
「お母さん」
「っ、あんた、何よその格好……?」
「今日で私は家を出ていきます。もう帰ってきません」
「何を勝手に……っそれ、魔法少女ね!? サキ、魔法が使えるのようになったのね!?」
母は顔を喜色で染めながら立ち上がると、あれやこれやと取らぬ狸の皮算用を始める。既に、彼女の中でサキは色々な意味でお金を生み出す木も同然であった。
その横では男が困惑した視線を二人の間で何度も行き来させ最後には、恍惚と何かを小声で呟き始めた女へと、醜い物を見る目を向けていた。だが、女はそれに気づいてもいない。こうもキマってしまった女には誰が何を話そうと何も通じないだろう。
それがわかっているからこそ、サキは拳を握り締めて小さく俯いてしまった。
やっぱり、自分では駄目なのだと。最後に何か言ってやるつもりだったのに、いざとなれば、尻込みしてしまった。
<サキ、体代わってくれるか?>
「……? ど、どうぞ?」
心の世界にて、サキが部屋に入ってくると同時にアキトの意識が浮上。体の制御が彼へ移行した。
その姿は依然サキのままだが、僅かに表情が変わっていた。当然、母と男は気づいてもいない。
アキトは机に近づくと、その端を握り締め──粉砕!
バグシャァ! と木製の机が砕かれ、千切られた重い音が醜悪な部屋に響く。それは妄想の世界を旅していた母の意識を現実へ引き戻すほどであった。
「耳遠くて聞こえてなさそうだからもう一度言うぞ。出てく、もう帰ってこない」
「っ何を言ってるの!?ここまで育ててやった恩を忘れたの!?最低な父親からアンタを守ってやった優しい
アキトは軽蔑の視線を向けたまま、心の世界に居るサキへ語りかける。
<とりあえず伝わったみたいだぞ>
<ご、強引にやりましたね……>
<こうでもしないと聞こえなかったろ。老いは怖いな。で、どうする、何か言いたいことあるか?>
<……はい>
すーっと、アキトの意識は心の世界へ、サキは外へと浮上する。
「お、お母さん……」
「今なら許してあげるわ!言いなさい、ごめんなさいお母さんこれからは言うこと聞きますって!?」
「嫌いです」
「っ……な、な」
「あなたのこと、ずっとずっと嫌いでした。臭いし」
「あなた親になんてことを──グシャァ!──っひ!」
サキも机を破壊すると、母は怯えた声を漏らして男の後ろに隠れた。
「ちょ、ちょっとサキちゃん? 俺、俺は関係ないからさ!?」
「何言ってんのよアンタ!私はお姫様なのよ!守りなさい!」
「はぁ!?何言ってんだよババア!」
なんか勝手に口論を始めた二人を、サキは虚無に染まった顔で眺めた。
ずっとずっと恐れていた母親、その存在が如何に脆く弱々しいモノだったのか。それを知って、少しだけど怖くなくなった。そして『もういいや』と思った。
<行きましょうか>
<お、おお、サキが良いなら俺も良いんだけど……? わかった、行こうか>
さっきから心境の変化が唐突だな……、と思いながらアキトも頷いた。
今回の主役はサキである訳で、彼女が是というのなら脇役の自分にとやかく言う筋合いはないという道理を弁えていた。
「では、さようなら」
「あ、ま、待ち──」
腰を抜かした女の静止に対し一瞥だけして足も止めずにサキは家を出た。
「……はぁー」
深く、深く大きな深呼吸。人生において、明確に一つの区切りが付いた瞬間だった。これまでの人生、全てにおいて依存し毒され続けた母親との乖離。それが、たった今、まさにこの瞬間に終わりを告げたのだ。
<おつかれ>
「……はいっ」
涙が一つ零れ落ちた。喜びなのか、悲しみなのか、例え最低でも親ではあったし、悪い記憶しかない訳でもない。どんな感情なのか、サキには考える余裕もなかった。
魔法の杖を取り出すと、先端の花を手で閉じて蕾に戻す。すると、全身を淡い光が包み込み、『魔法服』は魔力粒子へと還元され『魔法の杖』へと格納された。
元の地味な格好に戻ったサキは目を閉じると、意識を心の世界へと移す。薄暗く小汚い部屋の中で、二人は顔を合わせた。
「あとは……お願いします」
「ああ」
体の意識がアキトへ切り替わる。
「ゆっくりしててくれ。家に着いたら、飯食って寝よう」
夕焼けは沈み、いつの間にか明るい月光が町を照らしていた。
アキトは『魔法の杖』を懐に押し込むと軽く周囲を見回し、なんとなくの居場所を把握した。
「思ったより近所だったな」
<……そうですか?>
心の世界、使い慣れた布団に横たわり、ペラペラの毛布に包まったサキが窓から外の世界を眺める。今日は特に星と月が綺麗だと感じていた。
「ああ。いや、近くはないんだけどさ。徒歩でも行けなくはない距離だなって……つーか、色々と落ち着いたからか、すっげぇお腹空いたし、めっちゃ眠いんだけど。これってどっちのせい?」
<あ、多分、私です……丸一日くらい何も食べてないし、ほぼ寝てないので>
「死ぬわ!」
<あ、あはは……>
自分のことなのに他人事のように苦笑するサキに、アキトは溜息を溢す。それから、彼は自分の体へと関心を移した。
今現在、空腹や睡眠と言った欲求に支配される物理的存在であるサキに対し、それらが明確には不明な自分自身が心配になったのだ。
「というかさ、俺の体って今どうなってんの? 公園に俺の抜け殻とかなかったし、この体に取り込まれてるんだと思うんだけど。ご飯とかトイレとかできるのか? そこんとこどうなの?」
<えーと……確か……対象の体を魔力状に変換して取り込むとかだった気が……私もよく分かってないんですけど>
「わかってないんかい……いや、そう言えば、魔力って普通の人間には劇薬だって聞いたことあるんだけど。それ、俺って大丈夫なの?」
<……だ、大丈夫じゃないかも>
「……やっぱ家に連れてくのやめようかな」
<え、えぇ!?>
「冗談だよ。でも、なるはやで合体解除できるように頑張ってくれよ。最低でも、身に付けてたスマホとか財布とか取り出せないと困るし」
<う、うぅ。頑張ります……>
「とりあえず、今夜は家にある物食うか。あ、嫌いな食べ物とかある?」
<わ、私も食べていいんですか?>
「私もっつーか、今は体が俺と共用だろ。お前が食わなくてどうする」
<あ……そ、そっか。そうですね!>
「で、好き嫌いは?」
<ないです!>
「ご飯の話したらいきなり元気になったな」
そうして、取り留めもないことを話しながら歩き続け……二人は一軒家へと辿り着いた。
アキトは扉に手を伸ばし、硬直した。
「……そう言えば鍵ないな」
<……え?>
「だってこの体に取り込まれてるし」
<あ>
アキトは玄関の前で腕を組んで仁王立ち。どうしたものかと頭を捻り始めた。
<どこか開いてたりしないんですか?>
「一人暮らしだぞ。その辺はしっかりしてるはずだ。いやマジでどうしよ……サキ! なんか頑張って
<えぇ!?>
「元はと言えば分離できないせいだし、この体の中にあるのは間違いないんだ。思いっ切り
<や、やってみます……ふぅーん!!!>
その時、アキトは右手に僅かな熱を感じ取った。
まさか、と思い軽く握ると硬い感触が返ってくる。それを開くと、中には見覚えのある鍵があった。
「出たぞ! 成功だ!」
<よ、よかったです……はぁ、はぁ……>
「ていうか、これはできるのに分離はできないのか?」
サキが小さく<ふんっ!>と気合を入れたが、しかし何も変化は起きない。
<……ご、ごめんなさい>
「まあいいよ。よくはないけど」
アキトは鍵を挿し込み、開錠。慣れた手付き、足取りで家に入った。
「じゃあ、いらっしゃいませってことで」
<お、お邪魔しますっ>
。
次回からバンバコ戦わせていきたい(願望)